モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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紅兜と妖艶なる舞の中で

 湯煙が上がる。

 

 湧き出る温水は身体の芯から温めてくれて、私は力を抜いて深く溜め息を吐いた。

 隣にいるアザミちゃんは周りを忙しなく見渡しながら、身体に巻きつけているタオルをギュッと掴んでいる。

 

 朝早くの時間で貸切状態だし、そんなに身構える事ないんだけど。

 この温泉は混浴だから男の人も来るかもしれないし、気持ちが分からない訳ではない。

 

 

 でもそれよりも、今はこの気持ちの良い温泉に貸切で入浴できる事を幸せに思って満喫したいなって。

 

 

「やっぱりユクモ村の温泉は極楽だねぇ〜……」

「おっさんになってるわよ……」

 まだ十九歳です。

 

 私とアザミちゃんは、二人でユクモ村に来ていました。

 

 アランとムツキはセージ君とベルナ村でお留守番です。

 本当はムツキにも付いて来てもらうつもりだったんだけど、アラン一人を置いて行くのは心配だった。家が燃えるかもしれないし。

 

 

 今回受けたクエストは渓流でアオアシラを討伐するクエストです。

 

 目的はアザミちゃんと狩場での連携の確認。

 いつかリオレウスやリオレイアを相手する訳だから、パーティとして連携を完成させないといけない。

 なので、私達は少しずつでも一緒に狩りに向けて調整をする事に。まずは危険度の低いアオアシラが相手だ。

 

 

 だけど、危険度が低いと言っても侮ってはいけない。

 

 アオアシラの攻撃だってまともに受ければ命も危ないし、今回の相手は何人もの下位ハンターを退けて上位扱いになった強敵です。

 万全の体制で挑まないと、狩られるのは私達だ。だからこそ、こうやって温泉に浸かってるんだけどね。

 

 

「この温泉はねぇ〜、血行を良くする効果が高くて、狩場での動きが良くなったりするんだよぉ〜」

 アランとユクモ村に来た時は、彼とムツキに止められて混浴の温泉に入らせてくれなかったんだけど。

 今回は二人が居ないから気兼ねなく入る事が出来ます。勿論、男の人が居たら恥ずかしいけど今の時間帯なら大丈夫。多分。

 

 

「景色も良いし……最高だねぇ〜」

 今度はアランと入りたいな、なんて思ったり。あ、でも少し恥ずかしいかもしれない。

 あと、自分のスタイルに自信が持てなかった。幻滅されたらどうしよう、とか。

 

 

「……アザミちゃんは普通だよね」

「何それ嫌味?!」

 ユクモ村に物凄いスタイルの良い知り合いが居るんだけど、アザミちゃんは平均的だと思う。

 

 私より大きいけどね……。

 

 

 それで、噂をすればなんとやら。

 ユアミタオルを巻いた一人の女性が脱衣所から歩いてくるのが見えた。

 

 タオル越しでもしっかりとした凹凸がわかるその女性は、綺麗な黒い髪を頭の上で団子にしてゆっくりと湯に浸かる。

 いつかバレバレのお風呂でも思ったけど、やっぱりとてもスタイルが良くて羨ましく思った。

 

 

「あれ? ミヅキちゃん?」

「おはよう、ヤヨイちゃん。クエストの帰り?」

 彼女の名前はヤヨイ・ハルノ。ここユクモ村でハンター家業を勤めるハンターさんです。

 

 ヤヨイちゃんと出会ったのは三年以上前。バルバレで借りていた貸家の同居人でした。

 少し嫌な別れ方をしたんだけど、一年くらい前にユクモ村で再会して以来はギクシャクする事なく同じ狩人として接してくれている。

 

 

 私はまだ罪悪感があるんだけどね……。

 

 

「うん。ちょっと遠くまで。今渓流は大変そうだから」

「そうなんだ。……私、今日渓流のクエストで来たんだけど」

 隣に座るヤヨイちゃんの言葉に私がそう返すと、彼女は心配するような表情で顔を覗き込んできた。

 

