モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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愉快な商人と暗闇の光

 久し振りに、素敵な夢を見た気がする。

 

 

 暗い空間。何も無い場所。そんな中でポツンと光る一つの命(・・・・)は、寂しい光景なのに何故か暖かい。

 

 

「あなたは───」

 きっとその光はあなた(・・・)だった。

 

 不確かな、不確実な、不明瞭な、そんな存在だったけれども。

 その不思議な空間に。私とあなたの狭間に、あなたは確かに居たんだと思う。

 

 

 そんな不思議な体験をまた経験したくて、竜とこころを通わせる───そんな素敵な場所にまた行きたくて。

 

 私は自分の進んだ道を歩いてる。

 

 

 その先にある答えが何かは分からない。

 

 進むべき道すら、私一人じゃ見付けられない。

 

 

 でもきっと、彼が導いてくれるから。

 

 

 私は彼に着いて行く。

 

 また、あの光に逢えますように。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「───きろ。起きろミズキ、交代の時間だ。……おい」

「うぎゅぅ、抓らないでよぉ……」

 頬を抓られる感覚に、私は素敵な夢から目を覚ました。

 

 

 どんな夢を見ていたかは忘れてしまったけど、とっても素敵な夢を見ていた事だけは覚えている。

 なんだか目覚めがいいです。抓られて起きなければ尚も良かったんだけど。

 

 

「……まだ夜じゃん」

 眼をこすりながら周りを見渡すと、まず焚き火が見えてその次に真っ暗な空に輝く星達が見えた。

 その中で一段と光を放つ大きな星。丸くなくて、半円でもない形をしている不思議な星。

 

三日月が夜空を照らし、真っ暗なのに明るい。周りを囲む木々がその光を反射して、風が木々とそれに反射する光を度々動かす。

 

 そんな不思議な景色が広がる場所。

 

 

 えーと、私はなんでこんな素敵な場所で寝てたんだっけ?

 

 

「寝惚けてるな……。商人の護衛クエストで野営を張って、交代で見張りをしてる最中だぞ」

 もう一度頬を抓ってグリグリしながらそう言うアラン。

 あ、そうだったね。ぐっすり寝ていたから完全に忘れていた。

 

 

「ね、寝ぼけてないよぉ?」

 立ち上がって、視線を逸らしながらそう言う。

 

 ここは村や町じゃない。木々が鬱蒼と並び、それ以外に私達を囲む物が無い外の世界だ。

 

「狩場なんだから身を引きしめろ。今お前の手に握られてるのは俺達だけの命じゃない」

 狩場。それはなにも、ハンターがモンスターを狩る場所という意味ではなくて。

 生き物が生きる為に、命を奪う。そんな場所。その意味にハンター(人間)モンスター(他の生き物)も隔てはない。

 

 

「んニャ……もう朝かニャ」

 隣で私に背を預けて寝ていたムツキは、私が立ち上がった拍子に横に倒れてしまったらしい。ごめんね、起こしちゃったね。

 

「ムツキは寝てて良いよ」

「ならお言葉に甘───スゥ……」

 ふふ、おやすみなさい。

 

 

「大丈夫か? 日が昇るか、危険なモンスターが出てきたら起こせ。小型モンスターだけなら任せるからな」

 私がいた所に座りながら、アランは武器を置いてそう言葉を落とす。

 

 今日はとある商人さんの護衛クエストで、タンジアからユクモ村までを護衛中だ。

 

 

 夜は視界が悪くて、突然モンスターに襲われても反応出来ない可能性がある。

 

 だから、こうやって野営を張って夜を過ごすのが一般的なやり方。勿論場合によっては移動しないといけないけどね。

 見張りを交代制にして、私は始めに寝ていたんだけど。どうやら旅路で疲れていたのかぐっすり眠ってしまったみたいだ。

 

 ……反省。

 

 

「任せて。おやすみ、アラン」

「あぁ」

 小さく頷いて、座ったまま目を閉じるアラン。

 その格好は直ぐにでも立ち上がれる姿勢を取っていて、寝ているのに覇気を感じるっていうか。

 

 なんだか、格好良い。

 

 

「さて、私も頑張るぞ!」

 眠気覚ましの元気ドリンコを飲んでから、ガッツポーズを取って気合を入れる。

 そうして位置に着こうと武器を手に取ったその時、ふと視界に男の人が映った。

 

