モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
「…………嘘」
「ピェィィィッ!!」
「ウギャゥォォッ!!」
二匹の咆哮が、木々を揺らす。
辺りを黒い靄が包み込み、どんよりとした空気が身体にのし掛かるよう。
重くて、暗い。苦しくて、潰れそうで、吐きそうで。
この世の嫌な感情を全部感じているような感覚に陥って、私は動けなくなってしまった。
「ケチャワチャ……さん」
「ウギャ……ォ……ァ゛ァ゛ッ」
黒い靄を身体中から出しながら、耳で顔を覆い隠したケチャワチャさんは、隠れた瞳を私に向けた。
その眼には何が映っているのか。
怖いの……?
苦しいの……?
分からない。
私には、分からない。
「ウギャゥ!」
「……っぁ?!」
振り上げられたケチャワチャさんの手が地面に叩き付けられる。
反射的に身体を転がしてそれを避けたんだけど、ケチャワチャさんは二度三度と何度も地面に腕を叩き付けた。
「───っぁ゛?! ぁ゛ぁ゛っ?!」
その三度目を私は避けきれなくて、地面とケチャワチャさんの腕に左足が挟まれる。
嫌な音と感覚の次に、激痛が走った。
昨日頭を小突かれた時の痛みのような、可愛げのある物じゃない。
殺意と、恐怖と、苦しみと。
そんな感情の入った明確な攻撃。
「……はっぅ゛、ぃ、痛ぃ゛っ痛ぃ゛ぃ゛」
防具が変な形に変形して、涙が溢れるほど痛くて。
痛みを感じる所を抑える事すら出来ない。
ただ私は、情けない物を漏らしながら腕を使って地面を這うように逃げようとした。
ただ、ケチャワチャさんはそれを許してくれない。
「ウギャゥォォッ!」
「嫌だ! 待っ───」
振り上げられたケチャワチャさんの腕が、爪が、私を殴りつけて地面を転がせる。
殴られた衝撃で身体の中の物を全部吐き出しそうになりながら、私は木に当たって静止した。
「───ぁ゛ぅ゛ぁっ、ぁ゛っ、ぁ゛ぃ゛ゃぁぁぁ……」
痛い。
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
消えない痛みに私は何も出来なくて。
ただ、本能的に逃げようと腕を動かした。
嫌だ。
嫌だ。
怖い。
怖い。
「ピェィィィッ!!」
「───ひっ」
側に居た飛竜と目が合う。
確かに此方に向けられる眼球の奥に、情けない姿の私が映っていた。
「……助け……て」
それが分かってても、私はそんな情けない言葉を落とす。
死にたくない。
嫌だよ。
怖いよ。
「た、助けて! 助けて! 誰か……誰かぁ……」
助けて……。
「ウギャゥ……」
ケチャワチャさんと、目が合った。
私……何してるんだろ。
私のせいで、ケチャワチャさんまで狂竜化したのに。
都合が悪くなったら、怖がって。逃げようとして。
あなたの事を考えられない。
こんなの、最低だよね。
死んで、当然だね。
「……ごめんね」
二匹を見ながら、自然とそんな言葉が落ちた。
私は結局、あなた達に何もしてあげられない。
あなた達を分かってあげる事も出来ない。
「ウギャゥォ」
怖いよね。
「ウギャ……」
苦しいよね。
私……あなたに助けられた。
それなのに、あなたに何も出来ない。
狂竜化が何なのか分からないし。
あなたの身体の事も、分からない。
何も出来ない。
「───そんなの、嫌だな」
「ウギャッ!」
私の眼の前に立って、ケチャワチャさんは両手を振り上げる。
もう避ける事も出来ないし、次は死んじゃうかもしれない。
でも、それより私はケチャワチャさんに何も出来ないのが嫌だった。
「ウギャゥォォッ!」
振り下ろされる両手。
私はアランに貰ったお守りを左手で握りながら、右手をポーチに入れる。
私ね、アランが見せてくれた光景がとても好きだった。
モンスターの事を分かってあげて、寄り添って、気持ちを通わせる。
