モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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始まりと終わりの竜

 火炎が地面を焼く。

 

 火竜のブレスは草木を燃やすだけでは飽き足らずに、地面を抉って岩盤を割った。

 俺達にその力を見せつけるように、隻翼───リオレウス亜種は咆哮を放つ。

 

 

「ヴォゥァァァァアアアッ!!」

 鼓膜を破らんとする程空気が震えて、俺達はその場で耳を塞がざるおえなかった。

 

 眼前で固まっていたアザミの足元に、隻翼は後ろに跳びながら火球を放つ。

 爆風で地面を転がったアザミは受け身を取って直ぐに立ち上がった。

 

 

「どんだけ体力あるのよ……っ」

 彼女は口に混じった物を唾に混ぜて吐きながら、得物を構えて悪態を吐く。

 当のリオレウスは空を飛ぶ訳ではなく、そのまま地面に着地して翼を広げた。

 

 

 堆黒尾が逃げて行くのを見てから隻翼と戦い始めたが、あれからそれなりの時間が経つ。

 しかし戦いが始まる前に脚をもつれさせていたのが嘘かのように、隻翼は俺達に牙を剥いてきた。

 

 

「弱ってはいる筈だ」

 その証拠に、隻翼の攻撃はあまり精度が高くないようにも見える。

 対して俺達は未だに大きな被弾もなく、ある程度安全に攻勢に回っていた。

 

 今も身体を回転させその肥大化した片翼で周囲を薙ぎ払う隻翼に対して、ミズキはその翼を踏んで跳躍しながら両手の剣を叩き付ける。

 隻翼もやられてばかりではなく、空中にいるミズキ向けて翼を羽ばたかせて彼女を吹き飛ばした。

 

 肥大化した翼がそれ程の風圧を生み出しているのだろう。

 一般のリオレウスにはない攻撃は、全てあの翼から放たれていた。

 

 二つ名の通りその片翼がこの竜の武器という事だろう。

 

 

 ただ、その代償なのかそれ故の力なのか。

 一般に空の王と呼ばれるリオレウスだが、隻翼はこれまで一度も空を飛ぶという事をしなかった。

 

 あの片側だけが異常に肥大化した翼では、空中でバランスを取る事も難しいのだろう。

 

 

「うわぁ?!」

 地面を転がってバランスを崩すミズキを見て冷や汗が出るが、しかし隻翼がそこに追撃を入れてくる事はなかった。

 

 地面を蹴って唸り声を上げるその竜の姿に、俺は何故か違和感を覚える。

 

 

「お前は何なんだ……」

 遠目から見ても異様に肥大化した片翼。偶然にもその翼は、村に残されていて俺のボウガンの素材になった翼と同じ───右翼だった。

 

 

 モガの森で見つかったイビルジョーの尻尾を思い出す。

 その尻尾を見て死んだと思っていたカルラのイビルジョーは生きていて、失った筈の尻尾は肥大化していた。

 

 いや、そんな事がある訳がない。そんな事は俺が一番知っている。

 

 

 アイツは死んだんだ。コイツはアイツじゃない。

 

 

 コイツはミカヅキじゃない。

 

 

 

「何してるのよ来るわよ!!」

 そんなアザミの言葉で飛んでいた意識が戻った時には、隻翼は既に眼前まで迫っていた。

 

 地面を蹴って後ろに跳ぶ。

 そんな事で飛竜から逃げられる訳もなく、俺は隻翼の脚に踏まれて捕まった。

 

 

 そのまま押し潰せば俺の身体は簡単に肉片になるだろう。

 しかし身構えた俺を隻翼は潰す事なく、むしろ力を緩めて潰れない程度に地面に押さえつけた。

 

 

「コイツ……っ!」

 抜け出そうにも抜け出せない。俺をどうするつもりなのか、体を持ち上げた隻翼と目が合う。

 

 

