THE IDOLM@STER  二つの星   作:IMBEL

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ゴールデンウィーク? 連休? なにそれ美味しいの? 的な生活を過ごしていたIMBELです。
今回はようやくアニマス本編のエピソードに戻っていきます。

ここまで戻って来るのに何年かかったんだろう本当に…。


第28話 男の目線と穴掘り少女

女子と言う生き物は話すという行為が大好きだ。そこがどこであろうと話題さえあれば、トークの花を咲かせることができる。そこが女しかいない空間であれば尚のことそれは加速する。

「こーんな暑い日に体育なんて最悪よねー」

「ほんとよねー、もうすっかり汗まみれ…」

「ねぇねぇ、下着新しくしたんだけどどうかな!?」

「えー、黒はまだ早いんじゃない?」

「でも、雑誌には黒の下着は男もイチコロって書いてあったわよ?」

「それはスタイルも抜群な女が着て効果があるのよ。そんなちんちくりんじゃあねぇ…」

「キャー! 野球部の彼に告ったの!?」

「返事は!?」

ワイワイガヤガヤとガールズトークで盛り上がる一同に目もくれず、汗まみれの体操着から制服姿に着替え終える朱里。

気軽に話せる相手が学校内では片手で数えるくらいしかいない自分にとって、どうもこういうキャピキャピした空間は苦手だ。…校内に友達がいないから会話に混ざれなくて寂しいとかそんな理由で苦手なのではない、決して。

「…じゃあ名瀬さん、私、先に行くね」

「あ、うん」

クラスメイトと談笑している名瀬に一声かけてから、そっと更衣室を出る朱里。

「うわっ、暑っつ…」

その瞬間、むあっという擬音が聞こえてくるような熱気が襲いかかって来た。居心地の悪い空気は思わず声を漏らしてしまう程に不快で、顔を歪ませてしまう。

5月を終え、6月に突入した今、湿度と気温は暴力的なまでに上がり続けていた。曇り空が多くなり、ジメジメとした空気が気分を鬱屈させていく。せっかく晴れていても春先より上がった気温が熱気を呼び起こして、汗を噴き出させる。

特に今日は真夏日に近い気温を記録しており、衣替え前という中途半端なタイミングも重なって、多くの生徒が参っていた。先ほどの体育の授業も、コンクリートをのた打ち回るなめくじと化していた生徒も数多くいたほどだ。

各教室全部にエアコンなどついていないから、ほとんどの教室から廊下までがこの嫌な空気が支配している。生徒たちは少しでも過ごしやすい場所を求めて、休み時間の間、あちこちを徘徊する光景が目立っていた。

(汗で、下着の中が蒸れる……)

熱気で胸の谷間の皮膚が張り付き、汗に変わっていくのをはっきり感じながら、廊下を歩く朱里。

更衣室で念入りに身体の汗を拭いたのにもう噴き出てくるのか。体育の時間中あれだけ汗を出したのに、まだ出そうとする自らの身体が恨めしい。

(それに、何かまたでっかくなった感じもするし…)

そっと朱里は胸を擦ると、ぐにゅっとした乳房の柔らかさと共に多少の圧迫感も感じる。勿論、それはブラをしているが故の感覚なのだが…最近はいつも以上にそれを強く感じてしまう。

更衣室で着替えている時にも感じたが…ここ最近の内に自分の胸が少し大きくなっている気がするのだ。今付けているブラでは少しきつく、常に胸が圧迫されている感じがする。

―――もしそうなら頭が痛い話だ。丁度半年ほど前、ワンサイズ大きい下着を買い揃えたのに、また買い直さなければならなくなるかもしれない。女性の下着類は男性以上に金がかかるので、ホイホイと買うのはあまり気が進まない。

(成長期なのかどうかは分からないけど……胸までこれ以上大きくならなくてもいいのに…)

胸がデカいとこういう所で弊害が出てくるのが悩みだ。あまりサイズが大きくなってくるとブラだって簡単に手に入らないし、肩だってこりやすいし。だから朱里は自分の胸が大きいことを素直に喜べないでいる。