そんな彼が見せてくれる光景はいつもとても素敵で。
私もそんな光景がまた見たくて。彼のようになりたくて、一緒に居たの。
でも、無理だった。
私はアランみたいには出来ない。
馬鹿だし、力も無い。
だから、こんな事しか出来ない。
「ケチャワチャさん……っ!」
迫って来るケチャワチャさんに自分から向かって行く。
私ね、もう逃げないよ。
ちゃんと、向き合うよ。
これは……その一歩なんだ。
耳に塞がれたケチャワチャさんの頭に、ポーチのアイテムを握った手を伸ばす。
ウチケシの実。
私は馬鹿だから、ちゃんとした理由は分からないんだけど。
この実には身体の異常を治してくれる効能がある。
狂竜化が治るかどうか分からないけど。
馬鹿で力の無い私に今出来る事は、これくらいしかないから。
「ウギャゥォ?!」
「食べて……」
次の瞬間振り下ろされた両腕に、私の身体は地面に叩き付けられる。
激痛で身体中の感覚がおかしい。
それでも、ウチケシの実を握る手だけはしっかりと伸ばした。
この手だけは下ろさない。
「…………食べ……て」
お守りを握る。
「ヴギ……ギャィァ…………?」
私の身体を抑えるケチャワチャさんはそんな私を見て固まっていた。
何をしているか、分からないんだろうね。
「ぐぁ゛ぅ……」
お腹に乗せられた腕に力が入って、私は口から何か液体を吹き出す。
「……食べ……て」
お願い。
それが、間違っているかどうかすら私は分からない。
ケチャワチャさんにこの気持ちが伝わるかすら、私は分からない。
だけど、それでも、私は繋がりたい。
あなた達と、絆を結びたいんだ。
あなた達と生きたいんだ。
「ピギェェェェッ!!」
ただ、私の手がケチャワチャさんにもう少しで届くという所で飛竜が咆哮を上げた。
「ダメ……待って……っ!」
そんな言葉が届く訳もなくて。
「ピギェェェェッ!!」
飛竜は身体を持ち上げて、何か攻撃の体勢を取る。
待って、もう少しで届くの。
お願い……待って。
届いて……っ!!
人と竜は相容れない。
そんな事は、分かっていた。
「ウギャ」
「ぇ…………ケチャワチャ……さん?」
なん……で?
「ピギェェェェッ!!」
次の瞬間、飛竜は全身に生えたその鋭い鱗を無数に飛ばしてくる。
視界を赤が覆って、その色の液体が地面に大量に流れ落ちた。
◆ ◆ ◆
「ゴァァァアアアッ!!」
咆哮が辺りの空気を振動させる。
辺りに充満する黒い靄がそれによって拡散し、より一層樹海の空気が重くなったような気がした。
「底無しめ……」
戦い始めてからどれだけの時間が経ったか。
真っ黒だった空は少しずつ色を付け始め、時間の経過を嫌でも分からせてくる。
「ゴゥゥ……」
それだけの時間を戦ってもなお、ゴア・マガラに疲弊は見えない。
せめてムツキだけでも向かわせてやりたいが、それではムツキが危険になる可能性も高く。
何よりこのゴア・マガラがそれを許してはくれなかった。
「……くそ」
時間がない。
何か、何か方法はないのか……?
「ゴァァァアアアッ!!」
ただ、ゴア・マガラはそんな事を考える暇も与えてくれなかった。
何度目かのブレスが吐き出され、なんとか避けるが辺りに黒い靄が散らばる。
この狂竜ウイルスも戦いを長引かせる原因だ。
身体の感覚がおかしくなり、思うように動けない。
そうしていつの間にか俺は防戦一方となっていた。
このままでは───
「居たぞ! 戦ってるのはゴア・マガラだ!」
突然聞こえてくる、そんな声。
横眼で声の主を確認すると、そこに居たのは筆頭リーダーだった。
「リーダー?! 何故ここに……」
「アキラ君が行けと言ってくれたのさ。大丈夫だ、彼……じゃなくて彼女? は、あのレックスとナルガ装備の二人が援護してくれる」
アキラさんが呼んでくれたのか……っ!
