世界の全部が好きな子の物語   作:まなぶおじさん

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ぬいぐるみが好き

 ここに来て、本当に良かったと思う。

 ぬいぐるみについて語り合える仲間が出来たし、宇津木優季とデートをするきっかけにもなった。更には、島田愛里寿に新しい友達が出来た。

 先程までの出来事は、けして忘れないだろう。

 当たり前だが、誰かの良い顔を見ると気分が盛り上がる。

 

「それにしても、桃生君はイケメンだねぇ。愛里寿ちゃんをお誘いしたなんて、感動したよぉ」

 

 ――特に、優季の笑顔を見ると。

 

「イケメンなんて言いすぎだよ。俺は、単にぬいぐるみ好きと接したいだけだから」

 

 感情にひと段落がつけば、あとはぬいぐるみの鑑賞会に、ぬいぐるみの作成が始まる。それがこのサークルの日常であり、皆が望んだ時間だった。

 机の上に並べられているぬいぐるみはといえば、動物はもちろん、飛行機、戦車、果てには

フル再現学園艦と、実にバラエティに富んでいる。

 特に学園艦のぬいぐるみは巨大で、完成度が高く、作者のおじさんが「さあ見てくれ」とばかりに強い笑顔を見せつけていた。

 当然、この場にいる全員が学園艦ぬいぐるみに釘付けとなり、「すごいわねえ」とか「たいしたもんだ」とか「くっそお」とか、それぞれの反応を露わにしていた。

 

「すごい! いつか、作ってみたいですねぇ」

 

 小さく拍手しながら、優季が学園艦ぬいぐるみに目をきらきらさせている。

 おじさんは「できるできる」と恥ずかしそうに返していた。

 

「うう……いつか、巨大ボコぬいぐるみを……」

 

 愛里寿はといえば、新たな野望が更新されたらしい。

 桃生も何かデカいの作ってみようかなあと考えつつ、

 

「じゃあ、ぬいぐるみ、作ってみる?」

 

 先ほどから上機嫌の優季が、「はいっ、先生っ」と気前よく応じるのだった。

 

―――

 

 優季と島田に対し、桃生は、出来る限り、シンプルにぬいぐるみ作りをサポートした、と思う。

 優季も島田も素直に桃生の言葉に従い、不慣れな手つきで、しかし間違いなくぬいぐるみを

作りたくて作りたくてしょうがないという目つきをしていた。

 次第に、自分のことなど目にもしないで。それがとても嬉しい。

 

 ぬいぐるみを作り始めて数分後、優季と愛里寿の前にはそれぞれの完成品がちょこんと

置かれていた。

 桃生と大人達は、どれどれと身を乗り出す。

 

「これは……どっちも可愛い。いいねいいね」

 

 桃生が、嬉しそうにコメントする。

 

「うう……見ないで……」

「そ、そうかな……?」

 

 愛里寿が手のひらで顔を覆い隠し、優季が眉でハの字を作りながら苦笑している。

 優季の初作品はといえば、ウサギさんじゃない普通のウサギのぬいぐるみだ。やや手足が長く、犬のような体型をしているものの、一目でウサギと判断できる。

 愛里寿はといえば、これで三作品目になる。つまりは三匹目のボコが出来上がったわけだが、熊というよりは人間の体格に近い。しかしボコ特有の包帯が巻かれてあったり、青アザが縫い付け

られていたりと、愛里寿は間違いなくボコを作り上げた。

 

「うまいもんだ」

「可愛らしいわねえ」

 

 大人達が、真剣な目つきで優季と愛里寿のぬいぐるみを注視している。

 愛里寿は「いやあ……」と照れ、優季は「ありがとうございますぅ」と笑っていた。

 

「愛里寿ちゃんは日に日に上手くなっているし、優季ちゃんも初挑戦なのに形がしっかりしてる。いい人を誘ったね、桃生君」

「そうですね」

 

 桃生も、優季と愛里寿のぬいぐるみをじろじろ眺める。愛里寿は完全にまいってしまった

らしく、一切の瞳を見せない。

 

「島田さん、これは上手いと思うよ。ちゃんと特徴が表現されてる」

「下手だよこんなの」

 

 桃生が、「いやいや」と前振りし、

 

「そんなことないよ、そんなことない。こうして、一つの作品を完成させられたことが

素晴らしい」

 

 大人達も、同意するように頷く。

 

