モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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掴んだ答えとその先へ

 白と黒と赤だけの世界。

 

 簡単な線だけの世界は、それでも鮮明に見えた。

 

 

 空気が震える。振動の元は大顎を開けて、衝撃を放とうとしていた。

 今それを許す事は出来ないという事だけが分かる。それにはどうしたらいいのか、答えが赤い線になって視界に映った。

 

 跳びながら、ソレの喉を剣で突く。

 線が千切れて黒い何かが舞った。大顎が閉じて、剣を掴む。

 

 

 身体が持ち上がった。

 抜けない剣が振り回されて、地面に叩きつけられる前に手を離す。

 

 

 着地───同時に地面に叩きつけられて跳ねた剣を掴んで、頭を踏んで跳んだ。

 

 

 空中で体を捻って、回転。ティガレックスの頭から尻尾を一直線に、両手の刃で回転斬りをしながら切り抜ける。

 ただ、線は殆ど傷付かずに刃だけが欠けた。着地と同時に地面を滑る。身体を捻って振り向いて、同時にティガレックスも振り向いた。

 

 持ち上げられた前脚が、少し間を置いて振り下ろされる。

 盾を突き出しながら踏み込んで、踏み込んだ足を軸に回転した。

 

 盾で前脚を受け流しながら回転斬り。

 ティガレックスの懐に入り込んで、胴体を捉えた刃はしかし弾かれる。

 

 

「……っ」

 舌を鳴らしながら、地面を無理矢理蹴って地面を転がった。

 遅れて身体を持ち上げたティガレックスが大音量の衝撃を放つ。

 

 

 どうしても攻撃は通らなかった。

 狂竜ウイルスによる死を克服したモンスター特有の、身体の硬質化。

 

 生きる為、命にしがみ付いた故の力だと思う。

 

 

 

 必死に生きる為の、生命の力。

 

 

 

 まだ足りない。

 三色だけの世界が揺れた。

 

 次第に鮮明になる線。赤い線がティガレックスの頭を囲む。

 

 

 

 さっきまでの攻防で、アランが頭を攻撃した時だけは刃や弾が通っていた。

 頭なら攻撃が通る。でも、どうすればいい。

 

 

 赤い線が走った。その先はティガレックスじゃなくて、その背後───

 

 

 

「───バランスを崩して……っ!」

 ───アランを庇いながら、ヘビィボウガンを構えるエル君が引き金を引く。

 

 弾き出された弾丸はティガレックスの足元に突き刺さり、拡散、爆発。

 傷は付かなくても、風圧に押された巨体が揺れた。赤い線は真っ直ぐにティガレックスの頭部へ走る。

 

 

「……今!」

 同時に影が横から走って、より鮮明になった人影はシオちゃんだった。

 

 

 二人で切り込む。動きを止めたティガレックスの頭を左右から切り裂いた。

 獣の牙が肉を断つ。身体の限界まで剣を叩きつけて、その頭が持ち上がった瞬間地面を蹴って後ろに跳んだ。

 

 

 咆哮。

 衝撃に身を転がす。受け身を取って立ち上がると、視界に映る巨体が真っ直ぐに駆けてきた。

 

 

 逃げる、追い付かれる。

 

 ガード、出来ない。

 

 横に飛ぶ、間に合わない。

 

 

 地面を蹴った。進路は前方。迫る巨体。

 

 地面を踏み抜く前脚。逆の前脚が持ち上がると同時にソレを踏んで、跳ぶ。

 身体を捻って着地。同時にティガレックスも身体を捻り、再度突進を繰り出した。

 

 

 位置関係が変わって、私の背後にはアランやエル君が居る。避けてはいけない。

 

 

 突進中のティガレックスを爆炎が襲って、速度が一瞬落ちた。

 私とシオちゃんが駆けて、ティガレックスの頭を斬り上げる、蹴り上げる。

 

 巨体が浮いた。

 追撃を恐れたのか、ティガレックスは後ろに跳ぶ。大きな咆哮と共に、瞳は血走って身体中の血管が浮き上がった。

 

 

 

 怒り状態。冷静さを欠いているなら、むしろ都合が良い。

 

