モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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色々な考えと私の中にいる獣

 良くある光景だ。

 

 

 アイルー達が忙しなく声を上げながら、人を乗せた荷車を引いて走る。

 道を開ける人。気になって見に行く人。そんな人達を掻き分けて荷車に駆け寄るお医者さん。

 

 原型を留めていない防具は真っ赤に染まり、防具の主は全身から血を流しながら苦しそうな呻き声をあげていた。

 

 

「……朝から物騒だニャ」

「大丈夫か? ミズキ」

「う、うん……」

 これまで何度も見てきた光景だけど、口ではそう言ってもやっぱり辛いです。

 ハンターはモンスターと戦う存在だ。そんな事は分かっているけれど、どちらかが傷付く事からも私は目を背けてしまう。

 

 甘い考え。

 

 

 だからこそ、私は前に進みたい。答えと、その先に───何があるのか知りたい。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「狂竜化したティガレックス……?」

「そうだ。場所も、前に手伝ってもらったタンジア近くの森の中でな……」

 眉をひそめながらアランが質問して、書士隊のアルディスさんはそう返事をする。

 

 

 

 今朝クエストを失敗して傷付いて帰ってきたハンターさんは、クエストと全く関係ないモンスターに襲われて運ばれて来た。

 その相手は、目撃情報によると狂竜化したティガレックスらしいです。

 

 しかも、襲われたハンターさんはタンジアの上位ハンターでもベテランの人だった。

 

 

「あの時のティガレックス……?」

「ボクが行かなかった時のクエストだったかニャ? でもアレって結構前だし、狂竜化してるならその時のティガレックスはもう死んでる筈ニャ」

 狂竜ウイルスに感染したモンスターは暴れ回って自分を自分で傷付けたりして、直ぐに死んでしまう。

 時期から考えてもあの時のティガレックスがまだ生きているとは考えられない。ムツキは私の隣で首を横に傾けながらそう言った。

 

「お、ネコちゃん狂竜ウイルスに詳しいな」

「……ムツキだニャ。気安く呼ぶんじゃねーニャ」

 ムツキ、機嫌が悪い……?

 

 

「悪りぃ悪りぃ。……で、ところがよ。目撃情報によれば、件のティガレックスはハンターとの交戦で出来たと見られる傷が沢山あったみたいなんだよ」

「狂竜ウイルスに感染したモンスターは直ぐに死んでしまう。だから、どこかでハンターと交戦があったにも関わらずギルドが存在を見落としていて……そんな個体がクエスト中に乱入なんて事はおかしいんですよ」

 アルディスさんの言葉に続いてそう説明してくれるエル君。

 

「もし別の個体だとしたら、どこかでハンターと交戦した記録が残っている存在をギルドが見落とす訳がない……か。だが、あの時逃げ出して死んだと思われていた(・・・・・・・・・・)個体ならギルドが見落とす可能性は十分にある」

 アランが何を言ってるのか分からない。

 

 

「ど、どういう事……?」

「前回捕獲したあのティガレックスが生きている可能性が高いという事だ」

「そ、そんな事があるの……?」

 狂竜ウイルスで苦しんでいる筈なのに……。何故?

 

 

僕達(書士隊)の所為かもしれないです。捕獲したティガレックスの狂竜化を解く薬品の投与。実験は失敗した筈ですけど、その効果でティガレックスがまだ生きている。……と、いうのが僕達の考えで」

 思い出すのは、あの時現場で指示を取っていた書士隊のバルツさんの言葉。

 

 

 ──確かに私達は生きる為にこの道を進んでいる──

 

 

 人は生きる為に道を広げて歩く事が出来る。

 だけど道を広げ過ぎて、道が道として機能しなくなるかもしれない。

 

 バルツさんが間違っていたとは思いたくない。

 でも、これはやっぱり人間がしてしまった事なんだとも思ってしまった。

 

 

 

