モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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鎧裂と灼熱の刃

「ぴっかぴかー!」

 まだ声変わりしていない可愛い声が、小さな部屋中にこだまする。

 

 

「うるさいわよセージ。静かにしなさい!」

「えー」

「ピッカピカだー!!」

「あんたもうるさい!!」

 紫色の髪を後ろで一つに結んだアザミちゃんは、腰に手を当ててセージ君と私を叱ってきました。

 

 お部屋の大掃除が完了して嬉しくて騒いでいた私達は、口を尖らして「えー、ぶーぶー。良いじゃーん」と揃って抗議します。

 

 

「あんた九歳と同じで恥ずかしくないの……?」

「私達仲良しだもんねー!」

「ねー!」

 ……わー、アザミちゃんがとても怖い顔をしてるぞー。流石に怒られるかもしれない。

 

 逃げようと振り向くと、アランも凄い怖い顔をしていた。そ、そんなに怒らないで欲しいです。

 

 

「でもだいぶ綺麗になったわね。礼を言うわ」

「えへへー、それほどでも」

「それほどでもー」

「あんたらほぼ遊んでただけよね……?」

 セージ君も元気になって、それから私達が始めたのは二人が暮らす家の大掃除でした。

 

 あの大きな家で皆んなで暮らす事も考えたんだけど、やっぱり両親の事を思い出してしまうみたいで。

 でも二人の住んでいた家はちょっと古い家で、衛生面でも心配だったのでムツキの出番です。

 

 

 ムツキの色んなアイテムで、お部屋はみるみる綺麗になりました。もはや新築。

 

 

「ま、ボクに掛かればこんなもんだニャ」

「一体メラルーがどこでこんな色々なアイテムの知識を覚えたのよ」

「……聞かないで欲しいニャ」

 ムツキは色々あるからね……。

 

 

「さて、片付けも時間もキリが良いし。あそこに行くか」

 手を払いながらアランがそう言う。

 

 ついにこの時が来たんだ。ベルナ村にやって来てから、ずっと待っていたその時が。

 

「待ってました。待ち焦がれていました!!」

 チーズフォンデュを食べる時が───

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「───ねぇ、アラン。なんで私は火山に居るんだっけ」

 ───空に昇っていく噴煙を見ながら、私はゆっくりとそう口を開く。

 

 

 どうしてかなぁ……世界に色がないように見えるや。あはは。

 

「……おい、獣宿しが発動しかかってるぞ。戻ってこい」

「何……。そんなにチーズフォンデュ食べたかったの?」

 食べたかったんだよ……。

 

 

「チーズフォンデュ……」

 あの後、意気揚々と集会所のアイルービストロというお店に向かった私達を待っていたのは休業中の看板でした。

 なんでも店主であるニャンコックさんによれば、ベルナ村に一番近い火山にディノバルドが現れて燃石炭を採取するのが中止になっているんだとか。

 

 燃石炭は燃やす事でとても高温の炎を出す事が出来る鉱石で、主にマカライト鉱石みたいな上質な鉱石を加工する為に使う物です。

 アイルービストロのチーズフォンデュにはその火力が必要不可欠らしくて、燃石炭の採取が出来なくて不足している今、休業を余儀なくされているらしい。

 

 

 火山に来たのは実の所そんな理由だった。

 セージ君を置いては行けないし、今回はムツキがお留守番をしてくれている。

 

 皆で美味しくチーズフォンデュを食べる為に、私はとても頑張るよ。

 

 

 

「それで、どうする訳? 急に出発になってあたしクエスト内容知らないんだけど。ディノバルドを倒しちゃえば良いのよね?」

「え? そんな事しないよ?」

 ピッケルと大きな鞄を背負いながらそう返事をする私の前で、アザミちゃんは「はぁ?」と口を開けて固まってしまった。

 

「……ど、どういう事よ」

「燃石炭が欲しいだけだし、餌の少ない火山にディノバルドが長居する事はないだろうから討伐する意味もないと思う。……だから、今回は燃石炭を採取しに来ただけだよ?」

 私がそう答えると、アザミちゃんはまた固まってしまう。

 

 

 私、何か変な事言ったかな?

