モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
「───ライドオン、ディノバルド。……奴を止めろ!!」
それは、俺が捨てた筈の考えだった。
本当はどこかでその考えを否定していたのに、あの時の事が邪魔して俺は首を横に振る。
その事を体験していた筈なのに、あの楽しかった日々を自分で否定してきたんだ。
それが───目の前に現れる。
「ラウンドフォース!」
ディノバルド。
高温の炎のような紅蓮と群青色の混じる甲殻を持ち、全長の半分を占めるまるで刃のように鋭利な尻尾が特徴的な獣竜種だ。
まだ幼体なのか、一般的なディノバルドよりも小さいその個体は背中に一人の男を乗せている。
彼女と同じ青色の瞳。右手には義手を装着し、暗い髪を砂漠の風がなびかせた。
四十代辺りだとは思えない筋肉質なその身体は得物を持たず、握られているのは手綱である。
リーゲル・フェリオン。
ミズキの本当の父親であり、俺の生まれ故郷の生き残り。俺と同じく怒隻慧の居場所を探していると言っていた男性だ。
なぜ彼がここに居るのか。
そんな事は目の前の光景でどうでも良くなる。
今その瞬間にミズキを轢き殺そうと走るディアブロスと衝突するのは、リーゲルさんを乗せたままのディノバルドだった。
身体を回転させる事で勢いを付けた己の得物──
軌道が逸れてあらぬ方向に進んだディアブロスは、再びの横槍に翼を広げて新たなる侵略者に自らの身体を見せ付けた。
本来砂色の筈だが、黒い体色は繁殖期に子供を守る為の警戒色である。近付くものは何であろうと葬り去るという意思の現れだ。
「大人しく逃してはくれないだろうなぁ。しかたねぇ、少し痛い目にあって貰うぜ。ディノバルド 、ブレスだ!」
リーゲルさんは鋭い目でディアブロスを捉え、ディノバルドに指示を出す。
言われたディノバルドは何の疑いもなく、自らの主人───ライダーの指示通りにブレスを吐いた。
ディアブロスの翼に直撃したブレスは火柱を上げて弾ける。
悲鳴を上げるディアブロスはしかし、体勢を立て直して直ぐに大地を蹴った。
「受け止めろ!!」
リーゲルさんの言葉に反応して、ディノバルドは刃のような尻尾を、向かってくるディアブロスに横にして向ける。
丁度大剣の腹で攻撃をガードするような姿勢を取ったディノバルドに、ディアブロスは構わず直進した。
衝突、轟音。衝撃で舞う砂がディアブロスの突進の威力を物語る。
しかしディノバルドは脚を砂で滑らせながらもその攻撃を耐え、小さな身体を踏ん張った。
「弾き飛ばせ!!」
その指示と同時に、ディノバルドは自慢の刃を振り回す。
弾かれるディアブロス。その巨体が地面に一度倒れた。
モンスターライダー。
竜と絆を結ぶ存在。
そんな物は存在しない。
人と竜は相容れない。
それは、俺が甘さで何もかも失った自らへの戒め。
本当はきっと、認めたくなかったのだろう。
俺とミカヅキの絆が嘘だったと。
「俺の船が岩陰の向こうにある! お前らアプトノスと倒れた嬢ちゃんをなんとか起こしてそこまで行け!!」
俺はライダーになれなかった事を、認めたくなかった。
「な、なにあれ……。どうなってる訳……」
「分からないです。でも、凄い……。それに、あれって……リーゲルさん?」
だからきっと、俺は彼女にライダーの存在を知られたくなかったのだろう。