「狂竜化で手の付けれなくなったティガレックスが暴れている……か。ミズキ、お前はどうしたい?」

 こんな時でも私にそう問いかけてくれるのは、アランが私を少しだけでも認めてくれたからなのかもしれない。

 

 今の私の考えをちゃんと言って、それからアランの答えを聞きたい。最近はよくそう思う。

 

 

「ハンターとして、危険なモンスターは放っておけない。それに、あのティガレックスに関わった責任が私にもあると思う。……ティガレックスを救ってあげたい」

「……分かった。このクエスト、俺達は受けても良い」

 私の頭を撫でてから、アランはアルディスさんにそう言った。

 

「俺達はハンターだ。この自然と関わり合うのが仕事で、もし狂竜化で直ぐに死ぬ可能性があるのだとしてもそれは変わらない」

 そう言うアランと目が合う。彼はなんだか嬉しそうな表情をしていた。

 

 

 

 もし昔の私だったら、可哀想だから助けたい───そんな事を言っていたかもしれない。

 

 

 

 今でもその気持ちは変わらないけど、ハンターとして出来る事をする。それが、今の私の答えだから。

 

 この世界の理と人を繋ぐ存在。モンスターハンター。私は、そんな風になりたい。

 

 

 

「ありがてぇ。……ただよ、一つ問題があってな」

 ただ言いにくそうにアルディスさんは口を開いた。どうしたのかな?

 

「件のティガレックス、行方不明なんだよ。狂竜化による不規則な行動のせいで追跡困難。また森の中だ」

「書士隊ダメダメじゃにゃいか。何しに来たんだニャ」

「ぅ……」

 ムツキが辛辣。

 

 

 でも、確かにティガレックスの居場所が分からないとどうしようもない。うーん、どうしたものか。

 

 

「お困りのようだな、ハンターさんに書士隊の少年」

 私達がタンジアの集会所で会話をしていると、背後からそんな声が聞こえてくる。

 

 振り向いた先に居たのは、毛先の尖った茶髪を後ろに流した二十代半ばの男性。

 そしてフードや少し長い前髪で目元が隠れた黒髪をショートカートにした女の子だった。

 

 

「じ、ジルソンさん?! それにシオちゃん!」

「よぅ。久しいな」

 片手を上げる男性──ジルソンさん──の、その背後ではもう一人の女の子が彼の服の袖を掴んで立っている。

 シオちゃんは目が見えない女の子。だから、これは不謹慎かもしれないけれど可愛らしい仕草だと思ってしまった。

 

 は、反省反省……。

 

 

 この二人は以前受けた護衛クエストの依頼主さんです。

 そのクエストでとても素敵なお話を聞けたのが、心の中に残っていた。

 

 

 

「……なんだ? あんたら」

 突然の会話への乱入に、眉をひそめて声を上げるアルディスさん。

 

「なに、しがない商人さ。あんたらとちょっと取引がしたい、ただの通りすがりの商人だ」

 そんな彼に、ジルソンさんは不敵に笑いながら返事をする。

 そんな言葉に反応したのか、シオちゃんは怪訝そうな表情をジルソンさんに向けていた。

 

 

「……がめつい奴」

「うるせぇ」

「取引だぁ?」

 シオちゃんを押し退けるジルソンさんに、疑いの目を向けながらアルディスさんがそう言う。

 

「……大抵商人ってのは自分の利益しか考えてない。モンスターの事を金のなる木としか思ってない奴ばかりなんだよ。俺はそういう奴が一番嫌いなの」

「まーまー、そう言うなって。その話に関して全然否定しねーけど、お前達にとって有益な取引になる事は保証するぜ?」

 そう返事をして口角を吊り上げるジルソンさんに、アルディスさんは眉間にこれでもかと言う程皺を寄せた。

 

 エル君が「抑えて抑えて」と彼を制して、シオちゃんは溜息を吐いて二人を見守る。

 

 

「さて、取引をはじめよう」

 これは……凄く相性が悪い?