朱里個人としては正直、千早ややよい程の胸のサイズで十分なのだが…我が星井家の血筋がそれを許さないでいるらしい。ナイスバディな2人の姉の例に漏れず、身体の方は止まる所を知らないでどんどん成長中だ。

このスタイルの良さはアイドルをやる上では大きな武器となりえるかもしれないが、これが日常生活もとなると良い事ばかりではない。

体育の時間中やレッスンしている時など激しい動きをするときだけでなく、ちょっと動いただけで揺れるし、谷間が擦れると痛いし、汗もかきやすいし、汗が谷間で起こるとすぐかゆくなるし…。日常生活を送る上ではメリットよりもデメリットの方が遥かに多い。

(そして何よりも…)

丁度男子トイレの前を横切った時、ヒソヒソと聞こえた会話に朱里は顔をしかめる。

「星井って胸でけえよな~」

「最近、色気づいてっていうの?エロく見えるよな」

「前は地味だったのになぁ。さっきの体育の時も脚がすげぇエロかったし…」

「いいよなぁ~、触ってみてぇ~」

「運動着ん時もこう、汗でブラ透けて見えてさ…」

「マジ? 何色だった!?」

―――こういう男子の目線があるから、すげぇ嫌だ。お前らは私の胸と脚しか目が行かないのか。

男子トイレの扉を蹴り飛ばしたい衝動を必死で押さえながら、朱里は廊下をズンズンと歩く。本当に学校内でああいう話はやめてほしい。聞かれる本人からしてみればたまったものではない。鳥肌がぞわっと立ち始めてしまう。

朱里だって元男だ。ああいう類の話で盛り上がったことだって勿論あるし、オーディオ・ビジュアルの略でない方のAV観賞だってとっくに経験済みだ。

………まさか、ああいう男子のエロい視線を受けることになろうとは、あの頃の自分は思いもよらなかったに違いない。改めて思うが『見る立場』ではない『見られる立場』になるのがこんなに辛いものだとは。アイドルを始める前からたびたびそんな視線で見られているのはなんとなく分かってはいたのだが…。

(自分が言える立場じゃないけど…思春期の男って本当に馬鹿だ……! 体操着姿まで見られていたとは…)

アイドルで売り込む時はセクシー系でなく清純路線でいきたい、今度プロデューサーに直訴してみようかな、とぼんやり考えてみたりもする。

肌の露出が増え、下着などが透けて見える夏服になれば今以上にああいった視線に晒されるんだろうな…と、どんどん成長していく自らの身体とすぐそこまで迫っている衣替えを憂鬱に思いながら、朱里は深いため息を一つつくのだった。

 

 

 

 

 

 

(『重要な連絡事項の為、事務所に全員集合』か…)

放課後、携帯に入っていた小鳥さんからの留守電の指示に従い、真っ直ぐ事務所へと来た朱里。

重要な連絡…一体何なのだろうか? 留守電ではその詳細について何も伝えられてなかったので、非常に気になっているのだが…まぁ、すぐに分かるか、と事務所の扉に手をかけ―――。

「穴掘って埋まってますぅ~~~~~!!」

―――事務所の扉を開けた途端、雪歩の絹を裂いたかのような甲高い悲鳴が耳を劈く。

また亜美真美がこの暑さに便乗してまたくだらない悪戯を雪歩にでも仕掛けたのか…と最初は思っていたのだが、どうも様子がおかしい。亜美真美のコールはともかく、伊織と真の怒号なども混じって聞こえてくるのを怪訝に思いながら、中へと脚を進める。

「…あら、朱里さん」

「あ、千早さん。おはようございま…す?」

すっかり慣れた挨拶で近くに立っていた千早に声をかけ、目の前の珍妙な光景に目を白黒させる。

「全く! 雪歩の男嫌いのせいで全然レッスンにならなかったわよ!」

「伊織、そんな言い方はないだろ!」

目の前では土木作業員が使うようなスコップを手に涙目になっている雪歩とそれを煽る亜美真美の姿。その周りにはぷりぷり怒っている伊織とそんな伊織の態度に怒っている真がいる。少し離れた所にいるプロデューサーと春香はどうすればいいのか分からずにおろおろしている状態だ。

