THE IDOLM@STER  二つの星   作:IMBEL

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4月に入り、もうすぐゴールデンウィーク。10連休という未知の世界に、今後もしかしたら仕事やなんやで更新ペースが落ちるかもしれません。
落ちる時は年単位でガッツリ止まりますが、よろしくお願いします。


第35話 夏に突入、休みに突入?

大雨と停電事件から2週間程経ち、季節は7月に突入した。

温暖化により例年より早めのサマーシーズン到来、のうたい文句と共にあの憂鬱な梅雨空の日々は少なくなり、日差しも気温も一気に強くなった。テレビの天気予報では眼鏡をかけた予報官が天気図を指し示しながらも、気温の変動が激しいので風邪を引きやすいという注意と共に、この季節特有の集中豪雨にはお気をつけて―――と呼びかけをしている。

それはレッスンも変わらない。一気に暑くなった弊害で移動中やレッスン中も汗をかきやすくなってしまっている。猛烈に動くダンスレッスン時は特にそれが顕著だ。少し動いただけで汗が吹き出てくる。

数時間動いた後は運動部さながらの全身汗まみれになってしまう。普段以上に汗をかく故に疲労感もそれ以上だ。

「あっつい…」

朱里は気怠さと全身にまとわりつく汗のべとべとに参りながらひんやりとしたスタジオの隅っこに腰を下ろした。ペトリと自分の頭を壁へと寄りかからせながら、じっと目を閉じる。

すぐ向かいには伊織も同じように手で団扇を作りながら扇いでいた。少し離れた所にはあずさと貴音が膝に手を置きながら息をついている。

故郷村の仕事が終わり、各々のスキルアップを目指してレッスンの質も量も一気に上がっていった。同時に見られるポイントも厳しくなっていく。朱里にも「もっと膝を高く上げないと、高揚感が伝わらない」だの「疲れていると手と脚だけで踊っているのが見られる。爪の先までしっかり気を配らなきゃ」など、トレーナーの檄がガンガン飛んでいた。

やれる時にこそしっかりとやる、徐々に仕事が増えていっている今だからこそ、地盤をしっかり固めておく必要がある。

(あと数日で期末テストが始まって、それが終われば…すぐに夏休みだ)

頭の中のカレンダーを思い浮かべながら、朱里は一人物思いに耽る。

そう、もうすぐ夏休みだ。空羽が言っていたようにスイカと花火に男と浮かれている訳ではないが、もうすぐに迫った長期の休みに世間はカウントダウンの気分に満ちている。実は朱里もだが、夏休みまでの日数を指折り数えている一人だ。

―――夏休みになればみんな午前中から仕事を入れられるようになる。あずさと貴音以外のアイドルは全員学生なので平日は授業終了後からしか仕事ができなかったのが、時間の縛りがなくなって仕事の時間が倍以上に増える。学生の所属アイドルが大多数を占める765プロにとっては待ちに待った書き入れ時だ。

無論、その条件はどこの事務所も変わらないが…そんな時期だからこそ、いざ入ってきた仕事でしっかりと成果が残せるか…それが重要になってくるのだ。

だから時間に余裕がある今のうちにしっかりとした体力、太い心肺や筋力を身に付けることの重要性は分かるのだが…。

(…このまま眠りたい。姉さんみたいに寝転がって爆睡したい…)

ぐで~、と壁によっかかって物言わぬ石像と化した朱里は寝てばかりいる姉の心境をほんの少しだけ理解できる気がしていた。

クールダウンを怠ると身体にも負担をかけたり、翌日以降のコンディションにも影響が出る。スポーツの世界でも一流選手程、どこかしらの故障やリスクと背中合わせの日々を送っているもので、こういう柔軟運動やマッサージは怠っていけないということも理解しているのだが、息も絶え絶えの状態ではそれすらもやりたくない。動くのも億劫だ。

