THE IDOLM@STER  二つの星   作:IMBEL

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今回は今まで出番がなかったあの2人がメインです。


第6話 コンプレックス

朱里はゆっくりとした足取りで事務所前に立ち止まる。…その顔はあまり機嫌が良さそうではなかった。

(…行きたくねえ)

朱里は、階段を一歩一歩踏みしめるように階段を踏み、事務所へと進む。ここまで事務所に行きたくないと思うのは初めてかもしれない。

あの日の面接以上の緊張感で、朱里はドアを開けた。

「…お、おはようございまーす」

朱里は蚊の鳴くように細い声で事務所へと入る。足跡を殺して進む姿はまるで空き巣のようだった。

(…誰もいない、のか?)

事務所は静まり返っており、人の気配がしない。でも、鍵は開いてた。ということは絶対誰かはいるはずなのだが…。

「あれっ、朱里?」

「うわっ!?あっ、真さん…おはよう、ございます」

いきなり給湯室から現れた影に、思わず大声が出てしまう。

菊池真。中性的な容姿で、男と間違えられてもおかしくないだろう雰囲気を出している少女。ショートカットの髪と男っぽい口調も、そのイケメンさに拍車をかけており、スポーツ全般なんでもござれの運動神経の持ち主。…正直、そこらへんにいる男よりも男っぽい。

「あ、朱里ちゃん。おはよう…」

「あ、おはようございます。雪歩さん」

と、給湯室からもう一人、湯呑みを持った少女がやって来た。

萩原雪歩。栗色のショートで、まるで小動物のような弱々しい雰囲気がする娘。大の男性恐怖症で、プロデューサーとも上手く絡めないらしい。何事にも弱気で泣いてばかり。

また、穴掘りが非常にうまく、コンクリートに穴をあけたこともあるらしい。

「…今日、伊織来てます?」

「…いや、来てないね。レッスンがあったはずだから、多分スタジオに直接向かったんじゃないかな?」

「…そうですか」

来ていない。そう分かると、張りつめた緊張感が切れ、朱里はドッと疲れが溢れてくる感覚がした。色々考えてきた言葉が全部無駄になってしまった。

「わ、私も真ちゃんから話は聞いたけど…その…」

「…大人げなかったんですよ、私が」

雪歩のどこか気を遣った発言に、苦々しい顔で呟く朱里。

あの日から三日経ち、朱里と伊織が起こした喧嘩は事務所にいる全員に知れ渡ることとなった。当然、律子からの説教もあり、色々と申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

(大人げなかったんだ…図星突かれたからといって、手まで出すなんて)

そう、確かに事の引き金を引いてしまったのは伊織だが、その引き金に反応して、直接手を出してしまったのは紛れもなく朱里自身だった。

もし、あそこで手を出していなかったら、事はもっと穏やかにすんだかもしれないのに。自分がそれをかき乱してしまった、事態をややこしくしてしまった。

しかも自分は伊織の倍以上の年を取っている人間だ、もっと穏便に解決する方法だっていくらでもあったはずなのに。

…そんな自己嫌悪な気持ちでここ数日を過ごしていた。

「まあ、僕も伊織とよく喧嘩するしね、なんとなく分かるよ」

真はソファに座り、雪歩が入れてくれたお茶を啜る。朱里も真につられる形で座った。

「…今日は来ますかね?」

「たぶん、来ないよ。ここ最近、事務所に来るの避けているみたいだし」

「…ですよね」

朱里もあの日から毎日、事務所には顔を出してはいるが、伊織の姿は一度も見ていない。

自分に会うのをわざと避けているのだろう、一度、レッスンスタジオにも足を運んではみたが、既に伊織は荷物をまとめ、帰っていた後だった。

「…で、朱里は今日はオフ?」

「はい。…あの、2人に聞きたいことがあるんですけど」

そう、自分にはもう一つ要件があった。それは家族には言えない、ある程度自分を知っている人でなければ言えないものであった。

「…何?」

「…あの、私って、どんな感じで周りに見られてますか?」

 

 

 

 

 

 

都内のとある喫茶店。ここの一角で、律子はため息をついていた。

「はあ…」

律子は今、外回りの営業に出ていた。結果は上々…のはずだったのだが、今の律子は心ここに非ずといった感じで、全く別なことを考えている。それは勿論、あの日に起こった喧嘩のことだ。

