モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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前後編の後半です。


私と貴方のこころ

 素直に、凄いなと思った。

 

 

 相手は野生で成体のモンスター。

 それなのに、彼女はモンスターと触れ合ってみせた。

 

 それどころか、背中に乗るなんて馬鹿な真似を平気でやってみせる。

 

 

 ───あの頃を思い出さずには居られない。

 

「…………ライドオン、か」

 絆石を握る。

 

 

 そうだな、モンスターと心を通わせて背に乗る。

 ミズキは乗り人の素質があるのかもしれない、なんてバカな事を考える。

 

 人と竜は相容れない。

 分かっている、筈なのにな。

 

 

 ふと、空を見上げてみる。天気は良く、丁度いい量の雲が青い空をを飾っていた。

 その風景に、一つだけ違和感を感じる。

 

「…………なんだ?」

 黒い、小さな点が見えた。

 

 

 小さな点だと思ったそれは、次の瞬間には瞬く間にその影が大きくなる。

 その形が視界にしっかりと入るまで、物の数秒もなかっただろう。

 

 

 一対の巨大な翼に、赤と黒の甲殻。飛竜種の代表ともされるような特徴的な姿。

 正しく竜と呼ぶに相応しいその姿を、俺が見間違える訳がない。あいつの同類を、見間違える訳がない。

 

 

「───リオレウス?!」

 空の王、リオレウス。その姿を視界に確認した次の瞬間には、もう遅かった。

 

 

「ヴォァァアアアッ!!」

「……っ?! 逃げろ二人共!!」

 遥か上空から滑空しダイミョウザザミの背後を取った空の王は、体内の火炎袋で圧縮した炎をブレスとして吐き出す。

 

 

「ミズキ……ッ!」

 俺の声が届いたと同時だったか。その炎は何か(・・)に当たって弾けた。

 広がる熱と爆煙。視界に少女は映らない。

 

 

 ──生き物って、簡単に……死んじゃうんですね。…………ごめんなさい、アラン──

 

 誰かの言葉を思い出す。

 

 

 

「ふざけるなよ……っ!」

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 熱い。

 

 

 ただ、そんな事を思った。

 まるで熱加減を間違えたお風呂に入っている感覚。真夏の砂浜にいるようなその程度(・・・・)の感覚。

 

 最後に見えたのは劫火だった。

 その後視界が真っ暗になったかと思えば、その程度の熱さを感じる。

 

 むしろ、直前の恐怖が抜けた今となっては何か温かい。

 

 

 何が起こったか?

 うーん、分からない。ただ考えてみると死んじゃったのかな、なんて思って少し身震いした。

 けど、隣で震えてるムツキが見えて(・・・)そんな心配は杞憂に終わる。

 

 

 突然、視界が開けた。

 同時に何か重い物が地面に落ちる音がして、私は条件反射でそれを見る。

 

 

「クカァァァッ」

 それは、盾のように頑丈なダイミョウザザミの鋏。

 何かの衝撃に耐えられなくて身体から千切れてしまった鋏が、独特な色の体液を噴き出しながら地面に落ちていた。

 

「ダイミョウザザミ……さん?」

 視界に火球の主(・・・・)は見えない。そもそも、さっきと明らかに風景が変わっている。

 

 

 そしてダイミョウザザミの視界の先を見れば、一匹の竜が滞空しているのが確認出来た。

 

 

 

 赤と黒の甲殻に、一対の翼。きっとこの世界で一番有名なモンスター。

 生息地域は世界中至る所。それこそ彼の種が優れている証でもある。

 

 だから、この孤島にも住んでいる事だけは私も知っていた。

 

 

 でも、なんで、こんな、村に近い所まで───

 

 

「───リオレウス」

 空の王、リオレウス。それが、今私の視界に映るこの島の()の王者だった。

 

 

 

「ミズキ! 無事か!!」

「アラン?!」

 その声に我に返る。

 

 私はダイミョウザザミさんと遊んでいて、アランの声に振り向けば視界には炎が映っていた。

 もう絶対に助からないと思ったそんな状態から私を救ったのは———ダイミョウザザミさん、なの?