「はい、朱里ちゃん。今から押すから、起きてね~」

「は、はーい」

だが、息を整えたあずさに声をかけられると毒づきたい気持ちは萎んでいき、2人一組でのオーソドックスな開脚ストレッチを始めさせられる。

あずさのおっとりとした声色を前にすると、不思議と従ってしまう気がする。

生理痛の時もそうなのだが、やはり唯一の成人アイドルには包容力だけでなく、そういう有無を言わせない威圧感を持っているような気がするのだ。ニコニコ笑うあずさの笑顔の裏に、偶にそういった無言の迫力を感じる時もあるし、そういう時は大人ってやっぱり怖いな、とも思ってしまう。

「はい、背中押すわね」

「いいですよ」

グイグイと背中を押され、身体を伸ばすたびに春頃から比べて、自分の身体が柔らかくなっていると感じる。前までは全く身体が伸びずガチガチだったのだが、丁度オーディションをやる前後から少しずつ伸びてくるようになり、今では足を180度開脚しての上半身を床に突っ伏させるまでには至らないものの、それなりに柔らかくなっている。

ガチガチの身体ではダンスもままならないと毎晩風呂上りと就寝時前にやっていた成果が出ているな、と目に見える変化に少し嬉しくなる。やはり、目に見えて分かる変化というものはこちらのモチベーションも上がる要因の一つだ。

「あずささん、次、私が押しますね」

足や身体の筋肉が良い感じに伸びていくのを感じつつ、朱里はあずさと役割を交換する。

「もうちょっと押しますか?」

「も、もう少し強めで…」

「強め、ですね。では行きますよ」

少し苦しそうだがまだいけるというあずさの言葉を信じ、グイグイと力を入れて背中を押し、身体を伸ばしていく。

朱里以上に伸びる豊満な身体の柔らかさ、ジャージの裾からちらりと見える足の細さやしなやかさに思わず目を奪われる。バストサイズ91という765プロ内最大の胸の大きさにどうしても目が行きがちだが、こういった足周りの綺麗さもその魅力だと思う。

足回りの筋肉が増えることは疲れにくさやダンス時における上体の安定さにもつながるが、同時に増えることにより足が太くなるというリスクも抱えることになる。アイドルをするにおいて、太い足というのはビジュアル的に致命的な欠点となりうる問題だ。

人間の身体の構造上、特に身体の硬い部分は太くなりやすい。硬く縮こまった筋肉はストレッチで伸ばして柔らかくし、太さを抑制する必要があるのだ。

唯一の成人で、成長期を終えてある程度身体が出来上がってしまっているあずさはそれを少しでも抑えようと必死だ。柔軟運動は誰よりも長く熱心に取り組み、マッサージや歩き方にも気を遣っている。

ヒールなど高い靴も日常生活では履かないように心がけているようだ。踵が高い靴を履くことによる、足に余計な負担をかけないようにしているらしい。

―――そういった地道な努力の上に、この身体が出来ているってことか。

あずさの足回りに少し見とれつつもストレッチのサポートに専念する朱里。

自分も若いから、成長期だからといって、柔軟をサボっちゃ駄目だな…と先ほどの迂闊な考えを反省する。体重にしろ足にしろ、一度太くなってしまったのを戻すのは時間がかかる上に至難の業だ。伸びてしまった腹や足の皮は痩せた後も残ることもあり好ましくはない。

前を見ると、伊織も同じように貴音に押されながら柔軟運動を行っている姿を捉えた。ぐいっと貴音の胸が背中に当り、苦悶の表情を浮かべている。あれはストレッチの痛さだけでなく、胸囲への嫉妬も混じったような顔だった。今日のレッスンでは奇妙なことに765プロ内の胸囲の大きさのトップ2が一緒だから…と苦笑する。

(…というか、中学生じゃ伊織くらいの大きさでも大きい方だと思うんだけどな。貴音さんだけでなく、あずささんとかの大きさがおかしいだけで…)

伊織とあずさ…この2人の組み合わせを見た時、ふと唐突に変な事を思い出した。

「…あずささんって伊織と一緒にレッスンすること、多くないですか?」

身体を伸ばす伊織を見ながら、朱里はふと湧き上がった疑問を口に出していた。

自分が765に所属する以前の状況は分からないが、丁度宣材写真の一件後くらいから、自分が見る限りでこの2人がレッスン時に一緒に組まれている率が妙に高いなと、そう感じたのだ。