「私は…あの子を贔屓な目で見てしまっていたのかも」

朱里は確かに素人の中では頭一つ抜けている存在だった。自分が組み立てたレッスンにも弱音を吐かずについてこれるし、礼儀や作法もしっかりしている。どこか朱里を無意識に贔屓し、それが原因で今回のトラブルのきっかけになってしまった。

「…ダメね、私は。朱里にも怒鳴っちゃったりして」

伊織の性格は重々分かっていたはずなのに、それを止められなかった。もっとあの時、早く止められていれば…。

それからというものの、伊織は朱里と会おうとはしない。何とか会わせようとしても、伊織は「あっちが悪い」の一点張り。

事務所にも来ていないし、このままだと…。

(もしかしたら…伊織、事務所辞めたりとか…)

頭に浮かんだ最悪の結果を、律子は慌てて消す。

そして、律子はポケットから一つの鍵を取り出した。

それは事務所の自分の机の鍵であり、鍵がかかっている引き出しには、自分の企画しているある一つの書類が入っている。

(竜宮小町…)

『竜宮小町』。今、律子が企画している一つのアイドルグループの事だ。既にメンバーも確定している。そして、そのメンバーの中の一人には伊織も入っている。

「私があの子を信じないでどうするのよ」

そう、自分は伊織の才能を信じ、メンバーに加えたのだ。負けず嫌いの彼女は簡単に諦め、投げ出す人物じゃないはずだ。

(週末には全員に嫌でも会うから、その時になんとか朱里に会わせなきゃ…)

…そう決意する律子であった。

 

 

 

 

 

 

場所は再び事務所へと移る。

「…?」

朱里の言葉の意味が分からないのか、首を傾げる真と雪歩。

「あっ!いや、その…。週末にある宣材写真のことでちょっと…」

その説明に2人は「ああ」と納得した顔をする。

「その…プロデューサーは自分の個性を見つけろって言ったんですけど、私の個性がいまいち分からなくて…」

「で、でも、朱里ちゃんには美希ちゃんがいるじゃないですか。ひんそーでちんちくりんな私なんかに聞くよりも…」

「あ…その、身内だと色眼鏡とかがあって、正しい評価が出ないんですよ。私をある程度知っている人じゃないとこの質問は出来ませんから」

(それに姉さんには迷惑はかけたくないしね…)

雪歩に言った理由は勿論あるが、それは建前。本当は美希に迷惑をかけたくなかったのだ。伊織との喧嘩でただでさえ心配をかけているのに、これ以上迷惑をかけられない。

「うーん、そんなものなのかな…?」

真は半分納得し、半分困惑しているような顔をしている。

「…その、遠慮しなくてもいいですから。ズッパリ言ってください」

「「…」」

2人は互いに顔を合わせ、どこか遠慮しがちに口を開いた。

「「…大人っぽい」」

「…!」

2人の答えは見事に同じだった。朱里は「やっぱり」という顔を浮かべている。

「…なんていうのか、朱里は仕草とかがすごい落ち着いているんだよ。大学生みたいっていうのか…何というのか」

「わ、私もそう思います…。この前だって律子さんとコーヒー飲んでいましたし、プロデューサーが持ってきていた新聞だって見ていましたよね?どう見ても中学生には見えなくて…」

(…そりゃ、そうだよ。だって30代いってるんだぜ、この見た目で)