 

「次は嬢ちゃんが見張りか。若いのに偉いもんだ」

 毛先の尖った茶髪を後ろに流した、二十代半ばの男性が声を掛けてくる。

 焚き火を背に顔を私に向けた彼は、湯気の立つ鉄のコップを一つ掲げながら「飲むか?」と続けた。

 

「じ、ジルソンさん?! 寝なくて大丈夫なんですか? 見張りなら私達護衛のハンターの仕事ですよ!」

「別に俺は見張ってるつもりはねーよ。ただ、星を見ながらこうやって誰かと話したいだけだ」

 そう言ってコップを渡してくれるのは、今回の護衛対象である商人───ジルソン・ディリアンさん。

 

 

 彼ともう一人。竜車の中で寝てる、黒髪で私より歳下の女の子が居るんだけど。

 今回の護衛対象である商人さん一行はその二人だ。二人とも歳が離れてるけど、兄妹って感じでもないし私とアランみたいな関係なのかな?

 

 

「ハンターってのは色々経験してるからな、そんな話のどこかには金になる話が潜んでる。それを引き出す場を無駄にするのなんざ、商人の風上にも置けねぇよ」

「ふふ、欲深いですね。でも私、そんなにいろんな体験はしてないですよ。駆け出しハンターですから」

 本当はもうハンターになって五年だけど、そんな事を言ったらバカにされそうで嘘を付いてしまう。

 そんな罪悪感を飲み込むように、私は頂いたコップに口を付けた。暖かいスープが寝起きで乾いた喉を潤して、冷えた身体を温めてくれる。

 

 

「美味しい……」

「なんたって俺が調合したスペシャルスープだからな。少量のにが虫とトウガラシを入れて、体温の上昇効果もある」

 そう言うジルソンさんは、同じ物だろうスープを一気飲み。

 息を吐く彼は、コップを持ったまま私の反応を見たいのか顔を覗き込んできた。

 

「げぇ……にが虫」

 対する私の反応は、こう。

 にが虫には少し前にお世話になったけど……やっぱり苦手。

 

「ぷっはっはっ、そんな反応しないでくれよ。入れてるって言っても本当に少しだ。それこそ見た目じゃ分からないくらいな」

 コップを掲げて、水滴を垂らすジルソンさんは「その代わりホットドリンクとしては使い物にならないくらい効果時間が短い」と付け足す。

 なら良いかな? 身体が中から温まる、なんだか心地良い感覚に私はホッと吐息を吐いた。冷えた夜の風景に白い息が昇っていく。

 

 

「美味しいですね。やっぱり、商品として売ってるんですか?」

「言ったろ、ホットドリンクとしては欠陥品だって。こんなもんハンターに売ったらクレームで大赤字だ。つーか、大赤字だった」

 売ったんだ……。

 

 

 それから暫く、静かな空気と風景に包まれて。私達は無言で過ごした。

 

 少し気不味かったけど、なんだか不思議と心地が良い。スープのおかげかな?

 

 

「商人さんは旅をしてるんですか?」

 そんな沈黙を破ったのは私。不思議と話し掛けたくなるのは、彼が待っていてくれたからだと思う。

 

 きっと彼は商人のお仕事として、儲けの為にお話をしたいんだろうけど。

 私も同じで、誰かの素敵な体験を聞くのが好きだからお話してみたくなる。

 

 

 こうやってお話を引き出すのが、彼は得意なのかもしれない。

 

 

「世界を周りながら、ただただ金を集めてる。特に夢はないし、目標もない。……先の見えない道を、ただひたすらに歩いて答えを探してるんだろうな」

「答えを探してる?」

 私の質問に、彼は星空に視線を向けてから口を開いた。

 

 ゆっくりと、思い出すように。

 

 

「自分の欲しい物は何か。金で買えない何かを、旅をしながら探してる。……世の中金があれば大抵の物は手に入っちまう。そんな世界が嫌で飛び出した道の先は全く見えなくて、ただただ前に進めば、いつか答えが見えるだろうと歩き続けてるんだ」

 言い終わった彼は私に視線を落として「つまり、ただのダメ人間さ」と付け足す。

 

「そんな事ないですよ。素敵な答えが見つかると良いですね」

「そりゃ、嬉しいね。そうだな……見付かると良い」

 そう言った彼はコップに水と何かを入れて、焚き火の台に乗せた。

 

 

