モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
二つ名モンスター。
種の中でも、特別強力な個体には二つ名が付けられて他とは区別される。
怒隻慧イビルジョーや、先日戦った隻眼イャンガルルガもその二つ名モンスターに当てはまるモンスターだった。
ここ──龍歴院──は気球船の出入りが多くて他地域との交流が盛んです。
その為か、各地に現れる強力な二つ名モンスターを管理研究するのも龍歴院の仕事だ。
「どうしてこんな事に……」
表情を引き攣らせながら、赤い服を着た男性が金色の髪を抑える。
彼はそんな龍歴院ギルドのギルドナイトであり、アランが育ったライダーの村で兄弟のように過ごしていたカルラ・ディートリヒさんだ。
モガの森やタンジア近辺に現れたイビルジョーを使役していた密猟者達を指揮していたと思われる人物で、私達はそんな彼を止める為にベルナ村に来ている。
だけど龍歴院の集会所で彼と再会した時も、そして今も───彼はギルドナイトとして大真面目に働いていた。
それはまるで、イビルジョーを使って生態系を壊そうとしていたのが嘘かのように。
「良いから話せ。……それとも、俺達と話したくない理由があるのか? お前がただのギルドナイトなら、俺達ハンターが困っていたら助けるのが常識だろう」
そんな常識がどこにあったのか知らないけれど、アランが言うなら間違いではないよね。
カルラさんは半目で顔を持ち上げると、表情を引き攣らせながら「……そ、そうだな」と短く答える。
それを見て満足気に笑うアランは、なんだかとても嬉しそうだった。
「あの娘は、数ヶ月前まで両親と一緒に狩場に出る家族ぐるみでのハンターだった」
そうしてカルラさんの口から漏れるのは、とある少女の過去。
アザミ・プワゾン。
火竜の番の武具を身に纏った、私より二つ年下の女の子。
私達に大きな家を貸してくれる代わりに、一緒のパーティになって狩りをしようと言ってくれた彼女とは村に戻って以来会う事も出来ていない。
帰りの気球船で「殺したいモンスターがいる」と、アザミちゃんはそれだけしか教えてくれなくて。
それが知りたくて集会所に来て、アランはギルドナイトとして集会所で働いていたカルラさんを捕まえる。
そして龍歴院に所属するハンターとして、事情を知っていそうな彼に話を聞く事になりました。
イビルジョーの話は今はなしです。
「……四人か?」
「いや、三人だ。両親と彼女で、全員太刀使いだった」
三人パーティで全員が太刀を使うなんて凄いとも思ったし、家族揃ってハンターをしていたのも凄いと思った。
ただ、一つだけ疑問ができる。あの家で感じたり、彼女と接して感じた違和感。
「三人家族なんですか……?」
あの家にあるベッドは三つだったけど、椅子は四つあった。それに、妙に面倒見が良過ぎると思うんだよね。
まるで、ムツキと接しているようなそんな感じ。彼女をお姉さんみたいだと思った私の勘が正しければ───
「こ、個人情報だぞ……」
「良いから言え。別にお前じゃなくても村の人に聞けば分かる話だ」
アランの態度にカルラさんは再び表情を引き攣らせるけど、ゆっくりと口を開く。
「まだ幼い弟が居る。四人家族だった。……そして、両親の命をモンスターに奪われたんだ」
そう言ったカルラさんの表情は、いつかのアランや古代林で見たアザミちゃんと同じ表情だった。
「それが黒炎王と紫毒姫か……」
飛行船の上で、彼女が探していると言っていたモンスターだったかな。
「その後討伐クエストが発注されたが、何人かの犠牲が出て二つ名モンスターとして登録された」
黒炎王リオレウス。紫毒姫リオレイア。
どちらも二つ名を持つ火竜で、古代林付近で番となって行動しているらしいです。
