モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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追憶と蒼炎の竜

 川を流れる水の音が心地良い。

 

 

 風が草木を揺らして、自然の音が耳を走る。

 ここはモンスターの世界だ。そう思っていたけれど、それだけじゃないとも思うんだよね。

 

 確かにこの世界を支配しているのはモンスターだと思う。

 

 だけど、その周りに草木が集まって、虫が集まって、私達人間もその恩恵を受けていて。

 色んな生き物が生きているのがこの世界なんだって、私はそんな事を思うんだ。

 

 

「あまり気を抜くなよ」

「分かってるよー。でも久し振りにアランと二人きりだから、なんだか楽しくって」

「はぁ……。クエスト中だぞ」

 呆れたようにそう言うアランだけど、ポンポンと頭を叩く手は優しくて気持ちいい。

 

 

 とてもモンスターが蔓延る場所とは思えない程和な雰囲気に欠伸もでる。

 

 流石にこれはいけない。気を引き締めなくちゃ。

 

 

「妙に静かだな」

「渓流にしては珍しいかもね」

 今回私達二人がクエストに出向いた狩場は渓流という場所だった。

 

 大きな川の流れる草木の豊かな場所で、ユクモ村の近くにある風情のある風景が特徴的な場所です。

 タンジアやユクモ村に滞在していた時期が長いから、この渓流は私達が一番良く行く狩場になっていた。

 

 だから、この妙な静けさが少し気になる。

 

 

 ギルドの報告だとさして問題がある訳じゃないという話だし、ガーグァやブルファンゴやジャギィといったこの辺りによく生息するモンスター達も至って普通に生活しているようだった。

 

 だからこそ、気になるんだけど。

 

 

 

「お、あったぞ。特産タケノコだ」

「これで全部かな」

 クエスト内容は特産タケノコの納品。

 

 ここ最近渓流の様子が不穏で、採取が危険だという事でハンターに依頼されたクエストです。

 だけど、結局何も起こらずに必要数の特産タケノコが集まってしまった。

 

 勿論、平和が一番なんだけどね。

 

 

「帰る?」

「いや、少し調べたい。気になる事もあるからな」

 アランはそんな不自然な狩場を心配しているようで、私達はもう少しだけ渓流を歩き回る事に。

 

 

 この辺りは彼の故郷もあった(・・・)場所だから、やっぱり気になるんだと思う。

 

 

「何か細かな異変があるから、俺達ハンターに依頼が来た筈だしな。……それに、被害も出てる」

 ユクモ村のギルドの人によれば、渓流で別のクエストに挑んでいたハンターが突然何者かに襲われて重傷を負った───なんて話も聞きました。

 モンスターの討伐後、素材を剥ぎ取っている間に突然後ろから炎が飛んできて大きな火傷を負ったとか。

 

 静かだと思っていたら突然小型モンスターが暴れ出したりとか、木々が少し燃えていたっていう細かな異変。

 

 

 何か居る事は確実なんだけど、これだけ歩いてもその何かは出てこないのだからこれが分からなない。

 

 

「火っていう事はやっぱりリオレウスとか、リオレイアなのかな?」

 ここは古代林じゃないから、黒炎王や紫毒姫がなんて事はないんだけど、やっぱりその名前が出てくると私の中で浮かぶのはアザミちゃんの事。

 今回はベルナ村で待っていて貰ってるんだけど、今は落ち着いていても彼女の頭の中からその二匹が消える事は難しいと思う。

 

 全く関係のない個体でも、きっと彼女は何か複雑な事を考えてしまうんじゃないかな。少なくとも、決着をつけるまでは。

 

 

 それはきっと、イビルジョーに対するアランの気持ちと同じなんだ。

 

 

 

「リオレウス……か」

 ただ、アランはその名前を呟きながら空を見る。雲はゆっくりと進んでいて、程よい風が髪をなびかせた。

 

「アラン……?」

「オトモンだったんだよ。俺の」

「そうだったんだ……」

「言ってなかったな」

 どこか遠い所を見て、彼は寂しげにそう言う。

 