「完成させられることも才能だよ。大丈夫、日に日に『次はこうしてみようああしてみよう』と

思うようになるから。――戦車道だって、そうでしょ?」

 

 愛里寿が、弱々しい声で「そうだけどぉ」と返す。優季は愛里寿の背中をぽんぽんと叩き、

 

「桃生君の言う通りだよ。私も、自分で作ってみて、『ここで失敗しちゃったかな?』って

思ったもん。

でも、私はこのウサギさんが好き。自分で作ったから、好き」

 

 優季が生み出したウサギを、優季が愛おしく撫でる。

 

「戦車道もぬいぐるみ作りも、同じだと思うよ。作れば作るだけうまくなって、楽しくなって、

最初の頃が思い出になって、いつか全部好きになるんじゃないかなぁ」

 

 愛里寿が、狼のように「ぅぅぅぅ」と唸る。

 ――愛里寿は、人一倍「恥」を感じやすい人間なのだと思う。だからサークルの世界に中々入れなかったのだろうし、ぬいぐるみにしても「完成させた」という意識より「失敗した、恥ずかしい、見せられない」という傾向が強かった。

 だからこそ、愛里寿は戦車道の天才でいられるのだろう。失敗を「これでも良い」とごまか

さず、あくまで成功の結果で上書きする――プロにとって、必須の意識だと思う。

 

「これ、いらない」

 

 優季が「えっ」と声を出す。

 桃生は「いやいや」と否定し、

 

「島田さん、それはダメだよ。いつも思うけど、ぬいぐるみが可哀想だよ」

 

 愛里寿が「いいのっ、いらないっ」と強く否定する。大人達も「それは愛里寿ちゃんだけのものだよ」とアドバイスするが、愛里寿はいやいやと首を左右に振るう。

 

「も、桃生君、」

「うん……島田さんは、完成したぬいぐるみを、持って帰ったことがないんだ」

 

 優季が「ええ~」と力なく声を出す。顔も心底残念そうに暗い。

 

「そんなぁ、こんなに可愛いのに」

「かわいくないっ」

 

 目でも合わせたら罪と言わんばかりに、愛里寿は頷いたままだ。

 桃生も優季も大人達も、困ったなあといった様子で表情を歪ませている――前々回は、初めての作品ということで、愛里寿はここまで落ち込みはしなかった。それでもぬいぐるみを持って帰ろうとはせず、桃生が貰ったのだ。

 前回も愛里寿が気に入らない結果となり、同じく桃生がぬいぐるみを受け取った。

 今回は三度目、一区切りの回数ということで、愛里寿からすれば大ダメージだったのだろう。

 それでも、桃生も大人達も馬鹿にしたりはしない。通ってきた道だからだ。

 

「島田さん……」

 

 うう、と愛里寿が声を漏らす。

 

「愛里寿ちゃん」

 

 愛里寿が沈黙する。

 

「これ、貰ってもいいかな?」

 

 愛里寿が、はっと顔を上げる。

 

「これ、すごく可愛いよ。愛里寿ちゃんが愛情を込めて作ったボコのぬいぐるみだもんね。見ててほっとするよ」

 

 愛里寿が、泣きそうな瞳で優季を見つめている。

 

「私は欲しいなぁ」

 

 建前でもなくて、本当に欲しそうな顔をして、愛おしそうな眼差しで、優季は愛里寿の

ぬいぐるみを指差している。

 ――愛里寿も、反論する勢いを失ったのだろう。消えそうな声で「いいよ」とだけ。

 

「ほんと!? ありがとうッ!」

 

 クリスマスプレゼントを貰った子供のような笑顔になり、優季は愛里寿のぬいぐるみを

抱き上げた。

 それを見て、愛里寿は「うう」と声を唸らせる。しかし優季を止めようとしていないあたり、

今を受け入れているに違いない。

 

「島田さんのぬいぐるみ、次も楽しみにしているからね」

 

 桃生の言葉に、愛里寿は、こくんと頷いた。

 

―――

 

 開催時間がいつの間にか過ぎ去り、ぬいぐるみサークルの一同が「お疲れ様でした。また

会いましょう」と挨拶をし、現地解散。

 愛里寿はといえば、ばいばいする直前に、

 

「あ、あの、アドレス……交換しない?」

 

 まず、意識は沈黙した。その直後に携帯をフルスピードで操作し、「これが私(僕)のアドレス

だよ」と、当然のようにフレンドとなった。

 後は――ばいばい、ではなくて、「またね」と別れていった。

 