カルラさんの話によれば、彼女とその両親は二ヶ月前に二匹の火竜とは関係ないクエストに出掛けていたらしい。
しかしクエストの帰り道に突如火竜の番に襲われて、彼女の両親は犠牲になった。
この世界ではきっと、ありふれた話だと思う。
それでも当の本人からしたら、そんな事は関係ない。
自分の家族が居なくなるなんて、私には想像も出来ないし、したくもなかった。
だから、私には彼女の気持ちが分からない。分かる訳がない。
だけど、アランやカルラさんはそれを知っているんだと思う。
ムツキもきっと、私の知らない所で大切な人を失ってるんじゃないかな。
シノアさんやアキラさんもその気持ちを知っている筈。
だけど、私だけはそれが分からなかった。
勿論分かりたい訳じゃないけれど、それでも向き合わなければならない時は来るかもしれない。
モンスターに目の前で大切な人を殺された時、私はどう思うんだろう。
少なくとも、今の私にはそれが分からなかった。
「彼女のような絶望を味わう人をこれ以上増やさない為にも、私は必ずこの世界からモンスターを消す」
そしてそんな事を言うカルラさんの気持ちも、私には分からない。
確かに私達人間はモンスターに簡単に殺されてしまう。
それでも、同じ世界に生きるものとしてお互いに生きる為に絶妙なバランスを保って関わっていくしかないんだ。
それを崩す事だけは、ダメだと思う。
「まだ本気でそんな事を考えているのか?」
「私は人々の為に行動してるだけだ」
「その為にギルドナイトになって、組織を動き易くしてる訳だ」
横目でアランがそう言うと、カルラさんはハッとした顔で立ち上がった。
口を滑らせた、とでも言うように口を押さえるカルラさん。だけど、アランは涼しげな表情で彼を見る。
「別に、誰も聞いちゃいない」
「お前は僕───私を捕まえに来た訳じゃないのか?」
立ったままそう言うカルラさんを見て、アランは溜め息を吐いた。
私はカルラさんを止めたいけれど、アランは違うのかな?
「……四年前、お前が生きてると知って本当は嬉しかった」
モガの森で、子供のラギアクルスを従えたカルラさんを見た時はとても驚いた記憶がある。
そんな彼はアランの幼馴染みたいな関係で、アランが育った村が怒隻慧に襲われた時に亡くなったと思っていたらしい。
アランにとって彼は、本当に大切な人の一人だった。
「……僕は、お前が憎かったよ」
どうして? という言葉が出ない。
きっと、私にはこの話に首を挟む権利はないと思う。
「分かってる」
「分かってない! 僕は、お前やヨゾラが大好きだったんだ。家族や、村の皆も。だから復讐をすると決めた。それだけじゃ足りない。この世界からモンスターを消すって決めたんだ。……アラン、僕と手を組まないか? お前となら、僕は───」
「断る」
彼が言い切る前に、アランはハッキリとそう答えた。
復讐……。カルラさんやアザミちゃんのこころに深く突き刺さっているその感情が、正しいか間違っているのか私は分からない。
ただ、その気持ちとはちゃんと向き合わないといけないんだって、私はそう思う。
シノアさんはアーシェさんの仇を討った時、どんな事を思っていたのかな……。
「もう、復讐に囚われて大切な物を失うのは嫌なんだ。……カルラ、お前もやめろ」
「アランにとって僕や、父さんや母さんやヨゾラはその程度のものだったのか?!」
「違う。これ以上失いたくないんだ。……お前も」
そう言うとアランは立ち上がって、カルラさんと視線を合わせた。
もしかしたら、彼を止められるかもしれない。そんな事を思う。
「……最強のライダーになるって言ってたな」
「昔の話だ」
「お前はまだ、ライダーだ」
カルラさんの手の甲を指で突いて、アランはそう言った。
モンスターライダー。竜と絆を結ぶ存在。