 

 その鋏で私を助けてくれたの……?

 

 

「飛び降りろ!」

「う、うん!」

 言われて、隣で震えているムツキを抱き抱えてダイミョウザザミさんから飛び降りる。

 

 

「クカァァァッ」

 アランと少し走ってから振り向くと、ダイミョウザザミさんは私が降りたのを確認する様に私に正面を向けていた。

 いや、ヤドをリオレウスに向けたと表現するのが当たり前かもしれない。あのヤドは、とても頑丈でちょっとやそっとじゃ傷付かない物だから。

 

 

 

「なんで……」

 ねぇ、なんで火球を態々鋏で受けたの?

 

 火球が来たのはあなたの背後。私が乗っていたヤド側。

 

 

「ヴォァァアアアッ!!」

 二度目の火球が放たれる。

 

「クカァァァッ」

 でも、その堅牢なヤドはあの火球でも傷一つ付かなかった。

 

 

 なんで……? なんで態々身を翻して、不安定な格好をしてまで鋏で火球を受けたの?

 そのせいで、あなたの鋏は千切れてしまったんだよ……?

 

 

 ヤドを───私を庇う必要なんて、あなたにあったの?

 

 前の火球も、そのヤドで受け止めればあなたにダメージはなかった筈なのに。

 

 

「ヴォォゥ、ヴォァァアアアッ!!」

 リオレウスはダイミョウザザミさんにダメージを与えられなかったと悟ると、その空中での機動力を生かして正面に回り込む。

 そのまま三度目の火球を、盾を一つ失ったダイミョウザザミさんの正面に叩き込んだ。

 

 

 焦げ臭い匂い。

 ダイミョウザザミさんは勿論その大きな鋏でしっかりガードするんだけど、片方の鋏じゃ守り切れなくてダメージを負ってしまう。

 

 

「ダイミョウザザミさん!」

「バカ! 大きな声を出すな!」

「だ、だって!」

「あ、アランの言う通りニャ……っ。飛竜はヤバいニャ……っ!」

 飛び出しそうな私を引き止める二人。ムツキは私の足にしがみ付いて離れようとしない。

 

「で、でも……」

 今ダイミョウザザミさんがピンチなのは私の所為なんだよ……?

 

「……あいつはお前を守った」

「そんな事って……」

「……俺だって信じられないさ」

 ダイミョウザザミさん……。

 

 

「クカァァカァァ」

 再びリオレウスにヤドを向けるダイミョウザザミさん。

 その巨大な竜の頭蓋を向け威嚇すると、リオレウスも滞空したまま様子を見るようにダイミョウザザミさんを睨み付けた。

 

「クカァァァッカァァッ!」

 次の瞬間、ダイミョウザザミさんはその細い脚でジャンプする。

 それは上空にいるリオレウスまで届いて、背負ったヤドの鼻先から延びる角がリオレウスに真っ直ぐ向けられていた。

 

「ヴォォゥ?!」

 驚いたような声を上げるリオレウスだけど、翼を翻してその攻撃は直撃せずに終わってしまう。

 翼を掠るだけに終わった攻撃だったけど、あの巨体があんなに高くジャンプ出来るんだと感心してしまった。

 

 

 そして、まだ終わらない。

 

「クシュィィィッ!!」

 回避でバランスを崩したリオレウスに、ジャンプから着地したダイミョウザザミさんは鋏を大きく広げて口から何かを吹き出した。

 

「ヴォォゥ?!?!」

 水? かな? 圧縮されたその何かはリオレウスに直撃して、その身体を地面に叩き落とす。

 

 

「あのカニさんやるニャ! 今の内に逃げた方が良いニャ」

「で、でも……」

「……逃げるのは後だ。それか、お前達だけで逃げろ」

 そう言うアランはリオレウスを真っ直ぐ見詰めていた。どうしたの……?

 

「ニャ?!」

「アラン……?」

「あのリオレウス、おかしな所がある事に気が付かないか?」

 おかしな所?

