モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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泥棒ネコと少女のお話

「えーと、ムツキ君はギルドに連行されました」

 とある日、とあるクエストから帰って来たその日。

 

 

 家の前で待っていたアランの知り合いのギルドナイト、ウェインさん。

 どうしてか家に居なかったムツキの行方を知っていた彼は、苦笑いしながらそんな言葉を落としました。

 

 ちょっと今回はムツキの都合でお留守番だったんだけど……。……え? 何したの? ムツキ何したの?!

 

 

「今ギルドの裏方で捕まってるので、一緒に迎えに行きましょうか」

「……悪いな。俺の仲間が迷惑をかけて」

「アランさんが……仲間ねぇ」

 あれ? アランは何か変な事言ったかな?

 

「ムツキ……」

 うーん、しかし本当にムツキは何をしたんだろう。

 

 

 昔のムツキは少し悪い子だったって話は聞いた事あるけど、今はそんな事ない筈。

 

 

 ……ムツキは、悪い事なんてしないよね?

 

 

   ◾️ ◾️ ◾️

 

 ミズキとアランがクエストに出掛けて、ボクは久し振りに一人で過ごす事になった。

 

 

 思えばアランに着いてモガを出てから───いや、ミズキと会ってからずっと誰かの側にいた気がする。

 だからだろうか? 一人になると、ミズキに会う前───このタンジアで過ごしていた時の事を思い出すんだ。

 

 

「確か……この辺だった筈ニャ」

 港外れの住宅街。昔からあまり変わってない風景の中で、記憶を辿る。

 

 

 あの少女の家を。

 

 

「……ここ?」

 微かに記憶との違いはあれど、目的の場所を探し当てたボクは、何をするでもなくただその家を観察した。

 そういえば昔もこんな事をしていた気がする。よく一つの家に狙いを定めて、その家の住人の出入りだとか一日の行動パターンとかを調べていた。

 

 ───そして、空き巣に入る。

 

 

「今思えば相当な悪党ネコだニャ……」

 それ以外にも人混みの中でスリだとか。アイルーに化けて近寄って物を盗んだりだとか、色んな事をしていたのを思い出す。

 

 ……あの頃は若かったんだ。若気の至りって奴だろう。

 

 

 

 ともあれ、懐かしい記憶に引き寄せられてボクは自然とその家に近付いていた。

 あの子に会ってはいけない。そんな事は分かってる筈なのに、身体は自然と前に進む。

 

「ま、まぁ、万が一バレてもあの子にはボクが誰だか分からない筈ニャ」

 なんて言い訳を吐きながら、ボクは更に家に近付いた。

 

 

「うわっと?!」

「ぎにゃ?!」

 ふと声が聴こえて、次の瞬間視界が反転する。

 

 何かに押されて倒れた身体を持ち上げると、ボクの隣には見知らぬ小さな男の子が倒れていた。

 

 

「だ、誰ニャ……?」

 あれ? おかしい。この男の子、この家から出て来たのか?

 でもこの家はあの子の家の筈。友達? いや、そんな歳でもないと思う。

 

 

「それはこっちの台詞だよネコ! どちらさん?」

「あ、いや。ボクは決して怪しい者じゃないニャ?!」

「本当かなぁ?」

 そんな目で見ないで。本当は普通に怪しい者だから。空き巣とかやってたネコだから。

 

 

「あら、この辺りにメラルーなんて珍しい。ふふ、空き巣さんかしら?」

 そんな男の子とのやりとりの横から出て来たのは、見知らぬ奥さんだった。完全にこの家の人だ。

 道を間違えたのだろうか……?

