聖杯で復活した『魔源の禁龍』が異世界と混線して『絶対悪』を担うそうですよ? 作:ヴェルベルク=ヴェルグアヴェスター
誤字報告していただいた御3人様、ありがとうございました。こーゆーのって、名指しでお礼申しあげて良いものなんでしょうかね?
ってゆーか、誤字の数ェ……。
▼感想返しについて
感想をくださった御6人様、ありがとうございました。予約投稿完了後に返信させていただきましたのでご確認いただければ。
このタイミングで言うのもどうかとは思いますが、以降の返信も次話投稿予約完了後に纏めさせていただきたいなと。
……返信無いからと消されてしまうのは……いえ、私の返信が遅いのが悪いんですが。
▼今話について
まず一言。
一体いつから────サクサク更新されると錯覚していた?
連続投稿とか定期更新とか、私の執筆速度じゃどう考えても無理です。前話の私はなんで言ったし! 既に時間かけてた癖に!
代わりと言っては何ですが、今話は分量200パーセントです。筆が乗ってこれです。読みづらい方が多ければ分割しますので! 遠慮なく
次話が今月中に投稿できるかは運と空き時間と執筆速度次第……乞うご期待(白目)!
リゼヴィムが己自身に施した、死を契機に発動する三つの魔法。
──第一の魔法により、偽赤龍帝軍団が起動した。
──第二の魔法により、【
これら2つの魔法が齎す影響は、どの神話から見ても「世界に対する脅威とするならば単一で十分な魔法だ」と認めるほどのものである。
しかし一方で、第三の魔法により解き放たれた
──三つ首のドラゴン?
──なんか白いし縮んでるし、違うんじゃないか? 邪龍ってのは黒かったはずだ。
──あの紅い布も知らんぞ。描かれてるのは……悪、か?
そんな小学生並みの感想を、それも変化の分かりやすい外見に抱いた疑問を口にするだけ。邪龍筆頭格として同格に列するクロウ・クルワッハやアポプスの戦闘能力を額面上だけでも知るが故に
まあそれも当然だろう。
──片や、世界最強の無限すら超える龍神と同格の終末の獣。
──片や、邪龍筆頭格とはいえ
対処するにしてもどちらを優先すべきかは明らかだ。ドラゴン一匹を後回しにしたところで誰が責められるだろう。
それにそもそも、管轄が違う。北欧神話の終末【
下手に対処すれば、それだけで付け込まれる隙を生む。神話体系という信仰を糧にする神群であればこそ、その好きは致命的だ。
例えば
しかし三大勢力は【
その理由の一つが【駒王協定】。昨年七月に三大勢力間で和平条約が締結されて以降、各陣営は条文に従って義務を果たしていた。
──天使は悪魔祓いや聖剣使いといった武力の限定放棄を。
──堕天使は聖書随一と謳われた技術力の提供を。
──悪魔は物資や人材の提供を。
問題は、
──堕天使は、技術力に伴う戦術兵器や日々掻き集めていたセイクリッド・ギア所有者を始めとする戦力はともかく兵力不足に陥って居たが故に、冥界堕天使領を蹂躙し生活圏そのものを削ぎ落とすトライヘキサの襲撃に
──天界は、新たな天使が生まれ得ぬ状況でありながら教会という兵力を削ぎ落としたが故に、未だ
──悪魔は、エクストリームスポーツに類するべき冥界唯一の娯楽であるレーティングゲーム、そのチャンピオンによって公表された不正────【
故に、三大勢力各陣営は対処しきれなかった。
幾重にも残されていた唯一神の封印を、供給されたエネルギー量にものを言わせて強引に開封した【
第二の邪龍筆頭格【
故に彼が駆り出されていた。【
しかし、彼がその場に居合わせたのは完全な偶然、あるいは世界の摂理を超え神々さえ預かり知らぬ
片っ端から量産型邪龍を征伐し続け、地球上を何周も駆け回った果て。現在、曹操はイランを訪れていた。