「グォゥァァッ」

「お前……まさか本当に───」

「そいつを離しなさい!!」

 唐突に視界に入って来たアザミは、隻翼の胸元向けて太刀を大振りに横に振った。

 自分に気を向ける意味では最良の選択だが、大振りの分だけ隙を晒す事になる。

 

 

 俺を足で器用に投げ飛ばした隻翼は、その肥大化した右翼をアザミに叩き付けた。

 そして悲鳴も上げられずに地面を転がったアザミに向けて、ブレスを放つ隻翼。

 

 起き上がろうとした彼女の身体は宙に浮いて、地面に叩きつけられる。

 俺はそれを見ている事しか出来なかった。

 

 

「アザミちゃん!!」

 直ぐにミズキが駆け寄る。

 

 隻翼はその鋭い瞳を俺に向けていた。

 

 

 

 そんな訳がない。分かっていた筈だろう。

 ミカヅキは死んだんだ。コイツはミカヅキじゃない。

 

 それなのに俺はありもしない可能性に気を取られて仲間を犠牲にした。

 

 

 何をしているんだ俺は。

 

 

 俺はもうライダーじゃない、ハンターだろう。殺せ、目の前のモンスターを殺せ。

 

 

 

「俺はお前を……殺す!!」

 アザミの安否も確認せずに、俺は銃口を隻翼に向ける。

 彼女の状態がどうあれ、今は隻翼の注意を引き付ける必要がある筈だ。

 

 引き金を引いて飛び出した弾丸が、隻翼の背中の甲殻を削る。

 ダメージが少なかろうが、俺は何度も引き金を引いた。コイツを殺せ。殺せ。殺せ。

 

 

「どうしてそんな目で俺を見るんだお前は……っ!!」

 しかし隻翼は、俺に攻撃してこようとはしてこない。

 

 ただ唸り声を上げながら、鋭い視線を向けてくる。

 

 

「眼を瞑るニャ!!」

 唐突にムツキの声が聞こえて、俺は言われた通りに眼を瞑った。

 瞼の裏まで届く強烈な光がその場を包み込む。

 

 閃光玉に視界を焼かれた隻翼は、その場で身体を回転させていた。

 強い風圧が巻き起こり、近寄る事も出来ない。

 

 

 

「アザミがちょっと重症だったから、注意を引き受けてくれてありがとニャ。一度撤退するニャ!」

 ムツキはそう言って、アザミ達のいる所まで走っていく。

 

 視線を移すと、ミズキが彼女を背負っている所だった。自分では歩けない程のダメージを負わせてしまったらしい。

 

 

「俺は……」

「グォゥァァ……ッ」

「お前は……」

 考えても仕方がない。俺はアザミを背負うのを代わって、ベースキャンプまで一度戻る。

 

 

 渓流の奥では、竜の咆哮が木霊していた。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 アザミの状態が思っていたより悪くなかったのは、不幸中の幸いとしか言えないだろう。

 

 

 俺を助けるために隻翼の攻撃に直撃し、ブレスまで受けた彼女だが大きな外傷はなく命に別状はなかった。

 ただそれだけで、重症なのは変わらない。これ以上戦う事は出来ないだろう。

 

 

「すまなかった……」

「何謝ってるのよ。……仲間を助けるのは当然でしょ」

 ベッドに横たわったまま、アザミは他所を見ながらそう言った。

 

「何を戸惑ってたのよ」

 そして、今度は俺の目をしっかりと見ながらそう言う。

 

 

 俺は答えられなかった。

 

 

「アラン、もしかして……やっぱりあのリオレウス亜種は」

 ミズキのそんな言葉に俺は首を横に振る。

 

 そんな訳がない。

 いや、認めたくないだけなのか。

 

 

 (ミカヅキ)を裏切った事を。

 

 

「アイツは俺達を攻撃してきた。俺達ハンターの敵だ」

「そんなの、違うよ」

 ミズキは俺の言葉を強く否定した。

 

 こんなにも否定される事は初めてで、俺は驚いて彼女の目を見る。

 真っ直ぐな青い瞳が俺を見ていた。その瞳に疑いの気持ちはない。

 

