モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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竜と人の物語

 視界に映る血肉。

 パラシュートで降下した先で、私達は直ぐに血に染まる現場を見付ける。

 

 

 異臭を放つ肉塊は、鋭い瞳を見開いていて。

 アランは優しくその瞼を閉じさせた。

 

 

「……ジンオウガ、だよね?」

「そうだな」

 姿の原形を留めていない身体は無残にも食い千切られていて、辺りには暴れ回った跡が沢山見える。

 きっと、必死に生きようとしたんだ。それでも届かなくて、それでも生きたくて、そんな風に命を奪われたんだと思う。

 

 ただ、イビルジョーだってそれは同じ筈で。

 

 

 だから私達も、生きる為にイビルジョーを倒すんだ。

 

 

 

 でも、もしイビルジョーを利用している人がいるのだとしたら───それだけは理解出来ないと思う。

 

 

 

「ムツキ、匂いは?」

「身の回り全部イビルジョーの匂いニャ。何処に居るかも分からなければ、すぐ後ろの木陰に居る可能性すらあると思うニャ」

 ここ数日の生態系の異常。大量出現してその原因になったイビルジョーは、この一帯の何処に居てもおかしくはなかった。

 

 

「怒隻慧の匂いを嗅ぎ分けたりは出来ない?」

「んニャー、血の匂いも濃過ぎて難しいニャ」

 こっちから探すのは難しそう。

 

 ふと周りの音に集中すると、至る所からイビルジョーらしき鳴き声が聞こえてきた。

 もう他のハンターさん達は狩りを始めている。私達もこの場で止まってはいられない。

 

 

「手当たり次第探すしかな───っ、こんな時に」

 アランが振り向いて舌を鳴らした。その視線を追うと、二足歩行の竜が視界に映る。

 

 ずっしりとした体型を二本の脚で支える竜。ただ、それはイビルジョーではなくて───

 

 

「───ドスジャギィ?」

 ───小型の鳥竜種である、ジャギィ達のボス。ドスジャギィ。

 

 群れを連れて私達の前に現れたのは、そんなモンスターだった。

 

 

「イビルジョーのお零れ狙いって所かニャ」

 すぐさまブーメランを構えるムツキ。

 

 ジャギィ達は私達を警戒しながら、周りを囲もうとゆっくりと進む。

 

 

 

「……ミズキ、お前の答えは?」

「私達は生態系を守る為にイビルジョーを狩りに来た。……だから、このこ達を殺す理由はない」

 きっと昔なら「可哀想だから」なんて言ったんじゃないかな。

 

 今は違うんだ。

 私は命とちゃんと向き合うって決めたから。

 

 

「……それでいい。だから、俺達の相手は───」

 アランが突然ボウガンを構えて引き金を引く。

 

 弾ける弾丸。ジャギィ達を通り過ぎて木々の間を貫いたそれは、暗緑色の身体を焼いた。

 

 

 

「グォゥォォォアアアアッ!!」

「───アイツだ」

 ───咆哮。木々をへし折りながら、一匹の竜が私達の前に現れる。

 

 暗緑色の巨体を二本の脚で支えて、とても太い尻尾を木に叩きつけながら、竜は横に大きく裂けた口を開いて空気を震わせた。

 

 

 恐暴竜───イビルジョー。

 

 

「───っ」

 咆哮を聞いて、アランが表情を歪ませる。

 やっぱり耳の怪我は治っていない。それでも、やるしかなかった。

 

 

「怒隻慧じゃなくても、倒す……っ!」

 イビルジョーは私達よりも先に、眼前のジャギィ達に牙を向ける。

 

 食べられるものなら、なんだろうが襲ってしまうモンスターだ。

 ジャギィ達はそんなイビルジョーを威嚇する。御構いなしに振り下ろされる鋭い牙。

 

 

 地面を蹴った。

 