力の塊と称されるドラゴンの中でも生命力に溢れる邪龍は、そのオーラに含まれる邪念もまた膨大である。
曹操が使う転送魔法陣は、その邪念を感知し、近隣の出没地点へと接続する特製のもの。知識の神オーディンが厚意で与えたという逸品である。
故に誤作動が起こる道理など無く、転送完了とは邪龍遭遇と同義……なのだが、征伐すべき邪龍が見当たらない。
というのも、転送された先が
かつて
死屍累々。
屍山血河。都市全域を燃やす炎が、人類の生活圏を穢していた。
阿鼻叫喚。未だ生きている夫婦がいた。だがそれは死にきっていないというだけで、抉られた脇腹は明らかに致命傷だった。
その惨状は正しく────地獄の
焼け落ちた都市を見て回る中、気づいてしまった事実に戦慄する。
炎で満たされているというのに。これだけの屍が積み上げられているというのに。
「血が、乾ききっていない……!」
建物の外壁を汚す血痕も、屍から溢れ出す血潮も、精々が酸化し赤黒く変色している程度。
それはつまり、この惨状が────血も乾かぬ程の短時間で作り上げられたことの証左。
このまま放っておけば、極々短時間で煮詰められた憎悪と恐怖の怨嗟は大地に深く根を張り、呪詛で汚染された不毛の地を作り出すだろう。
「せめて……弔いを」
その手に愛槍を、曹操自身が宿す
──神の子の処刑において血を受け聖別された
──後の世において、手にした者に世界を制する力を与える一方、一度でも手放せば破滅を齎すとされる常世のレガリア。
その威光は輝きのみで悪魔を祓い、信徒を忘我の境へ誘う。神に直接仕えた
聖槍の威光は、血紋と共にこの地にこびり付いた呪詛と怨嗟を浄化していく。
──死にたくない。 ──助けてくれ。 ──怖いのは嫌だ。
パンデミックを例に出すまでもなく、極限状態は人間の本能を剥き出しにさせる。その光景を肴に
「嗚呼────まだ小規模な都市で良かった」
およそ人間味に欠けた発想だが、死霊悪霊の根底にある嘆きに晒され疲弊した曹操にはそう思えて仕方がなかった。
大都市であればこの何倍何十倍の人々が死んでいただろうことは最早疑う余地が無く、正論が一層の倦怠感を齎す。
威光による浄化を進める為に都市の中心へ歩みを進めていく。
5分も経たない内に、
灰色に燃える廃都市の中心にいたのは、1匹のドラゴンだった。
──3メートル程度と、ドラゴンとしては極めて小柄な純白の総身。
──三つ首の頭蓋には垂直に貫通する杭が打たれ、双肩にはボルトで紅い布が縫い留められていた。
──聞き及んだ容姿とその神話の発祥地から東洋龍に類するものと思っていたが、枷の如き鉄輪を嵌められた四肢が目立つ。
愛槍に意識を向け、意識を戦闘用に切り替える。いずれにせよ敵は邪龍、策謀を巡らせる以前に生命力を削るのが先決だ。
「三つ首のドラゴン。【
その姿と実態が大きく異なるものの、辛うじて一致する特徴から正体を看破してみせた。
思考も構えも臨戦態勢。油断も慢心も無く、問い掛けも駆け引きの一環としての口上だった。なのに────。
「ぐ、がッッ……!?」
突如、身体が後方へ弾かれ、構えていた愛槍の穂先が根元から砕け散った。感じたのは強烈な圧力、次いで腹部に奔る激痛。しかしそれらを認識するより先に背中から廃墟に激突し、消えきらぬ衝撃が壁面にクレーターを生んだ。
「今、何をされた……!?」
曹操の戦闘能力は高く、控えめに言って
──過去現在未来において史上最強の白龍皇ヴァーリを相手取り、【
──初代デュランダル使い英雄ローランをも超えたと謳われる先代こと司祭枢機卿ヴァスコ・ストラーダに問答を通じて実力を認められる。
──パワーアップを重ねてきたグレモリー眷属をして複数人で掛からなければ危うい量産型グレンデルに加えて、聖杯で復活した邪龍の一体【