「リオレウス亜種。……名前はミカヅキ。俺が初めてオトモンにしたモンスターだ」

「リオレウス亜種……。ねぇ、ちょっと前に渓流で見かけられたリオレウス亜種ってまさか───」

 私達がベルナ村に行く前、渓流付近でリオレウス亜種の目撃情報が相次いでいた。

 リオレウス亜種なんて珍しいから覚えていたんだけど、まさか───

 

 

「いや、それはない」

 私の予想は外れて、アランはそれを否定する。どうして? 絶対なんて言い切れないし。

 

 でもこの時、私は忘れていたんだ。

 アランの故郷や生まれ育った場所で何が起きたのか。

 

 

「───アイツは死んだんだ」

 表情を暗くしながら、アランはそう言う。私が何も考えずに変な事を言ったから、彼を傷付けてしまった。最低だ。

 

「ご、ごめんね……アラン。私───」

「良いんだ。……カルラのオトモンを覚えてるか?」

「ぇ、えーと、リオレイアの亜種を連れてたよね」

 モガの森やタンジア付近の森林で、彼はリオレイア亜種の背中に乗っていたのを覚えている。

 

 リーゲルさんもだけど、実際本当にライダーっていう存在をこの目で見るのは感心よりも驚きが大きかった。

 

 

「俺のオトモン───ミカヅキとアイツは兄妹でな。一緒の場所で、俺とカルラは二匹の誕生に立ち会った。その、絆石を持って」

 私の首元にあるお守りを突きながら、アランはそう言う。

 

「アランはリオレウスと戦う時なんとも思わないの……?」

 少なくとも私と居る時に彼はリオレウスと戦っていた事があるし、アザミちゃんとこれから倒そうとしている内の一匹はリオレウスだ。

 大切だったオトモンと同じ種のモンスターと戦う事に、なんの躊躇いもないのかな?

 

 

「俺はもうライダーじゃないからな。この防具だって、他のリオレウス亜種を倒して作った装備だ」

 自分の防具を突きながら、アランは笑いながらそう言う。

 

 アランが良いなら私は良いんだけど。

 

 

「とにかく、お前の言う通りそのリオレウス亜種が犯人の可能性は高いな。討伐記録を見たが、件のリオレウス亜種は倒されていないようだし」

「でも、この辺りをリオレウス亜種が縄張りにしてるなら、もっと被害が出ていてもおかしくないんじゃない?」

 それこそ私達が受けた依頼が神経質な人の依頼で、村の人達の中には普通に採取をしに来る人が多いって話も聞いたし。

 

 リオレウスが居るのにこんなに小型モンスター達が平然としているのもおかしいし、縄張りを侵しているだろう今の私達が襲われないのも変だ。

 

 

「いや、ここはそのリオレウスの縄張りにはなっていないんだろう。……例えば、餌を取りに来ているだけとかな」

「縄張りは他の場所にあるけど、偶にここに来るから異変も少ないって事?」

「好戦的なモンスターだからな。ミズキの言う通り、ここを縄張りにしているにしては被害が少な過ぎる。だとすると今調べても何も出てこないか……」

 アランは何か痕跡を探すように、辺りを見渡しながらそう言う。

 

 

 だけれどやっぱり、何も見つかりそうに───

 

 

「ん? アレは……」

 そう思った矢先、アランが何かを見つけて首を横に傾けた。

 変な物でも見つけたのかな? 彼の視線の先には茶色い液体とも個体とも言い切れない物が異臭を放って散乱している。

 

「モンスターのフン……」

 鼻を摘みながら、私はその正体の名前を口にした。

 

 

 モンスターの排泄物。サイズ的に多分大型モンスターの物だと思う。

 

 

 

「リオレウスのなの?」

「調べてみるか」

 え、どうやって。

 

「ちょ、アラン?!」

 私が首を横に傾けると、アランは腕防具を外してからその腕を排泄物に突っ込んだ。

 そうしてその中を弄って、何かを見つけたのかそれを腕ごと引っ張り出す。

 

 茶色の塊から取り出されたそれは白色の細い棒状の物。動物の身体を支える頑丈なそれはモンスターの胃の中でも溶けていなかった。

 

 

「骨……?」

「そうだ。小型の草食種を骨ごと食べている。つまり、コレは大型の肉食モンスターのフンという事になる。少なくともブルファンゴとかではないな」

 大きさ的にもジャギィやガーグァって事はありえない。だとすると、必然的にこのフンは目撃情報があったリオレウス亜種の物になるよね。

 

 

「縄張りではない場所に排泄物、か。少し引っかかるがな」

 排泄物に突っ込んだ腕の匂いを嗅いで表情を引きつらせながら、彼はベースキャンプとは別の方向に歩いていく。

 もう少し調べるのかな?