 

「確かに私達は敵同士だと思う。あのリオレウス亜種は倒さないといけないと思うし、私達もあの竜からしたら縄張りを荒らす敵だよ。でも、アランの言ってる()はなんだか違う気がする」

 迷いのない瞳を真っ直ぐに向けて、ミズキは強くそう言う。

 

 その意味は俺が一番知っている筈だ。それなのに、俺は何を言っているのか。

 

 

「そうだよな……。俺達はハンターで、アイツはモンスターだ。()じゃない」

 それが分かっても、俺の中の靄は晴れない。

 

 アイツがどういう存在なのか。俺の中でそれだけが引っかかる。

 

 

「アンタにとって、あの竜はなんなのよ」

「まだ動かない方が良いニャ」

 ムツキの制止も聞かずに、アザミはベッドから起き上がって口を開いた。

 

 ミズキと同じ迷いのない真っ直ぐな瞳で、彼女は俺を見る。

 

 

「答えなさい」

「アイツは───」

 認めたくなかった。

 

 だが、アイツに捕まった時にハッキリと感じた事がある。

 隻翼と目が合ってそれは心のどこかで確信に変わった。

 

 それが認められなくて、心の迷いを見せたから大切な仲間が傷付いている。

 

 

 

 認めなければいけない。

 

 

 前に進まなければいけない。

 

 

 

「───アイツは、俺のオトモンだ」

 ───隻翼がミカヅキだという事を。

 

 根拠だとか、証拠なんてものはない。

 それでも俺には分かった。もしかしたら、以前ここで出会った時から気が付いていたのかもしれない。

 

 

「ソイツは死んだって、言ってなかったかニャ?」

「なんでそう思うの?」

「……俺がミカヅキを見間違える訳がない」

 なんの根拠もない言葉をムツキとミズキに言う。

 

 しかし、二人は目を見合わせて納得してくれた。

 

 

 

「あたしだけ話についていけないのもなんだか癪ね……。でも、なんとなく分かったわ。あのリオレウス亜種はあんたにとって特別なモンスターだって事」

 目を細めながら、アザミは狩場の方を見てそう言う。

 

 今渓流にはあの隻翼(ミカヅキ)と、堆黒尾(あの時のイビルジョー)が居るんだな。

 

「そうだ……」

「ミズキ達はどうあれ、あたしはあのギルドナイトやアンタの事全く知らないわ。なんでモンスターの背中に乗ってるのか、アンタがあのリオレウスに二つ名じゃなくてあだ名まで付けてるのか理解出来ない。……でも、一つだけ言える事がある」

 そう言って、彼女は痛みを堪えながら立ち上がった。決して軽傷ではないその身体で、俺の目の前まで歩いてくる。

 

 

「あんた達はあたしの背中を押してくれたから、今度はあたしがあんた達の背中を押す。……向き合いなさい。あのリオレウスと、あんた自身の気持ちと───っ」

「アザミちゃん!」

 途中で倒れるアザミを支えたミズキは、真剣な表情で彼女をベッドまで運んだ。

 

 

「あんた……少し前のあたしと同じ目をしてるのよ。いや、もっと辛辣ね。……前を向きなさいよ」

 ベッドに横たわったまま、彼女はそう言う。

 

 

 俺は下を見ていたのか。いや、後ろを見ていたんだ。

 あの時の事が忘れられない。また同じ事が起きるのが怖くて、前を向けなかった。

 

 

 前を向かなければ、先には進めないのに。

 

 

 

「ありがとう。すまない」

「……やっと、目を上げたわね」

 不敵に笑う彼女は、表情を歪ませて瞳を閉じる。どうやら相当無理をさせたらしい。

 

 

「だ、大丈夫? アザミちゃん!」

「大丈夫じゃないわね。耳元で煩くて頭が痛いわ」

「酷い」

 ただ、アザミは短く笑ってため息を吐いた。

 

