モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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あなたと私の狭間で

 黒い靄が日の光を遮る。

 

 

 その一瞬で時間が進んで、夜になったかのような暗い空間が辺りを蝕んだ。

 靄は一匹の龍から辺りに散らばり、樹海を黒く染める。

 

 

「ゴゥァ……ッ」

 眼球の無い流線型の頭部が、顎を開いて牙を見せた。

 確かに存在しない筈の眼が、私を見た気がする。モンスターと視線が合う、そんな感じがしたんだ。

 

 

「ゴゥァァッ!」

 一対の翼を広げ、確りと四肢で大地を踏み締める龍の姿は一回り大きくも見えた。

 黒い体色は辺りの空気に溶け込むというよりも、より際立っているようにも感じる。

 

 

 

 黒蝕竜(こくしょくりゅう)───ゴア・マガラ。

 

 それが、狂竜化を起こしている原因。

 

 

 私達の目の前に現れた龍の名前だった。

 

 

 

「……逃してはくれないだろうな」

「な、なんとか逃げれないのかニャ……?」

 セルレギオスとの戦いで斬れ味の落ちた武器を研ぐ時間すら与えられずに、私達は武器を構える。

 そんな私の足元で震える手を私の腰防具に添えながら、ムツキは小さな声でアランにそう聞いた。

 

 

「ゴゥァ……」

 まるで品定めするかのようにじっくり私達に頭部を向けながら、少しずつ近寄って来るゴア・マガラ。

 いつどのタイミングでも戦いが始まりそうなピリピリとした空気の中、私はクラブホーンを強く握り締める。

 

 

 

「あなたが……他のモンスター達を苦しめてたんだよね」

 狂竜化。私はこれまでこのゴア・マガラが原因で苦しんで来たモンスター達を、何匹も見て来た。

 

 

 自分を殺してしまう程に狂ったアルセルタス。

 

 ゲリョスやイャンクック。セルレギオスみたいな大型モンスターだってその狂気からは逃れられない。

 

 ケチャワチャさんだって……。

 

 

 

「私はあなたが知りたい。だから、戦うよ」

「……来るぞ!」

 その言葉を口にした瞬間、先に大きく動いたのはゴア・マガラだった。

 

 

 四つの脚で確りと大地を踏み締めながら、突進を仕掛けて来るゴア・マガラ。

 

 私はムツキを抱き寄せながら、迫り来る巨体を避ける。

 頭上を遮る翼が起こした風圧が、髪の毛を大きく揺らした。

 

 

「ムツキ、下がってて!」

「ニャ?! ぼ、ボクだってやる時はやるニャ!」

 ポーチから小さなブーメランを取り出しながら、ムツキは地面に確りと足を着ける。

 震えている手で持つブーメランは、それでも確りとゴア・マガラに真っ直ぐ向けられていた。

 

 

「無茶はダメだからね?」

「……こっちの台詞ニャ」

 ふふ、ありがとう。心強いです。

 

 

 

「ゴゥァッ!」

 眼が見えていないハズなのに、ゴア・マガラはその頭部を私達に向ける。

 まるで正確に私達の居場所が分かっているみたい。匂い……? それとも音?

 

 何れにせよ、ゴア・マガラには何か優れた感覚があるのだとそこで分かった。

 でも優れているという事は、それが弱点になる筈だ。

 

 

 こっちにはムツキが居る。

 

 そしてこの戦いで私がするべき事は、剣をゴア・マガラに叩き付ける事じゃない。

 

 

「……お前の相手は俺だ!」

 アランはゴア・マガラの真横に立って、私に向けられた注意を引くために前脚に剣を叩き付ける。

 無視出来ない攻撃にゴア・マガラはその前脚を振り払った。

 

 

「……それで良い」

「ゴゥァッ!」

 その前脚を踏み台に跳躍して、ボウガンをゴア・マガラに撃った反動で距離を取るアラン。

 

 私が戦うには、このモンスターは格が違い過ぎるんだと思う。

 だからアランは自らが注意を引いて、私にゴア・マガラの意識が向かないようにしてくれていた。

 

 

 私は重荷なのかもしれない。

 

 集中力もない。体力も力も何もない。

 

 

 ムツキみたいに知識がある訳でも、アランみたいに戦える訳でもない。

 

 

 でも、私は決めたんだ。

 強くなるって。自分が選んだ道を迷わずに進むって。

 

 

