モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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繋がる心と漆黒の龍

「ウギャゥ!」

「———きゃ?!」

 突然振り下ろされるケチャワチャさんの腕。

 

 

 私は、また眼を反射的に閉じてしまう。

 しかし来る筈の痛みも衝撃も感じられなくて、私は恐る恐る瞼を開けた。

 

「———きゃぁ?!」

 悲鳴を上げてばかりである。

 

 

 視界に映ったのは、絶命して腹部が無くなっているオルタロスだった。

 地面に叩きつけられて中身が出かかっているそれの前で、やはりケチャワチャは首を傾げている。

 

 

「ウギャゥ?」

 まるで、食べないの? そう言っているよう。

 

 

「え、えーと……」

 いや、食べません。食べれません。

 

 

「ウギャゥ……ウギャ!」

 私が食べないのを確認してか? ケチャワチャさんはそのオルタロスを自分で食べ始めてしまった。

 

 

「ひぃ……」

 なんか、怖い。

 

 けど、なんだろう。まるで敵意を感じられない。

 私の事を仲間だとでも思っているかのような、暖かい感覚。

 

 

 もしかして……私にご飯を食べさせようとしてくれてるの?

 

 

「ウギャ、ウギャゥ?」

 自分でオルタロスを食べてしまうと、次は振り向いてカンタロスの死骸を私の前に出すケチャワチャさん。

 

「ひぃっ!」

 もし、私にくれようとしてくれてるなら嬉しいんだけど……無理です。食べれません。

 

 

「ウギャ……? ウギャゥ」

 私が食べないのを確認しては、ケチャワチャさんは自分でカンタロスを食べてしまう。

 

 

「ウギャ」

 それで、次はランゴスタかブナハブラでも出されるのかなと身構えていたんだけど。

 私の前に出されたのは青緑色をした丸い木の実でした。

 

「これは……確か、ウチケシの実?」

 ウチケシの実は色々なところで採取出来るアイテムで、身体の状態異常を治す効力がある実なんだっけ?

 栄養があって身体の不調を治してくれるのかな? とりあえずよく分からないけど、食べられるって事だけは知っています。

 

 

「ウギャ」

「……くれるの?」

 確かに、ウチケシの実なら食べられる……のかもしれないけど。

 

 うん、でも確かに疲れてて。何か食べないといけない気がした。

 

 

 食べちゃおうか。

 

 

「ありがとぅ。頂きます」

 私はケチャワチャさんに差し出されたウチケシの実を拾って、口に放り込む。

 少し硬めのコリコリとした感覚を覚えながら、なんとか嚙み砕いで喉を通した。

 

 うん、美味しくない。

 

 

「でも、ありがとうケチャワチャさん」

 ただ、なんだか暖かい気持ちになって、私はケチャワチャさんにお礼を言う。

 なんで私に優しくしてくれるかは分からないんだけど、悪い子じゃないのかな。

 

 

 ふと、嫌な感覚を覚える。

 

 ゲリョスやイャンクックと戦っていた時のあの感覚。

 殺さなきゃ……いけない?

 

 

 殺したくなんてなかった。

 

 

 助けてあげたかった。

 

 

 なのに……私は———

 

 

「ウギャゥ! ウギャ!」

「———わっ?!」

 考え込んでいた私の眼の前に、ケチャワチャさんはこれでもかという程大量のウチケシの実を叩き付ける。

 とても口に入れるどころかポーチにすら入りきらない量のウチケシの実で出来た山が、私が再び着いた尻餅の振動で少し崩れた。

 

 

「ウギャゥ」

「え、えぇ……こ、こんなに……?」

 食べれません。

 

「え、えと……少しだけ貰っても良いかな?」

 ただ、このまま突き返すのはなんだか違う気がして。

 私はウタケシの実を一つ口に運びながら、十個程ポーチに詰め込む。

 

 非常食になるかな?