「あはは……でも、申し訳ないけど実際このざまで大丈夫じゃないわ。戦線復帰は無理ね。へっぽこハンターと笑いなさい」

 虚空を見ながら、彼女は申し訳なさそうにそう言う。

 彼女が怪我をしたのは俺の責任だ。だから、その事に関して何かを言う権利は俺にはないだろう。

 

 

「へっぽこハンター!」

 だが、ミズキは大声でそう言った。

 

「え、ここ本当に言う所じゃないわよ?!」

「へっぽこハンターだよ!」

 ただ、彼女は二度もそう言う。真剣な表情でアザミを見ながら。

 

「な、何よ……」

「あんな無茶して。アザミちゃんに何かあったら、私……」

 ミズキは泣きながらそう言って、アザミに抱き着いた。

 

 

 それを見てアザミは申し訳なさそうに彼女の頭を撫でる。

 

 

「……でも、アランを助けてくれてありがとう」

「……どっちが年上なんだか。えぇ、どういたしまして」

 俺も後でお礼を言わないとな。彼女には助けられてばかりだ。

 

 

 だが、それより先に俺は前に進む必要がある。

 

 

 

「少しの間一人にして大丈夫か?」

「その為のベースキャンプよ。ハンターなら常識でしょ」

 アザミが戦線復帰出来ない以上、俺達は三人でクエストを続行する必要があった。

 勿論クエストをリタイアするという選択肢もあるが、今はそんな事をしている暇はない。

 

 

 それはつまり怪我人のアザミをここに置いていくという事になる。

 いくらギルドが管理しているベースキャンプだとしても、ここが必ずしも安全という理由は何処にもなかった。

 

 特に今は渓流の生態系も乱れている。

 

 

「あんた達が失敗して、あのリオレウス亜種やイビルジョーが暴れ出したら危ないかもしれないわね。でも、まぁ、その時はどちらにせよって感じよ。……それに、あんた達を信じてるわ」

 彼女はそう言ってから目を瞑った。相当無理をしているのだろう、やはりその表情は歪んでいる。

 

 

「……向き合ってきなさい。今度はあんたの番よ」

 そうとだけ言って、アザミは寝息を立てた。ムツキが確認するが、命に別状はない。

 

 

「アラン……どうするの?」

「アザミにこう言われたからな。前に進むしかない」

 このまま逃げる選択肢だってあるだろう。

 

 それでも俺は前に進む事を選んだ。

 きっと、ここは分かれ道だったから。

 

 

「俺も向き合わないとな……。ミズキ、もし隻翼が───ミカヅキが現れたら絆石を一度貸してくれ」

「断る理由はないけど、どうする気なの?」

「アイツと心を通わせて、聞きたい事を聞く。その答えによっては、俺達は()になるだけだ。だけど、きっとそうはならないし。そうなっても、俺はハンターだ」

 どうしてあの時、ミカヅキが俺にトドメを刺さなかったのかを考える。

 

 

 もしあの日、お前が俺を裏切った訳じゃなかったのなら───

 

 

 

「行くぞ。俺も前に進む」

「うん!」

 前に進む為に。ここが俺の道の分かれ道だ。

 

 俺達は渓流の奥に進む。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 やけに静かに感じた。

 ついさっきまでミカヅキと戦っていた場所に戻ってきたが、ミカヅキは姿を消していて妙な静けさだけが残っている。

 

 

「居なくなってるニャ」

「どこかに行っちゃったのかな? 渓流から出て行ったりしてないと良いけど」

「いや、それはないだろうな。少なくともそう遠くには行けない筈だ。アイツは───」

 言い掛けた俺の言葉を、竜の咆哮が遮った。空気が振動しで、草木が揺れる。

 

 

 リオレウス(ミカヅキ)のではない。リオレウスの咆哮を聞き間違える訳がない事以上に、この咆哮を聞き間違える訳がなかった。

 

 

「───イビルジョーか?!」

「───グォゥラァァァァアアアアッ!!」

 森林に続く道の木々を押し倒しながら、身体中に傷を受けた一匹の竜が姿を現わす。

 