「あら~、そうかしら?」

「うーん、そうかも…?」

「ふむ…そう言われれば私もそう思います」

その言葉にあずさ達3人は柔軟を止めると、皆思うところがあるのか会話を始める。

「やっぱりそうですよね? 数か月くらいしか一緒に居ませんが、結構被る時が多い気がしますし。特に律子さんがレッスン見ている日なんかは絶対に被っているような…」

あの鬼軍曹が仕切る日は、ほぼほぼあずさと伊織の2人が絶対に同じレッスンに参加している。

「私が思うに、2人だけでなく亜美と真美も一緒にいる確率が高いと思います。特に亜美とは絶対に被っているような気がします」

と、貴音が続けて言う。

「…まあ、双子とは背丈は似ているとかで組む確率は高いけど…。でも、言われてみれば、真美より亜美の方が一緒かもしれないわね」

「どうしてなのかしらね?」

「偶々…にしては被りすぎな気がしますね」

うーん、と皆一同に小首を傾げた。一度や二度はあり得るだろうが、これが何度もとなると気になってしまう。

伊織とあずさと亜美。珍妙な組み合わせかもしれないが共通点は幾つかある。例えば…全員の歌唱力が高い所とか。

あずさはかなり伸びのある声をしており、特に高音時の声の伸びが素晴らしい。持ち歌である『隣に…』は高音+伸びの部分がかなり多く、特にサビのパートはあずさ以外では歌えないと言われているぐらいだ。それに云わずと知れたあの魅惑の身体の持ち主で、性格もおっとりとしていると来ている。

伊織は甘い歌声が印象的で、上品な歌声を前面に押し出してどのような曲でもきちんと歌い上げられるオールラウンダーぶりだ。そして、きちんと周りを見渡せ、遠慮の知らない性格が故にズバズバ言える度胸も備わっている。少し素直じゃないのがたまにキズだが…そういう所も魅力の一つだ。育ちの良さから動きの一つ一つに上品さも滲み出ている所も大きな強みだろう。

亜美は独特の歌声、演技力が光る要素だ。765最年少なのにやけにコブシの利いた独特の歌い方をする上に、悪戯で磨かれたモノマネと表現力でビジュアル力も高い。その極致がかの『一人765プロ』であり、なんと全員の特徴を的確に捉えたモノマネ芸を披露できる程だ。しかも律子とプロデューサー、小鳥などのアイドルでない面子も含めたモノマネだ。

(3人とも歌唱力だけじゃないし、ビジュアルも高い面子だし。組ませたら…良いユニットになるんじゃないか?)

ユニットを組んだら組んだで各々の立ち位置やら何やらで個人が持つ魅力がどう作用するのかは分からないが…面白そうな組み合わせではあるだろう。

…もしかして、事務所の方は組ませる前提でここしばらく動いているのだろうか? レッスンを多くかぶらせているのも、ユニット結成した際に違和感なく動けるようにするためなのだろうか…。

「あの、もしかしたらなんですけど」

「はーい、手を止めないで、さっさと続ける! 」

丁度口を開こうとしたタイミングで、手が止まっていた面子を急かす様にトレーナーが手を叩いた。

「色々話したいことがあるのは分かるけど、時間が押しているわ! 手をさっさと動かして柔軟をやる! テキパキ動くのも良いアイドルの条件よ!!」

その言葉に急かされるかのように、皆が慌ててクールダウンを再開する。

確か朱里たちの次には他の利用者がいたはず。さっさと終わらせて、事務所に戻って報告しなければならない。

事務所に戻って報告…普段では何ともないその行為をやるのを億劫に感じて、渋い顔をする。今の事務所の惨状を考えると、なるべく事務所には立ち寄りたくないのだ。

「事務所に戻りたくないわね…あんな灼熱地獄に…」

「私もあんな暑い所に長時間いたくないわ…」

「夕立でもくれば涼しくなるのですが…」

他3人も同じ意見なのか、同じような顔をした。

その原因は昨日、オンボロ稼働で何とか動かしていた事務所のエアコンが遂にご臨終になったことにある。ボタンを押してもうんともすんとも言わなくなり、古い型のエアコンなので修理に手間がかかり、すぐには直らないそうだ。買い換えようにも今の事務所には早急に新品の物を買う余裕もないので、暑さを我慢するしかないのが現状だ。