「彼女は見つかったのか?」
そう説いてくるリーダーの後ろから、ガンナーとランサーが武器を構えながら現れて。
遅れて走って来たルーキーが俺達を交互に見てから片手剣を抜いた。
「……まだだ。こいつに足止めされていて動けなかった」
「居場所は分かってるの?」
隣に立ちながらボウガンを展開する筆頭ガンナーさん。
間髪入れずに銃口から放たれた弾丸がゴア・マガラの頭部を削る。
「ゴァァァアアアッ!!」
「私達の相手をして貰おう! やっと会えたな、ゴア・マガラ」
「こっちが相手をするッス!!」
ゴア・マガラの前に二人が立って、挑発した。
「ゴゥゥァ!」
挑発に乗ってか、ゴア・マガラの意識は二人に集中する。
今ならこの場を抜けてミズキの下に迎えるかもしれないが……。
「行きたまえ」
悩んでいる俺に、リーダーは肩を叩きながらそう言ってくれた。
隣に立ったムツキとリーダーを見比べながらも、俺は言葉を詰まらせる。
「……だが」
「彼女が待っている。よく一人で戦ったな。……後は、任せたまえ」
そう言うとリーダーは背中の双剣を抜いてゴア・マガラに突進した。
背中が語る強者の貫禄。彼なら、彼等なら任せられる……。
「……ムツキ」
「ニャ……?」
「行くぞ!!」
「ガッテンニャ……っ! こっちニャ!」
筆頭ハンター四人を尻目に、俺は先導するムツキの背中を追って走った。
後方を横目で確認すると、ゴア・マガラの攻撃をランサーが盾で受け止める光景が目に映る。
「ムツキ、匂いはどうだ?!」
「今さっき血の匂いがいっぱいになったニャ……。大きな鳴き声も聞こえて……っ!」
「……っ」
俺がゴア・マガラを振り払えないばかりに……。
「でも、ミズキの血の匂いじゃないニャ! それだけは分かるニャ!」
ずっとミズキと居たからなのか。血の匂いを区別し、自信有り気にそう声を上げたムツキの走る速度が速くなる。
「ミズキ……ミズキの匂い! ニャ!」
そんな言葉を落としてから、ムツキは一旦足を止めた。
そうしてから目を閉じて嗅覚に意識を集中する。
「……こっちニ───」
そうしてムツキが方向を確認した瞬間。
「ピギェェェェエエエッ!!」
甲高い咆哮が木々を揺らした。
この鳴き声は……セルレギオスか?!
「ニャ?!」
「近い……っ! 急ぐぞムツキ!」
「わ、分かってるニャ!!」
ミズキ……。無事で居てくれ……っ!
◇ ◇ ◇
「ケチャワチャ……さん…………なん……で……?」
吹き出る鮮血。揺れる身体。
「……ウ……ギャゥォ」
広げられた身体中に突き刺さる、飛竜の鱗。
私の手から半分になったウチケシの実が地面に落ちる。
それと同時にケチャワチャさんは、閉じられていた耳を広げて顔を私に見せた。
優しい表情をしている気がした。
謝っているような気がした。
「待って……違うよ……? 謝るのは私なんだよ……?」
「ウギャゥ……」
ケチャワチャさんは爪の背で私の頭を優しく小突く。
力の入っていない手が、そのまま地面に落ちた。
そうしてから、ケチャワチャさんは私に背を向けて飛竜に正面を向ける。
その背中や皮膜には、飛竜の鱗が沢山突き刺さっていて。
痛々しい傷からは真っ赤な液体が絶えず吹き出ていた。
一緒に傷口から漏れる黒い靄。狂竜化が治った訳じゃない……?
「なん……で? ダメ……だよ……っ! ケチャワチャさん! 死んじゃうよ!!」
「ウギャゥ……」
首を曲げて、私を視界に入れるケチャワチャさん。
その瞳には光はない。それどころか、赤黒く濁った瞳は焦点が合わずに揺れている。
それなのにケチャワチャさんは、ゆっくりと飛竜を睨み付けた。
「なんで……。……あれ?」
無意識に握ったお守りが、何故か光り出す。
何? この光は……。綺麗……。
「ウギャォァァアアア!!」
「……っ、ケチャワチャさん!!」
お守りが光った次の瞬間、ケチャワチャさんは傷だらけの皮膜を広げた。
そして、跳躍。広げられた皮膜を使いそこから滑空するケチャワチャさんは一瞬で飛竜との距離を詰める。
「ウギャォァッ!」
すれ違い際に長い鼻から水の塊を飛竜に飛ばすケチャワチャさん。
飛竜はその反動で怯んで、その間に木の枝に捕まったケチャワチャさんはまた滑空。二度目の水弾攻撃を飛竜に叩き付けた。
「グェァ?!」
「ウギャゥ!!」
戦ってる……? ケチャワチャさんが、あの飛竜と。
何のために?