 

 

 

「……は、話は聞いてやる」

「そう来なくちゃ。……さて、今は狂竜化したティガレックスをなんとかしたいが居場所が分からない。そんな話で良かったよな?」

 アランとアルディスさんを見比べながらそう言うジルソンさんに、二人は無言で首を縦に振った。

 アランは興味深そうな顔をしてるけど、アルディスさんがもう今にも噛み付きそうな表情をしている。

 

 

「そのクエストのパーティに俺達が加入する事をまず前提として、そのクエストの報酬全てを俺達に渡してくれ」

「何言ってんのコイツ。帰れ」

 ジルソンさんの言葉にアルディスさんはとても冷たい表情でそう返した。

 

 報酬全てだと、ちょっと私も困っちゃうなぁ……。ジルソンさんは何を考えてるんだろう。

 ただ、アランはやっぱり興味深そうな表情をしていた。

 

 

「おい、アンタからも何か言ったらどうなんだ」

「続けてくれ」

「ハァ? え、なに? 二人は知り合いか?」

 二人を見比べるアルディスさんを見ながら、アランとジルソンさんは不敵に笑う。

 アランにはジルソンさんが何を考えて居るのか分かるのかな?

 

 

「落ち着けって。俺はさっき何て言った?」

「……取引?」

「そうだ。こっちが欲しい報酬は今言った通りクエストの全報酬の権利。……さて、それに見合う俺達からの対価は二つ」

 ジルソンさんは指を二本立てて、それを二人に向けながら口を開いた。

 

 

「一つ。ティガレックスの所在地を今すぐ教えてやる。勿論準備もあるだろうが、見失う事はない。近い内ならある程度移動しようが的確に所在を突き止める事を約束するぜ」

「……な、ハァ? そんな事出来るのかよ!!」

 ティガレックスは狂竜化による不規則な動きのせいで追跡が困難になって所在不明の筈。

 

「これは取引だ。出来なきゃ俺達も報酬が受け取れない」

 それでもジルソンさんはそう言い切る。

 

 

 そんな事が出来るのかな?

 思い出すのは、彼の護衛クエストの時の事。

 

 夜中、ジャギィに私よりも早く気が付いたのは目が見えない筈のシオちゃんだった。

 

 

 

「ん、いや、でも……」

「ティガレックスを助けてやりたいんじゃないのか?」

 目を細めてジルソンさんがそう言う。

 彼はアルディスさんの「モンスターを金のなる木と思ってない奴」って言葉を肯定していたけれど、そんな事はない気がした。

 

 

「ぐぅ……ぬぬ」

「アル兄、ティガレックスの事は僕達書士隊の責任が大きいと思う。……それに僕は報酬よりも、ティガレックスを助けたいな」

「エル……。……あー、分かった分かった。俺はその取引に乗った。たが、そっちはまた別だろ?」

 アランを見ながらアルディスさんはそう言う。

 

 

 確かに、その条件だけじゃ私達も報酬を全部渡すのは厳しい。ティガレックスの事は助けたいけれど……。

 でも、彼は対価は二つと言っていた。もう一つは───

 

 

「それじゃアラン、お前にはそうだな───怒隻慧の情報でどうだ?」

「な……」

 その言葉にアランは目を見開いて固まってしまう。

 

 

 怒隻慧イビルジョー。

 アランがずっと追っている、大切な人達の仇。

 

 

 

 ───その情報。

 

 

 

「……さて、どうする?」

「……。……俺は構わない。だが、ミズキは別だ」

 そう言ってアランは私を見た。

 なんだが怖くて、あまり見たくない。そんな表情。

 

 

「……私は別?」

「怒隻慧の情報が手に入ろうが、お前の得にはならないだろう? ムツキもな」

 それは……。

 

「まぁ、確かにボク達にとっては一ゼニーの得にもならない話ニャ……」

「だから、ミズキは留守番でも良い。だが俺はこの取引を受ける必要がある」

「アラン……」

 やっぱりアランは怒隻慧を殺したいんだね……。

 

 