俺はその先に行けなかった。彼女には俺と同じ気持ちを味わって欲しくなかったのかもしれない。
ふと、彼女の表情を見る。
そしてやはり、リーゲルさんを見る彼女の瞳は───輝いていた。
◇ ◇ ◇
「アプトノスはとりあえず大丈夫だ。嬢ちゃんの方は流石上位ハンターだな、しっかり受け身を取って怪我は大した事なかったぜ」
砂漠の真ん中に鎮座する大きな船。
二年前、モガの村から私達を乗せてくれたこの船は砂の上も走る事が出来る船らしいです。
ディアブロスに襲われていたシノアさんとアーシェさんを助けようとした私達だけど、無理な事をしてしまった私を助けてくれたのはこの船の持ち主───リーゲルさんだった。
アランはあの後一度だけ会った事があるらしいけれど、私が会うのは本当に二年ぶりです。
あの時は名前も知らなかった竜──ゴア・マガラ──に襲われて離れ離れになってしまったけれど、無事で本当に良かった。
「それじゃ、アプトノスさんの様子を見に行っても良いですか?」
「ダメだ。……悪いな、下には俺のオトモンが居るんだ。少しばかり危ないのさ」
「あぅ……ごめんなさい」
走っていこうとする私を、リーゲルさんは右手の義手で掴んで止める。
人の船で勝手な事しようとしちゃったのは反省……。
オトモン。
私を助けてくれた時、リーゲルさんはモンスターの背中に乗っていた。
オトモのモンスターでオトモンなんだって、ここに来る時にアランが教えてくれたけれど。
その時のアランはなんだか不機嫌そうな表情をしていた。なんでだろ?
「さて、何から話そうか」
椅子に座り込んだリーゲルさんは、アランとシノアさんを見比べてから言葉を落とす。
彼はモンスターの背中に乗って、まるで竜と絆を結んでいるかのように一心同体となってディアブロスと戦った。
そして私達があの場所から逃げる時間を作って、ディアブロスを撃退してくれたの。
少しだけ色々な事を思い出す。
モガの村に来たアランの昔の友達───カルラさん。
彼はリオレイアの亜種の背中に乗ったり、ラギアクルスを操っていた。
書士隊のアルディスさんが言っていた、竜と絆を結んで共に生きる存在───ライダー。
アランはそんな人達は居ないと言っていたけれど……。
リーゲルさんは、そんなライダーと呼ばれる人達みたいに───モンスターと絆を結んでいる気がする。
「……あなたは何者? なぜモンスターを自由に操る事が出来るの?」
「それを語る事は本来、掟で禁じられているんだがなぁ」
そう言うリーゲルさんは、何故かアランの方を見た。アランは何か知っているのかな?
思えばずっと不思議だった事がある。
ハンターなのに、モンスターの事にとても詳しくて彼等の事を分かってあげられる素敵な人がいた。
なんで彼はこんなにもモンスターの視線で考えられるのだろう? なんでそんなにもモンスターの事を知っているのだろう?
───彼が戒めだと言っていたこのお守りは、何なのだろう?
そんな事を少しだけ、私は気になっていた。
「だから掻い摘んで答えるとな、俺は竜と絆を結ぶ事が出来る」
竜と絆を結ぶ事が出来る……。
そんな存在が居るとすれば───
───そんな存在が居たとすれば。
「何それ……。絆で? モンスターを操る? そんな事出来る訳───」
「ライダー……なんですか?」
竜と絆を結んで共に生きる存在。
───ライダー。
そんな素敵な存在が、本当にあった。
リーゲルさんは、ライダーなんじゃないだろうか?