 

 

「ヴォォゥ……ヴォァア!!」

 地面に叩き落とされただけでリオレウスが倒れる事もなく、立ち上がってダイミョウザザミさんに火球を吐く。

 アランが言うおかしな所。それは注意して見てみれば確かに分かる、リオレウスの身体の事。

 

 

 所々鱗は剥がれ、噛まれた後があったり、極め付けは尻尾の先が何かに食い千切られたかのような歪な形をしていた。

 少なくとも私が図鑑で見たリオレウスの尻尾はあんなに短くはない。

 

 

「クカァァァッ!」

 火球のブレスを正面から鋏で受け止めるダイミョウザザミさん。

 確り受け止めてるからダメージは少なそうだけど、やっぱり片方の鋏じゃガードに限界がある……。

 

 

 

 私の……せいで。

 

 

 

「ね、ねぇ……アラン」

「ダメだ」

 私、何も言ってないのに……。

 

「あ、危ないニャ……ミズキ」

「ごめんね……ムツキ。でも、私───」

「ダメだ」

 リオレウスだけを見ながらそう言うアラン。

 あなたは何を見ているの……?

 

 

「だって!」

「あれはモンスター同士の戦いだ。……俺達は関係ない」

「でもダイミョウザザミさんは私を助けてくれたんだよ?!」

「……っ。たまたま、だ。モンスターが人を助ける訳がない!」

 声を上げるアラン。なんで? なんであなたはそんなに風に思っちゃうの?

 

 あなたが一番、モンスターと分かり合えているのに。

 

 

「アランの分からず屋!!」

「お前はリオレウスが悪だと言うのか?」

 ぇ、それは……。

 

「それは……」

 言われて、アランの言いたい事はなんとなく分かった。

 

 リオレウスだって、生きている生き物で。

 何の理由もなしにダイミョウザザミさんを襲っている訳じゃない。

 ご飯が食べたいのかも知れないし、何か他の理由があるのかも知れない。

 

 

「で、でも……」

 言い返す事が出来ない。だって、それは当たり前の事だから。

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 私とダイミョウザザミさんはハンターとモンスターで、友達じゃ───

 

 ───無い?

 

 

 違う。

 

 

 

 

「ヴォァァアアアッ!!」

「グガァァ……ッ」

 ブレスの影響で動きを止めたダイミョウザザミさんに、もう一度ブレスを叩き込むリオレウス。

 耐え切れずにダイミョウザザミさんは脚で体を支えられなくなって、倒れこんでしまう。

 

 そこに、リオレウスは突進。巨体がぶつかり合い、嫌な音がモガの森に響いた。

 

 

 

「そんなの違うよ……アラン」

「……?」

 だって、私とダイミョウザザミさんは友達なんだ……っ!

 

 

「友達を助けるのに理由なんてない!! だからダイミョウザザミさんも私を助けてくれたんだよ? モンスターでもダイミョウザザミさんは友達だもん! 助けてくれた……友達だもん!!」

「ミズキ?!」

 アランから、預けていた盾と片手剣を奪うように取って走る。

 

「ニャ?! ミズキ!!」

「おいミズキ!!」

 分かってくれないならアランには頼らない。

 

 

 私だってハンターなんだ。

 

 

 アオアシラしか倒したことないけれど、ダイミョウザザミさんの手伝いなら出来る筈……っ。

 

 

「グガァァ……ッ」

「ヴォォゥ!」

 倒れこんだダイミョウザザミさんに噛み付いたり、脚で踏んだりするリオレウス。

 その足には毒爪もあって、リオレウスは決めにかかってるんじゃないかなって思った。

 

 あの至近距離でまたブレスを喰らったら今度こそ持たない……っ!

 

 

「間に合って……っ!」

 走る。

 

 視界に映る、リオレウスの大きな口。

 

 

 私の体と同じくらいある大きな頭から、少量の炎が漏れるのが見えた気がした。

 

 

「やぁぁっ!」

 リオレウスに私を認識させようと大きく声を張り上げて、片手剣を振り上げる。

 ソルジャーダガーはそんなに切れ味が良い訳ではない。

 

 でも、アランに教わった。

 腰を使って、引くように……っ!