 

 

 ティガレックスと私達を結ぶ線の上にアラン達が居ないように、シオちゃんと二人で左右に別れる。

 その間にエル君がアランを安全な場所へ。彼が戻ってくるまでは、私達でなんとかしないといけない。

 

「───っ」

 一瞬、鋭い頭痛が襲って、視界が歪んだ。

 

 唇を噛んで耐える。まだ倒れる訳にも、止まる訳にもいかない。

 生命と向き合うって決めたんだ。命と向き合うって決めたんだ。

 

 

「───ぁぁああっ!」

 地面を強く踏む。

 

 線がハッキリした。さっきより視界は赤い。

 

 

 

「───ギェァァアアアアアッ!!」

 突進。やり過ごす為に横に跳ぶ。

 

 しかし、ティガレックスは突然脚を止めて身体を持ち上げた。

 吸い込まれる空気。吐き出されるのは───

 

 

「───っ?!」

 ───衝撃。

 

 

 咄嗟に耳を塞ぐ為に剣を落として、身体は地面を転がる。

 木に背中からぶつかって、肺の空気が全部押し出された。空気と同時に口から出て来た血反吐を拭って、立ち上がる。まだ行ける。

 

 

「───っぁ?!」

 ティガレックスは強靭な前脚を使って跳んだ。

 眼前に迫る巨体。姿勢を低くしながら前に転がる。

 

 背中に圧を感じた数瞬後に、背後で巨体が木をなぎ倒した。

 

 

 地面を蹴って起き上がり、走って剣を拾ってから、身体を捻って向き直る。

 轟音を立て、ティガレックスも地面を削りながら身体を捻った。

 

 周りの木を薙ぎ倒しながら、竜は再び大地を駆ける。

 

 

 エル君からの援護はない。シオちゃんも間に合わない。

 

 さっきみたいに避ければ、また途中で咆哮を放つ可能性もあった。

 ティガレックスを踏んで跳んでも、同じ事が起きる。

 

 相手は生きているから、何をしているか分からないんだ。

 

 

 ───なら、直前まで何をしてくるか見極める。

 

 

 赤い線が走った。巨体が駆けて、私を轢き殺そうと地面を抉る。

 少しだけ速度が落ちた。捻られ、開かれる大顎。

 

 ───噛み付き。

 

 

「───ギェァァッ!」

 大顎が向かってくる。盾を突き出して足を引いた。

 衝撃を受け流しながら回転斬り。ティガレックスの勢いは殺せなくて、私は大きく後ろに跳んで滑る巨体を交わす。

 

 ティガレックスの勢いが消えると同時に着地、その足をバネに距離を詰めた。

 

 

 引き上げた剣を叩きつけて、同時にティガレックスの頭を踏んで身体を浮かせる。

 空中で身を捻り、盾を真下に向けて自由落下。頑丈な鈍器として、ティガレックスの頭に盾を叩きつけた。

 

 

「───ギェァァッ?!」

 巨体が揺れる。着地と同時に斬り上げ。斬り下げ、左右に、腕が動かなくなるまで何度も剣を叩きつけた。

 

「───っぁぁぁぁあああああ……っ!!」

 ティガレックスが姿勢を治すと同時に頭部を突く、届かない。剣を引くと同時に肉を斬る、届かない。

 

 血飛沫を上げながら、ティガレックスが身体を持ち上げる。

 避けられない。

 

 

「───スイッチ!」

 背後から駆けてきたシオちゃんが私と入れ替わった。

 

 身体全体をバネにして、跳び上がってティガレックスの顎を斬る。身体を捻って足で頭を蹴り飛ばして、同時に双剣を叩きつけた。

 

 

「───ギェァァッ!!」

 届かない。

 

 その大顎は、今度はバランスを崩したシオちゃんに向けられる。

 

 

「───スイッチ!」

 今度は私が間に入って、身体を回転させながら大顎に両手の剣を叩き付けた。

 血飛沫が舞う。それでもまだ届かない。

 

 

 ティガレックスの意識が私に向いた。

 

 

「───スイッチ!」

 反対側からシオちゃんが両手の剣を同時に振る。高速の斬撃。血と肉が飛んだ。

 

