THE IDOLM@STER  二つの星   作:IMBEL

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待たせたな!(1年半もの大遅刻の末にですが…。久々に書いたので、前書いていたのよりも違和感があるかもしれません…)
エタっていたこの作品にたびたび感想を書いてくれた皆様、誠に感謝しております。いつの間にかお気に入りも3000人ちょっといるし…。
そのお詫びとあってか、滅多にない1万字越えです。大盤振る舞いじゃあ! どうぞ!!


第22話 デビューと固き誓い

「ねえ朱里、美希、何か変なことしちゃったかな?」

「……自分の胸に聞いてみてくれよ、姉さん」

あれからなんとか事態は収束し、舞台裏は本番前の張りつめた様子へと戻ったのだが、スタッフからの変な視線は続いたままだ。何人かのスタッフの顔は妙に赤いし、律子さんも自分たち2人のことを妖怪か何かを見るような視線へと変わっている。

「………?」

「ばっ…!?」

しかも、胸に聞いてみろという言葉を真に受けた美希は自分のおっぱいをペタペタと触っているし、それに唖然としてしまった朱里はますます頭を抱えるという悪循環に陥っていた。ステージ衣装のまま自分のおっぱいを触るという衝撃の光景は破壊力抜群すぎた。

「ねえねえ。今の胸に…って、どーいうことなの? おっぱいに話しかけろってこと?」

「…あー。今のは何でもないから、聞かなかったことにして。というか聞かなかったことにしてくださいお願いします」

「あっ、また敬語使っているの! 美希の前では使わないでって、いつも言っているのに!」

本当にうちの姉は揚げ足を取るのが…と頭の片隅で思いつつ、すっかりスタッフの注目の的になってしまった朱里はアハハ…と困ったような何でもないような笑いを振りまきながら、とりあえず美希が胸を触る行為を阻止することに成功した。

…そろそろ本当に頭痛薬が欲しくなってきた。律子さんが持っていたっけ? 後で聞いてみることにしよう。

(…うん、まあ、スタッフの皆さんが考えている事はなんとなく分かるんだけどさ。そんな目でじろじろ見ないでください。自分と姉さんとの関係は、漫画やゲームなんかで書かれているようなアブノーマルな関係じゃないし、ただ単に姉妹といった全年齢対象の健全な関係なんですから。小鳥さんが飛んで喜びそうなシチュエーションとか一切ないですので、決して餌を与えるようなことだけは…)

流石の美希も周りが変な感じになっているのに気づき始めたのか、さっきから何度も朱里に「ねぇねぇ」と理由を聞いているが、もう朱里は説明するのも面倒くさくなってしまっている。

…トラブルの元凶が事態を一番理解していないっていうのは許されることなのだろうか。こんなことは今に始まったことではないのだが、よりによって初仕事前のステージ脇で起こさなくたって…。

「もー! 朱里ってば美希の話を聞いてるの!?」

「ひゃ、ひゃい!?」

むぎゅっと頬を摘まれると、ぷくーと頬を膨らませた美希の顔を間近に迫っていた。あと数センチ迫れば、キスが可能になるほどの間合いまで2人は近づく。

…ちっくしょう、さっきまでの緊張感はなんだったんだ。あんなに緊張していたのが馬鹿馬鹿しくなっているじゃないか。あともう少しで本番が始まるっていうのに…。

(そもそも姉さんも姉さんなんだよなぁ…)

緊張は確かにしていたけれども、何もいきなり大胆に抱き着いてこなくたっていいのに。やり方はいくらでもあったじゃないか。

日本人は滅多にハグをしない人種なのに、急に…しかも人前でそんなことされたら誰だって驚くのは当たり前だ。それに律子さんにも変な誤解されちゃったじゃないか。あの人は賢いんだけれど、変な所で純粋な乙女の所もあるんだから、そういうことは控えるべきなのに。