カルラさんはリオレイアの亜種をオトモンにしているライダーでもあって、竜と絆を結んでいるのにこの世界からモンスターを消そうと言っているんだよね。
それは、あのリオレイア亜種の事も含めているのかな。そして───あのイビルジョーの事も。
「ライダーらしく、隠れて生きればお前が処罰される事だってなくなる。もうこれ以上罪を重ねるな」
「僕を庇おうって言うのか……」
「俺も、お前が……お前達が大好きだったんだ。ダリアさんも、メアリさんも、ヨゾラも村の皆もな。全部失って、また失いそうになって……やっと気付けたんだ」
アランは私を少し見てから、カルラさんをしっかりと見つめる。
それでもカルラさんは目を逸らして、表情を歪ませた。
それは、やっぱりアザミちゃんや昔のアランと同じ表情で。
「僕は、もう失うものなんてない」
「……本気で言っているのか?」
とても、寂しそうな顔をしていたと思う。
その場を立ち去ろうとするカルラさんはしかし、振り向いて懐から村の地図を取り出した。
そして乱雑にペンで小さく丸を描くと、それをアランに渡す。
「あの娘が今住んでる家だ。……私には彼女は救えない。私は、彼女のような犠牲者がこれ以上増えない為に全力を尽くす事しか出来ない。……アラン、君達の答えを見せろ」
カルラさんは私を横目で少しだけ見てそう言ってから、再び私達に背を向けて歩き出した。
きっと、彼はとても優しいんだと思う。
だからあんな事をしてしまうし、それでもきっと苦しんでいる筈だ。
「……頼むから、私の邪魔をするな。もし邪魔をするなら、命の保証はしない」
そう言いながら歩く彼の背中は、とても寂しそうに見える。
アランも表情が暗くて、そんな彼の顔を覗き込むと「大丈夫だ」と言いながら頭を撫でてくれた。
「アイツはバカだが、本当は優しい奴なんだ」
歩き去ってしまう彼を見送りながら、アランはそう言う。
時間は掛かるかもしれない。もしかしたら、またぶつかり合う事になるかもしれない。
だけど、これはウェインさん達に任せるんじゃなくてアランが解決するべきだと、向き合うべきだと思った。
私はそんな彼の手伝いが出来たらいいなって、そう思う。
「……とにかく、今は彼女の事だな」
「アランは優しいね」
いつだって、彼は優しい。きっと、彼と一緒に育ったカルラさんだって本当はとても優しいんだ。
「……妬いてるのか?」
「……そ、そんな事ないもん!」
私はアランの優しい所が好きだから、そんな事考えないです。
……多分。
「俺が一番大切なのはお前だ」
「……えへへ」
やっぱり、アランの優しい所が好きだ。だからこそ、彼が救いたいと思った人を私も救いたい。
アザミちゃんも、カルラさんも。
「……こんな昼間から何してるんだニャ」
ムツキのとても低い声で私達は我に戻って、アザミちゃんの家に向かいます。
本当はお昼ご飯に初めてのチーズフォンデュを食べたかったけど、アザミちゃんと揃って四人で───いや、彼女の弟君も合わせて五人で食べたいと思った。
今は、私達に出来る事をしよう。
◇ ◇ ◇
とても小さな家だった。
私達が貸して貰った家とは、比べられない程の小さな家。
人一人が暮らすのがやっとのように見えるその家は、誰もいないのか物音がしない。
「……留守かニャ?」
「一人で狩りに出掛けちゃったとか?」
だとしたら、早く追いかけないと───なんて思うけど古代林はとても遠いし本当に行ってしまったのか分からない。
カルラさんはまだ幼い弟が居るって言っていたけど、その弟君は私達が古代林に行っていた四日間どうしていたんだろう。
きっと彼女にとっては大切な家族の筈だから、そんな掛け替えのない家族を置いて狩りに出掛けても良かったのかな……なんて事を考えた。
「薬草とアオキノコの匂いがするニャ」
薬草とアオキノコ……? 回復薬……?