私はそう思って、無意識に言葉を落とす。
「……あぁ、そうだ。俺はライダーだ」
そしてしっかりと、リーゲルさんはそう答えた。
──自然に生きる生き物を、己が勝手に狩りと称して殺す事を……お前はどう思う?──
ふと、二年前にリーゲルさんがした質問を思い出す。
あれは竜と共に生きる存在だからこそ、モンスターを狩猟する事への疑問だったのかもしれない。
「ミズキちゃん、そのライダーって?」
「わ、私もよくは知らないんです……。ただ、そんな素敵な存在もいるって聞いた事があるだけで」
ただやっぱり、私はライダーが本当にどんな存在なのかは知らない。
モンスターを操る事が出来るという事は、冷静に考えたらとても怖い事だ。
素敵だと思う事だけじゃない。───カルラさんが、ラギアクルスにしてた事のように。
「お前は何も教えてないんだな、アラン」
「俺は……」
「どうにも話が見えて来ないニャ。何を隠してるニャ」
もしかしてアラン、あなたは───
「───俺は、元ライダーだ」
そして、アランはゆっくりと口を開く。
アランがライダー。
竜と絆を結び共に生きる存在。
そっか、だから───
「───だからアランは、モンスターの事を分かってあげられるんだね……」
「……俺はお前を騙していた。幻滅しても良い。師弟の関係を切ってもいい」
何故かアランは俯きながらそう言った。
どうして?
「……なんで?」
「きっとお前はライダーの事を知れば、その道に進みたいと思うだろう。そんな事は分かっていた。だが俺は黙っていた。……俺は絆を捨てた人間だから、お前を望む筈の道に導けなかった」
アラン……。
「いつかは話さなければならないと分かっていた。だが、俺にはお前をその道に進ませる事が出来ない。だから逃げて、あえて違う道に───」
「アラン」
「……っ」
なんでそんなに怖がってるんだろう。
私の答えは、一つだけなのに。
「ミズキ……?」
「私はライダーさんにはならないよ? だって私はハンターだし。私は、アランの考え方が大好きだからアランに着いて来たんだもん。……だから、寂しい事言わないでこれからも色々教えて欲しい」
私の答えを話すと、アランは驚いた顔で固まった。
リーゲルそんはそれを見て、満足気な表情を見せる。
私の答えは上手く伝わったかな?
ライダー。
竜と絆を結び共に生きる存在。
とても素敵で、憧れるような考え方だけど。
私の考え方とは、少し違う気がした。
「ミズキ、お前はそれで良いのか……?」
なんでそんなに不安そうなのかな……。
アランがそんなに不安そうだと、私も不安になってしまう。
きっとこれが、アランが言っていた事なんだよね。
だからアランが不安にならないように、私が元気にならなきゃ!
「私はアランが大好きだよ!」
「ブフッ?!」
何故か息を凄く吐いて過呼吸になるアラン。
ムツキは大爆笑し、シノアさんは可哀想な物を見る眼でアランを見て、リーゲルさんは頭を抱えていた。
え、何? 私変な事言ったのかな……?
うん、でも……アランが元気になった気がするから良いかな。
◇ ◇ ◇
「んで、まぁ……話を纏めると。あなたはそのライダーって存在で、その力を使って私達を助けてくれたと」
少し経ってから、シノアさんがリーゲルさんのお話を纏めます。
ライダーの存在は、彼等の中の掟で他の人には教えていけないらしい。
それもあってアランはライダーの事をお話出来なかった。だからこそ、ライダーの存在はこの世界に公になっていない。
「まぁ、誰にも言うなって事だろうけど。……きっと誰に言っても信じてもらえないと思うかなぁ、私は」
それがシノアさんの率直な意見らしいです。
確かに、考えてみると想像も付かないよね。
「別に私はギルドナイトでもなんでもないし。妙な事に首を突っ込む理由もない」
「そりゃ助かるぜ」
今更だし、もう目の前で見せられてしまってるから否定のしようもないけど。
考えてみるとやっぱりライダーって凄い存在だよね……。うん。
「それで、お前達を雇ったキャラバン隊だが」
あ、そうだ。完全にライダーのお話で忘れてた。
なんであの時、シノアさんとアーシェさんは二人だけだったのかな?
「……キャラバン隊がディアブロスに襲われて、私とアーシェで迎撃する事になったの。まぁ、そこまでは護衛のハンターだから当たり前の話」
やっぱりキャラバン隊はディアブロスに襲われてたんだね。
でも、やっぱりどうして二人だけに?