 だから……私はアランにわがままを言う。

 

 迷うなと言ってくれた、彼を信じて。

 

 

 

「ムツキ、音爆弾貸して! あと、今から出来るだけ音を出さないで」

「ニャニャ?! えーと、えーと、これかニャ!」

 私の言葉を聞いて、あれやこれやと慌てながら球状の物をポーチから取り出すムツキ。

 それを受けとってから、私は何故か良く回る頭で次の行動を考える。

 

 

 

 ゴア・マガラには多分、視覚はない。

 

 それでも目標の位置を確りと把握しているのには、訳がある筈。まずはそれを確かめる。

 

 

「アラン!」

 私が彼の名前を呼ぶと、アランは私を横目で見た。

 それで私の手に音爆弾が握られているのが見えたのか、意図を飲んで確りと頷いてくれる。

 

 

「ゴォゥァッ!」

 次の瞬間、ゴア・マガラは姿勢を低くしてアランにタックルを仕掛けた。

 アランはそれを見てから地面を蹴って、迫り来るゴア・マガラの脚を踏み台に跳躍。その頭を飛び越える。

 

 

 さらに、ゴア・マガラから見てほぼ反対側にアランが着地する寸前。

 

 アランはゴア・マガラにではなくゴア・マガラから見て正面にライトボウガンの銃口を向けて引き金を引いた。

 放たれる銃弾は何にも当たらず地面に突き刺さる。その反動で、アランはゴア・マガラの後脚元に移動した。

 

 

 次に私は、音爆弾をアランが着地する筈だったゴア・マガラの頭部の真横に投げ付ける。

 途端、火の付いた爆薬が鳴き袋を破裂させ、甲高い音を弾き出した。

 

 

 音爆弾。

 生き物の声を出す器官を、爆薬による振動で破裂させて高周波を周囲に響かせるアイテムだ。

 耳の良いモンスターを驚かせたりする事が出来るから、もしゴア・マガラの優れた感覚が聴覚なら、この音に何らかの反応を見せるかもしれない。

 

 

 

「ゴァァッ!」

 しかし、ゴア・マガラは音爆弾にはなんの反応も見せずに方向転換してアランを正面に捉えた。

 持ち上がる姿勢。同時に周囲の黒い靄が濃くなって、次の瞬間ゴア・マガラは持ち上げた姿勢を一気に地面に近付ける。

 

 

 刹那、放たれた黒い靄が地面に叩きつけられて辺りに散らばった。

 

 暗くなる視界。ゴア・マガラの影に隠れるアランの身体。

 

 

「アラン!!」

「そのブレスは前回嫌という程見た……っ!」

 私の心配する声が早いか、アランはゴア・マガラの背中を跳び越えながらその背中に銃弾を叩き付ける。

 ブレスの風圧までも利用して跳び上がったアランはゴア・マガラの背後に着地。更にもう一発後脚に銃弾を叩き込んだ。

 

 

「ゴォゥァ?!」

 悲痛の声を上げるゴア・マガラ。アランならこのままゴア・マガラを倒す事だって出来るかもしれない。

 

 

 でも、違うんだ。

 

 それは私が進みたい道じゃない。

 

 

「ムツキ、こやし玉貸して!」

「今度はこやし玉かニャ? えーとえーと、ほいニャ!」

 ポーチを弄って、取り出されたのはこやし玉。

 私はそれを受け取って、振り向いてきたゴア・マガラの頭に叩き付ける。

 

 強烈な匂いのするモンスターのフンを閉じ込めた素材玉が破裂し、その匂いが一瞬で辺りに広がった。

 

 

 こやし玉はその強烈な匂いを利用してモンスターからの拘束から逃れたり、単純に嫌がらせてモンスターを別の場所に移動させるのが目的のアイテム。

 

 その匂いは本当に強力で、ババコンガさんの放屁でジャギィさんが気絶したのを思い出す。

 

 

 もしゴア・マガラが嗅覚によって目標の位置を確認しているのなら、こやし玉の強烈な匂いで感覚を鈍らせる事が出来るかもしれない。

 

 

「ゴァァッ!」

「これもダメか……っ!」

 でも、ゴア・マガラはまたも正確にアランの位置へ前脚を振り回した。

 後ろに跳んでそれを避けたアランが、舌打ちをしながら武器を構え直す。

 

 

 視覚でもなく、聴覚でも嗅覚でもなく。それでもゴア・マガラは目標の位置を確りと定めて攻撃をしてくる。

 