 

 

 いや、この家はあの子の家だった筈。

 

 

 

「あの……にゃ、この家に金髪の女の子と男のハンターが住んでたと思うニャ。……知らないかニャ?」

「人を探していたのね。……女の子は知らないけれど、私が住む前にハンターさんが住んでたみたいよ? 今は引退して漁師になったらしいけど」

 おかしい。

 

 

 何かがおかしい。

 

 

 記憶と違う。

 

 

「そ、そうかニャ。ありがとうニャ」

 ボクは不思議に思いながらもその場所を後にする。

 

 

 記憶違いじゃない。

 

 

 あの家は確かに───

 

 

 

「……あいつ、どこに行ったニャ」

 ───あの娘が住んでいた家の筈。

 

 

   ■ ■ ■

 

 それは、まだボクがミズキと出会う前。

 タンジアでメラルーとして、人から物を奪って生きていた時の事だ。

 

 

「前回は中々上物だったニャ。さて、次はどの家を狙おうかにゃ!」

 当時のボクはそれはもう悪いネコで、空き巣にスリ強盗をタンジアで好き放題。

 そのどれも完璧にこなし、未だに捕まらず。ハンターの私物を狙い、それを裏で商人に売りつけていた。

 

 

 おかげでハンターのアイテムの使い方とか、作り方とかを覚えてしまったけど、それじゃボク達野良メラルーは生きていけない。

 ボク達はアイルーのように人に好かれるような存在じゃないから、こうやって人の物を奪って生きる。

 

 生き物っていうのは、他の生き物から何かを奪って生きているんだ。命を糧にして生きている。

 それはボク達メラルーも同じだし、人間───ハンターだって同じだ。ボクは間違った事なんてしていない。

 

 

 ……ハンターだって、ボク達から住処を奪っていったのだから。

 

 

「次はあの家だニャ」

 そう思いながらボクはタンジアで日々を過ごす。

 人間に媚びを売るアイルーと違ってボクらは人間に嫌われてるから、捕まったら最後。

 

 

 その少女に会ったのは、そんな日々のある大雨の日だった。

 

 

 

「……しめしめ、ここ数日の調査であの男が装備を着て出て行った日には最低でも半日は帰ってこない。半日あれば余裕ニャ」

 何日か一つの家を見張り、男が一人しか出入りしていない事と防具で外に出るときは必ずクエストに向かう事を突き止める。

 これでこの家の主は居ない。持ち物も盗みたい放題だ。

 

 

 逃走用の閃光玉が減って来たから、素材かそれそのものがあったら調達しよう。後は金目の素材。

 そうやって計画を立てて、ボクは扉をそっと開けた。雨の中、暗い室内を見回す。

 

 ベッドが一つと、浴室を確認。続いてお目当ての素材ボックスを見付けて、ボクは蓋を持ち上げて落とした。

 

 

「さーて、何がある───」

「……誰?」

 ふと、誰も居ない筈の部屋から声がする。

 

 

 

 え、にゃに?! 誰? いや、こっちが聞きたい! 誰?!

 

 

「ニャ?!」

 振り向いた瞬間、大きな雷が鳴ってベットの近くの窓が光る。

 一瞬明るくなった室内。視界に映るのは、ベッドに座り込んで僕の方を見る一人の少女だった。

 

 

 

 し、しまった……。一人暮らしじゃなかったのか。

 でも結構な日数観察していたのに、この女の子は一度も家から出て来なかった。

 

 病気とかで寝込んでいるのかな?

 

 なら、捕まる心配はないかもしれない。

 

 

 

「まさか人が居たとは思わなかったニャ……」

「もしかして、アイルーさん?」

 あんな人間に媚を売ってる奴等と一緒にしないで貰いたい。ボクは誇り高きメラルーだ。

 

「残念、メラルーだニャ。お前の家の物を盗む為に空き巣に入ってやったんだニャ」

 動き出す様子のない少女を見てボクは安心して、自分がメラルーである事を口にする。

 アイルーと勘違いされるなんて心外だ。他のメラルーがどう思ってるかは知らないけど。

 

 

「泥棒さん……?」

「まぁ、そうだニャ」

 さて、ハプニングはあったけどもこれなら大丈夫そう。とっとと取る物取って退散するに限る。

 そう思って少女を無視し、僕はボックスの中身を確かめる為にジャンプした。さてさて、何が入ってるか───

 

「───にゃ?」

 なんだこれ……?