 その後は、優季と一緒に本土のファンシーショップへと立ち寄った。

 品揃えが抜群なもので、優季は目をキラキラさせながら店内を歩んでいく。誘ってよかったと、桃生は小さく拳を作った。

 二人で本土名物のキャラクターぬいぐるみを買ったり、「私の友達が、変なストラップを集めるのが好きでして」と、この付近に出没するらしい毒キノコストラップを購入したりもした。

 正直呪われそうな形状をしているので、ビビりの桃生は「部屋に置きたくない」と頭の中で

ぼやいたり。

 

 ファンシーショップを大方見終えた後は、本当に何気なく二人で散歩をした。

 空は快晴、気温も穏やか。気分は安泰で、島田愛里寿という友達もできた。携帯が震えたので

画面を見てみると、愛里寿から『とどいた?』の一言メッセージ。

 桃生はくすりと笑いながら『届いたよ』と返信し、次に優季のポケットから振動音が鳴る。

同じく携帯を取り出せば、優季はやったあと明るく笑った。

 

「返信……と。えへへ、うれしいなぁ」

 

 言葉通りの笑顔で、優季が早速返信する。

 ――思う。

 優季は、怒ったり不機嫌になったりすることがあるのだろうかと。困ったり戸惑ったりはするが、決して攻撃的な面は見せない。

 心の中で感情を蓄えるタイプなのか、或いは我慢強いタイプなのだろうか。優季と知り合って

たった数日だが、本当によく喜ぶ子だと思う。

 

「良かったね、優季さん」

「うんっ。今度、戦車道について色々聞いてみようっと」

 

 優季が「えへへ」と笑いながら、愛里寿へメールを送っている。

 本当に、よく笑う子だと思う。自分に対して何度も笑顔を見せてくれたし、愛里寿を応援する

時も、愛里寿のぬいぐるみを手にした時も、優季は自分の事のように微笑んでいた。

 ――こんな素敵な人は、生まれて初めて見た。

 

「よし、送信――それにしても」

 

 くるりと、目を桃生に向けてきた。

 

「さっきの桃生君、本当に格好良かったですよ。完成させられることも才能……いいことを、言いますねぇ」

 

 優季の間延びした声が、とても心地良く通る。

 桃生は照れくさくなって、「ああ、いや」と前置きし、

 

「俺も最初は失敗だらけで、それでも完成させると愛着が……ね」

 

 優季が、「ですよねぇ」と同意する。

 

「だからその、優季さんも、素晴らしいぬいぐるみ職人になれると思うよ」

「えへへ、嬉しいなぁ」

 

 子供のように笑い、子供のように喜ぶ。それでも女性らしい魅力が優季から伝わってきて、

桃生はつい目を逸らしてしまう。

 

「? どうしたんですかぁ?」

「あ、いや、その……」

 

 たぶん、心がまいっていたのだと思う。気分が、盛り上がってしまっていたのだと思う。

 愛里寿と友達になれて、優季からは評価されて、しかもイベント終了後だ。この熱にあえて

飲まれたまま、桃生は、

 

「――その、笑う優季さんって、やっぱり可愛いなって……」

 

 優季が、「えっ」と笑みを止める。

 あ、

 まずいことを言ったのかもしれない。

 露骨すぎて、引かれてしまったのかもしれない。どうしようタイムマシンが欲しいぞ、でも

何度も繰り返しそうな気もしてああもう。

 

「か、可愛い……可愛い?」

 

 優季の顔が真っ赤になる、目がぐるぐるになる。頬に手が当てられ、どうしようどうしようと

混乱してしまった。

 

「か、可愛いよ! 優季さんは可愛い! あ、何言ってるんだ俺はああもう」

 

 もちろん肯定したが、それ故に感情が悪化する。人生うまくいってくれない。

 優季は何度もまばたきする、桃生は「俺はばかだばかだ」と思考しながら頭を抱えている。

 住宅地のど真ん中で感情を爆発させていたが、人が周りにいなくて本当に良かったと思う。

日ごろの行いが良かったらしい。

 

「あ、あのー、桃生、君……」

「あ、はい」

 

 足が止まり、軍人のように直立する。優季は未だ目を逸らしたまま、顔を赤くしたまま。

 愛里寿を彷彿とさせるが、こうなったのは全部自分の責任だ。本当にバカ野郎だと思う。

 

「えと……あ、ありがとう……」

「えっ」

 

 間抜けな声が出た。

 

