モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
原始的な骨格構造を残したまま進化したそのモンスターは、前傾姿勢の前脚に刃のような翼をもった飛竜だ。
細身の全身は外殻を持たずに黒い毛に覆われていて、迅竜の名に恥じない俊敏な動きを可能にしている。
月の光も隠れた暗闇の森の中、その竜の赤黒い瞳だけが光った。
無機質な光はまるであの
光に反射する黒い靄は、ナルガクルガの全身を蝕んでいく。
何を見るでもなく左右に揺れる赤い光。その先には何が映っているのか。
きっと───何も映ってはいない。
「グギャゥォァッ!」
短く咆哮を上げたかと思えば、暗闇を二本の赤い閃光が走った。
一瞬で視界から消えたその光を追って、視線を右に左に。だけど赤い光は見つからない。
「どこ?!」
「……竜車の後ろ、屈んで」
シオちゃんはそう言いながらジルソンさんを蹴り飛ばして、私を後ろから屈ませてくれる。
刹那、頭上を何かが振り抜き竜車の後部を抉り取った。
「なぁ、普通蹴り飛ばす?! 普通蹴り飛ばさないよ?!」
「……もたもたしてるジルが悪い」
「いやもう少しマシな助───」
「二人とも竜車を離れた所に運んでくれ。俺とミズキが相手をする。ムツキはシビレ罠を用意しろ!」
ジルソンさんの言葉を遮ってアランが声を上げる。
「い、イエッサ。……竜車に隠れてろシオ!」
「……断る」
直ぐ様行動するジルソンさんとシオちゃん。
私は立ち上がってから、武器を構えて周りを見渡した。
暗闇の中でナルガクルガの姿が見えない。
竜車は木々の隅っこに寄せられて、ある程度視界が確保されたのに、ナルガクルガの姿どころか赤い光すら目の前から消える。
「ど、どこ……?」
音が聞こえた方を見ても赤い光は映らない。
次の瞬間全く別の方で鳴き声が聞こえて、さらに別の方角で木が薙ぎ倒された。
全身の毛が逆立つ感覚。嫌な汗が出て来て、鼓動が速くなる。
何処から来るか分からない攻撃に備えて身体が強張って、無意識に私は後退りした。
「ミズキ、落ち着け。目で追うな」
私の前で武器を構えたアランがそう言う。
目で追うな? ならどうしたら……?
「今は正直キツい状況だ。無理はしなくて良いから出来る限り援護してくれ」
私が理解出来ないまま、アランは真っ直ぐ走っていく。
彼の背中がはっきりと見えなくなると同時にボウガンが火を吹いて、一瞬だけ辺りを照らした。
「ギィォァアアッ!!」
短い鳴き声の後に風が空気を切る音がなる。鈍い音と防具が擦れる音がして、その後途端に音が聞こえなくなった。
あ、アランは? 今のはナルガクルガの攻撃?
もしアランが攻撃を受けてしまったのなら、早く助けなきゃいけない。
赤い光は見えている。少なくとも、もう少し近付けば視界に姿が映る筈。
そう思って私は足を踏み出しだ。
今動かなかったら、きっと後悔する。そう思って───
「ミズキ屈め!!」
しかし聞こえてくるのはアランのそんな声。
安心と同時に足を止めて、赤い光を目で追い掛ける。
「ギィォァ───」
───目が合った。
反射的に身体を引く。生存本能に任せて前に盾を突き出した。
「───ァアアッ!!」
次の瞬間、振り抜かれた何かが突き出した盾を打ち付ける。
盾を持った手が折れたんじゃないかと思う衝撃と共に身体が浮いて、気が付いたら背中に木が当たっていた。
「───カハッ」
肺から押し出される空気と共に、少量の血反吐が口から噴き出る。
鈍い音。地面に叩きつけられ、全身に軋むような痛みが突き抜けた。
「ミズキ!!」
ムツキの声がする。視界が揺れる。赤い光が左右に揺れる。
何かが目の前で動きを止めた。
「ギェァィィ……ッ!」
「───っ?!」
眼前で二つの赤い光が私を見据える。
無機質な光。牙がしっかりと見える距離で、ナルガクルガは小さく唸り声を上げた。
苦しんでいる。