 暗緑色の体色に、大きく裂けた口。

 獣竜種特有の巨体を支える太い足で地面を蹴るその竜は、特徴的な肥大化した尻尾を引きずりながら真っ直ぐに俺達の元に走ってきた。

 

 

 ───堆黒尾イビルジョー。

 

 

「来るニャ!」

 想定外の相手に舌打ちをしながら、俺達は左右に分かれてイビルジョーの突進を避ける。

 

 

 ミカヅキとも向き合わなければならないが、コイツとも向き合わなければいけない。

 アイツが始まりの竜なら、コイツは終わりの竜だから。

 

 

「だが今来られると困る……っ」

 悪態を吐きながらも、俺はライトボウガンを構えて引き金を引いた。

 弾丸は堆黒尾の腹部を抉るが、その巨体は揺れもしない。

 

 赤黒く光る瞳で俺を睨みながら、その大口を開けて空気を揺らす。

 

 

「───っぁぁああ!!」

 俺に注意が向いている所で、ミズキは堆黒尾の懐に潜り込んで片手剣を振り上げた。

 血飛沫を被りながら、彼女はその場で回転して太い足を斬り付ける。

 

 遅れてミズキが攻撃した箇所にブーメランが当たり、俺も同じ場所に銃弾を叩き込んだ。

 

 

 いくら強大な相手だろうが、こうも同じ場所に攻撃を当てられれば無視は出来ない。

 堆黒尾は身体を回転させて真下にいるミズキを振り払う。

 

 赤黒い眼光は残光を散らしながら、俺達を見比べていた。

 

 

 

 飢餓状態───では、ないな。ただ、怒り狂っているよりも冷静な方が厄介な部分もある。

 

 

 

「そういえばお前はアイツの子供だったな……」

 コイツが産まれてから、全てが変わってしまった。コイツが怒隻慧を呼んで、俺達の村はアイツに食い殺される事になった。

 

 俺はお前も憎い。

 

 

 だけど俺はお前とも向き合わないといけないのだろう。

 

 

「なぁ、お前はあの時なんで鳴いていたんだ」

 返ってくる答えは勿論、咆哮と力を貯める動作だった。

 

「───ブレスが来る!」

 俺よりも早く反応したミズキは、ムツキを連れて直ぐにイビルジョーの懐に潜り込み、両手の剣を振り上げる。

 俺は遅れて走り、ブレスを吐きながら振り払うその頭を踏んで跳び上がった。

 

 その頭に弾丸を叩き込む。

 ブレスを外した堆黒尾は、その巨大な尻尾を地面に叩きつけて苛立ちを露わにした。

 

 それだけで地面が揺れて、ミズキはバランスを崩す。

 片脚を持ち上げた堆黒尾は動きの止まった彼女を踏みつぶそうと、その脚を勢いよく振り下ろした。

 

 

「っうわぁ?!」

 彼女は地面を転がってそれを避けるが、肥大化した尻尾が追撃するように振り下ろされる。

 そんなミズキを攫うように地面を転がって、俺は直ぐに立ち上がった。尻尾によって抉れた地面を見て冷や汗が出る。

 

 やはり、そう簡単にはいかない相手か。

 

 

「ご、ごめんね。ありがとうアラン」

「気にするな。来るぞ」

「いや、もっとヤバいのが来たニャ」

 引き攣った表情のムツキは空を見上げていた。

 

 その視線の先に映るのは、桜色の一匹の飛竜。

 

 

 

「……おでましか」

「よう、アラン。どうしても邪魔をするんだな」

 ───リオレイア亜種。

 

 

「カルラ……」

 金髪の青年を乗せた飛竜は、低空飛行を続けたまま俺達を睨み付ける。

 その背中に乗っている(カルラ)はといえば、不敵な笑みで俺達を見下ろしていた。

 

 