 

 

「モンスターを討伐するだけがハンターじゃない。モンスターと人間と、自然を繋ぐのがハンターの仕事だ。……そうだろ?」

「……そ、そうだけど。炭鉱までハンターの仕事なのかしら」

 首を横に傾けるアザミちゃんを見て、アランは短く笑っていた。

 

 よくよく考えたら、やっぱり私達って変なのかなって。それでも、私は自分が進みたい道を歩く。

 

 

「確かにディノバルドを倒せるなら、倒してしまった方が早いのかもしれない。でも、もしディノバルドを倒しても私達が得られるものはあまりないと思うんだよね。危険を考えても、ここはお互い干渉しないのが一番だと思うんだ」

「そ、そう言われれば……確かにそうね」

 私の考え方が正しいなんて思ってないけど、それでもアザミちゃんが納得してくれるなら良かったと思った。

 

「ふへへ、待っててよチーズフォンデュ……」

 それじゃ、たんと掘ろう燃石炭!!

 

 

「食い意地張り過ぎよ……。イビルジョーじゃないんだから」

「……イビルジョー」

「どうかした?」

「……いや、なんでもない。行くぞ、ミズキに置いてかれる」

 イビルジョー……かぁ。

 

 

 

 火山を登ると、流れる溶岩で地表が熱せられてクーラードリンクなしでは立っていられなくなる。

 クーラードリンクを飲んでも流れ出る汗が、地面に落ちて直ぐに蒸発して消えてしまう程だ。

 

 こんな中でピッケルを振るのはとても体力を使います。

 出来るだけ早く終わらせて、モンスターに見付からずに帰りたい。

 

「結構取れたね。アランは?」

「目標数は取れたぞ」

 燃石炭を一人十個が目安で集めようと思うんだけど、アランは順調なようだ。

 アザミちゃんはというと、あまり表情は冴えない様子でピッケルを振っている。

 

 というよりは、困ってるみたい。

 

 

「アザミちゃん、どうかしたの?」

「燃石炭が全然取れないのよ」

 振り向いて、ピッケル片手に困り顔のアザミちゃん。

 

 鞄には鉱石が沢山入ってるみたいだけど。

 

 

「全部石ころだな」

 全部石ころ。

 

「何が鉱石かなんて分からないわよ! こんな事した事ないんだもの」

 半目でそう言うアザミちゃんは、口を尖らせて鞄の中の石ころを地面に転がした。

 確かに普通の狩猟生活をしていたらあまり気にしない事なのかもしれない。

 

 むしろ、それが普通なのかも。

 

 

「私とアランが集めた分でも充分だし、そろそろ引き上げよっか」

「な、納得出来ないわ。もう少しやらせて」

 何故かここに来てやる気に満ちた表情をするアザミちゃんは、ピッケルを一心不乱に振り回す。

 流石太刀使いという事もあって、とても綺麗な太刀筋───いやピッケル筋だった。

 

 

「これは?」

「石ころだね」

「これは?」

「石ころだな」

「これは?!」

「石ころだね」

「これは!!」

「……鉄鉱石だな」

 それにしても取れないけど。

 

 

「あぁぁっ!! もう、なんなのよ!! 全部石じゃない!!」

 それだけ狩猟に専念していたって事だと思うし、だからこそ隻眼と戦った時のような動きも出来るんだと思う。

 だから彼女は間違ってない。それでも覚えておいて損はない事は沢山あると思うから、私は先輩ハンターとして教えられる事は教えてあげたいと思った。

 

 

「なんの違いがあるってのよぉ……。ふんだ」

 アザミちゃんは取った石ころを適当に後ろに投げる。

 それは地面じゃなくて、盛り上がった大きな岩に当たってから地面を転がった。

 

 岩っていうか、少し違う音がしたけどもしかして……。

 

 

「キッキキ……」

 石ころが当たった岩が急に動き出す。

 振り上げられた青色の鋏はまるで鎌のようで、鋏と同じ色の体に大きな殻を背負っていた。その殻を岩だと思っていたみたいです。

 全高は殻を含めるとアランと同じくらいで、これで幼体だというのだからやっぱりモンスターは凄い。

 