「───ごめんね!」

 その間に回り込むようにして、私はジャギィを蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばしたジャギィはイビルジョーの牙から逃れて、私はその勢いのまま牙の上を跳んだ。

 

 イビルジョーの上から片手剣を振る。

 浅い。けれど、意識を向ける事は出来たみたいだ。

 

 

「グゥァァッ!!」

 着地して、眼前に牙が迫って、私は急いで横に転がる。

 ふと見上げたイビルジョーの姿は、なんだか違和感を感じた。

 

 

 イビルジョーの尻尾は胴体と同じ太さを持っているのが特徴的なんだけど、このイビルジョーの尻尾はさらに太い。

 持ち上がらない尻尾は常に地面を削るように引き摺られている。あんな尻尾で攻撃されたら、ひとたまりもなさそうだ。

 

 

 

「無理をするな……っ!」

 振り上げられた脚に潰されないように必死に立ち上がって、そんな声と共に放たれた銃弾がイビルジョーの脚を焼く。

 

 直ぐに銃口を別の場所に向けて、弾かれた弾丸はドスジャギィの足元を焼いた。

 イビルジョーに驚いていたジャギィ達は、その攻撃で一斉にこの場から走り去っていく。

 

 

「分かってる……っ!」

 ジャギィを守る事は出来た。

 後はこのイビルジョーをなんとかして倒す。

 

 

 

 きっと、あなたも生きたいだけなんだよね。

 

 

 でも、私達も引く訳にはいかないから。

 

 

 

「……このイビルジョー、尻尾がおかしいニャ」

「俺も今気が付いた。……突然変異か、それとも変なものでも食ったか」

 二人が言うように、やっぱりあの尻尾は異常な大きさだった。

 

 そして身体を回転させて、イビルジョーはその尻尾を振り回す。

 削られた岩盤がアラン達を襲って、二人は身を低くしてそれをなんとか交わした。

 

 

 その間に私はイビルジョーの懐に潜り込む。

 

 

 足元に剣を振り下ろして、間を置いて回転斬り。

 イビルジョーの意識が私に向いたのを確認してから、直ぐに地面を蹴ってその場を離れた。

 

 

 もう迷わない。

 

 

 戦える。

 

 

 

「やれるな? ミズキ」

「うん!」

「それじゃ、やるとしますかニャ」

 ───私は、あなたを倒すよ。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 どこか違和感というか、既視感を覚えていた。

 

 

 コイツは怒隻慧じゃない。

 だが、なぜか身に覚えがあるような気がする。

 

 気のせいだと振り払って、俺達は順調に狩りを進めた。

 

 

 

 ミズキの成長には驚かされる。

 二年前まで、ジャギィも倒せなかったのに。

 

 心の強さだけじゃない。覚悟も、そしてハンターとしての実力も桁違いだ。

 このまま本当に俺を抜き去っていきそうで、嬉しさの反面寂しさまで感じる。

 

 

 俺も、前に進まないとな。

 

 

「───ミズキ、後ろを取れ!!」

 放たれるブレスに向かって走り、俺達は振り下ろされたイビルジョーの頭を踏み付けた。

 

 俺は空中で引き金を引き、反動でイビルジョーの頭上を通り抜ける。

 ミズキは身体を捻り回転させ、双剣でイビルジョーの頭から尻尾までを切り裂いた。

 

 

 着地。同時にイビルジョーが脚を崩す。

 

 

「やったかニャ?」

「……まだだ」

 だが、もう少しだ。

 

 こんな場所で止まっている訳にはいかない。俺達は怒隻慧を倒す。

 

 

 

 その為にも───

 

 

 

「アラン! 上!!」

「───な?!」

 意識をイビルジョーに向けていたからか、ミズキに言われるまで気が付かなかった。

 

 上空を滑空する一匹の飛竜。

 その竜が吐き出したのは───火炎。

 

 

 

 火竜。

 

 

 