 

 

「……残念だけど、この家に取る物はないよ泥棒さん。ごめんね、私のせいでビンボーだから」

 振り向くと、少女は手探りでベッドの形を確認しながら立ち上がる。

 ゆっくりと慎重に身体を動かす少女は、数秒かけてやっと立ち上がった。

 

 目が見えていないのだろうか? 視覚に障害がある彼女を養う為に、あの男のハンターが素材を全部売っぱらっているのかもしれない。

 

 

 ……この家は大外れである。

 

 

「……目が見えてないのかニャ?」

 意気消沈してやる気が削がれたので、ボクは気になった事を口にした。

 

「え? ……ぁ、うん。そうなの」

 驚いたような表情をした少女は、金色の髪を掻きながらそう答える。

 何を驚いたのか知らないけど、目が見えていないならボクとしては都合が良かった。

 

 ここまで来て何も収穫無しに帰るのは流石に勿体ないし、何か売れそうな物を徹底的に探すとしよう。

 盲目の少女にボクが捕まる訳もないし。

 

 

「立ち上がった所悪いけどニャ、捕まえようとしても無駄だから座ってた方が良いニャ。まぁ、危害を加える気はにゃいし」

 別にボクも人間が憎い訳じゃない。ただ嫌いなだけだ。

 

「うーん、ならお言葉に甘えちゃおうかな」

 凄い素直。

 

 

「す、素直でよろしいニャ」

 普通大声をあげるとか、他にも何やら抵抗する手段はあると思うのだけど。

 まぁ、彼女にその機がないならそれで良い。ボクは何か売れる物がないか探してみよう。

 

 

「……ったく、本当にロクなものがないニャ」

 ハンターなら予備の武器とか防具とか、回復薬とかくらい家にも置いておく物だろうに。

 

 

「ごめんね、泥棒さん」

 なぜお前が謝る。

 

 

「私、病気なの。それで、治療費でお兄ちゃんもギリギリの生活してて……」

「……それでこんなに何もない訳かニャ。病気って、その眼は病気なのかニャ?」

 ついに探す所もなくなってしまったので、ボクは少女の言葉に質問を返した。

 別に興味もなかったけれど、本当にこの家には何もない。ベッドやタンスなんて持ってはいけないし。

 

 

「ぇ? あー、うん。そうなんだ」

 はっきりしない奴だな……。

 

 

「どういう病気なんだニャ?」

「うーん、分かんない」

 ダメだこりゃ。

 

 

「ずっとその調子なのかニャ?」

「ううん、最近」

 それはご苦労な事で。

 

 

「お兄ちゃんは高い治療費の為に、大変なハンターの仕事をしてるの。……私は何もせずに、お兄ちゃんの時間を奪ってるだけなんだ」

「奪ってる……」

 その言葉はボクに少し引っかかる。

 

 

「小娘、いいかニャ? 生き物はなんにせよ、他の生き物から何かを奪って生きてるんだニャ。糧となる肉とか、住処とか、人間は相手の時間を奪ってお互いに依存するし、ボク達メラルーなんかは人の物を奪って生活してたりする。ハンターもモンスターの命を、言うならば奪ってるのニャ」

 奪うという言葉を悪い意味で使われるのは心外だ。

 

 確かに人間からすればボク達の行為は悪い事なんだろうけど、人間だって他の生き物から住処や命を奪って生きている。

 生き物はそういうものなんだ。ボクはずっとそう思って生きてきたから、これだけは譲れない心情だった。

 

 

「生き物は何かを奪って生きている……。それじゃ、何も奪わない人はいないの……?」

「そんなの、生き物じゃないニャ。自分一人で自己完結出来るなら、一生一人で生きていれば良い。それが出来ないから、ボク達は良かれ悪かれ関わり合って生きてるニャ」

 人間は不自然に相手の時間を奪う。相手と一緒に居たいと言って、お互いに依存し合う。

 そうしないと生きていけない弱い生き物なんだ。それも別に、ボクは悪い事だとは思わない。

 