 

「ギィゥォァァアアアッ!!!」

 届かない。

 

 

 

「───スイッチ!」

 届かない。

 

 

「───スイッチ!」

 届かない。

 

 

「───スイッチ!!」

 届かない。

 

 

 

 線が走る。赤が跳ねた。それでも届かない。

 

 

 

 狂竜ウイルスはその身体の力を際限なく酷使させ、最終的に死に至らせる。

 だけれど、その死を克服して。それでも竜は苦しむ事には変わりなくて。

 

 

 ───それでも生きたかった。死にたくなかった。

 

 

 そんな生命の叫びが聞こえてくる。

 

 

 あなたは死にたくなかっただけなんだね。

 

 

 

 私達も同じだよ。皆同じだよ。

 

 

 

 だから戦うんだ。相手の生命と向き合うために、己の命と向き合う為に。

 

 

 

 ───少しだけ、分かった気がする。

 

 

 

 

「スイ───っ?!」

 ティガレックスが身体を持ち上げた。その喉元から夥しい量の血反吐が流れ落ちる。

 自らの命を削ろうとも、ただ生きる事を考えて、竜は空気を目一杯身体の中に取り込んだ。

 

 

 間に合わない。

 

 

 武器を捨てて、耳を塞ぐ。

 地面を蹴って、出来るだけ離れた。

 

 

 ───咆哮(衝撃)

 

 

 手は耳を塞いでいて、私達は受け身も取れずに吹き飛ばされる。

 

 地面なのか周りの木なのか。何回も全身をぶつけて地面を転がった。

 

 

 

 血反吐を吐く。

 

 

 倒れる訳にはいかない。

 

 

 向き合うって決めたんだ。

 

 

 

「───っぁ……ぁぁ」

 ───視界に色が戻る。

 

 

 それでも私の目に映るのは、赤だった。

 視界の端に、小さな爆発が映る。

 

 

 

 

 赤色は、生きる為に流した血だ。

 

 これでもかという程に地面を覆う赤。

 

 

 

 その主である竜が、その赤を踏む。

 

 硬質化している筈の全身も、自らの力の代償で傷付いて。

 頭部は度重なる攻撃で、鱗も肉も剥がれてその中身が見えた。

 

 

 それでも竜は生きていて。

 

 

 喉から血反吐を吹き出しながらも、倒れている私達の前で身体を持ち上げる。

 

 

 

 

 向き合えたよね。

 

 

 

 きっと。

 

 

 

 

 ゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

 

 私達は向き合えたと思う。

 

 

 あなたの生命と、命と。

 

 

 

 だから、これで良いんだよね。

 

 

 これが私の答えだから。

 

 

 

 瞳を開けて、最期までその生命を刻み込んだ。

 

 

 目を背ける事は出来ない。向き合うって、決めたから。真っ直ぐに、赤い瞳を見る。

 

 

 

 

 血を噴き出しながらも、ティガレックスは空気を吸い込んで───

 

 

 

「───ごめんね」

 ───誰かがそう言った。

 

 

 

 ───鋭い音が響いて、鈍い音が竜の頭を貫く。続いて、小さな爆発。

 

 

 頭から鮮血が吹き出して、ティガレックスは瞳孔を強く開いた。

 

 

 

 

「……私達の、勝ちだよ」

 唐突に、それでもゆっくりと巨体が崩れる。

 

 大きな音を立てて倒れた竜は、一度痙攣してから完全に停止した。

 必死に生きた竜の最期はなんだか儚くて、やっぱり少しだけ寂しい。

 

 

 あなたもただ、生きたかっただけなんだよね。

 

 

 そんな生命と向き合うって決めたんだから、目を背ける事だけはしていけないと思う。

 

 

 きっと最期は苦しくなかった筈だ。エル君の狙撃で、守る物が無くなった頭を一撃。

 

 

 

「……お疲れ様」

 シオちゃんが小さくそう言って、安心したのか視界が揺れる。

 

「───あ……れ?」

「───っ、君!」

 あ、身体が動かない。全身痛いし、頭が割れそうだ。

 