「こんな時に……っ!」

 この世界はモンスターの世界で、そんな事を言おうが彼等には関係ないのだろう。

 目的がイビルジョーだったのか、俺達だったのかは分からないが、ただ事実として火竜のブレスが俺の眼前で炸裂した。

 

 

「───っ」

「大丈夫?! アラン!」

「問題ない……っ」

 上を見る。

 

 赤色───リオレウス。いや、赤じゃない。

 

 

 桜のような桃色の甲殻───リオレイア亜種か。

 

 

 

 ──何かしら理由があって、組織的にモンスターを殺している連中が居る事だけは確実でしょう。それが今回大きく動き出した──

 

 

「───カルラ……っ!!」

 リオレイア亜種の背中に、人影が映った。

 

 

 

 金色の髪。赤色のコートは、ギルドナイトのものだろう。

 モガの森で再会した時と同じ姿で、男は赤い瞳で俺達を見下ろしていた。

 

 

 

 何処かで感じていた既視感。

 

 まさか───

 

 

「……グォゥァァアアッ」

 イビルジョーが上空を見上げる。

 

「あれって……」

「ミズキ、モガの森に現れたイビルジョーは覚えているか?」

 二年前、モガの森に現れたイビルジョーは倒した後に死体が見付からなかった。

 

「見付かったのは尻尾の残骸だけって───嘘?!」

 俺の言葉を聞いて、ミズキが目の前のイビルジョーと俺を見比べる。

 

 

 ───そういう事か。

 

 

 

「……あのイビルジョーを回収していたんだな」

「……よぅ、アラン。二年ぶりだな。そして御名答! さらに私達は複数のイビルジョーを使役し、ここに革命を起こす事にした」

 リオレイア亜種の背中の上で、あの頃より低くなった声を上げるカルラ。

 

 

 カルラ・ディートリヒ。

 俺の兄弟で、親友で、同じ志を持った乗り人(ライダー)だった。

 

 

 ……そこまで落ちたか。

 

 

「何言ってんだニャ、アイツ」

「これが……革命? イビルジョーをいっぱい集めて、生態系を壊す事が、革命? 私には分からない……っ!!」

 ミズキが叫ぶ。カルラはリオレイア亜種(サクラ)に乗ったまま、短く笑った。

 

 

「……君はモガに居た子供か。どうしてアランと居るか知らないけど、何もわかってないガキは黙ってる事だ!! 生態系を壊す? 違う、私達は生態系そのものを消してやるんだ!! イビルジョーに全部喰われて、モンスターなんてこの世界から消えれば良い!!」

 相変わらず考えが極端で、本当に真っ直ぐだと、そんな事を思ってしまう。

 

 

「モンスターを……この世界から消す?」

「そうすればモンスターに家族を奪われる人は居なくなる。……皆が幸せになれるんだ!! 私の力があればそれが出来る。邪魔はさせないぞ。やれイビルジョー!! 邪魔する奴は人間だろうと喰らい尽くせ!!」

 カルラがブレスレットになっている絆石を掲げると、赤い光がイビルジョーを包み込んだ。

 

 

 絆石。

 それは、そんな事の為に使う物じゃない。

 

 

 

 そんな事すら忘れたのか。

 

 

 

 

「───グァァゥォォァァァアアアアッ!!!!」

 咆哮が空気を震わせる。

 

 耳の痛みは、その時は何故か気にならなかった。

 

 

「……お前なんだな」

 あの時、俺とカルラと絆を結んだ竜。

 

 お前なんだな。

 ある意味で、俺の終わりで、俺の始まりの竜。

 

 

 

「さぁ、や───」

「クックククク───グィォァァァアアアッ!!!」

 カルラの声を遮ったのは、忘れる事も出来ないそんな鳴き声。

 

 咆哮と共に吐き出された赤黒い何かがカルラとサクラを襲う。

 

 