「嬢ちゃんは?」

「私は───」

 ふと、そこで自分が何の為にここに居るのか考えてみる。

 

 私が村を出たのは、アランに着いていけば素敵な体験がまた出来ると思ったから。

 でも現実はそんなに甘くなくて、辛い事も悲しい事も嫌になる事も沢山あった。

 

 

 

 それでも、やっぱり私の目的は変わってない。

 

 

 どうしようもない事もあるって、難しい事もあるって、思い通りになる事の方が少ないって、分かったからこそ。

 私は、自分が決めた道を突き進みたい。選んだ道を後悔したくない。その先にある答えを知りたい。

 

 だから、ハンターをやるんだ。

 

 

「───私は、モンスターの事を知りたいんだと思います」

「……知りたい? それなら、ハンターじゃなくて書士隊とかになれば良いんじゃないか?」

 腕を組んでそう答えるジルソンさん。私はそんな彼の目を真っ直ぐ見て、自分の探している───進んでいる道を語る。

 

「私、モンスターと分かり合いたいんです。狩る者と狩られる者って関係だけじゃなくて、お互いの事を分かり合って共存する。きっと一緒に暮らす事は出来ないけれど、譲り合う事も出来ないけれど、もし少しでも寄り添う事が出来るなら───彼等とこころを通わせる事が出来たなら。それは、とっても素敵な事なんじゃないかって……そう思うんです」

 少し長く喋ってから、私は残っていたスープを飲み干した。身体の芯から温まるスープが喉を潤してくれる。

 

 

「その歳にしては、しっかりした答えを持ってるじゃねーか。モンスターと分かり合うハンターねぇ……良いじゃねーか。それも立派な答えだ。若いのに凄いな、まだ十代も半ばだろ?」

「私十七歳デスケド」

「え、マジ?」

 酷い。

 

 

 その後少し談笑していると、なにやら竜車の中から物音がして。少ししてから一人の少女が降りてきた。

 

 全体的には短いけど、前髪だけ長くて目元が少し隠れる黒い髪。薄着にショートパンツ。

 フード付きの上着を羽織った少女は、焚き火を大袈裟に避けながら私達の所に向かって来る。

 

 

「お、起こしちゃったかな……? ごめんね?」

「気にすんな。普段昼間から寝てる奴が起きたって事は、そういう事だ。……なんか来たのか? シオ」

 シオと呼ばれた少女は無言で頷くと、焚き火を指差してジルソンさんを見下ろした。

 彼は何も言わずに、グローブを付けてから焚き火で温めていたコップを手に取る。

 

 

「……一匹感じる。小さいけど」

 少女はそう言うと、ジルソンさんが水に漬けて冷やしたコップをゆっくり両手で手に取った。

 移動中ずっと竜車に居てあまりお話出来なかったけど、そんな仕草が可愛い。

 

 歳下の女の子って初めて会うから、なんだか愛らしく感じてしまう。

 シオちゃんって呼ぼう。そうしよう。

 

 

「小さいの……ジャギィか? ん、一匹だ?」

「……ボクが感じるのは一匹。群れの中に紛れてるだけ」

 シオちゃんはそう言うと、両手で持ったコップをゆっくりと口に運んだ。白い吐息が空に昇っていく。

 

「ジャギィの群れか。ドスジャギィが居たら面倒だな……どうする、嬢ちゃん?」

「ま、待ってください。……何かが近くに居るって分かるんですか?」

 あまりに普通に会話をしていたから気が付かなかったけど、シオちゃんはこの暗闇の中でモンスターが近付いてきてるって分かったのかな?

 音も聞こえないし、そんなに匂いも感じない。五年もハンターをしてる私だってなんの気配も感じないのに。

 

 

「あー、こいつな。多少モンスターの気配が感じられるんだよ。眼が見えない代わりにな」

 眼が見えない……?

 

 そう言われて思い出すのは、シオちゃんが焚き火を大袈裟に避けた事やゆっくり両手でコップを受け取っていた事。

 眼が見えないのにある程度動けてるのは凄いって思ったけど、身体に障害がある人は他の部分がそれを補うって聞いた事がある。

 

 きっと彼女は、眼が見えない代わりに私より耳や鼻が良いのかな? なんて、そんな事を思った。

 

 

「シオちゃん、数は分かる?」

「……シオちゃん」

「あ、ごめん。勝手に呼んじゃって」

「……ううん、良い。数は分からない。ただ、感染してる」

 感染してる? 何に? その質問を口にする前に、シオちゃんは光のない瞳を動かして私達の背後を指差した。

 

「……ジルから五メートルの茂み」

 え、そんな正確な位置まで?!

