モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
動き出す物語と彼等の新しい道へ
日が昇ってまた落ちて。
色々な場所で、生命が生まれては死んで行って。
そうして進んでいく世界の片隅で、私達はちっぽけな物語の登場人物だ。
紡がれる物語はきっと些細なものだけど。
私達にとってそれは大切な物語。
それじゃ、この物語はどんな物語なんだろう。
これはきっと───
──ライドオン!──
───竜と絆の物語だ。
◇ ◇ ◇
海が見える、ギルド公認三つ星レストラン───シー・タンジニャ。
潮風に背中まで伸びた金色の髪を揺らしながら、私は料理が来るのを待ちます。
モガの村を出てから四年。十九歳になって、少しは大人びて見えるように髪を伸ばしてみたり。
大切な人に綺麗だって言われたいとかも思ったりするけれど、あの人はあまりそういう事を口にしないのだ。
「昨日はナルガクルガを討伐したぜ!」
「俺なんてゲリョスを二頭も討伐したぞ!」
タンジアはいつも通りの賑わいです。私はそんな中で、お手洗いに行っている二人を待ちながら運ばれてきた料理をキッチンアイルーさんから受け取った。
「俺達は今日リオレウスを狩りに行くぜ!」
「俺は渓流にアオアシラが現れたっていうから、明日あたりにそっちに行くかぁ」
「リオレウスといえば、どこかで亜種を見たって噂があるみたいだよ。蒼火竜なんて珍しいから、一目は見てみたいね」
ハンターの集まる集会所に居ると、色んな狩場の情報が聞こえてきたりします。
渓流にアオアシラ。内容によっては、今日私が受けちゃおうかな……なんて思ったり。
「あ、料理来てるニャ」
「二人共お帰り」
そんな事を考えていると、背後から聞き慣れた声が聞こえて来た。
「魚ニャー、久し振りにシー・タンジアの魚料理を食べれるニャ」
黒色の綺麗な毛並みを揺らしながら、口から涎を垂らすメラルーはムツキ。私のお兄さんで、オトモさんです。
「一人で待たせて悪かったな」
そう言いながら、銀色の髪に赤い瞳が特徴的な背の高い男性が隣に座った。
彼は私の師匠でもあり───私の大切な人です。
名前はアラン・ユングリング。
私と同じ、
タンジア近辺にイビルジョーが大量出現した事件から二年。
最近はアランの腕の療養の為にユクモ村に行ったりもしていたけれど、基本的にはタンジアに来てから変わらない生活を続けています。
私達はハンターだ。
クエストを受けて、狩場で私の進みたい道に進んで行く。
アランは変わらずに、私に道筋を教えてくれていた。
片手剣は持てなくなってしまったけれど、両手でしっかりとライトボウガンを持って一緒に戦ってくれている。
未だにあの時アランに怪我をさせてしまった事を後悔するけども、アランはそんな私にいつも「気にするな」と言ってくれた。
気にしないなんて難しいけど、それでも前に進まないといけないから。私は前に進みます。
「冷めちゃうから、早く食べよ」
「そうだな」
「少し冷めてるくらいが丁度良いんだニャ」
ムツキは猫舌だもんねぇ。
「やーやーやーやー、そこにいらっしゃいますはー、アランさんとミズキちゃんじゃないですかー」
そうして私達がご飯を食べていると、一人の男性に話し掛けられた。
振り向くと、ベージュ色のコートと羽帽子が視界に入る。
着崩したギルドナイトの正装。帽子の下の黒い髪を揺らすのは、アランの友人でもあるギルドナイト───ウェイン・シルヴェスタさんだ。
「二人共おはよ。久し振りじゃない?」
そしてもう一人。黒色のコートを着こなす白髪の女性はシノア・ネグレスタさん。
あのイビルジョーの一件の後、彼女は活躍が評価されてギルドナイトに抜擢されたらしいです。