「───な、僕にイビルジョーが攻撃した?! 連れてきたイビルジョーは全部僕のオトモンだぞ?!」

「お前の絆が緩いだけか、それとも違う奴が一匹居るかのどちらかだろうな……っ!」

 あの鳴き声は間違えようがない。

 

 

 

 三年、四年、二年、初めてアイツを見て九年間。忘れた事は一度もない。

 

 

 

「───グァァゥォォァァァアアアアッ!!」

 木々をなぎ倒し現れるもう一匹(・・・・)のイビルジョー。

 

 大顎からは血流を大量に流し、巨体の半身のみを赤黒い光で覆う悪魔のような姿。

 竜は身体を持ち上げて、自らの存在を知らしめるように咆哮を上げた。

 

 

 

 怒隻慧───イビルジョー。

 

 

 

「こ、こんな時に出やがったニャぁ?!」

「怒隻慧……っ?!」

 これで、怒隻慧はカルラ達密猟者が操っている訳じゃないと確定する。

 ならどうしてコイツがここに居るのだろうか。今はそんな事を考える暇すらなかった。

 

 

「なぜアイツがここに……っ?!」

 怒隻慧が居る事を知らなかったのか、カルラも驚いて動揺している。

 

 

「グィォァァァッ!!」

 突如、怒隻慧は身体を捻って俺達に背中を向けた。

 

 かと思えば振り向いて、その大顎には近くを通りかかったのだろうまた別のイビルジョーが咥えられている。

 

 

 

「な、あいつ僕のイビルジョーを……っ! 何をぼさっとしてる、怒隻慧をやるんだよ!! サクラも援護だ!!」

 カルラの命令で、さっきまで俺達と戦っていたイビルジョーが怒隻慧に牙をむいた。サクラも上空から火炎を放つ。

 

 しかし怒隻慧は大顎で咥えたイビルジョーを盾にして火炎を防ぎ、ソレをイビルジョーに投げつけた。

 

 

 巨体が転がる。それだけで俺達は地鳴りで動けなくなる程の衝撃。

 

 

 

 相変わらず、化け物だ。

 

 

 

「……っ。怒隻慧がいるなんて聞いてないぞ」

 唇を噛むカルラは、俺達や怒隻慧を睨みながら片腕を上げる。赤い光が辺りを包み込んだ。

 

 

「逃げる気か?!」

「イビルジョーを失う訳にはいかない。私達はこの世界からモンスターを消す、この計画は必ず成し遂げる!!」

 吐き捨て、サクラと共に飛び去るカルラ。

 一方でイビルジョーも、己に投げ飛ばされたイビルジョーを怒隻慧に投げ返してその場を逃亡する。

 

 

 一方で怒隻慧はそれを受け止めて、あろう事か捕食しだした。

 

 

 

 俺達に興味もないのか。

 

 

 

 ただ、俺達に残された道は少ない。

 

 

 カルラ達を追うか、怒隻慧と戦うか。

 密猟者が絡んでイビルジョーを集めていたとしても、理由は関係なく俺達ハンターの仕事は一帯のイビルジョーを倒して生態系を守る事。

 

 怒隻慧がカルラ達に関係なかろうが、それこそ関係ない。

 

 

 

 

「アラン……」

「やるぞ。俺はコイツを殺す……っ!」

 今はお前を殺す。その為だけにこの九年、お前を追い続けていたんだからな。

 

 

「アラン、ミズキちゃん!」

 そう考えていると、背後から同業者の声が聞こえた。

 

 シノアとアーシェが駆けてくる。ムツキを入れて五人パーティになってしまうが、この際関係ない。

 

 

 

「ちょ、何コイツ。半分だけ飢餓状態?!」

「ヤバいのもいたもんだ……」

 ライトボウガンと大剣を構えて、二人が呟いた。

 

 この二人の強さなら申し分はない。

 

 

 

 俺はもう一人じゃない。勝てる。コイツを殺す。

 

