聖杯で復活した『魔源の禁龍』が異世界と混線して『絶対悪』を担うそうですよ? 作:ヴェルベルク=ヴェルグアヴェスター
閣下の格好良さを私の言葉の限り、閣下の覚悟を運営様の規定範囲ギリギリまで、閣下の素晴らしさを限界まで、書かせていただくつもりで筆を執らせていただいた次第です。よろしくお願いします!
prologue. 地獄の窯は開かれた
霊山の地下深くに、一匹のドラゴンが眠っていた。
否、眠っていたというにはその場が凄惨すぎる。なにせ血で描かれた魔法陣と洞窟を跋扈する魔獣、そして魔獣が食い散らかしたと思しき血痕と肉を剥がれ砕けた骨、特異なものでは人骨さえ、そこらに捨て置かれていたのだから。
そんな腐臭が漂う洞窟の中央に在る一際巨大な腐乱屍体。それを囲うように連なる血痕はよく見れば魔法陣の要素を満たした血の紋であり、屍体からは腐臭ではなく魔香が漂う。
三匹の巨蛇を束ね上げたようなモノの死骸。その特徴だけでこの場の誰もがコレの正体を認識していた。
【
ゾロアスター教において語られるこの悪龍は、あらゆる悪の創造神アンラ・マンユよりあらゆる悪の根源を担うものとして創造されたという。善悪の二元論を敷き、且つ善の勝利が確約されているゾロアスター教に属する以上、この悪龍も勧善懲悪の理に漏れず打倒される……のだが、現状は腐乱屍体にまで貶められてもなお討滅され切っていないというこんな生殺し状態である。というのも、その肉体が持つ性質に由来する。
──傷口から害獣を生み出す性質ゆえに討滅しきれず霊山の地下に封印された。
──幾千幾万の攻撃さえ耐え凌ぐ不死性ゆえに封印に近い形で討滅された。
経典として前者、口伝として後者。微妙に矛盾する結末によりその実態は謎に包まれていた。
その真相がこれ。つまり────。
「魂を抜き出すことで肉体から生命力を排除、ただの肉塊になれば時間経過による自然崩壊で朽ち果てるのを待っていればいい……ということですか。随分と杜撰な封印ですね」
「仕方が無いのでは? ジブリール……ガブリエルの属性は水、確実に滅ぼすために選べる過程は精々が腐蝕ぐらいでしょう。勇者のほうは古代人らしく脳筋だったようですし」
「封印を施したのはインドラ……帝釈天では? 勇者スラエータオナ……インドラの化身であるフェリドゥーン王が討った邪龍こそがこのアジ・ダハーカでしょう?」
「ふぅ〜ん? 二人ともよく知ってんねー。僕チンにゃあよく分かんねーなー。精々が『腐りかけとはいえ肉が残ってるってこたぁ、聖杯ちゃんが使いやすいってことだ!』って好意的に見れる程度だぜー」
「……さっさと済ませろ。俺は貴様らの茶番を見る為に同行したわけではない」
悪魔がいた。吸血鬼がいた。外套の男がいた。
5つの人影は何ら遠慮することなく霊山という聖域を踏み侵し、邪龍封印地という神話屈指の一級立入禁止区域でテロルを敢行しようとしている。
一際小柄な人影が手元を弄ると、腐乱屍体から引き剥がされ封じられたという邪龍の魂が光球として可視化された。
『オマエは誰だ。ココは既に俺しか居ないぞ。何の用だ?』
『ディアボロスのニオイだ! 罪の香り! 蛇に唆された女が孕んだ子!』
『ノスフェラトゥの声だ! 傲慢な夜の支配者! 混ざりものの処女!』
腐乱死体の骨格が三つ首だった時点で悟るべきだろうが、アジ・ダハーカは三つ首にそれぞれ別個の意思を宿す。左右の首は賑やかし役というか、特に重要な事は喋らない本来不要な首なのだが、切り落としても生えてくる上に、こうして肉体から離れてもなお変わらないならば、そういうものだと割り切るしか仕方が無い。……仕方が無い。
「はいはーい! ご存知の通り、僕ちんはリゼヴィム・リヴァン・ルシファー。右端から吸血鬼の兄妹ヴァレリーちゃんとマリウス君、僕チンのお付きのユーグリット・ルキフグス君、特別ゲストの現世界最強様で〜っす!