「ユクモ村に行ってたんです。半年くらいかなぁ? 連絡しなくてごめんなさい……」
「良いの良いの。私も忙しくて中々顔合わせる暇なかったからね」
「僕とお仕事でラブラブするのに忙しかったですもんねー」
「黙れ」
「怖い」
「いつの間に仲良しさんに……?」
知らない間に知人同士が仲良くなったりしてると、なんだか感慨深いものがあるよね。
この二年で私の周りも色々な変化がありました。
でもそれは二人が仲良くなったみたいに良い事ばかりじゃなくて。
彼女の友達だったアーシェさんが、クエスト中に亡くなったという話を聞いた時の事は今でも覚えている。
シノアさんがギルドナイトになってから少し経ってからだったかな。イビルジョーの一件で私達や彼女の知人もクエストには出られなくて。
一人でグラビモスと戦った彼女は、短い生涯を終えた。
詳しい事は分からないけれど、本当に人は簡単に死んでしまうんだって。強く認識してしまう。
シノアさん曰く「仇は取った」らしい。彼女は寂しそうな表情をしていたけれど。
でも、私はその話を聞いた時何故だか安心してしまった。
グラビモスへの恨みをずっと抱いているのは苦しいと思うから。
そんな事を思ってしまうのは、私が未だに怒隻慧の事を諦めきれていないからだと思う。
アランはもう気にしてないと言っているに、私だけ気にしてるのも変だって分かってはいるんだけどね。
「……で、なんの用だ?」
突然ため息を吐いたかと思うと、アランは半目で二人にそう聞いた。
ここ半年ほどユクモ村に出掛けていて、二人とは久し振りなのにどうしてそんなに態度が冷たいんだろう。
「用だなんてとんでもなーい。僕はただ久しぶりに会った友人に挨拶してるだけですよ。あ、お隣失礼しますねー、よっこいしょと。僕もついでに何か食べたいなー。シノアさんもですよね? そうだ僕の分も適当に頼んでおいてくださいよ。そうそうアランさん、お久しぶりにあったという事で耳寄りの情報があるんですけども!」
相変わらずのマシンガントークと笑顔でアランに話しかけるウェインさん。
アランはそのままの表情で耳だけをウェインさんに向けた。
「結局用があるんじゃにゃいか」
「そうなの? シノアさん」
「コイツはこういう奴だよ……」
そう言いながらも、シノアさんは二人分の料理を注文します。シノアさんが頼んだタンジア鍋はシー・タンジニャの名物だ。
「聞きたいですか?」
「勝手に話せ」
「それじゃ、話しますね」
興味なさげに返事をするアランに、ウェインさんは運ばれて来た飲み物を一口飲んでから口を開く。
少しだけ真剣な表情で。
「───怒隻慧が正式に二つ名モンスターとして龍歴院管轄下に入りました。アッキーが泣いてます」
淡々とそう告げた。
「……そうか」
ただ、アランは興味なさげにそう返す。
ウェインさんはそれに驚く事もなく、彼の反応に不満はなさそうだった。
時に強力なモンスターを、私達人間は二つ名を付けて区別します。
優秀なハンターに二つ名が与えられるのと同じで、ヘルブラザーズっていう二人が有名かな。
怒隻慧イビルジョーも二つ名を持つモンスターの一角なんだけど、私はりゅうれきいんって言葉に聞き覚えがなかった。
少しだけ分かるのは、怒隻慧がアキラさん含めタンジアギルドの管轄から離れててしまったという事。
この二年間、私達は怒隻慧と関わってこなかったけれど、そんな事は関係なく怒隻慧は生きている。
怒隻慧が出す被害をギルドが重くみて、別の場所に対処を要求したという事かな。
「りゅうれきいんって、何ですか?」