 そんなに大変な事になってるのかな。アオアシラの筈だけど。

 

 

「その娘は?」

 ヤヨイちゃんの視界にアザミちゃんが入って、彼女は首を横に傾ける。

 アザミちゃんはそれを聞いて私の後ろに隠れました。人見知りなのかな。

 

 

「アザミちゃん。ベルナ村で今、一緒にパーティ組んでるんだ」

「あのお兄さん以外とパーティ組んでるの?」

 そう聞いてくるヤヨイちゃんは私の耳に寄ってきて、小声で「取られないようにね」と忠告してくれる。

 

 わ、分かってますよーだ。

 

 

「あ、アザミよ……。一応宜しくって言っとくわ」

「ふふ、宜しくね」

「ツンデレなんだよねぇ」

「どういう意味よ?!」

 そのままの意味です。

 

 

「それで、大変って?」

「アオアシラが暴れてるって話なのだけど。そのアオアシラが強いだけじゃなくて、縄張りを奪おうと色んなモンスターが現れてるみたいなの。ブルファンゴとか、ドスジャギィとか、大きいのだと……タマミツネ」

 私が聞くと、ヤヨイちゃんは詳しく渓流の状態を教えてくれました。

 

 アオアシラ以外を討伐する理由はないけれど、モンスターが沢山いるとちょっと大変かもしれない。

 

 

 アランにも来てもらったら良かったなって思ったけど、アランが私を信じて送り出してくれたんだから頑張ろう。

 

 

「それに、渓流付近でリオレウス亜種が目撃されたって情報もあって。……渓流に行くなら気を付けてね?」

「リオレウス……」

 ヤヨイちゃんの言葉に、小さく反応したのはアザミちゃんだった。

 

 

 黒炎王ではないけれどリオレウスである事には間違いはない。

 きっと彼女の中で、その種はとても大きな存在なんだと思う。

 

 それにしてもリオレウス亜種なんて、珍しいモンスターだよね。

 

 

「そんな訳だから、気を付けてね。二人共」

 ヤヨイちゃんの忠告をしっかりと聞いて、ギルドの人に出来るだけ渓流の状況を確認してから私達は狩場に向かった。

 

 目的はアオアシラの討伐。

 

 

 私達は命と向き合うために、生命と向き合うよ。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「ガーグァが居ない……」

 渓流には何度も来た事があるけれど、これだけ歩いてガーグァが一匹も見当たらないのは初めてだと思う。

 

 

 渓流に着いてから小一時間。

 アオアシラを探して歩き回ってるんだけど、見付けたのは縄張りを偵察していたジャギィくらいだ。

 

 本当に生態系がおかしくなってるみたい。その理由がアオアシラだっていうのは、少し不思議だけど。

 

 

「もう少し奥に行ってみるしかなさそうね。あまり突っ込むと、大型に出会う可能性もあるけれど……」

「アオアシラがそんなに奥地に居るとは思えないけど、これだけ探しても居ないならもしかするかもしれないしね」

 狩場の奥地には、大型のモンスターや強力なモンスターが居座っている事が多い。

 あまり考えられないけれど、アオアシラも今は奥地に居るのかもしれない。

 

 私達は鬱蒼と生えるユクモの木の間を通って川の下流に向かいます。

 水場にはモンスターが集まるから、まずは川を重点的に探す事に。

 

 

「……これ、なんだろ?」

 ふと視界に入ったのは、濡れた地面と大きな泡だった。

 

 川辺だから濡れているのはおかしくないんだけど、白くて大きな泡が沢山散乱しているのを見付けて首を横に傾ける。

 アランだったらこれだけでどんなモンスターが居るかとか分かるんだろうけど、私はまだまだ未熟だ。

 

 

 ただ、何か頭に引っ掛かる。

 

 

「なんか、ヌルヌルするわね」

 滑りの良い泡。ヤヨイちゃんが渓流の荒れた生態系に現れたと言っていたモンスターの中に、確か───

 