「げ、ガミザミ……」

 表情を引き攣らせながら彼女が呼んだのが、そのモンスターの名前だった。

 

 

 鎌蟹───ショウグンギザミの幼体であるガミザミは、普段は地面の中に隠れているモンスターです。

 偶々地面に出ていた個体に、アザミちゃんが投げた石ころが当たってしまったみたいだ。

 

 ショウグンギザミ共々、ダイミョウザザミと同じで普段は比較的大人しいモンスターなんだけど、ガミザミやショウグンギザミは怒らせるととても攻撃的になって襲ってきます。

 

 

 

「に、逃げよう!」

 ───なので、逃げる事にした。

 

「ちょ、別にガミザミくらい倒せばいいじゃない?!」

 アザミちゃんの手を取って、私はその場から急いで立ち去る。

 不満げなアザミちゃんをよそに「石ころぶつけてごめんね!」と、私はガミザミに謝った。

 

 攻撃的って言うけど、そりゃいきなり知らない生き物が出て来たら怖くて戦うしかないよねって。私はそう思う。

 

 

 

「はぁ……なんかガミザミから逃げるなんて屈辱だわ」

「え、えーとごめんね……?」

「良いわよ。さっきも言ってたけど、確かに戦う必要がないってのはあるし」

 岩の割れ目を横目で探しながら、彼女はそう言って再びピッケルを背負った。

 

 分かってくれたのは嬉しいけど、まだやる気なんだねぇ……。

 

 

 負けず嫌いなのかな?

 

 

「続けるのは良いが、さっきみたいに大声を出すな。ディノバルドに見つかったら厄介だ。あと、石ころも投げるな」

「わ、分かってるわよ」

 口を尖らせてピッケルを振るうアザミちゃん。

 

 縦に二回、その後左右に大きく振り回す動きは滑らかでどんどん岩が崩れていく。

 

 

 出てくるのは石ころばかりだけど。

 

 

 

「───っぅ。……んもぉ!」

「おい」

「わ、分かってるわよぉ!」

「おい……」

 アランも苦笑いだ。

 

 ふと周りを見渡すと、視界が揺れたような気がして目を擦る。

 大きな岩があって視界が悪いけれど、近くにモンスターがいるのかな?

 

 

 耳を済ますと、何処かで聞いた事のあるような音が聞こえてきた。鉄を擦るような、そんな音。

 どこで聞いたんだろう。そうだ───武器を砥石で研ぐ時の音に似ているかも。

 

 

「おいアザミ」

「だから分かって───ぁ」

 声を上げるアザミちゃんの手から、ピッケルが抜けた。ピッケルは大きく弧を描いて、大きな岩の裏側に飛んで行く。

 

 地面に落ちたというより、何か硬いものに当たった音がして、地面に落ちたピッケルを青い甲殻が踏み砕いた。

 

 

 岩陰から出てくるのは、全長の半分程を占める巨大な尾を持った獣竜種のモンスター。

 赤色の混ざった青い甲殻はまるで綺麗な青い炎のようで、大きく鋭利で特徴的な尻尾は赤みを帯びている。

 

 火山に現れて、燃石炭の採取の妨げになっていたモンスター。

 

 

「で、出たぁ?!」

 斬竜───ディノバルド。その竜だった。

 

 初めて見た訳じゃないけれど、ディノバルドを見たのは二年以上前。リーゲルさんのオトモンとして少し小さな個体しか見た事がない。

 だから、目の前にいる成体のディノバルドの迫力が余計に際立つ。イビルジョーにも迫る巨躯は火山の熱気もあってより大きく見えた。

 

 

「あ、あたしのせい?!」

「どう考えてもな」

「逃げる?!」

「逃がしてくれたらな!」

 突然口を開いたディノバルドの喉奥から、火球が放たれる。

 アラン達の間に着弾したソレは、液体なのか個体なのか地面に付着して直ぐに爆散した。

 