 

 

 リオレウスに接近、足と腰をバネに走って来た力も使ってソルジャーダガーをリオレウスに叩き付け───引く。

 風と、肉を切る感覚が手に伝わった。確かな感触。

 

 丁度ダメージを負っていたリオレウスの身体を切り裂いたソルジャーダガーは、綺麗な鮮血を弾きながらリオレウスの身体を切り裂いた。

 

 

「ヴォォゥ?!」

「クカァァァッ!!」

 私の思惑通りに、リオレウスは視界をダイミョウザザミさんから外す。

 ダイミョウザザミさんはその好機を逃さずに、巨大な鋏を上からリオレウスの頭に叩き付けた。

 

「ヴォォゥ───ガッ!」

 やった!

 

 

「無茶し過ぎニャ!」

「ミズキ!」

 へへん、アランに頼らなくたって私もやれば出来るんだもん!

 

 

「バカ! 早く離れろ!!」

「───ふぇ?」

 

 

「ヴォァァァァアアアアアッ!!」

 アランに怒られたかと思えば、突然背後から鼓膜が破れるんじゃないかって程の大きな咆哮が響いた。

 アランが耳を塞いでくれたんだけど、それでも身を屈まずにはいられないような咆哮。いや、多分音だけじゃない───

 

 

「ヴォォゥ……ヴォァアアッ!」

 振り向けば、口から炎を絶やさず漏らすリオレウスの姿があった。

 まるで私を睨み付けているかのように、その視線は私に真っ直ぐ向いていて───

 

 ───いや、多分私を見ているんだと思う。

 

 

「怒って……るの?」

 恐怖。本能的に感じたその感覚が、私の身体を固める。

 

 

「チッ……やはりこっちに向いたか。やはり、餌だな」

「ニャ?! 食べられるニャ?!」

「えと……アラン?」

「俺達は小さいからな、眼中になかった筈がお前の攻撃で標的が移ったって事だ」

 私の……攻撃で。

 

 

 で、でも……私はダイミョウザザミさんを助けたくて、それで……。

 

 

「クカァァァッ!」

 もう一度その大きな鋏を振り上げるダイミョウザザミさん。

 

「ヴォァァアアアッ!!」

 だけど、リオレウスは後ろに飛んで距離を作りながらダイミョウザザミさんにブレスを叩き付ける。

 ダイミョウザザミさんはそれでまた倒れてしまって、もう身体もボロボロで立ち上がるのも難しそうだった。

 

 

 助けなきゃ……。

 

 

 そう思うのに、身体は動かない。

 

 

 

 蛇に睨まれた蛙って言うのかな。距離を置いた筈のリオレウスが凄く近くに感じて、怖い。

 直ぐにお前を殺してやる。そんな感情が伝わって来るみたいで、こんな感覚初めてで。

 

 あぁ……そうか、モンスターって───怖いんだ(・・・・)

 

 

「……逃げきれる物じゃないだろうな。なら……殺す」

 武器を構えるアラン。

 

「ニャ、ニャ! ミズキはボクが守るニャ!」

 私の前に立つムツキ。

 

 

 私が巻き込んだ。

 

 ダイミョウザザミさんだって、私がいなければこんな事にならなかった。

 

 

 

 私が居なければ───

 

 

「ヴォォゥ───」

 大きく頭を振り上げるリオレウス。

 

 今日何度も見た、とてつもない威力のブレス。

 

 

 今度はそれが、私を狙って放たれる。

 体が動かない。

 

 

 ごめんなさい。

 

 

「ミズキ! ブレスが来るぞ避けろ!」

 

 ごめんなさい。

 

 

 

「ニャー!」

 

 ごめんなさい。

 

 

「───ヴォァァアアアッ!!」

 

「ミズ───」

 ごめんなさ───

 

 

 

 

 炎が、熱が、広がった。

 

 

 ───熱い。

 ただ、そんな事を思う。

 まるで熱加減を間違えたお風呂に入っている感覚。真夏の砂浜に居るようなその程度(・・・・)の感覚。

 

 とっても、暖かい感覚。

 

 

「───嘘」

 なんで……? ねぇ……なんで?