 

 

「普通のイビルジョーじゃないから、気を付けて下さい!」

「見た目で分かるよって! 行こうかシノア!」

「……とんだ大物だけどね」

「来るニャ!」

 ムツキの声と共に、怒隻慧は俺達を睨んでから咆哮をあげた。

 

 

 耳の奥に響く。

 

 だが、止まらない。止まってはいられない。

 

 

 

 

 俺はお前を殺して前に進むんだ。

 

 

 お前だけは絶対に殺す。

 

 

 

 

「グォゥァァアアッ!」

 薙ぎ払うように頭部を持ち上げたかと思えば、口から赤黒い光を放つ怒隻慧。

 吐き出されたソレは、地面を抉るように俺達に向けられた。散開、各々の武器を構える。

 

 

「───っらぁぁぁ!!」

 先行したシノアが頭部に向けて大剣を振り下ろすが、怒隻慧は頭をズラしてそれを交わした。

 即時に反撃に回った牙を、彼女は大剣でイナシて一度距離を置く。

 

 同時にアーシェのボウガンから放たれた徹甲榴弾が怒隻慧の顎を焼いた。

 流石のチームワークといった所か。

 

 

 徹甲榴弾の爆発に怯んだ怒隻慧の懐に、俺とミズキで飛び込む。

 

 滑り込みながら引き金を引き、片脚に二人で剣を叩きつけた。

 

 

「グォゥァァッ!」

 持ち上げられる片脚。俺達は間髪入れずにその場を離脱する。

 

 同時に放り投げられたのは、ムツキの小タル爆弾だ。

 それを踏み抜いた怒隻慧の足元で小さな爆発が起きる。

 

 それで、怒隻慧は一瞬だけ隙を晒す事になった。

 

 

 もう一度踏み込んで、太い脚を蹴って跳ぶ。

 俺も、ミズキも、シノアも、各々別の所から怒隻慧の頭上を取って得物を構え───

 

 

「───っああ!!」

 ───銃弾が背を焼き、両手剣が尻尾を切り刻み、身の丈程の大剣が頭部を抉った。

 

 吠える怒隻慧。俺達の着地側を狙おうと広げた顎に徹甲榴弾が突き刺さる。

 

 

「させないよ!!」

「ナイスアーシェ……っ!」

 爆風に隙を晒した怒隻慧に、着地と同時にシノアが大剣を振り上げた。

 だが奴もやられているばかりじゃない。向かってくる刃を、その大顎で挟む。

 

 

「はぁ?!」

「シノア!!」

 大剣を口に咥えたまま、怒隻慧は頭を持ち上げた。大剣を離さなかったたシノアが宙に浮かぶ。

 

 

「シノアさん……っ!!」

「───舐めるなぁ!!」

 大顎を広げる怒隻慧の眼前で身体を捻り、その直ぐ脇を通って着地するシノア。

 逃した獲物に再び向けた牙に、彼女は着地の衝撃すらものともせずに大剣を振り上げた。

 

 

 刃が怒隻慧の喉を切り裂く。

 

 

「グォゥァァアアッ?!」

 怯んだ怒隻慧に俺とアーシェが弾丸を叩き込んで、ムツキがブーメランを投げ付けた。

 シノアが下がって、切り替えでミズキが前に出る。

 

 しかし、双剣で足元を斬り付けるミズキを無視して、怒隻慧はシノアを狙った。

 一番危険な相手が誰か分かったらしい。

 

 

「……しゃがめ!!」

 赤黒い光を放つ怒隻慧の頭の真下に潜り込んで、俺は引き金を引く。

 衝撃で頭が持ち上がり、ブレスはしゃがんだシノアの頭上を通り抜けた。

 

 

 次は俺を踏みつぶそうと左脚を持ち上げる怒隻慧。

 

 その巨体を支える片脚にミズキが双剣を叩き付ける。

 そこにアーシェとムツキが援護して、怒隻慧はバランスを崩して赤黒い半面を下に横倒しになった。

 