 

「どうして……」

 私が一人で考えられたのは、そこまでだった。

 理解が出来ない目の前のモンスター。その頭部が確りと私に向けられる。

 

 

 まるで、目が合ったような感覚。

 

 

「来るぞミズキ!」

「ぇ? ぁ、うぇぁ?!」

 次の瞬間、ゴア・マガラは翼を羽ばたかせて巨体を持ち上げた。

 低空飛行に移ったその身体が、真っ直ぐ私達へ向かって来る。

 

 

「うわぁ?!」

「あいつ本当に眼がないのかニャ?!」

 私達はその場を急いで飛び退いて、難を逃れた。

 背中を走る風圧が巨体を感じさせる。

 

 

 まさか……空気の微妙な動きで相手の居場所を察知してる訳じゃないよね……?

 

 ただ、それに関しては確かめる術がない。強いて言うなら動かない事だけど、それは難しい。

 

 

 

「ゴォォゥァ……」

 目標を仕留め損ねて、苛立ちからか低い声を上げながら私達へ頭を向けるゴア・マガラ。

 それでもやっぱり、確りと私達に身体を向けるのは変わらない。

 

 ん……でも、何だろう。何かゴア・マガラの身体に異変が起こっている気がする。

 でもそれがなんだかは分からなくて、直ぐにそんな考えは消えてしまった。

 

 

 

「分かり合うって……難しいね」

 こうなって仕舞えば、私も武器を振らないといけないのかもしれない。

 あなたの事を知りたいけれど、あなたは違うもんね。

 

 

「ミズキ、無理だけはするなよ……」

「分かってるよ。でも……戦わないと、分からない事もあるのかも」

 強く、クラブホーンを握る。

 

 

 ねぇ、あなたは何の為に戦ってるの?

 

 

 あなたは、何故戦ってるの?

 

 

 

 私はね、あなたの事が知りたいから。……戦うよ。

 

 

 

「ゴォゥァ……ゴァァッ!!」

 少し高い鳴き声が合図になって、少しの間の休戦が終わる。

 

 ゴア・マガラは姿勢を上げて、ブレスを地面に叩き付けた。広がる黒い靄が辺りの空気をさらに重くする。

 

 

 まるで夜になったかのような未知の樹海。

 辺りを包み込む黒い靄の密度は、気付かない内にかなり濃くなっていた。

 

 

「身体が重い……」

 途端に、そんな事を感じるようになる。

 背中に重い荷物を背負っているような感覚を感じて、膝を着きそうになった。

 

 

「狂竜ウイルスの影響だ。大丈夫か? 来るぞ!」

「これが───っぁ?!」

 アランが危険を察知して叫ぶが早いか、ゴア・マガラは私達に突進を仕掛けて来た。

 それと同時に、一瞬意識が飛びそうなくらい酷い頭痛に襲われる。

 

 

 頭が割れるような、それでいて何かに頭の中を蝕まれるようなそんな痛み。

 

 

「っ?! ミズキ!!」

 そのせいで動きを止めた私を、アランはムツキごと抱き抱えて横に飛んだ。

 視界を覆う黒が、一瞬半分だけ赤く染まった気がする。

 

 

「ミズキ、どうし───その眼……」

 私を押し倒す形で、アランは私の顔を見てから眼を見開いた。

 その眼? 私の眼、どうかしたのかな……?

 

 でも、何だろう。不思議な感覚がする。

 

 

 ……怖くない。

 

 

 

「ニャ、また真っ赤になってるニャ! なんかバチバチしてるしニャ……」

「真っ赤? バチバチ?」

 そうは言われても、私自身はどうなってるか分からないんだよね……。何が起きてるんだろう。

 

 

「ミズキ、何ともないのか……?」

「え、えと……何ともと言われても……?」

「前とは違う……のか? いや、今はゴア・マガラか……立てるな?!」

 先に立ち上がって、手を伸ばしてくれるアランの手を取る。

 何だか身体が軽くなった気がして、簡単に立ち上がる事が出来た。

 

 

「ゴォォゥ…………ゴァァゥ……」

 突進を外して木に頭をぶつけたゴア・マガラは、低い唸り声を上げながらまた私達を捕捉して振り向く。

 そこで、さっき感じた違和感の正体がハッキリと視界に入り込んだ。

 

 