心の中でツッコミながら、朱里は2人の話を聞く。

それから二人はこの2週間で構成された朱里のイメージを語っていった。その結果、2人だけではなく、765プロのみんなからも「大人っぽい」と思われているらしかった。

「…やっぱりそうですよね」

まさか周りにまでそんなイメージを抱かれてるとは思っていなかった朱里はガクッと肩を落とした。

「そ、その…ごめんなさい…私が余計なこと言ったせいで…」

「あ…、大丈夫ですよ。覚悟はしていたんで…」

手を上げて、雪歩の悲鳴にも似た声を止める。

「ただ、何となく分かってはいるんですよ。自分が大人っぽいって所は。ただ…それを受け入れられるかというのは、また別で…」

そう言うと、朱里は悩んだように髪の毛を弄る。

「…僕も何となく分かるよ」

と、ここで真が口を挟んできた。

「僕はね、その…父さんに男の子らしく育てられてね。空手を習ったりとか、女の子らしい服装も『軟弱』って言われたりして…」

「…」

真の身の上話に、朱里は思わず黙ってしまう。

「その…お父さんを恨んだりとかしますか?」

「…たまにね。みんなが女の子らしいことをしているのに、僕だけできないってことも多いし」

真は「ただね」と付け加える。

「でも、それも含めて、今の自分があると思っているんだ。実際に空手を通して得た経験だってたくさんあるし。…たまに戸惑うこともあるけれど…僕は僕だからね」

真は立ち上がり、空手のポーズを色々取り始めた。…真の中では男らしさも「自分」として、受け入れられているらしい。

「わ、私も!!」

真の話を座ったまま聞いていた雪歩が、勢いよく立ち上がった。

「わ、私もダメな自分を変えたいと思って…だからアイドルになりたいって…。たまに自分がすっごく嫌いになるときもありますけど…」

雪歩は「あうう」と顔を真っ赤にしながらソファに座った。

「…」

意外だった。朱里は雪歩をグジグジ悩んでいるだけの子だと思っていたのに、ダメな自分を認めて、それを変えたいと思っている。

真と雪歩。2人は性格も違うし悩みも違うけれども…自分をしっかりと向き合っている。たとえ嫌でも、苦しくても彼女たちは逃げてはいない。

(だったら…自分は…!)

「…ありがとうございます。いい参考になりました」

朱里は2人に頭を下げ、キッチリと礼を言うと、帰り支度をする。

「も、もう帰るの?」

「ええ。家でやらなきゃならないことが出来たんで。その…頑張りましょうね、週末の宣材写真」

「「うん!」」

2人の息の合った声に微笑むと、朱里は事務所を出て行った。…心なしか、少し足が軽くなった気がした。

 

 

 

 

 

家に帰った朱里は、自分の部屋に入り、鏡をジッと見ていた。…こんなにじっくりと自分の姿を見たのは随分久しぶりな気がする。

(…多分わかっていたんだ、最初から。でもどこかみっともなくて、どうしようも無くて、認めたくなくて…)

頭の中では、雪歩と真が浮かんでいた。

「強いんだな…あの二人は」

真は自分のコンプレックスを受け入れている。そんな部分も自分自身だからと。

雪歩も自分が情けなく、臆病な点を認めている。認めているからこそ、それを変えたいと誰よりも願っている。

(あの2人は…自分をしっかりと向き合っている。たとえ嫌でも、苦しくても。じゃあ、自分は?自分は…それにちゃんと向き合っていたか?)

まだ自分は真のようにしっかりと受け入れられた訳じゃない、雪歩のように自分を変える覚悟も足りていない。

自分とあの2人とは悩みの重さも違うし、経緯も違う。女になったという経緯を完全に受け入れられたわけじゃない。

でも…アイドルをやる時だけでも、これだけは受け入れなきゃならない、認めなきゃならない。自分は女なんだっていう事実を、そして自分のことも。

そして自分には周りには無い『個性』がある。これは自分自身にしかないもの、誰にもない、自分にしかない武器。

(美希姉さんは…そう、キラキラしている、まるで太陽みたいに。でも…自分は違う。太陽のように輝くんじゃなくて、月のように淡く…儚く…)

朱里しか持っていないもの。それは他のアイドルよりも2倍ほど長く生きていること。すなわち『人生経験』の差である。その落ち着いた雰囲気と中学2年生というギャップは、765プロの誰にもない、星井朱里にしかない魅力的な武器であった。

律子がオーディションで見抜いた個性を、朱里は試行錯誤の末にようやく自分自身で見つけたのだった。

そして朱里はクローゼットの中にある、あまり触れたくないもので溢れている段ボールを一つ、引っ張り出した。

(これを引っ張り出す日が来るとはな…)

その中に入っていたものは、美希や菜緒から貰っていたおさがりの服であった。きちんと上下揃っており、量もかなりのものがある。

女の恰好をするのが嫌であったため、朱里はこれらをまとめ、半ばクローゼットに封印していたのだった。

「…よし。じゃあ、始めるか」

そう意気込むと、朱里は段ボールから服を一つ一つ取り出し、組み合わせを試していく。

今まで見向きもしなかったコーディネイトを自らやる。…まだ戸惑い、ゆっくりではあるが、朱里は自分と向き合うということを行っているのであった。




この2人もコンプレックス持ちなんですよね。雪歩はともかく、真の場合はけっこう洒落になってませんしね…。
次回はようやく宣材写真を撮ります。ようやく伊織とも仲直りかな?

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