「…と、とりあえずさ。あんな変な事は今後、やめてよ…」

「えー! ミキ的には全然変なことじゃないんだけどなぁ」

ジト目で見る朱里に対し、美希は ?マークを浮かべながら、真っ直ぐな瞳でこっちを見ている。

…超マイペースだ。姉の行動の相変わらずさに、朱里は極限まで絞りきってカスカスになった雑巾のような、無気力な気分になってしまった。

かなわない、この人には。色んな意味でそう思う。いつもむちゃくちゃで突拍子もない行動を繰り返す我が姉には勝てる気がしない。

ゲンナリするような顔でため息を朱里は吐いた。

「あれ? また元気がなくなっちゃった?」

「誰のせいなんだろうな」

「元気がないならもう一回する?」

「しなくていいよ」

「じゃあ、ほっぺにチューは?」

近くにいたスタッフが驚き、ゲホゲホッ!? とむせる声が聞こえ、律子さんがズッコケる光景が目に入った。朱里もむせこそしなかったものの、突拍子もない発言に唖然としていた。

「………余計に駄目だ。それは姉さんがお嫁さんになる日まで大事にとっといてくれ」

「大丈夫! 美希的にはほっぺのチューはノーカンなの!!」

「姉さんはよくても、私がよくない。家族同士でなんてアウトだろ…」

いくら元男の身であっても家族で、しかも自分の姉と頬にキスされるだなんて論理的にアウトすぎる。しかも場所が場所だし、今後の活動上変な噂が広まったらそれこそ面倒なことになりかねない。

何をぬかすんだこの姉は…と、何度目かわからないため息をつき、朱里は美希の顔を改めて見つめる。相変わらず悩みなんて抱えていないような顔と透き通るほどの綺麗な黄緑色の瞳が目に入った。

(まあ、確かに…助かった訳だけどさ…)

朱里自身も美希の行動には驚いたし恥ずかしかったけれども、どこか感謝はしていた。

手も握れないほどの重度の緊張は、朱里単体では絶対に解決しなかったであろうし、この場で最も付き合いが長い姉である美希の助けなしではどうすることもできなかった。

あの抱き着きがなければ、美希の鼓動を間近で感じなければ、あの言葉が無ければ朱里の心は大きな重荷を抱えたままであっただろうし、本来のパフォーマンスを出せるかどうかも怪しかった。普段から朱里は、自分の弱みやプレッシャーなどを他人に明かさないですべて自分で処理してしまおうとする悪い癖がある。あずさとの生理の一件から、最近は小さな事なら他人を頼ろうとする傾向は見えてきたものの、大事になってしまえば簡単には頼らないという考えが根付いている。

(…それに、あの抱き着きも自分や周りが気にしているような深い意味があった訳じゃないと思うし…でも、キスは勘弁してくれよ)

美希の普段の行動を観察していると分かるのだが、美希の行動原理は単純明快だ。美希には「やる」か「やらない」の2択しかないのだ。こうした方がいいと分かったら美希はすぐさまやるし、そういうことを察するのも美希は非常に早い。

野生の勘…とでもいうのかもしれない。普段は鈍い癖に、変なところだけは素早く正確に答えを見つけ出せる。その素早さがレッスンでの異常なほどの呑み込みの早さに影響を及ぼしているのかもしれない。

あの時、朱里は反射的に震える両手を隠したのも、手の震えを美希に悟られたくなかったからだ。

けれど美希にはその手を隠した動作だけで何かを理解するには十分だったらしい。

だから美希が行った、抱き着くという行為もただ『緊張している朱里を励ましたい』という、ただそれだけのことでやったんじゃないだろうか。アブノーマル的な感情はそこには宿ってなどおらず、ほっぺのチューも恐らくはその延長線の考えだと思うのだが…流石に恋愛感情での行動ではないだろうと信じたい。

「…姉さん、もうほっぺは引っ張らなくていいよ」

朱里は少しだけ照れ臭そうに笑うと、頬を摘んでいる美希の指をゆっくりと解き、その黄緑色の瞳を覗き込んだ。美希の瞳には朱里の顔が映し出され、一瞬、二人の間に火花が散ったような感覚がする。

「…その…ありがとう……姉…美希。おかげで、その…助かったよ…」

「! どういたしまして、なの!!」

すると待っていましたとばかりに、また美希がガバッと抱き着いてきた。しかもさっきよりも強く、恋人同士で抱き合うみたいに激しくだ。

衣装、シワが出来ていないかな? という心配など余所に美希はギューと朱里を抱きしめる。

「ったく、言ったそばから…!」

「いいのいいの!!」

えへへと笑いながら、ピョンピョンと飛び跳ねる美希。どうやら頭を掠めているであろう思いの一部を伝えようとして、言葉にならないらしく、行動で示しているらしい。また、久しぶりの『姉さん』付きでない呼び方が、美希を更に喜ばせてしまったらしい。