一体なんなんだこれは…? というのが正直な感想だろう。この状況を一目見て理解しろ、というのはいくらなんでも無理難題すぎる。

この光景を見ながらはぁ…と呆れている千早はこの一部始終を知っているらしい。早速、朱里はこの状況についての詳細を千早に求めてみた。

「…何があったんですか? 雪歩さんが床に穴でも開けたんですか?」

「ありえない話じゃないけど、違うわ。彼女、コンクリートに穴を開けた経験はあるみたいだけど」

あ、それはとっくの昔に経験済みなんだ…。

ジョークで言ったのが半ば当っていたことに驚いてしまう朱里。そのうち、1階にある『たるき亭』と行き来できる穴がウチの事務所にも出来るかもしれない。律子さんがカンカンに怒りそうだけど。

「どうやら原因は萩原さんにあるみたい」

「雪歩さんに…ですか?」

…朱里はどうもピンとこなかった。雪歩は常識さで言えばこの事務所内で上位に位置するアイドルだ。困った人がいれば率先して手を差し伸べるような優しい子で、誰かを意図して困らせるような子ではなかったはずなのだが…?

「今日のレッスンのコーチがたまたま男の人みたいだったらしくて。で、萩原さん男の人が苦手でしょう?」

「………苦手って言葉で片付けていいんですかね、あれ?」

それで朱里は合点がいった。萩原雪歩の数少ない弱点とも言える『男性恐怖症』が今回の騒動の引き金だったのだ。

ちらりと見ると、心配して近づこうとするプロデューサーにも反応してずりずりと後ろへ下がる涙目の雪歩の姿があった。

数か月共にしてきたプロデューサーですらああなのだ、初対面の男性などあれの比でない程の取り乱しぶりだったことが容易に想像できる。あの様子じゃ、普段の仕事も相当苦労しているのだろう。

「それでまともなレッスンが出来なくて皆に迷惑をかけたって、落ち込んでいるみたい」

「うわー、それは……」

「そんなに男の人って怖いものなのかしら?」

「…個人差にもよるんじゃないですかね。私だって男が怖く見える時ありますから」

「……私には、よく分からないわ」

今日、朱里も男に関してネガティブな感情を抱いたが、雪歩の男嫌いのレベルはそんなものとは比べ物にならないものだということを改めて感じてしまった。そしてそれがどれだけ根の深いものかということも。

(雪歩さんって実力はあるのに、そこら辺が足引っ張っているんだよな…)

雪歩は765プロメンバーの中では古株に位置する程長くいる子だ。そのおかげなのか、調子の良い時の彼女の実力は凄まじいものがある。

真や響などの派手さはないもののダンスでは一つ一つの動作が凄く丁寧だし、歌だって雪歩本人しか出せないような独特な声色が魅力を放っている。朱里もそんな雪歩の動きを盗もうと、観察に躍起になっていた頃もあった。

………が、それに比例するかのように調子の悪い時の落差もまた凄まじい。特に男性が絡むとその取り乱しぶりは尋常じゃない。

自慢のダンスのキレも歌声も、一度崩れてしまうと雪崩の如く、全てが急降下してしまう。そして自信のなさから、すぐ弱気になったり、泣いてしまったり……時には思いつめるあまりに変わった行動をしてしまうことだってある。

(何かきっかけがあれば化けるんだろうけど…そう簡単に変われたのなら、苦労なんてしないよな………)

雪歩の中には『自分を変えたい』という強い意志がある。ただ、『どうせ自分なんて』という暗い感情もまた同時に存在する。そして、後者の方が圧倒的に雪歩の心の中を支配している。『男性恐怖症』『引っ込み思案な性格』などもそのネガティブさに拍車を掛けている一つの要因だ。