「お出かけ中かな?」
「いや、居るな」
確信めいた表情でそう言ったアランは、その家の扉を開く。
中は真っ暗で、とてもじゃないけど誰かが居るようには見えなかった。
「───だ、誰?!」
だけど、そんな声が部屋の奥から聞こえる。
焦った様子で奥から出て来たのは、エプロン姿で髪は結んでいない状態のアザミちゃんだった。
「アザミちゃん……っ」
「な、なんであんた達があたしの家を知ってるのよ……」
呆れたような声でそう言う彼女は、頭を抱えてため息を吐く。
アランはそんな彼女の家に入ると、驚く彼女を無視して家に入っていった。
「あ、アラン?!」
「ちょ、あんた待ちなさいよ! 何を勝手に……っ!!」
私はそんな彼を追いかける。ムツキが感じた二つの匂いが、少しだけ気になった。
「……成る程な」
奥の部屋を見て、アランは納得したようにそう呟く。
遅れてその奥を見る私の視界に入ったのは、まだ十歳にも満たなそうな小さな男の子が横になって苦しそうにしている姿だった。
「これは……」
「どういう事ニャ」
この子が、アザミちゃんの弟なのかな?
どうして体調が悪そうに寝ているのか。色々考えるけれど、あまり良い想像はできない。
「……昨日帰ってきたら、倒れてて。ずっと看病してるのに」
心配そうな表情で俯きながらそう言うアザミちゃんは、強く握った手を震わせる。
きっと、とても大切な家族なんだよね。
でも、だからこそ「どうして?」と思った。
「こんな小さい子供を四日も放置したのか」
アランは私が思った事をはっきりと口にする。それを聞いたアザミちゃんは視線を逸らして、表情を歪ませた。
「一週間分のご飯は作って出て行ったわよ! この子はちゃんとしてるから、それだけしてれば大丈夫だと思って……。叔父さん達まで殺されてから……これまでだって、二日くらいならそれで大丈夫だったのに!」
「四日前に作った食べ物なんて食べたら腹壊すに決まってるニャ。……これ、九割九分食中毒だニャ」
アザミちゃんの言葉を聞きながら、寝込んでいる男の子を見るムツキはため息混じりにそう言う。
二日くらいならまだ大丈夫かもしれないけど、確かに四日も料理を放って置いたら悪い菌が増えちゃうかもね……。
「そ、そんな……。セージ、死んじゃうの……?」
崩れ落ちる彼女は、大粒の涙を流して消え入りそうな声でそう言った。
いきなり両親が亡くなって、大変だったんだと思う。
歳の割に妙にしっかりしていたけど、彼女だってまだ十七歳の女の子なんだもんね。
「セージっていうのか?」
アランがそう言うと、アザミちゃんはゆっくりと頷いた。
大丈夫だよって言ってあげたいけれど、私も正直そういう事に詳しい訳じゃないから簡単にそんな事は言えない。
「大切なんだな」
「あ、当たり前よ……っ! たった一人の……家族なんだから」
そうだよね。
「……ミズキ、アオキノコを少し混ぜたおかゆを作ってやれ。これは俺がやるより、ミズキ達に任せた方が良い」
「アランにやらせるとこの家が燃えてなくなるニャ」
「うるさい」
ビストロ・モガが燃えそうになった日が懐かしい。
「任せて! ムツキも手伝ってくれる?」
「ガッテンニャー。キッチン借りるからニャ。炊いてある米も貰うニャ」
「え、えぇ、構わないけど……」
本人の許可を得て、私達はキッチンに。ビストロ・モガのお父さんの下で働いていた実力を見せる時だね。
「回復薬なんてな、普通の子供に飲ませる物じゃない」
「そ、そ、そんな事知って……ないわ。ごめんなさい……あたし、なんて事をしようとして」
正直に謝ったアザミちゃんは、苦しがるセージ君を見て唇を噛む。
「これまでは、古代林に行かなかったのか?」
