モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
ベッドが三つもある大きな家は、それに加えて武具やアイテムを仕舞う場所を差し引いても有り余る広さだった。
ちゃんとキッチンもあって、料理を並べる机もある。椅子は四つ完備。
私達が条件付きだけどタダで済んで良いと言われた家は、とても素敵な生活感溢れる家でした。
まるで、昨日まで家族が暮らしていたかのような。そんな家。
「ここがあんたらに貸してあげる家よ。まぁ……どうせ取り壊す予定だったから好きに使ってちょうだい」
紫色のツインテールを揺らして、そっぽを向きながら私より少し歳下の女の子がそう言う。
そんな彼女はリオレウスの素材を使って作られた防具を装備して、リオレイアの素材を使って作られた太刀を背負っていた。
二種の竜はとても強力なモンスターだから、その風貌を見るだけでも彼女のハンターとしての実力が窺える。
「ここってアザミちゃんの家じゃないの?」
「アザミちゃん言うな」
アザミちゃんは二歳歳下なので、そう呼んでみると怒られてしまった。
うーん、でも他に呼び方思い付かないんだよね。
「……もう住んでないから。別に」
ただ、短くそう言って彼女は玄関まで歩いていく。
私は馬鹿だけど、少しだけその意味が分かってしまった気がした。
だから、謝ろうと手を伸ばすと、彼女は突然振り向いて腰に手を置いて口を開く。
「何してるの? 早く荷物置いてクエスト行くわよ」
「ぇ」
唐突な発言に、私は間抜けな声を出して固まってしまった。
クエスト行くの?
もう行くの?
ベルナ村に着いたばっかりなんだけど?
「家を貸す条件!! あたしのクエストには着いて来る事。絶対に誰も死なない事、大怪我も出来るだけしない事、絶対に敵を倒す事! 分かった?」
「こっちからも条件がある。この条件が飲めないならパーティは解散だ。家も別の所で借りる」
「な、なによ……」
声を上げるアザミちゃんに、アランは近寄りながらそう口を開く。
そんな事になってしまうと、私達貧乏だからとても大変な事になっちゃうよ?
「パーティの主導権は俺が貰う。俺に何かあった場合はムツキ、そしてミズキだ。……良いな?」
「く、クエストを選ぶのはあたしだからね!」
「それは構わない」
そう返事をしてから、アランは私に顔を向けて不敵に笑った。
アランの考えが分かって、私は「ふふっ」と少し笑う。
「い、良いから行くわよ! 狩場までかなり距離があるから、話は後でたっぷり出来るんだから」
「ほ、本当にもう行くの?!」
せっかくベルナ村に来たんだから、噂のチーズフォンデュを食べたいんだけどなぁ。
「何? お腹でも痛いの? 体調が悪かったら回復薬でも飲んでなさい」
「ち、違うけどぉ……。うぅ……チーズフォンデュ」
「良いから準備しなさいよ!」
「やれやれ、騒がしいパーティだニャ」
アザミちゃんに急かされるままに、私達は武具を整えて荷物を大雑把に部屋に残したまま集会所へ向かった。
そこから飛び立つ気球船の上で、狩場まで二日掛かると言われた私が「チーズフォンデュぅぅっ!」って泣き叫んだのは別の話です。
「セージ……」
村を出て少しするまで、彼女は村の方をずっと見ていたんだけど、なんだったんだろうね?