狂竜ウイルスに蝕まれる身体。生きようと、暴れる事しか出来なくなる。
助けてあげなきゃ……。眼前のナルガクルガと目を合わせて、私は唇を噛んだ。
「ギャゥォァァッ!」
「こっちだ!!」
ナルガクルガが尻尾を振り上げると同時に、アランが大声を上げる。
銃声と弾丸に釣られて、赤い光は私から視線を逸らした。
「グギャゥォァァァアッ!!」
跳ねる身体。前脚の翼を刃として右に左に、ナルガクルガは素早い動きでアランとの距離を縮める。
暗闇で姿の見えないアランは防具を鳴らした。多分跳躍してナルガクルガの攻撃を避けたんだろうけど、視界に映らないとどうしても不安が頭を過る。
「……あ、アランは? 私も加勢しな───っぅ」
立ち上がって武器を構えようとしたけど、打ち所が悪かったのか鋭い痛みが身体を強張らせた。
足が重くて膝をつく。こんな事してる場合じゃない。私はあのこを助けるんだ。
そう言い聞かせて、引きずるように足を前に出す。
「……無理をしない」
「ミズキ、回復薬ニャ!」
そんな私の前に立ったのはシオちゃんとムツキだった。
ムツキのくれた回復薬を喉に流し込むと、痛みが直ぐに引いていく。これなら戦える。
「ありがと、ごめんねムツキ。シオちゃんは危ないから竜車に戻ってて!」
そう言ってから私は足を踏み出した。
動きが早いけど、近付けば姿は見えるからきっと動きにも付いて行ける。
私だってアランと二年も頑張って来たんだ。この前はブラキディオスとだって戦えた。大丈夫、勝てる。
「……待って」
そう言い聞かせて剣を握る私の手を、後ろからシオちゃんが掴んだ。
予想以上に力強い手が、私を引き止める。
「シオちゃん……?」
「……あのこを助けたいんでしょ?」
その眼に光は映っていないけれど、真っ直ぐに覗き込んで聞いてくるシオちゃん。
うん、助けたいよ。苦しみから解放させてあげたい。それが私の進みたい道の先なんだ。
「……目を閉じて、風と音を感じて」
「風と……音?」
シオちゃんはそう言うけれど、正直何を言ってるのか分からない。
風と音って言われても、それだけでナルガクルガの位置が分かるわけではないと思う。
「……きっと君なら。あのこを分かってあげようとする君なら、感じられる筈」
「感じる……?」
何を? そう聞く前に、シオちゃんの手が私の手に添えられていた。
「……目を閉じて」
「ぇ、ぁ、うん」
言われた通りに目を閉じる。暗闇の中から消えた二つの赤い光。
こうなってしまったら、もう私はナルガクルガがどの辺りに居るかすら分からなかった。
「……あのこは苦しんでる。きっと君ならあのこの、こころの声を聞ける筈」
「こころの声……? シオちゃん……?」
何を言ってるの……?
「……目で追わないで。耳を澄ましてみる。……聞こえる筈だ、君になら」
そう言われて、目は閉じたまま音を聞く。
薙ぎ払われる細い尻尾。大地をしっかり踏み、切り裂く前脚、細身の身体が左右に動きアランを追い掛けた。
見える……? ナルガクルガの動きがはっきりと伝わってくる。
どうして……?
「……目に映る光だけに集中するから、他の事が感じられなくなる。……何もおかしくない。動物は普段から眼だけで物を見てる訳じゃない」
そう言って、シオちゃんは私のお守りを指で突いた。
気が付いたら私はそれを握りしめていて、綺麗な水色の石が小さな光を反射する。
「……感じるんだ。君なら出来る───あの
「シオちゃん……? あなたは───」
「ギャゥォァァアアアッ!!」
私の声を遮るナルガクルガの咆哮。
その声が、吐き出された空気の流れが、咆哮の主の居場所を教えてくれた。
───見える。
「シオちゃん、ありがとう! ムツキは竜車をお願い!」
「ガッテンニャ。シビレ罠を竜車の前に置いたから、守りは完璧ニャ!」
流石頼れるお兄さんだ。
「……あの」
「……? どうしたの?」
手を伸ばす彼女の目を見て、私はそう問い掛ける。
何か他に伝えたい事があるのかな……?