「龍歴院。ベルナ村にある研究機関で、ギルドとも提携を結んでる……うーん難しいか。簡単に言うとベルナ村って場所にあるタンジアギルドとは別のギルドかな」
私が聞くと、シノアさんが分かりやすく説明してくれた。
バルバレやタンジア、ドンドルマで大きな別のギルドがあるように組織的に少し別の場所って事なのかな。
「そうなると、タンジアにいる私達はもう怒隻慧と関わったらいけないって事ですか……?」
アランはもしかしたら気にしていないかもしれないけれど、私は未だに気にしてしまっているからそんな事を聞いてしまう。
私を見るアランが寂しそうな表情をしたのが、少し申し訳なかった。嫌な思いをさせてしまっているのかもしれない。
「んー、流石に緊急時の対応は各自ギルドの自由なんだけど。今後の怒隻慧の動向や調査は龍歴院が行う事になったから、タンジアギルドの私達からちょっかい出したりするのはタブーって所かな」
そう説明してから、シノアさんは「アキラさん曰く、タブーってだけで禁止はされてないらしいけど?」と付け足す。
怒隻慧をずっと追っているアキラさんからしたら、この決定は納得出来ないかもしれない。
「話はそれだけか? 俺はもう怒隻慧に興味はない」
「そんな事は知ってますし、僕が何の意味もなくアランさんに話しかけたとでも思ってるんですか?」
やっぱり何かの用があった訳で。
ウェインさんは本命の話を切り出そうと、立ち去ろうとするアランを引き止めた。
「……カルラ・ディートリヒの所在が掴めました。龍歴院所属のギルドナイトとして、ね。しかしギルドナイトの仕事の都合上情報は隠蔽されていたようです。お陰で探しても見つからない訳だ」
「な……カルラが?」
カルラさんはアランの幼馴染で、ギルドナイト。そしてモンスターと絆を結ぶ存在───モンスターライダーである。
彼はそれなのに、四年前はモガの村で二年前はタンジア付近でのイビルジョー出現に関与している可能性があった。
これまでウェインさんがどれだけ調べても所在が掴めなかったらしいんだけど、今回遂にカルラさんの所在を掴めたらしい。
曰く怒隻慧の管轄の話で龍歴院に出入りしている時に、偶然カルラさんを目撃して調べたみたいです。ウェインさんの眼力は怖いなって思いました。
「はい、何食わぬ顔で働いてましたよ。きっと龍歴院内では優秀なギルドナイトなんでしょうねぇ〜。二年前タンジアでのイビルジョー出現の前に、雪山でイビルジョーを飼っていた馬鹿共がいた事を覚えていますか? 彼ら曰く龍歴院の許可を得て行動している。……裏で彼が動いて悪い事は揉み消していたって事でしょうね。いやー、盲点でしたよ本当に」
「こっちも証拠がないから。その、カルラって奴を裁く事も出来ないし。後ろも読めないから下手な動きも出来なかった。……ごめんね」
悔しそうに語るウェインさんの後で、シノアさんが謝ってくる。
シノアさんは何も悪くないけれど、カルラさんがした事はあまり許せるものじゃない。
彼がまた何か悪い事をするんじゃないかって事も思うし、そのまま彼を放置するのはなんだか嫌だった。
「さて、そんな訳でアランさん。関係ないんですけどベルナ村って空気は美味しいしムーファを放牧出来る広々とした村は眠気を誘う素敵な風景、そのムーファから取れるミルクは絶品でさらにそこから作られるチーズはもう一度食べたら病み付きです。さらに極め付けには、メチャクチャ可愛いと評判の竜人族……ネコ嬢ちゃんが居ます!!」
ウェインさんは息を荒げてベルナ村を紹介する。言葉からとても素敵な所だと想像出来るんだけど、私には彼の意図が分からなかった。
「そんなベルナ村で活動したくありませんか?」
人差し指をあげながら、唐突にウェインさんはそんな事を言う。
ドユコト……?
