ユッキー『うん!(^▽^)』
モノウ『いつになったらボコは勝てるのかなぁ』
アリス『勝てない!』
モノウ『えー(⌒-⌒; )』
最近は、携帯の会話アプリを利用して、三人でこうして会話することが多くなった。
やることが多くなって、桃生は人生が楽しくなったと思っている。
アリス『けど、何度も立ち上がって戦いを挑み続けるの。それがいいの!』
ユッキー『なんとなく、それわかるなぁ』
アリス『でしょでしょ!?(^-^)』
モノウ『また見に行きなよ、女の子二人で』
そう――
先々週で優季と愛里寿が出会い、先週はぬいぐるみ作りのついでにボコミュージアムへ誘われた。
内容は、正直キツかった。とにかくボコボコにされる上に、絶対に勝利してはいけないというお約束が存在するため、徹底的に救いがない。正直、一般受けはしないと思う。
昔はアニメ放送されていたらしいが、今は流石に無理だと思う。ここらへんは、古き良き時代っぽさを感じるのだった。
アリス『それはだめ』
モノウ『えっ』
ユッキー『どうして?』
アリス『だって、モノウとユッキーの関係を邪魔しちゃだめだし』
桃生が最速で文字を打ち込む。
モノウ『何を言ってるんだいアリスさん』
ユッキー『そうだよぉ(⌒-⌒; )』
アリス『え、みんなとっくに気付いてたよ?』
モノウ『えっ』
ユッキー『えっ』
アリス『みんな大人だし、私は状況把握が重要な戦車長を務めてる。だから、こういうことを把握するのは割と得意V(^_^)V』
モノウ『気のせいだよ』
アリス『この前の集まりで、目も合わせられなかったのに?』
間。
ユッキー『やめてえ(´・_・`)』
アリス『おじさんもおばさんも私もわかってるよ』
モノウ『それ以上書き込むのはよくない』
割り込むようにテキストを送信する。
しかし、
アリス『それ恋だよ』
間。
アリス『デートしないの?(≧▽≦)』
と、いうわけで、
「お、お待たせしましたぁ」
「ううん、今来たところ」
集合時間は十時、桃生がファンシーショップ前に来た時間は九時――今週末は大洗学園艦で、ついでじゃない正真正銘のデートをすることになったわけである。
桃生ときたら早起きするわ二度寝は出来ないわ興奮してるわ勢いでジョギングしそうだわで、結局は朝っぱらからキメにキメまくった。
たぶん、生きているうちで最も鏡を見直したと思う。
「そ、それにしても、」
今日の優季のスタイルは、春に合った上着付きのワンピーススタイルだ。優季は青色が好きなのか、私服にはいつもブルーを混ぜていることが多い。
そういったこだわりが、桃生は好きだった。青色の優季が、やっぱり好きだった。
「今日も、可愛いね……」
「今日もって、会ってまだ数回じゃないですかぁ」
確かに。
平日は携帯で会話を済ませてしまうので、優季とのコミュニケーションは何だかんだで積み重ねられている。愛里寿もよく混ざるが、流石は天才、色々と察して「仲が良いね」だの「みんな見守ってるよ」だのと感情を煽ってくるのだった。
そのたびに桃生のハラが痛くなるわけだが、優季も優季で「まってー」と、止めはするが否定はしないのだった。
――そう。
自分は、優季のことが好きだ。そんな恋愛感情を、優季は自然と察してしまった。
恋愛感情なんて表に出さなければ、と思っていた自分が甘かった。優季は今を生きるうら若き高校生で、恋愛感情に対して受けるも与えるも敏感な年頃のはずなのだ。
そんなの、バレるに決まっている。鈍感なんて、そう簡単になれるはずがない。
「あはは。じゃ、じゃあ早速」
「早速――」
桃生と優季が、ファンシーショップの自動ドアに目を移す。互いに穏やかな笑みを浮かばせていたが、少なくとも桃生は「待ってろよ新作、今日のかわいいは俺のものだ」とか息巻いていた。
こうして、何事も無くファンシーショップでの買い物が始まる。
「うーん、ぬいぐるみ業界も中々あついですねぇ」
「確かに」