「四日もセージを一人にするのがダメだと思って……それでも、あの二匹を殺す為に腕を落とす訳には行かなかったし、生活費の為にも近くの狩場には行ったりしてたのよ」
二日くらいなら、と。彼女はセージ君を置いて狩場に出掛けていたらしい。
「パパとママが殺される前までは、親戚の叔父さんに預かって貰ったりしてたよ。でも、パパ達の敵討ちに行った叔父さんも殺されて……。あたしどうしたら良いか分からなくて……」
勿論お金を稼がないといけないから、それを間違いだとは言えなかった。
「でも、このまま時間が経てばお父さんとお母さんの仇を取れなくなるかもしれない! あたし一人じゃどうしようもないと思ったから、誰かを利用してでもと思って……古代林のクエストを受けようとしたのよ」
それが、私達だったと彼女はそう言う。
大切な人の仇。復讐。
きっと向き合わなければならない事だけど、私にはまだ難しい。
「復讐に囚われても、大切なものを見失うだけだと言った意味が分かったか?」
「み、見失ってなんてないわよ!」
「ならどうしてこうなってる」
「それは……」
アランの言葉に答えられなくて、アザミちゃんはただ唇を噛んだ。
「あ、あんたに何が分かるってのよ……。あたしの気持ちなんて、分からないでしょ?!」
「……そうかもな。だが、俺は少なくとも見失ったんだ」
目を見開くアザミちゃんを、アランは真っ直ぐに見ながら口を開く。
人の気持ちなんて、他人には分からない。だけれど、アランは自分の気持ちを彼女に伝えようとしてるんじゃないかな。
「俺の育った村は突然イビルジョーに襲われて、大切な家族も村の仲間も全員殺された。……唯一残った大切な存在も俺は見失って、復讐に囚われてそのイビルジョーを追って……何もかも失ってしまった」
その話を聞いて、アザミちゃんは黙り込んでしまった。
目の前の現実と比べているのかもしれない。その瞳が泳いでいるのが、少しだけ見える。
「俺はまた失いそうになって、やっと気付けたんだ。……お前はこれ以上失うな。目の前に大切な物があるだろう?」
「でも……でも、あたしは……パパとママの仇を……。セージが寂しがってるの。……あたしだって寂しいの。あの二匹だけは……絶対に許せない」
彼女は腕を強く握りしめて、ボロボロの床を殴り付けた。
二つ名を持つ火竜の番。
目の前で両親をモンスターに殺される気持ちなんて、私には分からない。
でもきっと、とても辛いと思う。
その気持ちから逃げる事なんて出来なくて、どうしたって向き合わないといけない。
だから、アランがその気持ちから目を背けているのがもどかしかった。
それが私のせいだという事も。
復讐は確かに寂しいと思う。
だけど、その命と向き合う事は大切だと思うんだ。
その線引きは、とても難しいと思うけど。
私はアランに怒隻慧の命と向き合って欲しかったし、未だに心の何処かで後悔している。
だから、二つ名モンスターと関わる事が出来る龍歴院ギルドに行こうと思ったんだ。
「復讐か……」
アラン……。
「───よし。出来たよ、おかゆ。アザミちゃんが食べさせてあげて」
私は作ったおかゆをアザミちゃんに渡して、セージ君の表情を伺う。
小さな男の子だけど、やっぱりどこかアザミちゃんに似ていて目元がしっかりしていた。
でも何処か寂しげなのはやっぱり、突然両親を失ったからだよね……。
「セージ、食べられる……?」
「……ん、うん」
瞳を開けて、セージ君はゆっくりと口を開ける。
そしてアザミちゃんがスプーンでおかゆを口に運ぶと、しっかりと喉を動かして飲み込みました。
大丈夫そうだね。
「食べられれば、数日で良くなる。医者が居るなら見せた方が良いがな」
「お、お金無いわよ……」