「その、男の人から好きとか可愛いとか言われて、すごく嬉しい、というか、はじめて、と

いうか」

 

 マジで? と思う。

 優季はこんなに可愛いのに、可愛らしさの権化であるはずなのに。

 

「その、中学時代は共学だったんですけどぉ、そう言われたこと、なくて」

「そ、そうなんだ……」

 

 何度も評価されていると思いきや、そうではないらしい。

 だが、何となく分かる気もする。中学時代とは、異性を意識するかしないかの微妙なラインだ。例え女性として見ていても、こっ恥ずかしくて口に出来なかったか。

 そうか、そういうことか。

 なら、自分が優季のことを正しく評価しよう。一番先に、優季の魅力を見つけていこう。だって、優季のことを恋人にしたいから、彼女にしたいから。

 ――冷静な意見を言うぞ。

 

「俺は、優季さんのことを可愛いって思ってるよ。その、こんなことを言うのもあれだけれど……ぬいぐるみより、可愛い」

 

 冷静すぎた意見だったと思う――

 優季が、何かを察したかのように、目と口を丸くしていた。

 現実世界で時間が停止した――と、錯覚した。

 桃生の目と優季の目が合い、呼吸すらも忘れていたと思う。

 

「も、桃生君、それ……」

「あ、えと、ごめんね、いきなりこんなこと言って。あ、そろそろ連絡船へ戻ろうよ、ね?」

「あ、う、うん……」

 

 横並びになって、港へ向けて両足を動かす――若い者同士だったから、すぐにでも感情を

引っ込められるはずがなく、桃生と優季は互いに表情をちらちら覗っている。

 何も言えない。

 自分は鈍臭くて、ぼんやりとしていて、気の利いたことなど言えないタイプだと思っていた。

けれど実際は、なんてことのない普通の男だったらしい。

 優季を見る。

 優季は逃げるように目を逸らし、多少うつむいたままで道を歩んでいる。頬は、勿論赤い。

 駄目だ。自分がなんとかしないと、優季を少しでも落ち着かせないと――

 

「ゆ、優季さん」

「あ、はいっ」

「今日はその、楽しかったよ」

 

 優季が、「は、はいっ」と同意する。

 

「それでその……今日は、優季さんがたくさん喜んでくれて、本当に嬉しかった」

 

 優季が、「あ……」と声を漏らす。

 

「優季さんは、喜ぶたびに笑ってくれるよね。その表情、俺は好きなんだ」

 

 言え。

 

「だから、だからこそ、落ち込んでいたり、悩みを抱えていたら……その、えっと、相談に

乗るっ。同じぬいぐるみ好きとしてっ」

 

 言った。

 多少嘘をついて。

 

「……桃生君」

 

 優季は無表情だった。真剣な面持ちだった。

 

「……桃生君は、やっぱり」

 

 両目をつぶり、聞こえるほどに息を吐く。

 

「イケメンさんなんですねぇ」

 

 優季が、いつもの笑顔を魅せてくれた。

 桃生の心など、完全に金縛りにされていた。

 

「ち、違うよ。俺はその、優季さんと仲良くしたいって思ってるだけで、」

「そうなんですかぁ?」

「う、うん」

 

 桃生の頷きに対し、優季が「そっかぁ……」と、何処か遠くへ投げかけるように呟く。

 

「……仲良くする、だけですか?」

「え!? あ、う、うん」

「……私は、」

 

 優季は、桃生に目を合わせない。

 

「……『初めて』、私のことを好きになってくれた、男の人と、」

 

 ――ここで今更、ある大失敗を犯してしまったことに、桃生は気づく。

 

「仲良くする『だけ』なんて……できるかなぁ」

 

 優季は、とても柔らかくて、優しくて、よく笑う女性だ。

 けれど、それらが「鈍感」に繋がるかといえば、まったく関係なんてなくて。優季は、人の

好意を察せられる「普通の人」で。

 

「……ぬいぐるみより可愛いなんて言われたら、私は……」

 

 躊躇いなんて、全くなかったと思う。

 桃生は、優季の手をぎゅっと握った。優季の体が、びくりと震えた。

 

「――桃生君」

「……う、うん」

 

 優季が、自分に顔を向けて、

 

「……私、あなたのことは、ほんとうにイケメンさんだと思ってますからね」

 

 いつもの、笑顔だった。

 

 ――ああ。

 やっぱり自分は、この人と結ばれたいらしい。

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