そんな戦績を叩き出してきた曹操が、二度の敗北からドラゴン相手に油断も慢心も無くなった戦士が────何をされたのか理解できなかった。
柄のみになった愛槍を杖代わりに立ち上がり、触診と共に現状を確認する。
「折れたのは肋骨5本か。内臓は無事。擦過傷はあれど四肢に異常は無し」
理解したのは己の五体が未だ動くということ。
そして────冥府から這い上がる際に蹴散らしてきた亡者共や量産型邪龍などという
重ねて言うが、曹操は圧倒的な格上を相手取ってすら勝因を見いだす程の戦士だ。具体的にはヴァーリチームの美猴が反射的に逃げ出すほどの格上である初代孫悟空こと闘戦勝仏と面識を持ちながら、現場で相対しても堂々とテロルを敢行し、撤退までスムーズに行なえる程度には勝ち目があると思っている。
右目を失った京の二条城、兵藤一誠が想像以上の足掻きを見せたあの場から負け癖が付いていたとしても────この光景は、間違いなく異常だ。
──英雄の末裔としての妄執は捨て去ったが、受け継がれた血脈への誇りは失っていない。
己を鼓舞する。昂ぶる想いに呼応し、砕けた愛槍の穂先が燐光を伴って修復されていく。
──人外相手に
携える愛槍は神殺しの聖槍。穿てば全能の神すら牧羊の如く屠殺し得る最強の聖遺物。
──敗色濃厚? 知ったことか、十分戦える。
ああそうだ、これこそが到達不可能の代名詞。英雄の挑むべき
思えば滑稽な事だ。
──天使も堕天使も、翼を晒さねばその正体は露呈しない。
──悪魔の王さえ己らを悪と魔を冠するだけの一介の生命種だと謳う。
ならばたとえ
その点、この三頭龍は────まぎれもない怪物だ。
──
──倒すべき敵に正義など一片も必要ない。
──悪とは醜く、穢らわしくあって欲しい。
その願いを体現するかのような、既存のドラゴンと比べてもなお醜悪な────白い怪物。
「ならば……討とう」
片や、かつて神々の王と讃えられた
片や、古の神々より実体験を以って語られた性能と今この瞬間の性能が全く噛み合っていない既知外の邪龍。
交える言葉など無い。ただ単純に、その胸に槍を突き立てれば
「化け物を殺すのは────いつだって、人間だ」
万感の想いを込めて吐き出した、その言葉に────三頭龍が、理性無き暴虐の化身が、反応した気がした。
首筋の違和感を無視して疾駆、突き飛ばされて開いたのだろう距離を詰める。
──魔王や堕天使総督とも渡り合う、血統由来の身体能力。
柄のみになった愛槍を棍棒のように構えて疾走、射程に入るか否かというタイミングで
人間が龍に挑む決闘の火蓋を切る一撃は────しかし、三頭龍には届かない。
曹操には異世界の、【絶対悪】が生きてきた
──人智を超えていることこそ第一条件。神々の箱庭における基本原則。
──未知の相手が見せる新たな一手に、自らの手札で如何に対抗するかこそが試練の神髄であり醍醐味。
──無知は悪、不能も悪。飛べぬものを飛べと命ぜられようと、空すら飛べぬほうが悪い。それを不満に思うなら試練に挑む資格は無い。
三頭龍は不倶戴天の化身であればこそ、その基礎程度のことを優しく教授してやる道理も無い。
──知らぬなら、知らぬまま死ね。
ガイン! と
全身に浸透する衝撃を噛み殺して四肢の関節を駆動させる。猫に倣った姿勢制御は空中にあって体勢を整えさせ、着地のダメージさえも緩和する。即座に三頭龍へと視線を戻せば────。
「なッ、居ない!? どこへ消え────」
悪寒。首筋に刃物を突きつけられたような感触に反応し、振り向き様に聖槍を一突き。
果たして、背後には想像通り三頭龍がいた。しかし突き出した聖槍は掌で逸らされ宙を穿つ。
ガリガリガリ! と掌に当てられた穂先が燐光を散らしながら削られていく。