「……俺達にベルナ村に行って龍歴院───いや、カルラを調べて来いという事か」
「ご名答───じゃなかった。そんな訳ないですよー、僕はアランさん達にベルナ村という新しい拠点で気ままなハンターライフを過ごして欲しいだけなんです! いや本当に」
全く意味のない誤魔化しを加えて、ウェインさんは満面の笑みでアランにそう言った。
イビルジョーを使って生態系を崩そうとしている組織は確かに存在する。
その組織を動かしているかもしれない人物。アランの幼馴染で、モンスターライダー。
カルラ・ディートリヒ。
「……どうして俺達を使う?」
「ギルド的には、各ギルドのギルドナイトで争うなんてタブーなんですよね。ギルドナイトに悪人が混ざってるなんて黒いお話は置いておいて。……ほら、権力者同士って仲悪いじゃないですか」
「だけど彼を放置する事は出来ない。だから、人手募集中の龍歴院にタンジアから優秀なハンターを応援に出すという形を取りたい」
ウェインさんに続いてシノアさんがそう付け加えると、アランはため息混じりに視線を逸らした。
龍歴院に行くのが嫌なのかな?
私としては、もし彼を止める事が出来るならそうしたいけど。
「俺達になんの得がある。カルラの仲間に襲われる可能性だってあるし、そうなってくると龍歴院すら怪しいだろ?」
「龍歴院は白です。なんならアランさんの命を賭けます」
「それ意味ないニャ」
ドユコト?
「冗談はさておき。……龍歴院は気球船の出入りが多いというか他地域との交流が盛んで、さっき言った通り人手は色んなギルドから募集しています。それこそドンドルマやバルバレ、タンジアからもね。そんな龍歴院が組織的にまとまって悪事を働いてるなんて物理的に不可能なんですよ」
「それはそうだが……」
「加えて件のカルラ・ディートリヒ。ギルドナイトなので、ギルド的には隠れて行動していますが龍歴院では普通に顔を出して活動しているようです。ギルドナイトとして揉め事を抑えたり、有事の場合はハンターを纏めて行動するなど……龍歴院のハンターならある程度知名度も高いらしくてですね。それでもギルドナイトは隠密に行動する必要があるので、他のギルドからは認知されないように情報は秘匿されていた。ので、僕がどれだけ資料を漁っても彼の居場所は掴めなかったー」
饒舌に話すウェインさんは、一度アランと距離を置く。
「勿論、強制はしません」
そうしてから私を横眼で見て、またゆっくりと口を開いた。
「件の組織が龍歴院を乗っ取っているなんて可能性は皆無だし、カルラ・ディートリヒがギルドナイトをやっているのが組織を動かしやすく……つまり行動を隠蔽する為なら龍歴院に楯突けるほど大きな組織ではないという事ですから。危険度は低い───ですが、ない訳ではないです。勿論、僕等としても最低限やれる事はしますけど。……しかし、僕等は危険を承知で頼んでいます。断ってもなんの文句も言いません」
でも、それじゃカルラさんを止める事が出来ない。
私達がしなくても、誰かがしないといけない事だとは思う。
カルラさんはアランにとって大切な人だろうし、私はモンスター達の生態系を守りたい。
引き受ける価値はあると思った。
「俺はもう大切なものを失いたくない」
ただ、アランは短くそう言う。
あの日からアランはずっとそうだ。
何かに怯えるように、私をとても大切にしてくれる。
勿論嫌じゃないし、私は今とても幸せだ。
だけど、アランから何かが抜けてしまっているようで。私はたまに、寂しいなって感じるんだよね。
「そうですか。分かりました」
静かにそう言って、ウェインさんは立ち上がる。
今ここでこの話を切り上げたら、私はずっと後悔する気がした。
命に向き合うって決めて、この二年間それが出来ているようで出来ていない気がして。
今が前に進む時なんじゃないかって。私はそう思う。
「ウェインさん、私は行きます……っ!」
「……ミズキちゃん?」
だから、私は立ち上がってハッキリとそう言った。
「お、おいミズキ。分かってるのか?」
「分かってるよ。でもアラン……私は命と向き合うって決めたし、アランも応援してくれるんだよね? アランがどう考えていても、私は人間の勝手で生態系が崩されるのだけは無視出来ない」
もしこれで、アランが私の事を嫌いになってしまったらどうしようって。少しだけ手が震える。
でも、アランは頭を掻きながら深くため息を吐いた。心配は杞憂に終わったのかな。
「お前がそう進むなら、俺はそれを手伝うだけだ」
「えへへ。ありがとう、アラン!」
「ボクも居るニャ!」
ムツキもいつもありがとうね。
「見せ付けるなぁ……」
「僕達もイチャ付きますか?」
「ありえないから」
「泣きそうです」
ウェインさんとシノアさんも充分仲良しな気がするけど。
「まぁ、僕からすると二人の関係がまるで進んでいないというか……。夜のハンティングどころかチュッチュすらしてないので見ていられないというか」
「ちゅ、チュッチュとか恥ずかしいです!」
そんなのもっと大人のする事だよ!