 

 

「悪い、帰る前に川で手を洗わせてくれ」

「あー。うん、そうしよっか」

 そのままで帰るのも嫌だしね。

 

 そんな訳で、私達は渓流を流れる大きな川に向かった。

 

 川の流れは緩やかで水浴びをするには丁度いい。

 そこで手に着いたモンスターのフンを落とそうと、アランは川に歩いていく。

 

 

 ───その時だった。

 

 

 

「ヴァァゥ」

 心臓が飛び跳ねる。その鳴き声を聞き間違える事はない。

 

 この世界で一番有名で、この世界で一番生息域が広くて、この世界の空の王。

 火竜。リオレウス───その亜種の姿がそこにはあった。

 

 

「リオレウス亜種?!」

「はぁ?!」

 流石のアランも、コレにはビックリしてその場に仰け反る。

 

「な、何してるんだ……」

「水浴びかな……」

 ───だって、そのリオレウス亜種は水浴びをしていたんだから。

 

 

「グォゥゥ……ヴォァァゥゥ!」

 ただ、私達に気が付いたのか。リオレウス亜種は翼を広げて私達を睨んだ。

 その時に、私はなんだか違和感を感じる。

 

 リオレウスの翼は、左翼だけが不自然に大きかった。

 左右でまるで大きさの違う歪な翼。その両方を持ち上げて、リオレウス亜種は咆哮を上げる。

 

 

「アラン!」

「お前……まさか。いや、そんな筈は……でも、なんだその翼は……」

 リオレウス亜種を見ながら、アランはうわ言のように言葉を落とした。

 

 様子がおかしいのは顔を見なくても分かる。でも、その理由は分からなかった。

 

 

「アラン?!」

 モンスターの目の前で止まっている事が危険だなんて、そんな事は私よりアランの方が知っている。

 それなのに彼は立ち尽くしてリオレウスから視線を離さなかった。

 

「アラン!!」

 しまいには彼の肩を後ろから揺らして、それでやっとアランは私の顔を見てくれる。

 その表情は何かに驚いているかのような表情で。目を見開いて、私とリオレウスを見比べていた。

 

 

 あのリオレウス亜種が何かおかしいのだろうか? もしかして───いや、それはアランはさっき否定している。

 

 なら、なぜそんな表情をしているの?

 

 

「ヴォァァゥゥ!!」

 リオレウス亜種は川から出てきて、私達を睨んだ。今にもそれを吐き出してくるかのように、口から赤い炎を漏らしている。

 

 

「……ミカヅキなのか?」

 小声でアランはそう言った。

 

 でも、さっきそのモンスターは死んだって───

 

 

「なぁ、俺だ……アランだ。忘れ───」

「ヴォァァアアアッ!!」

 火炎が地面を焼く。

 

 咄嗟に私はアランを押して地面を転がった。

 眼前の雑草は消し炭になっていて、衝撃で地面が抉れている。

 

 

「……っ、俺はバカか! すまないミズキ、逃げるぞ」

「わ、分かった!」

 直ぐに起き上がって、私は閃光玉をリオレウスの頭の前に投げた。

 視界は白く塗り潰されて、小さな悲鳴が聞こえる。

 

 私達は全速力でそこから離れて、ベースキャンプに辿り着いた。

 そこまで話す暇もなかったけれど、息を整えてからアランの様子を伺う。

 

 