籠る熱気を少しでも何とかしようと、窓を全開にして換気を行ってはいるが焼け石に水の状態。デスクワークを行う面子はバケツに水を張ってそこに足を突っ込んで涼んでいるという余所には見せられないような有様だ。

暴力的なまでに気温が上がり続けている現在、冷房が使えない事務所に戻るのは苦行そのものだったが、直るまでは我慢するしかない。

外に出るのも辛いのに、事務所に戻っても暑さは続く。そのままならなさにため息をつくしかない一同であった。

 

 

 

 

 

 

街灯がつき始める時間にもなれば、涼しくなってきた。夕方辺りから少し太陽が雲に隠れていたおかげで、日差しが遮られたことにもよるだろう。自分の読みが当たって良かった、とホッとする。

全開に開け放った窓から流れてくる風に少し心地よくなりながら、すっかりぬるくなった麦茶を呷った。

レッスンが終わった後、熱気渦巻く事務所に報告した後皆早々に帰る中、朱里は一人残って期末テスト用の最後の追い込みに入っていた。中間テストが合間に入っていたおかげで出題範囲自体は多少狭いが、こういうのは油断せずにきちんとやっておいた方が良い。

こんな事務所でやることないのに…と伊織は呆れていたが、気温が下がることを予期してた朱里は暑いのを我慢してでも残った。家でやってもいいのだが早めに帰りたい気分でもなかったし、ここでは喫茶店とは違ってコーヒーも麦茶も無料で飲めるし、騒音も少ない。しかも今日は残っているアイドルも少ないという貸切状態。

それに…と、デスクワークに励んでいる小鳥に目をやる。誰かに見られていた方が急かされたようでこっちのモチベーションも上がるものだ。苦手な教科に取りかかる時ややる気がない時などに朱里はよくこの手方を使っている。

麦茶を飲み干し、やりかけだった古文の教科書に視線を戻す。『国語 2』のテストの出題範囲である、清少納言の『枕草子』を開く。

『枕草子』は感傷が交じった心情を洗練されたセンスで描いており、短い上に簡潔な文で書かれている。だからこそ、1000年も前に執筆された文献なのに多くの人に愛される文献になりえているのだろう。文学の世界に朱里は詳しいわけではないが、独特のリズムと文章に惹かれる物を感じていた。

古今東西、文学に限らず絵や曲…様々な分野で名前が未だに残っている作品というのは、こういう時代を超えても惹かれるような要素を残しているような物ばかりだ。

数字だけの整然としたロジックの世界の理系分野は元々好きだが、アイドルを始めて色んな歌詞や曲などを見たり聞いたりすることで、こういう文学特有の言い回しの言葉遊びや風格ある文学の世界にも朱里は興味が湧き始めていた。