 理解はしないけど。

 

 

「一生一人……。……一人は、嫌だな」

「お前には、その、お兄ちゃんとやらが居るニャ。甲斐甲斐しくハンターまでして稼いでくれてるお兄ちゃんがにゃ」

「私、お前じゃないよ。シズミっていうの」

 いや、知らんがな。

 

 

「お兄ちゃんは、くえすと? で帰って来ないし。寂しいもん。ねぇ、泥棒さん。明日も来てくれない?」

「お前アホかニャ。泥棒に明日も来いとか、アホかニャ。そもそもこんなに何もない家頼まれても二度と来ないニャ」

 明日からはまた別の家に狙いを定めよう。今回は大外れだった。

 

 

「あるよ、お宝」

「ほぅ……」

 せっかく泥棒が帰ろうとしているのに、お宝がある事を自白するとは。罠……には見えない。

 

 

「お宝って何ニャ?」

「こっちの、それ……あ、えーと。ベッドの近くにある小さな棚の引き出しに入ってる」

 何それ凄い罠臭いんだけど。いや、でもそうは見えない。こいつは何を考えてるんだろうか……?

 

「ここかニャ」

 あ、いや、目が見えてないんだっけか。

 

 

 返事を聞く前にボクは小さな棚の引き出しを引く。

 

 

 

 中には二つほど羽の付いた首飾りが締まってあった。

 綺麗な羽。モンスターの物だろうか? だとしたら、高く売れるかもしれない。

 

 

「この首飾りかニャ」

「うん、私のお宝なんだ。綺麗でしょ」

 目が見えていない筈だけど、僕の方をしっかり向いてそう言う少女。

 確かに綺麗。ただ、態々このお宝の在り処をボクに教えた理由が分からない。

 

 その答えは直ぐに少女の口から落ちる。

 

 

「それ、あげるから……その、明日も……来てくれないですか? 泥棒さん」

「お前泥棒の事なんだと思ってるんだニャ……」

 盗んだらボクの物なんだから、あげるとかそういう問題じゃない。

 

 

「……来て、くれない?」

「来ないニャ。このお宝も売っぱらって二度と来ないニャ。収穫無しじゃなくなって良かったニャ」

 なんだかよく分からないが、これで何日も見張った大損も少しは取り戻せる筈だ。

 上質なモンスターの羽ならそこそこの値段になる筈だし。

 

 

「取って行っちゃうの……?」

 本当にこの首飾りは少女にとってお宝だったのだろう。

 そしてそれ以上に少女は一人が寂しくて、お宝を渡してでも寂しさを紛らわせたかった。それが泥棒相手でも。

 

 

 ……そんなの、ボクには関係ない。

 

「……そっか。ううん、引き止めてごめんなさい。お宝、大事にしてね」

 だからそんな表情をしないで欲しい。

 

 

「行っちゃうの……? ごめんね、泥棒さん」

「……ったく」

 どうしてこうも人間は、他人の時間を奪う生き物なんだろう。

 

 

 

 

 日付が変わって次の日。

 

 日が昇り始めた頃に、ボクは自分でも訳が分からず昨日と同じ家の前に立っていた。

 

 

 昨日奪った首飾りはそのまま首に掛けて、扉をゆっくりと開ける。大丈夫、例のハンターはまだ帰って来てない筈。

 

 

 

「……泥棒さん?」

 足音で兄ではないと気が付いたのか、少女はボクが部屋に入るなりそんな言葉を自信なさげに落とした。

 

「勘違いするにゃよ。ボクは昨日落とした落し物を拾いに来ただけだニャ。あー、あの首飾りなら売っぱらったニャ」

 どうせ眼が見えていないんだ、好き放題言っておこう。

 落し物を探す、とか言っておけばここに居る理由にもなるし。言い訳は完璧だ。

 

 

 で、なんでそこまでしてこの何も無い家にまた来たかというと……やっぱり自分でも理解が出来ない。

 

 

 少女が哀れだったのか? 違う。

 