 あと、持ち帰ったらムツキは喜びそうだね。

 

 

 ムツキ……。

 

 

「ウギャゥ?」

「あわ、ぁ、ぇ、えと、寝てた私を看病してくれたの?」

 そんな訳がないんだけど、私は自然とそんな質問を口にしていた。

 ただ、私の言葉をケチャワチャさんが分かる訳もなく。ケチャワチャさんは首を横に傾げる。

 

 

「ですよねー。……え、えと……ありがとう!」

 それでも、思いが伝わるように。

 

 私はアランに貰ったお守りを握りしめてそう言った。

 

 

「あなたのおかげで無事に帰れ———帰……帰る……? どうやって?」

 それで、とりあえず帰らなきゃと思ったんだけど。

 私は一つの問題点に気が付いてしまう。

 

 

「ここは……何処?」

 私……遺跡平原に居た筈じゃ。

 

 飛ばされて、近くの樹海に落ちちゃったのかな?

 

 

 遺跡平原の近くには未知の樹海と言われる広大な森林が広がっています。

 そこは、一度迷うと二度と出て来る事は出来ないとまで言われてる程入り組んだ樹海で。

 

 もし、今私が居るこの場所がその未知の樹海なら———

 

 

「———迷子だこれ」

 下手に動いたってこの夜道でこの樹海。迷子は確実。

 でもこのままこの場所に居る訳にもいかなくて。

 

 え、どうしたら良いか分からない。

 

 

「うぅ……」

 自然と流れてくる涙はどうしようもなくて。

 私はその場に体操座りで座り込んでしまいました。

 

 

 もう、帰れないのかな。

 

 もう、二人に会えないのかな。

 

 

「ムツキ……アラン……」

 自業自得だ。私が勝手な事をしたから。

 

 ムツキだけでも……巻き沿いにしなかったのなら良かった。

 怒るかな……。怒ってるよね。

 

 

 

「ウギャ!」

「痛ぁあああ?!」

 そんな事を考えていたら、突然また頭の上を鉤爪の背で叩かれました。

 私は頭を押さえながら地面をゴロゴロ転がります。

 

 

「ウギャ?」

「うぅ……酷い。なんで叩くのぉ……?」

「ウギャ?」

 このケチャワチャさんは何を考えてるんだろう……。

 

 

 好奇心旺盛で、ケチャワチャは良く陸路を通る商人さんを襲ったりするらしいです。

 大体は食べ物が目的らしくて、知っている人からは危険というより厄介なモンスターって言われているみたい。

 

 未知の樹海はあまり人が来ないから、このケチャワチャさんは人間の私が珍しくて観察してるのだろうか?

 

 

 もし、食べれそうとか思われたら食べられる?!

 

 

「私は美味しくないよ!」

「ウギャ?」

 伝わらないですよねぇ。そうですよねぇ。

 

 

「あなたは何を考えているの……?」

 こんな時、アランが居たら教えてくれるのにな……。

 

 

「ウギャゥ……ウギャァ……」

 少しの間にらめっこをしていると、ケチャワチャさんは眠くなってしまったのか私が寝ていた落ち葉のベッドで仰向けになってしまう。

 大胆にも大の字で寝ようとするその姿は、なんだか人みたいでおかしい。変な寝方。

 

 うーん……私はどうしよう。

 

 せめて太陽さんがあれば———頭の良い人なら方角が分かったかもしれない。

 ただ、私は頭が悪いので無理です。

 

 

 でもこのままじっとしてる訳にはいけなくて。

 休むにしても何処か安全な場所を探さなくちゃ。

 

「ありがとう、ケチャワチャさん。ウチケシの実は大事に食べるね」

 ムツキやアランに会いたい。死にたくない。

 

 

 だから、私はケチャワチャさんを起こさないようにゆっくりとその場を後———

 

 

「ウギャ」

「うぇぇえええ?!」

 ———後にしようとしたら、ケチャワチャさんの長い尻尾に私は器用にも捕まってしまいました。

 食べられるぅ……っ?!