◇ ◇ ◇
古代林。
ベルナ村から飛行船で二日移動した距離に位置する、広大な島の一角だ。
私達の育ったモガの村がある孤島とは比べ物にならない大きな島は、一つの大陸なんじゃないかと思える程の広さを感じさせられる。
海岸から離れた森林地域。龍歴院が古代林と名付けた狩場のベースキャンプに、私達は降り立ちました。
「本当に二日掛かるとはニャ……」
「龍歴院が新しく調査してる狩場なのよ。まだこの島全域を調べ終わった訳じゃないから、あまり奥地に行かない事ね」
げっそりしたムツキの隣で、アザミちゃんは準備運動をしながら口を開く。
防具が擦れる音が、少し緊張感を高めてくれた。
もうここは狩場だからね。ベースキャンプでも何が起きるか分からない。気を引き締めないと。
「ターゲットはイャンガルルガ。ここ最近古代林のイャンクックが大量に虐殺されているのが発見されたらしいわ。……その原因であろうイャンガルルガの討伐が依頼内容よ」
まだまだ調査中の古代林では、生態系の異常があると調査に支障が出てしまう。
ある程度生態系を安定した状態に保つ為に、古代林ではこの手のクエストが多いみたいだ。
いつかリーゲルさんが言っていた調整者気取りという言葉を思い出す。
確かに私達は自然に手を出し過ぎているのかもしれない。
それでも私達は生きる道を切り開く為に、生きる為に前に進むんだ。
勿論、私も自分の答えの先に進む為に前を見る。
「イャンガルルガは確か、戦闘そのものを好む習性があるんだったよね?」
「そうだな。縄張り意識や生きる為の捕食ではない、闘争本能で眼に映る生き物をなんでも襲う奴だ。よく覚えてたな」
「えへへー」
この二年間で私も色々な事を覚えました。アランが優しく教えてくれるからね。
ちゃんと覚えてると、こうやって頭を撫でて褒めてもくれるからとても嬉しい。褒められて伸びるタイプなんです。
「なんなの……この二人」
「バカップルなんだニャ。スルーで大丈夫ニャ」
酷い。
「イャンガルルガはともかく、この二日で古代林の事はちゃんと勉強したんでしょうね? はい、覚えてる事は?」
「アザミちゃんがムツキと同じでツンデレって事くらいしか覚えてないかな」
「なんでそうなるのよ!!」
気球船の上での二日間、アザミちゃんは私達に古代林の事を色々と教えてくれました。
古代林の地形だとか、生息してるモンスターだとか、植物の事なんかも。
ただ教え方がスパルタというか、とても厳しかったんだよね。勉強は苦手だから、アザミちゃんが最初怖かったです。
それでも、彼女は歳下なのに料理とか色々な所で気を使ってくれる優しい一面もありました。
少し厳しいけど優しい。この二日間で私が分かったのはこのくらいかな。
「なんていうか、お姉さんみたい?」
「……っ。あ、あんた歳上よね?」
……そうだったね。
「とりあえず慣れるより慣れろだ。問題のイャンガルルガを見付ける前に古代林を散策してみるのもいいんじゃないか?」
「あ、それ賛成! アザミちゃんは良い?」
「狩場を知っておいて損はないわね。いいわ、案内する」
そんな訳で、私達はベースキャンプを出て狩場に向かいます。
周りに見える活火山はギルドが古代林という狩場に指定していない場所で、この島がとても広い事を窺わせた。
「あわわわわわわわ……っ。あ、アラン! あのモンスター達は何?!」
気球船が着陸した丘を下りると、水の流れる広大な草原が視界に広がる。
そしてその草原を踏み抜く巨体。その身体の大きさは、これまで見てきた大型モンスターの中でも、上から数えた方が早い程だ。
───しかも、それが複数頭で群れて堂々と草原を徘徊している。
私は必死に岩の陰に隠れながら、小さな声でそう聞いた。
あんな大きなモンスターが群れで襲ってきたら私達なんてひとたまりもない。一瞬でペチャンコです。
もしかしたら温厚な性格のモンスターなのかもしれないけど、この大きさのモンスターに縄張りを荒らしに来たと思われたらなんて考えたくもなかった。
「何してんのよ……」
ただ、アザミちゃんは半目で呆れたように私を見る。
アランも「あれがリモセトスか」と呑気に呟いていた。
ドユコトー。
「草食の大人しいモンスターだ。アプトノスと一緒で仲間を攻撃でもしない限りは襲ってこない。……なんなら近付いてみるか?」
「あ、あの大きさで……?」