 大きな一対の翼。

 漆黒だったその翼は紫色の光を帯びて、ゴア・マガラの周囲には眼に見える程の黒い靄が渦を巻いている。

 

 

「なんだ……?」

 溜め込むような仕草。姿勢を低くしたゴア・マガラの周りを濃い靄が包み込んだ。

 黒い繭に覆われたゴア・マガラの身体。紫色の光が、次の瞬間暗闇を照らす。

 

 

「ゴォァァァアアアアッ!!!」

 咆哮。それと共に広げられた翼によって、ゴア・マガラを包み込んでいた黒い靄が弾けた。

 より広げられた翼は、まるで五本六本目の脚のように確りと地面を掴む。

 

 

「姿が変わったニャ?!」

 ムツキの言う通り、黒い繭から再び姿を現したゴア・マガラの姿は凶変していた。

 

 地面を捉えた翼。禍々しい紫色の光を放つ体の一部。

 

 

 そして何よりも特徴的な変化は、流線型だった頭部に生えた二本の角。

 凶々しく光る二本の角が私達に向けられる。やはり的確に、正確に。

 

 

「なんだ……これは……」

「これが……あなたの本当の姿、なの?」

 驚くアランの隣で、私は無意識にそんな事を言っていた。

 

 本当の姿……? これが、ゴア・マガラの本当の姿……?

 

 

 違う気がした。でも、理由が分からない。

 

 

 

「ゴゥゥァ……」

 何でだろう。今ならね、あなたの事が分かる気がするんだ。

 

 

「ミズキ……?」

 ふと私の顔を覗くアランが、心配そうな表情をしながら私の名前を呼ぶ。

 

 視界が半分赤くなる。もう半分は、白と黒。

 

 

 いつも、怖い感覚だった。

 何かが怖かったり、辛かったり、憎かったり、悲しかったり。

 

 

 でも、今は違う。

 

 

 私とあなたは───同じ。

 

 

 

「な、絆石が……」

「お守りが光ってるニャ!」

 無意識に握っていた、アランから貰ったお守りが強い光を放ち始めた。

 白と黒と赤だけの世界に光が眩しく差し込む。

 

 

「ゴォァァァアアアアッ!!!」

 声が、聞こえた。

 

 迫り来る巨体が、視界を遮る。

 

 

「「……ミズキぃ!!」」

「ゴア・マガラさん……あなたの声を聞かせて」

 次の瞬間、視界は真っ白になった。

 

 

   □ □ □

 

 ここは……何処だろう。

 

 

 辺り一面を覆うのは黒い靄では無く、ただ黒いだけの空間。

 真っ暗な世界。それなのに、何故か自分の身体だけはハッキリと眼に見えた。

 

 

「ここは……」

 何も分からない。浮遊感と、あやふやな五感。

 それでもハッキリとした意識はあって、これが夢じゃない事だけは分かった。

 

 

 なら、私は何処にいるんだろう。

 

 

 

 確か……私はゴア・マガラと戦っていた。

 

 そんな中で、突然ゴア・マガラに異変が起きたんだっけ。

 ツノが生えて、広げられた翼が大地を蹴っていた。

 

 

 そんなゴア・マガラが私達に向かって来て、お守りが光ったと思ったらここに居た。

 

 

 

 ここは……何処だろう。

 

 

 

「アレは……」

 何もない暗い空間に、突如明るく光った何かが現れる。

 

 それはただの光じゃなくて、意思がある物だと直感的に思った。

 それが何故だかも分からないけれど、明確な……意識みたいな物を感じたから。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 これは、夢じゃない。

 

 でも、現実じゃないんだと思う。

 

 

 なら、私は何処にいるのか。

 

 

 

 ここは、何処なのか。

 

 

 

 私の中にある場所なのか。外にある場所なのか。

 

 ───その、狭間にある場所なのか。

 

 

 

 ここは、そんな曖昧な場所。

 

 

 

「……あなたが、ゴア・マガラさんなの?」

 そんな場所で、私はその光に話し掛ける。

 

 返事はない。ただ、その光は一瞬だけ輝きを増した。

 きっとこの光は、ゴア・マガラさんなんだと思う。

 

 

 不思議と、そんな確信を持てるのは何故だろう。

 

 

 次の瞬間、ただ黒かった空間に光が入る。

 

 

 

 荒れ狂う海。その海を航海する一隻の船。

 その甲板には見覚えのある人物が立っていて、真っ直ぐとこっちを見ていた。

 

 ただ、その光景は不鮮明。

 色はなくて、ボヤッと線だけが映っている。

 

「あれは……団長さん?」

 それでも、シルエットで彼が我らの団の団長さんなんだって気が付く事が出来た。

 なんで、ここに団長さんが……?