「クエストだからな。それに、モンスターの問題と向き合うのが俺達ハンターの仕事だ」

「そうだろうな。なら向き合えよ! やれイビルジョー!! サクラもだ。邪魔者は消す!!」

 カルラの指示と同時に堆黒尾(イビルジョー)サクラ(リオレイア亜種)が動き始める。

 

「う、嘘ぉ?!」

 実際の所最悪な状態だった。

 

 

 この状態をなんとかする方法は一つしかないだろう。

 

 

 それには彼女を信じるしかない。そして、俺の事を信じてもらうしかない。

 彼女の事を信じるのら簡単だ。だが、彼女は俺の事を信じてくれるのだろうか。

 

 

 

 少し怖い。

 だが、やるしかないだろう。

 

 

 

「ミズキ、頼みがある」

 イビルジョーから走って逃げながら、俺はミズキにそう言った。

 空から放たれたブレスを、地面を転がって避ける。

 

「な、何?!」

 立ち上がりながら聞いて来た彼女のお守り(絆石)を握りながら、俺はこう口を開いた。

 

 

「ミカヅキを連れて来てくれ」

「え……?」

 時間はない。

 

 

 理由を話している暇もない。

 

 

 今にも堆黒尾は俺達を付け狙い、その巨体からは信じられない脚力で跳び上がる。

 直撃はしなかったが脚に身体を掠めた俺達は強く地面を転がった。

 

 

「ここは俺がなんとかする。……頼む!!」

「アラン……。……分かった!」

 ただ、俺の心配は杞憂に終わる。

 

 彼女は何も言わずに立ち上がると、ムツキと一緒に二匹の竜に背中を向けた。

 そのまま全速力で走る彼女と竜の間に俺は立つ。

 

 

 

「なんだよアラン。大切な人だけ逃したってか。その程度の覚悟で僕を止めに来たのか?」

「言っただろ。俺はクエストで来ただけだ。この渓流の生態系を守る為にな。───カルラ、歯を食いしばれ」

 ポーチに手を突っ込んで、俺は目的の物を掴むとそれを空高く───サクラの目の前まで投げ付けた。

 

 するとその物体は突然強烈な閃光を放ち、視界を焼かれたサクラはバランスを保てずに地面に叩きつけられる。

 カルラの悲鳴が聞こえるが、それを無視して俺は堆黒尾に銃弾を放った。

 

 そして咆哮を上げる堆黒尾を尻目に、俺はカルラの元に走る。

 

 

「───この、アランお前ぇ!!」

「飛んでる相手を閃光玉で落とすのはハンターの基本だからな。それより良いのか?」

 頭を振り払いながら起き上がるサクラの隣で、表情を歪めるカルラに俺は問い掛けた。

 

 

「お前の自慢のオトモンが来るぞ?」

「───っ?! サクラ!!」

 次の瞬間、堆黒尾の大顎が俺達を襲う。

 しかしその牙はサクラのブレスに阻まれた。

 

 やはり、この堆黒尾はカルラの言う事を全て聞く訳じゃない。イビルジョーと絆を結ぶなんて、無理なんだろう。

 

 

「お前……っ!!」

「さて、サクラは堆黒尾の相手をしなきゃいけなくなったな。なら、お前は俺の相手をしてもらうぞ!」

 俺はカルラの首元を掴んで持ち上げ、そのまま顔面を殴り飛ばした。

 

 こんなのはミズキには見せられないからな。

 

 

 俺達の後ろでは暴れ回る堆黒尾をサクラが相手をしている。いくらサクラがカルラのオトモンで実力があろうが、イビルジョーを抑えるのは難しい筈だ。

 

 

「……っ」

「どうしてこんな事をする。お前の復讐の相手は怒隻慧だけの筈だ。この世界まで敵に回して、お前がそこまでする必要がどこにある?!」

 カルラの前に立って、俺はそう聞く。赤い瞳は何を見ているのか。

 

「分かった口を開くなよ!!」

 突然立ち上がったカルラは、俺の腹に頭突きを入れて、バランスを崩した俺を蹴り飛ばした。

 