「んで、あいつら───
「そんな……」
二人が危険だと分かっててそんな事をしたの……?
信じられない……。
「その、か」
「まるで
アランに続いて、リーゲルさんがそう言葉を落とす。
それってどういう事?
「あのキャラバン隊の狙いはそのディアブロスにあった、という事かニャ」
「惜しいな。ならばそのキャラバン隊のハンター達は一斉にディアブロスに襲い掛かってる筈さ。あのディアブロスは狙いじゃない。……邪魔だったんだろう」
邪魔……?
リーゲルさんは何を言ってるのかな。
「……体色を黒く染めた亜種と呼ばれるあの姿になっていたという事は、ディアブロスは繁殖期だ」
続けてアランがそう言った。
繁殖期って……まさか───
「───赤ちゃん?!」
「そうだ。ディアブロスの卵や幼体。それがお前達の依頼主の狙いだろう。……中々面倒な奴等のクエストを受けたようだな」
ちょ、ちょっと待って。
なんで赤ちゃんを狙うの?
大人じゃないディアブロスなら、全く危険じゃない筈。狩猟する必要なんて絶対にない。
「……密猟って事」
「モンスターの幼体は裏で高く売れるらしいニャ。……いや、ボクはやろうとなんてした事ないけど」
売る……?
赤ちゃんを……?
赤ちゃんの命を……?
「そんなの許せない……っ!」
「ミズキちゃん……」
「そう言うと思って、もう船を進めてある。直ぐに追いつく事は出来ないだろうが、逃がさない程度にはこの船は砂の上でも早い」
なら、あの人達からディアブロスの赤ちゃんを守れるかな……?
「ただ……」
ただ?
「問題はキャラバン隊の目的が幼体の捕獲───ではなく、命だった場合だな」
「どういう事ニャ?」
幼体の命が目的……?
分からない。
「幼体を殺す事が目的って事だ」
「そ、そんなの……なんの理由があってそんな事するんですか?!」
「そういう人間も居る。……少なくともハンターとしての俺は、そういう考えを持った奴等と同じ人間だ」
アラン……。
リーゲルさんは彼を細目で見ながら、私の頭を撫でてくれる。
そんな考えは寂しいよ。……私は嫌だな。
「まぁ、怒隻慧とディアブロスの幼体じゃ話が違う。幼体にはなんの罪もない。……そんな話をしてる間にそろそろあのディアブロスの巣に到着しそうだ」
外を眺めると、そこはキャラバン隊の元々の目的地だった岩陰が見えてきた。
目的は地形の調査と言っていたのに、そんな事をしている人影は全く見当たらない。
その代わりに、巨大な黒い影が倒れているのが見える。
あの影は───まさか?
「……ディアブロス?!」
岩陰に倒れているのは遠目でも分かる、ディアブロス亜種だった。
きっとリーゲルさんが撃退してくれたディアブロスだけど、リーゲルさんはディアブロスが倒れる程攻撃していない。
なら、どうしてディアブロスが倒れているのか。
バカな私でも分かってしまう。
本当に寂しい事を頭が理解してしまう。
……そんな事が本当にあって良いの?
……なんでそんなに酷い事が出来るの?