狂竜化の影響……?
……違う。
「ピギェェェェエエエッ!!」
「ウギャゥ!」
ケチャワチャさんに、さっきと同じように自分の鱗を飛ばす飛竜。
だけどその鱗はケチャワチャさんの身体から何故か弾かれた。
さっきはあんなにケチャワチャさんの身体を傷付けたのに、何故?
「グェァァ!」
その攻撃では仕留められないと悟ったのか、飛竜は飛び上がって鋭い脚の爪をケチャワチャさんに突き立てる。
だけどその爪も、ケチャワチャさんの身体を傷付ける事は出来なかった。
「ウギャォァッ!」
戦ってくれているの……?
なんで……?
しかも、あの飛竜とケチャワチャさんが互角に戦っているようにも見える。
とても身体が硬くなってるのかな……? ケチャワチャさんは飛竜の攻撃を受け付ける様子がなかった。
「ケチャワチャさん……」
あなたはなんで戦ってくれているの……?
「ピギェェェェエエエッ!! グルォ…………グェァ」
何度目かの攻撃を与えるも、傷は付かないケチャワチャさん。
でも体格が違い過ぎて、ケチャワチャさんは地面に倒されてしまう。
そうしてケチャワチャさんを倒した飛竜の眼に次に映ったのは、私だった。
「……ひっ」
逃げなきゃ。
ケチャワチャさんを助けたいという思いよりも、本能がそうやって私の身体を動かす。
でも身体は動かなくて、恐怖だけがゆっくりと確実に近付いて来た。
「グェァ……」
赤黒く光る、無機質な瞳。
飛竜は全身の鱗を逆立たせて、翼を広げる。
鱗を飛ばす攻撃……。
ついさっきその攻撃で身体中に傷を負ったケチャワチャさんの姿が脳裏にも映る。
そんな攻撃されたら……。
「……っ」
「グェァ……ピギェェェェエエエッ!!」
私の気持ちは届かない。
人と竜は相容れない。
死が、飛んで来た。
嫌だ。
嫌だ……っ!
嫌、助け───
「ウギャォァァアアア!!」
再び、鮮血が地面を真っ赤に染めた。
揺れる身体から漏れていた黒い靄がどんどん薄くなっていく。
「…………ケチャワチャ……さん……?」
私……何してるんだろう。
結局私、自分の事しか考えてなかった。
「なんで?」
なんで、あなたは私を助けてくれたの?
「ねぇ……なんで……っ!!」
私を庇うように前に立って。飛竜の攻撃を全て身体で受け止めたケチャワチャさんは、糸が切れたようにその場で崩れ落ちる。
赤黒く光っていた眼からはそんな不気味な光すらも消えて、ただ暗く虚ろな瞳から液体が垂れていた。
「ケチャワチャさん……ケチャワチャさん……っ! なんで……なんでなの…………ねぇ!」
その顔に抱き付いて、私は声を上げる。
ケチャワチャさんの体温がどんどん下がってるのが分かって、それでもどうしようもなくて。
ただキツく抱き締めると、ケチャワチャさんは弱々しい手付きで私に手を触れた。
そんな手も、直ぐに地面に落ちる。
「私……あなたに何もしてあげれてないよ。私はあなたの仲間でもない。なのにあなたは私を助けてくれる……。ねぇ、分からないよ。私あなた達と仲良くしたいって思ってたのに……あなた達の事全然分からない。ただの独り善がりだった。甘い考えだった。私は自分があなた達に寄り添って貰えればそれで良いって思ってたの…………。違うよね。私が寄り添わないで、あなた達にだけ求めるなんておかしいよね。おかしいのに……おかしい筈なのに…………なんで? なんであなたは助けてくれるの……?」
分からないよ。
私、あなた達の事分からないよ。
「……ヴ……ォギィ、ギャ」
「ケチャワチャさ───」
「ピギェェェェエエエッ!!」
咆哮が木々を揺らした。それは、勝利の咆哮でも威嚇の咆哮でも何でもない。
怖くて、苦しくて、辛くて。
全部の嫌な感情から逃れる為に叫んでいる。そんな、声。
「……ヴ……ギャゥ」
逃げろって……言ってるみたいだった。
「……逃げないよ」