「変な話をしたからか……。すまないミズキ、負担を掛けた」

「う、ううん……。もしかして私が、昔の話をさせたから……」

「いや、俺の責任だ。……アイツが生きてる訳がない」

 アランはあの時昔の事を少し思い出していたから、さっきのリオレウスを昔のオトモンと勘違いしてしまったのかもしれない。

 自分では死んだと言っていたし、落ち着いた今は「そんな訳がない」と首を横に振っていた。

 

 

「とにかく、特産タケノコは集め終わったんだ。帰ってあのリオレウス亜種の事はギルドに話そう」

「い、良いの?!」

 何故だか分からないけれど、私はアランにそう聞いてしまう。

 

 あのリオレウス亜種はアランのオトモンじゃないって言われてるのに、なんでか他のハンターにこの事を解決させたらいけないなんて思ってしまった。

 

 

「アイツはミカヅキじゃない……。ミカヅキじゃないんだ」

 言い聞かせるように、彼はそう言う。

 

 

「アランがそう言うなら、良いんだけど……」

 私達はそのまま、ギルドに戻ってクエストの達成とリオレウス亜種の事を報告しました。

 

 またアランが動揺したらいけないと思って、黙っていたんだけど。

 後で考えると、あのリオレウスが不自然なのは翼だけじゃなかったと思う。

 

 

 まずあのブレスの攻撃。

 どうしてかは分からないけど、私がアランを押し倒してなくてもあのブレスは当たっていなかった。

 偶然かもしれないし、私の見間違いで本当はそのままだと当たっていたかもしれないけれど。

 

 もう一つ。

 あのリオレウス亜種は閃光玉の後全く追ってくる気配がなかった。

 あの場所からベースキャンプまでは結構距離があるから、空を飛べば簡単に追いつける筈。

 

 それでも追いかけて来なかったのはあそこが元々縄張りじゃないから?

 しかし、モンスターのフンの事もあるし。リオレウスが水浴びっていうのも少し気になる。

 

 

 

 アレは一体なんだったんだろうか。

 

 

 アランはあの後気にしていなそうだけれど、本当は内心何か思ってるんじゃないかな。

 だから私もあの竜について色々と考えた。でも、アランには話さない。

 

 

 分不相応にも嫉妬しているのかもしれない。

 

 アランは私のだー、なんて。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「……チーズパーティ?」

 表情を引き攣らせて、アザミちゃんは腕を組みながら聞き返してきた。

 

 

「最近クエストばっかりで遊べてないし、たまには良いかなって思って」

「ぱーてぃだー!」

 私がそう言うと、セージ君は両手を上げて走り回る。喜んでもらえて何よりだ。

 

 

「でも、昨日もチーズフォンデュ食べてなかった? アンタ」

「え、そうだっけ」

「そうだニャ。……あんまりチーズばっかり食べてると、集会所のあのネコみたいになるニャ」

 頭に浮かぶのはニャンコックさんの姿。

 

 丸々してて可愛いんだけど、自分が同じようになってしまうと思うと少し気が引ける。

 

 

「そうね。気のせいかしら? 出会った時より丸くなってるんじゃない?」

 そう言うアザミちゃんに頬を抓られ、ムツキにお腹を突かれる。

 私が「やめてぇ〜」と悲鳴をあげると、二人は「プニプニ」と眼を細めた。

 

「嘘……太ってきた? あ、アラン! 私太った?!」

「ほらアラン、ミズキのお腹突いてみるニャ。プニプニニャ」

「変な事言わないでぇ!」

「ほら、突かれてきなさい」

 ムツキとアザミちゃんに押されてアランの前に連れていかれる。

 

 アランはそんな私を見て怪訝そんな顔をした。

 二人にお腹を捲られて、私は恥ずかしくて眼を閉じる。

 

 や、やめて。色々な意味で恥ずかしいからやめて。

 

 

「……お、お……お、俺に振るな」

 しかし、アランはそっぽを向いてそう言った。

 

 ど、どういう意味?! もう見るのも耐えられないの?! 私そんなにヤバイの?!