ドボルベルグなんかは本来大人しいモンスターみたいなんだけど、それでも縄張りを荒らしに来た相手には容赦はしない。
あの巨大なモンスターはそれ以上に大人しい、それこそアプトノスと同じような草食種だなんて。
「す、凄い……」
まだまだ私の知らない事があるんだなって、とても感心する。
私は早速リモセトスの群れに近付いて、辺りを囲む彼等を見渡した。
まず特徴的なのは、四足歩行の足から体までよりも細長い首。脚だけでも私達人間より大きな身体が、より一層大きく見える。
巨木にも届くその長い首の上にある頭の上には瘤があって、尻尾の先にも槌のように瘤が付いていた。
いざとなったらの攻撃に使う事を想像すると、その巨体と相まって恐ろしくも感じる。
だけれどアランの言った通り、とても大人しいモンスターのようで私達が群れの真ん中に居るのに気にも留めないようだった。
「うわぁ……っ。凄い、凄い……っ!」
流石に身体が大き過ぎて、意図していない歩行すら危ないからある程度離れて群れを観察する。
長い首のお陰で巨木にも頭が届いて、木の実や木の葉を食べているようだ。
子供と見られる幼体でも、イャンクックみたいな大型モンスターと同等の体躯を持っている。
どんな卵を産むんだろうとか、どうしてこんな姿をしているのだとか、疑問に思う事も沢山あって少し興奮してしまった。
「なんであんなにはしゃいでる訳……」
「好きなんだよ、モンスターがな」
「モンスターが好き……?」
でも、あまり長居はしてられないもんね。
ただ一つ思う事は、ここが島である事から生まれた独自な生態系がとても魅力的だって。
そんな事を思いながら、私達は古代林を歩いていく。
次に辿り着いたのは放棄されたベースキャンプのある場所。
どうやら安全だと思っていたのにモンスターがやって来て、破壊されてしまったらしい。
「アレは……ジャギィと同種のモンスターかな?」
そこで見つけたのは鮮やかな赤と緑の体色に身を覆われている、小柄の鳥竜種だった。
特徴的なのは他の小型の鳥竜種には見られない太い尻尾で、良く観察するとその尻尾で身体を支えて飛び跳ねている個体まで見付ける。
独特の進化を遂げているみたいで、これもまた興奮してしまった。
ジャギィやランポスと一緒で群れのボスがいる筈なんだけど、今は見当たらない。見てみたかったけど、また今度だね。
ところでこの島にはジャギィもいるらしいです。モガの森もそうだけど、陸続きじゃない色々な場所に生息してるのはどうしてだろうね。
古代林には色々な地形があって、リモセトスが居たような広い草原や地名通りの森林地帯もそうだけど、奥には洞窟やより一層木々が生い茂る深林もあるようだ。
そんな中で、私達は森林地帯を歩きます。
イャンクックの死体を見付けて、この辺りにイャンガルルガが居ると踏んでの探索だ。
「これ、迷子になったらアウトだよね……」
まだ視界は良い方だけど、何も考えずに奥に進むと二度と帰って来れない気がする。
アザミちゃん曰く、本当に行方不明になった人も居るらしいから注意が必要だ。
「イャンガルルガってどうしてそんなに戦いを好むんだろう」
薙ぎ倒された木を見ながら、私はそう言う。
この辺りでも戦っていたのかな。
イャンガルルガは戦いで傷付いても、その戦いが終わればまた次の相手を探すらしい。
生きる為に獲物を探すイビルジョーよりも、私的には中々理解が難しかった。
「より強い遺伝子を残す為、かもしれないな」
「どういう事?」
「イャンガルルガは同種でもどちらかを殺すまで戦うようなモンスターだ。より強い個体だけが生き残り、その遺伝子を残す事で種として強くあろうとしているのかもしれない。……鳥竜種であるイャンガルルガが、飛竜種並みの強さを手に入れた方法なのかもな」
強者生存って考え方かな。
それが生き残る為だというなら、イャンガルルガも必死に生きる為に戦っている筈。
理解が出来ないって思ってしまったのは反省です。
「そんなの、あたし達には関係ない。危険なモンスターは狩るだけよ」
ただ、アザミちゃんはそっぽを向きながらそう言った。
そうだね。私達はハンターだから。
「───っ?! 全員伏せろ!!」
何の脈絡もなく、突然アランがそう叫んだかと思ったら私の身体は押し倒されて地面を転がる。
至近距離に感じる彼の息が掛かって少しドキドキするけど、今はそれどころじゃない。
爆音が耳に入って、圧倒的な熱が木を焦がした。