「……助けてあげて、欲しい」
ふふ、あなたは優しいね。
「任せて!!」
大きな声で返事をして振り返る。
暗闇に光る赤い残光。線を引く両目は左右に揺れて、直ぐに視界から消えた。
「ミズキ、そっちに行ったぞ!」
焦ったようなアランの声。
大丈夫だよ。私はもう迷わない。
これが私の進む道なんだ。その先の答えなんだ。私は
「大丈夫!」
風が後ろ髪を揺らす。荒い息遣い。地面を削る音。
私の背後に回り込んだナルガクルガは正面をなぎ払おうと、尻尾を振り上げた。
しっかりと見えている訳ではないけれど、何故かそう確信出来る。
「グゥゥルァァ……ッ!」
「……そこ!!」
薙ぎ払われる尻尾を、姿勢を低くして盾で受け流しながら私は足を踏み込んだ。
盾に触れる細い尾の衝撃を流して、私は踏み込んだ足を軸に回転する。
周囲を一閃。背後をも切り裂いたクラブホーンは剣先に鮮血を引き、地面に赤い線を描いた。
「ギェァェェァァァッ?!」
身体を守る甲殻はなくて、簡単に肉を切り裂いた斬撃に声を上げて怯むナルガクルガ。
その間に私は振り向いて、
赤い瞳は痛みを振り払うように左右に小さく揺れて、鋭い牙を見せるナルガクルガは直ぐに体勢を立て直す。
漏れる黒い靄。その靄を引くように赤い残光がまた視界から消えて、左側から地面を抉る音がした。
「掴んだな。……来るぞミズキ!」
「うん!」
アランの合図と同時に、ナルガクルガが動きを止める。
ゆっくりと持ち上げられて、振られる尻尾。何が来る? 次の瞬間視界に映ったのは───尻尾から放たれる幾つもの黒い棘のような鱗。
「───っぅ?!」
視界が暗いせいで反応が遅れて、黒い鱗が太腿を少し切り裂いた。なんとか身体を逸らして直撃は避けれたけど、あの鱗に当たったらタダじゃ済まない。
ふと、野営を辞めて竜車を出す前の事を思い出す。
私達を襲った六匹のジャギィ。その中の一匹は狂竜化していて、狩ったんだけど。
その死体には黒い鱗が突き刺さっていた。やっぱり、ジャギィの狂竜化はこのナルガクルガが感染源。
暴れまわって、周囲に狂竜ウイルスをばら撒いていたんだと思う。
やっぱり、あなたは倒さなきゃね。
「大丈夫かミズキ」
「全然大丈夫!」
ちょっと痛いけど、これならまだ回復薬を使わなくても動ける。
回復してる暇もない。それに、きっとナルガクルガの方が私より苦しんでる。
それにしても、さっきので無傷のアランは凄いなぁ……。
「グゥゥルァァ……ギェァェェァァァッ!!」
遠距離攻撃で仕留められなかった相手を追い込むように、ナルガクルガは地面を蹴って左右に揺れながら突撃してきた。
鋭い翼で斬りつけるように、右に左に。その翼が私達を捉える寸前、二人で同時に地面を蹴る。
振り抜かれる前脚。その翼を踏み台に、私達は跳躍した。
「はぁぁっ!」
「……そこだ!」
私は空中で身体を回転させて、両手の刃をナルガクルガの背中に叩き付ける。
怯むナルガクルガに、上空からボウガンの弾を叩きつけながらアランが背中を取った。
その背中に乗って、しっかりと黒い毛を掴むアラン。
ナルガクルガは突然の身体への負担に驚いて暴れ回る。
「ギェァェァァッ?!」
振り落とされないように毛を掴みながら、アランは背中の剥ぎ取りナイフでナルガクルガの背中を切り裂いた。
甲殻がない体表は簡単に血肉を剥き出しにして、アランは切り裂いた箇所にボウガンの銃口を突き付ける。
「暴れるな……楽にしてやる!」
引かれるトリガー。刹那の発砲音と同時に火炎弾がナルガクルガの肉を焼く。
堪らずに身を投げ出したナルガクルガは横転して、その身を地面に叩きつけた。
素早く飛び降りて、ダウンしたナルガクルガに斬撃を放つアラン。
私もそれに続いてクラブホーンを水平に持ち、身体を回転させてナルガクルガに二本の刃を叩き付ける。
吹き出す鮮血。耳に響く呻き声。
「ギェァェェァァァッ!!」
それでもナルガクルガは倒れずに、起き上がって咆哮を上げた。
思わず耳を塞ぎたくなる大きな音。続いてナルガクルガは身体を捻り、その尻尾を振り上げる。
