THE IDOLM@STER  二つの星   作:IMBEL

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第26話 朱里の休日、見えない壁

今日は仕事もレッスンも何もない珍しい日で、久しぶりの完全オフの日だった。3時半にホームルームを終わると、朱里はカバンを持って寄り道もせずにそのまま帰路へと着くことにした。

本当ならば事務所にも顔を出したかったのだが、プロデューサーと律子から「事務所には顔を出さなくていいからゆっくり休め」と言われていた。駄目元で行ってもそのままつまみ出されそうな雰囲気だったので、今日は大人しく休むことにしよう。

…まあ、何か用がなくても朱里はちょくちょく事務所に顔を出してはコーヒーを淹れたり軽い掃除をしたりしていたので、向こうも向こうで気を遣ってくれたのかもしれない。別に自分はやりたくてやっているだけだし、掃除くらいはやよいなんかもレッスン終わりにやっているからそれくらいはいいと思うのだが…。

(…まあ、こんな日にも出来ることはあるから、今日はそれをやろうか)

カバンから音楽プレイヤーとイヤホンを取り出す。取り付けられているイヤホンを耳に突っ込んで、再生ボタンを押す。テレビ出演の収録を終えた後、すぐ貰った新たな楽曲の音源を聞きながら朱里はゆっくりと歩を進めた。

(こういうタイプの曲もまた、いい感じに歌えれば…)

イヤホンから流れているのは『GO MY WAY!!』という曲だ。困難があってもくじけず自分の道を進むことの素晴らしさをアイドルらしく歌った曲で、明るく希望に満ちた歌詞とメロディが心地よい。確か一部のメンバーからは読みをもじったのか『ごまえ』なるあだ名まで付けられていた気がする。確かこの名前を付けたのは…貴音さんだった気がする。

(こんなに早く外をうろつくなんて…なーんか、アイドル始める前に戻ったみたい)

うろ覚えの歌詞混じりの鼻歌を歌いながら、ふとそんなことを思った。今の自分と時間をただ持て余していた頃の自分が不意にダブってしまってしまったのだ。ここ最近はずっと家に帰るのが遅かったし、こんなに日が高いうちから帰路に着くこと自体が珍しくなっている。今まで夜遅くまで残業していたのにいきなり定時で帰っていいと言われるような社会人と似ている感覚なのかもしれない。

ついこの間までは美希だけじゃなく、誰かと一緒になるのがとにかく嫌で学校を早々と飛び出した後は街を意味もなくぶらついていた。図書館やカフェやゲーセン、一人で時間を潰せる所をただ回るだけの日々。夢もなく、目的も無く、何かをするのでもなく、無気力に時間だけを消費していたあの頃。

―――あの時の自分はどこへ行こうとしていたのだろう。そして、その行く末は何だったのだろうか…それを思うと空恐ろしいものがある。あまり想像したくはない未来だ。

それが今や、アイドルの卵をやっているのだから人生とは不思議なものだ。

ステージに立ったと思えばテレビに出演。トントン拍子で上手くいったかと思えば、苦い結果に終わって悔しくて。人生とは上手くいかないものだ。だからこそ楽しめる物なのかもしれないけども。

ここの所バタバタとした日々を過ごしていたかと思えば、あっという間にいつもの生活へと戻ってしまった。事務所に顔を出してレッスンして汗水流して、報告をして家に帰って勉強して寝る。

デビューしてテレビに出たからといって、すぐに仕事が増える訳でもなかった。確か来週に小さい仕事が一つカ入っていたくらいだった。事務所にぶら下がっているスケジュール表もまだ白紙の方が多い。

プロデューサーは「すぐ仕事を増やしてやる」と意気込んでいるけども、無茶だけはしないでほしい。あの人、アイドルたちには休めって言う癖に自分は休まないんだから。だから心配してコーヒーなんかを淹れに行っているんだけど…。

律子さんはそれ以上に忙しそうだ。日々の業務の他にそれも並行して大きな仕事をやっているようで外回りなんかも増えた。律子だけでなく、小鳥さんも社長も関わっている仕事らしく、皆忙しそうだった。身体だけは壊さないでほしい、そう切実に願うばかりだ。