自然現象じゃない。モンスターの攻撃。
「───ブレス?!」
身体から炎を放てるモンスターは限られている。
イャンクックやリオレウス、それに今回のターゲットのイャンガルルガもその内のモンスターだ。
「火のブレス───まさか?!」
吹き飛んだ木と、ブレスが飛んで来た方向を見比べてアザミちゃんは目を見開く。
そしていきなり太刀に手を掛けたかと思えば、一瞬怖い顔をして突然地面を蹴った。
「アザミちゃん?!」
「おい待て!」
直ぐに私達も起き上がって、彼女を追い掛ける。
物凄い形相だった。───まるで、いつかのアランのような、そんな表情。
「グェィィィッ!!」
やがて、耳に残る甲高い鳴き声が聞こえてくる。
木の裏で立ち止まって肩を落としていたアザミちゃんの先で、黒い影が空気を揺らした。
同時にまた近くで火球が炸裂し、地面を焼く。
全身が濃紫色の甲殻で覆われた鳥竜種。
その姿は少しイャンクックに似ているけれど、耳は扇状ではなく一対の三角形。そして尻尾の先端には毒の棘を持つのが特徴的だ。
黒狼鳥───イャンガルルガ。
今回のクエストのターゲットであるその竜が、何かと戦っている姿が視界に映る。
「アザミちゃん……っ」
気付かれないように彼女に声をかけると、何故か彼女は残念そうな声で「違った……」と呟いた。
どういう事だろう。何か別のモンスターだと思ったのかな。
「戦ってる相手、アレもイャンガルルガかニャ?」
木陰からイャンガルルガの戦いを覗き見ると、反対側にも同じような姿が見えた。
イャンガルルガ同士の争い。これがアランが言っていた、より強い遺伝子を残す方法なのかもしれない。
ただ、そのイャンガルルガの姿は少し普通と違っている。
翼膜や尾の先は少し緑色を含んでいて、左眼は潰れて耳も半分程欠損していた。
体格も左眼を失っているイャンガルルガの方が小柄で、どう考えても不利だと思う。
それでも戦いをやめないのが、彼等の種として生き残る方法なんだ。その結果が、あの痛々しい欠損した左眼なんだと思う。
「グェィァァァ……ッ!!」
小柄なイャンガルルガはブレスを何発か放つけれど、左側に回り込まれてその殆どを外してしまった。
元々火を扱うモンスターは火に強い傾向があって、直撃したブレスもあまり効いてないように見える。
その証拠にブレスを受けたイャンガルルガは動じる事なく、そのまま地面を駆けて相手よりも大きな身体で突撃した。
力比べになれば、余程の実力差がない限り身体が大きな方が勝つのが自然の理です。きっとこのままいけばあの小柄なイャンガルルガは最悪命を落とすかもしれない。
でも、目を背けたらいけないと思った。
彼等の命を在り方を、私はこの目に刻み込まないといけないって。そんな事を思った矢先───
「うぇ?!」
小柄なイャンガルルガは、突撃してくる巨体をギリギリまで引き寄せてから横に躱す。
それだけじゃなくて、攻撃を外してバランスを崩したイャンガルルガにサマーソルトを放ってその巨体は自身の突進の勢いもあり地面に転がった。
イャンガルルガは尻尾に出血性の毒を持っているけど、毒を持つモンスターの中でも格段に毒への耐性が強い。
だから、必殺のサマーソルトが直撃したイャンガルルガだけどゆっくりと立ち上がって翼を広げる。
より大きく見える身体はまるで「まだまだやれるぞ」と言っているようだった。
それに対して小柄なイャンガルルガは、姿勢を低くして唸る。
一見疲れて相手を睨んでいるようにも見えるけど、その脚はしっかりと地面を捉えていた。
───まるで力を溜め込んでいるような、そんな感じがする。
「グェィィィッ!!」
大きなイャンガルルガが首を持ち上げ、ブレスを放とうとしたその時だった。
小柄で片目を失っている竜は、溜め込んだ力で一気に地面を蹴る。
「───グェィァァァ……ッ!!」
放たれたのは、視線で追う事すら難しい速度の突進。
まるで風を切るような速さでブレスを放つ前のイャンガルルガの懐に潜り込んだ隻眼の竜は、潜り込むように巨体を持ち上げ───吹き飛ばした。
「グェァァッ?!」
巨体が地面を転がる。立てなくなったイャンガルルガの頭を、小柄なイャンガルルガが踏み抜いたのはその直ぐ後だった。
これが、イャンガルルガの戦い……。
「か、勝ちやがったニャ。なんにゃアイツ」
「隻眼……」
アザミちゃんが小さく呟く。
隻眼?