そんな思いが足を引っ張ってしまい、雪歩は自分が持っている高いポテンシャルを十全に発揮できないでいる。

(男の目線とか、私ですら気にするんだから…気の弱い雪歩さんなんてたまったもんじゃないよなぁ)

……事情が事情故に雪歩が抱えるそんな心の問題を、朱里はただ黙っていることしか出来なかった。

あれこれ言ってしまうと、余計に彼女を追いつめてしまう。何が彼女を苦しめているのかがはっきり分からない以上、むやみやたらに踏み込むのはあまりにも危険すぎる。抱いているコンプレックスやトラウマにズカズカと踏み込まれる嫌悪感は、自分自身が良く知っている。

彼女を支えることは出来る、でもそれに立ち向かえるのは他でもない雪歩自身。でも雪歩自身に一歩を踏み出す勇気があるかと言えば…。

 

 

 

 

 

 

半時間ほどの時が流れ、騒動は一通り収まった。

雪歩の目には少し涙の跡が残っていたが進行に支障がないと判断されたのか、この事務所にいる全員がホワイトボード前へと集合した。

一足先にいたプロデューサーはホワイトボードに何かを一心不乱に書いている。隣で待機している律子も早く発表したくてたまらなそうだ。

「……一体何なんなんだろうね、朱里?」

「今から分かるんだから、落ち着いて待ってなよ姉さん」

「でも気になるの」

「そんなもん皆一緒だろ?」

ひょい、と後ろから顔を出してくる美希を窘める朱里はジッとホワイトボートの日付を確認する。今から約1週間後あたりの欄にプロデューサーが立っている為、どうやらあそこら辺に重要なイベントがあるらしい。

(何か重要な仕事があるのか? ユニットの発表? それとも新曲? 新メンバー? …駄目だ、候補が多くて分からない)

『重要な連絡事項』というワードは色々な事を想像させる為、どれかに絞る事が出来ない。

早くホワイトボードの内容を見せてくれ、と朱里は特別なパワーもないのにプロデューサー目がけて念を送る。

そしてプロデューサーがペンを置いた瞬間、律子が待っていましたと云わんばかりにホワイトボードをバン! と叩いた。

「降郷村での村興しイベントで我が765プロの参加が決まりました!! しかもウチのアイドル全員参加で歌のステージ付きよ!」

「「「「おおおおおおおおお~~~!!」」」」

イベント、歌のステージ。久々のアイドルらしい仕事に全員が歓喜の声を上げた。確かにこれは『重要な連絡事項』だ。律子も嬉しいのか、ガッツポーズを決めている。

しかも全員参加ときたもんだ。美希も朱里も事務所の皆と仕事をするのが初めてなので、驚いた顔をしている。自分達にも歌えるステージがきちんと用意されているのだろうか?

「全員参加って……よくこんな仕事、律子さん取ってこれましたね」

「ああ、違うわ。この仕事、彼が初めて取ってきた仕事なのよ」

「プロデューサーさんが?」

ポン、と律子がプロデューサーの肩に手を置く。どうやら彼もいつまでも新人のままではないらしい。こんな大きな仕事を取ってきてくれるなんて。

「ああ、頑張るからな!」

「…ええ、勿論頑張りますよプロデューサー」

「美希も頑張るのー!」

グッと拳を握るプロデューサーの期待に応えるように微笑む朱里と私も!と云わんばかりに元気に手を上げる美希。

「ちょっと、本当に大丈夫なの?」

「兄ちゃんには荷が重いんじゃないのー?」

「が、頑張るから、な…?」

が、伊織と亜美の茶化すような声に力強く上がったプロデューサーの拳が徐々に下がって、顔に脂汗が滲み出てくる。…どうやら一人で仕事は取ることは出来ても、カッコいいセリフがいまいち決まらないのは変わっていないみたいだ。

(さて、雪歩さんの様子は…)