私とアランはまだそんなに恋人らしい事はしてないというか……。いや、うん、恥ずかしい。
夜のハンティングって何?
「アホ」
「痛い」
「気にしないでミズキちゃん。今のあなたが私には輝いて見えるから」
ウェインさんを叩いてから、シノアさんは笑顔でそう言う。
難しい話かな……?
「よーし、それじゃ仕切り直して。話が早くて幸いです。出発は明日、集合場所はこの場所で」
「ちょっと待て、急過ぎるだろ。そんな簡単に拠点を移動する金を用意出来る訳が───」
「お金に関してはこちらで負担しますし、空の便もご安心を。強いて言うなら知り合いへの挨拶と手紙の用意とかはしといて下さいね。あー、今アッキー荒れてるんで近付かない方が良いです」
そうとだけ言って、ウェインさんは運ばれて来た料理を口にした。
とても急な話になってしまったから、私達は早く帰って支度しないと。
「ミズキちゃん。……なんだか利用するような事をして、ごめんね?」
「そ、そんな事気にしないで下さい。むしろ、私は力になれて嬉しいです。それじゃ、私達はこれで」
シノアさんにそう言って挨拶をしてから、私達は自宅に戻る。
色々と持っていくものとかも整理しないといけない。いつ戻ってこれるかも分からないしね。
「チーズが美味しい所なんだって。えへへ、楽しみだねぇ」
「お前は相変わらず気が楽そうだな……」
なんでも楽しんでいかなくちゃ。
勿論、カルラさんを止める事を忘れたらダメだけど。
荷物を整理したら、その日は早めに寝る事に。
ベルナ村や龍歴院ってどんな所なのかな。新しい狩場でも色々な事を知りたいなって、まだ見ぬ地に思いを馳せた。
そして私達は、新しい一歩を踏み出す。
◇ ◇ ◇
「お前さん達、そろそろ到着だぞ!」
快活な声が船に響き渡った。
登りつつある日差しに照らされる赤色のウェスタンハット。その下に伸びる白髪を風になびかせながら、初老の男性───
「アラン、ムツキ、見て見て! 凄い広々としてて綺麗!」
「嫌ニャ絶対嫌ニャ。下の景色なんて後で腐る程見れるニャ」
「そんなに騒ぐ物でもないだろう」
私が呼んでも、二人はそんな反応。私は頬を膨らませて少し拗ねました。
「はっはっは! なんだー、二人は疲れてるのか? 少し長旅だったからな」
「あの二人はいつもあんな感じでーす。ふん、素敵な景色なのに」
「変わってなくて何よりさ。まぁ、嬢ちゃんは少し綺麗になったがな!」
「本当ですか? えへへ」
アランはあんまりそういう事言ってくれないから、ちょっと嬉しいです。
タンジアから出発して数日。私達を船に乗せてくれたのは、三年以上前にバルバレでお世話になった我らの団の皆だった。
バルバレからタンジアに送って貰った時以来だけど、団長も皆も変わってなくて安心です。
タンジアでまた会えて、船に乗せてくれるって聞いた時は驚いてしまった。
また彼らと同じ船で、短いけど旅が出来たのは嬉しかったです。
「ベルナ村には良く行くんですか?」
「そうだな、最近は良く顔を出す機会がある。あそこは古代の遺跡をそのまま研究設備に使ってる面白い場所だ。ロマンがあるだろう?」
爽やかな笑顔でそう言う団長に、私は笑顔で返事をした。
丁度彼の言う遺跡のような大きな建物が見えてきて、思わず口から声が漏れる。