「硬い! ……否、重いのか!」
ドラゴンの鱗の強固さを謳う神話は枚挙に暇が無い。
──神々の王との停戦協定により無敵の防御を得たヴリトラのように。
──唯一神の手で番を駆逐されたことで不死身と無敵の鱗を与えられたレヴィアタンのように。
二天龍に至っては不死鳥の炎でさえ焦げ跡を刻む程度だという。
だが、この感触は違う────と理性が告げる。
龍の鱗を鎧として再現する二天龍の
オーフィスという無限のエネルギーを持つ存在を知るからこそ看破できる。
「これは……聖槍をも削る超質量か!」
着地した曹操の背後に居たのも超質量を利用した追撃術だろう。つまり、吹き飛ばされた曹操を跳び越えた上で超質量による加速落下で先に着地していたということ。着地点を目測で計上するほうが遥かに単純だろうに、なぜこんなにも回りくどいことをするのかまでは思考が至らなかった。
曹操は一歩
しかし三頭龍の慧眼は、その修復と先の
──
遍く武具・道具とは、その用途を問わず消耗品である。鍔迫り合えば刃毀れが起き、撃ち続ければ矢も砲弾も尽き、整備を怠れば最新兵器さえ単なる鉄塊に成り下がる。
しかし所有者の魂と一体化している以上、
物質的な武具・道具と同様、使用とは消耗と同義であり、顕現し続ければ経年劣化も早まるだろう。一度壊れてしまえば二度と使えず、それどころか使い手まで死んでしまってはリスクとリターンが釣り合わない。この問題を解消する為か、いつの時代からか道具型
当代白龍皇ヴァーリ・ルシファーも戦闘中に同様の技術で【白龍皇の鎧】を修復しているが、三頭龍は未遭遇ゆえに知る由も無い。
また余談だが、
故に三頭龍は評価する。使い所の限られるそんな技能のみで二撃を凌ぎ、あまつさえ攻勢に出た、眼前の英傑を評価する。
巧いな──と邪龍としての意識が感嘆する。【絶対悪】の踏破に居合わせた女王騎士や仙龍には劣るとも、20年に満たぬ研鑽でこれほどの武練を宿すとは。
粗雑な──と試練としての意識が嘆息する。【魔源の禁龍】を封じた英雄と比べれば遥かに劣る肉体であろうとも、知恵と奇策を用いた一瞬一瞬の攻防には好感が持てる。
故に────
──武力は未だ全盛に至らず。中華英雄の末裔であろうとも、その血に宿る神性は希薄過ぎた。
──智謀は未だ全知に至らず。武の極致を僭称するには未熟、異能を扱うにも。
──蛮勇は未だ義勇に至らず。修羅神仏の人力の前には脆弱な肉体など無力、ならば防御ではなく回避に徹するのが吉。
総じて研鑽不足。数十年後の完成形に期待こそすれ、現状では凡百の英傑に埋もれる程度。
その程度の武練では、その程度の智謀では、その程度の蛮勇では────この身には届かない。
そしてそれは、曹操自身も強く感じていた。
届かない────。
片目を失った。視野は狭まり、死角が増え、遠近感が狂ったことでかつての槍技をも失い、接近戦で遅れを取ることが多くなった。
己が無力で脆弱なニンゲンであると再認識していた曹操は、人外相手に無策で挑む蛮勇は持ち合わせていない。
先戦での敗北はニンゲンとしての矜持を失ったが故。ならば、かつての在り方を取り戻すのが最善。
ならばどうする、と祖が血に遺した軍師としての鬼謀の片鱗が現実と可能性を提示する。
──出し惜しんでいる暇は無い。
──あるいは奇跡に縋るか。人間としての矜持を捨て、聖槍の奇跡に。
即断即決。気を逃せば敗走する為の体力すら失うだろう。三頭龍が評価しているこの瞬間、曹操が次手に悩むこの瞬間、現実では一息に十を超える聖槍の刺突を繰り出し、悉くを両掌でいなされているが故に。
人間が理性で判断し反射的に行動できる最短時間はコンマ2秒前後であるという。
──ならば精神統一・詠唱・形成完了・初撃までコンマ3秒で済ませる!