 ただ、不思議と嫌な気分じゃなくて。倒れる最後まで、私はティガレックスを必死に視界に入れる。

 

 

 

 

 きっと、向き合えたよね。

 

 

 

 あなたの生命と。

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「……全治一ヶ月、ですか」

 引き攣った声でアランはそう言いながらも、自分の耳を抑えた。

 

 

「ほっとけば治るが、安静にしてるのが一番だ。狩りも一ヶ月くらいはやめておく事だな」

「……それは」

「そんな状態で狩りにでても死ぬだけだというくらい、ハンターなら分かるだろう?」

 ティガレックスの討伐から二日後の事です。

 

 タンジアに帰って来た私達は、まずアランの身体をお医者さんに診て貰いにとある民泊に。

 そこでアランを診てくれたのは、なんと偶々タンジアに来ていたリーゲルさんでした。

 

 

 ティガレックスの咆哮から私を庇って、アランは耳を痛めてしまったみたいで。

 一ヶ月もしたら治るみたいなんだけど。それでも私の責任だから、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

 

 

「……他の三人は極限化モンスターと戦ったとは思えない程元気だな。俺の役目はなさそうだ」

 アランの背中を叩きながら、リーゲルさんは首を横に振ってそう言った。

 

 エル君もシオちゃんも、大きな怪我はなくて良かったです。

 あの後気絶した私は、シオちゃんが運んでくれたらしい。ムツキにはとても心配されてしまった。

 

 

「極限化……」

「モンスターの生命の神秘か。なんにせよ、ギルドでは古龍と同等の危険度として認知されている状態だ。……好条件が揃っていたとはいえ、犠牲が出なかった事は奇跡だろう」

 狂竜ウイルスによる死の克服。それによりウイルスの力で身体が壊れる程の力を手に入れたモンスターの総称。

 

 私達が勝てたのは、色々な奇跡の賜物だったと、リーゲルさんは呆れながらそう言う。

 あのティガレックスは、本当にそれ程までに強かった。曰く、生命の神秘。

 

 

「ご、ごめんねアラン……」

 アランとは、耳の事もあってあまりお話出来ていない。

 私が謝ると「気にするな」の一言。難しい表情で、何かを考えて他所を見てしまう。

 

 怒隻慧の事、かな。

 

 

「ミズキ」

 ふと、リーゲルさんが私の事を呼んだ。

 

 なんだろう、と。首を横に傾けると、彼は私をゆっくりと眺める。

 

 

「獣宿し【餓狼】を使ったらしいな」

「え、あ、はい。……シオちゃんに教えてもらって」

 リーゲルさんの言葉に、私はゆっくりとそう答えた。

 

 結局、なんで私の中にあの竜がいたかは分からない。

 きっとアランもその事で色々考えているんだと思う。

 

 でも、だからこそアランとお話するキッカケに出来るかもしれない。そんな事を思った。

 

 

「……お前も、あんまり無茶するんじゃないぞ。どこで手に入れたのか商人のにいちゃんが面白い情報を持ってたが、とりあえずは休め」

 リーゲルさんはそう言って立ち上がる。

 優しい声は、なんだか諭すような言い方だった。

 

 

 

「それじゃ、俺は別の診察もあるからな。とにかく一ヶ月安静だ、分かったな?」

「……あ、はい」

 意識の飛んでいるような返事するアランを見て両手を広げて、リーゲルさんは部屋を後にする。

 

「アランの事は任せたぞ、ミズキ」

 そんな言葉だけが残って、部屋は私とアランの二人きり。

 

 

 静かになってしまった空気が少し重くて、私は一旦大きく息を吸った。

 

 

 

 向き合うんだ。

 

 

 

 アランの考え方とも。

 

 

 

「ねぇ、アラン」

「どうした」

 こうしてお話しするのもなんだか久し振りの気分。

 ティガレックスを倒してから今まで、まともに会話をしなかったと思う。

 

 その間、色々な事を考えていた。

 

 

「私なりの答えは見付かったよ」

「そうか」

 とても単純な事だと思う。

 

 

 それでも、私があなたに出会って、ずっと考えていた事の答えをやっと見付けだしたんだ。

 だから、あなたの答えとも向き合わないといけない。目を背ける事は出来ない。

 

