モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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青年と少女の想い

 タンジアの港。その外れにある小さな露店。

 

 

「よぉ、久しいな」

 そこで酒を摘みながら、一人の男が義手である右手を挙げた。

 暗緑色の短い髪を海風で揺らし、その下の鋭い碧眼が俺をしっかりと捉える。

 

 出会ったのは二年程前だが、あまり変わった所の見られない中年の男性がそこには座っていた。

 鍛えられた肉体をこちらに向けて、彼は俺を手で招く。

 

 

「お久しぶりです、リーゲルさん」

 彼の横に立って、俺はそう話しかけた。

 

 リーゲル・フェリオン。

 彼は二年前、俺達をモガの村からタンジアまでの船に乗せてくれた人である。

 航海中に船がとあるモンスターに襲われ、離れ離れになってしまったが、元気そうで何よりだ。

 

 

「そう固くならないで良い。まぁ、座れや。立ち話もなんだ」

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 言われるがままに俺は彼の隣に座る。

 

 そんな俺に、露店の店主は水と小さなメニュー表を手渡して来た。ここはおでん屋らしい。

 

 

「俺が出すから好きなものを頼め。なに、呼び出したのは俺なんだから遠慮するな」

「……俺はハンターですよ。そこそこの稼ぎはあります」

「ミズキを養いながらじゃ大変だろう?」

 俺の返事にそう返すリーゲルさん。

 

 

 確かに、金銭面では俺はミズキを養っていると言っても間違っていない生活をしている。

 でも、俺からしたらそれは違った。

 

 

「あいつは良くやってますよ」

「ほぅ……」

 リーゲルさんは目を細めて短く言葉を吐く。

 酒を少し喉に流し込んでから、彼は「あの優しい娘が?」と聞いてきた。

 

「必要な時は狩りに参加してくれるし、狩猟だってする。……勿論、自分から殺す道は殆ど選ばないから報酬の高いクエストは受けないが。それでも生活していけるくらいには頑張ってくれてますよ」

「そうか……ミズキがなぁ」

 考え深い事でもあるのだろうか? リーゲルさんは遠くの方を見ながら呟く。

 ミズキと彼はそんなに関わりがあっただろうか? 俺の知る二人の関係は、ミズキが船に密航した時の共犯だが。

 

 

「それに、あいつの作る飯は美味いです」

「……はっはっはっ、そうかそうか。そりゃ、食べてみたいな」

 俺が付け加えた言葉を聞くと、リーゲルさんは大声で笑った。

 こんな事を言うつもりはなかったんだがな。まぁ、本当の事だから良いだろう。

 

 

「店主、骨タコと黄金芋酒を」

「なんだお前、飲めたのか。船では断ったじゃないか」

 俺が注文すると、リーゲルさんは酒を持ち上げながらそう言う。せっかくなんだ、乾杯しよう。

 

「あの時はミズキも居ましたし、聞きたい話がありましたから」

 そう答えると同時に、店主が「はいよ、骨タコと黄金芋酒おまち」とタコと酒が出てきた。

 酒を持ってお互いにそれを無言で交わし、口に含む。

 

「なら、今日は思う存分飲めるな。乾杯」

「乾杯」

 そこまで酒が好きという訳ではないが、口に含んだ時のこの甘さは嫌いじゃない。

 これが喉を通った時、甘さが辛さに変わる。喉を洗われるような、そんな感覚を感じるんだ。

 

 

「ところで、ミズキなんだがな」

 俺が酒を飲み込もうとしたその時、唐突にリーゲルさんが口を開く。

 豪快に飲む人だからか、飲み込むのが早い。俺はまだ口の中───

 

「実は俺の娘なんだ」

「───ブフゥッォ」

 ───口の中の酒が吹き出る。勢いよく拡散した黄金芋酒は、骨タコに吹きかかった。

 

 

 待て、今なんて言った。実は俺の娘? 何が?! ……ミズキが?!

