THE IDOLM@STER  二つの星   作:IMBEL

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今回はアニマス2話となっております。


第5話 葛藤と個性と

「ふう…」

ようやく迎えた放課後の自由な時間を噛みしめるように、朱里は椅子に寄りかかる。アイドル候補生を始めてから二週間が経ち、ようやく事務所にいる全員の名前を空で言えるようになった。

(体痛ってぇ…)

レッスンでは普段使わない部分を動かしたりするので、あちこち筋肉痛が酷い。よもや女になってから筋肉痛を体験するとは。

「あ、あの!」

「ん?」

振り返ると、自分が話したこともないような男子が一人、朱里の席の近くに立っていた。

(…ああ、そういえばそんな季節か)

「あ、朱里さん!き、今日さ、駅前で新しいケーキ屋がオープンするんだ」

「…それで?」

朱里は冷めた目で男子を見る。この時点で何を言われるのか、だいたいの予想はついている。

「な、なんならお姉さんの美希さんも一緒に…」

「ごめん。今日は姉さんと用事があるんだ」

それだけ言うと、さっさと朱里は教室を出た。男子は何をするのか聞きたそうな顔をしてたが、朱里は取りつく島を与えなかった。

(ったく、自分をダシに姉さんを誘うのはやめてくれよな)

所謂、デートや合コンなど、年頃の女の子が参加するイベントには朱里は参加しない。

体は女でも朱里の精神は男だ。何が楽しくて野郎同士でケーキなんか食べなきゃならないのだ。それに今の自分はアイドル候補生。男と一緒にケーキを食べに行って、変な関係になったらどうする。そんなことを週刊誌にでも乗っけられたら?そんなことになったら765プロは破滅だ。

「それに姉さん狙いだったら最初から本人に言ってくれよ…」

そして朱里が学校生活を送る上で避けられない問題、それが『美希の妹』という所だ。

美希本人に自分の思いを伝えられない男子たち、いわゆる『ヘタレ』は美希の妹である朱里に、先ほどのように恋のキューピットを頼む奴らが非常に多い。勿論、そんな下心が丸見えな奴らの誘いを朱里は断るのだが…毎年4月の中旬、多くの生徒が学校に慣れた頃になると一気にそのヘタレの人数が増える。玉砕覚悟や新学期を迎えたノリで学校一の美人、美希に告白しようとする生徒が出てくるからだ。…勿論、それに比例して、自分にキューピット役を頼む奴らも増えてくる。

…一応説明しておくが、これまで美希に告白して、成功した男子は朱里が知る限りではゼロである。

「姉さんもしっかりと断ってくれればいいんだけどな」

ぶつぶつ文句を言いながら、朱里は美希の教室がある3階の一室に立ち止まる。

「姉さん、まだ?」

あまり上級生と絡みたくない朱里は、教室には入らないでひょいと扉から顔を出して、美希を呼ぶ。詳しい状況は分からないが、どうやら美希は同級生と話しているらしい。

「おっ、愛する妹さんが来たよ」

「ヒューヒュー!!」

「そ、そんなこと朱里の前で言わないで欲しいの!!」

同級生たちに茶化されながらも、美希は照れながらこっちにやって来る。

「お、おまたせなの」

「…おう。じゃ、行こうか」

下駄箱まで2人は他愛もない会話をしながら、歩いてゆく。

いつもと変わらない光景。

そう、それは自分の下駄箱から1枚の便箋が落ちるのに気がつくまでは変わらなかった。

「…ん?」

朱里は何か落ちたのに気づき、それを拾い上げた瞬間、ビシリ!と固まった。

「…嘘だろ、おい」

それは自分には一生無縁だと思っていた物、ラブレターと呼ばれる物だった…。

 

 

 

 

 

 

「最悪だ…」

「?どーしたの朱里?」

「…いや、なんでもない」

765プロに向かう途中、ため息をつきながら、手に持っている便箋を見る。

(絶対ラブレターって奴だよな、これ…。しかもご丁寧に名前とクラス、出席番号まで書いてる)

そもそも朱里は恋愛ごとに関しては全くの無知なのだ。男だった1周目の時でさえ、まともに異性と関わったことすらないのに、半分オカマみたいな存在の今の自分に恋愛事情なんて分かるわけがない。