 

「アランは、やっぱり怒隻慧を殺したいの?」

 私がそう聞くと、アランは表情を険しくして目を逸らす。

 

 私はそんなアランの視線に入るように歩いて、真っ直ぐに彼の瞳を見た。

 瞳孔が揺れる。信じられないような物を見る目だった。

 

 

「私ね、正解なんてないと思うんだ。どうするのが正しいのか、何が間違っているのか。……きっと、どっちでもない事の方が多くて、どうしようもない事の方が多くて」

 生きている以上、他の生き物から何かを奪わなければならない。

 

 そうしないと生きられないから。

 

 

 それはどんな生き物でも同じで、いのちの理なんだと思う。

 

 

 

 私達人間だって、獣人族だって、色んな種族の人達だって、モンスターだって、竜だって、龍だって。

 

 何かを奪いながら生きている筈だ。それが生きるという事だと思う。

 

 

 

「だから、怒隻慧を憎むのは間違ってるか?」

 だから───

 

 

「───そんな事、ないよ」

 私の言葉(答え)に、アランは目を見開いた。

 

 

「……どうして、だ?」

「怒隻慧がアランの大切なものを奪った事実は変わらないと思う。じゃあ、それが悪い事なのかって聞かれたら……私はそれを否定する」

 きっと、怒隻慧だって生きているだけだから。

 

 

 そこに悪意なんてなくて、たとえあったとしても、それが怒隻慧にとって生きるという事なんだと思う。

 

 

 アランの目を真っ直ぐに見ながらそう言って、アランも私の目を真っ直ぐに見て聞いてくれた。

 

 

 

「それでも、アランのこころを否定出来ない。私だって、大切な人がモンスターに殺されちゃったら……きっとそのモンスターを憎むと思う」

「なら、お前の答えでは俺はどうしたら良い?」

 真剣な表情で聞いてくれる。

 

 

 きっと私の答えとアランの答えは違う筈。それでも、アランは私の答えをいつも聞いてくれた。

 これまであやふやだった答えを、ちゃんと伝えたい。だから、私も真剣に口を開く。

 

 

 

「私はアランに、怒隻慧の生命とも向き合って貰いたい。アラン自身とも向き合って貰いたい。……私はその為にハンターとしてモンスターを狩るんだと思う」

「向き合う……」

 小さく呟いて、アランは目を細めた。

 

 きっと、怒隻慧の事を考えているんだと思う。

 

 

「私ね、モンスターを殺すのが酷い事だと思ってた」

「モガの村に居る頃は、そんな感じだったな」

 あの頃はきっと、ただ可哀想だと思っていた。

 

 

 命を奪う事そのものが間違いだと思っていたと思う。

 

 

「でもね、そうじゃないって教えてくれたのは、アランなんだよ。……生命と真剣に向き合う事が、とても素敵な事だと教えてくれたのは、アランなんだよ」

 単純な事だった。ただ、それだけの事だった。

 

 

 どうして生きるのか、どうして殺すのか。

 

 何故命を奪うのか、何故命を奪われるのか。

 

 

 たったそれだけの事だけど、その事に真剣に向き合うという事が、それだけの事が、私にはとても素敵に思えて。

 

 

 

「だから、怒隻慧のいのちとも向き合って欲しい。その上でアランが怒隻慧を倒したいなら、私は手伝う! 怒隻慧を倒してもアランが奪われた物は戻ってこないよ。それでもアランに怒隻慧を倒す理由があるなら、アランが生きる為だと思う。アラン自身の生命とも向き合って、怒隻慧の生命にも向き合って、それでも怒隻慧を倒したいなら、私は手伝うよ!」

 別に復讐だって構わない。

 

 

 人間は身勝手って言われるかもしれないけれど、だからこそ考える事が出来る。向き合う事が出来るんだ。

 

 

 

 

 

 それが本当に素敵な事だと思ったから、私は今ここに居る。

 

 

 

 

「……お前は、知らない間に俺の先を歩いてたんだな」

 ただ小さく、アランは口を開く。

 