 

 

「……は?!」

「ぶっはっはっ、盛大に吹いたなぁ! 良い反応だ。ほら水でも飲んで落ち着け」

 してやったり。そんな表情で碧眼を細める彼はもう一杯酒を呷る。

 そんな彼の隣で俺は困惑して動けなくなっていた。

 

 ミズキがリーゲルさんの娘。あぁ、その眼はそういう事か。いや、なら何故だ? 疑問がいくつか湧いて出る。

 

 

「あいつは捨て子だって……」

 リーゲルさんから貰った水を飲んでから、俺は一番の疑問を口にした。

 ミズキは自分の事を捨て子だと思っている。まだ物心着く前に、海に流されていたところをビストロ・モガのコックに助けられたと。

 

「ミズキを交流船に見付けさせたのは俺だし、なんならモガの村長にミズキの事を頼んだのも俺だ。それを知ってるのは村長だけだから、少し回りくどいやり方をしたがな」

「なんでそんな事を……」

 態々そんな回りくどい事をしてまで、娘を捨てた理由はなんだ?

 俺が考える前に、リーゲルさんは右手の義手を上げてそれを左手で指差す。これが答えだとでも言うように。

 

 

「俺の事情で、ミズキを怒隻慧に関わらせて危険な目に合わせる訳にはいかなかった。一緒には居られなかった。ただ、それだけさ。……あの日、あいつは母親を失ってるんだからな」

 そう言われて、今自分がやっている事が正しい事なのか間違っている事なのか分からなかった。

 俺はミズキを危険な目にあわせている。俺の復讐に付き合わせて、また大切な人を失うのか?

 

「……ここまで言えば、俺の言いたい事も分かるだろう? なぁ、アラン・ユングリング。……俺の娘を───ミズキを、俺達の事情に巻き込むのは辞めよう」

 そうとだけ言って、彼は店主が無言で差し出した二杯目を呷る。

 

 

 彼の大切な娘を、俺は連れ回して危険な目に合わせていた。

 実際に遺跡平原で俺達は死に掛けたし、これまでだって何度も危ない目にあわせている。

 

 それは何故だ。

 

 

「勿論、これは父親としての俺の勝手だ。勝手にミズキを捨てて、勝手に何処かへ行った俺の勝手。だから、ミズキの考えを尊重して貰えば良いんだけどな……」

「俺は……」

 俺は自分の復讐に彼女を巻き込んでいる? ───違う。復讐を諦めた訳じゃない。

 

 だが、この復讐にミズキを巻き込む気はない。

 

 

「俺は、あいつの成長が見たいんです。復讐に巻き込むつもりはない。怒隻慧への復讐には、誰も巻き込まない」

「……。……知ってるさ、それで良い。それなら良いんだ。ミズキはきっと、そう望んでるだろうからな」

「リーゲルさん……」

 父親だからだろうか。ミズキと接していた時間は少なかった筈なのに、分かっているかのような事を言って彼は立ち上がった。

 

 

「この事は他言無用で頼む。無駄に悲しい思いをして欲しくない」

「話す気はないんですか……?」

「言ったろう? 俺達の事情に巻き込みたくないと。十七年前、あの村で生き残ったのは俺とお前、そしてミズキだけだ。ミズキだけは、怒隻慧に関わらずに生きさせてやりたいのさ」

 リーゲルさんはそう言って空を見る。

 

 あの村の犠牲者を思ってだろうか?

 俺は故郷での事は怒隻慧への恐怖しか覚えていないが、リーゲルさんは違う筈だ。

 

 

 あの村にはリーゲルさんの妻───ミズキの母親もいた筈なのだから。

 

 

 

「……ミズキの事を頼むな。お前の言葉、信じるぞ」

「……勿論です」

 ミズキは俺が必ず守る。

 

 

 

 もう誰も失わない為に。

 

 

 

「で、娘の飯は美味いか?」

「ブフゥッォ」

 次は水が吹き出た。

 

 い、いや、他意はない。他意はないんだ。

 確かにミズキの飯は美味い。それにミズキも少しずつ大人になって、体付きも良くなってきている。

 

 いやいや、違うだろ。そうじゃないだろ。そういう話じゃないだろ。

 

 