デフォルメされた、深海魚のぬいぐるみを手に掴む。あくまで可愛く作られてはいるが、目が触覚のように伸びていたり、ヒレが毒々しく紫色に染まっていたりと、救いようの無い本性を露わにしている。
それでも優季は、何ら怖がることなく「へーほー」と眺めていた。
「最近は、不気味な生物もピックアップされてるよね。あ、イソギンチャクもある」
あくまで可愛らしくアレンジされているが、あの壺のような形状に、イソギンチャク特有の多数の触手――何となく勝手に動き出しそうで、桃生の手がぴくりと震える。
優季も「凄いですねぇ」と苦笑しつつ、ぬいぐるみ好きとしてイソギンチャクを手に取る。ふわっと浮いた衝撃で触覚がゆらりと動き、桃生は「うわあ」と声が出た。
「桃生さんは、こういうのは苦手なんですかぁ?」
「ま、まあね。お化けとかダメなんだよ……」
そうは言うが、いざとなったら優季を守れないかもしれない。
多少、勇気などは心得ようかな……と思いつつ、
「戦車道も、見るのはいいけどやるのは難しいかなぁ。男とかだからじゃなくて、音とか凄そうだし」
「そうですねぇ。正直、怖いこともたくさんあります」
優季が、イソギンチャクの触手を指先でつんつんしつつ、
「いきなり撃たれたら心臓が飛びそうになりますし、時には友達の大声にびっくりしちゃいますねぇ」
だよなあ、と桃生は思う。
広い戦場を駆け巡り、戦車というハデハデな乗り物で戦う以上、やはりどうしても轟音は避けられない。身構えるヒマも無く、撃たれるかもしれない。
そんな時、自分は優季を守れるのだろうか。むしろ、生きているのだろうか――そんなことも分からない。我ながら情けない男だなあと思う。
「それで、いつの間にか負けちゃうこともあります。それもある意味怖いですね……なにもできなかったんだぁって」
同意する。
体育祭でも、自分はいつも足を引っ張ってばかりだ。特に指摘されたことはないが、もし、「お前のせいで負けた」なんて言われたら。
「思うと、そんなことばっかりだった気がしますねぇ。戦車道って、意外と展開が速いですしぃ」
撃たれても平気なことがあれば、たった一発で負けることもある。ただ当てるだけでは駄目なあたり、余計に心臓が悪い。
「けれど、それでも、勝った時のうれしさといったら――これが青春なんだなあって、これが勝負の面白さなんだなぁって」
そんな世界を、優季は笑って受け入れている。
優季の不機嫌顔など見たことはないが、特に戦車道の話をしている時は最高に生き生きとしている。だからこそ、戦車道に混ざれない自分が歯がゆく感じることもある。
戦車道は女性の為の礼節であり、それはこれからも変わらないだろう。
時折、自分が女性だったらと、妄想することがある。そうなれば戦車道にあっさり参加出来て、優季と一緒に戦うことが出来るだろう。優季の戦う顔に見惚れて、優季の戦う姿に夢中になって、悔しがる優季を慰めて、喜ぶ優季と一緒にはしゃいで、
「……友達と一緒に戦車道に励んで、時々遊びに行けば、それで良い青春だったんですけれど、ねぇ」
先ほどまで、優季はぬいぐるみに意識を傾けていたはずなのに、
いつの間にか、桃生へ片目だけをちらり。何かを言いたいような感じで、何を言いたいのかがはっきりと解って。
「ゆ、優季さん」
「桃生君」
ふう、と息をつき、
「あんなことを言われて、意識しない女の子なんていると思ってましたかぁ?」
「な……なんの、ことかな?」
「ぬいぐるみより可愛いうんぬんかんぬん」
桃生の自意識など、あっという間に縄に縛られる。
「私は惚れっぽいんですよぉ?」
けれど、まるで拒絶なんかしていなくて、いつものように笑っていて。視線もイソギンチャクに取り返されてしまって、
優季の頬は、赤いままだった。
――時折、桃生は「自分が女性だったら」と思うことがある。
そうなったら、優季と間近で青春を楽しめるのだと思う。
けれど、
「これで買うのは決まりました――あ、戦車のぬいぐるみを買うんですか? そういうのも好きなんですねぇ」
「うん」
けれど、
「こういうのも、好きに、『なった』」
けれど、きっと、優季とは出会えなかったと思う。