視界から消える残光。
辺りは一面黒い。
迫り来る風と音。
ナルガクルガの姿は見えない。それでも、感じるんだ。あなたの事を。あなたの命を。
さっき飛ばされた棘のような鱗が逆立った尻尾が、頭上から降って来る。
凄い風圧を感じるから、きっとナルガクルガにとっても大技なんだと思う。だったら、その分隙が出来る筈だ。
迫り来る尻尾。
私はそれを盾で受け流しながら回転斬りで返す。軌道がそれて地面を抉る尻尾。
盾を持った手が千切れるんじゃないかって強力な一撃だったけれど、だからこそ隙は大きかった。
「ギャゥォァァ……ッ」
棘が地面に刺さっているのか、ナルガクルガは叩きつけた尻尾を硬直させる。
今がチャンス。私はその尻尾の先端目掛けて剣を振り下ろした。
弾ける鱗と黒い毛。まだ足りない。
両手の剣で切り裂き、片手の剣で突く。そうして切り刻んだ尻尾の先端は血と肉で赤くなって、遂に大量の鮮血を吹き出しながら切断された。
「グギャィェォァァァァッ?!」
激痛に地面を転がるナルガクルガ。しかし直ぐに立ち上がって、首を振る。
「───グゥゥルァァ……ギェァェェァァァアアアアッ!!」
まだ───倒れない。
何かを振り払うように、ナルガクルガはこれまでで一番大きな咆哮を上げた。
生き残るという強い意志を感じる。これまで以上に強く感じる覇気。
次の瞬間赤い残光が線を引いた。
左右に揺れ、私の視界から光が消える。
「……どこに?」
逃げた……? いや、違う。まだナルガクルガの気配は消えていない。
目を閉じて集中する。
微かに聞こえる息遣い。血液の垂れる音。
嫌な汗と一緒に出てきた唾を飲む。
刹那、地面を抉る音と空気を切る風の音が聞こえた。
「み───っぅ?!」
右から襲ってきたナルガクルガの攻撃に反応が遅れて、何とか突き出した盾を殴り飛ばされる。
同時に地面を転がる身体。受け身をとって立ち上がった瞬間、赤い残光が視界に映った。
「グギャゥォァァッ!」
飛び掛かってくるナルガクルガ。赤い光と鋭い爪が光る。
私は急いで滑り込むように地面を転がった。背中に感じる鋭い風圧。何かが肩に当たって、私はもう一度地面を転がる。
「……ぃっぅ」
「ミズキ!」
「だ、大丈夫……っ! それよりナルガクルガは?!」
何とか立ち上がって、私は周りを見渡した。
直ぐに闇に溶け込む黒い影。今は私達二人を狙っているみたいだけど、いつ竜車に攻撃を仕掛けるか分からない。
「また身を隠してるな。狂竜ウイルスに感染していても、戦い方は忘れていないか……」
なんとかしないと……。でも、良い手が見付からなくて私は唇を噛む。
ナルガクルガの体力も残り少ない筈。
あと少し。あと少しだけ動きを封じ込めれば───
「竜車に手を出される前に勝負を決めたいが……。シビレ罠を使うか?」
「で、でもシビレ罠は竜車を守る為に設置したんだよね?」
ムツキが設置したシビレ罠は、もしナルガクルガが竜車に近付いても良いように設置した物だ。
そのシビレ罠を使うという事は、竜車の近くにナルガクルガを誘き寄せなきゃいけないという事。
そんな事は危険だって、アランなら分かると思うんだけどな……?
「俺が囮になる。あいつは正面からは襲ってこないからな、俺が竜車の方を向いていれば竜車に回り込まれる事はない」
そう言われて、私はナルガクルガの攻撃を思い返す。
身を隠して襲い掛かってくる時、ナルガクルガは毎回左右や背後から襲い掛かってきていた。
「勿論確証はないからな、竜車からは距離を離しておく。俺が背後から襲われた時、それを避ければナルガクルガがシビレ罠に飛び込むようにな」
「さ、左右から来た時はどうするの? あと私はどうしたら良いの……?」
少し不安になってそう聞くと、アランは優しく私の頭に手を置いて真剣な表情で口を開く。
「左右から来た時は何度だって避けてその時を待つだけだ。ミズキ、お前は竜車の前でナルガクルガがシビレ罠に掛るのを待って頭を狙え」
え、それって……つまり?