極限の集中。最善の精神状態。最速で口にするのは禁域に踏み込む呪文。
「
顕現するのは想いの到達点。聖槍の威光が増し、七つの光球【七宝】が形成され、一つは足元に、六つが散開した。
想定を超えた最高速で
しかし【七宝】の一つを犠牲に、三頭龍の不可視の遠距離攻撃の正体を暴いた。
「なるほど……その翼か。【
光球を断ち、しかし立てれた部位を修復すると同時に取った半回転の軌道に巻き込まれたことで縫い留められたのは────三頭龍の背後から伸びる、酷く平面的な黒い刃。
やっとのことで不可視の一撃を動体視力が捉えるより速く機動する閃刃だと理解した曹操だが、
有り体に言って勘の良い者ならば、あるいは知っている者ならば、三頭龍に対峙した時点で異能の正体を看破している。
確かに、それこそは聖遺物に伍する神威の結晶。物理干渉力を持ち、その形を自在に変える影の閃刃。
しかし一方で、箱庭の常識として語られる
異能の正体を知り、七つの宝珠の配置を入れ替える。
──三頭龍を相手に、女性の異能を封じる【
──物理攻撃が可能な【
──奇襲用の【
配置が完了し、曹操が攻勢に出る。
三頭龍は龍影ではなく凶爪を以って曹操の前方に配置していた盾代わりの光球を握り潰す。
【女宝】が砕け散り、曹操の意識に空白が生まれた。【珠宝】は壊れてこそいないが亀裂が刻まれ、再度の使用は強度的に不可能。
意識の空白が連携に隙を生む。【輪宝】と【将軍宝】の挟撃は回避されたことで光球二つが潰し合う。【馬宝】は龍影の左翼に裂かれ、先刻の状況を再現すべく半回転の機動を命じるが、損傷激しく消え失せた。
本丸、曹操は聖槍の一撃を最速の刺突で以って放つ。同時に、三頭龍の背後を人影が襲った。
人影を排するべく残る右翼が閃く。
引き裂いた人影は────【居士宝】の生み出した囮。
右首のみで背後を見る三頭龍、その左首と中首の視線が曹操を射抜き────凶爪と聖槍が交錯した。
凶爪は曹操の脇腹を深々と穿った。三頭龍は血振りと共にその躯体が放り捨てる。
夥しい量の血が噴出し、曹操の横たわる場を血溜まりへと変えていく。いくら英雄の末裔とはいえ筋力で強引に止血するような技能は無く、量産型邪龍を相手取る程度ならば無傷を保証されていた曹操であればこそ【フェニックスの涙】も支給されていなかった。
右腕を伝う血に目を見開く。三頭龍は右首の、人型であれば頸動脈に当たるであろう部位に手をやって、事態を察した。
背後に気取られていた右首を切り裂き、白亜の如き体躯に刻みつけた、一際目をひく一筋の赤線。
この瞬間の攻防は曹操の敗北に終わったが────聖槍は確かに一撃を入れていたのだ。右腕を伝う赤こそその証。
一矢報いる────。言葉にすれば簡単ながら、それを果たすのはこんなにも難しい。
ガチン、と聖槍を突き立てる。ドチャ、と血溜まりに膝をつく。
脇腹を大きく抉られたその姿は控えめに言って死に体。その手に執る槍を杖代わりに上体を起こしている現状さえ本来ありえない事態。
──聖槍の穂先は三度砕かれた。
──【七宝】は二つを残して使用不能。修復も再形成も可能ではあるが、まず現実的ではない。
──四肢こそ無事ながら呼吸器系の臓器まで損壊している現状、近接戦は不可能。
それでも────曹操の戦意は枯れていなかった。
不意討ったはずだった。奇襲は成立し、右首は確かに背後を見ていた。龍影すら【居士宝】の生み出した人影を貫いていた。
それでも届かなかった原因は、おそらく────闘争本能。
これこそが、力の塊と謳われる生命。神獣・聖獣・幻獣・霊獣、魔獣の中でも最高位種に列するモノ────ドラゴン。
「……正気を失っているならば
曹操は喀血混じりに吐き捨てた。嗚呼そうだ、この邪龍へと臨むには未熟だった。テクニックの効かないパワーなど反則に近い。