私には分からない。
「……俺はディアブロスの様子を診てやりたい。あいつの巣はあの岩陰の奥だ。先に向かって様子を見てきてくれないか? 勿論、ヤバい連中だったら引き返してこい。俺がオトモンと蹴散らす」
「な、なんでボク達がそんな危なそうな事をしなきゃならんのニャ?! そういうのってギルドナイトの仕事だと……」
「まぁ、無理に行けとは言わんがな」
確かに、そんな考えの人達は危ないかもしれない。
私達に危害を加えてくる可能性だってあるんだ。
それでも、目の前でなんの理由もなしにモンスターを殺そうとしてる人達がいる。
私はそれを放っておく事はしたくない。
だって私は───
「───私は、ハンターだから」
「ニャ、ミズキ……」
「んじゃ、ネコは俺とディアブロスの所に行くか」
「ぼ、ボクはミズキに着いて行くニャ!! もうこうなったら自棄ニャ!! 勘違いするニャ?! ディアブロスなんか治療しようとしてる奴の隣よりはミズキの隣の方が良いってだけなんだからニャ!!」
ムツキはツンデレだなぁ……。
ふふ、ありがとう。
「……あんたはどうする?」
「一応私も関係者だし、別にギルドナイトでもなんでもないけど密猟を黙って見届ける訳にもいかないかな」
「決まりだな」
アランは来てくれるみたい。
……うん、絶対に止めよう。
そんな寂しい事は誰にもさせたくない。
───アランにも。
◇ ◇ ◇
ディアブロスは複数のハンターに囲まれて攻撃されて、瀕死の状態だった。
リーゲルさんはディアブロスを治療する為に残ったけれど、瀕死とはいえ砂漠の暴君とまで呼ばれているモンスターだからちょっと心配です。
それでも、私達は彼女──ディアブロス亜種──の子供を守る為に前に進んだ。
大きな岩が並んで出来た平地は周りの砂を寄せ付けないのか、足場がしっかりしている。
巣にするならこういう所が良いのかな? この奥にはきっと、ディアブロスの巣がある筈───
───あった筈だった。
「───嘘」
視界に入るのは、血と肉と卵の殻。
まだ産まれる前の、この世界に誕生する前のディアブロスの子供達。
その卵を両手で持ち上げて、地面に叩きつけて割るハンターの姿が眼に映る。
なんでそんな事をするの……?
待って、待ってよ。
その子達はまだ産まれる事も出来てないんだよ?
自分で立つ事どころか、動く事すら出来ない状態なんだよ?
そんな子供達を……なんでそんな平気な顔をして殺せるの?
「待───」
「───つのはお前だ。この状態で出て行っても俺達は囲まれて殺される」
飛び出そうとした私をアランが抑えてきた。
なんで止めるの。あの子達を助けないと。今だって私達の目の前で、卵を割るハンターがいるのに。
まるで遊んでいるかのように、ハンター達は己の武器で卵を割る。
そこになんの理由があるのか私には全く分からない。
なんでそんな平気な顔で命を奪えるのか、私には分からない。
「……流石にボクもカチンと来たニャ。命を奪うっていうのは、こんなにも意味のないやり取りの筈がないニャ。……こんなのはハンターじゃない」
「まぁ、これを見てカチンと来ない人間の方が少ないでしょ。私が全員殴り倒してギルドナイトに連行するか……」
「お、お前らな……」
二人もそう思うよね。
アランはそう思わないのかな……?
「……はぁ。お前の良い所でもあるが、悪い所でもあるのは覚えておけ」
「アラン……?」
悪い所?
「優しさで自分を危険にさらしても意味がない。ディアブロスと戦った時だって、お前はそれで周りが見えなくなっていただろ?」
「う……」
「だから、しっかりと周りを見ろ。皆に頼れ、お前は一人じゃない」
一人じゃない……。
「ムツキ、煙玉と閃光玉はあるか?」
「ボクを誰だと思ってるニャ」
「……あんた───あー、シノア」
「呼び捨てかい」
「目眩しの間にハンターを何人かキャンプ送りにしておいてくれ」
「私はドドブランゴじゃないからネコタクはこねーよ?!」
「冗談だ。ガンナーを全員行動不能にして欲しい。出来るか?」
「意識飛ばせば良いんでしょ? 余裕余裕」
「やっぱりドドブランゴニャ……」
「後でモフるからね、ムツキ」
「言わなきゃ良かったニャ」
アランが作戦を考えてくれたなら、ディアブロス達を助けられるかな?
……って、あれ?
私は何をすれば良いの?
「えーと……私は?」
「卵を守れ」
卵を……?