 

 

「カァァ……ッ」

 崩れ落ちる、巨体。

 

 力なく地面に落ちる身体。その背中は、とっても温かい。

 ただの無機質な骨なのに。その背中に感じるのは温かさ。

 

 

「なん……で」

「カニさんが助けてくれた……ニャ?」

 

 

 リオレウスの攻撃でもうボロボロになって、動くのも大変そうだったのに。

 私のせいで、片方の鋏を失ってしまったのに。

 

 それなのに、どうして……助けてくれたの?

 

 

「グガァ゛ァ゛……ッ!」

 身体も起こせないまま、ダイミョウザザミはさっき空にいるリオレウスを落としたあの圧縮された水分を吐き出した。

 それはブレスを吐いて硬直していたリオレウスに直撃して、リオレウスも地面に倒れ込む。

 

 

 でも、リオレウスはまだ全然動けそうだ。

 その証拠に、今にでも立ち上がって次の攻撃をしようとしている。

 

 

 

 私は、動けなかった。

 

 ダイミョウザザミさんに申し訳ない気持ちでいっぱいで。

 皆を巻き込んだ罪悪感でいっぱいで。

 

 何も出来ない自分が───嫌いだ。

 

 

 

「…………殺す」

 隣で小さく呟くアラン。

 

 左手のボウガンが火を吹いて、リオレウスに銃弾を叩き付ける。

 突き刺さった銃弾は、リオレウスが立ち上がる前に爆発して更にダメージを与えた。

 

 徹甲榴弾という弾。

 

 

 

「───ヴォァァアアアッ!!」

「…………これ以上やるなら俺はお前を、殺す」

「ヴォォゥ……ッ!」

 リオレウスはダイミョウザザミさんとの戦いもあったし、始めから傷も付いてた。

 そこにアランの攻撃で限界を感じたのか、大きな翼を使って大空に飛び上がる。

 

 ……逃げてくれたのかな。

 

 

「に、ニャ……助かったニャ?」

「とりあえずはな」

 

 

「…………カァァ……」

 残ったのは、所々弱く燃える草、私達三人、弱って倒れてしまったダイミョウザザミさん。

 

 

「ごめん……ね」

 ダイミョウザザミさんの正面に向かってから、声を掛ける。

 

 謝らなくちゃ……。

 

 

 謝ったら許してくれるなんて、思ってない。

 

 

 許される事をしたなんて、思ってない。

 

 

 全部私のせいだって、そんな事は分かってる。

 

 

 

 だけど、どうしたら良いか分からない。

 

 私はアランみたいにモンスターの事詳しくないし、強くもない。

 

 

 あなたを助けられなかった、邪魔になった。

 

 

 

「ごめん……ね。ごめんなさい……私…………私……」

 あなたに何もしてあげられない。

 

 謝る事しか出来ない。

 

 

「……ク……カ……ァァ…………」

 まだ生きている身体。まだ生きているだけで、もうその身体は限界なんだって私でも分かってしまう。

 

 

 涙が止まらない。

 

 

 泣いてるだけじゃ何も変わらないって、分かってるのに。

 

 

 泣いたって謝ったって、この子が救われないって分かってるのに。

 

 

 

「ニャ……ミズキ。ダイミョウザザミさん、多分……だけど、ニャ。謝って欲しい訳じゃないニャ……だから、泣いちゃダメニャ」

 隣に立って、優しく諭してくれるムツキ。

 

「でも……私、何も出来ないもん……っ!」

 私は何も───私じゃないなら……アランなら……っ!

 

 

「アラン……っ! ダイミョウザザミさんを助けて!!」

「お前……」

 目を細めて、歩いてくるアラン。

 

 その表情は厳しい物で、怒っているような、そんな表情で。

 

 

「アラン……? あ、アランなら助けられるよね?! ドスジャギィも助けてくれたアランなら助けられるよね?! アランならダイミョウザザミさ───アラン?!」

 私が頼む横に来て、アランは突然剥ぎ取り用のナイフを取り出した。

 

 それを、動かないダイミョウザザミの甲殻に突き刺す。

 流れ落ちる体液。浅い傷だからか、弱ってそんな力もないのか、ダイミョウザザミさんは反応もしない。

 

 

「な、何してるの?! 可哀想だよ……っ!」

「…………もう毒が回ってるな。……ダメだ」

 その体液を手の防具に着けて、少し舐めてからアランはそう言った。

 

 

 毒……が? ダメ…………?