アザミちゃん一人で生活を切り盛りしてたんだから、それは当たり前だったのかもしれない。
だけど、やっぱり疑問が残る。
「あの家をハンターか誰かに貸して、そこから金を貰えば良かったじゃないか」
「それはボク達が困るニャ」
「ムツキは今はシーだよ」
「……了解ニャ」
私達が悪いんだけど、ムツキは最近がめついよね。
いや、本当に報酬の低いクエストを受ける私達が悪いんだけど。
「復讐の為に、弟の体調まで犠牲にして……お前はそれで良いのか?」
「あたしは───」
「お姉ちゃんは、悪くない……っ」
アザミちゃんの言葉を遮ったのは、アランの服を強く掴むセージ君だった。
「セージ……っ」
「お姉ちゃんは、僕の為にはんたーをしてくれてるんだ……っ。お姉ちゃんは、悪くないもん……っ」
アランを真っ直ぐに見て、セージ君は震えながらも口を開く。
そんな彼にアランは「そうだな、すまない」と謝って、優しく頭を撫でた。
しばらくするとセージ君は寝てしまって、部屋は静かになる。
沈黙を破ったのはアザミちゃんで、その瞳は少し腫れていた。
「あたし、間違ってるのかしら……」
「……分からない」
まるで自分にも言うように、アランは彼女の問いにそう答える。
その気持ちを否定する事はきっと出来ない。
だけど、アランはその気持ちに押し潰されて生きてきた。
大切なものを何度も失って、きっと怖くなってしまったんだと思う。
私はあの時、アランに怒隻慧と向き合って欲しいと思った。
自分の命を投げ出してでも、アランにはしっかり前を向いて向き合って欲しいと。
でも、アランは怒隻慧と向き合う道じゃなくて私を救う道を選んで。
結果、本当にあれで良かったのか私すら分からない。
アザミちゃんも、私達も───きっとこの気持ちに向き合わないといけないんだと思う。
「あの二匹を殺したって、パパとママが帰って来る訳じゃないって事くらい分かってるわ……。それでも、あたしとセージから大切な家族を奪ったモンスターが許せない」
「その二匹が番なら、お前がやろうとしている事はお前が二匹にされた事と同じだ」
「それは……」
きっと、その二匹にも家族がいる筈だ。
もしアザミちゃんが二匹を殺しても、その家族が彼女を恨んで襲いに来る事はないと思う。
でも私達の考えを当てはめるなら、復讐はやられた事をやり返してるだけ。
それはなんだか違うなって、そんな事を思った。
「俺も、復讐を考えていた。……今だって確かにその気持ちが残っていない訳じゃない。だが、分からなくなった」
どこか遠くを見て、アランはそう言う。
もしかしたら、とても的外れな事を考えているかもしれない。
二人を傷付けるかもしれない。それでも、私の答えをここで話そうと思った。
「逃げたら、ダメだと思う」
ゆっくりと口を開く。
アランとアザミちゃんは、驚いた顔で私を見ていた。
「アラン、私達……二年前からずっと逃げてきたよね。あの戦いの前に、怒隻慧の生命と向き合って欲しいって私が言ったけど……あの戦いの後からずっと逃げてきた」
「それは……」
俯くアランの手は震えている。
それでも私は、口を開いた。
「私、二人の気持ち分からないけど。……きっと、その気持ちを胸にしまい込み続けるのは辛いよ」
「……その為にベルナ村まで俺を連れてきたって事か」
「アランが付いて来てくれるなら、私は私で怒隻慧と向き合いたい。そうじゃなくても……」
そんな事、本当はとても怖いけれど。
でも、アランは私の頭を震える手で撫でてくれる。
私が手伝うから。だから、怖がらないで。
そう口にしたいけど、そんなに偉い事を言える程私は強くない。
だからこそ力を付けて、アランの力になりたいなって思った。