「そ、そ、そんな事ないよ! ていうか、よく考えたらこんな事当たり前の事で───」

「その当たり前が、どれだけ大切な事か分かったんだろ?」

 ───そうだ。

 

 

「なら、それがお前の答えだ。一人のハンターとして、その当たり前の事に向き合えばいい。それを当たり前だと思える事が、お前の良い所なんだから」

 何の為にハンターをしてるのか、分かった気がする。

 

 

「アランは?」

「俺も、考えないといけないのかもな。まだ俺には、怒隻慧を理解出来ない。……向き合うなんて出来そうにない」

 私達が生きる為に、いのちと向き合う為に。

 

 この自然と向き合う為に、私達はモンスターと戦うんだ。

 

 

 

「戦おう。……いや、狩ろう。アラン」

「狩る……?」

「そしたら、怒隻慧の事も分かるかなって……。いや、変な事言ってるかな?」

「……いや、そんな事はない。なるほどな」

 今度は、私がアランを手伝う。

 

 

 アランの答えを探すんだ。

 

 

 

 きっと、素敵な答えが見つかるから。

 

 

 

 私は、ここまで連れて来てくれたアランの力になりたいです。

 

 

 

 

 

 

「一つだけ聞いていいか?」

「……なに?」

「……お前の獣宿し【餓狼】は、なぜアイツに似ている」

 少しだけ瞳を伏せて、アランは口を開いた。

 

 

 アイツ。

 怒隻慧イビルジョー。

 

 

「……分からない」

 どうしてあの竜が私の中にいるのか、私自身も分からない。

 

 きっと怒隻慧の事はアランだけの問題じゃない筈。

 

 

 

「なら、お前もその答えを探さないとな」

「……うん。だからこそ、手伝うよ」

 きっと私も、向き合わないといけないんだと思う。

 

 

 

 怒隻慧のいのちと。

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「ティガレックスは無事死体の回収が終わったそうだ。クエストの報酬も届いてたぜ」

 集会所に戻ると、アルディスさんが私達にそう説明してくれた。

 

 

 ムツキはシオちゃんとエル君にモフられている。

 

 

 

「良かった……」

 凄い強かったし、私はあの後倒れちゃってたから。正直心配でした。

 最期まで向き合えたかな、私は。

 

 

「んじゃ、これ報酬───」

「おいおい待て待て。それ全部俺達の手取りって約束の筈だぜ?」

 横から片手を出すのは、モフられているムツキを見ていたジルソンさん。

 

 そういえば、そういう契約だったもんね。

 

 

「……マジで言ってんのかコイツ。金の亡者。クソ野郎」

「失礼な。情けない男同盟を組んだ仲じゃねーか」

「んな同盟知らねーよ!」

 おー、仲良くなってる。

 

 

「……まぁ、約束は約束だ。俺達は書士隊として役目を果たしたかったしな」

「ですね。今回は僕達の責任も大きかったし」

 でも、エル君が居なかったらティガレックスは倒せなかった。

 

 あのパーティで本当に良かったって、そう思います。

 

 

 

「……そっか、約束。アラン!」

「……あまり大きな声をだすな」

「あ、ご、ごめん!」

「……ミズキ」

「ご、ごめんなさい……」

 う、アランが怪我をしたの私のせいなのに。気をつけないと……。

 

 

「……約束だ。怒隻慧の情報を教えてくれ」

 ティガレックスの狩猟に出かける前に、私達はジルソンさんと約束を一つしていた。

 

 報酬を手渡す代わりに、怒隻慧の情報を教えてもらうという約束です。

 

 

 

「そうだったな。これは、シオから聞いてくれ」

 そう言って、ジルソンさんはムツキをモフっているシオちゃんに視線を送った。

 

「助けろニャ」

 ムツキはなんか、お餅みたいになってます。気持ち良さそう。

 

 

 

 ところで、なんでシオちゃん?