結局、美希のハグは本番直前まで続き、その頃には朱里の抱えていた緊張感や恐怖はすっかりと氷解しきっていた。

ちなみに後ろで律子が止めたらいいのか続けさせた方がいいのかよく分からない顔でずっとこちらを見ていたことは、朱里たちは知る由も無かった。…やけに顔が赤かったことも朱里たちは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

「…では星井さん、スタンバイお願いしまーす!」

「はーいなの!」

「いい、美希? 歌う前には数分間だけショートトークのコーナーがあるから、持ち時間を過ぎないようにしてね。特にあんたは時間にルーズな所があるから…」

「美希はそういう所は大丈夫だから心配しないでほしいな、あはっ!」

「全然安心できないのよねぇ、あんたの場合は…さっきだってねぇ…」

あと1分もしない内に舞台は始まる。最初は美希、次は朱里の順番であった。

律子はこれから舞台に上がろうとする美希につきっきりで、朱里は端っこの方で待機となっていたが、寂しさは微塵も感じてはいなかった。

(…腕の震え、収まった…)

最後の準備に取り掛かっている美希を遠目で見ながら、朱里は自分の手を見つめ、何度か握りしめては開くを繰り返してみると、馬鹿みたいに震えていた腕はもういつものように戻っていた。

まるでオーディション当日の朝、あの時の感覚に近かった。神経が研ぎ澄まされ、闘志が燃え上がるようなあの感覚が朱里の中にわき出てくる。

(どんなときも味方だから大丈夫…か)

美希が抱きしめてくれた時に言ってくれた言葉を何度も噛みしめる。

あれだけ練習を重ね、オーディションにも合格できた朱里であったが、あの時朱里は自分自身をも信じることができなかった。

近くに居る美希や律子に助けを求めたくても、重要な事には積極的に助けを求めようとしない朱里の癖が悪い方向へと転がり始めたのだ。自分の中から溢れ出てくる恐怖を、自分自身の欠点を誰よりも知っている朱里は自分自身でその恐怖を処理することが出来ないでいたのだ。

そこから朱里の心境はどんどん悪い方向に転がっていく一方だったが、そんな朱里に、美希は真っ先に『味方だから』と言って励ましてくれた。朱里を信じてくれていた。姉として、アイドルとして、そして一人の人間として。

それがどんなに嬉しかったことか。自分ですら自分を信じられなかったのに、美希は躊躇することもなく、自分の味方でいることを伝えてくれた。

(自分を…信じてくれる人が、確かにいる…姉さんは、自分を…いや、私を信じてくれている…)

一人ぼっちではないという安心感は、朱里の五臓六腑に染みわたるほどのありがたさがあった。そういえば、姉さん…美希に頼ったことなんていつぶりだろう?

脇にある機材に背中を預けながら、朱里はふふっと笑った。

『さあ、本日のスタートを飾るのは、デビュー間もない新人アイドル! その名の通りに、星の如く現れたニューフェイス! 星井美希ちゃんだ!!』

「!」

ステージからはマイクのハウリング音が数秒した後に、イベント進行のMCの声がステージ脇まで聞こえてきた。遂にステージが、美希の初めての仕事が始まろうとしていた。

「さあ、美希! 出番よ!!」

「なの!!」

その言葉に導かれるように美希はステージへと上がろうとする。そんな美希に朱里は少し大きな声で呼び止めた。

「姉さん!」

「?」

「あ…その…私も、姉さんの味方だから…だから…」

朱里はなんとか言葉を纏めようとするが、上手くいかずにしどろもどろになってしまう。ステージはもう始まるというのに、ストレートな言葉が出てこない。あせりと悔しさで歯噛みしてしまう。