―――
かわいいといえば動物で、動物といえば動物園だが、残念ながら大洗学園艦には存在していない。
色々と金がかかる施設だから、学園艦で維持するのは難しい……かと思いきや、サンダースと黒森峰学園艦にはしっかり存在しているらしい。両者とも金持ち学園艦だから、特に不思議ではないものの――黒森峰は意外だった。
あそこは、真面目で妥協知らずという気質が強いらしい。だから娯楽施設なんてあまり無いのかなと思いきや、まるで逆とのこと。
曰く、「真面目に生きるのは疲れる」らしく、エンターテイメント面も優れているとか。
今度、優季と一緒に行こうかなあとか企んでいる。
そんなわけで、今は熱帯魚店でデートライフを過ごしている。
熱帯魚は可愛いし、好奇心にかられて飼うかもしれない。知識はまるでないのだけれど。
「かわいいですねぇ」
優季が、子供を見るような目で熱帯魚を眺めている。勿論、その横には桃生も。
熱帯魚店へ行こうと提案したのは桃生で、半ば「可愛い場所だからココ行こう」感で赴いたのだが、優季は嬉々としていた。
店内は、イメージする「大人のバー」のように暗がりで、水槽の青さが目に心地良い。品物の配置も凝っていて、見るもの全てが新鮮だった。
「確かに、可愛いね。飼ってみようかなぁ」
「いいと思いますよ」
別に、当てずっぽうにモノを言ったわけではない。熱帯魚には興味が出てきたし、初心者向けも大体把握した。
あとは金を出して買うだけだが、それはつまり、
「うーん、ちゃんと飼えるかな……やだなー、ダメな飼い方しちゃったら」
――命を預かる、ということだ。
桃生は昔から可愛いものが好きで、命は皆尊いと思っている。身近な人間はもちろん、テレビの向こう側の住人だってそうだ。あわよくば、フィクション上のキャラクターだって生き延びて欲しい。
そんな大事なものを、自分が預けられるのだろうか。
そんな唯一無二を、可愛いとかそんな理由で扱っても良いのだろうか。
いや、それは――
「桃生君なら、飼えると思いますよ」
え、と声を漏らす。
「だって、桃生君って可愛いもの大好きじゃないですか。自分より、熱帯魚のことを心配しそう」
優季が苦笑する。桃生は、「えー」とくすぐったそうに声を出す。
「そういう人ですよ、桃生君は」
「そうかなあ……」
「――ぬいぐるみを捨てたことは?」
ないね、と桃生は首を傾けた。
優季は、嬉しそうに「ですよねぇ」と口にし、
「愛里寿ちゃんのぬいぐるみも、もったいなくて引き取ったくらいですからね」
「そりゃそうさ、可愛いんだもん。島田さんは自信持っていいのに」
だよねえと、優季はじいっと熱帯魚を見つめたままで、
「やっぱり、桃生君はイケメンさん……というか、」
「というか?」
「やっさしい人ですよねぇ」
そうかなあと、桃生は口に出す。
赤い熱帯魚が、桃生の目先に近づいてきた。
「……優季さんがそう言うなら、飼ってみようかな。今度ね」
「それで良いと思います」
熱帯魚は、桃生の目をじっと見つめている。桃生のすぐ横には優季がいて、優季も熱帯魚を眺めていた。
桃生の視界は――熱帯魚から、優季の横顔へ移る。
今も、優季は優しげに笑っている。
「じゃあ、今度飼ってみようかな」
「うん。是非、見せて欲しいです。写真でいいから」
優季と目が合う。暗がりの中でくすりと笑う優季は、とてつもなく大人びていた。
「――優季さん」
「はい?」
目を逸らしてしまう。
「俺のことをやさしい人なんて言ってくれて、惚れそうになるじゃないか」
本当にあざとい台詞だった。優季は、恋愛感情に敏感な普通の女子高生だというのに。
――当然、こんなことを言われた優季は能面になる。けれど、すぐ「いつもの」優季に戻る。
「いいと思いますよ」
今度は、桃生が無表情になる。
「好きになるなら、それでいいと思いますよ?」
桃生はノロマだ。だから、人の感情を察することは苦手だ。