「はっはっはっ! お前は面白い反応をするな。なに、ミズキがその気なら別に俺はお前でも構わねぇよ」

「ば、馬鹿な事を言わないでください!」

「俺の娘は気に入らねーか? 結構優良物件だろ? というかなんだ? 二年も一緒にいるのに……手、出してないのか?」

 何を言ってもからかわれる……。

 

 

「安心してください。まだ手も足も出してません」

「……まだ?」

 俺はどう答えたら良いんだ。

 

「かっはっはっ、まぁ……大切にしてやってくれ。お前にその気があろうがなかろうが、あいつが他の誰かと一緒になるまではお前に任せるよ。話はそれだけさ。……店主、代金だ。釣りは要らん」

 そう言うとリーゲルさんは店の店主に金を渡して俺に背を向ける。

 

 

 これだけの為に俺を呼び付けたのだろうか? いや、これは彼にとって大切な話なんだ。

 俺にとっても、大切な話であったように。

 

 

「おっと、一つだけ要件を忘れてた。モガの村から手紙だ、ミズキに渡してやってくれ」

 そう言って背を向けたまま、リーゲルさんは一通の手紙を投げてくる。

 

「モガの村から……。……リーゲルさんは、これからどうするんですか?」

「これまで通り、怒隻慧の居場所を探すだけだ。巡り合わせがあればまた会える。……だから、それまでミズキの事は頼んだぜ」

 俺がそれを受け取ったのを横目で確認すると、彼は手を振って港の方に歩いて行った。

 

 

 

 リーゲルさんがミズキの父親だったとはな。

 

 つまり、ミズキはあの村の生き残りだったという事か?

 俺が初めてアイツ(怒隻慧)を見た、あの村の……。

 

 話が急過ぎて聞きたい事をいくつか聞きそびれてしまったが、彼とはまた会えるだろう。そんな気がする。

 

 

 

「さて、手紙の内容は───」

 そういえば、結局奢られてしまったな。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 翌日の朝。

 

 

 俺の目の前には、何が起こったか分からない程の大量の魚。

 昨日ミズキ達が釣ってきたそれを仕分ける為に、俺は日が昇る前に起きて作業開始。

 

 呑気に寝ているミズキとムツキを尻目に作業を終えた時には、真っ暗だった空は青く澄んだ色になっていた。

 

 

 

「いつまで寝てる気だ」

 約束の時間まで余裕がない訳ではないが、早く向かうに越した事はない。

 俺はミズキを起こす為に彼女の寝ているベッドに向かう。

 

「おいミズキ」

 ミズキは何というか、不安定だ。

 

 

 何か用事があると自分で起きるのだが、何もないといつまででも寝てたりする。

 それだけ昨日疲れるクエストにでも行っていたのだろうか? 採取クエストの筈だが。

 

 

「おい、起きろ」

「ん……っぅん? うぅ……ん」

 ダメだ、完全に起きる気がない。

 

 余程疲れているのか、少し苦しそうに眉をひそめてから寝返りを打つミズキ。

 金色の髪が口に着いて、彼女は口をモゴモゴと動かした。

 

「食うな」

 それを退かしてやると、ミズキはまた気持ち良さそうに寝息を立てる。

 よく見ると出会った頃より髪を伸ばしてるな。体付きも女らしくなってきた。

 

 程よく着いた肉で引き締まった身体は、控えめだが凹凸もはっきりしている。

 

 

 そっと頭を撫でてやると、ミズキは気持ち良さそうに微笑んだ。

 良い夢でも見ているのだろうか、ここまで心地好さそうにしていると起こすのも申し訳なくなる。

 

 

「お前は寂しくないのか?」

 父親に捨てられて、モガの村で育った彼女はビストロ・モガのコックを本当の父親のように慕っていた。

 それで良いのかは俺には分からない。俺にこの親子の関係をどうこう言う資格もない。

 

 ただ、ミズキは俺と居て寂しくないのだろうか?