 その気持ちを私は否定出来ないし、私の答えすら出す事が出来ない。

 私なんかが口を挟んで良い話じゃないのかもしれない。アランにとって私の考えは邪魔になってしまうかもしれない。

 

 

 でも、それでも───

 

 

「───私も、付いて行くよ。アランの手助けがしたいから」

「ミズキ……」

「決まりだな。取り引き成立だ」

 これまで私は、アランに助けられてばかりだったと思う。

 

 教えてもらうばかりで、何も返す事が出来てない。だから、こんな時くらいアランの力になりたかった。

 それにやっぱり、そんな表情をしてるアランを一人で行かせたくない。

 

 

 

「……ったく、やっぱりしょうがない奴ニャ。ボクがいつも通りサポ───」

「残念だがムツキ君はお留守番だ。パーティはアランとミズキ、シオ……そして書士隊の嬢ちゃ───」

「わぁぁぁ!! はい!! 僕ですね!! 行きます行きます!!」

 エル君がジルソンさんの言葉を大声で遮る。どうしたの……?

 

「にゃん……だと……」

「あはは、ムツキはいつも頑張ってくれてるし! たまには休んでてね!」

「……まぁ、今回はニャ」

 ありがとう、ムツキ。

 

 

「でも、シオちゃんはその……戦えるの?」

 目が見えてない筈なんだけど……。

 

「……よゆー」

 凄い自信。

 

 

「戦うのお前じゃないんだな……」

「俺は商人だからな。お前だって俺と変わらず女に───」

「わぁぁい!! はいはい、アル兄さん! クエストをギルドに依頼しに行きましょう! ほらほら皆さんも!」

 焦った様子でアルディスさんをギルドのカウンターに向かわせるエル君。

 ティガレックスの事を早く助けてあげたいんだね!

 

 

「……ミズキ、気が付いてないのかニャ」

「……君は心配になるくらい鈍感」

 え、どうしたの二人共?

 

 

 さて、ちょっと賑やかなパーティで今回はティガレックスの討伐クエストを受注しました。

 ティガレックスの事を早く助けてあげたい気持ちはあるけれど、違う考えの人達が集まって狩場に向かうのがなんだか楽しみに思ってしまう。私は変だろうか?

 

 それでもやっぱり、アランの表情は変わらなくて。少しだけ不安が募る中、私達はタンジアを後にした。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 六人と一匹を乗せた竜車が木々の間をゆっくりと進む。

 

 

 ティガレックスが現れた狩場はタンジア近くの森林だけど、竜車で一日はかかる距離だ。

 私達はその日の内に竜車でタンジアを出発したんだけど、日も沈んできてキャンプ地を考える時間になってしまう。

 

 開けた岩場を見付けて野営を張って、今夜はその場で休む事になった。

 

 

 勿論、夜の見張りは交代です。エル君、私、アランって順番になりました。

 ジルソンさんは前と同じで見張りの人とお話してるみたい。エル君とどんなお話してるか気になるけど、邪魔したら悪いよね。

 

 

「エル君、交代だよ」

「あ、もうそんな時間。ありがとうミズキちゃん。それじゃ、僕はこれで」

「おーぅ、ゆっくり休めよ。エル()

「ちゃ、茶化さないで下さいってぇ!」

 どんな話してたのかな……。

 

 テントに戻っていくエル君を見送ってから、私はジルソンさんの隣に座る。

 今日は隣にシオちゃんもいるみたいで、焚き火を三人で囲う形になった。シオちゃんだけちょっと焚き火から遠いけど。

 

 

「どんな話してたんですか?」

「世の中色んな考え方があって、それを全て否定しないって考え方もあるって話だな。後は健気な妹の話だ」

 エル君らしいかな。んーと、妹……?