「目眩しをしても卵を割ろうとする奴がいたら、その卵をなんとかして守るんだ。出来るな? 答えを聞いている暇はない、直ぐに始めるぞムツキ」
「ガッテンニャ!」
言うが早いか、ムツキの手から閃光玉と煙玉が同時に投げられた。
一瞬の閃光の後、辺りを煙が覆い尽くす。
視界を白い煙が覆って、その間に鈍い音が何度か耳に入ってきた。
「うわ?! なんだ?!」
「仲間が吹っ飛ばされた?!」
「ドドブランゴが居───グハッ」
「誰がドドブランゴだぁ!!」
シノアさん……。
……わ、私は卵を守らないと。
煙の中で、一つ大きな影を見つける。
振り上げられる大剣。その下には───卵。
「───今助けるから!」
「なんだってんだ?! だが知るか。これが最後の卵だ───産まれる前に死ね、砂漠の暴君!!」
振り下ろされる大剣。飛び込んで卵を守───
──皆に頼れ、お前は一人じゃない──
───そうだった。私はいつもこうやって無理するからダメなんだ。
だったら。
「アラン! 大剣の人!!」
「分かった行け、迷わず走れ!! 卵を抱いて転がれ!!」
アランがそう言ってくれたなら、きっと大丈夫。
迷わず走る。
私の進みたい道に。
私が見たいその
「───間に合え……っ!!」
私は滑り込んで卵を抱き抱えた。頭上から降って来る大剣。絶対に守るから、絶対に守るから安心してね。
私は大丈夫だから!
ふと風が吹いて、頭上から大剣が消える。
大剣を持った男の人は、何かに飛ばされたかのように地面を転がっていた。
私も地面を転がる。卵は……無事?
煙が晴れた。
何人かのハンターは倒れている。どう考えてもガンナーじゃない人まで倒れているのはシノアさんがやったのかな……?
「……観念しろ」
アランは、倒れた大剣使いの男の人を見下ろしながらそう言う。
私は周りを見渡した。
割れた卵。産まれる前に殻の外に放り出された幼竜達。
私の抱えている卵以外に、無事な卵は一つもない。
「そんな……」
そして、その卵もひび割れている。
私の助け方が悪かった。もっと大切にしなきゃいけない命だったのに……。
「……まさか邪魔しに来るとは思わなかったぜ。だがな? 目標は達した。ディアブロスの卵は全部パァよ! アッハッハッハッハッ!!」
「お前……」
なんで───
「───どうしてこんな事をするの……? なんで産まれてもいない命を奪うの?! あなた達はハンターじゃないの?!」
「ハンターさ。モンスターを狩るのがハンターの仕事だろうが。俺が何か間違った事をしたか?! 俺達は何か間違ってるか?! モンスターは人間を脅かす悪だ、そうだろう?! だからハンターがいる。そうだろう?!」
そんなの違う。
そんなのは違う。
「そんなのはハンターじゃないよ! ハンターは自然と、モンスターと、命の架け橋の筈だもん!! 私達とモンスターを繋ぐ、素敵な存在の筈だもん!!」
「ミズキ……」
こんなのはハンターのする事じゃない。
そんなのは、モンスターハンターじゃない。
「そんなのはガキの理屈だ。お前達はモンスターの怖さを知らないんだ。良いよな、強い奴は。俺達下位のハンターや、ハンターじゃない俺達の家族は、人間は、モンスターが怖いんだよ!! この化け物共が生きてるだけで、俺達は常に命を危険に晒している。この世界からモンスターを滅ぼさない限り、俺達弱い人間は安心して暮らせないんだよ!!」
何処かで聞いた事のある言葉な気がした。
誰かが同じような事を言っていた気がする。
──悪気があった訳じゃ……ねぇ。俺達は人々の為に──
モガの村に来た、密猟者さん……?