 

 

 故郷を離れて、仲の良かった皆と別れて。

 

 

「……お父……さん」

 小さな寝言を呟きながら、彼女は俺の手を握る。

 

「ミズキ……」

 お前が望むなら、俺はその通りにするだけだ。

 もし俺に着いてきてくれるのだとしても、俺が必ず守ってみせる。

 

 

 

 だから、出来るなら。俺はお前と一緒に居たい。

 

 お前の事を見ていたい。俺の気持ちは、それだけだ。

 

 

 

 

「何セクハラしてるニャ」

「……。……よし、起きろ」

「痛い?! え?! 何?! 私寝てないよクック先生!!」

 いや、寝てただろ。というかどんな夢だ。

 

 

「いつまで寝てる気だ」

「誤魔化す気かニャ」

 ……俺は何もしてない。

 

 その気はない。そうだ、そんな気はない。

 

 

 

「うぅ……朝ぁ?」

「起きた所悪いが早く着替えろ。出掛けるぞ」

 俺がそう言うと、ミズキは目をこすりながらも切り替えて立ち上がる。

 インナー姿の細身の少女は、徐に防具を仕舞ってあるタンスに手を掛けた。

 

 やっぱり体付きが女らし───って、何を意識してる。

 

 

「あー……待てミズキ。今日はクエストじゃない」

 知らないうちにミズキもそんな歳になったという事だろうか。

 俺が出会った時はまだ小さな子供みたいな体付きだったのにな。

 

「……ほぇ?」

「今日は飯を喰いに行く。……懐かしい二人とな」

 だからこそ、ミズキには一度しっかりと考えて貰わないといけないのかもしれない。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「ミャーーー! 久し振りミャ、ムツキ!」

 ピンクの毛玉が転がって来る。いや、アイルーか。

 

 

「ギニャ?! 相変わらず騒がしいニャ、モモナ」

「そんなつれない事言うミャぁ。ぎゅー、してやるミャ!」

「暑苦しいニャ!」

 顔が赤いが、照れ隠しなのだろうか。

 

「で、ミズキはどこミャ?」

「ここに居るよ?!」

「誰ミャ、君。私の知ってるミズキはもっと貧相で、男の子と間違われるくらい凹凸の少な───ミャピッ」

「……失礼みゃ。ミズキだって成長してる。いつまで経っても騒がしいモモナと違って、みゃ」

 懐かしい漫才を繰り広げる桃色の毛並みのアイルーが二人。

 

 

 彼女達は、モガの村で農場を営んでいたモモナにミミナ。その二人だ。

 

 

 

「も、勿論分かってるミャー! ちょっとしたジョーク、ミャ。久し振りミャ、ミズキ!」

「あ、そう。……みゃ、久し振りミズキ。ちょっと大人っぽく、なったね」

「うん、久し振り! 二人共!」

 懐かしい二人と抱擁を交わすミズキ。二年ぶりなのだから、やはり嬉しいのだろう。

 普段から良く笑う奴だが、今日は一段と明るい笑顔を見せてくれる。

 

 やはり、寂しかったんだろうな。

 

 

 

 事の始まりは、リーゲルさんが渡してくれた手紙。

 彼が去り際に渡してくれた物はモガの村からの手紙で、今日この日にモモナとミミナが遊びに来るという連絡が書かれていた。

 

 村の事もあるから日帰りらしいが、今日一日はタンジアに居られるらしい。

 

 

 

「それじゃ、ミャぁ。……早速! 名物タンジア鍋を頂くとするミャ! アランの奢りで」

 図々しいな。まぁ、問題ないが。

 

 

「……アランお土産、みゃ。ミズキも」

 タンジア鍋を想像しては涎を垂らすモモナの横で、ミミナが風呂敷を俺に渡してくる。

 それとは違う何かをミズキにも渡してから、彼女は騒ぐモモナの頭を後ろから叩いて止めた。

 

 相変わらず出来た二人である。

 

 

 お土産は……モガハニーか。大切に使わせてもらおう。

 

 

「やった! お父さんのエビフライ!」

「二年ぶりニャーーー!」

 取り出すと同時にお土産を口に入れる二人。エビフライは普段から食べているが、やはりビストロ・モガのエビフライは違うのだろう。

 

 お父さん……か。

 

 

 彼女が今朝、寝言で呟いていたのはどちらの父だったのだろう。

 

 

 

 少し間を置いてから、俺達は集会所に隣接するシー・タンジニャで食事を取る事にした。

 全員でタンジア鍋を注文すると、接客のアイルーがフラフラと五つの鍋を運んでくる。流石、あの身体でこの大きな店を走り回ってるだけはあるな。

 