「……二つ名か」
「どういう事?」
「怒隻慧と同じって事だ」
種の中でも特別強力な個体を区別するために、ギルドが定義する二つ名。
それはあの怒隻慧と同じという事で、あのイャンガルルガはそれ程に強力な個体だという事だった。
「アイツを倒せば……っ!」
突然アザミちゃんは背中の太刀に手を伸ばす。しかし、その手はアランが掴んで止めた。
多分あのイャンガルルガは相手をしたらいけない。それだけは、私でも分かってしまう。
二つ名モンスター。そのどれもがあの怒隻慧と同等かそれ以上の個体……。
「な、なによ。このクエストはイャンガルルガの討伐じゃない。アイツを殺すのが私達の仕事よね? 違う?」
「違うな。俺達が討伐する予定だったイャンガルルガは今さっき殺された奴だ。……あのイャンガルルガじゃない」
「同じよ……っ!」
「違う」
ハッキリと言うアランを見て、アザミちゃんは彼を睨んでいた瞳を逸らした。
「アイツくらい倒さなきゃ、紫毒姫も黒炎王も倒せない……っ」
小さく呟いて、彼女は震える手を強く握る。
そんな彼女の顔は誰かに似ていて、とても寂しく感じた。
もしかしたらなんて、そんな事を思う。
「……復讐に囚われても、大切なものを見失うだけだ」
まるで自分に言い聞かせるように、アランはどこも見ずにそんな事を言った。
この二年間、私はずっとアランの足枷になっているのかもしれない。
復讐が正しいか間違っているかなんて分からないけど、アランが怒隻慧と向き合う道を私が閉ざしてしまっているのなら───そんな事を考える。
そしてその言葉を聞いて唇を強く噛むアザミちゃんを見て、彼女に何があったのか。少しだけ分かってしまった。
「それでも……あたしは───」
「お取り込みのところ悪いんだけどニャ、大声出し過ぎだニャ」
表情を引き攣らせながら、ムツキが隻眼のイャンガルルガを指差してそう言う。
その先で、今さっき同種を殺したイャンガルルガが私達に開いて嘴を向けていた。
戦っていた相手を倒すと、イャンガルルガは直ぐに次の相手を探す習性がある。
その相手が、今は私達になってしまったらしい。
「……ちっ、躱せ!!」
アランの言葉と同時に私達はバラバラに散らばった。
ターゲットではないモンスターの討伐は基本的に禁止されているけど、自分達の身の危険に遭遇した場合はその限りではない。
相手も生きる為に必死で戦っているから、私達も生きる為に必死で戦う。
とても簡単で、単純な事だった。
「ある程度体力を奪ってから閃光玉を使って逃げるぞ!」
「何言ってるのよ、アイツはもう敵よ!! 殺さなきゃ!!」
「パーティの主導権は俺が貰うと言った筈だ」
「……っ」
短く会話を交わしている間に、隻眼イャンガルルガはさっき同種を吹き飛ばした攻撃と同じ姿勢をとる。
しっかりと地面を捉えた脚が地面を蹴ったと思えば、その身体はやはり信じられない速度で空気を切った。
狙いは固まっているアランとアザミちゃん。私が「危ない」と叫ぶより前に、二人は武器を構えてその場で止まる。
赤く光る片目から残光を走らせながら、イャンガルルガが二人を轢き殺そうとした刹那。
アランがその身体を踏んで飛び上がる横で、アザミちゃんは太刀を前に突き出して瞳を閉じてしまっていた。
刃の腹が丈夫な大剣ならともかく、太刀でモンスターの攻撃を受け止めるなんて出来る訳がない。