 

 

「あ、アラン?! アラーーン?!」

「俺は知らん!!」

 そんな……。

 

「これはダメね。進展しない訳だわ」

「もうボクは見てられないニャ。このウブ」

「お前ら叩き出すぞ」

 な、なんの話を……。

 

 

「ぱーてぃ、しないのー?」

 そんな会話に置いてけぼりにされたセージ君は、不満そうな声で口を尖らせる。

 

 私が言い出してしまったから、彼はその気だったらしい。悪い事をしてしまった。

 

 

「そもそもパーティなんて言える程チーズを買うにはボク達の経済状況は思わしくないニャ。茸パーティならいくらでも開けるけどニャ」

 苦笑いしながらそう言うムツキが財布をひっくり返すと、小銭が音を立てて少しだけ落ちる。

 

 討伐クエストを受注する事も増えてきたけど、セージ君の事を考えるとやっぱりアザミちゃんが長い間村を離れるのは避けたかったりで大して収入はよくない。

 勿論最低限の生活は出来てるけれど、贅沢は言えない状態だった。

 

 

「きのこぱーてぃするー!」

 ただ、セージ君は茸パーティでも良いようで、眼を輝かせてムツキに抱き着く。

 突き放すわけにもいかなく、ムツキは苦しそうな表情で助けを求めてきた。

 

「茸パーティってなによ……」

「茸料理でパーティするんじゃないかな……。それか、茸達のパーティ」

 私の頭の中には、なぜか顔の付いた茸達がはしゃぐ光景が映る。なんだこれ。

 

「まぁ、息抜きにはなるんじゃないか。茸以外の食材は当てがある」

 アランはそう言うと立ち上がり「準備を進めておいてくれ」とだけ言って家を出て行ってしまった。

 どこに食材の当てがあるのか。ヘソクリとかしてたのかな?

 

 

「まぁ、それじゃ、やれるだけやってみるかニャ」

「あたしは本でも読んでるわ」

「アザミちゃんも飾り付け手伝ってよー」

「なんであたしが……」

「おねーちゃん、さぼりー?」

「どこでそんな言葉覚えたのよ?! あー、もう。分かったわよ。やればいいんでしょ」

 渋々だけど、アザミちゃんも手伝ってくれて。

 

 私とアランが住んでいる家を、収納ボックスにあった装飾品で飾り付けていく。

 多分、両親が亡くなるまでは祝い事の度にこうやって何かしらしていたんじゃないかな。

 

 何か思い出すように飾り付けを持つアザミちゃんを見て、なんだか申し訳なくなってしまった。

 

 

「ご、ごめんね……私」

「いや、懐かしいなって思ってただけよ。あんた達が来るまでセージはあんなに楽しそうにしなかった。ずっと、パパとママはどこって寂しそうにしてた。……一応、感謝してるのよ」

 セージ君はまだ幼いけれど、だからこそやっぱり寂しかったんだと思う。

 

 

「あたしは、早くあの二匹を殺さなきゃいけないのよ」

「アザミちゃん……」

 その気持ちに向き合うのは本当に───

 

 

「帰ったぞ。肉や野菜もある」

 唐突に帰ってきたアランは、両手いっぱいに食材を抱えて机の上に置いた。

 

「え、こんなにどうしたの?!」

「財布がいてな」

 ドユコトー。

 

 

「人を財布呼ばわりするな」

 家の出入り口から聞こえたのは、聞き覚えのあるそんな声。

 赤いコートに羽帽子を被ったアランと同い年くらいの青年は、帽子を外して金色の髪と赤い瞳を露わにする。

 

「か、カルラさん……?!」

 家に入ってきたのは、ギルドナイトでアランの知り合い───そしてイビルジョーを森で暴れさせた犯人、カルラさんだった。

 

 

 ど、どうしてこんな所に。

 

 

「変な誤解はしないで欲しい。私は今はただのギルドナイトだ……」

「余計にここに来た理由が分からないんですけど……」

 なんでアランの事を敵視していた彼がここに居るのか、私にはさっぱり分からない。

 

「こいつは茸が好きだからな。茸パーティをすると言ったら喜んで他の食材を買ってくれたぞ」

「人の事をモスみたいに言わないでくれるか?! 僕はただ───あ、いや、なんでもない……」

 余計分からない!!