 

 

 そのまま私はケチャワチャさんの傍に転がされる。

 ど、ドユコト……。

 

 

「あ、あの……ケチャワチャ……さん?」

「ウギャゥ……ゥゥ……」

 その次にケチャワチャさんが取った行動は、なんと抱擁。

 と、いうよりは広げられた前脚にある皮膜を私に被せるという感じ。

 

 ケチャワチャさんの毛皮が、夜の気温との差もあってとても暖かかった。

 

 

 

「え、えと……?」

 もう、意味が分からない。

 

 

「ウギャゥ」

「朝までここで寝てろって事……?」

「ウギャ」

 伝わる事のない言葉。

 

 

 でも、なんだか気持ちを感じる。

 

 

 

 暖かい気持ち。

 

 私が、求めていた気持ち。

 

 

 

「ありがとう……」

「ウキャゥ……」

 私……何を間違えたのかな。

 

 

 なんで、こんな所に居るのかな。

 

 

「私ね……殺したくなんてなかった……」

 自然と、声が漏れた。

 

 

「本当はアランみたいに、あなた達の事を分かってあげて……助けたかったよ」

 自然と、涙が流れた。

 

 

「でもね……私達は仲良くしちゃいけない」

 胸が苦しくて、お守りを握る。

 

 

「私のせいで、あなた達を傷付けてしまうから……」

 涙が止まらなくて。私はケチャワチャさんの腕の中で丸くなった。

 

 

 

「あなた達を傷付けるだけで。狂竜化からも助けられない……。本当は、こうやってあなた達に寄り添いたいの……もっとアランみたいに…………違うよね。私はあなたに甘えてるだけで……あなたに寄り添えてる訳じゃない」

 どうしたら、アランみたいになれるのかな。

 

 

 どうしたら、あなた達を傷付けずに仲良く出来るのかな。

 

 

「…………分からないよ。全然、分からない」

 ただ、優しく包んでくれるケチャワチャさんの皮膜が暖かくて。

 私の意識は、ゆっくりと閉ざされていった。

 

 

 

 

 ごめんね……。

 

 

 ごめんなさい。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「嘘……ニャ」

 地面に落ちていた剣と盾の眼の前で、ムツキは膝から崩れ落ちる。

 

 

 ミズキを探して樹海に入った俺達が見付けたのは、地面に横たわっていた彼女の武器であるクラブホーンだった。

 

 

 

「ミズキ……ミズキ……っ! 何処ニャ?! 近くに居るのかニャ?! ミズキぃ!!」

「……っ。あまり大きな声を出すなムツキ! モンスターを起こすぞ!」

「そんなの関係ないニャ! ミズキが近くで倒れてるかも知れないニャ! ミズキ!! ミズキぃ!!」

「ミズキを殺す気か……っ!」

 俺がそう言うと、ムツキは毛を逆立てて口を閉じた。

 

 恐る恐る振り向くムツキの表情には、どういう事? そう書いてあるように見える。

 

 

「この時間は寝ているモンスターだって多い。そんな大声で騒ぎ立てればそれらを起こすかもしれない」

「そ、そんニャ……」

「起きている夜行性のモンスターだって、大きな音に反応して動きが活発になる可能性もある。そうなればこの時間に活動するモンスターが増えてミズキが危険になるだけだ……」

 そうは言うが、既にミズキが危険なのは変わらなかった。

 ムツキが焦る気持ちが分からない訳ではない。

 

 

 だが、今は我慢だ……。

 

 

 勝負は朝方。

 モンスターの行動が逆転する時間帯。

 

 その時間までにミズキを探し出すしかない。

 

 

「ムツキ、今はお前だけが頼りなんだ。……頼む。落ち着いて、匂いに集中してくれ」

「ニャぅ……。でも、全然ミズキの匂い感じないニャ」

「少し歩きながら、探そう。大声は出すなよ」

「うニャ」

 一体どういう事だ……?

 

 

 メラルーのムツキがミズキを探す事が出来ない。

 モガにいた頃、あいつは匂いを誤魔化してムツキの追っ手を不可能にしていたが。

 

 今はそんな事をする理由がない。

 

 

「ムツキ、クラブホーンの匂いに変わった事はないか?」

 少しでもヒントが欲しくて、俺はムツキにそんな事を聞いた。

 もしクラブホーンにモンスターの匂いがすれば、そのモンスターと交戦したというヒントが得られるかもしれない。

 

 

「……臭いニャ」

「……は?」

 ただ、帰って来たのはそんな返答だった。

 

 臭い……?