 

 

 

「……君達の探してるイビルジョーは狂竜化していて、タンジアの近くにいるよ」

 そして、シオちゃんは淡々とそう口にした。

 

 

「な……」

 怒隻慧が、タンジアの近くにいる。

 

 アランは言葉が出ないのか、頭を抑えて言葉の続きを待った。

 きっと私より色んな事を考えていると思う。

 

 それでも、私も一つだけ思う事があった。

 

 

 

「……多分、ここ最近ウイルスに感染したんだと思う。極限化なんて本当に稀だし、放っておいても勝手に死ぬと思う」

「ここ最近タンジア付近で、片目が光るイビルジョーの目撃が多数上がってる。……前回目撃されたのが砂漠って話は少し気になるが、な。俺達の持ってる情報はこのくらいだ」

 おかしい。

 

 

 アランもそう思っているようで、私と目を合わせる。

 

 

 

 おかしいんだ。

 

 

 

「怒隻慧が狂竜ウイルスに感染したのなら、それは二年も前の話の筈だ」

「……どういう事だ?」

 アランの言葉にジルソンさんが眉をひそめる。

 

 狂竜ウイルスに感染して、二年間も生きていられる訳がない。

 

 

「二年前私達はあの竜と戦って、その途中でシャガルマガラとも戦いになったの」

 あの時、私達はシャガルマガラに助けられて怒隻慧から逃げた。

 

 

「……シャガルマガラ」

 あのシャガルマガラと戦って狂竜ウイルスに感染したなら、それはもう二年も前の筈。

 

 

 

「……生きている訳がない、か。同一個体じゃない可能性すらあるな」

 その考えも浮かんだけど、どうしてかそんな事はないと思ってしまう。

 

 

 分からないけど、あの怒隻慧が死んだと思えないんだ。

 

 

 アランも同じ考えなのか、何処か遠くを見て表情を歪める。

 怒隻慧は生きている筈。砂漠でも目撃された。

 

 

 

 

 ……分からない。

 

 

 

 私達はあの竜の事が、全然分からない。

 

 

 

 それでも、タンジアの近くにいる。

 

 

 

 私達はどうしたらいいのかな……。

 

 

 

 

「まぁ、とにかくなんだ。今日はこの金でパーっとやろうぜ。俺も怒隻慧の話は少し興味が湧いた。この際だ、良い所まで付き合ってやる」

「……珍しい。どうせ何か企んでるんだ」

「怒隻慧、金になりそうだろ?」

「……最低」

 ジルソンさんらしいや。

 

 

「僕達も、書士隊の伝手で色々調べてみますよ。良いよね? アル兄」

「ここまで来たしな。まぁ、今日は商人の金で飲み食いしまくって赤字にしてやるがな」

 エル君もアルディスさんも、優しいなって。

 

 

「よし、情けない男同盟で飲み明かそうぜ」

「誰が情けない男同盟だ!!」

 どうしたら良いか分からないけど、私達は一人じゃない。

 

 

「……ムツキ、今日はモフりまくれる」

「えへへ、僕もモフろっと」

「やめろニャぁぁ……」

 道は見えていて、真っ直ぐに進むだけだ。

 

 

 

「アラン」

 答えを見付けて、私はその先が見たい。

 

 この答えの先にあるものが見たい。

 

 

 

「前に進もう」

「……あぁ」

 やっと掴み取った答えを胸に。

 

 

 

 私達は前に進む。

 

 

 

 

 いのちと向き合う為に。

 

 

 

 

 前に。

 

 

 

 

 前に。




一気に物語が進んで行きます。あと三十話くらいあるんだけどね。
エルの最後の攻撃というか、何回かやってる狙撃はワールドの狙撃竜弾をイメージしていたり。狙撃竜弾格好良い。


さてさて、またまたファンアートを頂きました。いつも応援ありがとうございます!
それでは紹介させて頂きますね。


ぎーのさんに、アランを描いてもらいました!

【挿絵表示】

装備が格好良いし、素顔も描いてくれてやばい。防具がやばい。ありがとうございます!


グランツさんにミズキを描いてもらいました!

【挿絵表示】

獣宿し餓狼感。背面に映るアイツが雰囲気を醸し出してます。前回私が投稿したイラストに描き加えて貰った物になります。ふぇ〜、素敵。ありがとうございます!


それでは、次回もお会い出来ると嬉しいです。感想評価お待ちしております。

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