 

 

「儲けになりそうです?」

「儲けにするんだよ。商人ってのはそういう物だ。……飲むか?」

 いつかと同じスープを持ち上げて、彼はそう言う。

 信念が高いというか、真っ直ぐな志を持ってる人はやっぱり格好良いと思った。

 

 

「ありがとうございます」

「おぅ。……しかしまさか、ムツキもアルディスも付いて来るなんてな」

 今回はクエストを受注したハンター四人以外も竜車に同行している。クエストには関わらないけど、同行人として。

 

「でもそれを言ったらジルソンさんもですよね……?」

「俺はシオの保護者だしな」

「……要らない」

「あるぇ?」

 ふふ、仲のいい二人だなぁ。

 

 

「……ま、まぁ。俺はいつも通り人の話を聞きたかっただけさ。現にエル()からは面白い話を聞けたしな」

 そう言ってからジルソンさんはスープを少し飲んで「ミズキは何を聞かせてくれる?」と意地悪そうな表情で問いかけてきた。

 

 私のお話かぁ……。

 

 

「……エル君もだけど、最近色んな人の色んな考え方を見たり聞いたりしてるんです。ジルソンさんもだけど、人によって考え方も違うし、本当に色んな考え方があるんだなって。……私はそんな事を思ってます」

 タンジアに来てから二年だけど、本当に色んな事があったと思う。

 

 色んな人に出会って、色んな答えを見てきた。

 

 

「……自分の答えは見つかったのか?」

 優しい表情でそう言うジルソンさんに対して、私は首を横に振る。

 

 

 こんなに色んな物を見てきたのに、私の答えは見付からない。

 いや、見付かってはいるけれど。それに納得出来ないのかもしれない。

 

 

「……少し、難しくて」

「アランか」

 私が言うと、ジルソンさんは小さく呟いた。

 

 

 アラン……?

 

 

「見付かってないというよりは、悩んでる。そんな表情だ。本当は自分の答えが見付かってるのに、どこかで引っ掛かっている。……違うか?」

 引っ掛かっている……。

 

 

「それは……」

「俺が怒隻慧の話をした時、表情を変えた。アランもお前もだ」

 私も……?

 

 

「寂しそうな表情してたぜ、お前。アランの奴は気が付いてなかったようだがな」

 そう言って、ジルソンさんはテントの方に視線を送った。

 

 

 確かに、アランが怒隻慧の事を憎んでるって考えると少し寂しくなる。

 それで私は悩んでるのかな……?

 

 

「モンスターとどう関わるか。多分だが、もう答えは出ていて……だがアランの事が引っ掛かってそれを正しいと思えない。あいつがお前の邪魔をしてるって事だ」

「そ、そんな事無いです!! アランは───」

「それじゃ、なぜ悩んでる。確かに難しい話だ。人によって答えも違うだろう。だが、それだけ考えて答えが出ないのはなんでだ」

 ゆっくりとそう言うジルソンさん。

 

 

 私は焚き火に視線を移して、ただ考えた。

 

 

 

 私の答え……。

 

 

「納得出来るまで話してみろよ」

「……話す?」

「自分の答えはもう目の前にある。多分、最後の一歩はアランの考え方と向き合えば出て来るかもしれないぜ。……まぁ、俺の勝手な考えだがな」

 アランの考え方……。

 

 

 

 私は彼の考え方が好きで、憧れて、彼みたいになりたいって思ってここまで来た筈。

 でも、アランが怒隻慧の事を考えてる時は、私は少し寂しいって思ってしまう。

 

 そんなアランの考え方に向き合った事は確かになかった。

 ただアランに憧れていただけで、その先の答えに向き合おうとしなかった。

 

 

「私は……」

「アランの答えは少なくともお前の中で一番大きな答えの筈だ。それを遠ざけてたら、ずっとお前の答えは見付からないんじゃねーかな。……いつでもいい、しっかりと向き合ってやれ。そしたらアイツも喜ぶだろうよ」

 アランが喜ぶ……?