 

 

「クォゥッ」

 その後直ぐに聞こえる鳴き声。暗闇の中で光る眼が、獲物を捉えて真っ直ぐに向けられる。

 狙いは竜車を引くアプトノスだろうか? この距離まで近付けば私だって気配は感じる。一、二、三、───六頭。ドスジャギィは居ない。

 

 

「どうする嬢ちゃん───いや、ハンターさんよ」

「私が牽制します。ある程度痛い目に合わせて追い払いますね」

 立ち上がって身構えるジルソンさんの前に立って、クラブホーンを構えながら口を開く。

 

 数は六。でも、不思議と不安はない。

 それはきっと、ジャギィというモンスターは私が一番分かってあげられるモンスターだから───だと思う。だと良いな。

 

 

「殺さないのか?」

「ジャギィさ───ジャギィは仲間同士の結束が固いから、仲間を殺すと報復にボスを呼ばれる可能性があるんです。ドスジャギィを呼ばれたら、ここを移動するしかなくなりますし───」

「それに、無益な殺生はしたくないってか?」

 私の言葉を遮るジルソンさん。その表情は柔らかくて、まるで何かを楽しむようなそんな表情だ。

 

「そ、そんな事はないですよ! 依頼主さんの命が掛かってるのに、私の我を通すなんてこと考えてなんか……」

「そりゃ、俺も最善を尽くして貰わなきゃ困るさ。でもな、それが嬢ちゃんの───ハンターさんの考える最善策ってなら何も文句を言う気はねーよ」

 奥に隠れているジャギィか、またはその奥の何かか。どこか遠くを見てそう言うと、ジルソンさんはシオちゃんを引き寄せながら竜車に向かう。

 

 

「その道の先を俺にも見せてくれ。その素敵な体験って奴が、俺の資産にもなるからな!」

「……がめつい奴」

「黙ってろ」

 ふふ、二人は仲が良いんだね。

 

 

 うん。二人を守らなきゃ。

 二人だけじゃない。今は寝てるアランやムツキも、私は守ってみせる。

 

 

 

「グォゥッ!」

 数瞬の沈黙の後、はじめに動き出したのはジャギィ達だった。その内の一匹が姿を現わす。

 薄紫が混ざったオレンジ色の体色を持つ小型の鳥竜種。扇型の耳が特徴的で、小さくて一匹なら一般の人でも脅威にはなりにくい。

 

 でもこれは囮だ。私が飛び込めば、二方向から挟むように隠れたジャギィが襲ってくる。

 

 

「ごめんね、あなた達にあげるご飯は無いよ」

 人と竜は相容れない。

 

 私達にとってこの子達は今、襲ってくる外敵でしかなくて。

 この子達にとって私達は今、腹を満たす為の獲物でしかなかった。

 

 

 今の私達に共存関係は望めない。

 

 ただ、この世界の理のままに。私達は敵同士。

 

 

 私達は相容れない。

 

 

 

「グォゥッ、グォゥッ!」

 痺れを切らしたのか、飛び出して来たジャギィさんが鳴き声を上げて地面を蹴る。

 飛び掛かり攻撃。私は盾を前に出して攻撃を受け止め、盾に爪を弾かれたジャギィを剣で振り払った。

 

 クラブホーンの剣は角竜の角で出来ていて先端以外は切れ味のない打撲武器のような物。

 それをジャギィの腹に打ち付けると、その身体は血を流さずにひっくり返る。

 

 

 痛い目にはあってもらうけど、出来るだけ傷付けないようにするね。

 

 

 

 思い出すのは二年前。私が傷付けてしまったジャギィの事だ。

 モンスターは傷が治るのが早いけど、治らない傷だってある。その傷で命を落としてしまう事だってある。

 

 

 全てのモンスターを助けたいなんて、甘い考えだ。

 

 でも、殺さなくて良いモンスターまで私は殺したくない。

 それが私の、今の答えだから。

 

 

「クォゥッ!」

「グォゥッ!」

 私が攻撃して隙が出来た瞬間を狙っていたのか、ジャギィ達が四匹まとめて飛び出してきた。

 まだ一匹隠れてるけど、今は四匹をどうするかが先決。一番早い一匹のジャギィに焦点を合わせて、集中する。

 