 

 

 いや、違う。これは……景色だ。

 ゴア・マガラさんが見ていた……景色。

 

 

「これは……あなたが見ていた物なの?」

 視覚でも、嗅覚でも聴覚でもない。

 

 

 これは……狂竜ウイルス?

 

 それを……感じている。

 

 

 

「あなたは……我らの団のハンターさんと戦ってたんだ」

 慌しい乗組員を掻き分けて現れた、あのハンターさんとゴア・マガラさんが戦いを始める。

 ハンターさんは強かった。でも、ゴア・マガラさんも強くて戦いは長引く。

 

 その景色は、もう一隻の船が近づいて来た所で一旦消えた。

 

 

 また暗くなった世界。でもその次の瞬間には、また新しい景色が辺りを包み込む。

 

 

 

「今度は……未知の樹海? でも……私達がさっきまで居た場所とは違う……。あの人は……筆頭ルーキーさんと、ランサーさん……それに我らの団のハンターさん?」

 これは、今さっきあなたが見て来た光景なの?

 

 ゴア・マガラと我らの団のハンターさんの戦いは、船の上での物よりも激しい物だった。

 荒々しい息遣いが直接頭の中に入って来る。明確な闘志。確かな気迫。

 

 アランも凄いけど……このハンターさんも凄い。

 

 

「……あなたは、あのハンターさんと戦いたいの?」

 ただ、そんな質問に返事はなくて。不明瞭な景色はまたゆっくりと薄くなった。

 

 

 それでも、光は一瞬だけ輝きを増して頷いてくれる。

 

 

 なんで、戦いたいの?

 そんな言葉を私が発する前に、またこの空間に景色が映し出された。

 

 

 

 でも、今度は線だけの不鮮明な景色じゃない。

 

 色の付いた、ハッキリとした景色だ。

 

 

 そこは、まるで星に手が届きそうな高い場所。

 

 

 

 他の生き物は居なくて、一匹の龍だけが鎮座する神秘的な場所。

 

 

 

「アレは……あなたなの?」

 その場所の真ん中で、黒色の龍がゆっくりと腰を下ろしていた。

 天へと向けられる流線型の頭部には眼球がない。

 

 その龍は───ゴア・マガラ。

 

 

 

 でも、光はさっきまでと違ってなんの反応も示さない。違うって事なのかな?

 

 

 このゴア・マガラは……あなたじゃないの?

 

 

 

 

「……あれ?」

 天を見上げるゴア・マガラの身体が突然止まる。

 まるで時間が止まったかのようにピクリとも動かなくなったゴア・マガラ。

 

 その身体は、次の瞬間背中から縦に亀裂を走られた。

 中から覗く綺麗な金色の光。その光を放つ一対の翼と四脚。

 

 

 

 甲高い咆哮と共に、ゴア・マガラの中から現れたその龍が上空へと舞い上がる。

 

 

 

 二本の角。広げられた翼はまるで星のように輝いていた。

 あの時変貌したゴア・マガラに姿がそっくりで、強いて違う所を言うなら体色と───眼がある事だろうか。

 

 

 

「もしかして……これが…………これがあなたの本当の姿なの?」

 光は、より一層輝きを増す。

 

 

 

 そこから先は、まるで頭の中に直接語りかけられているかのような。そんな感覚だった。

 

 

 

「この龍の子供達は……皆この場所を目指すんだ。強くなって、本当の姿になる為に」

 それが……あなた達という存在。

 

 

 天を廻りて戻り来よ。

 

 

 強くなって、この場所に辿り着いたゴア・マガラだけが本当の姿になる事が出来る。

 

 

 

 

 それが、あなたが戦う理由。

 

 

 こんな簡単な事だったんだ。

 

 こんな単純な事だったんだ。

 

 

 

 

 

 

「…………あなたは、いきたかったんだね」

 生きて、あの場所に行きたかった。ただ、それだけ。

 

 

 

 あなたは生きているだけなんだ。

 ただ一生懸命、一つの命として生きているだけなんだ。

 

 

 ただ……生きているだけで、他の生き物を殺してしまうだけなんだ。

 