 

 

 迷惑じゃないかな……。私なんかが、アランの答えに向き合おうとするなんて。

 

 

 

「……君は彼の答えを真似たいのか、自分の答えを探したいのか。……どっち?」

 唐突にシオちゃんがそんな事を言う。

 

 そっか……私は───

 

 

「───私は、自分の答えを探したい」

「……そういう事」

 その為には、アランの答えとも向き合わないといけない。

 

 

 そんな事にも気が付けなかったなんて……。うぅ……。

 

 

 

「……って、ごめんなさい。私の話ばかり!」

「いーや、為になったさ」

 不敵に笑うジルソンさんは、テントを横目で見ながらそう言った。

 アランと話すのが楽しみそうな、そんな表情をしている。

 

 

「あ、あはは……。あの、本当に、色んな考え方があるんですよ。……モンスターを殺すのも殺さないのも間違ってない、モンスターとライバル関係になる事もある、私達が生きる為にモンスターを調べる。それだけじゃなくて、モンスターが憎いって人も居たんです。ただモンスターが怖くて、生まれてくる前に殺しちゃう人もいた。逆に、モンスターと絆を結んで共に生きる人だっていた。色んな考え方があって、それを全部否定しないって考えの人もいた」

 私が一人で話しているのに、ジルソンさんは楽しそうに聞いてくれていた。

 

 

「……ジルソンさんは、どんな考え方をしてますか?」

「俺か……。俺は、モンスターも人間も変わらないと思ってるな。……俺は商人だ。人からもモンスターからも、得られる物を得て金に変える。そこに人もモンスターも大差はない。……俺にとっては同じ大切な取り引き相手、悪く言うなら今朝言われた通り金のなる木だな」

 本当に、色んな考えの人がいるんです。

 

 

 その中で私の答えを探したかったのに、私はアランの考え方をただ真似て自分の答えを出す事をしなかった。

 

 

 

 それじゃダメなんだと思う。

 

 

 

「面白い考え方ですね」

「まぁ、俺はハンターじゃないからな。……例えば護衛なしで竜車をジャギィに囲まれたとして、己の命という対価を手に入れる為に報酬として荷物の肉を投げて、それにがっついてる間に閃光玉を使って逃げる……とかな。これで交渉成立だ」

 困ったような表情でそう言ってから、ジルソンさんは「命のやり取りも、取り引きと一緒だ」と続けた。

 

 

「……それ、大赤字」

「バカ、自分の命を買ってんだよ。黒字だ。大儲けだね。……むしろ人間とモンスターの違いなんて、こころの有無くらいだろ」

 こころ……かぁ。

 

 

「ジルソンさんはモンスターにはこころが無いって思うんですか?」

「分からん」

 あれ……?

 

 

「……無いと思ってたけどな。モンスターにこころなんて」

 シオちゃんの頭を撫でながら、ジルソンさんはそう言う。

 

 モンスターに心はあるのか。アランともそんな話したなぁ……。

 

 

 

「ただ、それに関しては俺も答えが出てない。取り引き相手と言ったが、やっぱりモンスターと意思疎通するのは難しいって話だ」

 ジルソンさんもまた、答えを探しているのかもしれない。

 

「見付かるといいですね。ジルソンさんの答えが」

「そうだな」

 私も、そろそろちゃんと答えを出さないとね。

 

 

 

 私の答えを。

 

 

 

「……そういえば、本当にシオちゃんって戦えるんですか?」

 少し間を置いてから、私はジルソンさんにそんな質問をした。

 

 シオちゃん目が見えない筈なんだけど。いや、でも耳とか良かったし。

 それにジルソンさんがティガレックスの居場所を見付けられるって言っていたのも、少し気になる。

 

 

「コイツ、滅茶苦茶強いぞ」

 え、そんなに……?

 

 

「……やってみる?」

 シオちゃんは立ち上がって構えて、首を横に傾けながら私にそう聞いてきた。

 

 

「わ、私だって一応ハンターなんだからね!」

 一応プライドみたいなものがあるから、手加減はしない。そんな気持ちを胸に私も立ち上がる。

 不敵な笑みで私を見ているジルソンさんが見ている前で、私達は組手の準備をした。

 

 流石に目が見えてない女の子に負ける訳にはいかない……っ!!

