モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
「もう……丸一日寝てるニャ。みゃぅ……心配ニャ心配ニャ」
「そう言うお前も殆ど寝てないだろ」
目の前のネコが泣き顔で俺にしがみ付いてくるので、適当にあしらって寝ているミズキの上に投げる。
「ニャ?! せっかくスヤスヤ寝てるミズキを起こしちゃったらどうする気ニャ!!」
どっちだ。
「痛くなかったかニャ?! 早く起きるニャ……みゃぅ」
どっちだ。
しかし、本当にグッスリと寝ている。
静かに目を瞑る金髪の幼い少女。こんな奴が丸一日起きてリオレウスをあそこまで痛め付けたというのだから、信じられない。
だから、これだけ眠っているのも仕方がないのかもしれない。ただ、これ以上は確かに心配になるのも分かる。
「エビフライ揚げたら匂いで起きないかニャー」
お前はこいつをなんだと思ってるんだ。
「お父さんに言って揚げてみるニャ!」
なんだと思ってるんだ。
「ミズキ……」
ムツキが厨房に向かうのを確認してから、彼女の頭を撫でる。
こんなに小さな身体で、あれだけ無理をしたんだ。仕方ないか……。
たが、本当にアレをやったのはお前か……?
「ん……ぅう…………?」
そう思っていると、突然苦しそうな声を出すミズキ。
表情を伺って見れば微量ながらも眼を開けていて、少しだけ安心させられた。
「…………エビフライの匂いがする」
そして、そんな言葉を落とした。
「……そんなバカな」
人の心配を返せ。
「やっぱり起きたニャー!」
「良く眠る子は育ちますニャ」
お前ら本当に心配してたのか。
「……はぁ、全く」
「…………えとー、どしたの? アラン」
「心配させやがって」
「痛ぁ?!」
まぁ、今は難しく考える必要はないか。
「……頭が痛い」
昨日の昼過ぎから今日の昼までほぼ一日寝ていたのだから、当たり前といえば当たり前だ。
ただ、昨日はずっと雨に打たれていた訳だし念の為に熱を測ろうと額に手をやる。
「セクハラニャ」
なんでだ。
「……ほぇ?」
明らかに常温ではない体温。いつも以上にぼけーっとしてる物だから、まさかとは思っていたが。
……風邪引いてるな。風邪だけで済んでるんだが。
「……風邪だな」
「バカって風邪引くニャ? 引かないんじゃなかったかニャ?」
「…………ムツキが酷いよぉ」
さっきまでミズキを心配していたあのネコは何処へ行ったのか。
「バカは風邪を引かないのではなく、バカは風邪引いても気付かないのですニャ」
「あ、なるほどニャ」
「…………二人……共?」
ミズキは泣いて良いと思う。
「しかし困りましたニャー。せっかくエビフライを揚げたのに、病人に食べさせる物ではないですニャ」
「あ、私エビフライ食べたら元気になれそ───」
ミズキはそう言いながらエビフライに手を伸ばす。それを防いだのはムツキと───俺の手。
ムツキと俺で揚げられたエビを平らげ、彼女の分はなくなった。
やはり、美味いな。
「……ぐすっ」
泣いた。
「ニャ?! ミズキ?! ご、ごめんニャ! そんなに食べたかったニャ?! し、尻尾だけなら体に良さそうだし吐き出すから食べるニャ?」
吐き出した奴は食べないだろ。
「ありがと……」
嘘だろ。
「今日はお粥でも用意しますニャ」
「……お粥ぅ? ハチミツ粥が良いよ」
「ハチミツありませんニャ」
「うぅ……お粥嫌だぁ……」
その歳でわがままを言うな。
昨日の疲れがまだ取れてなかったのか、ミズキは直ぐにまた眠りに着いた。
寝る子は育つと言うが───嘘かもしれない。
「困りましたニャー」
その後少しして、厨房からそんな声が聞こえる。
さて、何が困ったのか。
「どうかしましたか……?」
「ハチミツが無いとあの子はお粥食べませんニャ」
甘やかし過ぎじゃないだろうか。
「して、ハンターさん」
この次に自身が何を言われるか。ハンターとしての直感で分かるような気がした。
「ハチミツ、取ってきて欲しいニャ」
◆ ◆ ◆
「ほいっ、コックさんの依頼。モガの森のハチミツ採取ですね! 受付完了致しました!」
「なぜ、森に行く必要がある」
ギルドの受付嬢が依頼書に判子を押すのを眺めながら、俺はそう口にした。
モガの村でハチミツと言えば、数年前モガハニーという特産品を目にした事がある。
しかもこのモガハニー。人気が出過ぎて生産が追い付かずに一時期、純金と同じ様な値段で取引されていたのを目撃した。
そんなモガハニーは村の農場で作っている筈。なら態々森に入らなくても農場に行けば良いのではないのか?