広々とした村と、まるで何処か別の場所から降って来たかのような場違いな大きな建物。
その建物がまた幻想的で、村の和やかな雰囲気をより引き立てていた。
ここがベルナ村。
龍歴院はあの建物かな。
少ししてから、船は建物のすぐ近くに降りる。
ベルナ村に居たらまた会えるからと、団長さん達とは軽い挨拶をしてから、私達はベルナ村の集会所に向かった。
これまた広々とした集会所は殆ど野外といった感じで、屋根はおろか床も作られていない。
自然のままの遺跡の跡に、必要な机や掲示板を持ってきたって感じの集会所です。
雨の時どうするんだろうね。
集会所には色々なハンターさんがいて、雑貨屋さんや少し離れた所には加工屋さんもあるみたいだ。
食事場を見てみると、なんと溶けたチーズが流れている鍋を発見する。
アレはチーズフォンデュが食べられるのだろうか。是非食べたいと覗いていたら、アランに「後にしろ」と怒られた。意地悪。
近くで料理をしていたアイルーさんがとても大きく見えたのは気のせいかな?
少し進んだ所に、タンジアとは違って落ち着いた雰囲気の服を着た受付嬢さんが座っている。
ウェインさんから受け取った手紙を渡すと、彼女はそれをゆっくりと呼んで笑顔で顔を上げた。
「ご連絡は承っております。アランさんとミズキさんでお間違いないですか?」
「はい。タンジアから応援で来ました。ハンター登録をお願いします」
「タンジアでのギルドカードのご提示をお願いします」
言われたままにギルドカードを渡して、彼女が少し書類を書くのを待ってからカードを返してもらう。
曰く、これで龍歴院のギルドで私達も活動出来るみたい。
どうしてこんな手続きをするのかなって、後でアランに聞いてみたら「命を任せる相手の情報も知らずに仕事をさせる事は出来ないからな」と返ってきた。
難しい話はよく分からないや。
ここまで来たら後はベルナ村でハンターとして活動していく事になる。
目的はチーズフォンデュ───じゃなくて、カルラさんを探してお話をする事。
出来るなら彼を説得してもうあんな事はしないで欲しいって頼みたいけど、そんなに簡単じゃないよね。
あー、後一つ。出発前にウェインさんに言われた事があったかな。
「ベルナ村の拠点ですが、タダで泊まれる宿を見付けておいたのでそこに止まってください。宿主とパーティを組む事が前提でタダなんですけどね。あ、勿論二人のイチャラブを邪魔する気はありませんよー。宿主は別の家で生活してるので!」
ウェインさん曰く、村でアザミさんという人物を探して話し掛けて欲しいという話だった。
あんまり良く考えてなかったけど、私達はこれまで殆ど三人パーティだったから四人目が増えるのはちょっと不安です。
長期滞在の宿代って高いから、タダで泊まれる宿はとても魅力的なんだけどね。
「アラン、チーズフォンデュ」
そんな事より、とりあえずチーズだよ!
「この村に住んでたらいつかあのアイルーみたいになりそうだニャ」
ムツキの視線の先では、縦にも横にも大きなアイルー(?)さんが料理をしていた。
「あの人……アイルーなの? 着物じゃなくて?」
「アレはアイルーだな。後で話しかけてみるか」
まさか……アイルー亜種?!