ペラリとノートを捲り、枕草子の第一段部分にあたる「春はあけぼの」から始まる季節の記述について確認した後、市販の参考書を取り出して問題に励んだ。

しばらくの間スラスラと問題を解き、答えと照らし合わせながらきちんと解けている事を確認し、満足した。古文に関しては問題はなさそうだ。

高揚感から思わず手に持っているシャーペンをぐるりと弄ぶが、その時、事務所のドアが開け放たれる音が聞こえ、手元が狂ってそれを落としてしまった。

「おっと…」

「あら社長、お帰りなさい!」

「おおただいま小鳥君。いやはや、もうすっかり夏だねぇ…クールビズをしてても、汗が出てくる」

どうやら帰って来たのは高木社長らしい。最近社長も外回りを多くなっている気がする。

パソコンデスク側へと転がっていくペンを追いかけていると、丁度社長と視線が合った。ここ数カ月で身に付いた条件反射で、すぐ挨拶する。

「社長、おはようございます」

「おお、朱里君おはよう。こんな時間まで残って、どうしたんだい?」

「テスト勉強ですよ。期末テストまでもうすぐですから。家に帰っちゃったら誘惑も多いので、ここでやっていたんです」

そんなことを言いつつ、床に転がったままのシャーペンを拾った。

「テスト…ははっ、懐かしい響きだねぇ。長い間働いていると、学生時代が遠くに感じてしまうものだ」

「あら朱里ちゃんもお疲れ様。勉強の方は…あら、枕草子? 懐かしい~、私も学生の頃、やっていたわ。こういうのって今も昔も変わらないのね」

高木社長は懐かしそうに声を漏らし、小鳥は朱里が広げていた教科書を覗き込んでいた。

やっぱりこういうテスト範囲って世界が変わろうが今も昔も変わらないのか…と朱里は一人思った。こういう有名所の文学作品も1周目と変わらず、ちゃんとある事だし。

「まあ…この調子じゃ古文の方は問題なさそうですけどね」

「おお、凄い自信だねぇ!」

「今回も双子には負けられませんからね。前にあんなこと言っちゃっている以上、テストの点は落とせませんよ」

「ふふ、亜美ちゃん真美ちゃん呆気にとられていたものね」

「あれ以来、私の成績がちょっとでも下がる所探そうと躍起になっていますしね。勉強にちょっとでも意識を持ってくれたことは嬉しいんですけど」

ゴールデンウィークに言われたことが多少引っかかっているのか、亜美と真美はそれなりに勉強に向かうようにはなっていた。中間テストも赤点は逃れたと言っていたし、多少はマシな態度で勉強するようにはなっているのだろう。

その後は社長と小鳥の2人と近況報告やら世間話をし、適当な所で切り上げてテスト勉強へと戻ろうとした。

すると社長が「そうだ、朱里君」と呼び止められた。ちょっと、と手招きされる。

「朱里君は慰安旅行、行けるのかい? 早めに聞いておかなくては予約も間に合わなくなるからね」

「ああ…」

慰安旅行―――今の今まですっかり忘れていた。テストのことに集中しようとしていて、その他のことについてはあまり意識を持っていていなかった。

丁度学校の終業式前の最後の土日のタイミングで、社長が慰安旅行を計画していたのだ。終業式後の仕事の時間の縛りが無くなる直前での、少し早めの夏休みとして計画している。

場所は千葉県内にある近場の旅館。社長の知り合いが経営している所で、知り合い故に料金も格安で組んでくれるとのこと。旅館の目の前には海水浴場もあり、結構有名な所みたいだ。

スケジュール空いている奴は全員参加、という名目で募集はしているが、ホワイトボードに書かれているスケジュールの惨状ではほぼ全員参加は確実だろう。今の所誰一人仕事入っていないし。

朱里も美希もスケジュール的には問題なく、一応参加は出来るのだが…。

「まあ、その頃にはテストも終わっていますし、大丈夫ですけど」

「あら、あまり気乗りしていないの?」

と、小鳥が聞いてくる。

「…そういう訳じゃないんですけど。ただ、仕事ないのに休むのは何か…」

「気が引ける、と?」

「まあ、ただでさえ仕事少ないですし。あのスケジュールの様子じゃあ…」

チラリと壁に掛けられているホワイトボードを見ると、ほぼ真っ白状態。空白が目立ち過ぎてあまりに寂し過ぎるせいで、誰かが描いた落書きも交じっている始末だ。

「動ける時に動くのも大事だが、休める時に休むのも大切だよ? いざという時に動けなくなっては困るからね。励む姿は立派だが、しっかり休むのも立派な仕事だ。律子君や彼にも引率者という形ではあるが参加させ、休みを取らせるしね」