ほどなく家に到着した。朱里は黒い真鋳の門扉を開け、鍵穴に鍵を突っ込んで回す。

「ただいま」

そう言って中に入るが家の中はしん…と静まり返っており、誰もいない様子であった。

当然と言えば当然か。親は共働きだし、菜緒は大学。美希も今日は帰りが遅いそうだ。こんなに早く帰って、誰かいるはずがないだろう。

玄関に靴を脱ぎ捨て、そのまま二階へと上がる。部屋へと入るとカバンを放り出して靴下を脱ぎ、以前まで普通に来ていた男物の服へと着替える。これに袖を通すのも何だか久しぶりな気がする。

今では2人の姉のおさがりが朱里の私服へと変わっており、男物の服は部屋着と化している。靴はオシャレなブーツに変わり、安売り量販店で買った運動靴としか形容しようのないスニーカーは靴箱の奥深くに押しやられている。

タンスには女物の服やスカートなんかが増えた。机には最新の流行やメイクのコツなどが描かれたファッション誌が詰まれている。

―――女の子しているよなぁ、自分。私服でもスカートを履くなんてついこの間まで考えられなかった。

そう感じながら制服をハンガーにかけてぶら下げると、部屋を出て菜緒の部屋に足を忍ばせて入る。そして机に置きっぱなしのノートパソコンをこっそりと持ち出した。後で返すからね、と謝りながら部屋に戻る。

自分の机に置くと、おもむろに起動ボタンを押す。立ち上げにはしばらく時間がかかるのでその間に1階のキッチンに降り、飲み物の準備をすることにした。用意するのは勿論コーヒー。ミルクも砂糖もないブラックで決まりだ。

戸棚から自分用のマグカップを取り出し、冷蔵庫を開ける。奥に入っているコーヒー豆の保存容器を掴んでその中身を見て…しまったと臍を噛む思いに駆られた。

容器の中には豆がほとんど残っていなかったのだ。容器を振るとカラカラと音が聞こえそうな程、中身がない。コーヒー豆が少なくなっていたことなど、今の今まですっかり頭の中から抜け落ちていた。

(…帰りにどっか寄ってれば良かったな)

ちょっとだけ後悔してしまった。

近くにインスタントコーヒーを売っている店は数あれど、本格的な豆を扱っている店は遠くまで行かなければない。家からも遠いし、買いに行くのも時間がかかる。今更外に出るのも躊躇われた。インスタントでお茶を濁すというのもどうかなと思う。

―――少し考えて、まあいいやと考える。偶には別の飲み物でも飲むか、と割り切って保存容器を戻し、近くに置いてあったパック入りのオレンジジュースを手に取る。マグカップでジュースを飲むのは何だか変に思ったので、きちんと戸棚に戻して2階に上がる。少し行儀が悪いが、直飲みでもいいだろう。どうせ誰に見られるわけでもないんだし。

部屋に戻るとパソコンは立ち上がっているのを確認し、机の引き出しから事務所から借りたDVDディスクを引っ張り出した。ディスクをパソコンに入れると、少しの読み込みの後に自動的に再生が始まる。

(さあて、ゆっくり見させて貰いましょうかね…)

オレンジジュースの封を切り、グビッと煽りながら画面を眺める。

再生が始まった画面には、ジャージ姿の春香が映し出されていた。場所は恐らく、いつものレッスンスタジオ。そしてついさっきまで自分が聞いていた『GO MY WAY!!』のイントロと共に春香は踊り出す。

そう、朱里が現在見ているのは765プロで使う楽曲の振り付けを収めたDVDだった。小鳥に頼んで現在『GO MY WAY!!』を踊れる全員分の映像を貸して貰ったのだ。これならば休みながらでも確認することができる。オフを利用したちょっとした予習をすることにしたのだ。

…ちなみに朱里の部屋にはTVやDVDプレイヤーの類がない。だから自室で見る場合は誰かからパソコンなどを借りなければ見る事ができないのだ。

1階で見ることも当然できるのだが、誰かが帰ってきた時に自分の行動をあれこれ見られるのが嫌だったので、自室での鑑賞にしたのだった。要はエッチなビデオを鑑賞している姿を身内に見られたくないという心境に近い。

(…春香さんの場合はこう笑うのか。でも自分の場合は背も低い事だしこの角度より、首を少し下げてみた方がいいかも? 手の位置も指の先までしっかりとして…他の子の場合は…)