 

 

「ホゥォァァァッ!!」

 竜の咆哮が轟いた。

 

 地面を滑る音。私達は慌てて姿勢を低くする。

 

 

「そうだ、このモンスターだ」

 身体から摩擦を軽減する泡を出して、地上を滑るように移動する海竜種。

 ヤヨイちゃんも今渓流に現れていると言っていたその竜の名は───

 

 

「───タマミツネ?!」

 泡狐竜(ほうこりゅう)───タマミツネ。

 

 

「ホゥォァァァッ!!」

 海竜種特有の長細い身体は、まるで白を基調と花のようだ。頭部や背中の鮮やかなヒレが、その見た目を際立たせる。

 胴体や尻尾は濃紫色の体毛に覆われていて、海竜種としては珍しく身体の側面ではなく下側から四肢が伸びていた。

 

 これは、タマミツネが地上での活動に適した進化を遂げている証だとアランは言っていたっけ。

 活動範囲を広げる事で生きる為の道を開く。そうやってこの姿に進化してきたのなら、それはとても素敵な事だと思った。

 

 

 それはそれとして。

 

「……っ、やる気?!」

「待ってアザミちゃん。まだ武器は抜かないで!」

 私は太刀に手を伸ばすアザミちゃんに待ったをかける。

 

 この四年間、私はただアランの横に居ただけじゃないんだ。

 ちゃんと色んな事を教えてもらって、学んでいる。今はそれを活かす時。

 

 

「ど、どういう事よ……」

「私達の目的はタマミツネじゃないから……」

 タマミツネは周りに泡を撒きながら、その鋭い瞳を私達に向けて甲高い咆哮を上げる。

 この威嚇でタマミツネは相手の行動を窺っているんだって、アランにいつかそう教えてもらった。

 

 元々タマミツネは相手と正面から戦うのを好むモンスターじゃないらしくて、この威嚇で相手が逃げ出すなら追ってくる事はほとんどない。

 

 

 だから私は、武器を構えずに姿勢を低くして両手を上げる。

 アザミちゃんにも同じようにしてもらって、私達はゆっくりと後退った。

 

「私達は敵じゃないよ」

 きっとその意味は伝わらないけれど、私はゆっくりとタマミツネに語り掛ける。

 声と同時に少しずつ後ろに下がった。タマミツネは動かずに、ただ私達を睨み付ける。

 

 

「襲ってこないわね……」

「威嚇してるんだよ。これ以上居座るなら攻撃するぞって」

「分かるの……?」

「なんとなく、かな」

 でも実際には、タマミツネが何を思っているかは分からなかった。

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 だけど、お互いに敬意を払ってこの世界に生きる事は出来ると思う。

 どちらかを滅ぼすだけが答えじゃないって、私はそう思うんだ。

 

 

 だから私は、その答えと向き合う。

 

 

 

「ホゥォァァ……」

「うん。……ごめんね、ここはあなたの場所なんだよね。直ぐに出て行くから」

 勿論、私がどう思おうとタマミツネには届かない。

 

 タマミツネが私達を敵として認識してしまえば、お互いに命を懸けて戦うしかないから。

 そうならないように、出来るだけ刺激を与えないようにこの場を去るのが私の選択だった。

 

 アランならどうしたかな?

 同じ答えを出せていたら、嬉しいなって。

 

 

 もう少しで木陰という所で、妙に甘い匂いが漂ってくる。

 

 

 なんだろうこれ。

 遅れて感じたのは───異様な血の匂い。

 

 タマミツネが居るのも忘れて、私は背後を振り向いた。

 

 

 

 そこにあったのは赤。

 

 

 

 青い色彩の毛皮に、背中を守る甲殻。

 牙獣種特有のしっかりとした二足で立ち上がるその姿はまさしく、今回のクエストの狩猟目標───アオアシラ。

 