んでんで、今日此処へ来た目的は他でも無い! 異世界征服の為の同志を募っている最中であーる! ……一緒に異世界征服、しない?」
暗い銀髪の中年男性……否、中年悪魔が挙手と共に軽薄な挙動で挨拶と紹介を始めた。
アジ・ダハーカは「異世界征服?」と少しばかりの興味を示すが、リアクションは嘲笑一つだった。
──面白そうだが自分は現在封印中。勧誘したいなら復活手段を持って来い。
三つ首が代わるがわる罵倒の言葉を吐いたが、要約すればそういうことだ。一種の発破であり、そしてその言葉こそリゼヴィムの望むものだった。
「ん〜にゃ? 復活手段がナイわけじゃあナイんですよ。方法についてはマリウス君よろしくゥ!」
「……既に聖杯を以って、かつて討滅されこの世から姿を消した伝説の邪龍【
──アルマテイアの角。最後の晩餐に用いられた豊穣の象徴。
──ダグザの大釜。死者を煮詰めれば蘇生させるという奇跡、復活の象徴。
耐性付与を始めとする品種改良は前者を、邪龍復活を始めとする霊体蘇生は後者を、それぞれモデルとするのだろう。
新約聖書において神の子の血を汲んだ
へえ、とアジ・ダハーカは曖昧に相づちを返す。リゼヴィムとしてはアジ・ダハーカの興味が二方向に分かれていることに気付きながら、それでも片方の話題で交渉を進めるしかないことに若干の期待感があった。
──退屈凌ぎはこうでないと。
仄かな緊張感と失敗すれば復活の為の餌として喰われかねない恐怖。獲物を見定める視線の中、リゼヴィムは道化としての本質を曝け出す。
「異世界征服って言うからには異世界を研究するわけですよ。その副産物……前段階? まあ、なんか知らないうちに情報の送受信が出来るようになったわけ。今は向こうの方々が使う為の転移魔法の術式を送信中……なのですが! なあ、アジ・ダハーカ。
────別の世界の自分に興味は無いか?」
ニヤリ、と顔の無い光球が嗤った気がした。
とりあえず第一線を越えたと判断し、リゼヴィムは言葉を続ける。
「モチロン並行世界と異世界は別物だ。知ってる知ってる。既に潰れた可能性の世界と次元の狭間の向こう側とじゃ全く別物なのは承知してる。
けどさ、アジ様の修めた禁術にある未来予知。ありゃあ
確かに、アジ・ダハーカは古今東西の魔法を修めており、禁術と呼ばれる類いの魔法に関しても知らない術理のほうが少ない程度には見識も深い。その脳髄には未来予知、つまりは起こりうる可能性を知る術法も収められている。
しかしそれはシュレディンガーの猫を始めとした確定論であったり夢見を利用した心理分析であったりが精々で、親殺しのパラドックスやエヴェレットの多世界解釈を証明できるほどの普遍性・万能性は有していない。
例えるなら、シミュレーター。入力された数値を基準に可能性を提示する以上、用途的に想定されていない選択肢は提示できない。自動車教習用では宇宙飛行士用の代わりにはならないのだ。
それをリゼヴィムに説明しようとも「聖杯で底上げすればダイジョーブ」と全く取り合っていない。……伝説の邪龍を前に扱いが雑だ。
しかし確かに、聖遺物が宿す奇跡ならば、あるいは聖ロンギヌスの瞳を癒したという万能の願望機としての象徴的意味を持つ聖杯ならば、魔術の威力強化も腐乱屍体を蘇生させることも指先一つで可能だろう。底上げされた未来予知の魔法は並行世界の座標を特定し、異世界との交信技術を用いれば異世界はの術者本人に成り代わって情報を受信するという最早ファンタジーではなくSFの域にある机上の空論さえも実現させてしまうだろう。場合によっては、不条理さえ押し退けて。
アジ・ダハーカが了承の意を示すと、青年吸血鬼が少女吸血鬼の手を引いて屍体の前へ立つ。
青年吸血鬼が少女吸血鬼の背後に回り、左手を肩に置く。青年吸血鬼がゆっくりと右手を伸ばせば、連動するように少女吸血鬼も左腕を伸ばした。
二人の手の丁度中頃には黄金の杯が三つ、重なるようにして顕現していた。
「……あり? 聖杯って未だ妹ちゃんのナカに有るんだよね? もう抜いちゃったの?」
「まさか。リゼヴィム殿、我が妹にはツェペシュ派旗頭としての責務があります。そう簡単に死なせる道理は無いでしょう」
「ん〜、まあそーゆーことにしとくかね。じゃあ聖杯ちゃん聖杯ちゃん、アジ様に異世界の知識を授けちゃってくださいな!」
虚ろな目の少女吸血鬼が黄金の杯を掲げると、その黄金が明滅する。そして────。
アジ・ダハーカは己の変容を確かに感じていた。
──脳裏で計算しなければ扱えなかったはずの数々の禁術が容易く、数段増しの威力で行使できた。