机に置いた小さめの鏡に映る自分の顔と映像を確認しながら表情を変えていく。明るい笑顔、少し憂いのある笑顔、元気いっぱいの笑顔。朱里は多種多様の様々な表情を作り上げ、それを吟味していく。

一時停止と巻き戻しを駆使して、気づいたことや疑問に思った所をガリガリとメモしていく。時には他の子の映像に切り替えてチェックを行う。身長差や体格差といった細かな部分にも気を付けながら気になった所をメモしていく。あっという間にメモ帳代わりのルーズリーフが文字で埋め尽くされていった。

振り付けや歌い方などもそうだが、何よりも確認しておきたかったことがあった。それは皆の表情だ。

こういう表情は実際に見るより映像で確認する方がやりやすい。同じ歌でもどういうタイプがあって、どういう笑い方があって、どういう仕草を入れるのか…それをチェックしていく。こういった観点でのレッスンも充分効果的だろう。

(…今度、自分も撮ってもらおうかな。表情を上手く作れれば、テレビ映りも少しは良くなるかもしれないし)

自分は体験した物事を一つ一つ積み重ねて成果を発揮するタイプで、その場で臨機応変に対応できるタイプではない。それはこの間の収録でも明らかだ。自分は失敗して、その経験から何かを得ることで成長する人間。だから、こういった合間にでも出来ることはなんでもやっておいた方が今後の為にもなるだろう。

今やっていることは無駄になるかもしれないけども…何もやらないで後で後悔するよりはずっとマシだ。

オレンジジュースのパックを持とうと手を伸ばそうとした時、ふと伊織が踊っている映像が目に入った。丁度、アドリブでウインクを入れている所が、朱里の興味を惹いた。

(―――ウインク、ね。こういう小技もあるのか)

確かに伊織みたいなタイプのアイドルではこういった小技も充分効果的だろう。伊織は小柄な身体故、ダンスで響や真が得意とするような大きな動きが出来ない。だから表現力やキレのあるダンス、こういったアドリブで他の子と差をつけようとしているらしい。

どうやら宣材写真での一件から、伊織は『自分だけの武器』を活かした立ち回り方を試しているらしかった。

「………………………」

そっと映像を一時停止し、鏡を手前に持ってくる。こういうテクニックも自分に取り入れてみた方が良いかもと思い、画面を凝視する。

(うーん、姉さんの笑いと似ているけど、少し違う感じか…。いたずらっ子みたいにして…雰囲気を出す為に口調も少し真似てみて…)

伊織の顔を注意深く見ながら、自分の表情を作っていく。口元を上げて、目元は可愛らしくかつちょっと小悪魔めいたものに変えて、そして―――。

「あはっ☆ 朱里ちゃんの笑顔、どう?」

パチンっ! という効果音が付きそうなウインクを鏡に向かって行い―――すぐに後悔した。鏡の中の自分が全然キャラじゃない表情をしていることに、もう叫びたいほど恥ずかしくなる。意外にノリノリだったことにも羞恥心の拍車をかける。

(流石にちゃん付けは無いだろうがよ私…)

誰もいない家の中で何をしているんだ。似合わないとぼんやり理解していたのに何でしちゃったんだろう…と渋い顔をしながら鏡を遠くへ追いやった。

流石にあの自分は似合う似合わないを通り越して痛かった。ネットスラングでよくみる「うわキツ」なる表現があれほど当てはまった顔もないだろう。

自分で可愛いとか言っちゃうのがこれほど恥ずかしいとは思わなかった。この間共演した幸子はこれを照れずに本番でもズッパシと言い切ったのが改めて凄いと思う。

(と、とりあえず…ウインクするにしても、伊織のをそのまんま参考にするのは駄目だな。もっとこう…大人の女性の茶目っ気のある感じでしなきゃ。あずささんなんかがやるノリで…)

そして何であんな掛け声をしちゃったのかということを思い出して、また赤面する朱里であった。

 

 

 

 

 

 

朱里がDVDを見続けて2時間弱。集中力が限界に差し掛かった朱里は一旦休もうと机の上にシャーペンを放り投げた。放り投げたシャーペンは朱里の字で埋め尽くされたルーズリーフの上に着地する。ルーズリーフは既に片手で数えられない程の量になっていた。