もう、逃げないよ。
今度は、私があなたを助けるよ。
「……苦しいんだよね」
視界から色が抜けて行く。
「……怖いんだよね、あなたも」
今の私に出来る事が、するべき事がよく分───
「ピギェェェェエエエッ!!」
「「ミズキぃ!!」」
突然聞こえたのは、懐かしく思えるような声だった。
その声を聞いた瞬間世界に色が戻って、意識がハッキリとする。
目の前で私に飛び掛ろうとしてくる飛竜。
そしてその飛竜を、一人の男の人が剣で斬り付ける。
「グェァ?!」
「無事か?!」
「……あ、アラン?!」
銀色の髪を飛竜の返り血で濡らしながら、私を庇うように飛竜との間に立つアラン。
こんな、私でも何処か分からない場所まで迎えに来てくれたの……?
「ニャぁぁぁぁっ! ミズキぃぃぃっ!!」
「うわぁっ?! ムツキ?!」
さらに、背後からムツキのタックルを貰う。普通に痛い。
「ニャぁ! バカ! アホ! バカ、超バカ!」
「酷い……」
「心配したんだニャぁぁぁっ」
そう言って大粒の涙を流すムツキの背中には、私がなくしたクラブホーンが背負われていた。
拾って来てくれたの……?
「ご、ごめんね……」
「許さんニャ。絶対に許さんニャ」
「うぅ……」
心配させちゃったよね……。
「セルレギオス……。このケチャワチャは……なんだ? そんな事を考えてる場合じゃないか。ムツキ、話すのは後だ。俺の視界に入る範囲内で安全な場所までミズキと行け」
剣とボウガンを構えながら、ムツキにそう促すアラン。
ダメ、それは待って……っ!!
「待ってアラン! ケチャワチャさんが!」
「このケチャワチャに守ってもらったのか……?」
「ぇ……」
アランのその言葉に私は声を詰まらせてしまった。
うん。守ってもらったんだ。
……守られてしまった。
「…………うん」
「……そうか。近くに居てやれ」
「ピギェェェェエエエッ!!」
アランがそう言うのも束の間、飛竜はアランが来て不利だと思ったのか翼を大きく広げて上昇する。
飛竜はそのまま一瞬で木々の影に姿を消すように、姿を消してしまった。
逃げた……のかな?
「ニャ、あのモンスター知らないニャ。新種かニャ?」
「この辺りの未知の樹海だけに生息する、セルレギオスだ。ティガレックスを追い詰めたのもあいつだろうな……傷からして」
落ち着いて話すアランの声を聞いて、助かったという実感がやっと湧く。
私は……生きてる。
でも……。
「ケチャワチャさん!」
「ニャ?! 何してるニャミズキ、危ないニャ!」
ムツキの制止を振り切って、私はケチャワチャさんの正面に座り込んだ。
虚ろな眼からは光が消えて、冷え切った身体には抱擁してくれた時の暖かさは残っていない。
「そんな……」
私……何もしてあげられなかった。
「…………ウギャ……」
「……っぁ、け、ケチャワチャさん!」
ケチャワチャさんの身体が一瞬痙攣する。
まだ、生きている。まだ助けられる……っ?!
「ま、待っててね! 今助かるからね! アラ───」
そうして私はいつもみたいに、彼の名前を呼ぼうとする。
そうだ。私はいつもそうだ。
結局私は何もしてあげられない。いつもアランに頼ってばかりで、私は何もしていない。
それが分かった瞬間、私は動けなくなってしまって。
座り込んで、俯向く。
「ニャ、ミズキ……」
「私……何もしてあげられなかった」
「このケチャワチャに、助けてもらったのニャ?」
「……うん」
それなのに……私。
「そいつにはきっと、お前の心が伝わったのかもな」
「……私の……心?」
人と竜は相容れない。いつもそう言うアランの口から、そんな言葉が落ちた。
「ミズキの気持ちだ。優しいお前の」
「そんなの……。私、ケチャワチャさんに何も出来てない……っ!」
「大切なのは、素直な想いを伝える事だ」
素直な……気持ち?