「……なんのつもりかだけ、聞こうか」
私達がそんな事を話していると、背後から聞いた事のある声が聞こえて振り向く。
赤い羽帽子にコート。手には赤く光るブレスレット───絆石を持った金髪の青年が、腕を組んで私達を見ていた。
「……カルラ」
こんなに簡単に会えるなんて。
アランも驚いて、身体が動かないみたい。
私も上手く言葉が出なくて、半目で私達を見比べるカルラさんをただ見る事しか出来ないでいる。
この人がイビルジョーを操って、悪い事をしている人なんだ。
話をしなきゃいけない。なのに、どう口を開いたら良いのか分からない。
「必然だろうが偶然だろうが、それはこの際置いておいて。見ての通り私は龍歴院で真面目にギルドナイトをこなしている一人のハンターだ。……君達が何をギルドに言おうが、ギルドナイトの私が疑われる事はない」
「……その為にギルドナイトになってまで。お前の目的は何だ?」
「何度も言わせるなよ。僕達みたいな境遇をもう生み出さない為だ。……それがハンターの仕事だろう?」
モンスターに大切な人を奪われる人は確かに居ると思う。
でもそれは違うんだ。私達もモンスターも、生きているだけで。
その世界の理を私達が壊したらいけない。
たったそれだけの事が口から出てこないのは、なんでなんだろう。
なぜか、彼に今それを言う事が出来なかった。
「まぁ……私は人間の味方だし。君達が私の邪魔をする気がないのなら手は出さないさ。……だから本当になんのつもりか知らないけれど、私の邪魔をしてくれるなよ?」
そうとだけ言って、カルラさんは私達に背を向ける。
こんなに近くに居るのに、目の前であんな事を言っていたのに。私は何も言えなかった。
そんな事が情けない。
「アラン……」
「カルラの今のあり方を知れただけでも充分前に進めたさ。……アイツを止めるのは、もう少し遅くても問題はない」
私達はその為に来たんだもんね。
うん、頑張ろう。
「今はチーズフォンデュでも食べて、明日から頑張れば良いさ。アイツを止める事だけがお前の進みたい道じゃないだろう? 明日からはお前が見た事もないモンスター達と関わっていく事にもなるんだからな」
「そうだね、新しい狩場には知らないモンスターもいるもんね」
その辺りの事は、ちょっとワクワクしていたり。
色んなモンスターの事を知って、いつかアランみたいになりたい。やっぱり未だにそれが私の目標だ。
明日からと言えば、何か忘れているような───
「アラン・ユングリングとミズキ・シフィレはいつ来るのよぉぉおおお!!」
───突如集会所に怒号が轟く。
集会所に居たハンターさん達や加工屋さん、あの大きなアイルーさんまでもその声の大きさに驚いて皆が振り向いた。
声の主は緑色の太刀を背負った一人のハンターで。
リオレウスの防具を装備して、紫色の髪をツインテールに纏めている。
多分年齢は私より下。苛立った表情で集会所を見渡す彼女は、私達を探しているようだった。
「……もしかして?」
「……もしかするな」
「いやー、幸先が不安だニャ。元気なパーティメンバーが増えてボクは疲れる事間違いなしニャ」
タダで宿を貸してくれて、ベルナ村にいる間パーティとして共に行動するハンターさん───アザミさんって。
「早く名乗り出なさいよぉ!!」
なんだかとっても賑やかなパーティになる。
新しい事が沢山で、やらなきゃいけない事もあるけれど。
なんだかこれからが楽しみだなって。そんな事を思った。
そんな訳で、第五章開幕でございます。二人と一匹はベルナ村へ。ずっとエリアルや狩技を使ったXXっぽい作品の作り方をしていたんですが、やっとXXの舞台が登場。登場するモンスター達にも注目してもらえると、楽しんで頂けるかと。
そして、怒隻慧がXXのシステムである二つ名モンスターに。オリジナル二つ名ですが、どうなっていくのかも楽しんで頂けると幸いです。
今回より五章開幕です。竜と絆の物語。この作品でも大切なお話になります。
さて、五章でミズキの容姿がまた少し変わったのでイラストを用意して来ました。
【挿絵表示】
十九歳になりました。髪が伸びて、少し大人っぽくなったでしょうか?髪くらいしか変わってないけどね()
それでは、次回もお会い出来ると幸いです。感想評価もお待ちしておりますよ。読了ありがとうございました!