…美希にお礼を言いたいだけなのに。自分の姉がやってくれたように、自分も美希にエールを送りたいだけなのに、どうして言葉が出てこないんだ。

「…早く!」

中々ステージに上がろうとしない美希を怪訝に思ったのか、スタッフが急かす様に囁く。その言葉に導かれるように、美希は名残惜しそうに朱里から目を話すと、脇からステージ中央へと飛び出していった。

「頑張って! 姉さん!!」

…言えたのはそれだけだった。誰だって言えるような、ありきたりなセリフでしか返せなかった。

しかし、美希はすっと右手でピースサインを決め、一瞬だけこっちを見て笑うと、そのまま前へと向き返りステージへと走っていった。

『今まで何をしていたんだいー!?』

「ご、ごめんなさいなのー! 美希、初めてであがっちゃててー!!」

駆け足でMCの所で走っていく美希の後ろ姿を、朱里はずっと見ていた。

…あれで本当に良かったのだろうか? あれで姉さんは何の心配も無くステージに立てているのだろうか? 美希に対して、しっかりとお返しは出来たのだろうか?

「朱里?」

「…律子さん…?」

肩を叩かれて、ようやく律子が後ろにいることに気付いた。律子は心配そうな顔をして、朱里を見ている。今日はどこか様子が違う朱里を心配しているのだろうか。

「次は朱里の番だから、メイクと衣装のチェックをするんだけど…大丈夫?」

大丈夫、というのはまた緊張してしまうのではないかということなのだろう。いつもはしっかりしている朱里があんな様子だったから心配しているのかもしれない。

「…はい、大丈夫です」

美希が出ているステージの方も気になったが、あとちょっとで朱里の番が来てしまう。少しだけ後ろめたい気持ちを残し、最終チェックを行っていく。

幸いにも抱き着いたりした時にメイク崩れや衣装破れは無かったらしく、1分もしない内に朱里は解放された。そして、先ほどと同じように朱里は美希の姿をステージ脇から見ていた。

「…やっぱり、気になるの?」

「そりゃあ、気になりますよ。姉さんの初仕事ですし」

律子はふうんとだけ言うと、意外そうな顔をする。

「それにしても、朱里があんなことするなんてね。私、あなたにああいうイメージがなかったから。少し、驚いちゃった」

「…別に、あんなこと…」

付き合いが浅い律子は、ここ数カ月の間で朱里のことを「あまり自己主張するような子ではない」というイメージを作りつつあった。偶にあるとしても、基本的にはおとなしく、同年代のアイドルたち…亜美真美ややよいと比べてあまりにも大人びすぎている様子が多い。他の子はともかく、美希と絡む時は受け身のような姿勢がほとんどであり、だからこそ美希を呼び止め、激励の言葉をかけたことが意外だったのかもしれない。

「それに、あんな言葉、誰だって言えますよ…」

「内容は関係ないわ。美希にとっては、朱里が言ってくれたことの方が重要なのよ。美希に与えた影響は大きいと思うわよ?」

と言うのと同時に、観客の方から笑い声が聞こえてきた。どうやらMCからのフリに美希が上手い事答えられたらしい。美希の顔はステージに上がるよりも輝いて見える。

「ね?」

「確かに…」

なんだろう、美希のギアが一段階高く、強くなった気がする。重い荷物を下ろしたような…そんな感じだ。

「それでね、朱里ってば変にガードが固くって…どう思う?」

『う~ん、流石にチューは行き過ぎな気もするって僕も思うかな?』

「えー!? そこははいって言ってほしかったの!」

…ギアが上がりすぎて、余計な事を言いまくっている気もするが。幸いにも、ウケてはいるからいいものの、あんなことズバズバよく言えるもんだ。今日初めて仕事やるアイドルとは思えない姿勢だ。