 

「僕は本気で、最強のライダーになりたかったんだ。父さんも超えるような、最強のライダーに。竜と絆を結ぶ存在に。───それを、存在ごと否定されたんだよ。この世界の理が、僕達ライダーは間違っていると。竜と絆を結ぶなんて事は出来ないと。……こんな世界壊れてしまえばいい。こんな世界は、僕が壊してやるんだ!!」

 今度は俺の胸ぐらを掴んで、カルラは表情を歪ませながらそう言う。

 

 

 カルラは昔から純粋だった。

 いつだって真っ直ぐで、それがカルラの悪い所でもあり良い所でもある。変わらないんだなと、少しだけ安心した。

 

 

 だが、そんな純粋さが彼をここまで連れてきてしまったのだろう。

 

 

 だから、俺が止めてやるんだ。

 

 

 

 大切な友達として。家族として。

 

 

 

 同じ道を歩いていた者として。

 

 

 

 

「───だから!!」

 俺の顔なんて見えていないのだろう。俺を殴り飛ばしたカルラは絆石を持ち上げて叫んだ。

 

 

「僕は無理だと分かっていても、前に進むんだ。ライダーとして。それしか生き方を知らないから!! ライドオン、リオレイア!!」

 絆石が光り、堆黒尾を振り払ったサクラがカルラを攫っていく。

 

 再び火竜は空へ舞い上がった。さっきは不意打ちで効いたが、警戒されている以上閃光玉は効かないだろう。

 

 

 ここからは小細工なしか。正直、ミズキが来るまで俺が生きているかどうかの勝負になるだろうな。

 

 だけど、こんな所で止まる訳にはいかない。

 

 

 

「最期に教えておいてやるよ、アラン。……僕は確かにあの時から着々と密猟者の組織を集めてこの世界からモンスターを消す準備をしていた」

 これも悪い癖だが、カルラは自分が有利になると調子に乗る癖があった。

 よくモンスター相手に舐めた行動を取って逆転されていたっけか。

 

「だけど、もう僕に仲間はいない。強いて言うならウメくらいだ」

「ギルドナイトに殲滅されたか。まぁ、そうなるだろうな」

 二年前の事件の時にウェインが動いていたのだから、少なくともあの場所にいたカルラの仲間は全員消されているだろう。

 

 少しだけ不自然だとは思ったが、カルラは不敵に笑いながらこう続けた。

 

 

「違うさ。二年前、あの森には確かに大勢の仲間がいた。でも全てじゃない。……そしてあの森にいた仲間や、この二年間で僕の組織を着々と潰してきたのはギルドナイトじゃない」

「どういう事だ……?」

 あの後もその組織は残っていたが、ギルドナイトじゃない何者かによって組織は潰されたと語るカルラ。

 

 だが、ギルドナイト以外がそんな事をするのだろうか?

 

 

 そしてカルラは重々しい表情で口を開く。

 

 

「───怒隻慧だよ」

 何を言っているのか分からなかった。

 

 

「どういう……事だ?」

「そのままの意味さ。あの日から僕の組織は度々怒隻慧に襲われて、君達がベルナ村に来る前には全ての仲間が喰われた。まるで何かの意思が介入しているかのように、アイツは僕の仲間を全て食い殺したんだ」

 俺の目を真っ直ぐに見て、カルラはそう言う。

 

 

 そんな事がある訳がない。

 

 

 モンスターが意図的に人間を襲うなんて、そんな事がある訳がない。

 

 

 だからこそ俺は怒隻慧への復讐を、その命と向き合う事だと思えたんだ。

 

 

「さて、お喋りは終わりだ。ヨゾラの所に送ってやる」

「待てカルラ───」

「やれ!!」

 火竜のブレスと共に、倒れていた堆黒尾も起き上がり襲って来る。

 

 

 一体どういう事だ。怒隻慧が意図的に人間を───密猟者を襲っていたというのか?