だからこそ、桃生は脳ミソをフル回転させる。肌で、優季の感情を読み取ろうとする――たぶん、好意的に受け取ってくれているのだと思う。そうでなければ、今頃は「帰ります」とか言われているはずである。
次に表情を見てみよう。
優季は、火照った頬とともに、何かを期待しているかのように微笑んでいた。
「……いいのかい?」
「ええ」
「俺なんかで?」
「『なんか』とか言っちゃ駄目です」
優季が、珍しくため息をつく。
「『だから』ですよ」
目は絶対に逸らさない。ここで逃げてしまえば、男として名が廃る。
お前に男気なんかあったのか? とか言われてしまえばそこまでだが、男女に関わる大事な場面くらいは認識出来る。判断を違えれば、数日後も数週間後も数か月後も数年後もずっと後悔し続けるに違いない。
「優季さん」
「はい」
熱帯魚店は、とても静かだ。耳に届くのは水槽のエアーポンプ音だけで、後は桃生の声か優季の言葉しか聞こえない。他にも客は居るが、静粛に熱帯魚を眺めている。
店内は暗い。青く発光する水槽と、優季の顔色しか覗えない。余計な光が存在しないからこそ、優季の表情がよく見て取れる。
優季は――これから自分が何を言おうとしているのか、分かっていると思う。
「お、俺は、その……優季さんのこと、ぬいぐるみより可愛いって思ってるよ」
「はい」
熱帯魚がゆらゆらと泳ぐ。こっちを見ているのか、そんなことはないのか、自由気ままに水の世界で生きている。
「えーっと、あの、つまり、どういうことかわかるかな?」
「分かり、ますよ?」
困ったなあと、優季は眉をハの字に曲げ、
「けれど、言ってくれないと、ヤです」
やっぱり、優季に「嫌悪」の色など存在しないのだと思う。
不機嫌そうに言葉を発し、唇を尖らすも、その表情は決して暗くはない。桃生からの、本当の言葉を今か今かと待ち望み、焦れていることすら楽しんでいるように見える。
優季に対しての壁など、もう何処にもない。文化祭で出会った時に感じた、「それ以上踏み込んではいけないライン」など、今は退色している。
優季と付き合って数日しか経過していないが、青春における「異性との数日」とは、恋も友情も何もかもを成す暴力的な存在だ。だから桃生は優季に一目惚れし、優季も桃生の好意に気づき、受け入れてくれた。
言おう。
恋愛とは、「告白」があって初めて確立するのだ。いくら心で察せても、告白という憧れのシチュエーションを歩まなければ何の意味もない。
そういう、世界だった。
「優季」
「はい」
「――好きだよ」
「……ぬいぐるみよりも、ですか?」
うん、と頷いた。
「私が一番、なんですか?」
うん、と頷いた。
「……あーあ」
残念そうに、けれど満足したように見上げた。
「私も、まだ、捨てたものじゃなかったんですねぇ」
「そんなこと言わないで」
「あはは。――前に、言いましたよね、戦車が恋人だって」
聞いたことがある、確か船上での発言だったか。
「実は――」
それから、優季は過去のことを話してくれた。かつて好きな人がいて、けれど不戦敗でフられてしまった事。
それで恋愛のことは諦めて、ますます戦車道に打ち込むようになった。だから必然的に戦車の事が好きになって、いつしか恋人とすら思うようになった。
戦車は、こんな自分を守ってくれる。戦車は、自分の為に戦ってくれる。戦車は、自分に青春を与えてくれる――だから恋人なのだと、大切な存在なのだと、優季は語ってくれた。
「……そっか」
失恋をしたと聞いて、桃生は真っ先に思ったことがある。
「俺、優季のことを、これからも好きになるよ」
熱帯魚店は暗い。音もない。
「正直に過去を話してくれた優季が、もっと好きになった。恋愛に真面目なんだなって、思った」
過去に好きな人がいたとしても、それは仕方のないことだと思う。
出会いとは、人の手ではどうする事も出来ない、かけがえのない流れだ。誰かと出会って友達になったり、恋人になったり、失恋したりする――そこから新しい恋が始まることも、出会いの一面に過ぎない。
だから、桃生は、
「話してくれてありがとう。俺、戦車道を頑張る優季のことが、大好きだよ」