 まだ他にお宝があると踏んだのか? 違う。

 

 

 

 ただ、きっと、気が付いてしまったんだと思う。気が付かされてしまったんだと思う。

 

 

 ボクも、一人は寂しかった。今まで考えた事も無かったけれど、少女の言葉をふと思い出してしまう。

 

 一生一人、一人は嫌だな。

 

 昨日ボクは、そう言った少女の表情を思い出しては自分に問いかけた。

 一人が寂しいか。一人は嫌なのか。

 

 

 

 その結果が今なんだと思う。

 

 

 恥ずかしながらきっと、ボクも一人は嫌だったんだ。その事に気が付かされてしまった。

 だからこの少女には責任を取ってもらう。ただ、素直になるのは恥ずかしいから、ボクはこうしてまだ泥棒さん(・・・・)として振る舞った。

 

 

 

 

「……ふふ、そっか」

 お宝を売られてしまったというのに、ボクが来たのが嬉しかったのか?

 少女は柔らかく笑ってベッドの上で腰を上げる。そういえばどんな病気なんだったか。いや、彼女自身は分からないって言っていたっけ。

 

 

「だ、だから落し物を探してる間……話くらい聞いてやるニャ。言っておくけど、落し物が見つかったらすぐに帰るからニャ!」

「うん、ありがとう。泥棒さん」

 そうしてボクは、絶対に見付からない落し物を探しながら少女の話し相手をする事にした。

 ずっと一人で暇だったのか、少女の口は止まる事を知らないよう。帰るタイミングを忘れかける程だ。

 

 

「……ったく、結局見付からなかったニャ。しょうがにゃい、明日も来る事にするニャ」

「うん、待ってるね」

「だから勘違いするにゃ! 落し物を探しに来るだけニャ!」

「うん、分かってるよ泥棒さん」

 本当に分かっているのだろうか……? いや、嘘を付いているのはボクなんだけども。……バレなきゃ良いだろう。

 

 

 ボクとこの奇妙な少女の関係はこうして始まった。

 

 

 

「……治すのにそんなに金が掛かるのかニャ?」

 そんなある日。

 

 少女の病気の話になって、ボクは彼女に質問を投げ掛ける。

 聞けば毎日飲んでいる薬が高いらしく、ハンターの兄も腕が良い訳ではないから収入が足りないと少女は答えた。

 

 

 結局、人間の世の中は損得なのだろう。

 どれだけ少女が困っていても、お金を払わなければ誰も救ってはくれないんだ。

 

 

「私は……生きてるだけで、お兄ちゃんに迷惑を掛けてるだけだね。こんなの、生きてるっていうのかな?」

「迷惑だと思ってるなら、ハンターなんて命懸けの仕事はしないと思うニャ。それに前も言った筈ニャ、生き物は他の生き物から何かを奪って生きているって。だからお前は立派に生きてるニャ」

 言ってしまえばボクの方が人間に迷惑を掛けて生きている。まぁ、この生き方を変えるつもりはないんだけども。

 

 

「私は……まだ生きてる?」

「何言ってるニャ、ピンピンしてるニャ。その眼だって、ちゃんと治療をしていればきっと良くなる筈ニャ」

 だからそんなに沈み込んだ表情は辞めてもらいたい。

 ボクはお前の暗い表情より、何考えてるか分からない無垢な表情の方が見てて安心するんだから。

 

 

「うーん……そうだね。治ったら、良いなぁ」

「治らないのかニャ?」

「今のお薬は、病気の進行を遅らせる? お薬なんだって。直すお薬は、もっと高いみたいで買えないんだ」

 なんだそれは……。ったく、人間ってのは本当に利益にしか興味がないのか。

 

「それじゃ……ずっと治らない。……治せないって事かニャ?」

「……お兄ちゃんが、俺がもっと凄いハンターになって、助けてやるって、そう言ってたけど」

 結局金な訳かニャ。

 

 