「あー、ハンターさんは知りませんでしたっけ?」
「どういう事だ」
「農場、行くかニャ?」
そう言うムツキに着いて行って、俺は森に行く前に農場に出向く。
緑に囲まれた農場は機能性に優れていて、一匹のアプトノスと二匹のアイルーがせっせかと働いていた。
そんな中で、一つ違和感を覚える。
「ハチミツの箱が……壊されてるな」
それは一目で使えないと分かる程に損傷した蜂の巣箱。
何かに叩き壊されているようで、自然になったようには見えない。
「少し前に、アオアシラにここを荒らされたんだニャ。まさかこんな所にまでアオアシラが来るなんて……村はパニックだったニャ」
そう言うムツキは辛そうな表情をしていて、何かを思い出しているようだった。
「ミャミャーン! ムツキちゃんですミャー! それとー、この目付きの悪いハンターさんは誰ミャ?」
「モモナ、ハンターさんに失礼みゃ」
ムツキを見るや、仕事を中断して向かってくる二匹のアイルー。
「あ、紹介するニャ。村長さんが助っ人として呼んでくれたハンターのアランだニャ! えーとアラン、こっちのテンション高いのがモモナで大人しいのがミミナさんニャ」
どっちも同じ様なピンクの毛並みをしていて、多分雌だ。
アイルーでもやはり顔付きや体格に個人差は出る物だが、この二匹はそれがあまり感じられない。
紹介されても多分どちらがどちらか分からなくなるだろう。
「二人は双子なんだニャ」
なるほど。
「ちなみにあそこのアプトノスはジェニー。雌ニャ」
なんだその名前は。
「そのアオアシラに蜂の巣箱を壊された訳か……」
蜂の巣箱以外は至って無事なのにも納得は行く。しかし───
「そのアオアシラはどうしたんだ?」
こんな所までアオアシラが来るのもおかしい事だが、特に蜂の巣箱以外の被害が見当たらないのもおかしな話だ。
頭に浮かぶのは、昨日のミズキの姿。俺達が追いつく頃には戦いは終盤でリオレウスは瀕死だった。
「…………ミズキと三日掛けて倒したニャ」
言い難そうにムツキはそう口にする。
「思い出したくなさそうだな……」
「みゃぅ……必死だったニャ。ボクも、ミズキも……」
「あのミズキがアオアシラをやっつけられるなんて思ってもみなかったミャー! 良くやったミャー!」
「……アホモモナ」
ミズキを賞賛するモモナを後ろから叩くミミナ。
……何となく分かるのは、その時はきっと昨日と同じ状況だったという事だろう。
「みゃ、所でハンターさんは農場に用? 蜂の巣箱以外は使えるみゃ」
「むむっ、その眼はハチミツが欲しいって顔ミャ! 残念ながら蜂の巣箱は昨日の雨で更にダメにな───痛いミャ!」
「……モモナが昨日雨避けをしなかったせいみゃ」
「…………ミャーン───痛っ」
可愛らしい仕草で誤魔化そうとするが、また頭を叩かれるモモナ。きっと、こういう奴なんだろう。
「そう言う事ニャ」
「……まぁ、ハチミツを取りに行くだけなら苦でもないから問題はない」
村長にミズキの面倒も任されているからな、これも報酬の為か。
「しかしハチミツ、か。ムツキはミズキの面倒を見るんだな?」
「んニャ、アランに着いて行くニャ」
その返事は意外だった。こいつならミズキの側に居ると思っていたからだ。
俺としては、助かるがな。
「……そうか。なら、音爆弾を持ってきてくれないか?」