 

 

「ごめん、アラン…………私、バカだからさ。何言ってるか、分かんないよ」

 ただ、信じたくないだけだった。

 

 事実から目を背けたいだけだった。

 

 

「リオレウスの足に毒爪があるのは知っているだろう? 弱った身体にもう毒が回りきっている。…………こいつは、助からない」

 はっきりとそう言うアラン。そんな、だって……アランなら───

 

 

「嘘だよ……アランなら…………アランなら出来るよね? だって、アランは凄いじゃん…………私なんかと違って───」

「お前はこいつを侮辱するのか? 俺に頼む暇があるなら、お前がやる事があるんじゃないのか?!」

 腕を掴んで頼み込む私に、アランは声を上げてそう言ってきた。

 

「そ、そこまで言う事ないニャ!」

「事実だ……」

「ニャ……」

 私がやる事…………? 分からないよ。そんなの、分からないよ。

 

 

 

 私はこの子と遊んじゃいけなかった。友達になっちゃいけなかった。

 

 人と竜は相容れない。アランはそう言っていたのに、私は夢見て無茶をして……結果ダイミョウザザミさんを傷付けた。

 

 

 私が居なければダイミョウザザミさんは───

 

「クカァァ……」

 鋏が、少しだけ動く。残っている鋏が持ち上げられて、私の方に伸ばされた。

 

「ダイミョウザザミ……さん? ど、毒が辛いんだよね……っ! 待ってて、今解毒剤を作って───」

「お前はどこまでこいつを虚仮にすれば気がすむ」

「こけって何?! 侮辱って何?! 私はダイミョウザザミさんを助けたいだけなのに!!」

 なんで? なんでアランは分かってくれないの?

 

 

 モンスターを助ける事がそんなにいけない事なの……?

 

 

「……ダイミョウザザミはな、お前を助けたんだよ」

 そんな事を、アランは言った。

 

 そんな事は、頭では分かってた。

 

 

 でも、信じられなくて。なんで助けてくれたのか分からなくて。

 

 

「謝るんじゃなくて、礼を言え……」

「……っ」

 それは……認めるって事で。

 

 ダイミョウザザミさんはもう助からないって事を、認めるって事で。

 

 

 私を助けてくれてありがとう。

 そんな簡単な言葉を私は言えなかった。

 

 

「だって…………だって私、せっかく友達になれたのに……何も……してあげれて…………ない」

 遊んでもらって、命を賭けてまで助けてくれたダイミョウザザミさん。

 

 

 なんで……そこまでしてくれたのかな。

 

 

 

「……信じたくないが、こいつにお前の純粋な気持ちが伝わったんだろ。…………でなきゃ、助けないさ」

 何かを疑うような表情でダイミョウザザミを見ながらそう言うアラン。

 私の気持ちが伝わった……?

 

 

 お友達になれたの……かな。

 

 

 

「……チッ。やっぱり来たか」

 私が俯いていると、アランはまた武器を構えながらそう言った。

 アランの視線の先には、何匹もの生き物が見える。

 

 

「ウォゥッウォゥッ!」

 ジャギィ達。数え切れない数のジャギィの群れがこの場を囲んでいた。

 

 ここは、あのドスジャギィ(・・・・・・・・)の縄張りの近く。だから、このジャギィ達はあの子の仲間。

 きっと回復しかけているボスの為にご飯を探してる───そのご飯って……?