「お前、眼が治ったらやりたい事……あるかニャ?」

「うーん……ハンターさんになりたいかな」

 華奢な身体でガッツポーズを取りながらそう言う少女。とてもじゃないが似合わない。

 

「……またなんでニャ。ハンターなんて、性格悪いし血の気が多い、野蛮人の集まりニャ」

「だって、泥棒さんが言ってたもん。……生きるって、何かを奪う事だって」

 盲目の少女は、それでもボクにしっかり視線を向けながらそんな言葉を落とした。

 

 

「ハンターって、それを一番体現してると思うんだ。モンスターの命や、色々な物を奪って生きてるの。泥棒さんの言う通りだと思う」

 いや、そこまで考えてはなかったけども。

 

「ふーん、そうかニャ。まぁ、ボクはハンターなんて嫌いだけど、精々頑張るニャ」

 そう言ってボクは扉を開ける。今日は少し大物を狙うとしようか。

 

 別に、彼女の為なんかじゃない。そろそろ彼女と話すのも、飽きてきただけだ。

 

 

「泥棒さん……? 帰っちゃうの?」

「ん、落し物が見つかったからニャ。もう二度と来ないニャ」

 それに、ボクもこのままじゃ彼女に依存してしまうかもしれない。

 本当に数日だけだったけど、彼女と話してる時は時間を忘れるようだったから。

 

 

「泥棒さん……」

 でもボクはメラルーだ。そんなのは許されない。

 

 

「私ね、ハンターになるね」

 だから、お別れだ。

 

 

「私、泥棒さんの事忘れないから。私、泥棒さんのお陰で、生きるって何か分かったきがするから」

 少しの間だったけど、楽しかった。

 

 

「あ、そうかニャ。まぁ、お前も達者で暮らせニャ」

「だから、名前で呼んでよぉ! シズミだよ、泥棒さん!」

「はいはい、さようならお前さん」

「……もぅ、意地悪な泥棒さん」

 意地悪じゃない泥棒がいてたまるか。むしろかなり優しい泥棒だぞボクは。

 

 

「……さようなら、泥棒さん」

 うん。さようなら。

 

 

 

 

 

 その日、僕はタンジアの集会所に帰って来たハンターからモンスターのレアな素材を奪って逃走した。

 勿論直ぐに大勢のハンターや関係者に追い回されて、時には捕まって、なんとか逃げて、捕まって、痛めつけられて、なんとか逃げた。

 

 なんでここまでするんだろうって思ったけど、きっとそれは彼女がボクと同じだったからだ。

 

 

 一人ぼっちで寂しいのに、誰も助けてくれない世界で生きている。

 唯一違うのは、彼女には支えてくれる家族がいる事だろう。

 

 ボクには家族が居ない。だから、きっとボクはいつかダメになる。

 だけどあの子はきっと、病気さえ治れば幸せになれると思うんだ。

 

 

 だから、幸せになって欲しい。

 

 ボクの代わりに、幸せになって欲しい。

 

 

「……っ。はぁ……はぁ……。ここまでは流石に追って来ない筈───」

「見つけたぞ糞猫ぉ!」

「にゃっ?!」

 背後から蹴られて地面を転がる。足が痛い、手も痛い。なんなら全身痛くて立てそうにない。

 

「我等がアキラさんのレア素材奪いやがってよぉ。テメェタダで済むと思ってんのかぁ、あぁ?!」

「ぎゃっ」

 もう一度蹴られて地面を転がる。首根っこを掴まれて持ち上げられて、ハンターの男はボクの首元に目線を落とした。

 

 

「なんだテメェ。メラルーの癖に小洒落た首飾りなんてしやがって」

 首飾りを引き千切るハンター。それはボクのじゃない。あの少女の物だ。

 

「……にゃ、返せニャ!!」

「あ? 人の物奪っといて返せとは良い度胸だなおい!」

 確かに悪いのはボクだ。ずっとこれまでだって悪かったのはボクだ。

 

 

 あの少女には格好付けた事言ったけど、結局奪うという行為は悪い事だ。そんなのは知っているんだ。

 

 