私はアザミちゃんがそのままイャンガルルガに轢かれてしまったと思って、目を閉じてしまう。
しかし耳に入ったのは、人が潰されたり飛ばされたりしたような鈍い音じゃなくて───鋭い刃の振られた音だった。
何が起こったのか分からず頭を振り回すイャンガルルガの翼膜から、少量の鮮血が流れ落ちる。
私も、何が起こったのか分からなかった。
確かにイャンガルルガの攻撃はアザミちゃんを捉えたかと思ったのに。
「───そこ……っ!!」
そして彼女は、瞬時にそのイャンガルルガの懐に這い込み、ゆっくり大きく弧を描いてから素早く太刀を振り下ろす。
刃先を濡らす鮮血は刃の滑りを良くして、切れ味をさらに高めていた。これが太刀という武器の特徴でもある。
同時にイャンガルルガの背中の甲殻を銃弾が削った。
それじゃ、私に何が出来るのか。今は突っ込んでも邪魔になるだけ。
アザミちゃんを信じて、いつでも動けるように姿勢を落とす。
「グェィァァァ!!」
咆哮を上げながら地面を蹴って、イャンガルルガは一度距離を取った。
片眼を失ってもなお戦い続ける竜の強さがそこに見えた気がする。きっとあのイャンガルルガは純粋な力だけじゃなくて、頭も良いんだ。
予備動作も見せずに、イャンガルルガは跳び上がってその鋭い嘴をアザミちゃんが
当のアザミちゃんは一瞬先に後ろに跳んでいて、かと思えば勢いを殺して逆に踏み込んだ。
同時に高速で横に一回転する大太刀。あまりの速さに、彼女がイャンガルルガの背後を取ってからやっと鮮血が散る。
これが、彼女の実力。
それを物語るように、あの自分よりも体格が上のイャンガルルガを圧倒した隻眼イャンガルルガと、彼女は面と向かって戦えていた。
竜を睨む瞳は鋭い。
何か決意めいた物を感じて、太刀を握る手はやっぱり強く握られている。
あなたはやっぱり───
「───グェィァァァ……ッ!!」
しかしイャンガルルガは怯むことなく、それでも冷静にアザミちゃんだけじゃなくて私達に視線を送った。
考えているのかもしれない。どうやって私達を倒そうか、これまでの戦いで培ってきた力と知恵を振り絞って。
それが隻眼イャンガルルガだけじゃなくて、かの種としての特徴なんだと思う。
「ムツキ、閃光玉を使え!」
「ガッテンニャ!」
頃合いなのか、アランの指示でムツキが投げた閃光玉がイャンガルルガの視界を焼いた。
私は周りを見て他の脅威がないか確かめる。
そして、まだイャンガルルガに太刀を向けようとしていたアザミちゃんの肩をアランが引っ張った。
「な、何するのよ! 攻撃のチャンスじゃない!」
「逃げるチャンスだ、間違えるな。このまま戦ってあのイャンガルルガに勝てると思っているのか?」
「まだ戦い始めたばかりじゃない!」
「説明は後だ。パーティの指揮は俺が取る。嫌ならここに一人で残れ」
強く言うアランに逆らえずに、アザミちゃんは唇を噛みながら太刀を背中に背負う。
イャンガルルガは音だけで私達の場所を突き止めようとしているのか、闇雲に動かずに辺りを警戒していた。
なるべく音を立てないように、私達はその場を後にする。
まだあのイャンガルルガは怒り状態にも入ってなかった。それに、二人が一方的に攻撃していたのに全く動じる様子もなかったと思う。
横目に映るその姿を私は忘れないように瞳に刻んだ。
アレが二つ名モンスター。隻眼イャンガルルガ。
あなたもきっと、必死に生きてるんだよね。