もしアレに出会った時、それが有れば狩らずに済───いや、何を言ってるんだか俺は。
……殺せば良い。相手はモンスターなんだから。
「んニャ、何に使うか分からないけど了解ニャ!」
そう言うとムツキは一足先に家に戻っていく。
「…………俺は、ハンターなのにな」
「ミャー、ハンターさんハンターさん。怖い顔してどうしたミャー? 暇なら手伝───痛い!」
「……最近森が変みゃ。……行くなら、気を付けて」
「……お前達も、此処にモンスターが来た時は逃げろよ」
「ミャー」
「みゃー」
そんな二匹に別れを告げて、俺もムツキを追い掛ける。
さて、ハチミツハントと行くか。
◆ ◆ ◆
「ハチミツ粥ニャー、ミズキに初めて会った時の事を思い出すニャ」
「そういや、俺はお前達の事を全く知らないな。……どんな、出会い方をしたんだ?」
ハチミツを探す為に、孤島の狩猟エリアに俺達は足を踏み入れる。
これで何度目かだからか、流石に地形は分かってきたがハチミツの位置までは把握していない。
だから、ムツキに案内を頼んで俺はその後ろを着いていく事にした。
ムツキが居なければ俺はハチミツを探すだけで捜索に無駄に時間を掛けていただろう。
そして、ハチミツといえばあのモンスターだ。農場の事もあり、この島にも奴が生息しているのは分かる。
ソレが出て来た時は、ムツキだけでは心細いだろう。ニャンター登録まではしてないようだからな。
……もしソイツが出てきて音爆弾で逃げなければ、殺せば良い。
「んニャ、ミズキとの出会い?」
「……あぁ」
聞いてくるとムツキは思い出すような仕草をした後、呼吸を整えてから口を開く。
「……ボク、実を言うとメラルーなんだニャ」
「いや、知ってる」
見た目で分かる。
「ニャ?!」
なぜ驚く。
「……本来メラルーは、アイルーと違って人間さん達に関わる事は少ないニャ。勿論、メラルーが人間を嫌いって訳じゃにゃいけど」
それは一般的な考えだった。
確かに、メラルーはアイルー程人間に友好的ではない。
むしろアイルーに化けて町や村で盗人をやっている連中すら居る、人間からしたらちょっと困った奴等だ。
「で、お前はなんでミズキのオトモになってるんだ?」
「ボク、盗むの得意ニャ」
そう言うムツキの手には、いつの間にか俺の背中にあった筈の片手剣が握られている。
「……か、返せ」
「うニャ」
素直に返してくれたムツキは、申し訳無さそうな表情で頭を下げてからこう続けた。
「ちょーっと、出来ちゃうメラルーだったボクは……やり過ぎてこわーいハンターさんに捕まってしまったニャ」
この手際なら、嘸かしやった事だろう。
ハンターのアイテムを使いこなす理由も分かった気がした。
「そしてそのハンターさんに…………筏一枚で海に流されたニャ」
鬼かそのハンター。
「良く生き残ったな……」
「命辛々だったニャ。それで、海辺に打ち上げられて弱っていたボクを助けてくれたのがミズキなんだニャ!」
それがどの位前かは、分からない。
ただ、ムツキがミズキを大切にする理由も何となく分かってしまう。勿論、それだけの事じゃないんだろうが。
「……成る程な。その時にハチミツ粥を貰ったと」
「ミズキは村のハンターの制止も聞かずに、森にハチミツを取りに行ってくれたんだニャー。ミズキはボクの命の恩人なんだニャ」
あいつは本当に優しいな。というか、ただのバカなのか?