「……自惚れるな。ミズキは下位ハンターだ。俺達だってモンスターが恐ろしい存在なんて事は分かっている。それが分かってない奴は上位ハンターなんかにはなれない」
「な……」
「……俺は家族も仲間も大切な友達もモンスターに殺された。お前の気持ちは分かる。俺だって殺したいモンスターはいる。だが、履き違えるな。産まれてくる前のモンスターが何をした? そこに転がっている命がお前に何をした? 俺はアイツを殺す為にハンターになった。だが、それはハンターの仕事内で復讐が出来るからだ。……お前はハンターですらない」
アラン……。
アランの気持ちも、ちょっと寂しい。
でも、アランの言っている意味は分かる。
倒したいモンスターを倒すためにハンターになる人も居るのだと思うから。
それがハンターの仕事の内なら、きっと彼等も間違って
モンスターを倒すのがハンターの仕事なのは間違ってない。でも、倒すべきモンスターとそうでないモンスターがこの世界にはいる。
それを決めるのもまた人間で、きっと何処かで間違っているのかもしれないけれど。
それでも、私達人間と自然の理であるモンスター達を繋ぐ存在として───私達は間違えてはいけない筈だ。
こんなのは狩りじゃない。こんなのはハンターじゃない。
「……だとしても、俺達はモンスターを殺すさ。全てを失った俺達に残されたのは、それだけなんだからな」
それでも、男の人は立ち上がってそう言う。
満足そうな表情で周りを見て、私と男の人は目があった。
「モンスターなんて、滅びれば良い。人と竜は共に生きる事なんて出来ないんだよ」
「私達は確かに相容れないかもしれない。……でも、同じ自然に生きる者として関わり合っていくしかないって……私は思う」
割れてしまった卵を抱えたまま、私は答える。
これが私の答えだから。
「ふ、なら───」
「───ブゥィォォオァォオオオオオオオゥッ!!!」
男の人の声を遮る───咆哮。
鼓膜が破れるんじゃないかって音に振り向くと、岩陰の入り口で黒い影が翼を広げていた。
「ディアブロス?! ちょ、あのおっさんどうなったの?!」
「や、ヤバいニャ……」
「ディアブロスさん……」
彼女の眼には何が映っているだろうか?
守るべき子供達の亡き姿。その犯人である、
怒りと悲しみ。絶対に許さない。そんな気持ちが伝わってくる。
「ひ、ひぃ?!」
「殺される?!」
「自業自得だっての……っ! とにかく逃げて、私がなんとか時間を───」
「俺達は終わりさ」
男の人が大剣を構えながらそう言った。
「ほら、人間とモンスターは相容れない。俺達は殺しあうしかないだろう? さぁ! 俺達を殺せよ!! 俺達を許せないだろう?! 俺達がお前達を許せなかったようになぁ!!」
そんなのは違う。
こんなの……違うよ。
「……ごめんね。守れなくて、ごめんなさい」
私達は貴女の子供を守れなかった。
人と竜は相容れない。
本当に、そうなのかな?
「武器を下ろせ……」
アランがそう言って、私の所まで歩いてくる。
ディアブロスはそんな私達を睨み付けた。
誰から殺してやろうか? そうやって見定めるように。
「アラン……私……」
「泣くなミズキ。そいつはまだ生きてる」
え……?
生きてる……?
「少し、お守りを貸してくれないか?」
「え、えと、うん」
「ちょ、ちょ、何する気ニャ?」
アランは何を……。
「確かに俺達は相容れない。人と竜が分かり合う事は出来ないだろう。……だが、絆を結ぶ事は出来る。それを否定しなければ、俺達は心を通わせる事が出来る。……大丈夫だ、産まれてこい。お前の親が顔を見たがってる」
アランがお守りを握った瞬間、眩しい程にお守りが光を放った。
「聖なる絆石よ」
綺麗な光。
「俺と───いや彼女との、眠りし御霊の絆を結びたまえ」
まるで心を映すような、そんな光。
「いざ新生の時」
卵が光りだす。
まさか……?