◇ ◇ ◇
帰りの気球船も、ベルナ村に着くのは二日後です。
アザミちゃんは一日経つまで口を開いてくれなくて、私が作った料理を食べる時にやっと「美味しい」って喋ってくれました。
顔を真っ赤にする彼女は可愛かったけれど、今はそれをからかう時でもないと思って私は彼女が寝ている部屋を後にする。
部屋が四つある気球船だから、私達とアザミちゃんで二つに分けて使っていた。
アランやムツキと違う部屋は寂しいから、私達は一緒のお部屋です。ムツキは寝る時別の部屋に行っちゃうんだけどね。
それで、廊下に出るとアザミちゃんが「待って」と声を掛けてきた。
丁度廊下に居たアランと彼女の目があって、アザミちゃんは視線を逸らす。
「無理に俺に話す必要はない。だが、あんな家を俺達に貸し出してまでパーティ───戦力が欲しい理由はある筈だ。ミズキにくらい相談しても良いだろう」
「あ、あんたにも聞いて貰うわ。私のわがままだって分かってるし、あんな条件であんた達を利用しようとしてる事に罪悪感がないわけじゃないから」
俯いて「入って」と部屋の扉を開けるアザミちゃん。
彼女はベッドに座って、私はその横に。
アランとムツキは床に座って、ただ黙って彼女の話を聞く事にした。
「あたしには殺したいモンスターがいるの。モンスターの名前は黒炎王リオレウス、紫毒姫リオレイア。その二匹は古代林にいて、あたしはその二匹を探して殺したい。……それだけよ」
短く説明して、彼女は視線を逸らす。
目的はやっぱり、復讐なんだと思った。
でも、肝心な何があったのかは教えてくれない。
彼女もそれ以上話す気はないのか、ただ俯いて黙っている。
「その気持ちを否定する事は……俺には出来ない。かつて俺がそうだったからな。だが、それで大切なものを見失ってからでは遅い」
「……っ。そんな事分かってるわよ!!」
「お前の大切なものはなんだ?」
「そんなのあんた達に関係ないでしょ?! もう話は終わりよ。出て行って。パーティも解散で良い。家なんてあげる。どうせあたしが悪いのよ……あたしが……」
ベッドのシーツを掴む手はとても強くて、その手の甲に涙が落ちていた。
「わ、私達手伝わないなんて言ってないよ……っ!」
「うるさいわね! 隻眼とあのまま戦っていたら、また誰かが傷付いてた。それなのにあたしはそれすら分からずに戦おうとした。あたしはパーティなんて組んじゃダメだったのよ。一人で良い、一人なら良かったのに……」
流れ落ちる大粒の涙を拭いてあげようとすると、私の手は彼女の手に振り払われる。
「放っておいて。家ならあげるから、放っておいて」
それから彼女はまた口を聞いてくれなくなって、そのまま船はベルナ村に到着した。
船が降りて直ぐに走り去ってしまった彼女の後を追う事も出来なくて。
復讐を誓う狩人の背中はとても重そうに見える。
彼女が背負っている物は分からない。
私達はただ、復讐という事について考える事しか出来なかった。
───いや、考える事になった。
そんな訳で第五章も本格的に始まりました。復讐も大きくテーマに入って来るので、今後の展開に期待していただけたらと思います。
二つ名モンスターもちまちまと登場していく予定なので、楽しみにしていただけたらと。
しかしアラミズがバカップルになってて感慨深いですね()
それでは読了ありがとうございました。次回もお会いできると嬉しいです。