 

 攻撃が効いているのか、怒隻慧は動きを止める。

 だがまだ死んでいない。殺していない。今ここで殺すんだ。

 

 

 コイツを殺す。

 

 

「───決めるぞ!!」

 俺の合図で、シノアは大剣を大きく振り回してから一度背負い直した。同時に彼女を禍々しい覇気が覆い尽くす。

 

 獣宿し【獅子】。

 

 

 同時にミズキも数瞬だけ瞳を閉じて、開いた片目から赤黒い光を放った。

 まるで目の前に倒れている怒隻慧のようなその姿。それに何の意味があるのか、コイツを殺せばきっと分かる。

 

 獣宿し【餓狼】。

 

 

 

 俺も剣を握って、怒隻慧に詰め寄った。

 

 なぜコイツが半面だけ飢餓状態に陥っているのかは知らない。

 だがこうしてみると、コイツもただのイビルジョーなんだろう。

 

 

 

 殺せる筈だ。

 

 

 殺せる。

 

 

 やっとコイツを殺せる。

 

 

 

「───死ね……っ!!」

 三人で踏み込んだ攻撃はしかし───

 

 

 

 

「───クックククク」

 ───全て弾かれた。

 

 

「な?!」

 同時に周囲一帯に広がる禍々しい黒。

 森林全体を包み込んだそれは、空まで覆い尽くして視界を黒で埋める。

 

 

 ありえない光景にミズキ達はただ絶句した。

 

 

 

「……極限化」

「……嘘?!」

 あのティガレックスと同じ状況。怒隻慧は不気味な程にゆっくりと身体を持ち上げて、方や赤黒い光を放ち、方や禍々しい黒い靄を放つ。

 

 まるで本当の悪魔だ。

 

 

 

「まずいまずいまずい。これは流石にまずい! 皆逃げて!!」

 アーシェの声でシノアは思い出したように大剣を背負いながら地面を蹴る。

 だがそれすら許されず、振り回された尻尾に彼女は突き飛ばされた。

 

 

「シノアさ───って、アラン?!」

 ふざけるな。

 

 

 

 ここまで来て逃すものか。

 

 

 

 コイツはここで殺す。

 

 

 

「怒隻慧……っ!!」

 ジルソン達に貰った抗竜石で、雑に剣を研いだ。

 この石は狂竜ウイルスを沈静化する力がある。

 

 極限化による身体の硬質化は、狂竜ウイルスの身体を強制的に強化させる作用が原因だ。

 本来は身体の限界を超えさせ、自壊させるという狂竜ウイルスによる死を克服したが故の硬質化。

 

 この抗竜石で狂竜ウイルスの影響をなくせば、極限化も解除出来る。

 

 

 

 こんな所で引き下がれるか。

 

 

 

 コイツを殺すんだ。

 

 

 

「アラン……っ!!」

 ミズキを通り越して怒隻慧に刃を向ける。

 

 何をしてる、お前も攻撃するんだ。

 

 

 コイツを殺す。

 

 

 

 どうして、殺すんだったか。

 

 

 

「ちょ、続ける気?!」

「アーシェ、援護お願い!」

「シノアまでぇ!!」

 動きの鈍い怒隻慧の足元に潜り込み、俺は剣を叩きつけた。

 刃は通る。抗竜石は効いているようだ。

 

 

「俺が斬った場所を狙え!!」

「了解……っ!!」

 直ぐに立ち位置を切り替えて、俺は怒隻慧の脚を蹴って跳ぶ。

 銃口を下に向けて引き金を引いて跳躍距離を伸ばし、尻尾に剣を叩きつけた。

 

 

 どうして怒隻慧が極限化したのかは分からない。

 