 

 

「……寂しいね」

 せっかく、あなたの事が分かったのに。

 

 

 私達はあなたと生きる事は出来ない。

 戦うしかない。生物として、お互いが生きる為に。

 

 

「だからあなたは戦うの……? あの人と。あのハンターさんと」

 光は、一瞬だけ強く光ると私から離れて行く。

 

 

 もう……終わりなんだね。

 

 

 

「私……忘れないよ」

 ここはきっと、あなたと私の狭間にある場所。

 

 

 きっと、この気持ちは本物だ。

 

 だから……あなたと私は分かり合えたんだと思う。

 

 

 だから───

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 ───あなたの事を、私は伝えるよ。

 

 

「───ズキ! ミズキ!」

「どうなってるニャぁ?!」

 視界に映る、アランとムツキの姿。

 

 その向こう側には、私達の目の前で静止したゴア・マガラの姿があった。

 

 

 

「ここは……」

 戻って来た……。あの場所から。

 

 

「私……どうしてたの?」

「……急にゴア・マガラと一緒に倒れたんだ。絆石が光ったと同時にな」

 絆石……? お守りの事かな?

 

 

「ゴア・マガラさん……?」

 アランに言われて見てみると、私達の目の前でゴア・マガラさんは倒れ込んでいたの。

 

 でも、私が立ち上がると同時にその巨体も脚を上げる。

 姿はそのまま。あの角が生えた龍のような姿。

 

 

「ニャぁぁ?! 死んだんじゃなかったのかニャ?!」

「ムツキ、ミズキを連れて離れ───」

「大丈夫だよ」

 アランの言葉を遮って、私はゴア・マガラさんの正面に立つ。

 

 

「……ミズキ?」

「あわわわわわ、危ないニャぁ!!」

 大丈夫。

 

 

 きっと、大丈夫。

 

 

 

「あれは……あなただったんだよね?」

「ゴァゥ……」

 確りと、眼が合った気がする。

 

 

「お前、ゴア・マガラと……」

「ど、どうなってるニャ……」

 驚く二人を尻目に、私はゴア・マガラに手を伸ばした。

 

 

 

 何でかは分からない。

 

 

 私とあなたがなぜあの場所で出会えたのか、あの場所が本当はどういう場所なのか。難しい事は分からない。

 

 でも、あの光はあなただった筈。

 確りとしたあなたの意識を感じたの。

 

 

 あなたが何の為に戦っていたのか、分かったの。

 

 

 

「確かに、あなたは私達の敵……。人にもモンスターにも危害を与える…………狩らないといけないモンスター」

 あなたを野放しにする事は出来ない。あなたが生きている事で、誰かが不幸になってしまうから。

 

 

「でもね、私はあなたの敵じゃないよ。私はあなたに危害を加えない。……信じなくても良い、ただ───」

 でも、あなたを倒すのは私達じゃない。

 

 

「───私はあなたの心をちゃんと知ったよ」

 伸ばした手を、ゆっくりとゴア・マガラに近付ける。

 

 ゴア・マガラさんの頭に私の手が触れる。

 すると少しずつ辺りの黒い靄が減って行き、ゴア・マガラさんの姿も少しずつ元に戻っていった。

 

 

 角が消えた流線型の頭部を、私はゆっくりと撫でる。

 

 

「……ちょっと、ザラザラしてるね」

「……グォァゥ」

 小さな鳴き声が、目の前から聞こえる。

 

 

「これは何の夢かニャ……」

「ゴア・マガラと分かり合った……のか?」

「分かり合って……は、ないかな。だって、私は一方的にゴア・マガラさんの事を知っただけで……私の事をゴア・マガラさんに知って貰う事は出来なかったから」

 もっと私が確りしていれば、私の事も伝えられたのかもしれない。

 

 

「いや、きっと……お前の言葉は届いてるさ」

「……アラン?」

 一番驚いていたアランだけど、私とゴア・マガラを見比べてからそんな言葉を落とす。

 呆れたような、やれやれとでも言うような、そん表情で。

 

 

「ゴァァゥ」

 そのすぐ後に鳴き声を上げると、ゴア・マガラは後ずさるように私から離れた。

 伸ばしていた手は、もう届かない。

 

 

「に、逃げるなら今ニャ?」

「うん……。逃がしてくれるみたい」

「分かるのか……? だが、筆頭ハンター二人は……」

「二人は大丈夫。我らの団のハンターさんが助けたのを……ゴア・マガラさんが教えてくれた」

 ゴア・マガラさんからしてみれば、逃がしてしまった……だけどね。

 