 まぁ……この樹海の中に放置されていたなら、そんな匂いになってもおかしくはないか。

 だが、それでは結局ヒントにもならない。やはり、歩き回って探すしかないのだろう。

 

 

「ニャぅ……」

「そう落ち込むな。……気が落ちて集中力を欠けば、ミズキの匂いを見落とすかもしれない」

 ムツキはミズキの事を実の妹のように大切にしていた。

 

 本当にムツキにとってミズキは大切な存在なのだろう。

 

 

 だからこそ、今は———

 

 

「ムツキ、お前そういえばあの大タルにアイテムを集めていたが……アレは何なんだ?」

 今はムツキの気を紛らわせてやろうと、そんな質問をなげかけてみる。

 

 

 リーゲルさんの船から海に流された俺達は、そのタルに掴まってなんとか助けてもらうまで生き延びる事が出来た。

 タルを大切にしながら、遺跡平原でのクエストで集めたアイテムをタルに入れているムツキの姿を良く見る。

 

 アレは何をしているのだろうか?

 

 

「今それを聞くのニャ……?」

「ミズキの為なんだろ?」

 ただ、ムツキの事だからそうなのだろうと。俺はそう言葉を返した。

 ムツキは少し顔を伏せてから、こう口を開く。

 

「ミズキ、もう少しで誕生日なんだニャ。あ、誕生日って言ってもミズキは本当の誕生日知らないから、村の村長さんが決めてくれた誕生日なんだけどニャ」

 そういえば、ミズキは元々村の子供じゃなかったな。

 

 

 本当の親は何をやってるんだか。

 

 

「それでニャ……花火、作ってるのニャ」

「……花火?」

 タルで?

 

「打ち上げタル爆弾の応用で、キノコとか素材を上手く調合すれば結構簡単に作れちゃうニャ。最近、ミズキの元気がないから……綺麗な花火見せてあげたくてニャ」

「器用な事する物だな……」

 まぁ、人間より彼等獣人族の方が技術は高いと言われてるし。

 色々なアイテムの知識があるムツキにとってはお安い御用なのだろう。

 

 

 問題は、ミズキに対する気持ちだ。

 

 

「見たら、喜ぶだろうな」

「でも……素材集める為と、ミズキを休ませたくて採取クエストに誘ったら怒られたニャ……」

 それは……俺のせいだろう。

 

 俺が、ミズキに負担を掛けている。

 そのせいで、こんな事になったのだから。

 

 

「ミズキは……モンスターを殺したくなんてないんだろうな」

「でも、世間一般ではそれは変な話ニャ」

「そうだな……。でも、あいつは優しいんだ」

 人の、いや竜の気持ちも分かってやれる奴だ。

 

 

「なのに、俺はミズキにモンスターを殺させてしまった。もう、あいつには無理をさせれないな……」

 この狂竜化現象の発端であろうゴア・マガラ。そいつさえ居なくなればミズキがしたくない狩りをしなくて済む。

 

 

 あいつは、狂竜化モンスターを救うために……したくない狩りをして傷付いている。

 

 そんな事は、もう終わらせよう。

 

 

 だからミズキ……。今だけは頑張れ。

 

 直ぐに探し出してやる。

 

 

 

「……だが時間がない」

 彼女の居場所のヒントが何もなければ、時間もない。

 

「悪いがムツキ、今だけは花火の素材集めをしてる暇はないからな」

「そんなのは分かってるニャ! 別に、素材自体はあのババコンガの時の臭いキノコが殆どニャ。後はセッチャクロアリさえあれば……って、こんなこと話してるのも無駄ニャ。今はミズキを探すニャ」

 あの時のキノコを使うのか……。

 

 

 まぁ、あの匂いのキノコはもう使い物にならなかったしな。

 

 

 

 キノコ……。

 

 

 

 臭い……。

 

 

 ちょっと、待てよ?