──視界が酷く鮮明だった。今ならば世界の全てを暴き立てることが出来る、と全能感が脳髄を満たしていた。
──両首の狂気じみた鬱陶しい合いの手も消え、心技体が合一し、ドラゴンとしての在り方
そしてアジ・ダハーカ自身よりも、正気を失っているヴァレリーを除く4人の驚愕は顕著だった。数秒前までニヤニヤと満足気に嗤っていたリゼヴィムやマリウスが目を見開き、表情の見えない外套の男さえも洗練された挙動に動揺が表れているのだから相当だろう。
なにせ、これほどの
この場に居合わせれば、誰もが感じるだろう。
いかに本来獲得しうるはずの無い記憶とはいえ、いかに異なる歴史を経た同位体とはいえ、
──漆黒の巨軀は純白の矮躯へ、無機質な瞳は鮮血の如き紅玉へ、漆黒の翼は影の如き平面へ、変わっていた。
──嘲笑を浮かべていた三つ首からは狂気が消え、純然なる殺意と悪意だけを覗かせる。
──目にするまでもなく理解できる。三つの頭蓋を貫通する杭と双肩を縫い留めるボルトが、三頭龍の暴威を抑え込む楔だと。
その姿こそは悪であれかしと願われた結果。その意義こそは不倶戴天を掲げたが故。その存在こそは悪の総算。
不倶戴天を掲げ、己の姿を醜悪な怪物へと貶められてもなお、約束された終末までそう在り続けると誓った────悪の純神。
そして、そこで
移動の衝撃で外套が飛び、轟音が霊山を揺らす。
瞬きの間の攻防。マリウスとユーグリットは眼前の光景が信じられなかった。
──リゼヴィムの鼻先数ミリで白いものが止まっていた。
──三頭龍がその純白の凶爪を繰り出した体勢で止まっていた。
──上半身に破けた襤褸を纏う黒金の男は、両腕を龍の巨腕へと変えて三頭龍の凶爪を締め上げていた。
パチクリ、と3秒もの時間を状況把握に努めたリゼヴィムは「うおぉっ!?」と叫びながら5歩6歩と後ずさる。
「た、助かった〜。サンキュー、クロウ・クルワッハ!」
『礼には及ばん。契約ではなく俺の興味ゆえの行動だ。……破れた衣は代替を用意して貰うが』
「いやん! つれねーなー、最強の邪龍サマは! おーけーおーけー、カッコよくコーディネートしちゃうぜ!」
【
ケルト神話において語られる、
だがその他の特徴は一切不明。太陽神との縁を匂わせるものの、その信仰と口伝を聖人により廃されたことで謳い文句かも判別できない。
現代においては二つのプロパガンダじみた憶測と憶測じみたプロパガンダが飛び交うのみ。つまり。
──キリスト教の介入により滅ぼされた。
──逃げ延びて深い眠りについている。
という、いずれにせよ地上には現れ得ない、という噂が。
その、真相全てを歴史の闇に葬られた謎多きドラゴンが今ここに、太古の時代に封じられたドラゴンと向かい合っていた。
『……落ち着け、拝火のドラゴンよ。
その語り方は、未だ
というのもクロウ・クルワッハの興味はドラゴンの行く末、つまりドラゴンの生態に向いているからだ。いわばドラゴン生態学者であり観察者。三頭龍の急襲にも何か理由を見い出したのだろう。
そもそもこの場にクロウ・クルワッハがいるのも、リゼヴィムの言葉に興味を惹かれたからだ。ただ一言────異世界のドラゴンに興味はないか、という甘言に。
リゼヴィムはクロウ・クルワッハの生態学者としての目利きにはある程度の信を置いている。彼の助言は【彼女】の教育に役立ったという実績もあった。
「……クロウさんやーい、アジ様はどーしたのん?」
『単純な話だ。このドラゴンは────誓いを果たすべく動いているだけだ』
クロウ・クルワッハの言葉はリゼヴィムにとって衝撃的だった。オーフィスと同様微妙に会話は繋がっていないことで若干頭痛がするのも事実だが、そんな事実よりも普通に内容が衝撃的だった。
誓いを果たすべく、という点は良い。何事にも行動原理は必要であるがゆえに。
問題は────動いている
『言葉など通じない。話など通じない。通じたところで行動は変わらないのだから意味が無い。
拝火のドラゴンは復活と共に世界の三分の一を滅ぼすというが、これほどの霊格だ。三分の一で済めば良いほうだな。
世界の悉くを敵に回したモノ。手段としての悪ではなく、目的として暴虐を成す。うむ、正しく魔王だ』
クロウ・クルワッハの言葉がずるずると耳を抜けていく。
それは例えるなら、必中の魔弾タスラムが戦略核を伴って襲いかかるような、あるいは核兵器数発が一つの意志の下に同時投下されるようなものだ。それが、制御不能。端的に言って、冗談じゃない。
──せめて首輪が付いてりゃどーにかなるんだがねえ。
当初は至極軽い、ハッタリ程度で済ませるつもりだった。
──アジ・ダハーカ。取引しませんか?