 

「クォゥッ!」

「そこだ……っ!!」

 その一匹が地面を蹴って、跳び上がった瞬間。私は右足を踏み込んで剣を横に傾けた。

 

 ジャギィの爪が眼前で光り、月の光を反射する。

 鋭い爪が私を引き裂くまで数瞬。その爪を盾で受け流しながら、私は踏み込んだ右足を軸に身体を回転させた。

 

 

 剣先に確かな感触が伝わる。左足を踏み込んで回転斬りの勢いを止めると同時に、視界に飛び散った鮮血が地面に線を描いた。

 地面を転がったジャギィ達が一斉に起き上がる。五匹が同時に私を睨み付けて、牙と爪と敵意を剥き出していた。

 

 

 それで良い。

 

 

 

「今、私はあなた達の敵。私がどう思ってても、あなた達がそう思ってる限りは───私はあなた達の敵」

 生きる為には、食べないといけない。

 

 その標的になった時点で、分かり合うのは難しい。

 でも、だから、私はあなた達を殺したくないな。

 

 

「これ以上戦ったら……死んじゃうよ」

 少し嫌だけど、彼等を睨み付ける。本当は仲良くしたいけど、今の私達はあなた達にとって餌でしかないもんね。

 また違った時に逢えたなら、お友達になれたかもしれない。その時は、素敵な体験が出来ると嬉しいな。

 

 

 だから、今回は引いてください。

 

 私はあなた達より強いから。それは今、見せ付けた筈。

 

 

 

「クックルルルゥ……クォゥッ! クォゥッ!」

 一匹のジャギィが大きく鳴き声を上げる。

 

「クォゥッ!」

「グォゥッ! グォゥッ!」

 それを合図にするかのように、他のジャギィ達も鳴き声を上げた。喋ってるのかな?

 

 

 逃げてくれると良いけど。

 でも、油断はしない。あと一匹隠れてるみたいだし。

 

 

「ウォゥッ!」

 そして、一匹の鳴き声を皮切りに他の四匹が一斉に茂みの中に向かって逃げていった。良かった、逃げてくれて。

 そう思いながらも、残った一匹から目を離さない。罠かもしれないっていう理由もあるんだけど、不思議とそうは思わなかった。

 

 

「バイバイ、小さなハンターさん」

 きっと私の気持ちは伝わってない。けれど、もし伝わってたら嬉しいなと思って。

 私はアランに貰ったお守りを握り締めて、ジャギィさんに向かってそう口を開く。

 

 目が合った気がした。そんな訳ないけど。

 

 

 鳴き声を上げ、最後に残ったジャギィさんも私に背を向けて茂みに向かう。

 

 

 

 一件落着。そう思った次の瞬間。

 

 

 

「グォゥッ!!」

「ウォァゥッ?! ゥァ、ウァゥッ!!」

 茂みから飛び出してきた一匹のジャギィが、私から逃げていくジャギィに襲い掛かった。

 なんで? どうして? 頭の中が混乱する。一番分かってあげられるモンスターだと思いながら、そのジャギィの意図が分からない。

 

 

「グァォゥッ!」

「グォァァ……ッ」

 血走って、まるで焦点の合っていない瞳が光った。

 

 ひっくり返し、腹を見せる仲間に牙を立て爪を突き刺すジャギィ。

 その身体からは黒い靄を漏らして、遂にジャギィは仲間の首を搔き切る。

 

 

 この感覚。

 

 

 この感じ。

 

 

 

 ──ただ、感染してる──

 

 

 

 いつか、どこかで、あなたと逢った。

 

 

 あなたと分かり合えたと思う。

 

 

 あなたの事を知れたと思う。

 

 

 

「───狂竜ウイルス……?」

 ゴア・マガラさん。近くに居るの……ッ?!