 

 

「……掛かってきても、いいけど」

「むぅ……。い、行くからね! 手加減しないからね!」

 言いながら肉薄。押し倒して、動けなくして私の勝ち!

 

 

 ───と、いう作戦は一瞬で崩れる。

 

 

 シオちゃんが視界から消えた。見えたのは赤い残光だけで、私は何が起きたか分からない。

 

 

 

「───うぇ?」

「……後ろ」

 声が聞こえて振り返る。そこには少し屈んだ姿のシオちゃんが居て、私は反射的に前に跳んだ。

 本能が「危ない」と告げる。とにかく離れないといけない。ただそれは叶わなかった。

 

 

「……っぅ?!」

 跳躍したシオちゃんに私は押し倒されて何度か地面を転がる。

 押し戻そうにもとても力が強くて身体を引き離せない。その小柄な身体のどこにそんな力が。

 

 諦めてシオちゃんの顔を見ると、その瞳は鈍い赤色に光っていた。

 少し恐怖を覚えるその姿に、私は冷や汗を流す。正直にいうと彼女の事が怖かった。

 

 

 

「し、シオちゃん……?」

「……ここまで」

 ただ、彼女が目を閉じるとその光は消えて普段の表情に戻る。

 

 なんだったのかな……?

 

 

「獣宿し【餓狼】。双剣を使う奴が偶に発揮する力だ。……狩技って言うんだっけか?」

 私達を見ていたジルソンさんは満足気な表情でそう答えた。

 

「……己の中に潜む獣を解放する。疲れるけど」

 そう付け足してくれるシオちゃんは私の上から退いて、手を伸ばしてくれる。

 私はその手を引いて起き上がった。

 

 

「己の中の獣……」

 よく分からない。シオちゃんの中に……獣が居るって事かな?

 

 

「シオちゃんは……獣なの?」

「……半分は」

 半分……?

 

 

「……そして、君も。使える筈。……君も半分は、獣」

 わ、私も……?

 

 

「いや、俺にはさっぱりだ。シオが言うなら、そうなんだろうがな」

 よく分からなくてジルソンさんに助けを求めるけれど、ジルソンさんは両手を広げて首を横に振る。

 

 どういう事……?

 

 

「……自分が自分で無くなる時が、あった筈」

「それは……」

 そう言われて思い出すのは、リオレウスと戦っていた時。

 

 それに、モガの村でイビルジョーと戦った時やバルバレに居た時も。ゴア・マガラさんと戦った時や───あの怒隻慧にあった時にも少し。

 

 

 

 後で聞いた話なんだけど、私は片目がさっきのシオちゃんみたいに赤く光る事があるらしい。

 もしかして、それの事なのかな……?

 

 

 

「……目を瞑って、己の中の獣と向き合って」

「向き合う……?」

 私の中に獣が居るなんて、よく分からないし信じられない。

 だけど、もしそれが本当だとしたら。さっきのシオちゃんみたいな力が私にあるという事。

 

 私が強くなったら、アランの力になれる筈だ。

 

 

 そしたら、アランの考え方に向き合えるかもしれない。

 

 

 

 

「───シオちゃん、私にその獣宿し【餓狼】を教えて欲しい」

「……そのつもり」

 目を瞑って、アランに貰ったお守りを握る。

 

 

 

 

 

 私の中に居るのは誰なんだろうか。

 

 

 そんな事を思いながら、ただ暗い視界の中で赤黒く光る何かを見つけた。

 ここはきっとあの場所。そして、この光はもしかして───

 

 

「あなたは───」

 

 

 

 

 

 ───怒隻慧?




そろそろ彼女なりの答えを出してもらおうかなって。でもそれはきっと、とても簡単な事だと思う。
そしてこの話数にして忘れられていそうな伏線を少しだけ回収していくのです。三章で殆ど触れなかった、ミズキちゃん裏モード。獣宿し【餓狼】を添えて。

何度も言いますがクラブホーンは双剣です()。


感想評価お待ちしております。次回もお会い出来ると嬉しいです。

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