「ウ……ギャゥ……」
「このケチャワチャはもう……長くない」
「……っ」
そんな……。
「今大切な事は、分かるか?」
分かっては、居る。
ただそれをする事は……。ううん、それじゃ、あの時と一緒だね。
私は、成長してないね。
ダイミョウザザミさん。
あの時と、何も変わってないね。
「……ケチャワチャさん」
「ウギャゥ……ウ……ゥ……」
その冷たい手を握り締めて、光の消えた瞳を真っ直ぐ見詰めた。
「……助けてくれてありがとう」
「ウギャゥ……」
「ご飯、ありがとうね」
「……ウ……ギャ」
「一緒に寝てくれて……ありがとうね」
「…………ウ……ャ……」
「…………ごめんね」
「…………ウ───」
ケチャワチャさんの身体が軽くなった気がしたの。
なのに、握った手は重力に逆らえずに地面に落ちる。
「ケチャ……ワチャ…………さん……」
私……。変わってないね。ダイミョウザザミさん。
……変わらなきゃね。
「……ミズキ、帰るぞ」
「アラン」
「……なんだ?」
「私、強くなりたい。力だけじゃなくて……アランみたいに、ちゃんとモンスターの事を分かってあげられる心の強さが欲しい」
このままじゃダメなんだ。
私は……モンスターの事をちゃんと分かりたい。
寄り添って貰うんじゃなくて、私が寄り添いたい。
「……そうか」
「……うん。アラン、私───」
「ゴァァァアアアッ!!」
決意を言葉にしようとしたその時、上空から聞き覚えのある鳴き声が響く。
「何?!」
「……っ。ゴア・マガラ?! 筆頭ハンター達は───」
「すまない二人共! 取り逃がした!」
アランが焦った声色で武器に手を伸ばす後ろから、筆頭リーダーさんの声が響く。
声の後に視界に入った四人のハンターさん。筆頭ハンターさん四人がこんな所に?
「下がっていてくれ。ルーキー、彼女を守るんだ」
「分かったッス!」
そんなリーダーさんの言葉の次の瞬間、私達の前に一匹の龍が舞い降りた。
漆黒の体色に一対の翼、四本の脚。
眼球の無い流線型の不気味な頭部を震わせ、龍は大地を踏みしめる。
「ゴア・マガラ……」
アランが、その龍の名を小さく呟いた。
「ゴォォゥ、ゴァァァアアアッ!!」
このモンスターが……ゴア・マガラ。
狂竜化の原因。
「ゴア・マガラ……」
「ゴォォゥ……」
あなたが、皆を怖がらせてるんだね。
「私は……あなたの心が知りたい」
なんで、あなたは皆を怖がらせるの。
「ゴォォゥ……」
ゴア・マガラが翼を広げると、辺りに暗い靄が広がった。
身体が重くなる。気分が悪くなる。
ただ、なんだか心地が良かった。
視界から、色が消える。
「私……あなたが知りたいよ」
「ニャ?! ミズキ、その眼は?!」
「ミズキ?!」
「……ゴォォゥ……ゴァァァアアアッ!!」
ゴア・マガラに眼は無いんだけど、眼が合った気がした。
次の瞬間視界が真っ暗───
───あれ、何も見えない。何も……感じない。
「ミズキ?! ミズキ!!」
「ゴア・マガラが飛んで行く……?」
「逃げるのか……?」
「おいミズキ! しっかりしろミズキ!! ミズキ!!」
◆ ◆ ◆
あの時、突然倒れたミズキをバルバレに連れ戻してから半日が経った。
日はまた沈み、涼しげな風が寮の壁を揺らす。
「あの傷がこの短時間で元どおり。まるでモンスターね」
貸家の外で腕を組みながらそう語るのは、ティガレックスの足止めをしてくれていたアキラさんだった。
アキラさんはあのレックス装備とナルガ装備の二人とティガレックスを撃退。
逃げられたらしいが、あの轟竜を退けたのはやはり流石である。
そしてミズキの傷の件。
足の骨や肋骨は折れて、内臓だって幾つか潰れていてもおかしくない程、防具は損傷していた。