受け入れた。
――優季に失恋経験があるからこそ、優季は桃生の好意を読み取れたのだろう。恋って、そんな感じがする。
「桃生君」
「何だい?」
「……うれしいよ」
ぽつりと、優季の目から、一筋だけ涙が流れた。
「うれしいなぁ。私が、誰かの一番になれたなんて……」
失恋。
学生の誰もが、その痛みについて知っている。出来ることなら避けたいと、学生のみんなが思っている。
だから優季は、自分の失恋について話したかったのだろう。語ることで、失恋とはこれっきりと決別したかったのかもしれない。
だからこそ、優季はまだ傷ついているのが分かる。初恋の人という輝きが、自分に見向きもしていなかった――そんなの、つらすぎる。
だから、肩を抱き寄せる。
この人の傷を癒そう、今もこれからもずっと。それが、桃生の一番の喜びだ。
熱帯魚店を出た後は、優季と一緒にデザートを食べたり、公園でくつろいで戦車の話をしたりした。途中で「話し過ぎてごめんなさい」と言われたが、桃生は「もっと聞かせて欲しい」と笑って応えた。
戦車道に興味が出てきたのは事実だし、何より、楽しげに口を動かす優季が、自分の為に話をしてくれる優季が、とてもとても好きだったから。
暗くなれば、良い子も悪い子も帰路につく。二人はさらっと手を繋いで、それぞれの寮へ戻っていった。
―――
彼氏、できましたぁ。
それを聞いた時は、大野あや含め、友人総動員で散々可愛がってやった。頭は撫でるわ聞き込みはするわ部屋に入り込んで飲み食いするわで、それはもう祝杯ムードだったものだ。
だいたい最近の優季ときたら、休み時間になると瞬時に携帯を操作して、楽しそうにくすりと笑う。だから「なんか最近面白いことでもあった?」と探りを入れると、「あ、えと、最近新しい友達ができて……」とかテレテレで言うものだから、友人達で「はーけー」と攻めまくった。
優季は簡単に観念して、「文化祭で、ぬいぐるみ作ってた人、いたでしょ? その人と……」と全てを話してくれた。
それ以降、友人達と共に「うまくいくといいね」と応援することにした。友人の幸せそうな顔とは、いつ見ても良いものだから――で、結果が出た。それが、間延びした声での「彼氏、できましたぁ」である。
まさか彼氏になるとね――あやは、心底ほっとした。優季の「過去」は知っていたから。
それから数日後、大洗エキシビションマッチが終了し、ひとっ風呂浴びたところで大洗女子学園へ戻ってみれば――ここで事件でも起こったのか、校門にテープが敷かれていた。
一体何事かとあやが左右を見渡すが、誰もが「どういうことか説明しろ」と表情で訴えていた。
――それに応じるかのように、眼鏡をかけた大人の男性がふらりと現れる。
男に視線が殺到する。何でも無いかのように、言い慣れた口調で「ここは廃校が決定しました」とかなんとかのたまった。
当然のように、抗議が雨あられと男へ降り注ぐ。しかし異論など日常茶飯事とばかりに、ただただ冷静に「抵抗したら悪い事になる」と、それだけ。
後は――伝えることを伝えて、男は去っていった。
「……そんな、こんなのってないよ。頑張ったのに……」
ウサギさんチームのリーダーである、澤梓はどうしようもなく狼狽していた。あやも寒気が止まらない、すがるように山郷あゆみへ意見を求め、
「あんまりだよ……ッ!」
その通りだと、あやは舌打ちで同意する。
「なんで? なんで? おかしくない? 勝ったはずだよね?」
阪口桂利奈は、あちこちに駆け寄っては意見を求めた。誰もが「うん」と同意するが、校門は平然と封鎖されている。
――丸山紗希は、何も語らない。大事なことだけを教えてくれる紗希も、こればかりはどうしようもないらしい。
「どうしてなの……ねえ、優季、どうし――」
優季の顔を見た時、あやの焦りも戸惑いも止まった。
優季の目は、今はもう居ない、男の突っ立っていた個所をただただ見つめていた――氷のような無表情で。
「――は?」
あ、これは。
恋する女性は、とてつもなく恐ろしいものらしい。