 二人は上手く避けたみたいだけど、あの攻撃はとても厄介だと思う。

 

 

「グィォゥァァアアアッ!!」

 咆哮を上げて、振り上げられたのはその鋭利な尻尾だった。

 そして、まるで大剣を振り下ろすかのように振り上げられた尻尾を私に向けて叩きつける。

 

 横に飛んでソレを交わすと、私の直ぐ隣で地面に亀裂が入って岩盤が弾け飛んだ。

 冷や汗を流しながら二人と合流する。

 

 本当は逃げたいんだけど、そう簡単には逃してくれそうにないや。

 

 

「あ、相手にとって不足はないわよ……」

「俺達は準備不足で不足だらけだがな」

「ディノバルドと戦うつもりなかったもんね」

 私達はともかく、アランはポーチを開けるためにボウガンの弾を殆ど置いてきてるから。

 

 このまま戦ってディノバルドを倒すのは難しいと思った。

 

 

 だからといって素直に逃してくれる相手でもない。

 

 なんとか戦っている間に隙を作って逃げるか、ディノバルドを倒す。

 これは命のやりとりだ。目の前の命と自分の命と向き合って、前に進むしかない。

 

 

 例えそれが望まない道でも。例え望む道が嶮しくても。どちらにしても前に進むしかないんだ。

 

 だから、私はディノバルドの命と向き合う。

 

 

 

「あなたは敵を排除したいんだよね。私達は生き延びたい。───だから……戦うよ!」

 視界から色が消えた。白と黒とだけの世界に、赤い線が走る。

 

「獣宿し……」

「ブレスが来るよ!」

 持ち上げられたディノバルドの口からブレスが放たれた。さらに横に歩いて軸をずらしながら、二発目のブレスを放つディノバルド 。

 

 二発のブレスと、着弾してから爆散する性質が厄介で私達三人はバラバラになってしまう。

 

 

 持ち上げられた尻尾が捉えたのは───アラン。

 

 

「───アラン!」

「分かってる!」

 私の声が届く前に、アランは大きく地面を転がった。

 その背後で巨大な大剣が振り下ろされる。岩盤をも切り裂く剣は、なぜか赤色から青色に変色していた。

 

 

 

「良い切れ味だ……っ」

「感心してる場合じゃないわよ?!」

 不敵に笑うアランの後ろで太刀を構えるアザミちゃん。

 

 一方でディノバルドは突然、頭まで回した自らの尻尾に噛み付く。

 そしてゆっくり尻尾を引くと、何処かで聞いた事のある甲高い音を立てながら口から火花を散らした。

 

 

「あ、あれは何してるの?」

「尻尾を研いでいるんだ。熱を加えて、威力も増す」

 自分の武器を最大限に生かす為に、何をしたら良いか分かっている。

 まるで本当の剣のように、研ぎ澄まされた刃は赤く煌めいていた。

 

 

「凄い……」

「だから感心してる場合じゃ───来る?!」

 振り上げられた尻尾()が振り下ろされる。岩盤は真っ二つになるけど、私達はディノバルドの懐に飛び込んでそれをやり過ごした。

 

「縦振りだけじゃ当たらないわよ!!」

 大きく弧を描いた太刀が、ディノバルドの脚を切り裂く。

 私も反対側の脚を攻撃して、アランは腹部に弾丸を叩き込んだ。

 

「グィォゥァッ!」

 思わずといった感じで後退しながら、ディノバルドは私達から距離を取る。

 そして、再び頭の位置に回した尻尾をその牙に咥えた。

 

 

 ただ、何かがさっきと違う気がする。

 

 まるで力を溜め込んでいるように、間合いを見定めるように、ディノバルドの青い瞳は私達に向けられていた。

 

 ───来る。

 ほぼ直感的にアザミちゃんを押し倒した。

 同時にアランがその場から飛び退いて───刹那、鋭い斬撃が頭上の空気を持って行く。

 

 

 瞬きの間に回転しながらその場を尻尾()で薙ぎ払ったディノバルドは、必殺の一撃を外した恨みか咆哮を上げて私達を睨み付けた。

 直ぐに立ち上がって、武器を構える。あんな大技を連続で使って来る事はないだろうけど、今避けられたのは奇跡だ。次はないかもしれない。

 