 

 

「あー……くそ。ただの礼だよ。お礼」

 頭を掻きながら、カルラさんは私に寄ってきて耳元に口を向けてくる。あまり大声で言えない話なのかな?

 

 

「彼女と弟君を精神的に支えてくれている、その礼だ。私はベルナ村のギルドナイトだからな」

 そう小声で言ってから、カルラさんはその二人を見比べた。

 

「私達は何も……」

「少なくとも、彼女達に前を見せたのは君さ」

 実際どうなんだろう。紫毒姫と黒炎王、その二匹と向き合う道が本当に正しい事か。私には分からなかった。

 

 

 それでも、今二人が前を向けているなら、それはいい事だと思う。思いたい。

 

 

 

「なんの話してるのよ……」

「な、なんでもないよ!」

「何それ……」

「まぁ、そんな訳だ。私はおいとまする」

 そう言って踵を返すカルラさん。え、帰っちゃうの?

 

「食べていかないのか? モス」

「誰がモスだ!!」

「食べててって下さい、カルラさん」

 アランが引き止めるなら、私もという事でカルラさんに食べていってもらえるよう説得した。

 

 少しでもお話が出来れば、彼を止める事に繋がるかもしれないと思ったから。

 

 

「……まぁ、お言葉に甘えようか」

 そっぽを向きながら、彼は近くにあった椅子に座る。よし、大成功。

 

 

 彼が悪い人じゃないって事は分かってるんだ。

 だから、ちゃんとお話をしたら分かってくれるかもしれない。

 

 

 そんな訳で始まった茸パーティ───もとい茸鍋。茸沢山だけど、カルラさんが買ってくれたらしいお肉や野菜もたくさん入ってます。

 

「お前は茸でも食べてろ」

「他の食材は僕が買ってきたんだぞ?!」

 は、話し合いを……。

 

「その肉はセージの為に育ててた奴よ」

「僕が買ってきたんだけど?!」

 話し合いを……。

 

「おじさん、僕のお肉あげるー」

「ありが───おじさん?!」

「固まってるならボクが貰うニャ。肉美味ー」

「おじさん……」

 話し合い……。

 

 

 

「まぁ……いっか」

 セージ君も楽しそうだし、アランもなんだか普段見せてくれないような顔を見せてくれていた。

 

 そんな事を思いながら私もパーティを楽しんでいると、ふとカルラさんがアランを連れて家の外に出て行く。

 カルラさんから話なんてどんな内容か気になったけれど、私が入る隙間はないんじゃないかって思って付いて行くのはやめた。

 

 アランと目が合って、私が頷くと彼も頷く。

 

 

 応援してるね。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 家の外に出て、カルラは突然腰から銃を取り出した。

 しかし俺が誰も付いて来てない事を確認している間に、彼はそれを地面に捨てる。

 

 

「なんのつもりだ?」

「これを持っていたら脅してるように見えてしまうからね。それと、帽子も外すよ。これで僕はギルドナイトでもなんでもない、ただのカルラ・ディートリヒだ」

 ただの、か。

 

「服も脱いだらどうだ」

「素っ裸になるんだけど?!」

「変態だな……」

「お前が言ったんだぞ!!」

 まるで昔のような会話に、思わず息が漏れた。さて、お茶を濁してしまったか。

 

「それで、何の用だ」

「単に聞きたかった事があっただけだ。深い意味はないよ。……アラン、どうしてライダーを辞めたんだ?」

 カルラは自分の絆石を見ながらそんな言葉を落とす。

 

 

 そうか、お前はあの後の事を知らないんだよな。

 

 

「お前が倒されてから、俺はミカヅキに裏切られたんだ」

「は? 何言ってるんだお前……」

「俺だけじゃない。村の皆が怒隻慧に殺された訳じゃない。自分のオトモンに襲われたんだ」

 俺の言葉を聞いて、カルラは信じられないと言いたげな表情で目を見開いた。

 

「なんで……」

「俺が聞きたい。それを見て思ったんだ、モンスターと絆を結ぶなんて事は本当には出来ないってな」

「お前本気で言ってるのか!!」

 胸倉を掴んで、血走った瞳で声を上げるカルラ。

 