「わ、私が倒せなかったら……」
シビレ罠の効果が切れた時にナルガクルガがまだ生きていたら、目の前にある竜車が危ない。
護衛対象の二人やムツキだってそこに居るんだ。私がもし倒せなかったらと思うと、気が進まなかった。
「俺も援護する。大丈夫だ、自分を信じろ。……お前を信じる俺を信じろ」
強く頭を抑えたアランはボウガンに手を伸ばす。同時に聞こえてくる空気を切る音。
ナルガクルガがまた攻撃を仕掛けてくる。
「時間はない。……行け!」
言葉と同時に背中を押され、背後で銃声が鳴った。
小さな呻き声と共に地面を抉る音が聞こえる。
私はアランを信じて走った。シビレ罠が設置されてる場所を確認しながらそれを飛び越えて、竜車の側に居る二人の前で身体を止める。
「嬢ちゃん?! どうしたってんだ?」
「ジルソンさん、シビレ罠を使います。シオちゃんとムツキを連れて竜車の後ろに回って下さい!」
もしもの時の為に私は間髪入れずにそう言葉を落とした。
そして直ぐにでもその時が来ても良いように、私は武器を構える。
「んにゃ、僕は一緒に戦うニャ!」
横に立って、ムツキはそう言ってブーメランを構えてくれた。ふふ、頼りにしてます。ムツキが居れば百人力だよ。
「良いねぇ、その有志この眼に刻まないとな」
竜車の前に立ってそう言うジルソンさん。私を信じてくれているのか、竜車の後ろには回ってくれないのかな?
「あ、危ないですよ?!」
「俺が護衛を頼んだのは俺とシオの事だけだ。そいで、俺の商品は俺が守るしかない。……まぁ、しっかりと見させてくれよ。お前の進む道の答えって奴をさ」
うぅ……そう言われると私も言いにくい。
でも、後がないと思った方が私にはちょうど良いのかもしれない。
風が吹いて、音がなる。銃声と呻き声が重なって、今暗闇の中でアランが戦ってるんだって分かった。
「……ねぇ、君」
「どうしたの? シオちゃん」
そんな中で、シオちゃんが突然話しかけてくる。
彼女は光の映っていない瞳で私を真っ直ぐに見詰めながら、こう言葉を続けた。
「……君は、ボクに似ているから。……きっと、あのこの事も感じられると思う」
「私がシオちゃんに似てる……?」
んーと、どういう意味かな?
「……君から、ボクと同じようなものを感じる。……まるで半分が───ぁ……来るよ」
言いかけて、シオちゃんは急いで竜車に戻る。
何を言おうとしたんだろう? でもそんな事より、今その瞬間私は確かに感じる事が出来た。
───
「───来る!」
構えた武器を持つ手に力を入れる。
響く銃声。地面を削る音。飛び上がる巨体、迫ってくる風と音。
次の瞬間、視界に映った赤い残光が静止した。
シビレ罠。
ムツキが竜車の前方に設置したそれは、雷光虫の発する電力をトラップツールで増幅させるアイテム。
モンスターが踏み付けたりして起動したシビレ罠は、強力な電流を流し込んでその動きを封じる事が出来る。
「ギェァェェァァァアアアアッ?!」
飛び込んできてシビレ罠を踏んだ前脚から、ナルガクルガは全身を痙攣させ動きを止めた。
それと同時に私は上下に振られるナルガクルガの頭部を、二本の剣で引き裂く。
「そこ───だぁぁっ!!」
剣を頭上に掲げて息を止める。剣先に集中しながらナルガクルガの鼻を蹴って跳躍し、私は身体を回転させた。
両手の刃が頭部を切り裂く。着地と共に踏み込んだ足を軸に回転斬り、鮮血が線を引いて飛び散った。
「ギェァギギェァァ……ッ」
「まだ……っ!!」
ナルガクルガの頭部は血肉が見えて、全体から血液を零して地面に赤い池を作っている。
そんな状態でも、ナルガクルガは生き延びようと必死に身体を動かしてシビレ罠に抵抗した。
「つぁぁあああっ!!」
それでも私はあなたを倒さないといけないから、剣を振る。
真っ赤になった頭に剣を突き刺し、引き抜き、盾を叩き付ける。
息をするのも忘れて必死に剣を振って、シビレ罠が壊れると同時に振り下ろした剣がナルガクルガの頭部を貫いた。
引き抜くと同時に吹き出る鮮血。ゆっくりと身体を下ろし、空を仰ぎ見るナルガクルガはその頭を地面に叩き付ける。
動かなくなった身体は一度痙攣し、同時に全身から出ていた黒い靄も収まって消えた。
「……っう」
息を引き取るナルガクルガ。それを確認してから、私はその場に倒れこむ。
視界に映るのは全身ボロボロになった一匹の竜。狂竜ウイルスに侵されても、最期まで必死に戦った誇り高き竜だ。
私はあなたを救えたかな……? 恨まれてるかな? それは分からないけれど───
「……このこを苦しみから解放してくれて、ありがとう」
───けれど、私の進みたい道には進めたと思う。
「本当に強かった……。もし、狂竜化してなかったら違う関わり方も出来たかもしれないね……」
でも、倒さなきゃいけないモンスターは居るから。
私はもう迷わない。後悔しないために、ハンターを続ける為に、私は戦うよ。
「ありがとう。ごめんね。……さようなら」
眼を閉じて手を合わせて、最期まで戦いきった誇り高き竜に別れの挨拶をする。
少しは強くなれたかな?