 

 

「ムツキ」

「ニャ?」

 まさかとは思うが。

 

 もし、そうなら。

 もし、あの三匹がミズキの事を想っていたなら。

 

「ムツキ。この辺りで強烈な臭いがする場所があったりしないか?」

「ニャ? あー、なんか物凄く臭いをあっちから感じるニャ。あんまり行きたくないニャ」

「そこに案内してくれ」

「ニャに……」

 もしそうなら、ミズキの匂いを感じ取れないのにも合点が行く。

 

 

「あのババコンガ達がミズキを匿ってくれてくれているとすれば……。匂いでティガレックスにバレないようにババコンガの放屁を使ったのかもしれない」

「ニャ?! モンスターがそんな事するかニャ?!」

「……分からん」

 だが、ミズキの為なら。

 

 

 彼女の想いを目の当たりにしたあの三匹なら。

 

 

「今は他に手掛かりがない。頼む」

「わ、分かったニャ。結構近いニャ!」

 走り出したムツキに合わせて、俺も走る。

 

 

 今、助けに———

 

 

「———っ?! ムツキ伏せろ!!」

 突然、嫌な気配を感じて俺は叫んだ。

 

「ニャ?!」

「……っ!」

 そんな言葉に反応して足を止めてしまったムツキを抱き抱えながら、俺は地面を転がる。

 

 

 

 まさか……こんな時に。こんな場所でお出ましとはな。

 

 

「ニャ、どうしたのニャ?!」

「ムツキ……木陰に隠れていろ。最悪の事態だ」

「……ニャ?!」

 俺が立ち上がると同時に、ムツキの視界にもソレが映ったのだろう。

 驚愕の表情で毛を逆立てるムツキを背に、俺は剣を右手に構えた。

 

 

 

「ゴァァ……」

 闇に溶け込む様な黒い体色。

 

 眼球の見当たらない流線型の頭部、一対の翼に四本の脚。

 いつかリーゲルさんの船の上で出会った事のあるそのモンスターが、仕留め損なった獲物を俺の眼の前で探していた。

 

 筆頭ハンターたちが探している、新種のモンスター。

 狂竜化の原因とも言われているそのモンスターの名は———ゴア・マガラ。

 

 

 

 この暗闇でも、獲物の位置をしっかり捉えていたのか。

 ゴア・マガラが前脚で踏んでいるのは、今さっき俺達が走っていた地面だった。

 

 

 

「ニャ?! お化け?!」

「件のゴア・マガラのお出ましか。未知の樹海に潜んでいるとは聞いていたが……今はお呼びじゃない」

 お前の相手は筆頭ハンター達がしてくれる。だから今は邪魔をするな。

 

 

「ゴゥ……ゴァァァアアアッ!!」

 だが、当のゴア・マガラにその気はないらしい。

 

 ただ目の前の獲物を葬るのみ。

 生き物として正しい反応を見せたゴア・マガラに舌打ちしながら、俺は剣を強く握り締めた。

 

 

 

「……どの道お前は倒さなきゃならない。ムツキ、下がってろ」

「ニャ、ニャニャ。ガッテンニャ!」

 ムツキにそんな指示を出してから、威嚇の咆哮をあげるゴア・マガラに俺は肉薄する。

 

 と、言っても初めからゴア・マガラとの距離は殆どなかったが。

 俺はそんなゴア・マガラの頭を踏み付け跳躍。剣で切り付けながら、ボウガンを背中に向けた。

 

 

「……こっちだ」

 トリガーを引いた蒼火竜砲【三日月】から放たれる火炎弾がゴア・マガラの背中を焼く。

 

 火属性の通りはそこそこ、か?