 あのシャガルマガラとの戦いの時既に狂竜ウイルスに感染していて、この二年間生きていたという事だろう。

 到底理解出来ない話だが、怒隻慧を理解出来ないのは初めからだ。コイツを理解なんてしなくていい。

 

 コイツはここで殺す。

 

 

 

「───くらえ!!」

 地面ごと大剣を振り上げて、怒隻慧の脚を切り裂くシノア。

 バランスを崩す怒隻慧はしかし、冷静に脚を振り上げた。

 

「シノ───うわぁ?!」

 銃口が振り上げられた脚に向けられるが、同時に放たれたブレスにアーシェは身を放り投げてそれを交わす。

 

 シノアは大剣を引き戻して振り下ろされる片脚をイナシ、それに合わせるように怒隻慧はブレスを履き続けたまま頭を彼女に向けた。

 無理矢理地面を蹴って、地面に刃を当てて刃毀れを削りながら、シノアは怒隻慧の懐に潜り込む。

 

 

 同時に振り回された大剣は鈍い音を立てて両脚を切り裂いた。

 血飛沫が上がって、怒隻慧は唸り声を上げる。

 

 

 

「殺す……っ!!」

 殺せる筈だ。

 

 

 もう逃がさない。

 

 

「……あ、アラン」

 何か言いたげな表情のミズキを横目に、俺は怒隻慧へと肉薄する。

 殺せ。コイツを殺せ。

 

 そうすれば何かが分かるんだ。

 

 

 

 何が分かる。

 

 

 

 俺はどこに進んでいるんだ。

 

 

 

 俺の進む道はこれで良かったのか?

 

 

 

 分からない。

 

 

 

 

「───グォゥァゥォォアアアアッ!!!」

 突然放たれた咆哮に俺は両耳を抑える。

 

 ただの咆哮だ。だが、今の俺には普段以上に効く事をコイツは分かっているのかもしれない。

 

 

「……っ、良い気になるな───っ?!」

 咆哮を終えた怒隻慧は、顎を下に向けてブレスを吐き出す。

 しかしそれは赤黒い光ではなく、禍々しい黒い何かだった。

 

 

 

「ニャ?! アレは吸ったらダメニャ!!」

 ムツキが叫ぶ。

 

 アレはまさか───

 

 

「そんな事言ったって!!」

「ちょ、これは?!」

 文字通り視界を覆い尽くす程の黒い靄。───狂竜ウイルス。

 

 視界どころか辺り周辺を覆い尽くした狂竜ウイルスから逃げる事が叶う事はなかった。

 更に闇に視界を閉ざされて、何も見えなくなる。

 

 

 

「し、シノア! 助け───怖い!!」

「ミズキ!! どこニャミズキ!!」

 視界が閉ざされているのは怒隻慧も同じ筈。声を出すのは悪手。いや、アイツの事だ。

 

 この次に攻撃するとしたら───

 

 

 

「───全員しゃがめ……っ!!」

「グルォゥァァァアアアアッ!!!」

 赤黒い光が辺りの狂竜ウイルスを薙ぎ払うようにして吹き飛ばす。

 

 視界を奪って、全方位をブレスで薙ぎ払った怒隻慧は仕留め損なった俺達を赤黒く光る瞳で睨み付けた。

 

 

 状況を確認する。

 ムツキとアーシェは同じ場所で突っ伏していて、シノアは怒隻慧の真下で屈んでいた。

 ミズキの姿が見当たらない。まさかブレスに───

 

 

「───み、ミズキ?!」

 ───どこにいる?!

 

 ブレスに襲われたのか?