しかし彼女の身体は正常で、健康そのものだったらしい。
まるでモンスターのような回復力。
アキラさんは、そう言いたいのだろう。
「あいつ……出身が分からないらしいです」
それが今のミズキの状態に何か関係あるとまでは言えないが。
「ゴア・マガラは?」
「逃げられた。……今はまた筆頭ハンター達が捜索中だ」
「……そう」
それだけ聞くと、アキラさんは俺に背を向ける。
「あの子の事、もう手放すんじゃないわよ。……ヨゾラみたいにね」
「……分かってます。……アキラさんは?」
「ゴア・マガラの居場所を把握したなら、後は筆頭ハンターに任せれば良いわ。私は怒隻慧を探す」
そうとだけ言葉を落とし、アキラさんは集会所に戻って行った。
ゴア・マガラは筆頭ハンターに任せれば良いだろう。
後は……怒隻慧か。
「アラン! ミズキが眼を覚ましたニャ!」
「ん、そうか。直ぐ行く」
ゴア・マガラと対峙した直後、ミズキは片目を光らせてから倒れてしまった。
彼女がなぜ倒れたのか分からないが……多分疲労だろう。
それより分からなかったのは、その後ゴア・マガラがその場から飛び去った事だ。
あの時ゴア・マガラは何を考えていたのか。俺には……分からない。
「……眼を覚ましたか。身体の調子はどうだ?」
「あ、アラン。おはよう」
呑気だなおい。
「大丈夫なんだな?」
「んーと、多分?」
心配を返せ。
本当に、ミズキの身体はどうなっているんだか。
……本当にな。
「ミズキ、一つだけ聞かせてくれ」
「ほぇ?」
「あのケチャワチャとお前は、心を通わせる事が出来たと思うか?」
「……分からない、かな」
俯いて、そう言葉を落とすミズキ。
その手元にはあの時死んだケチャワチャの素材が握られている。
ミズキが寝ている間に剥ぎ取ったのは俺だが。静かにそれを見詰めるミズキは、それが何なのか分かっているんだろう。
「アラン……私ね。強くなりたい」
「……そうか」
倒れる前も、そんな事を言ってたな。
「私ね、アランみたいになりたかったの」
「俺みたいに……?」
俺は憧れるような人間じゃないぞ。
それに、俺はお前が思ってる奴じゃない。
ただ───
「ねぇ、アラン……教えて欲しい」
ミズキは真剣な表情で俺を見ながらそう言う。
彼女は俺の進めなかった道を進もうとしてる。
───俺がその道標になれるなら。
「……あぁ。ただし、俺は甘くないぞ」
「……うん」
俺が彼女の前を歩こう。
進めなかった、その道の。
やっっっっと鬱ルートを脱出しました。
作者の精神的にも辛かったので後半はなんだか雑だった気もします……うーん。もう少し粘っこく書きたかったけど流石に文字数が。
ただの技量不足ですね。はい。
久し振りの言い訳。
奇猿狐ことケチャワチャの元となる生物はやはりキツネザルでしょうか。
彼等は夜になると仲間内で固まって眠る習性があるようです。今回はここに着手。
まぁ、ご都合主義なんですが。敵意の感じられないミズキをケチャワチャは仲間として捉えた……なんて。はい、ご都合主義ですよ。
この作品ご都合主義がないとやってられませんからね()
さて、今回の件でミズキがどんな成長をしてくれるのか。
なんて状態ですが、ごめんなさい。
ほぼ毎週更新していましたが来週はおやすみして、それ以降も二週間に一回の更新ペースになると思います。
理由としては……そう、XXの発売ですかね。
皆モンハンやるだろうし。読む暇ないですよね!←
と、いう訳で更新ペースを少し落とそうと思います。完結が遠くなる。
それでは、長くなりましたが今回はこの辺りで。また次回お会いできると嬉しいです。
モチベーションの増加や励みにもなりますので、感想や評価をお待ちしておりますよl壁lω・)