あまりにも異性との誘いを断るものだから、一部では「星井朱里は百合なんじゃないか」とかいう根も葉もない噂が広まっているらしい。…男と一緒にあれこれするよりは百合と勘違いされたほうがまだマシかなと最近は思ってはいるが。

(…たぶん、自分は一生結婚できそうにないな)

自分がドレスを着て、夫となる男性とのキス…。考えただけで吐き気がする。

とりあえず、ラブレターの件については自分で解決しよう。悪戯好きの亜美真美にばれたりしたら、絶対に面倒なことになる。

事務所に続く階段を上りきろうとしたその時。事務所の中から「やったー!!」という声が聞こえてきた。

「…?何かあったのかな?」

「…さあ?」

 

 

 

 

 

 

「「宣材写真?」」

「そう、今週末、765プロ全員の宣材を取り直すことになった。それでついでに美希と朱里のも撮ろうって話になってね」

全く事情が呑み込めない朱里たちは、プロデューサーからことの説明を受けていた。

詳しく聞くと、今765プロはオーディションに連戦連敗中なのだそうだ。今月に入ってからまだ誰一人オーディションに受かってなく、プロデューサーがその原因を調べた所、アイドルの書類上の顔となる宣材写真に不備があったらしい。

「…?でも、みんなすっごくかわいいハズなのに、そんな写真だけで落ちちゃうものなのかな?」

美希はいまいちピンときてないらしく、頭に?を浮かべている。

「あ~、面接の練習でも言ったけどさ…第一印象ってすっげえ大事なんだよ、姉さん」

そう言うと、朱里は自分のカバンからルーズリーフとボールペンを取り出し、適当な絵を描きながら、説明を始めた。

「例えば、姉さんの好きなイチゴババロアが二つあったとする。一つは見た目は完璧、もう一つはグチャグチャな見栄え。…さて、姉さんはどっちを食べたい?ちなみに使った材料や味は二つとも同じだと思って」

「そりゃあ、見た目が完璧な方を食べたいの!」

「…じゃあ、それと同じ要領で宣材写真も考えてみて」

「…あっ!!」

美希はようやく気付いたのか、声を上げる。

「そう、味がおいしくても、見た目が悪ければみんな自然に避けてしまうんだ。宣材写真だって一緒。いくら中身が良くても、見た目が悪ければそれだけで印象は悪くなってしまうんだよ。仮にオーディションに受かったとしてもその確率はグンと下がってしまう…こんな説明であってますよね、プロデューサー?」

「え?…ああ、大体あってる…うん」

言いたいことを全部朱里に言われてしまったプロデューサーは少し落ち込みながらも、話を再開する。

「…で、宣材写真はその子の性格や個性が一目で分かるものじゃなきゃダメなんだ。だから2人には週末までには自分をしっかりと見て、自分の武器となる個性を見つけて欲しい。ま、分からないことがあったら俺がしっかりと相談に乗るから」

そう言うとプロデューサーは仕事へと戻っていった。

「自分の個性…?じゃあ美希、キラキラするってことでいいのかな?」

「姉さんはそれでいいんじゃないかな?」

「なーんだ!それじゃあ簡単なことなの!」

鼻歌を歌いながら美希はどこかに行ってしまった。朱里も美希を追いかけようとして、ふと、事務所の真ん中で立ち止まってしまった。

「私の…『自分』の個性って何なんだろう…?」

自分には美希のような可憐さはないし、菜緒姉さんのような落ち着きを持った人間じゃない。そもそも自分は性別すら違う男だった人間だ。女性アイドルの世界でどのような個性を出せばいいんだ?

朱里は今、自分が長年目を背けていた問題へとぶち当たっていた。『自分とは何なのか?』と…。

 

 

 

 

 

 