 

 

 なら、アレも試そう。

 

 

 

「ゴゥァッ!」

 銃弾の飛んできた位置か、音か、はたまた匂いか。

 視覚なしで俺が背後にいるのを突き止めたゴア・マガラは、振り向くと同時に俺に突進を仕掛けてくる。

 

 

 その突進の進路を予測し、俺は横に飛びながら地面に火炎弾を幾つかばら撒いた。

 そして跳躍中にその火炎弾に銃口を向け、引き金を引く。

 

 

「ゴゥァッ?!」

 俺は狙撃の反動で突進の攻撃範囲から逃れ、ばら撒いた弾に着弾した火炎弾が弾薬に引火。

 暴発する火炎弾が、丁度その場を通ったゴア・マガラを巻き込んだ。

 

 

「……殺す」

 目を閉じて、自分に言い聞かせる様に口を開く。

 

 俺はミズキとは違う。

 優しくなんてない。躊躇いなんてない。

 

 

 初めから、俺が一人でやっていれば良かったんだ。

 

 

 ミズキに殺させる事はなかった。

 

 

 

 あいつは、俺の進めなかった道を進んでいる。

 

 その邪魔を……もうしたくない。

 

 

 俺の進めなかった道のその先を……あいつに見て欲しい。

 

 

 

 だから俺は———

 

「———お前を殺す」

「ゴァァァアアアッ!!」

 翼を広げ、咆哮を上げるゴア・マガラ。

 

 それが合図だとでも言う様に、俺は装填してある最後の火炎弾をゴア・マガラに叩き付けた。

 

 

「ゴゥァッ! ギィィォァ!!」

 大したダメージは認められず、ゴア・マガラは怯みも見せないで首を上げ口を開く。

 

 

 何をしてくる?

 俺はゴア・マガラの情報をあまり持ってはいない。奴が何をしてくるか分からない以上、慎重に行動するのが得策か。

 

 

 定石で言えばブレス。

 ならばと、俺はゴア・マガラの頭部の前から身体をズラす。

 次の瞬間ゴア・マガラの口から放たれたのは凶々しい黒い何かだった。

 

 

 辺りの暗さもあって良く見えないが、炎でも水でもない。

 

 何だアレは?

 まるで、狂竜化モンスターが身体から漏らすあの黒い靄の様な。

 

 

「……っ」

 ブレスが地面に着弾すると同時に、黒い何かは弾けて消えた。

 と、いうよりは空気中に散らばったようにも見える。

 

 気体、なのか? いや、まさか———

 

 

「これがウェインの言っていたウイルスの正体か……っ?!」

 気が付いて、辺りの空気を吸わないように口を押さえたが遅かった。

 身体に入り込む何かが、全身を一瞬で駆け巡り蝕まれる感覚に陥る。

 

 

「……っ」

 人までは狂竜化しないと聞いたが……。免疫力と筋力の低下か、身を持って思い知るとはな。

 

 

 

「ゴゥァッ」

 満足そうに、俺に頭を向けるゴア・マガラ。

 

 

 こうして他の生物にウイルスをばら撒いて、こいつの目的はなんだ?

 下手をすれば、世界規模で生態系が崩れる。

 

 まるで、古龍だな。

 

 

 

「……だが」

「ゴゥァッ!」

 突進してくるゴア・マガラに合わせ、俺はその頭部を踏み付け跳躍する。

 バネにした足の反動を利用し、ボウガンをリロード。そのままゴア・マガラの背中に拡散弾を叩き付けた。

 

 

「ゴゥァッ?!」

 背中や翼を複数個の爆発が襲い、ゴア・マガラは引く唸り声を上げる。

 

 

「まだだ!」

 怯んだゴア・マガラに、着地してから肉薄。

 その後ろ足を片手剣で三度切り付けた。

 

 

「ゴゥァッ!」

 小賢しい、そうとでも言うように身体を反転させ前脚を振るうゴア・マガラ。

 俺はその前脚を足場に跳躍して、またゴア・マガラの背後を取る。

 

 

「ゴゥッ!!」

 だが、同じ手は何度も使わせて貰えないらしい。

 翼を使って飛び上がったゴア・マガラは、頭上からさっきのブレスを真下に叩き付けた。

 

「……くぅっ」

 地面で破裂するそれの衝撃で、俺の身体は地面を転がる。

 何とか地面を足で捕まえて立ち上がろうとした時には、ゴア・マガラは大地に立ちその大顎を俺に向けていた。

 

 