 

「お前は……何を見たんだ?」

「……えとぉ…………分からないかな」

 そんな私の答えに、アランは訝しげな表情で私を見た。

 それでも、どこか納得したような顔をしてから私とゴア・マガラをもう一度見比べる。

 

 

「ゴア・マガラは狩らなきゃいけないモンスター。……それが、お前の答えか? なのに、なんであいつは俺達を見逃すんだ?」

「……分からないんだ」

 結局。私は分からなかった。

 

 

 

 ゴア・マガラさんは、生きているだけで辺りのモンスターを殺してしまうかもしれない危険なモンスター。

 

 狩らなきゃいけないモンスターだ。

 

 

 でも、ゴア・マガラさんはあの場所に行きたいだけなんだ。必死に生きているだけなんだ。

 そんなモンスターを……私はどうしたら良いか分からない。

 

 

 今の私には……分からない。

 

 

「……だから、アラン。これから教えて欲しいの」

 彼の目を真っ直ぐ見て、私は手に入れた答えを言葉にする。

 

 

 

「分かり合えても……手を取り合う事が出来ないから。その方法が分からないから…………もっと、もっと色んな事を教えて欲しい」

 そんな物はないのかもしれない。

 

 

 私達───人が生きて行く上で、絶対に共存出来ないモンスターはやっぱり居るのかもしれない。

 

 

 それでも。

 

 それでも、ほんの少しでも多く…………手を取り合う事が出来るなら。

 

 

 

 それは、とても素敵な事なんじゃないかって思うんだ。

 

 

「……それが、お前が今見付け出した答えか」

 答え……なのかな?

 

 いや、多分これは───

 

 

「───答えを見付ける為の、道を見付けたんだと思う」

「ニャ、ゴア・マガラが飛んでくニャ!」

 私とアランが話している横で、ゴア・マガラは翼を羽ばたかせて飛び上がる。

 

 黒い身体が私達の頭上を覆って、羽ばたく翼が生み出す風が空気を舞い上がらせた。

 

 

 

「……お前は、あいつの中を見たのか?」

「……うーん、よく分からない。でもね、一つだけ分かったよ」

「一つだけ、ニャ?」

 うん、一つだけ。

 

 

 

「あなたは……あの人と戦いたいんだよね」

 ゴア・マガラさんを真っ直ぐ見上げながら、私は一つだけ分かった事だけを口にする。

 

 

「ゴァァゥ……」

 私達を見下ろすゴア・マガラは、短くそう鳴いてからまた大きく翼を羽ばたかせた。

 周りの空気が舞い上がる。残っていた僅かな黒い靄も完全に消える程に強く羽ばたいたゴア・マガラは、次の一瞬で私達の視界から消えてしまった。

 

 

 

 

「ありがとう……。……さようなら」

 

 これは狩り人と龍の物語。

 

 

 

 

 

 

 遺跡平原に現れたゴア・マガラの討伐を、我らの団のハンターさんが成功したのはこの直ぐ後の話だった。




ちょっとズルいかもしれない、そんな曖昧な締め方。
個人的にはこういう不思議空間とか好きなんです。ガン○ムみたいな()
賛否あるかもですね(´・ω・`)


これでゴア・マガラと彼女達の物語は終了です。だけど、龍と彼女達を巻き込む物語はもう少しだけ……続きます。

本当はもっとゴア・マガラ戦を鮮明に書きたかったんですけどね……。うーん、技量が足りません。狂竜化してから戦闘してないのは残念な気もしますが……難しいですね。


さらになんと!ファンアートを頂きましたので紹介させて頂きますよ!

はい、バン!


【挿絵表示】


なんとあのモンハン商人の日常の作者様から頂きましたミズキちゃん!
一章のイビルジョー戦ラストのシーンのアレですね。丁度良くこのお話でもなっているミズキの片目が赤くなっているシーン。

色の塗り方が素敵(´,,・ω・,,`)幼さを残すこの感じがもうたまらなく可愛いです(親バカ)
ファンアート、ありがとうございました!とても嬉しいです!!


さてさて二章も大詰めです。もう少しだけお付き合い下さい(`・ω・´)

またお会いしたいです。ではでは。
感想評価をお待ちしているのですよl壁lω・)

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