朱里は微笑みながらも雪歩の様子を伺った。この件を機に少しは立ち直って欲しいのだが…。

「凄いね雪歩! 僕たち同じステージで歌えるかもしれない!」

「う、うん! そうだね真ちゃん!!」

どうやら、少しは立ち直れたみたいだ。驚きの感情が混ざりつつも、雪歩の顔には笑顔とイベントに対する意気込みが見えていた。

「はーい、騒ぐのはその辺にして皆注目! 今からイベントの概要と楽曲のメンバーを発表するわ!」

「はい、これ詳細のプリント。一枚ずつ回していってね」

「ありがとうございます」

小鳥さんが印刷してくれたプリントを1枚つまんで皆に回され、詳細についての説明が始まった。

「…まずは今回のイベントはライブの合間にトークやちょっとしたイベントを挟んでの進行になっているわ。でも持ち時間の関係上、ソロを全員に回すのは厳しい。だからユニットを組んでのステージになります」

「ユニットかぁ…何か久しぶりって感じがするぞ」

「少なくとも、美希と朱里たちが入って来てからは一度もやってはいないわね」

「あー、美希、朱里だけでなく真君とも一緒なの!」

「…………………この組み合わせで本当に大丈夫なんですかね? 姉さんと私、ユニット組むの初めてなのに…」

プリントに目を落とすと、各々のメンバーと楽曲が書かれたリストが描かれていた。それぞれの能力や長所を考慮した上でのメンバーが構成されている。

…そしてその一文には『ユニットメンバー:春香、真、雪歩、美希、朱里 楽曲:GO MY WAY!!』とあった。よりによって初めてのユニットステージを、最近派手にやらかしたあの楽曲で挑むことになろうとは…。

「大丈夫よ朱里。今回組むユニットは朱里と美希以外は以前組んだことのあるメンバーだし、振り付けもソロの時とほとんど変わらないこの曲を選んだから」

そうは言っても前回のあれを思い出してしまうと、この曲には良い思い出があまりない。決して悪い曲ではないのだが。

「それに今回初めての朱里と美希はこの1ステージだけにしているわ。残りのステージは春香と真、雪歩が担当しているから。心配しなくても大丈夫よ」

心配そうにプリントを見る朱里を励ます律子だったが、朱里の不安は尽きない。

「ま、この間のレッスンみたいにならなきゃOKよ。春香と一緒にダブル転倒なんてことだけはやらかさないでよ?」

「流石にそれは恥ずかしいからやりません。というかやらせません」

「そんなこと言わないで朱里ちゃん!」

褒めているのか貶しているのか分からない発言にぶっきらぼうに答える朱里と関係ない所から飛び火して憤慨する春香。

「…久々のユニットを組む関係上、今回は手堅いメンバーで行かせてもらう。けど、久しぶりだからといってステージの質を下げてもいい訳ではないわ! 本番までの期間、ビシバシ行くから皆覚悟するように!」

律子のその言葉と共に、ホワイトボード前で行われていたミーティングは終了となった。

 

 

 

 

 

 

「はい…はい。今から帰りますので。晩御飯の時間までには間に合うと思います」

そう言うと、雪歩はピッと携帯の通話ボタンを切る。門限が厳しい萩原家では遅くなりそうなときは必ず電話を入れることがルールと化していた。

事務所を出ると、既に日は暮れていた。昼間はあんなに暑かったのに、この時期の夜はまだまだ冷える。思わぬ肌寒さに思わず腕を抱いてしまう程に。

(…また、やっちゃった)

そして昼間の出来事を思い出してため息をつき、自己嫌悪に陥った。

今度こそやらないという誓いを立てたのに、何度も繰り返してきたミスをまたやってしまった。

男の人なんて怖くない、自分はもう立ち向かえるはず。

そう頭では理解しているのに、また逃げ出してしまった。迷惑をかけてしまった。また皆に甘えてしまった。

雪歩は涙目になりながら、ギュッと腕を強く抱き、身を縮こませた。プルプルと震えるその姿はまるで亀を彷彿とさせる。

(私、なんでこんなに臆病なんだろう…)