──邪龍といえど、聖杯で蘇った以上は聖杯の干渉対象です。
──復活して早々に再封印されたくはないでしょう?
ユーグリットにそう言わせて、協力を取り付けても良かった。
漆黒の邪龍だったアジ・ダハーカならば「義理もあるし多少なりとも面白そうだし良いんじゃね?」と十中八九応じていただろう。
だが諦めた。純白の三頭龍は諦めざるを得なかった。
マリウスもリゼヴィムも酔狂とはいえ、そんな特大の地雷を抱え込んだまま計画を進めるような自殺志願者ではない。ましてやそれがリスクとリターンの釣り合いが取れないほどの規格外であれば尚の事。
故にリゼヴィムは発想を変えた。
──世界を滅ぼそうとする意志が変わらないなら、失敗しそーな時の保険にすりゃあ良いじゃん?
かくしてリゼヴィムは、未だ覚醒しきる前の三頭龍をタルタロスの鎖で拘束し、己に三つの魔法を施した。
数ヶ月を経て、その時が来た。
──ルーマニアでの一件。少女吸血鬼より聖杯が抜き取られ、邪神の魂の断片を宿す吸血鬼の怒りを買った吸血鬼たちが鏖殺された。
──天界進行。エデンの果実が、転生システムの媒体となる結晶体が、簒奪・吸収されたことで【
──冥界襲撃。吸血鬼を素材とする量産型邪龍が一掃され、グレンデル以下邪龍数体が再び討滅された。
──リゼヴィムがクロウ・クルワッハに見限られた。アポプスにも、リリスにも見限られた。
この瞬間────伝説のドラゴン達が、リゼヴィムを討滅した。
最期は、明らかにオーバーキルだった。セイクリッド・ギアではなく魔法で、封じられた龍ではなく封じられていない龍が、リゼヴィムの息の根を止めた。
その死が齎すものを、誰も知らぬが故に。
断末魔の叫びに代わり、リゼヴィムは哄笑を上げ、己の孫を言祝ぐ。
「はは。ははは! やっちまったなあ、ヴァーリきゅん! オマエの復讐が
────そして、地獄の窯は開かれた。
『────GYEEEEEEEEEE YAAAAAAAAAAAA AAAAAAAAAAAAA aaaaaaaaaaaaaaaaaa EEEEEEEEEEEEE YYAAAAA AAAAAAAAAA AAAAAAAAAA AAAAAAAAA aaaaaaaaa !!!』
恐怖より先に嫌悪が奔る絶叫が
四肢に嵌められた枷、そこから伸びるタルタロスの鎖が、術者の死亡に伴って消失した。
三頭龍はすっかり異世界の霊格で塗り潰され、残った異能は異名の由来となった魔法の技能のみ。
一気に拡大した平面的な翼が亀裂を押し広げ────純白の三頭龍は霊峰から飛び出した。
霊格の開放に伴い、天から漆黒の紙吹雪が舞う。
誰も手に取る者のいない古い羊皮紙には〝
それこそは宣誓。天と地が乖離し、陰と陽が誕生し、善と悪が制定されて以来────世界の黎明より結ばれ続けた契約の証。
三頭龍は眼下に広がる世界を一瞥し、獰猛に嗤う。
──いざ恐れよ、異世界の英傑たち。
【
まさか連載開始までに二週間も費やすとは……!
とりあえず三夜連続投稿ってことでどうでしょう?(無謀)