「またブレスか?!」

 体制を立て直したのも束の間。

 また横に飛んで、俺は地面を転がる。

 

 直後ゴア・マガラが吐いたブレスが、俺がさっきまでいた所で弾け飛んだ。

 

 

 

「ゴゥァッ」

 外した事が分かっているのか、俺に頭を向けるゴア・マガラ。

 視界に頼っていない分、こちらの位置をハッキリと定めて来る。

 

 小賢しく目眩しに背後を取っても無駄か……。

 

 

 だが———

 

 

「———お前に構ってる暇もなければ、お前を生かしておく訳にもいかない」

 皮肉な事だが、これが現実だ。

 

 こいつから逃げた所で問題は解決しない。

 

 

 そもそも、逃がしてくれないだろうが。

 

 

「ゴゥァ……ゴァァァアアアッ!!」

 咆哮が、未知の樹海の木々を揺らした。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「ん……んぅ…………ふぇ?」

 暖かい。ただお布団とは違った温かさを感じながら、私は重い瞼を開く。

 

 

「ここは……。あ、そうだ私ケチャワチャさんと一緒に———」

「ウギャ!」

「わぁ?! 食べないでぇ!」

「ウギャ?」

 び、ビックリした。

 

 私、ケチャワチャさんにご飯も貰って寝る時も守って貰ったんだっけ。

 

 

 辺りを見渡すと薄っすらと空が青くなっていて、日が昇り始めている時間なんだという事が分かった。

 

 

「こんな時間まで寝ちゃった……」

 ムツキ、心配してるかな……。

 

「ウギャ……ウギャゥ」

 私の横で立ち上がったケチャワチャさんが、少し歩いてから振り向いて私を見て来る。

 まるで、着いて来てと言っているような。そんな気がした。

 

 

「……んと」

 きっと、ケチャワチャさんは私に道案内をしてくれようとしてるんじゃないかな。

 そう信じて、私はケチャワチャさんの横まで走ります。

 

 

「道案内、してくれるの?」

「ウギャ!」

 伝わらない言葉。

 

 でも、想いまでも伝わらない訳じゃない。

 私はお守りを握りながら、歩き出すケチャワチャさんの横を歩いた。

 

 

 

「ゴァァァアアアッ!!」

 

 

「何?!」

 突然樹海の奥で鳴き声が聞こえて、私は反射的に背中にある筈のクラブホーンに手を伸ばす。

 ただ、伸ばした手は空振り。クラブホーンは今持ってないんだった。

 

 何処に落としてしまったんだろう。

 ダイミョウザザミさんの素材で作った大切な武器なのに。

 

 

「ウギャゥ……ウギャ」

 ケチャワチャさんもその鳴き声は警戒してるようで、鳴き声とは反対方向に進路を変える。

 私もそれに付いて、歩き出した。

 

 

「さっきの声……何だったんだろう」

 鳴き声の主は分からないんだけど、何処かで聞いた事がある気がする。何処でだっけ……。

 

 

 

「ウギャゥ!」

 そんな事を考えていると、ケチャワチャさんは急に歩みを止めて辺りを警戒しだした。

 何か居るの……? さっきの鳴き声の主?

 

 そんな事を思った次の瞬間、正面の木が揺れる。

 

 

 

「ピェィィィッ!!」

 木々を揺らす、さっきとは違う鳴き声。

 

 鳥のような甲高い鳴き声に揺らされた木々の内一本が、次の瞬間目の前で薙ぎ倒された。

 

 

 

「ウギャ?!」

「何?!」

 私もケチャワチャさんも驚いて、その場から後ずさりする。

 そんな私達の前に現れたのは———飛竜。

 

 

「キィィッ」

 逆立って生えた金色の鱗は、一枚一枚がとても鋭くて触っただけでも怪我をしそう。

 特徴的なのは後ろ足の前後に二本ずつの爪。それと頭に生えた鋭利な角。

 

 ティガレックスみたいな前傾姿勢のその飛龍は、私達を睨みつけながら口から黒い靄を漏らしていた。

 

 

 

「狂竜化……してるの?!」

 名前は分からないけど、その飛竜は多分狂竜化してるんだと思う。

 身体から漏れる黒い靄や、焦点の合ってない眼がそう感じさせた。

 

 

 

「ピェィィィッ!!」

 怖がってる……。

 

 

 苦しがってる。

 

 

 

「ウギャゥ! ウギャ、ウギャ、ウギャゥ!!」

「ピェィィィッ!!」

 跳ねて威嚇をするケチャワチャさんと、翼を広げて身体を持ち上げる飛竜。

 私はどうしたら良いか分からなくて、後ずさった所にあった石に躓いて転んでしまった。

 

 

 ど、どうしたら良いの……?