しかし一つ正しておくならば、三頭龍には理性があり、正気も保っている。曹操の推察は三頭龍が理性無き怪物としてこの場に臨み、怪物性を高めるべく言語を排しているが故の深読み────いわゆる
「やれやれ、龍殺しが語り継がれるのも道理だ。ドラゴン相手に二度と油断はしないと誓いはしたものの、兵藤一誠に勝つにはあと何年────、んだと!?」
三頭龍は曹操を、その気構えこそ英傑だと認めていた。
──終わりだ。絶望をくれてやる。
かつて箱庭の夜天を覆い尽くほど膨張した龍影が、羽搏き一つで煌炎の都を押し流す嵐を起こした。
天を覆い尽くすほど拡大した龍影を、そのまま範囲攻撃として振り下ろす。
──特攻不能。今の今まで不意討ちで傷一つ負わせるのが精一杯の怪物に、今更幾十の傷を負わせたところでこの一撃は止まらない。
──回避不能。範囲攻撃は鬼札。どこまでいっても人間でしかない曹操では、瞬きの間に地平の彼方まで走り抜ける技術も異能も持ち得ない。
──防御不能。威力過多かつ大質量の一撃を受け止めるには曹操自身の肉体が脆弱すぎる。相殺するにしても聖槍の威光を全力解放したところで曹操一人すら助かるか分からない。
故に、秘奥を使う。
武具に封じられた二天龍、その秘中の秘が、その威容を借り受ける【
戦斧に封じられた獅子王、その秘中の秘が、その威容を借り受ける【
神殺しの聖槍にもあるのだ。槍に宿る────神の遺志、その威光を借り受ける秘中の秘が。
龍影が振り下ろされる瞬間、杖代わりに身体を支えていた聖槍を天に掲げる。瞬きの間に修復された穂先が、天を穿つように
「槍よ、神を射貫く真なる聖槍よ。
我が内に眠る覇王の理想を吸い上げ、祝福と滅びの間を抉れ。
汝よ、遺志を語りて、輝きと化せ」
それこそは【
亡き唯一神の威光を以って奇跡を引き起こす────
しかしこの秘奥は神の遺志に連なる権能。発動の成否は神の遺志に、あるいは所有者の野望に懸かっている。
斯くして、奇跡は起きたのか否か。
「そこまでだ。よく耐えたね、聖槍使い。……ここからは
余談だが、三頭龍が暴虐を振るっていたのはその身が封印されていた霊山ダマーヴァンド周辺、つまりイラン北部に当たる。今の今まで戦場としていた地域もまた、曹操が
神話世界の区分で相当するのは分かりやすくイラン神話。ペルシャ神話とも呼ばれ、ギリシャ神話・ローマ神話・北欧神話などの原典に相当する上、インド神話に多大な影響を与えた最古の神話である。三頭龍が属するゾロアスター教を擁する神話と言えば分かりやすいか。
故に三頭龍に対峙する存在は曹操ではなく、かの神霊であった可能性もゼロというわけではなかった。
「邪龍筆頭格の相手を個人にさせておくと
その一言に、三頭龍は酷い失望感を覚えた。あまりの無理解に
声の主は三頭龍と曹操を睥睨しながら滞空する、青光を放つ黒髪に中学生ほどの体躯の美少年だった。
三頭龍はその特徴的な霊格から、曹操は帝釈天より聞き及んでいた身体特徴から、少年の正体を即座に看破した。
破壊神シヴァ。
──インド神話ヒンドゥー教において
──同時に
そして何より────インド神話において終末を司る存在、つまりは【黙示録の皇獣】と同質の
その刹那的・破滅的とも言える性格は叙事詩にも記されている。例えば英雄アルジュナに託した鏃パーシュパタは、この破壊神が『宇宙を滅ぼす為に投げ入れる力』を、使用者の格ゆえに威力を劣化させながらも『世界を七度滅ぼせる』程度には維持した武具であるという。いかに相手が大英雄といえどもそんなものをポイと渡すなど価値観がブッ飛んでいるとしか言えないだろう。余談だが、英雄アルジュナはこの鏃を使わなかった。
加えて、
……否、あるいは────
「故に
宣言と共に三頭龍と滞空するシヴァの足元で亀裂が生まれ、その総身を呑み込んでいく。
しかし三頭龍は身じろぎ一つせずシヴァを見つめ、同時にこの事態を看破した。
──空間が罅割れるという不可思議な光景は、次元の狭間を用いた空間移動術の応用だろう。少なくとも境界操作や封印術の類いではあるまい。