―――萩原家は子宝に恵まれない一家だった。その中でようやく生まれた一人娘の雪歩は両親の愛を一身に受けて成長した。

そのことに関して雪歩は不満がある訳ではない。両親は自分を愛しているということは何よりも理解しているからだ。

だが、その両親……正確に言えば父親の教育方針に多少の問題があった。

雪歩の父は、雪歩を大切に思うあまり極力男性との接触をさせないよう育てさせたのだ。

どこかに遊びに行くときは必ず許可を取らせたし、学校などに行くときなども送り迎えなども徹底させていた。萩原雪歩は現代ではすっかり見なくなった、所謂『箱入り娘』として育てられていた。

また、雪歩の父親は厳格で箸の上げ下ろしにもうるさい男だった。自分にも厳しいが他人にもその厳しさを求めてしまいがちで、男に関しては特に厳しい目を向けてしまった。

『最近の男は軟弱でいかん』

『最近の男はチャラチャラして、遊んでばかり』

『最近の男は女をたぶらかす者ばかり』

『私の若い頃は違った』

『最近の男は…』

『男は…』

―――幼い頃から雪歩は若かりし頃の父やその友人の武勇伝を聞いて育ったが、現代の男に対する愚痴も同時に聞かされて育った。その結果、現代の男性に対しての不信感と恐怖も無意識の内に植え付けられてしまっていたのだ。

高校生へとなった今では、世間一般にいる男性はそんな人ばかりではない事は十分わかっている。だが幼い頃に植え付けられた不信感は簡単にはぬぐえず、それが今となって雪歩を苦しめている。この男性不信が雪歩の引っ込み思案な性格をますます加速させているという悪循環にも陥っていた。

(真ちゃんも朱里ちゃんも、自分を変えようと頑張っているのに…)

思い出すのは『自分を変えたい』と強く願う2人の少女。宣材写真の際、互いに自分が抱えるコンプレックスを話した仲間だった。

真は女でありながら男のような自分を受け入れ、先に進もうと頑張っている。

朱里は自分の年齢とは釣り合わない大人な自分やコンプレックスを受け入れ、メキメキとその頭角を現している。

2人とも一歩を踏み出して、頑張っている。でも、自分だけがその一歩を踏み出せないでいる。失敗したらどうしよう、今よりももっと悪くなってしまうんじゃ…?

そう考えると、足が止まってしまい―――そんな自分を雪歩はまた嫌いになる。そしてそれをまた繰り返してしまう。

かくして、雪歩は雪歩のまま。それまでと何一つ変わらない、冴えないままの自分でいる。自分だけ、置いてけぼりにされている。

「……」

そっと雪歩は事務所で貰ったプリントをポケットから取り出した。そしてある一文を見つめる。

『ユニットメンバー:春香、真、雪歩 楽曲:ALRIGHT*』

…どうして、自分の持ち歌の名前がプリントに書かれているのだろう。しかも、持ち歌という関係上、必然的に自分がセンターに立つことになる。

『ALRIGHT*』。英単語の alright(大丈夫)をもじったこの楽曲は喜びも悲しみも力に変えることが出来、例え今日泣いてしまっても、明日笑うことが出来れば結果オーライだというメッセージが込められた曲だ。

…しかし、今の雪歩にとってこの曲は自分を皮肉っているようにしか思えなかった。

(私がセンターなんて…絶対に無理だよ…結果オーライなんてぇ……)

グスッとべそをかきながら、雪歩は逃げ出すように走り出すのだった。




朱里の身体は現在も絶賛成長中です。ちなみに胸だけでなく、お尻の方もおっきくなっています。
ちなみに美希も成長中です。成長期ですからね、仕方ないですよね。

雪歩の男性恐怖症は様々な説がありますが、この小説では「過保護に育てられたから」の他に独自解釈も加えております。
アニマス3話の雪歩の怯えぶりは尋常じゃなかったので、このくらいの理由付けは必要かな…? と思ったからです。

では次回もお楽しみに!

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