「あれ、いいんですか?」

「…後で言っておくわ。流石に未成年アイドルとしてあの発言はマズイわ…」

律子基準ではアウトらしかった。そりゃそうか…。

『…さあ、トークはこのくらいにして! 美希ちゃんの歌声を披露してもらおうかな!』

「分かったなの!」

―――空気が変わった。朱里は美希の変化を一目見ただけで感じた。

姿形はいつもの美希だが、その雰囲気は全くの別物だ。研ぎ澄まされたような刃物が鞘から抜き出されたイメージが脳裏をよぎる。

「…!」

それを感じたのは朱里だけではないらしい。律子の様子も変わったのを朱里は見逃さなかった。

『美希ちゃんが歌う曲は女の子の強さとアイドルの姿をストレートに歌い上げたこの曲! THE iDOLM@STER(アイドルマスター)!!』

MCの曲紹介が終わると同時に、イントロが流れ始める。テンポは『READY!!』よりも少しだけ遅めだが、勢いが感じられる前奏と共に美希が動き始める。

「それじゃ、行くのー!」

イントロが終わる瞬間、美希は普段はやらない掛け声を合図に歌い始めた。

THE iDOLM@STERはその名の通りに、『アイドル』としての姿を歌った一曲だ。強く、したたかで、輝いている存在…そんなアイドルとしての姿や女の強さをストレートに表現した単語や言葉が多い。READY!!とは違った切り口でアイドルとして歩き始めた少女を表している、そんな曲だ。

確か、ライブの出だしでの一曲としての役割も担当している曲だった気がする。

「…凄っげえ…!」

朱里は男時代の口調に戻りながら、美希に見とれていた。

最近は『シンデレラガールズ』用のレッスンで、美希とは別々になることがほとんどだった為、美希がどれだけ成長していたか分かっていなく、あの頃よりも成長している姿に驚いていたのだ。

(なんて…綺麗なんだ…! )

―――想像以上だった。美希が『ルーキーズ』をダントツで勝ち抜いたという話は嘘なんかじゃなかった。

動くたびにふわりと金髪が舞い、それにシンクロするように『バイタルサンフラワー』のスカートが舞い上がる。

金色の髪と黄色の衣装、それらが動くたびに燦々と空を照らしている日の光がスポットライトのように美希を輝かせる。

手の動きやステップ、ステージを活かした動き…美希最大の長所であるビジュアルが完璧に活かされている。それは天候までもが美希に味方しているような錯覚を覚えてしまう。照らされている美希の姿の輝きが、目に眩しい。

例えるのならば…妖精。まるで気まぐれで花畑に降り立った妖精が、花の上で踊っているかのような綺麗な光景だった。

客席にいる観客もまた、今日初めてステージに立った新人とは思えないような様子で見入っていた。中には指を指している者さえいる。

「…姉さんが、あそこまでやるなんて…」

「私もよ。これまで以上に動きが綺麗になっているわ…」

追いついたかと思ったのに、美希は遥か先へと進んでいた…。

それを思い知らされるのはつらい。つらいけれど、見つめ、求めずにはいられない。そんな不思議な気分だった。

「…凄いですね、美希って」

「ええ…」

朱里は虚しそうな声で呟くが、対照的にその瞳は燃えるように輝いていた。

(…姉さんには姉さんの、自分には自分の良さがある…そう、貴音さんは言っていた…)

前の自分だったら、目の前で踊る美希の姿を見て、自分を支える自信が粉々に砕け散っていただろう。だが、貴音はあの日、朱里にこう言ってくれた。

あなたは違っていてもいいのだと、星井美希などではない、自分は星井朱里のままでいいのだと。

(…試してみたい、どれだけ通じるのか。どこまでいけるのか…ビジュアルでは姉さんに劣っているけれど、ボーカルの面だったら…!)

元男としての、負けず嫌いな部分が湧き出てきたのかもしれない。気がつけば震える拳を固く握っていた。だが、その震えは決して怖さから来るものではない。今の実力でどこまでやれるのか、自分はこの世界で通用するのだろうかという武者震いから来るものだった。

(…だって、あんなステージ見せられたら…こうなるに決まっている…!)

美希の姿ときたらどうだ。美希の黄緑色の目は、喜びに満ちていた。踊ることに、歌うという行為に無邪気に喜び、輝いていた。

(自分も…いや私も、美希みたいに輝きたい…!)