 

「アラン、大丈夫?!」

「大丈夫だ。よく避けたな。……来るぞ!」

 口を大きく広げるディノバルド。ブレスが放たれると思った次の瞬間、ディノバルドの真下の地面が盛り上がる。

 

「グィォウアァ?!」

 まるで地面から当然岩が生えてきたかのようなそんな光景。ディノバルドもそれには驚いて、後退しながらその岩を睨みつけた。

 

 

 巨大な白い岩はモンスターの頭のようで、それを支えるのは四本の脚。触覚のように振り上げられる()を見て思い出すのは四年前の事。

 モノブロスの頭蓋を背負ったダイミョウザザミの後ろ姿を見て、四本の脚に鋏を翼と勘違いして龍が現れたって驚いた事がある。

 

 このモンスターはその近縁種。

 

 

 甲殻種。ガミザミの成体。

 

 鎌蟹───ショウグンギザミだ。

 

 

「ギギギ……ッ、キギ、カァッ」

 グラビモスの頭蓋を背負ったそのモンスターの特徴といえば、ダイミョウザザミとは逆の方向に進化した鋏だと思う。

 鋭い鎌のような鋏は、並みのモンスターの肉なら簡単に切り裂いてしまう程だ。ダイミョウザザミが盾なら、ショウグンギザミは鉾だと例えられる。

 

 

「隠れろ!」

 普段は大人しいショウグンギザミだけど、縄張りを荒らされた時の攻撃性はダイミョウザザミの比ではなかった。

 きっと今のディノバルドの攻撃でショウグンギザミの怒りを買ってしまったんだと思う。

 

 ショウグンギザミは鋏を大きく持ち上げて、ディノバルドを威嚇していた。

 

 

 

 その間に私達は急いで岩陰に隠れる。

 ここで下手に動いて二匹に狙われるのだけは避けたかった。

 

「あたし……今───」

「アザミちゃん……? 早く!」

 なぜか放心状態のアザミちゃんの手を引っ張る。

 岩陰から二匹を覗くと、ディノバルドがブレスでショウグンギザミを牽制しているところだった。

 

 

 火に強くないショウグンギザミは思わずディノバルドに背中を向ける。

 ただそれは守るだけじゃなくて、攻撃の為の一手でもあった。

 

 地面を削りながら尻尾を振り上げるディノバルド。

 同時にグラビモスの頭蓋の口が開いて、そこから高圧の水流が発射される。

 

 水流に直撃したディノバルドはバランスを崩して攻撃を中止した。

 それでも姿勢が崩れないのは、獣竜種特有の強靭な脚力の賜物か。

 

 

 まるでグラビモスから放たれるブレスのような攻撃を、ショウグンギザミはさらに連続で放つ。

 ディノバルドもやられてばかりじゃなくて、ブレスで応戦した。

 

 そしてショウグンギザミの動きが止まったところで、再び尻尾を口に咥え───力を溜める。

 甲高い音が火山中に響いて、ディノバルドは口から火花を散らした。

 

 

 数瞬の間。

 抜き放たれた剣は空気をも切り裂く。

 

 急所を守る為にショウグンギザミが背負っていた頭蓋の上半分が消し飛ばされて、ショウグンギザミの身体も地面を転がった。

 確かにショウグンギザミも強力なモンスターだけど、ディノバルドが相手じゃ分が悪かったのかもしれない。

 

 ショウグンギザミは鋏で地面を掘って、地中に潜って行く。ヤドも壊されてしまったし、不利を察して逃げ出したのかな。

 

 

「今のうちにあたし達も逃げる?」

「……そうするか」

 ついつい見入ってしまったけど、ディノバルドはまだ警戒態勢で見付かったらまた襲ってくる筈だ。

 見付からないように、今のうちに逃げてしまおうと振り向いたその時───地面が揺れる。

 

 

「なんだ……?」

「あ、アラン前ぇ!!」

 私は、下を見るアランの背中を叩いて眼前を指差した。

 