 ただ、このアオアシラは普通のアオアシラとは少し様子が違って。

 太くて筋肉質な腕を覆う分厚い甲殻や、頭部や背中の甲殻の周りに生えている毛は返り血でも浴びたかのように赤く染まっている。

 身体も普通のアオアシラとは比にならない程の巨体で、それが私達の最後でその太い腕を大きく振り上げていた。

 

 

「……アオアシラ?」

「……アオアシラ?!」

 振り下ろされる豪腕。私達は堪らず横に飛んでそれを避ける。

 

「───ホゥォァァァッ!!」

 突然のアオアシラの乱入に、タマミツネはさらに大きく甲高い咆哮を上げた。

 

 

「ちょっとこれはまずいかも……っ?!」

 急いで立ち上がって、私はアザミちゃんの手を引いて近くの木陰まで走る。

 一方でタマミツネは私達にしてきたように、アオアシラを睨んで牽制するように咆哮を上げていた。

 

 

「───グォゥァァッ」

 しかしアオアシラは両手を広げて交戦の意思を見せる。

 こうなったらタマミツネも容赦はしない。

 

 

 持ち上げられた首。開かれた口から放たれるのは高圧の水流だ。

 周りに生える背の高い草を吹き飛ばす程の威力のブレスを、しかしアオアシラはその豪腕で受け止める。

 

 そして水流を弾いた豪腕を地面に付けると、アオアシラは四肢を使って全力で駆けだした。

 比較的大型種の多い海竜種であるタマミツネ。その体躯に迫る巨躯を持つアオアシラの突進は、いくらタマミツネでも直撃したらただでは済まないだろう。

 

 しかし、タマミツネは地面に振り撒いた泡を使って滑らかに移動しアオアシラから距離を取った。

 一方のアオアシラはその泡に足を取られて地面を滑る。

 

 

 これがタマミツネの怖い所で、戦いの場に自分が動きやすいように泡を巻いて相手はその泡で動きが制限されるんだ。

 もう既に辺り一面は泡に覆われていて、普通に立っていられる場所も少ないと思う。

 

 

 攻撃を交わしたタマミツネは、泡で滑って地面に転がっているアオアシラに自分から近付いた。

 そして、太い尻尾を勢いよく叩きつける。アオアシラはまた地面を転がって、滑った。

 

 

「このままじゃあたし達の標的がやられちゃうわよ……?」

「それはそれで別に問題はないんだけど……」

 渓流の生態系を狂わせているのがあのアオアシラなら、私達はそもそもアオアシラを倒さなければならない。

 

 ただ、少しだけ気になったのはアオアシラが原因で生態系がおかしくなったという事。

 

 

 アオアシラにそんな力があるのかなって思ったけれど、目の前のアオアシラはなんだか異質だと思う。

 

 本来アオアシラは臆病な性格で、大きな音にもビックリして逃げるようなモンスターだ。

 それが、自分よりも遥かに大きいタマミツネに勇敢にも向かって行く姿は異様にも見える。

 

 

 そして、あの赤い毛の色。

 

 

アオ()アシラっていうか、アカ()アシラね」

「亜種……なのかな?」

 どちらかというと、アランの言っていた生物学的意味ではない亜種かもしれないけど。

 ダイミョウザザミは食生で体色が変わる事があるし、ディアブロスの雌は繁殖期に体色が変化するモンスターだ。

 

 なんらかの理由があって、体の一部の色が変わっているのかもしれない。

 

 

 

「グォゥァァァッ!」

 アオアシラは立ち上がると、その豪腕を強く振って周りの地面を抉り取っていく。

 土ごと吹き飛ばされる周りの泡。両腕を交互に振り回して足場を確保しながら、アオアシラはタマミツネに迫った。

 

 まさかそんな強引な手で来るとは思っていなかったのか、タマミツネは少しだけ反応が遅れてしまう。

 豪腕の切っ先がタマミツネの可憐なヒレを切り裂き、まるで花のように舞い散った。

 

 