 

 何の意思で? 怒隻慧自身の意思か。それとも───

 

 

 

「カルラ……ッ!!」

「アラン……ッ!!」

 ───それを知る為にも、ここで死ぬ訳にはいかない。

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 初めてあった時の事を思い出す。

 

 

 渓流に特産タケノコを探しに来ていた私とアランが、リオレウス亜種の目撃情報が気になって渓流を捜索していた時の事。

 道中で見つけたモンスターのフンを調べて汚れた手を洗うために、近くの川に向かったアランが見つけた竜こそ隻翼リオレウス亜種(アランのオトモン)───ミカヅキだった。

 

 

 

「ねぇ、貴方は本当にアランのオトモンだったの?」

 目の前の竜にそう問いかける。

 

 ミカヅキを探すのはそこまで難しくなかった。

 足跡がそのまま残っていたし、ムツキのおかげで足跡が薄くても大体の居場所は分かったから。

 

 

 辿り着いた岩の窪みで、隻翼───ミカヅキは眠っている。

 そんな竜の前に立って私は口を開いた。

 

 

「私達が初めてあった日、貴方は縄張りを侵されたのに執拗には追ってこなかった。追い払うだけみたいな攻撃をして、なんだか殺意を感じなかったの」

 私の声は聞こえているのか聞こえていないのか。聞こえているとしても、その意味は伝わらない。

 

 それでも私は口を開く。

 

 

「さっきの戦いもそう。あなたはアランもアザミちゃんも、殺そうとすれば殺せたのかもしれない。……考えたくないけど、多分あなたはそのくらい強い」

 あの時、私は二人を守る事が出来なかった。むしろ、私が殺されていてもおかしくなかったのかもしれない。

 

「それなのに、あなたからは殺気を感じなかった。私達を殺す気がない……そんな感じがしたの」

 そんな訳がない。

 

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 

 

 だけど、この竜は何かが違う気がする。

 

 

 

「お願い、あなたがアランのオトモンなら……アランを助けて欲しい! アランに力を貸して欲しい!」

 お守りを握って、私はそう語りかけた。

 

 ミカヅキは片目を開けて、その鋭い眼光で私を睨む。怖気付いている暇はない。

 

 

「これは絆石っていって、竜と絆を結ぶ事が出来る石なんだよね」

「どうする気ニャ?」

「私も、ミカヅキと絆を結ぶ」

 お守りを握って、いつか見たカルラさんの姿を思い出した。

 

 

 お守りを空に掲げて、瞳を閉じる。

 

 

 

「───ライドオン! リオレウス!」

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

「何も起きないニャ」

「デスヨネー!」

 知ってたよ。うん。知ってたよ。そんな簡単じゃない事くらいは知ってたよ。

 

 

「ど、どうするニャ。言う事聞いてくれないんじゃ、コイツを連れて行くなんて無理ニャ」

 疲れているのか、私達の事なんて眼中にもないのか、ミカヅキは片目を開けているだけでピクリともしなかった。

 

 

 

「まぁ、元々こうするつもりだったけどね」

「え、何する気ニャ」

 武器を替えてミカヅキに向ける私を見て、ムツキは表情を真っ青にする。

 

「私はライダーじゃないから、モンスターを自由に操るなんて出来ないよ。だから、私は私のやり方でこの竜と向き合う。だって私は───」

 真っ直ぐに振り上げた武器を、私はミカヅキに向けて振り下ろした。

 

 

 一瞬で臨戦態勢に入ったミカヅキは怒りの咆哮を上げて立ち上がる。

 

 

「───私は、ハンターだから!」

「やっぱりこうなるのかニャーーー!」

「逃げるよムツキ! アランの所まで!」

 私はずっとこうしてきた。ハンターとして、モンスターと向き合ってきた。

 

 

 

 これが私が進む道だよ。

 

 

 

 その先に居る人に追いつく為に進む道だよ。

 

 

 

「待ってて───」

 ───待ってて、アラン。今行くから。




五章も大詰めです。

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