本当に……?
「───目覚めよ!」
次の瞬間、卵が綺麗に割れて中からディアブロスの幼体が姿を現した。
元気に動き回る竜は、アランと親であるディアブロスを見比べる。
「バカな……」
「嘘でしょ……」
これが……ライダー。
竜と絆を結び共に生きる存在。
「ディアブロス、俺達は確かに間違えた。お前は俺達が許せないだろうな」
「グォゥゥゥゥ……」
幼体を抱き抱えながら、アランはディアブロスに話しかけた。
言葉は伝わっているのかな?
分からない───けど、気持ちは伝わっている気がする。
「ここに残っている子供の命は俺とリーゲルさんが出来るだけ助ける。許してくれとは言わない。だが、コイツらの処分は人間に任せて欲しいんだ。俺達は相容れない。……だから、俺達の間違いは俺達に正させてくれ」
アラン……。
「バカが! モンスターが人間の言う事を聞く訳がないだろう!!」
きっとそれは正しい事だ。人と竜は相入れない。言葉すら通じないのだから。
でも、きっと、ライダーなら。
竜と絆を結ぶ事の出来る存在なら。
「グォゥゥゥゥ……ブゥィォォオオオオゥッ!」
「グァァゥッ」
親の咆哮に、産まれたばかりの幼体が応える。
幼体は必死に鳴いて、まるで親を説得しているようだった。
「嘘だろ……」
そして、ディアブロスは足を前に出す。アランの元へ、ゆっくりと。
「アラン……」
「大丈夫だ。……見ていろ」
「……うん」
ディアブロスは、その大きな頭をアランに向けた。
その角を振ればアランを簡単に殺せるような距離で、幼体の無事を確かめるように匂いを嗅ぐ。
アランが幼体を地面に下ろすと、ディアブロスは嬉しそうに幼体に身体を押し付けた。
子供が無事で安心したのかな?
「バカな……ありえない…………こんな事、ありえない」
「まぁ、普通はありえないだろうな。だが、お前達の方がもっとありえないぜ。……お前達人間がモンスターを悪だと言うのなら、モンスターにとってもお前達は悪だ。お前達がした事は、モンスターにお前達がされた事となんら変わりはしねぇ。……こいつらモンスターはな、ただ生きてるだけなんだよ」
気が付いたら男の人に詰め寄っていたリーゲルさんが、そんな言葉を落とす。
「さて、アランの言う通り助けられる命は俺が助けるとして。……お前達はお縄だ。ギルドナイトに然るべき対処を受けるんだな」
私達ハンターは、人と竜の───私達と自然の理を繋ぐ存在だ。
「治療を手伝ってくれ。……早くしないとそのディアブロスに全員ぶっ殺される」
こんな悲しい間違いは起こっちゃいけない。
「グォゥ……」
「大丈夫だ、お前の兄弟は俺達が出来るだけ助ける」
だって私達はハンターなのだから。
事が終わった後、船の下でモンスターに囲まれて気絶したいたアーシェをリーゲルが見付けたそうな(雰囲気に合わなかったので本編に書けなかったオチ)
モンスターハンターストーリーズ要素が強い話も書いて見たかったのですよ。人によっては受け入れないかもしれませんね。
ただ経緯はどうあれ、このお話はミズキが一つの答えを出すと同時にその先を見据える為の話にもなっています。
彼女はライダーになるつもりはないです。
それと久し振りにイラストを描いてきました。
【挿絵表示】
数日前はバレンタインでしたね。ミズキからハッピーバレンタイン、です。
さて、実はこの話で投稿した話は四十九話目になりました。次でなんと五十話。ここまで続けられたのも、読者の方々の応援あってこそです。ありがとうございます。
次回は五十話記念。パーっとイラストの紹介や私自身を記念絵を描いてあげたいと思います。
それでは、また次回もお会い出来ると嬉しいです。