 

「おぉ! これがタンジア鍋。夢にまで見たタンジア鍋ミャーーー! 熱ーーー! ネコ舌がミャーーー!」

 一人で盛り上がり、床を転がるモモナ。相変わらずの騒がしさだ。

 

 

「モモナは相変わらずだねぇ」

「……みゃ、ミズキはちょっと変わった」

「変わった?」

 ミミナのタンジア鍋に息を吹き掛けるミズキは、彼女の言葉を聞き返す。

 変わった。そうだな、ミズキはあの頃から成長した。

 

 初めて会った時の感想は、本当にただ甘い奴。

 それが今ではしっかりとモンスターと向き合えている。よくも逃げずにここまで来たものだ。

 

 

「……ちょっと、大人っぽくなったかな。髪も似合ってるみゃ。もう少し、伸ばしても良いかも」

「そ、そうかなぁ? えへへ。そんなに可愛い?」

「一般女子程度にはなったミャ!」

「モモナ……」

「一般女子……」

 アホっぽい所は変わらないが。

 

 

 

 

 

 

「それでね、ついに釣れたのがガノトトスの赤ちゃんでね!」

「期待させてソレかミャ!」

「盛大に笑ってやったニャ」

「……でも、面白い人みゃ。格好良い」

「ニャ?!」

 盛り上がる話を聞く事数時間。

 

 積もる話があり過ぎて、時間を忘れて話す四人。

 それはまるで本当の姉妹のようで、見ているだけでも微笑ましい。

 

 

 どうしても、あの頃を思い出してしまう。

 

 

「うーん、話し過ぎちゃったね」

「もうこんな時間かミャ……」

 傾いた日差しを見ながら二人がそう言った。

 交流船の出発は夕方だったか。朝方に観光は済ませていたようだから、後は見送るだけだが。

 

 

「……ミズキ、話がある」

 話すならここだろう。四人が静かになったタイミングで、俺は口を開く。

 

 

「アラン……?」

「モガに帰りたくはないか?」

 俺がそう言うと、ミズキはキョトンとして固まった。頭が理解していないのか、しばらく彼女は間を置く。

 

「え、えと……どう言う事?」

 明らかに落ち込んだ声でそう言って、俺の目を真っ直ぐに見るミズキ。

 蒼い瞳は飲み込まれそうな程に透き通っていて、不安げな表情はどうも見ていて辛い。

 

 

「……別に、ミズキが邪魔だとかそういう訳じゃない。お前が望むなら、俺はこれからもお前と居る」

 違う。それは俺が望んでいる事だ。なんて不器用な奴なんだと、自分に呆れる。

 ただ、一番大切なのはミズキ自身の気持ちだ。だから、俺はゆっくりと大切な選択肢を彼女に聞かせる。

 

 

「ただ、お前はもう充分成長した。きっと俺が居なくてもモガの村でならお前の見付けたかった答えも見付かるかもしれない。……俺と居たって、危険が付きまとうだけで、その答えに遠回りなっているかもしれない」

 どちらも正解とは言えないが、どちらが彼女にとって幸せかは俺でも分かった。

 

「ミズキ、お前が進みたい道を選べ」

 自然と拳を強く握る。

 何故そんな事をしているのか、何故こんなにも俺が葛藤しているのか。

 

 

 これはミズキの問題なのに。

 

 

 

「私は、アランと居るよ」

 ただ、少女はゆっくりと、しっかりと、はっきりとした声でそう言った。

 握っていた拳が解ける。安心しているのか……? 自分でも分からない。

 

 

 ただ───

 

「……そうか」

 ───まだ、ミズキと一緒に居られるんだな。そう思った。

 

 

 

「ミャー? 戻って来ないのかミャ?」

「うーん、ごめんねモモナ。でもね、私まだアランと居たいんだ。教えて欲しい事が、経験したい事がまだいっぱいある」

 そんな必要があるのだろうか?

 

 だが、少女は真っ直ぐな碧眼で俺を見る。

 

 

 その瞳に答える事が出来るだろうか?