「…で、なんで私まで参加しているんだ?」

「一応よ、一応。あんたの意見は大した役には立たないかもしれないけど、今は猫の手も借りたい状況だから」

頭の中から『個性』のことが離れなかった朱里は、頭の中で思考をフル回転させていたが、悩みに悩んでも糸口は見つからず、根気が続かなくなっていた。

それで気分転換も兼ねて、やよいたちの許を訪ねてみたのだが、何故か『個性について』作戦会議に朱里も参加する羽目になってしまったのだ。

「…つまりは、こんな雑誌に載っているようなアイドルを真似たって駄目なのよ!!トップアイドルになるにはみんなには無い強烈な個性が必要なのよ!!」

「「「おおー!!」」」

バンと女性向け雑誌を叩きながら、伊織は大声で演説を続ける。

「…お前ら十分すぎるほど個性あると思うけどなぁ」

そう、あらゆる面でここにいる奴らはキャラが濃い。

まず、伊織は超有名企業の令嬢、亜美真美は見た目がそっくりな双子姉妹、やよいは元気いっぱいでほんわかポカポカするような雰囲気。

正直、下手に弄るよりもそのままで勝負したほうが絶対にいい結果がでると思うのだが…。

「でもあかりっちはスタイル抜群じゃん。亜美たちはもっとセクシ→な感じで目立ちたいの!!」

「そうそう!!」

「…はあ、セクシーねえ」

半ば呆れつつも朱里は会話に参加している。最もセクシーさからかけ離れているこの面子でそれを求めるのはもの凄く場違いな気がしてならない。

「あかりっちやミキミキはスタイル抜群じゃん、何食べればそんなになるの?」

「…米かな?ウチはパンより米派だから毎日食っているけど…」

「そ、それなら私の家も毎日ご飯食べてますよ!!」

やよいが涙目になりながら訴える。…じゃあ、自分や姉たちのスタイルがいいのはもう体質としか言いようがない。

「よ→し、明日から3食全部お米にしよう、真美!」

「うん、ママに頼んでみよう!!」

「いや、数日とかじゃ絶対効果が表れないから無理だろ…」

…だんだん話の趣旨がずれ始めている気がするのは気のせいだろうか?

「ふん、何よ…」

と、ここで伊織が口を開いた。

「何よ何よ!口を開けば私たちの意見を否定することばっかり!」

「…!別にそうは言ってないだろ。ただお前らはセクシーなんてまだ似合わないんだよ。今しか出せないような魅力が…」

「ほら、今否定したじゃない!」

「…!話が通じないのか!?このデコ野郎!!」

売り言葉に買い言葉。どんどんヒートアップしていく発言に亜美真美ややよいは黙っているしかない。

「~!あんたはいいわよね、律子からも期待されていて背も高くてスタイルもあって!あんたの方が私たちよりずっと個性を持っているじゃない!!」

「!!」

伊織の言葉が、無意識の内に朱里を傷つける。今一番、言われたくない一言を伊織は口走ってしまった。

「あっ…」

押し黙ってしまった朱里に伊織が戸惑う。言いすぎた、誰もがそう思った時にはもう何もかもが遅かった。

「じゃあ…個性ってなんだよ。私らしさってなんだよ!?」

伊織の発言に完全にキレてしまった朱里は思わず立ち上がり、伊織の胸倉を思いっきり掴んだ。

「ちょ、ちょっとあかりっち!?流石にやりすぎだって!!」

「律ちゃん、律ちゃん!!」

亜美の必死の静止も無視して、朱里は事務所全体に聞こえるほどの大声で叫んだ。

「個性?自分らしさ?…そんなの私が一番知りたいんだよ!私の…自分のこと、何にも知らないくせに!!分かったようなこと口にするんじゃねえよ!!!」

そう怒鳴ると、朱里は伊織を突き飛ばした。ふと、辺りを見渡すと事務所全体が水を打ったようにシーンとしていた。

「あんたたち…何が起こったのよ!?」

「…別に。何にも起こってませんよ」

真美に引きずられる形でやって来て、事情が全く分からない律子に、それだけを吐き捨てる。そして、朱里はカバンを持って事務所の出口に向かう。

「ちょ、ちょっと!待ちなさい!!」

「…謝りませんよ、私は」

それだけを言うと、朱里は事務所を出て行った。事務所に残った者は、茫然と朱里の後ろ姿を見ることしかできなかった。




この頃の伊織はどこかトゲトゲしている感じがするんですよね。何度もオーディションに落ちて、プロデューサーにも八つ当たりしまくってるし。
それで自分より期待されている朱里が入ってしまい、今まで溜め込んでた不満が一気に爆発してしまった…そんな感じです。
対する朱里も下駄箱に入っていたラブレターから「男と女のギャップ」「自分とは何か?」という疑問が湧き出てきてしまい、運悪く伊織がそれを突いてしまい、爆発…と。要は二人ともタイミングが悪かったんですよ。出会いも最悪だったし。
でも伊織はきちんと謝れる子なんですので、きちんと仲直りはさせますよ。

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