「ホゥォァァァッ!!」

 身を引いて、尻尾をアオアシラに叩き付けるタマミツネ。

 しかしアオアシラはその尻尾を両手で受け止め、引っ張ってタマミツネを引き寄せる。

 

 強引に引きずられてバランスを崩したタマミツネに、アオアシラはその豪腕を叩きつけた。

 

 

 巨体が転がり、木々がなぎ倒される。

 あのタマミツネが地面を転がる光景が目の前で広がって、しかもそれがアオアシラの仕業だというのだから私は自分の目を疑った。

 

 

「……ホゥォァァ」

 威嚇の声を上げるタマミツネに、アオアシラは再び接近しようと地面を駆ける。

 タマミツネはそんなアオアシラにブレスを叩きつけ、アオアシラがバランスを崩して倒れている間に逃げてしまった。

 

 タマミツネとの縄張り争いにアオアシラが勝ってしまったという事実に驚きが隠せない。

 ただ、その強さ故に渓流の生態系が荒れる原因になってるんだと思う。

 

 

 

「どうする訳?」

「元々アオアシラを倒すのがクエストだから、とりあえずやれるだけやってみよう」

 もしかしたら勝てないかもしれない、なんて弱気になってたらダメだよね。

 

 なんとかこのアオアシラを倒してクエストをクリアしたい。

 アオアシラには悪いけど、渓流の特産品で生活しているユクモ村の人々にとっては死活問題だから。

 

 

 だから、あなたと向き合うよ。

 

 

 

「油断しないように」

「あんなの見て油断しないわよ」

 私達は同時に木陰から出て得物を構えた。

 アオアシラは私達を見つけるやいなや、両腕を広げて咆哮を上げる。

 

 

 空気が震えて、私達は思わずその場に固まってしまった。

 

 

「バウンドボイス?! なんなのよこのアオアシラ!!」

 舌を鳴らしながらも、アザミちゃんはアオアシラに肉薄する。

 

 大きく両手で組み付こうとしてきた巨体をいなして、身体を支える脚に刃を当てた。

 潜血が刀を濡らす。悲鳴よりも豪腕を上げたアオアシラは、後ろに回り込んだアザミちゃんに向けて身体を捻りながら腕を振り回した。

 

 

「遅い……っ!!」

 その攻撃を、アザミちゃんは後ろに跳びながら避ける。

 

 そして地面に着いた足をバネにして、大太刀を大きく素早く振り回した。

 迅速の刃から、切り口が遅れて開いて血飛沫が上がる。

 

 ただでさえ一部の毛が赤いアオアシラなのに、その毛をさらに血が染め上げた。

 

 

 

「グォゥァァァッ?!」

「……浅いわね」

 ただ、アオアシラは両腕を上げて臨戦態勢を取る。

 体躯故に肉質が硬いのか、太刀の刃も奥深くまで届いてるようには見えなかった。

 

「……っ?!」

 一度距離を取ろうとしたアザミちゃんに向けて、アオアシラは両手で交互に地面を抉りながら向かって行く。

 このままアザミちゃんだけが狙われるのはまずい。私は大きく踏み込んで、アザミちゃんと入れ替わるようにすれ違った。

 

 

 スイッチ。

 

「───こっちだよ!!」

 振り下ろされる豪腕を踏んで、身体を浮かせる。

 同時に身体を捻り、両手の剣をアオアシラに向け交互に叩き付けた。

 

 上半身に斬撃を与えながら、私はアオアシラの背後に着地する。アザミちゃんから私に標的を移したアオアシラは、振り向きながら豪腕を振るった。

 

 

「うわぁ?!」

 地面が抉られて、砂埃が舞う。

 風圧すら感じるその攻撃は、もはや普通のアオアシラとはまるで別物だった。

 

 ───でも、負けられない。

 

 

 一度目を閉じて、開く。

 

 

 視界から色が消えて、白と黒だけの世界に赤い線が走った。

 

 

 