 

 

 

「グォゥ…………く、クックルルル……」

 焦点の合っていない瞳が私に向けられる。

 

 いや、きっとあの眼は何も見ていない。

 今殺した仲間の事も、大きな餌のアプトノスも、外敵である私の事も。

 

 

 

 狂竜ウイルス。

 二年前、ゴア・マガラというモンスターが世界中にばら撒いたウイルス。

 文字通り竜を狂わせて、死に至らしめる。感染したモンスターを助ける方法は───無い。

 

 

 あの時のゴア・マガラさんは、我らの団のハンターさんが討伐したけれど。

 世界中に広がった狂竜ウイルスは、まだこの世界からは消えていなかった。

 

 

 

「狂竜ウイルスに感染したモンスターはほっとけば死ぬ。嬢ちゃん、あんたの手を煩わせる事はねーよ」

 後ろから声を掛けてくれるジルソンさん。彼は狂竜ウイルスの事を知ってるのかな?

 そういえば、シオちゃんもウイルスの事を知ってる口ぶりだった気がする。

 

 

「でも、放っておいたらウイルスが感染しちゃうんです……」

「殺すのか?」

 答えを言う前に、私は走った。逃げられたくなかったし、これ以上苦しんでほしくなかった。

 

「……っぁ!」

「グェァ───」

 動きの鈍いジャギィに剣を突き刺す。首を貫かれたその子は簡単に糸切れて、地面に横たわった。

 

 

「……はぁ」

 殺さなきゃいけないモンスターは居る。

 分かってるけど、やっぱり辛いかな。

 

 

「……ごめんなさい、殺したのは私達じゃないけどドスジャギィはそんなの知らないだろうから。……野営を片付けて移動しましょう」

 仲間の死は、嗅覚の良いジャギィ達の事だから直ぐに分かると思う。

 

 この場所に止まっても良い事はない。直ぐに移動しないと、ドスジャギィが来てしまうかもしれない。

 それに、狂竜ウイルスに感染した子が居たって事は───

 

 

「ま、しょうがねーよ。でも、お前の答えはしっかりと見させて貰ったぜ」

「ジルソンさん……」

 今の私の答えは、これが限界。

 

 

 でも、真っ直ぐに突き進むって決めたんだ。

 

 

「……ジル、とっとと片付けて」

「お前も手伝えよ!!」

「あ、わ、私も手伝います!!」

 その先にある答えを見つけるために。

 

 

「んニャ……騒がしいニャ」

「ミズキ、急いで支度を済ませるぞ」

 いつの間にか起きていたアランも片付けを手伝ってくれる。う、あんまり寝れなかったよね……。

 

 

「ご、ごめんねアラン……。私……」

「いや、お前は完璧だった。良くジャギィを退けたな」

 そうかもしれないけど……。

 

「狩場では思いも寄らない事も多い。……これは、覚えておいて損はない」

 そう言いながらアランは私の頭を撫でてくれる。そうしてから木々の奥の方に目を向けて、彼はこう言葉を落とした。

 

 

「面倒な奴が居るかもな……」

 そうかもしれないね……。

 

 

 

「……ジル、大きいのが居る」

「ったく、厄介なこった。出発する! 夜道の護衛頼むぜ!」

 動き出す竜車。鳴き声を上げるアプトノス。

 

 ジャギィ二匹の死体を横切って、私達は夜の森を進み始める。

 ふと横目で見た、私が殺したジャギィの死体には、黒い鱗のような物が刺さっていた気がした。

 

 

 

 

 

「グギャゥォァァァアアアアアゥッ!!!」

 木々を輝かせていた星達は、黒い何かに隠される。

 

 真っ暗になった森に、大きな咆哮が響き渡った。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「実際の所、状況は?」

「考えられる中でも最悪だな」

 ジルソンさんの質問に、周りを警戒しながらアランがそう答える。

 

 

 星の光が小さくなって、手を伸ばした先すら曖昧になる暗い森。

 ゆっくりと進むアプトノスが竜車を引く音だけが聞こえて、静けさが逆に恐怖を駆り立てた。

 

 

 

 狂竜ウイルスに感染したジャギィを討伐してから、直ぐにその場を離れて少しだけ時間が経つ。

 時折聞こえてくるのは、大きな咆哮と木々が薙ぎ倒される音。

 

 大型モンスターが見境なく暴れまわっている。それだけは分かった。

 

 

 

「……見つかった」

「……な、なんニャ? 何事ニャ?!」

 寝ていたムツキを抱き抱えたシオちゃんが、竜車から降りながらそう言葉を落とす。見つかった?