 でも、今回だけは、これだけは譲れない。

 

 

 どうせボクには帰る場所も家族も無いんだ。だから、今回だけは、譲れない。

 

 

 

「返せ……にゃぁ!!」

「ぎゃっ! 痛ぁ?!」

 ハンターの顔を引っ掻いて、力が抜けた瞬間に首飾りを取り戻して走る。

 追ってはもう来てない、少女の家はもう少しだ。

 

 時間は太陽が沈んでからかなり経った深夜。きっと少女も寝ているだろう。

 

 

 血だらけの手でドアを開け、真っ暗な部屋を手探りで進んでいく。

 少女のベッドは暖かい。彼女の兄が帰ってくるたびに洗ってくれるそうだ。

 

 

 

 ボクにも、家族がいたら。……お前みたいに幸せに生きる事も出来たのかもしれない。

 

 

 でも、ボクは違うから。

 

 

「……これは、返すニャ。売ったとか言ってごめんニャ。恥ずかしかったんだニャ。……話しかけてくれたのが嬉しかったんだニャ」

 寝息を立てる少女に話し掛ける。流石に聞こえていない。聞こえていたら恥ずかしい。

 

 

「あとこれ、結構レアな素材ニャ。そうは言ってもありふれた物だから、盗んだ物とはバレない筈。これ売ったら、結構な金になる筈ニャ。……とっとと病気治して、ハンターにでもなんにでもなれニャ」

 そうとだけ言い残して、ボクはその家を離れた。

 

 

 そして出来るだけ家から離れて、そこでハンターに見つかる。

 タンジアから運良く逃げれないかと思ったけれど、ハンター達はしつこくも追い回して来た。

 

 

 

 その後の記憶が少し定かではない。結構な数のハンターに囲まれて、それは人気者になっていた覚えがある。

 全身痣だらけになった訳だけど。

 

 

 記憶があるのは、ギルドの留置場で目覚めてからだ。

 

 

 

「よぅ、子猫ちゃん。お目覚めかい」

「……ボクはどうなるニャ?」

 赤いコートを着たギルドナイトに聞く。そういえば、窃盗で捕まったメラルーは殺されるって話を昔聞いた事がある気がした。

 

「そりゃお前、メラルーの窃盗には人間様も困ってるからよぉ。どうなるかくらい分かるだろ? 言わせんなよ。言うのも中々辛いんだぜ?」

「あー、そうかニャ」

 まぁ、こうなるとは思っていたし。覚悟はしていた。

 

 今まだ生きている事だけでもありがたい状態だと思う。あのまま殺されていてもおかしくなかったし。

 

 

「処分は今決めてる訳だが、参考までに聞かせてくれよ。……お前はなんで盗みを働いた?」

「……生きる為ニャ」

 ボクはこれまで自分の為だけに人間から物を奪っていた。それが生きるって事だと思っていた。

 でも、そんなのは違った。毛嫌いしていた人間の、誰かに依存する生き方を知ってしまった。

 

 一人で居ても、生きている事になんてならないと知ってしまった。

 

 

 だからボクは自分の為に、自分が生きる為にあの素材を盗んだんだ。あの少女の為なんかじゃない。

 

 

「……そうかい。そんじゃま、判決を楽しみにしてな」

 

 

 

 

 それから数日が経った。

 数週間か、数ヶ月か。時間感覚が狂ってきた辺りで、やっと判決が下りたらしい。

 

 

「喜べネコ。極刑は免れたぜ。……島流しの刑だ。このお手製の筏に流されてタンジアの海に沈めってよ」

 いや、それ結局極刑なのでは。

 

 泳げたらもしかしたらそのまま逃げられるかもしれないけど、残念ながら僕は泳げない。泳ぐ練習とかした方が良いだろうか?

 

 

「いつ流されるニャ……?」

「今日、今から」

 これは死んだ。

 

 

「ほら出ろ」

 手錠と足枷を付けられて、ボクは久方ぶりに外に出る。

 雨の降る夜。なんでよりによって雨の日に? 殺す気満々なんだけど?