なんて思って、見上げた空は薄っすらと青色に日の光を反射していた。
◇ ◇ ◇
「お、見えてきた見えてきた。ユクモ村だ」
竜車の手綱を引きながらそう言うジルソンさんは、大きく欠伸をしてから背を伸ばして身体をほぐす。
既に太陽は真上まで上がり、ナルガクルガを倒してから数時間が経過していた。
「アレがユクモ村……?」
遠目に見えるのは斜面に連なる見たこともない感じの建物の列。
所々から上がっている煙はきっと火事とかじゃなくて、噂に聞く温泉かな?
「なんだ、ユクモ村は初めてなのか? なら二、三日観光して行くと良いぜ。飯も独特だし温泉たまごや飲み物も美味い、何たって温泉は疲れが吹っ飛ぶからな! この村のハンターは狩りの前に温泉でリフレッシュってのが通らしいぜ」
楽しげに語るジルソンさんは、温泉たまごの事でも頭に浮かべているのか涎を垂らす。
狩りの前に温泉かぁ。なんだろう、凄く素敵だし何処かで聞いた事ある気がする。
「アラン! 温泉だって! 温泉!」
「……まぁ、二、三日なら良いか。今回のクエストの報酬もあるしな」
やった! 温泉!
「にしても良かったのかい? ナルガクルガの素材全部貰っちまって。売った金は半分譲渡って言ってもこれじゃよく商人がやる詐欺だぜ?」
あの時狩ったナルガクルガの素材は、アランの提案で全部ジルソンさんに渡しました。
アラン曰くギルドに売るよりジルソンさんに商人として売って貰った方が、お金が貰えるって事らしい。
「ギルドに引き取ってもらうよりは、あなたに取引して貰った方が儲かると思っただけですよ」
「昨日の夜話してた事は何も俺だけに利益があった訳じゃないって事か。こりゃ、してやられたな」
良く分からないけど、そういうものなのかな?
「極限化する一歩手前の素材だからな。相当な価格で売れる筈だ」
「その件はまた話を聞かせてもらいます」
私は夜、ジルソンさんと自分の進む道のお話をした。
アランはどんなお話をしたのかな? ちょっと気になります。
「……着いた?」
「おぅ、着いたから起きろ。働け」
少ししてから私達はユクモ村に到着。短かったけど楽しかった旅は、あっという間でした。
「何故ニャ……この人と居ると眠くなるニャ」
「おはよう、ムツキ。シオちゃんの膝枕は気持ち良かった?」
「ニャ?! 違うのニャ!! 誤解ニャ!! ボクはミズキ一筋ニャぁ!!」
え、なんの話……?
「今回の護衛は楽しかったねぇ。また頼むぜ、お二人さん」
「勿論です」
「私もまたお話したいです!」
ジルソンさんもシオちゃんもとっても良い人だったから、また会えると嬉しいな。
「で、本当にナルガクルガの素材売っても良いんだな?」
「勿論ですが……?」
「ナルガクルガ装備は凄くエ───ぐぉっはっ?!」
言いかけたジルソンさんを蹴り飛ばすシオちゃん。
ジルソンさんは豪快に地面を転がる。さらに追撃が入って、彼は白目を向いて仰向けに倒れた。
え、大丈夫? え、本当に大丈夫?!