「…うわ、もうこんなに経っちゃったのか」

パソコンに表示される時刻を見るともう6時を過ぎていた。どうりで目が疲れて、根気が薄れていくはずだ。一旦休もうかと大きく伸びをすると、玄関からガチャリ、とシリンダーを回す音が聞こえた。

「ただいまー」

聞き覚えのある声が階段を通して聞こえてくる。

…あの人が帰ってきたんだ。朱里は眠そうな顔をシャキッと直すと、カバンから数枚の紙を掴むと階段を下りていった。

「あら、朱里。帰っていたの?」

玄関に迎えに出た朱里を母、明子は少し驚いた様子だった。てっきり降りてきたのは美希か菜緒かと思っていたのだろう。

「お帰り、お…母さん」

うっかり『お袋』と呼びそうになったのを慌てて誤魔化した。

疲れていると1周目での素の自分が出てしまいがちだ。明子の前ではお袋という呼び方はあまりいい印象を与える物ではないだろうから、なるべくは控えておきたかった。何となくだが、親の前では自分は良い子でいなきゃいけない。聞き分けの良い子供でいるべきだという義務感にも似た何かが朱里をそうさせていた。

「珍しいわね。いつも遅いのに」

「…今日、休みだったからね。久しぶりにゆっくりしていたんだ」

「あら、休みだったの?」

「昨日伝えたはずだけど…」

「あら、そうだったかしら?」

朱里の母である明子は、美希のようなおっとりとした声でそう答えた。美希のマイペースな性格はもしかしたら明子譲りの物なのかもしれない。

「お腹すいたでしょ? すぐ夕飯作るから、待っててね」

「あ、ちょっと待って。お母さんに渡すものがあるから」

はい、と朱里は握りしめていた数枚の紙を明子に向かって突き出した。

「この間の中間テストの残りの答案。これで全部返って来たよ」

「そう…後でゆっくり見させて貰うわ。夕飯の準備ができたら呼ぶから、部屋で休んでていいわよ」

「何か手伝う?」

「そんな気を遣わなくてもいいわよ。せっかくのお休みなんだから部屋でゆっくりしてなさい」

明子はハンドバックを持ったまま洗面台に行って手を洗うと、あっという間の早業で着替えを済ませ、腕まくりをしながら台所へと向かって行った。

朱里は少し申し訳なく思いながら、部屋へと戻った。借りていたパソコンを菜緒の部屋へ戻すと、そのまま部屋の中で適当に時間を潰す。

夕飯の支度は30分程ででき、明子に呼ばれて席についた時にはテーブルの上にはそれだけの短時間で用意できたとは思えない程の品数だった。

麻婆豆腐にとろろ汁、ワカメの味噌汁にほかほかのご飯…。ご飯はあらかじめタイマー予約でもしておいたのだろう。

頭を酷使したためか、すっかりお腹はペコペコだった。いただきますとだけ言うと、朱里はすぐさま目の前の料理をがっつき始める。

「おいしい?」

「…うん。おいしい」

ニコニコ顔で訪ねてくる明子に朱里は短く答えるが、中々手が伸びないでいる一品があった。

(これ、あんまり好きじゃないんだよな…)

ちょこんと小鉢に入っているとろろ汁を恨めしそうな目で睨む。山芋の独特な食感がどうしても苦手な朱里は、それを使った料理であるとろろも好きにはなれなかった。

頑張れば食べられることは食べられる。だが、出来ることなら進んで食べたくはない。だが、ニコニコ顔で見ている明子の前で残すのは気が引けた。

(――――よし)

…意を決してとろろを飲み込んだ。どろどろとした食感が口全体に広がる。朱里はいやいやながらも、とろろ汁を飲み干した。

「どう?」

「…うん、まあまあかな」

「そう。おばあちゃんから山芋がたくさん送られてきてね、明日も作ってあげるわ」

「あ、そう…」

しばらくはとろろとの格闘が続くな…と朱里は顔には出さないがこれからの日々に憂鬱した。食べたくないって言えば出してこなくなるかもしれないけど、明子に悲しい顔をさせたくなかったから朱里は言わないことにした。

それから明子は色んなことを聞いてきた。アイドルをやってて楽しいかとか、困ったことはないかとか、美希はどんな感じだとか。特に美希は家で朱里のことしか話さないから、そのことが非常に気になっているらしい。