 

「あ、危ないよシオちゃん! 竜車の中に居て!」

 護衛対象が怪我でもしたらハンターのクエストとしては失敗になる。

 それ以上に、私は誰にも傷付いて欲しくない。気になる事を言った気がするけど、今は外に出ないで欲しかった。

 

 

「……もう近くに居る。ジルの荷物と一緒に潰れるのなんてごめんだ」

「いや商品ちゃんと支えてろよ! 割れ物もあるからな?!」

 もう近くに居る? さっきジャギィの事を感じたみたいに、シオちゃんにはモンスターの気配が分かるのだろうか?

 

 

「アラン!」

「確かに近くに居るな……。想定内ではあるが、想定していた中で最悪なモンスターだ」

 駆け寄ってアランに声を掛けると、返ってきたのはそんな返事。

 続いて風を切るような音が聞こえて、木が薙ぎ倒されて目の前に倒れた。小さな悲鳴は───ジャギィの声?

 

 

「おいおいおいおい……よりにもよって、こんな真夜中にアイツかよ!」

「……ジルから二十メートル。しゃがんで」

 視界に映る赤い光。それが、左右に動いては線を描く。

 

 

 風を切る音と木が薙ぎ倒される音。

 数瞬の間その二つの音が繰り返されて、私でも分かる程近付いたその気配(・・)はピタリと動きを止めた。

 

 

 風が木を揺らす音だけが聞こえる。

 

 眼前には赤い光が二つ。

 

 

 

「狂竜化していたジャギィは一匹だけ。もし感染源が群れの親玉(ドスジャギィ)なら、群れ全体が感染していた筈だ」

 だから、この付近に狂竜ウイルスの感染源(狂竜化したモンスター)が居る事は私でも何となく分かっていた。

 

 ドスジャギィだけじゃなくて、そのモンスターから逃げる為にもあの場所を離れたのに。

 鉢合わせてしまったのは運が悪かったのかな? 多分、悪かったんだよね。

 

 

「だから何かが居るとは思ってたが、まさかコイツだったなんてな」

 赤い光の先で、黒い靄が溢れている。

 全身を包み込むように漏れるソレは、そのモンスターを苦しめて蝕んでいた。

 

 

 

「……来る」

「伏せろ!!」

 アランが叫んだ瞬間、動きを止めていたモンスターは赤い残光を描きながら左右に動く。

 刹那、振り抜かれた何かが風を切る。同時に竜車にぶつかる小さな影。

 

 

「俺の商品んん!!」

「なんニャ?! えぇ?! なんニャぁぁ?!」

 竜車にぶつかった小さな影は、ゆっくりと力無く地面に落ちた。

 

 薄紫とオレンジ色の小柄な身体。鳥竜種───

 

「……ジャギィ」

 ───その死体が。

 

 

 

「グギャゥォァァァアアアアアゥッ!!!」

 咆哮を上げ、残光の主が姿を現わす。

 

 眼前に現れてやっと見えたのは、前傾姿勢で太古の竜の骨格を残したまま進化した飛竜の姿だった。

 

 

 

「最悪だな……」

 まるで刃物のような前脚の翼。同じ骨格の轟竜(ティガレックス)とは違った細身の身体。真っ直ぐ伸びる尻尾の毛先は、まるで棘のように跳ね上がっている。

 何よりも特徴的なのは、飛竜なのに身体を体毛に覆われている事だった。硬い甲殻を捨てて、素早い攻撃に特化したような姿をしている。

 

 

 そして、その体毛の色は───黒。

 

 

「グルルォゥァゥゥ……」

 夜の森に紛れ込む黒が、赤い残光を引きながら呻き声のような鳴き声を上げた。

 小刻みにしなる尻尾が風を切って地面を削る。苦しんでいるような、怒っているような。でもきっとその感情は、何にも向けられていない。

 

 

「ナルガクルガ。狂竜化してるな」

 迅竜(じんりゅう)───ナルガクルガ。それが、その竜の名前だった。

 

「苦しんでるんだよね……。きっと」

「……そうだな」

 

 

 

 いつか、あなたと逢った事がある。

 

 あなたが望んだ事じゃないかもしれないけれど、その力は他の生き物を殺してしまう。

 

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 

 

 殺さなきゃいけないモンスターも居る。それが苦しんでるモンスターを助ける事にもなるって、教えてくれたのはあなた(・・・)だった。

 

 

 

 

「私は……あなた(・・・)を助けるよ」

 それが───私が選んだ先の答えだから。

 

 

 

 一匹の()の咆哮が森に響き渡った。




次回に続きます。

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