 いや、答えよう。彼女が俺を求めてくれる限り。俺の出来る範囲内で。

 

 

 

「だからね、モガに帰るのはもう少しお預けかな。でも、絶対に帰るって約束する」

「ま、そんなに言うなら仕方がないミャ」

「……モモナに決定権はない、みゃ。ミズキ、応援してる」

「えへへ、ありがとう」

 その笑顔を俺は守れるだろうか。

 

 

「ボクはミズキに付いていくだけニャ」

「ムツキは別に帰って来ても良いんじゃミャー?」

「……みゃ、モモナが寂しいだけでしょ?」

 彼女の望む答えに、俺は彼女を導けるだろうか。

 

 

「そんな事ミャー!」

「……どうだかみゃ」

「ミミナは寂しくないの?」

「……超、寂しい」

「ふふ、たまには村に行けるようにするね」

 俺の進めなかった道に、彼女を導けるだろうか。

 

 

「……是非に、みゃ」

「偶には帰って来るミャ!」

「二人とも、そろそろ時間ニャ」

「ミャー」

「みゃー」

 短く鳴いて、席を離れる二人。

 

 そんな二人を見送るために、俺達は港に向かう。

 

 

 

「おぉぅ、お嬢ちゃん! 久しぶりゼヨ!」

「お久しぶりです、船長さん。村長さんやアイシャさんにも、よろしく言っておいて下さい」

「任された! 物も言葉も、しっかりとこの船で運ぶゼヨ。はっはっ!」

 飯を食べて居る間に書いていた手紙を交流船の船長に渡すミズキ。

 

 

 本当に残ってくれるんだな……。

 

 

「み、ミミナ! これボクからのお土産ニャ。タンジアの港限定お魚キーホルダー!」

 なんてベタな。

 

「みゃ? ありがとう、ムツキ」

「ミャー?! 私のは?! 私のは?!」

「モモナにはこれでもくれてやるニャ」

「はじけイワシの…………にぼし?」

「栄養満点みゃ」

「なんかおかしいミャーーー!!」

 相変わらず騒がしい奴等だ。

 

 

 

「さーて、出発ゼヨ!」

 そんな事をしている間に時間がやってくる。

 モモナより、ミミナの方が最後は名残惜しそうにしているのが印象的だった。

 

 

「……ミズキ、また……会えるみゃ? 絶対に、帰ってくる?」

「うん。絶対に。大丈夫だよ、アランも居るもん」

「ぼ、ボクも居るニャ!」

「……みゃ、そうだね。信じてる」

「ほーらミミナ、出発ミャ。置いてくミャー! あー! にぼし美味いミャー!」

 お土産が一瞬で無くなったが良いのだろうか。そういえば俺からも一応渡しておく物があったな。キレアジの干物だが。

 

 

「……みゃ、またね」

「うん、またね」

 名残惜しそうに船に乗り込むミミナ。そんな彼女を、モモナが引っ張り上げて頭を撫でる。

 

「ミャ、アラン!」

「ん? なんだ?」

 珍しいな、ネコの方から声を掛けてくるなんて。

 そんな会話の間に、錨が外されて船が傾いた。

 

 

「ミズキの事、任せたミャ!」

「……。……あぁ」

 突き出された拳に答える。その手が重なった瞬間、船が動き出して触れていた手が離れた。

 

 

 

「土産だ、持ってけ」

 離れていく船に、俺からの土産を投げ付ける。モモナが顔面で受け取り損ねたソレをミミナはしっかりと受け止めた。

 

 

「恩に着るミャ! では早速───って、またにぼしーーー!」

「みゃ、栄養満点。良かったね」

「クソミャ! ヤケクソミャ! にぼしうめーーー!」

 ふ、悪いな。それしか手持ちがなかった。

 

 

「あっはは。……またね! 二人共!!」

「まーたミャー!」

「またみゃー」

 船が目に見えなくなるまで、ミズキとムツキは手を振り続ける。ムツキの方は、若干遠い目をしていたが。

 

 ミズキは、真っ直ぐな瞳でその船を見送っていた。

 

 

 

 

「良かったのか?」

「なんで?」

 唐突な質問に、彼女は首を傾ける。

 沈んでいく夕日が金色の髪を照らして、碧眼に反射していた。

 

「俺と居ても、辛い事を経験するだけかもしれないぞ。孤島の方が生態系も安定している。……殺さなくて良い事の方が多い。今のお前なら、一人でだって───」

「それじゃ、意味ないから」

 俺の言葉を遮って、ミズキはそう言う。

 

 

 意味がない……?