 何処かで見た事のある頭が視界に映る。

 

 地中から頭部を出したのは、背後で自らの尻尾に噛み付いているモンスターに酷似していた。

 

 

「二匹目のディノバルド?!」

「いや、違うこれは───」

 眼前で頭蓋(・・)が揺れる。

 

 

 確かにその頭はディノバルドのものなんだけど、実際には甲殻や肉の剥がれ落ちた骨だった。

 

 

 

「ギギギ……ッ、キギガギ」

 その頭蓋を背負った(・・・・)モンスターは、鋭い鎌のような鋏を伸ばす。

 

「さっきのショウグンギザミ?!」

「あの岩陰にかくれろ!!」

 アランが咄嗟に近くの岩陰に走って、私達もそれに続いた。

 

 

 ショウグンギザミは私達には興味がないようで、振り向いて口から泡を漏らす程怒りを露わにディノバルドを睨み付ける。

 ディノバルドも再び現れたショウグンギザミを睨んで咆哮を上げた。第二ラウンドです。

 

 

 

 それにしても、ディノバルドの頭蓋を背負うショウグンギザミがいるなんて思わなかった。

 ショウグンギザミが好んで殻にして背負うのはグラビモスや巨大な貝殻が基本だから、意外です。

 

 

「ギギギ……ッ、カァァッ!」

 鋭い鎌を持ち上げて、地面に刺さる勢いで振り下ろすショウグンギザミ。

 連続で繰り出される攻撃をディノバルドは避けられなくて、自慢の尻尾(・・)でそれを受け止めた。

 

 まるで、剣と剣の鍔迫り合い。

 

 

「あのショウグンギザミ凄いね……」

「感心してる場合かしら……」

 確かに、今のうちに逃げるのが正解なんだと思うけれど。

 

 もう少しだけあのショウグンギザミを見ていたいなって、そんな事を思う。

 

 

 

 ただ、ディノバルドは再び尻尾をその口に咥えだした。

 いくら背負う殻を変えたって、ディノバルドのあの攻撃を耐えきるのは難しい。

 

 

 ただ、ショウグンギザミはここで意外な行動に出る。

 

 まるでディノバルドがそうしているように、自らの鋏を背負っているディノバルドの頭蓋の牙で挟んだのだ。

 ディノバルドと同じく、鋏は火花を散らす。そしてショウグンギザミもまた姿勢を整えて眼前の敵を睨み付けた。

 

 

 まるで時が止まったようで。

 

 数瞬か、少しだけ長い間か。二匹は風が吹いたと同時に、動きだす。

 

 

 重なる剣。

 

 

 風を斬る音と轟音が重なって、衝撃は少し離れている所に居た私達の所まで走った。

 砂埃が舞って、大きな音が鳴る。

 

 

 ───倒れていたのはディノバルドだった。

 

 

 片足から血を流すディノバルドは、何度も倒れながらやっと立ち上がる。

 そして鎌を伸ばして威嚇するショウグンギザミを少しだけ睨んで、足を引きずりながらその場を去って行った。

 

「ショウグンギザミがディノバルドに勝っちゃった……」

 驚きのあまり口が開いたまま固まってしまう。

 

 ショウグンギザミは決して弱いモンスターじゃないけど、ディノバルドは本当に強いモンスターだから尚更だ。

 でも、彼等も生き物だから。こんな大番狂わせがあってもなんにも不思議じゃない。そんな事を再確認する。

 

 

「……アレには捕まりたくないな。急いで帰るか」

「う、うん。そうだね。行こ、アザミちゃん」

「ま、まぁ……そうね」

 アザミちゃん?

 

 

 そんな訳で、私達は燃石炭の採取を終えてベルナ村へ。

 

 船の中でアザミちゃんがとても悔しそうな表情をしていたのが少しだけ印象的だった。

 燃石炭が取れなかったのが、そんなに悔しかったのかな?