 

 

 いくら相手が狂竜化していて、苦しんでるっていっても。

 飛竜は生態系でも頂点に位置するモンスター達。ケチャワチャさんが危険なのは変わらない。

 

 それなのに、私は戦えない。

 

 

「ピェィィィッ!!」

「ウギャゥァ?!」

 空から飛び掛かる飛龍に蹴り飛ばされて、ケチャワチャさんは地面を転がった。

 飛竜はそこに追撃して、ケチャワチャさんの身体を足の爪で切り裂いて行く。

 

 

「や、辞め———」

「ギィィッ」

「———ぐぁぅっ」

 急いでケチャワチャさんを助けようとするんだけど、暴れ回る飛竜の尻尾がお腹に叩き付けられて私は地面を転がった。

 身体の中の物が全部口から出るんじゃないかって感覚を覚えながらも、私は何とか立ち上がる。

 

 

「ケチャワチャ……さん!」

「ピェィィィッ!!」

 さっきまでケチャワチャさんを痛めつけていた飛竜は、狂竜化の影響なのか何もない場所に翼を叩き付けて暴れまわる。

 

 

「ケチャワチャさん! 大丈夫? ケチャワチャさん!」

 それを確認して、私はすぐさまケチャワチャさんに駆け寄って顔を覗いた。

 

 

「ヴギィギャィ……」

 あの一瞬で身体をボロボロにされてしまったケチャワチャさんは、苦しそうな声を出して私を見る。

 

 

「ごめんなさい……」

 私のせいで……。私のせいで……ケチャワチャさんが。

 

 

 私はやっぱり何も出来ない。

 

 

 もっと、アランみたいに分かってあげたかったのに。

 モンスターを狂竜化からだって助けてあげたかったのに。

 

 モンスターと絆を結びたかったのに。

 

 

 

 私は……あなたすら助けられない。

 

 

 

「ヴ……ギャ…………ウヴェ……」

「ケチャワチャ……さん?」

 突然視界が黒くなる。

 

 違う、辺りを黒い靄が覆っているんだ。

 そしてその靄は、ケチャワチャさんの身体中の傷から発生していた。

 

 

 

「嘘……でしょ……?」

 無意識にお守りを握る。

 

 嘘、だよね?

 

 

 そんな……。

 

 

 

「ヴ……ヴォ……ォォ…………ギギャ…………ヴ、ヴギ、ヴ———ヴギャゥォォォオオオッ!!」

 立ち上がるケチャワチャさん。

 

 閉じられた耳は頭を覆って、目玉のような模様と牙に見える棘が相まってその姿はまるで別の生き物になったみたいだった。

 

 

 

 

「ピェィィィッ!!」

「ウギャゥォォッ!!」

 二匹の咆哮が、木々を揺らして周りに散る黒い靄を吹き飛ばす。

 

 

「…………嘘」

 狂竜化した二匹のモンスターを前に、私はただ座り込む事しか出来なかった。

 

 

 

 To be continued……




あ、あと一話か二話続きますねこれ……。


やっと今章のメインを飾るゴア・マガラさんに登場して頂きました。メタ的発言をすると、我らの団のハンターさんの活躍を奪わない程度にゴア・マガラを使うのって大変ですね(´・ω・`)
ただ、自分的にはまとまって来た所なので、まだ半分くらいですが進められそうです。


それでは、今回はこの辺で。また次回お会い出来ると嬉しいです。
あ、感想と評価お待ちしておりますよ(`・ω・´)

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