 

 

「これまで私がいろんな人と、いろんなモンスターと出会って……いろんな経験を出来たのはアランのおかげ。そこで私なりの答えも見つけたけど、私の解答(私の進みたい道)はまだ分からない。だって、私バカだから。まだアランに教えて欲しい事、いっぱいあるんだ」

「……そうか」

 そこまで行ったのなら、もう一人でも大丈夫なのにな。

 

 

 それでも───いや、だからこそ。俺はミズキの選ぶ道を見たい。

 彼女の側で、彼女の見つけた答えの先を見たい。

 

 

 

 だから、これは俺のわがままなんだ。

 

 

「それとね、アラン」

「なんだ?」

「私、アランに貰ってばかりだから。……えと、お礼がしたいなって」

 俺は何か出来ていたのだろうか?

 

「お礼……?」

「アランの手伝いがしたい。……えーと、怒隻慧だっけ? あのイビルジョー」

 突然ミズキの口から出て来るその名前。

 

 背中を杭で打たれたかのような寒気を感じる。

 ダメだ。それだけは、ダメだ。

 

 

「私ね、あのモンスターと会った時、不思議な感覚がしたんだ。怖いモンスターの筈なのに、暖かいような、変な感じ。……あの感覚がなんなのか知りたいし、やっぱりソレがなんであれ、あのイビルジョーは倒さなきゃいけないって事くらい分かるから」

「……ダメだ」

「アラン……?」

 ダメなんだ。

 

 

 俺はもう、失いたくない。

 

 リーゲルさんの言葉だとか、ミズキの安全だとか、そんな事よりも俺は誰かを失うのが嫌なんだ。怖いんだ。

 

 

「アイツは俺だけで殺───」

「それでも私は、アランと一緒に居たいな。……邪魔かな?」

 

 

 ──ごめんね、アラン──

 

 

 なんで、あの時の事を思い出したのか。

 

 あの時、俺が手を伸ばしていれば。俺の手が届いていれば。

 

 

 

「アランって……怒隻慧の事を考えてる時、凄く怖い顔するんだ。私、それが嫌だ。……アランにそんな顔して欲しくない、だから───」

「なぁ、ミズキ……」

「アラン……?」

 

 

 ──ミズキの考えを尊重して貰えば良い──

 

 

 あぁ、そうだな。

 

 そうだった。

 

 

 

 だったら、俺のする事は一つだ。

 

 

 

「絶対に、お前は俺が守る」

「……。……うん! 私も、アランの力になりたい!」

 夕日に照らされた少女の笑顔は眩しくて、俺は彼女の頭を撫でる。

 

 

 もう何も失わないと誓おう。

 

 

 その為に、俺はアイツを殺す。

 

 

 そうすればきっと───

 

 

 

 

「うぅ……行ってしまったニャ」

「で、こいつは黄昏てるがどうしたんだ?」

「多分二人に会ってホームシックが加速したんじゃないかな?」

「……ミミナにまた会いたいか?」

「そ、そ、そんな事ないニャ?! べ、別にぃ?! ボクはミズキのお兄さんだしニャ?!」

「分かりやすいなお前」

「ムツキどうしたの?」

「お前は鈍感な方か。ムツキはな───」

「しゃらーーーっぷ!! 続きを言ったら顔面真っ赤に染めてやるニャぁ!!」

「え? 何? 何? どうしたのムツキ?」

 

 

 ───そうすればきっと、また昔みたいに笑えるから。




これで三章終わりにしてもいいんじゃないかな……?なんて思ったり。

リーゲル、モモナ、ミミナの再登場でした(`・ω・´)
自分で書いてても懐かしいです。キャラ変わってなきゃ良いけど……。


感想評価お待ちしておりますよー。

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