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「かつて、ミィはチーズを口にした瞬間からその魅力の虜にニャりましてね。自らもチーズを作るようにニャったのです」

 大きな釜に入ったチーズを、燃石炭で溶かしながら口を開くのは店主──ニャンコック──さんです。

 

 

「世界を旅して質の良い食材を集め、チーズの魅力を引き出す料理を作っては食べ、作ってはこのお店で提供しているうちに───」

 ニャンコックさんは、中に人が入ってるんじゃないかと思える程の巨漢の持ち主。

 一体どんな食べ物を食べたらこんな身体になってしまうんだろうと思───

 

 

「───いつしかお店は、大きく立派にニャり。ミィも、大きく立派にニャったのです。ご覧のとおりですよ」

 ───ご覧の通りだった。チーズが原因だった。

 

 

「ボク、食べたくなくなってきたニャ」

「食べ過ぎなきゃ大丈夫だとは思うぞ。……思う」

 アランが自信ないのは珍しいかもしれない。

 

「でも、ずっと待ってたから楽しみだなぁ」

 やっとこの時が来て、私はうずうずしながら溶けるチーズを眺める。

 

 

 チーズフォンデュは溶かしたチーズをパン等に付けて食べるという料理だ。

 パンの他にも野菜やお肉だって、チーズには何でも合う。

 

 チーズが溶けてきた所で、ニャンコックさんが食材を机の上に並べてくれた。

 これをチーズに付けて食べていくんです。目の前には、とろとろに溶けたチーズが独特の香りを放っている。

 

 

「それでは、存分にご賞味ニャさい!」

 お腹を揺らしながらニャンコックさんはそう言って、私達は一斉に手を合わせた。

 

「いただきます」

 一斉に。

 

 

「───っぅぅ!」

 小さく切ったパンをフォークで取って、チーズを絡めてから頬張る。

 暖かいチーズが口の中に広がって、しっかりとしたパンを噛めば噛むほど絡まったチーズの風味が口の中で溶けていった。

 

 ……私はこれを食べるためにベルナ村に来たんだよ、きっと。

 

 

「し、幸せそうな顔してるわね」

「バカなんだニャ。フーフー」

 酷い。

 

「美味いか?」

「うん!」

 アランにそう答えてから、私は次の食材に手をかける。またパンにしようかな? ブロッコリーも良いけど、ソーセージも良いなぁ。

 

「セージ君は何食べる?」

「熱くて食べれなーい」

 チーズを付けたパンを困った顔で眺めながら、セージ君は口を尖らせていた。

 暖かい内に食べた方が美味しいけど、好みは人によるよね。

 

「それじゃ、私がフーフーしてあげるね!」

「やったー!」

 セージ君の持っていたフォークを持って、パンに息を吹きかけます。あまり冷めると美味しく食べられないから、加減して。

 

「───フーフー。よし、これで食べられるよ!」

「ありがとうミズキお姉ちゃん!」

 ミズキお姉ちゃんだって。……可愛い。セージ君可愛い。

 

 

「苦笑いしか出来んニャ」

 ドユコトー。

 

 

「いっぱい食べるんだよー。ねぇ、アランは美味───なんでそんなに怖い顔してるの?!」

 振り向いてみると、アランがディノバルドみたいな顔で私を見ていた。どうしたの?! 私何か変な事した?!

 

「……何でもない」

「ちょ、あ、アラン?!」

 なんでぇ?!

 

 

「コイツらクソ面白いニャ」

 ムツキが酷いです。

 

「……自分の胸に聞いてみろ」

「……あ、アラン許してよぉ」

「な、泣くな! ば、悪かった。俺が悪かった!」

「コイツら最高だニャ」

 もー。

 

 

「……あの時」

「おねーちゃん、どうしたの? はんたーの仕事疲れちゃった?」

「───っ、あ、いや、何でもないのよ。……なんでも」

 アザミちゃん……?

 

 

 

 その日のアザミちゃんはなんだか元気がなくて、どこか遠くを見ているような気がした。




久し振りにリストっぽいお話。この後は少しの間こんな感じで書いていきます。ふふふ、二つ名モンスターとXX四天王のお話です。

さてさて、五章も楽しんで頂ければ幸いです。読了ありがとうございました!

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