「―――ねぇ、朱里。欲しいものはない?」

色々な質問に答えていってどれくらい経っただろうか。どういう脈絡だったのかは分からないがその言葉に、朱里ははっと注意を引きつけられた。母と朱里だけの食卓で、その声は普段以上に響いたように思えた。朱里自体、自分から積極的に話そうとしないタイプであることも拍車を掛けているのかもしれない。

朱里は茶碗を持つのを止め、明子へと視線を移した。質問の意味は分かってはいたが、わざととぼけた顔をする。

「…欲しいものって? 誕生日はまだ先…」

「ああ、そうじゃないのよ。ほら、さっき渡してくれたテスト」

そう言うと、明子は嬉しそうに先日行った朱里の中間テストの答案用紙を取り出す。

「全部90点以上なんて頑張ったじゃない」

「別に、今までだってそれくらいは…」

「アイドルやりながら勉強を疎かにしなかったことを褒めてるの。美希、読者モデルやり始めた頃、成績が下がった時期があったからお母さん少し心配で…」

明子は嬉しそうな顔をしているのを確認し、朱里は味噌汁を啜った。

(…勉強面では心配はかけたくないからね。そこは一番気を遣っている所だし…)

無論、勉強をするのは自分の将来の為でもあるのだが、親に余計な心配をかけさせないためでもあった。1周目の経験で勉強をやらない事や出来ないことで生じる問題や周囲への影響を嫌という程味わってきたため、朱里はそこの部分は徹底的に気を遣っていた。迷惑だけはかけたくなかった。

少なくとも、小学校に上がってからは学力関係の話題で心配をかけさせたことは朱里が知る限りゼロである。夏休みの宿題も7月中には全部終わらせるし、ラジオ体操をサボったこともない。学校に呼び出されたこともない典型的な模範生をずっとやってきている。

「それに朱里、アイドルの方も頑張っているみたいだから。そのご褒美って訳じゃないけど、何か欲しいものはない?」

「別に欲しいものなんて…」

「何でもいいのよ?」

「何でもって言ったって…」

「洋服とか、アクセサリーとか、シューズとか…。ほら、他のアイドルの子といるとそういう話題にならない?」

「…………………」

朱里は困ってしまった。

三女という立場にいる以上、学校で使う備品やら私服やら本やら…大半の物はおさがりで済んでしまうし、毎月のお小遣いはしっかりと貯金する為、お金にも困っていない。

レッスン時に使うトレーナーやシューズ類も学校で使うジャージや室内用の運動靴で済ませているので、こちらの心配もない。

必要以上の物はなるべくは催促したくなかった。家族の負担になりたくはなかった。ただでさえアイドルをやらしてもらっているのに、これ以上の我儘は駄目であろう。

「別に、ないよ。欲しいものなんてない」

「遠慮なんてしなくても…」

「お母さん」

このままズルズルといくと繰り返しになるので、朱里ははっきりと言うことにした。

「私は、アイドルやらしてくれるだけで、満足しているから。テストで良い点をとるのも将来の為。ご褒美が欲しくて頑張っている訳じゃないから」

「――――そう、分かったわ。何か欲しくなったら、お母さんにいつでも言って頂戴。無理矢理話を進めてごめんね」

そう言って俯いている明子を見て、朱里はやりきれないような自己嫌悪を感じた。もっと他に言い方があっただろうに、当るようなつもりはなかったのに。

朱里は無言のまま味噌汁を飲み干した。そして「ごめんなさい」とだけ言うと、そっと席を立って、階段を上がる。

朱里は強い罪悪感に襲われていた。明子なりの気遣いに応えられなかった自分が腹立たしかった。頭の中では分かっている。でも、心のどこかでそれを拒絶する自分がいるのだ。

親の時点で「他人」である自分が、未だに両親を「実の親」として見れない自分が、そんなことを頼むだなんて―――と。




美希の両親の名前につきましては公式でも正式な名称が明らかになっていないので、勝手につけさせてもらいました。

そして、ここからしばらくの間は朱里と親との絡みが増えていく予定です。
朱里はアイドル活動を通して、美希との関係や自分らしさを受け入れることに成功しましたが、親との溝は未だに埋まらないまま…これからどうなるのでしょうか?

次回もお楽しみに。

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