「……とてもモンスターをこの世界から消そうなんて無謀な事を言ってる奴の態度には見えないな」

「僕は腐ってもライダーだ。例えこの世界のモンスター全てを憎んでも、サクラとだけは絆で結ばれている。一度結んだ絆は、絶対に切れない!!」

 いつか彼の父親が言っていたのと同じ事を言ってから、カルラは俺を突き飛ばす。

 

 期待していた答えを出す事はできなかったらしい。

 

 

「サクラとの絆だけは否定出来ない。……僕があんな事をしようとしてるのに、サクラは僕に従ってくれているんだ」

「ならもしサクラ以外の全てのモンスターをこの世界から消せたら、お前はどうする気だ」

「サクラと一緒にこの世界から消える。それが僕の咎だよ」

「随分と身勝手な事を言うんだな。サクラとの絆? お前が勝手にそう思ってるだけじゃないのか?」

 人と竜は相容れない。

 

 

 そんなものはまやかしなんだ。

 

 

「お前こそ……ミカヅキの気持ちなんて何も分かってないだろ!!」

「分かる訳ないだろ。アイツは俺を襲ったんだぞ! モンスターの気持ちなんて分かってたまるか」

「そうじゃない。アイツとサクラが恋仲だったって、お前知ってたか?!」

「は?!」

 カルラの奇妙な言葉に俺は思わず間抜けな声を出す。

 

 

「な、何を言ってるんだ。……お前、アイツらは兄妹だぞ」

 別にありえない話ではないが、生き物の本能的にそれは稀だ。

 

 しかし、カルラは嘘を言っているようには見えない。そんな嘘をつく理由も今はないだろう。

 

 

「僕もあの時まで知らなかったけどね。……確かにアランの言う通り、真に僕達がモンスターの気持ちを理解するなんて難しいだろう。例え絆を結んでいてもね」

 そう言ってカルラは「だけど」と言葉を続けた。

 

「なんで全部マイナスに考えるんだ。ミカヅキがお前を裏切った? どうしてそう言える」

「アイツは俺に攻撃してきたんだぞ!」

「お前を逃す為だったかもしれないだろ!!」

「な───」

 言われて、脳裏にあの時のミカヅキの姿が鮮明に映し出される。

 

 

 あの時お前は何を考えていたんだ。

 

 

「そんな……わけが」

 ありえないか?

 

 どうしてお前が俺に攻撃をしたのか。あの時何を思っていたのか。俺には本当の事は分からない。

 

 

 もう分かる事もない。

 

 

 アイツはもう死んだのだから。

 

 

 

「聞きたかった事は聞いた。……どんな答えでも、僕は進む道を変えるつもりはないけどね。ただ、気になっただけなんだ」

「お前は、なんでまだライダーで居られる。どうしてサクラと絆を結べている。……なぜモンスターを滅ぼそうとするんだ」

 立ち去ろうとするカルラに手を伸ばす。どうしてか、足は動かなかった。

 

 

「僕は竜と絆を結ぶ者(モンスターライダー)だからこそ、この世界の理を憎むんだよ。僕達の存在そのものを否定された気がしたんだ。人と竜は相容れないと言われた気がしたんだ。……それが、許せない。僕は、最強のライダーになるつもりだったんだから」

 そうとだけ言って、彼は銃や帽子を拾って片手を上げて立ち去っていく。

 

 

 彼の真意は聞けた。

 

 

 なら、俺はどうするのか。

 

 

 どうしたら良いのか。

 

 

 

「茸、美味かったよ。それじゃ、またな」

 現状カルラにはいつでも会える。

 

 

 

 答えは見つからない。

 

 

 

「アラン、カルラさんは?」

「……帰った。茸美味かったとさ」

 アイツに何を言えば良いのか、分からなかった。




ここ最近の流れでライゼクスじゃないっていうね。次回をお楽しみに!
今回は結構お話が進みました。五章ももう少しで中盤です。


なんと、このお話で合計70話になりました。本当はお礼のイラストを用意する気だったんですが、ごめんなさい時間がありませんでした。次回何か載せられたらなと思っております。

それでは読了ありがとうございました!

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