「獣宿し……」

「アザミちゃん、来るよ!!」

 私に向けて走って来るアオアシラはしかし、微妙に進路を曲げて一周。アザミちゃんに向けて駆けていく。

 

「───舐めないで……っ!」

 彼女は太刀を構え、そんなアオアシラを視界に入れた。

 

 

 豪腕を振りながら飛び込むアオアシラの攻撃をいなして、アザミちゃんは素早く太刀を縦に振り下ろす。

 攻撃を交わされて、さらに脚に斬撃を受けたアオアシラは大きくバランスを崩して地面を転がった。

 

 そんなアオアシラに肉薄、二人で左右から得物を叩き付ける。

 起き上がったアオアシラは闇雲に両腕を振り回して、私達を振りほどいた。

 

 

 これじゃ近付けないけど、アオアシラだって限界が来る筈。

 一旦距離を置いて、アオアシラが隙を見せるのを待とうとしたその時───

 

 

 

「んぇ?」

 突然アオアシラは私達に背を向けて、近くを流れる川に向かう。

 逃げ出したのかなとも思ったけれどそんな事はなくて、アオアシラはあろう事か戦っている間に川の魚をその手で掴んで食べ始めた。

 

「舐めてる訳?!」

「アオアシラは食欲が旺盛で、戦ってる間でもこうして食事を取る事があるんだよ」

 流石に和む雰囲気に、集中力が切れて視界に色も戻ります。

 

 物凄い強いアオアシラだけど、やっぱりアオアシラなんだって安心してしまった。

 

 

 

 ───のが、私達の敗因です。

 

 

「グォゥ」

 突然アオアシラが立ち上がったかと思えば、その手にはサシミウオが握られていた。

 そのまま食べるのかな、と思った矢先。アオアシラはそのサシミウオを私達に投げつけてくる。

 

 

 そして私は、見事にそのサシミウオに直撃しました。

 

 

 冗談でもなんでもなくて、防具越しなのに骨が軋む。

 サシミウオがその場で四散する勢いの投球に直撃した私は、地面を転がって滑った。

 

 

「ミズキぃ?!」

「……っ、う……嘘ぉ」

 普通に痛い。身体中が軋む。

 

 それでも私は立ち上がって、咆哮を上げるアオアシラに視線を持ち上げた。

 

 

 

 相手は私達と本気で戦ってるのに、和んで集中力を欠くなんて狩人失格です。反省だ。

 

 

 

「大丈夫?!」

「うん、ちょっとサシミウオに当たっただけだよ……」

 そのサシミウオバラバラになってるけど。

 

 

「あのアオアシラヤバイわよ……」

 うん、確かに。これはちょっと私達には荷が重いかもしれない。

 アオアシラが普通じゃないって事が分かったから、ギルドに連絡すればそれなりの対処が取られると思う。

 

 緊急クエスト扱いで腕に覚えのあるハンターに任せるか、もしかしたら龍歴院で二つ名持ちモンスターとして名を上げるかもしれない。

 

 

 

「グォゥァァッ!」

 ここは自分の縄張りだと、そんな主張をするように身体を持ち上げて咆哮を上げるアオアシラ。

 

 ここで無闇に戦っても、私達は多分勝てない。

 それどころか命を落とす危険もあって、狩場では迅速かつ適切な判断が求められるんだ。

 

 

 

 私達はモンスターを狩る為だけにハンターをしている訳じゃないから。だから、今回は負けを認めよう。

 

 ちょっと、悔しいけど。

 

 

 

「……あなたの勝ちだよ。だけど、私達は負けない」

 アザミちゃんの手を引きながら、私はゆっくりと横に動いた。下を見ながら、軸を動かす。

 

 

「あなたは私達を殺したいかもしれない、もしかしたら出て行って欲しいだけかもしれない。でも、あなたの考えは分からない」

 人と竜は相入れない。だからこそ私達はハンターをしているんだ。

 

 

 だから戦う時は戦うし。戦わない時は戦わない。逃げる時は───全力で逃げる。

 