 

 

 

 思い出したのは、モガの森でイビルジョーのブレスが直撃したジャギィ達。

 彼女の姿が、あの時四散した血肉と重なる。

 

 

 

「───ぁぁぁあああああ!!!」

 何をしているんだ。

 

 

 俺は何の為にコイツを殺そうとしている。

 

 

 また失ったのか。

 

 

 

 また見失って、大切なものをなくして。

 

 

 

 

 何度繰り返したらいい。

 

 

 

 

 もう嫌だ。

 

 

 

 視界に黒い影が映る。

 

 

 

 お前は何度俺から奪うんだ。

 

 

 

 俺は何度間違えたら気がすむ。

 

 

 

 大口が開いた。眼前に迫る死に、誰かの背中が映る。

 

 

 

 ……もう、良いかもな。

 

 

 

 もう、俺もそっちに行ってもいいか。

 

 

 

 

 なぁ───

 

 

「───やぁぁぁぁあああああ!!!」

 突然怒隻慧の尻尾から頭部まで、回転しながら切り抜ける赤黒い光。

 

 全身から怒隻慧が血飛沫を上げて、俺の前に一人の少女が立った。

 

 

 

「アラン、見失わないで! アランの答えを見せて! 怒隻慧を殺すだけじゃない、アランの答えを私に見せて!!」

 彼女は金色の髪を靡かせて、青と赤の瞳で俺を真っ直ぐに見ながらそう言う。

 

 

 

 あぁ……お前は本当に俺より先に進んでしまったんだな。

 

 背中が遠く感じるようで、それでも彼女の澄んだ瞳は俺を映していた。

 

 

 なのに───

 

 

 

「……っ、ミズキ!!」

「───グォラァゥァァアアアッ!!」

 ───怒隻慧の牙がミズキを襲う。

 

 

 誰かの影が、彼女と重なった。

 

 

 

 手を伸ばす。

 

 

 

 視界が重なった。

 

 

 

 少女は笑顔で俺を見る。

 

 

 

 どうしてだ。

 

 

 

「私、アランなら答えが出せるって信じてる」

 待て。待ってくれ。

 

 

 

 どうしてあいつと同じ顔をしてる。

 

 

 

 どうしてお前はいつも俺から奪うんだ。

 

 

 

 また、何も出来ない。

 

 

 

 また、失う。

 

 

 

 それがお前の答えか?

 

 

 

 それが俺の答えか?

 

 

 

 手を伸ばせ。

 

 

 

 もう離すな。

 

 

 

「……っ、アラ───」

「うぉぁぁあああっ!!」

 振り下ろされる牙。

 

 

 伸ばした手を引いて、俺は彼女を抱きしめた。

 

 

 

「もう、離さない」

 何度も大切な物を見失って、何度も奪われて。

 

 

 また失いそうになって、やっと気付く。

 

 

 

 本当に大切な命。

 

 

 

 怒隻慧の命より大切だった命。

 

 

 

 失った彼女が振り向いて、笑った気がした。

 

 

 

 あの時、その手をしっかりと掴んでいたら。

 

 

 

 ──だって、アランは優しいですから──

 

 

 

 だから、もう失わない。

 

 

 

 

 右手の剣を振り下ろされる牙に向ける。

 

 

 

 

「俺の答えは見つかったよ、ヨゾラ───」

「グルァァァァアアアアアッ!!!」

 ───鮮血が散った。

 

 

 痛みよりも、大切な物を抱き締める感覚が増す。

 

 

 

 もう俺は、何も失わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、アラン!!!」

 歪んだ視界は、赤色に染まった。




次回、第四章完結です。
多くは語りません。アランの出した答えを見守ってくださると嬉しいです。


そんな訳でイラストの紹介。
Rさんにアーシェを描いてもらいました。ご紹介します。

【挿絵表示】

ちょっとしたサブキャラだけど、今回は結構活躍しましたね。ありがとうございました。


あとは、自分でシノアさん描いてきました。

【挿絵表示】

前回のミズキと同じく水着シノアさんです。ぺったんこですね。サービスにもなりゃしねぇ。
この作品だと初めての顔出しになるんでしょうかね。


それでは、読了ありがとうございました。
四章最後までお楽しみ頂けると幸いです。次回もお会い出来ることを楽しみにしております。

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