 

 

「クカァァ……カァァ」

「に、逃げないと……っ! ダイミョウザザミさん、ここから逃げないと……食べられちゃうよ!」

「その前にボク達が食べられるニャ……。ミズキ、ダイミョウザザミさんの気持ち……分かってあげるニャ……」

「分かんないよ!! モンスターの気持ちなんて分かんないよ!! いくら友達だって私が言ったって、ダイミョウザザミさんが本当にそう思ってるかどうかなんて、私には分かん───」

 私の言葉を塞いだのは、ムツキでもアランでもなかった。

 

 

 大きな鋏。

 その鋏で攻撃するでも守るでもなく。ダイミョウザザミさんは私を自らの身体に寄せてくる。

 力が強くて逆らえないけど、それはやっぱり攻撃なんかじゃなくて……暖かい温もりを感じた。

 

 

「ダイミョウザザミ……さん?」

「…………ク……カァ……ァ」

 私達……友達になれたのかな……。

 

 

 こんな私でもあなたは……守ってくれたんだね。助けてくれたんだね。

 

 

 

 

 あなたの方が辛いのに、励ましてくれるんだね。

 

 

 

 

「…………っ、ぅっ…………ひっ……ぅぁ…………ぁ、っ……ありがとう、助けてくれて。ありがとう、友達になってくれて。ありがとう…………助けてあげれなくて、ごめんね」

「クカァァ……」

 

「ニャ……ミズキ……」

 皆、優しいね。

 

 

 

「ミズキ……このままだとこいつは生きたままジャギィ達に食い散らかされる」

 ジャギィ達から目を離さずに、アランはそう言う。

 

 それを聞いて、アランが次に言う言葉はなんとなく分かっていた。

 

 

 それはきっと、私に出来る事。

 

 それはきっと、私がやらなきゃいけない事。

 

 

 私の、責任。

 

 

 

 

「…………殺してやれ」

 もう、ダイミョウザザミさんは助からない。

 

 リオレウスのブレスを何度も受けて、毒は全身に回っていて、放っておいてもダイミョウザザミさんは死んじゃうんだと思う。

 でも、だから、ジャギィはきっとダイミョウザザミさんを襲おうとしてる。

 

 

 生きたまま、その身体を蝕まれる。

 それがどんなに辛い事か、想像なんて出来ない。

 

 

「ニャ?! ミズキ……本当に、するのかニャ?!」

 無言でソルジャーダガーを逆手に持つ私に、ムツキは驚いた声でそう言った。

 

 このまま、ダイミョウザザミさんを放っておいて逃げたって。きっと誰も文句は言わない。

 アランもそれがハンターとして正しいって多分言う。でも、きっとそんな事は思ってない。

 

 

 

 これは私の責任だ。

 

 

 

「……ク……カァ……ァ」

「今、楽にしてあげるからね───」

 振り上げる。

 

 

 遊んだのは、ほんの少しだった。

 

 

 

 身体に触って、背中に乗って、一緒に散歩しただけ。

 

 ねぇ、私達……友達になれたのかな。

 

 

 あなたの気持ち、分かってあげれてるかな。

 私の気持ち……伝わってるかな。

 

 

 ありがとう、ごめんなさい。

 

 

 

 大丈夫、頭が一瞬チクっとするだけだから。

 

「……クカ───」

「───うぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!!」

 

 

    ☆ ☆ ☆

 

 お腹が減った。

 

 

 ただ、そう思った。

 

 

 確か上には川があったかな。

 

 

 土を掘り上げて、登ってみる。うん、川があった。

 

 

 川の水の中の微生物を水ごと食べる。

 

 

 何か、居る。

 

 

 見た事のない生き物が、自分に迫って来ていた。

 

 小さな生き物だけど、一応威嚇しておこう。

 

 

 でも、その生き物は威嚇に応じなくて。

 

 それどころか、近付いてくる。

 

 

 襲ってくる気配はないから、友好的な生き物なのだろうか?

 

 

 自分に触って来るその生き物はなんだか嬉しそうだ。

 

 

 その生き物が何か鳴き声を出した。

 

 意味は分からないけど、自分も一応返事をする。

 

 

 そしたら、今度はもっと小さな生き物と自分の背中に登ってきた。

 

 

 遊びたいのかな?