 

 

「グォゥァ……」

「走って!」

「え、えぇ?!」

 軸があった所で、私はアザミちゃんの手を引いて急に後ろに走り出した。

 

 

 勿論、普段ならモンスターに背を向けて走るなんて悪手以外の何物でもない。

 でも今回だけはそれは違う。その為に軸合わせもバッチリしたんだから。

 

 

 私達が走り出すと、アオアシラも追い掛けてくる。

 しかし悲鳴を上げるアザミちゃんの後ろで、そのアオアシラはバランスを崩して地面を滑った(・・・)

 

 

 あまりの勢いに私達の横を通り過ぎて行くアオアシラ。

 そんなアオアシラを横目で見ながら通り過ぎて、アザミちゃんは「どうして……」と困惑する。

 

 

「タマミツネだよ」

 急いでその場から離れながら、私は短くそう説明した。

 詳しくはユクモ村に着いてから教えたんだけど、アオアシラが転んだのはタマミツネの残していた泡を踏んだからです。

 

 私がサシミウオに吹っ飛ばされた時もタマミツネの泡で滑ったから、まだこの場にタマミツネの泡が残っている事を知った。

 だから、私達とアオアシラの間に泡が沢山あるように軸合わせをして逃げたという事です。

 

 

 

 今回はあなたの勝ちだよ。

 

 

 

 もしも、何か縁があったなら。もう少し渓流の奥で、静かに暮らしてくれたら嬉しいなって。

 

 そんな甘い考えも、願望としては個人的には素敵だって思うんだ。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

アカ(・・)アシラか……」

 アランは目を細めて眉をひそめる。

 

 

 ユクモ村での報告が終わって、私達はベルナ村に戻ってクエストの事をアランに伝えました。

 アランでもあのアオアシラの事は知らないみたいです。本当に、なんだったんだろうね。

 

「ちゃんと逃げる選択をしたのは上出来だ」

「正直、ちょっと怖かった……かな。私はやっぱりアランが居ないとダメなのかも」

「そ、そうか……」

「突然惚気だすんじゃにゃい」

 えー。

 

 

「あたしは、悔しかったわよ……。こんな事してて、黒炎王を倒せるのかって不安になったわ」

「アザミちゃん……」

 そうだよね。でも、今回の本来の目的は連携の確認だ。

 

 アオアシラと戦った時間は少しだったけど、ちゃんと連携は取れていたと思う。私としては手応えがあるクエストだった。

 

 

 クエストは失敗だけど……。

 

 

「なら、次は俺と行くか」

「み、ミズキに不満があるって訳じゃないわよ」

「そんな事は分かってる。ただの連携の確認と、お前の狩りに対する姿勢の確認だ」

「私は……」

 アザミちゃん……?

 

 

「おねーちゃん?」

「な、何でもないわよセージ」

 アザミちゃんは俯いて、小声で「私のせい……」と小さく呟く。

 

 どういう意味かは分からない。

 

 

 

「そ、そういえばねアラン。渓流で珍しいモンスターが目撃されてるみたいなんだよ!」

 少し雰囲気が暗くて、私は話題を変えようとヤヨイちゃんに聞いた話をしてみる事にした。

 

 きっとアランも興味が湧くと思うんだよね。

 

 

「珍しいモンスター……?」

「うん。あのね、渓流でリオレウス亜種を見たって人が居るらしいんだ。私は見た事がないから、羨ましいなって」

 ただ、私はこの時失念していて。

 

 

 リオレウス亜種がアランにとってどんなモンスターか、ちゃんと理解出来ていなかったんだと思う。

 

 

「リオレウス亜種……」

 目を見開いて何処か遠くを見る彼の瞳は、とても辛そうだった。




色々とモリモリ。よくも一話に纏まったなと思っております。
今回の二つ名はタイトル通り紅兜アオアシラ。次は一体どんなモンスターが登場するんですかね。お楽しみに。

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