朱里は歌詞のフレーズにある、まさに『伝説』が始まろうとしているのかもしれない姉の初舞台を焼き付けるように見つめていた。

この時の朱里は間違いなく『アイドル』に憧れる少女そのものであり、姉のようになりたいと覚悟を決めた『人間』の姿があった。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたなのー!」

THE iDOLM@STERを踊りきり、その疲れを全く感じさせない笑顔を見せて退場していく美希に、観客は拍手で見送った。それは即ち、美希がアイドルとして受け入れられたということを表していた。『アイドル』星井美希はここに誕生したのだ。

(うわ、手ぇ振ってる…)

脇に引っ込んだ美希はすっかりスイッチがオフになったらしく、いつもの様子に戻っていた。腕が吹き飛ぶんじゃないかという勢いでブンブン振っている。

(…分かっているよ、姉さんは凄かったもんな)

大声で返答するわけにもいかないので朱里も手を振ると、美希はたまらないような顔をしていた。

…これ、観客が見たらどう思うんだろう? シスコン系アイドル…う~ん、ヤバい香りがするなぁ。苦情とかこなければいいんだけど…。

「朱里」

「はい?」

手を止めると、律子がこれまでにない程の真剣な表情が目の前にあった。こんな表情を見るのは、あの『軍曹』レッスン時や亜美真美を叱るときくらいしかお目にかかったことがなかった。

「もう時間がないわ。だから、一つだけ言うわね……私も、あなたを信じているわ」

「えっ?」

意外な一言だった。てっきりあれこれ細かい指示を言われるものだと思ったのだが、どうやら違うらしい。

「……何だか朱里は、美希だけが信じていると思っているみたいだけど、そんな訳じゃないってことよ。私だって信じているし、この場にはいない765プロの誰もが朱里を信じているってことを忘れないでね」

…朱里はストンと腑に落ちた感覚がした。

そりゃそうだよな、味方は姉さんだけじゃないんだよな。この場に皆がいなかったから、すっかり忘れてしまっていたよ…。

『さあ、お次のアイドルもニューフェイスにして、なんと先ほど出た美希ちゃんの妹ちゃん! 輝く星は、暗闇を照らす灯りとなるのか!? その名は星井朱里ちゃんだー!!』

…来た。律子の言葉を頭に叩き込むと、ステージ用に履いてある靴をトントンと軽く数度床で叩き、前を向く。

「…じゃあ、行ってきます…律子さん」

自分の名前を上手い具合に韻を踏んでくれたMCの言葉に引かれるように、朱里はステージへと向かう。そして、MCの側に駆け寄ると、ノリの良いフリが回ってくる。

『では改めて、自己紹介をお願い!!』

「はい。765プロ出身の新人、星井朱里と申します。その……信じられないかもしれませんが、先ほど歌っていた美希の…妹です」

やはり、というのか、観客は信じられないといった目線を向けてきた。まぁ、そうかもしれない。美希とはまるっきり正反対のタイプが出てきたんだから、そうも感じるだろう。髪だって美希と違って、染めていない地毛の茶髪だもの。

『初めまして朱里ちゃん! こうして見ると、美希ちゃんと似ているね~』

「そ、そうですかね…?」

『うん! 目許の部分が凄い似ている!! やっぱり、僕には姉妹って感じが分かるよ~!』

「あ、ありがとうございます…?」

意外にこのMCの観察眼は鋭いみたいだ。

しかし、目許が似ている、か…自分もあまり気にしたことがないから良く分からない。確かに瞳の色は同じなんだけど、そんなに似ているのかな…?

『それで、お姉さんとは何歳違いなんだい?』

「えっと…1つ違いですね。美希…姉さんは15歳で、私が14歳です」

『14!? …年齢、サバ読んでない? 大学生くらいに見えるよ!?』

「アハハ…よく言われますね…」

MCや観客の反応を見て、年齢のことは何歳差かだけを語ればよかったかも…と思った。元男とは言え、やっぱり年齢のことで盛り上げられることはいい気はしない。

『やっぱり、お姉さんと同じ舞台に立つと、緊張するかい?』

…その手の話題が出てきたか。まぁ、姉妹揃っての仕事だから、嫌でも目立っちゃうし、その手の質問が来ることは当然か。

朱里は一つ息を吸うと、MCに何て事の無いように返した。

「やっぱり緊張はしますけど…私は私です。ありのままに歌うだけです。それに…」

『?』

「姉さんは全力を出して歌いました。ならば、こっちも全力を出して歌う…それだけです。今の私がどこまで出来るかは分かりませんが、全力を出し切るつもりです…!」

静かな覚悟が感じられる声色で喋ったが、もう少し受けがいい喋り方をするべきだったかな? と軽く後悔した。アイドルとしては堅苦しい返答だったし、何だか千早さんみたいだ。