──破壊神による空間干渉。ルシファーの名を役職として冠する悪魔の……空間をも滅する
──罅から見える景色が違う。滲み出る神気から判断するに三穴の内、この身を呑む穴は神話世界、正しく仏門に繋がっていると見た。
三頭龍には二つの記憶がある。つまり、異世界で生きていた【絶対悪】としての記憶と、この世界で生きてきた【魔源の禁龍】としての記憶が。
その中には世界法則に関する体験も当然収められている。次元の狭間、などという奇矯な空間の存在を何ら躊躇せず受け入れられる程度には三頭龍もこの世界に
しかしそもそも、三頭龍にとって
仏門の神霊としての権能を用いながら、
──トライヘキサが復活した今、インドラに動かれると面倒だからねえ。
──僕も異世界進行は阻むと約束しちゃったし、そうすると対インドラ用の抑止力が足りない。
──ついでだし、邪龍でも討たせて釘付けにしておこうかな。
おおよそそんな思考で三頭龍をぶつけようとしていることなど知る由も無く、知る必要性も無い。
繋がる先が忉利天だというならば、三頭龍を相手取るのは四天王か最大戦力たる哪吒太子が妥当だろう。
展開速度も三頭龍にとっては回避できないほどではない。しかし
──既にこの地の生命は、無辜の民は、蹂躙し尽くした。少数の犠牲で大多数を生かしたか。
──残りの民は人払いに応じて隔離されたのだろう。知覚できる範囲に鼓動は聞こえず、呼気の揺らぎも無かった。
──光輝の剣を携える英傑は聖槍使いのみ。しかしそれも既に死に体、その不屈は使命感によるものか、それとも……。
意味が、この場に留まる理由が無い。その上で、新たな戦場へ案内してくれるというならば、抵抗する必要性も無い。
しかし三頭龍は暴虐の化身。無抵抗に掌で遊ばれる謂れもまた無い。
不要な殺生こそ一興、と駄賃代わりに翼を一閃する。
シヴァの胸部に真一文字の大きく、されど浅い裂傷が生まれた。痛みでは無く傷を負ったという事実からか、シヴァの端正な顔立ちが不快気な表情へと歪む。
──咄嗟に身を引いた……のではなく、破壊の権能で相殺したか。
その一幕を視界の端に捉えながら、三頭龍はイランの地から消え────神々の領域に立っていた。
相対する位置に13の人影。そのどれもが強い神気を放ち、臨戦態勢のまま三頭龍を見据えている。
八部鬼衆がいた。四天王がいた。哪吒太子はいないが、代わりに────。
「YO……俺様の尖兵を弄んでくれた邪龍ってのは、テメエかい?」
かつて同門に籍を置いた元悪神。
曹操は、気づかなかった。
聖槍の一撃によって傷つけられた三頭龍、その傷口より流れ、確かに滴り落ちた一筋の血が────廃都のどこにも残っていないことに。
一人と一柱は、意に介さなかった。
曹操は帝釈天や闘戦勝仏から【魔源の禁龍】の全容について聞き及んでいたが故に。シヴァは伝聞に加えて己の実体験として【魔源の禁龍】の能力の全てを知っていたが故に。
それこそは
伝承においてアジ・ダハーカが英雄に打倒されなかった要因の筆頭。
──英雄が悪龍の身に剣を突き立てると、その傷より害獣が溢れ出た。
──世界を害獣で満たすことなど許容できるはずもなく、悪龍は霊山に幽閉された。
『────GERYAAAAAAaaaaa !!!』
三頭龍が消えたイラン北部から近くも遠くもない大地に、異形の嘶きが木霊した。
それこそは双頭龍。三頭龍を母体に、その血を浴びた砂礫を素材に生まれ落ちた────
三頭龍の身より溢れ出す害獣が世界を満たすことを懸念されたのは、母体である三頭龍と同じく分身体も更に分身体を生む性質を備えているからだ。性能は第一世代より劣化こそするものの、三界を害獣で満たすとも、たった一匹で神話群を作り上げるとも謳われた異能は伊達ではない。
──さあ、これで時間を稼ぐ意味は無くなった。人界の蹂躙はさておき、まずは
悪夢は、終わらない。