「……モンスターと向き合うって、どういう事よ」
唖然とした表情でそう言うアザミちゃんに、どう説明したものか。
そもそもこれは私の答えで、きっと彼女は理解出来ないと思う。
そんな事で戸惑っている私の代わりに口を開いてくれたのは、アランだった。
「簡単に言うなら───俺達から大切なものを奪ったモンスターが、何故俺達から大切なものを奪ったのか知る事だな」
「何故……奪ったか? そんな事……分かるの?」
「どうだろうな」
遠くを見てそう答えるアランは、それでもしっかりとした表情でこう続ける。
「分かるものも、向き合わなければ分からない。その為に戦うのは、ハンターとして間違ってはいない筈だ」
「向き合う為に……戦う」
モンスターのいのちとも、自分のこころとも。それが出来るのが、私達人間だと思うんだ。
口下手な私の代わりにアランが言ってくれた言葉は、私の中でも大きく広がっていく。
やっぱり、アランは凄いや。
「でも、あたし……」
「勿論本当に大切なものを見失うのは間違いだ。俺と同じ過ちを犯すな」
「だけど、どうしたら良いか……」
「俺達はパーティーだろう?」
そう言う彼は、優しくアザミちゃんの頭を撫でた。
あ! ちょっと嫉妬するかも!
「ミズキ……今はシー、ニャ」
「ムツキぃ……」
ニヤケ顔のムツキ向けて頬を膨らませます。別に怒ってる訳じゃないもん!
私も撫でて欲しいだけだもん!!
「家まで貸してもらってるんだ。お前達の面倒は見るし、例えばクエストに行く時も誰か一人が残ってセージを見てる。……そして、いつか黒炎王と紫毒姫を倒す」
「……っ」
手を強く握りながら、アザミちゃんは大粒の涙を流す。
これまで一人で何もかも抱え込んで、大変だったよね。
私達はパーティーだから、ちゃんとアザミちゃんの事も考えるよ。
私は泣き崩れる彼女に後ろから抱き付いて、アランと二人で優しく頭を撫でた。
頑張ってたんだよね。
辛かったんだよね。
だから、少しだけ大切なものを見失ってただけなんだよね。
もう大丈夫だよって。目の前にある大切なものから目を離さないでねって。
これからの私達の目標は三つ。
カルラさんを止める事。
パーティーとして成長して、アザミちゃんの両親の仇である二匹と戦う事。
アランと一緒に怒隻慧とも戦って、色々な事に向き合う事。
ベルナ村に居る間に、少なくともカルラさんを止めて黒炎王と紫毒姫と戦う。
色々頑張らないとだ。
「……パパ……ママ」
「寝ちゃったのかニャ?」
「みたいだな」
やる事が山積みです。
「ね、アラン」
「……な、なんだ? 怒ってるのか」
怒ってないもん!!
「……女の嫉妬は怖いニャ」
「違いますー!!」
拗ねてるだけだもーん。
「むぅ……。セージ君が元気になったら、皆でチーズフォンデュ食べに行こうね」
「それまで我慢するのか?」
「うん!」
初めてはうんと美味しい状態で食べたいし。
「数日かかるかもしれないぞ」
「やっぱり今からちょっとだけ食べに行ってくるね」
アランとムツキに全力で止められて、私も沢山泣いたのはまた別のお話。
第五章はここからスタートって感じですかね。アザミという新しい登場人物がアラン達の道にどう関わってくるのか、楽しんで頂ければ幸いです。
というわけでイラストを用意してきました。
【挿絵表示】
セージくんとアザミちゃんです。知っている人も多いかもしれませんが、アザミの花言葉の一つに復讐という言葉があります。名前考える時遊びました。
先日とても久し振りに評価を頂きました。ありがとうございます、励みになります。
それでは、第五章本格始動です。次回からもお楽しみいただければ幸い。読了ありがとうございました!