MCも想定していた答えと違ったのか、ポカンと口を開けていたが、数秒経ってから慌てたように持ち直した。

『そ、それでは、朱里ちゃんに歌っていただく曲は、ニューフェイスにぴったりの始まりの曲!READYー!!』

MCが横に引っ込んだのと同時にイントロが流れ始め、朱里のスイッチがオンになる。

(………)

すっと目を細めて、おなじみとなったステップを踏み始め、歌い始める。

衣装と同じ黄色の靴がステージを叩きながら、朱里の初ステージが幕を開けた。

(歌詞に乗せる思いは、『アイドル』としての自分…『READY』と『LADY』…女として、アイドルとしての始まり…!)

歌声をマイクが拾い、それがスピーカーを通して辺りへと伝わる感覚を朱里はピリピリと感じていた。僅かな音までもが空気を伝わっていくことがどこか楽しくて、朱里はリズムを刻み続けていく。

(…やっぱり、気持ちいい。目に見えない重りが少しずつ剥がれていくようなこの感覚…!)

心地よかった。身体を透き通る風も、照らす太陽も、踏みしめている床も。この瞬間だけはステージ上の何もかもが朱里の物だ。こうして歌い、踊っている限り、朱里だけが感じることの出来る世界だ。

心臓も熱かった。指の先まで血が流れ、産毛の一本一本の感覚までもがはっきりと分かる。

だけどまだだ。まだ、重く感じる。もっと強く、軽く、熱く、輝くように…。

(美希とは違うビジュアルではなく…ボーカルに重点を…!)

歌詞のワンフレーズごとに、朱里は歌を歌い、踊り踊って、自分の想いを乗せていく。

始まりはこれからだ、人としてもアイドルとしても。だから見ていてください、自分の姿を。私としての姿を。律子さん、765プロの皆、スタッフさん、観客の皆さん…聞いて下さい、私の覚悟を。

(そして美希…妹の私は、あなたと同じようにステージの上でキラキラ出来ているんだろうか?)

ステージ脇を見てみたいと心が少し揺らぎかけたが、この感覚を途切れさせたくなかったので、朱里は踊りきる事だけを頭に命じる。

その頃、観客席では「おいおい、妹さんも凄いじゃないか…」とか「お姉さんとはまるっきり違う歌声だ」と驚きの声を上げていたのだが、勿論そんなことは朱里の知る由もない。

朱里の耳に聞こえているのは『READY!!』の伴奏のみであり、それに導かれるように歌い続けている。

ちらりとだけ見えるのは、観客が自分を見ている事だ。顔は…驚いているのか、笑っているのかも判別できない。少なくとも、人様に見せられるものには仕上がっているらしい。

(…どこまで行けるのかは分からない…売れるかも分からない…でも、歩んでみようじゃないか…! アイドルとして…星井朱里として…!!)

『星井朱里』として始まることを『シンデレラガールズ』で決意し、今日の初仕事で朱里はそれを踏まえたうえで『アイドル』としての決意を固めた。

何処へ行き、何をするかはまだ分からない。事務所の皆が掲げるような立派な動機もまだない。お金を稼ぐという実感もまだない。だが、自分を変えてくれたこのアイドルという仕事に向き合い、精一杯やってやろうという誓いを立てたのだ。

「…ありがとう、ございました」

…そして曲が終わり息も絶え絶えになりながら、パラパラと拍手を背に受けてステージを後にする朱里は一つ決意をすることとなる。

「凄く…! すっごく、綺麗だったの! 朱里!!」

「あはは…ありがとう、姉さん」

笑顔で抱き着いてくる姉…美希を追って、追いついてみせると。

追いつくまでどれだけかかるかは分からないが、行けるところまで行き、いつかは姉を必ず超えてみせると。

心の中で誓った固き誓いと共に、朱里と美希の初仕事は幕を下ろすのだった。




朱里は今でこそ女の子だけど、男時代のこともあってかどこか負けず嫌いな部分も見え隠れしている…って感じです。
次回は、美希視点での物語とその後を描きたいと思います。

ではお楽しみに!!

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