「一応休んではいるんですけど」

「美希君の話では休みの日も事務所から借りたダンスのビデオを見たり、自主練をしているそうじゃないか。そういうことをすっぱり忘れてリフレッシュすることも大切だよ?」

美希の奴、社長に余計な事を漏らしたな…と毒づく。自主練やってる日もきちんと食事と睡眠くらいは取っているのだから、しっかり休んではいるのに。

「それに私達の業界は人気が出れば出る程、気軽に休むことも出来なくなる。こういう慰安旅行も今のうちにしか出来ない事だ」

「しかも行き先は千葉の海よ? シーズンは少し早いけど、そのおかげで今なら人も少ないし」

ほらここ、とパソコンで検索をかけた小鳥はその様子を見せてくれた。

人ごみ具合からそれなりに人気の場所らしい。旅館の方も少し小さいが、悪い場所じゃなさそうだ。

旅館は魅力的だが、中学生にもなってまで海に行くってのも個人的には疑問だ。全力で海水浴するって齢でもないし、そもそも海で何をすればいいのか。

「そもそも水着も持っていない自分が行ったところで…」

うーんと唸る朱里に業を煮やしたのか、小鳥は朱里を椅子に座らせて、ウリウリと後頭部をつつく。

「いい仕事をするためには、こういう風な場所に出ていくことも必要よ? 家や事務所を往復するだけじゃ駄目! 普段やらないようなことをやって…潜在意識を、覚醒させるの!!」

「はっはっは、参加するしないに関わらず…せめて今週中には有無の連絡が欲しいね。予約が間に合わなくなるから…」

「…じゃあ、今週中には連絡を入れますので…」

「まあ、朱里君の場合はその前に、期末テストかな? 慰安旅行に」

 

 

 

 

 

 

「小鳥君、そろそろ事務所を閉めるが、大丈夫かね?」

「はい、この書類整理したらおしまいですので」

夜もとっぷり更け、終電も間近になった頃。社長と小鳥二人だけの事務所ではそんな声が響く。

「朱里君は果たして慰安旅行に参加してくれるのかな? 心配していた千早君は何とか折れてくれたが…」

「春香ちゃん、千早ちゃんをどうにか連れて行こうと凄い説得していましたからねぇ…」

「後は朱里君だけなんだが…」

乗り気ではなさそうだった朱里を心配する社長に小鳥は大丈夫そうな様子だった。

「ああいう風な言い方をすれば朱里ちゃんは恐らく参加しますよ。美希ちゃんには既に連絡を入れていますし。最悪、引きずってでも参加させるんじゃないでしょうか」

「ははっ、頼もしいねぇ。今回の慰安旅行で、皆には英気をしっかり養ってもらいたいからね」

と、社長は一息つく。アイドル達にはまだ話してはいないが、慰安旅行後にある一大プロジェクトが始まり、事務所の体制も大きく変わる。

上手くいけばだが、その後の765プロは忙しくなる。その前段階として皆にはしっかりと休んでほしいという考えが高木社長の中にはあったのだ。

「慰安旅行後には、動き出すからね。律子君が企画していたユニット―――竜宮小町が」

「まだメンバーとなる子には話はしてませんが…トレーナーさんの様子では動きを合わせる時間さえあれば、すぐにでも活動できると。上手くいけばいいのですが…」

「上手くいくさ。あの律子君が自信満々に企画したのだからね。我々もここ数か月かけずり回っていたのだから」

アイドル引退後、律子がプロデューサーの仕事と並行して進めていた一大プロジェクト。

彼女の力の入れようとその自信の裏付けとも取れる完成度に、社長はいけると確信に近い感覚でいた。

「それに…さっきの外回りで受け取ってきたからねぇ、竜宮小町の新曲を。まだ声も入っていないサンプルだが…」

「もしかして社長、聞いたんですか!?」

「ふふっ、帰りの車で一番乗りにね。いやぁ、良い曲だった! 早く声付きで聞きたい!!」

「ズルいです!」

「聞いても良いが、電車に間に合わなくなるぞ?」

意地の悪そうな声で笑う社長に、小鳥はジロリとした目線で思わず睨む。

「まぁ、曲は逃げないから、明日律子君と彼と一緒に聞こうじゃないか!」

小鳥のそんな顔に、はっはっは…と悪戯が成功した子供みたいな笑いをする社長だった。




朱里や美希はまだ成長期の途中ですから、どんどん増えます。身長もおっぱいも。
というか、美希まだ15なのにこれ以上デカくなったら、どーなっちゃうの?

次回は慰安旅行の前後のあれこれやらを描きます。ついでに朱里のプロフィールなんかも明らかに…?

次回もお楽しみに!

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