「……セクハラ」
「しゅみましぇん……」
シオちゃんって物凄く強いんじゃ……。
「に、賑やかな二人だな……」
「いやアレは怖いニャ」
もう少し手加減しても良いと思う。
「……またね」
ジルソンさんを片手で引き摺るシオちゃんが手を振ってくれる。
さっきの迫力に押されて私は無言で手を振ったんだけど、ジルソンさんを引き摺りながら進む先は階段だ。えーと、目が見えてないからだよね? 目が見えてないからだよね?!
いやダメ! それは流石にダメ!!
「よせ! お前なら出来るだろうが俺が死ぬ!!」
「……ギリギリまで耐えさせる」
「ざけんなぁ!!」
シオちゃんを振り切るジルソンさん。あはは、元気だなぁ。
「あ、嬢ちゃん一つだけ」
そう言って戻ってきたジルソンさんは、私とアランを少し離して小声で耳元に語り掛けてきた。
まるで注意をするように、さっきまでシオちゃんとふざけていたのが嘘のような真剣な声で。
「……アランの事見ておいてやれよ。アレは直ぐに無理をするタイプだからな」
「……ぇ、あ……っと、はい」
なんて言葉を掛けてから、ジルソンさんはシオちゃんの元へ。
「それじゃ、また会おうぜ。ナルガクルガの素材代はクエストの報酬に上乗せで集会所に届けておくから、今日はユクモ村を満喫しな!」
アランは直ぐに無理をする……?
でもアランは、いつも冷静にクエストをこなしている。ナルガクルガとだって、私は全然ダメだったのにアランはしっかりと戦っていた。
私なんかがアランに出来る事はないんじゃないかなって、そう思う。
だから私は、この時ジルソンさんの言葉の意図が分からなかった。
◆ ◆ ◆
「───だから、狂竜ウイルスを克服して極限化と呼ばれる状態になったモンスターの素材は高く売れるのさ」
三日月の夜。商人の護衛クエスト中に野営を張って見張りをしている時、俺は起きてきたジルソンさんの話を聞いていた。
彼は狂竜ウイルスに縁があるらしく、その手の事に関して少し詳しいらしい。
二年前、世界中にウイルスをばら撒いたゴア・マガラ。彼はあのモンスターに縁があるのだろう。
「さて、俺からの面白い話はこれで終わりだ。今度はハンターさんの話を聞かせてもらおうか」
「……アランで良いですよ。ただ、あまり面白い話は持ってませんがね」
ライダーの話でもすれば彼は凄く喜びそうだが……。流石にライダーを辞めた今でも、掟の意味を忘れた訳じゃないからな。
「んじゃ、アラン。お前がハンターをやる理由は何だ?」
「俺がハンターをやる理由……ですか」
そんなのは決まっている。
それは、俺がハンターになってからずっと変わっていない。
手を握り締め、目を瞑ればあいつらの顔が浮かんできた。
そして直ぐにその顔は消えて、悪魔のような一匹の竜が脳裏に浮かぶ。
俺は───
「……とある一匹の竜を───」
「竜を?」
「───この手で殺す為ですよ」
───俺は、あいつを殺す為にハンターをやっているんだ。
珍しく戦闘シーンを(個人的に)しっかりと書いてみました。
伸び悩んだ末のてこ入れのような物ですね()。どうでしたでしょうか。
さてさて、こうやってゲストキャラと出会ったりしてミズキの成長を書いていきたいのが三章のテーマだったりするんですけども。
15話で終わらせるならもう半分を切ってしまっているという事案。もしかしたら15話で終わらせる事が出来無いかもしれません(´・ω・`)
ゲストキャラだった商人とその付き添いちゃんは、もう少し後にまた出て来る予定です。覚えておく必要は無いですが。
どうでも良いですけど自作「とあるギルドナイトの陳謝」にジルソンがゲストキャラでまた登場してたりします。
今回はちょっと自分で絵を描いてみました。結局ナルガの素材は手放してしまったので、実際に着ることは無いのですがナルガ装備のミズキちゃんを描きましたよ!(`・ω・´)ファンサービスです。
【挿絵表示】
ナルガ装備ってエロいよねっていう()。
ちょっと長くなりましたがここまで。
次回くらいは1話完結を書きたいな……。
それでは、またお会いできると嬉しいです。
暖かい感想と評価をお待ちしております(`・ω・´)