 

 背中に乗った生き物は、なんだかとても嬉しそうだ。

 

 

 自分が小さかった頃を少し思い出した。

 もう、記憶は薄れてしまったけど。他の生き物とこうやって遊んでいた事もあった気がする。

 

 こうしてみると、可愛い生き物だ。

 友好的な意思が伝わって来る。なら自分も、遊んであげよう。

 

 

 歩くだけで、その生き物はとっても嬉しそうだった。

 

 

 

 ふと、嫌な気配を感じる。

 

 この気配は……あの生き物だな。逃げないと大変だけど、この小さな生き物も大変だ。

 

 そんな事を考えていたら、あの生き物がお得意の火を口から吐いてきた。

 火は嫌いだ。けど、背中に乗っている小さな生き物にあの火が当たったら無事じゃ済まない。

 

 

 なんでか、反射的にその火をガードする。

 

 耐え切れなくて、外れてしまった。

 

 

 小さな生き物は無事のようで、自分から降りて距離を取る。

 

 あの生き物が逃げるだけの隙くらいは作ってもバチは当たらないんじゃないだろうか。

 

 

 攻撃してみる。あの生き物は恐ろしいけど、やってみる。

 

 でも、やっぱりダメだった。

 

 

 あの生き物はとっても強い。このままでは、自分の命も危ないかもしれない。

 

 身体の調子も悪い。

 

 

 

 でも、なぜか小さな生き物はまだこの場に残ってた。

 

 怖くて、動けなかったの?

 それとも、心配してくれてるの?

 

 

 でも、危ないよ。そこにいたら、あの生き物はとっても強いんだ───

 

 

 

 気が付いたら、身体が動いていた。

 

 

 熱い。

 

 全身、ボロボロだ。

 

 なんだか身体の中も辛い。

 

 

 辛い。

 

 

 辛い。

 

 

 

 その後、少ししてあの生き物は去っていった。

 

 

 小さな生き物は、自分を見ながら目から水を流している。

 

 あれは、なんだろう。

 

 痛い目にあった時に、流れる物だっけ?

 

 どこか、痛い目にあったのかな?

 

 

 なんで、自分を見ているのかな?

 

 

 

 辛そうだね。自分と、同じだ。

 

 

 その小さな身体を、寄せてみる。

 この生き物、とっても温かい。

 

 

 

 でも……苦しいな。

 

 

 終わるのかな。

 

 

 何が、終わるんだろう。

 

 

 でも、早く終わって欲しい。

 

 とっても、苦しいんだ。

 

 

 小さな生き物は、目からさっきよりいっぱい水を出す。

 

 

 

 アレは……ナイテイルンダ。

 

 ナンで……ナイテイルンダ?

 

「───うぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!!」

 自分が……死───

 

 

 

 懐かしい感覚だった。

 

 この生き物と遊んでいるのは、昔小さな頃に仲間と遊んでいる感覚だった。

 楽しかった。だから、この生き物が自分は大切な仲間だと感じたんだと思う。

 

 良かった、助けられて。

 

 

 ───アリガトウ、ヤサシイイキモノ。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

「ねぇ、アラン……」

 あの後の事、全然覚えてない。

 

 

 ダイミョウザザミさんをこの手で殺して。そこから、どうしたんだっけ。

 家に着いたんだけど、ご飯を食べる気にもならなくて。

 

 お父さんやアイシャさんの言葉も全然耳に聞こえて来なかった。

 

 

「……なんだ?」

「私……強くなりたい。稽古して欲しい」

「……明日な」

「今から」

「……は?」

「今から」

「…………分かった」

 

 

 強くならなきゃ。

 

 

 

 

 そして、アイツ(・・・)を倒すんだ。




ダイミョウザザミは自分自身結構好きなモンスターで、こんな活躍をさせてみました。ちょっと補正が入ってるかなと思いますが、ご愛嬌という事で。

さてさてこの流れは後一話だけ続きそうです。
成功ばかりが、物語ではない……のです。


今回の言い訳。
終盤の地の文は完全に作者の妄想ですね。独自解釈ですね。

モンスターが何考えてるかなんて分かんないよ。
彼女のセリフですが、これはこの世の理だと思います……。

分かんないんですよ。だから、これは一つの解釈という……事で。


不定期なので、また次の更新は分からないです。……いつになる、かなぁ?
厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。

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