 

 

 抵抗する力も残っていない訳で。ボクは言われるがまま港まで連れて来られた。

 

 ふと視界に気になる光景が映る。こんな時間で雨が降っているのに、人が大勢集まって海の方を見ているんだ。

 皆が視線を送る先にボクも目をやると、木で出来た大きな箱を海に流そうとしている。

 

 

「アレはなんニャ?」

「あ? あー、タンジアじゃ珍しくねーよ。水葬だ。おっ死んだ奴を母なる海に返すって奴」

 ボクはまだ生きてるから母なる海に返さないで欲しい。

 

 

「……お前、幽霊って信じるか?」

「……そんなもん、いないと思うニャ」

 唐突になんだ。

 

 

「信じる物は救われるって言うぜおい。何事も信じてみるもんだ。……例えば奪う事が生きる事だとかいう戯言もな。そんな戯言を信じて救われた奴も居る。……だから、まぁ、偶には下らない戯言も信じて生きてみろよ」

「何言ってるニャ、おま───ぁぁあああ?!」

 突然海にボクを突き落とすギルドナイト。この悪魔! 悪党!!

 

 着水した筏はもうその時点でバラバラになりそうだ。こんなので漂流したら死ぬ。絶対に死ぬ。

 

 

 これまで死ぬのに抵抗とか無かったけれど、いざ目の前にそれが来ると凄く怖い。

 

 

 雨が冷たい、海の水が冷たい。一人は寂しい。誰でも良いから助けて……。

 

 

 

「ニャ……ニャぁ……」

 少し流されて、タンジアの港も雨の際で見えなくなってしまった。これは終わった。もうどうしようもない。

 そう思った矢先、目の前に木の箱が流されてくる。さっきの水葬で流された棺桶……?

 

 誰の棺桶か知らないけれど、この筏よりは幾分かマシな筈。

 もうこの際幽霊でもなんでも良いから助けて欲しい。

 

 ボクはなりふり構わず棺桶を開けて中に入る。雨が当たらないから暖かいし、お供え物の中には食べ物がいくつかあった。

 真っ暗で遺体の顔は見えない。誰だか知らないけれど、悪いが奪わせて貰う。

 

 それがボクにとって生きるって事だから。

 

 

 いや、でも、もし、もし生き残れたなら。

 

 

 今度は真っ当に生きて、こんな恐ろしい目には合わない生き方がしたい。

 

 

 もし、生き残れたなら。暖かい誰かの側で、家族みたいに───

 

 

 

 

 

「───コさん? ネコさーん? 大丈夫……じゃ、ないよね。ちょっと待ってて!!」

 そしてボクは彼女に出会う。

 

 不思議な事に、気を失ってる間に島に流れ着いていたらしい。

 

 

 奇跡だと、ボクは思っている。───思っていた。

 

 

 

 いや、きっと、それは奇跡だったんだと思う。




ムツキはツンデレ。

久し振りに二話編成です。それで、次のお話で三章は完結ですね。
本当はこの話を一話で書いて最後にお話を書く予定だったのですが、久し振りの執筆で下手くそになっていたのか纏められませんでした……。
とはいえ、次だ三章も終わり。過去編を一話削って短編を一話増やすかもしれませんが、とりあえず終わりです。

実はこの時点でRe:ストーリーズ全体の物語として半分です。あと五十話くらいあります。読者の皆様が飽きてしまわないよう、精一杯書いていく所存です。



さてさて、それは関係無いんですが今回久し振りにファンアートをいただいてしまいました。紹介させて頂きます。


【挿絵表示】


グランツさんより、今回メインを飾るムツキです。ツンデレお兄ちゃんムツえもんです。可愛い! やっぱアイルーメラルーは最高だなぁ?!
素敵なファンアートありがとうございました。首飾りが今回の話と少し違うのは、伏線です!()


少し長くなりましたが今回はここまで。
また次回もお会い出来ると嬉しいです(次回からまた二週間更新に戻ります)。

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