しかし、一つだけ疑問が残る。
「ならなんで、お前が兄貴分でミズキを見てやってるんだ?」
「…………知っての通りミズキはバカニャ」
さっき命の恩人だと言った相手に対して言う言葉とは、とても思えない辛辣な言葉だ。
「お父さんに、家に住む事を許して貰う代わりにミズキの事を頼まれたニャ……。ミズキは調合すら出来ないバカなのにハンターをやるとか言い出すし、ボクが見ててあげないと本当にダメニャ」
ここまで納得の行く話もそうはない……と、思う。
「ニャ、ハチミツの匂い」
そうこう話している間に、ハチミツの在処に辿り着いたようだ。
木々が生い茂る森の中。やはりと言うべきかそこには先客が居座っている。
「ゲ、アオアシラニャ……」
木陰から覗くハチミツの在処には、ムツキの言う通りアオアシラというモンスターが堂々と座っていた。
アオアシラは青い色彩の毛皮に、背中を守る甲殻が特徴的な牙獣種。
今蜂の巣を握っているミズキの胴体と同じ位の太さの腕は分厚い甲殻に覆われ、その強度と腕力を強力な武器とする。
その腕の一撃は人の頭を簡単に持って行く威力だが、そこまで動きが早いモンスターでもなく対処は容易だ。
勿論、ミズキみたいな駆け出しハンターからすれば危険なモンスターである事には変わらないが。
「グォゥ」
幸せそうにハチミツを口に運ぶアオアシラ。
食事の邪魔をして悪いが、こちらも暇ではない。
「ムツキ、音爆弾は持ってきたな?」
「ほいニャ。こんなのどうするニャ?」
「投げろ」
「き、気付かれるニャ……」
「音爆弾程の大きさの音を聞いたらアオアシラは逃げていく。見た目より臆病だからな、奴は。……これは、覚えておいて損はない」
「あ、あの顔で臆病なのかニャ……」
勿論、人間が相手だと分かれば大きな音にもそこまで敏感ではなくなるが。
この自然で大きな音はアオアシラより強大な何かと考えるのが、生き残る為の頭の良い考え方なのだろう。
「よし、投げろ」
「ガッテンニャ!」
馴れた手つきで放り投げられた球体は、綺麗な弧を描いてアオアシラの背後へ。
地面に落ちる一歩手前。内部の火薬が爆発し、モンスターの鳴き袋が空気振動を拡張して甲高い音が辺りに広がる。
単純だが、人間に出せない高音を出す。これが音爆弾の効果だ。
「グォゥッ?!」
その音を聞いたアオアシラは、突然背中から突かれたように身体を強張らせ周りをキョロキョロと見渡す。
勿論、他に生き物は見当たらないのだが。どうにも落ち着かないのかアオアシラはハチミツを貪るのを断念して、その場を急いで離れていった。
「アランって本当にハンターかニャ……? モンスター博士とかじゃにゃい?」
「……ただのハンターだ。ハチミツが欲しいんだろ? 取りにいくぞ」
元ライダーの、な。
「これでミズキも元気満タンニャー!」
あらかじめ用意して置いた瓶にハチミツを詰め込むムツキ。
巣をなくした蜂達が行き場を失って周りを飛んでいるが、また少ししたら同じ場所に巣を作るのだろう。
この生き物達は、そういう生き物なんだ。俺達ハンターやアオアシラに文句を言う事もなく、ただ巣を作り蜜を集める。
農場の巣箱で暮らした方が幸せかもしれない……と、いうのはこいつらには伝わらないのだろう。
ただ、ハチミツに混ざっている虫の死骸に多少の感謝をしながら俺は───ポーチに入れずに捨てた。
「このくらいで良いだろう」
「んニャ。美味しいハチミツ粥作るニャ」
「手伝う事はあるか?」
「アランは焦がすから良いニャ」
こいつ。
「……アレは加減を間違えただけだと───」
「アラン後ろニャ!」
何?!
「グォォォォッ!」
殺気。それとムツキの言葉で背後のソイツに何とか反応して、ムツキを抱え地面を転がる。
直ぐに体勢を立て直し、視界に襲って来た犯人を捕らえた。
青い色彩の甲殻に、子供の体程もある甲殻で武装された腕。
その腕の攻撃が当たっただろう地面は抉られていて、クンチュウが入りそうな穴が一つ出来上がっている。
「逃げてったんじゃなかったのかニャ?!」
「別の個体だな……ハチミツに眼もくれずに俺達を釣って殺ろうとしてた訳か」
何時から居た? あの音爆弾の音を気にせず、それもハチミツでなく俺達を狙うのか。
……考えても仕方がないな。
「…………殺す」
戒めを握り締め、無駄な感情を奥へと押し込む。
「狩るのかニャ?!」
「お前は安全な木の上に登って、俺に何かあったら全力で逃げろ」
アオアシラに負ける気はないがな。
「ニャ、ここは任せるが吉な気がするニャ!」
そう言うとムツキはハチミツが入った瓶を大事そうに抱えながら器用に木を登っていった。
「グォォォォッ!」
身体を持ち上げ、両手を広げて威嚇行動を取るアオアシラ。
他の生き物にはその威嚇は有効かもしれないが、生憎俺達人間にはその行動は意味がない。
左手に蒼火竜砲【
最後の弾の反応を受け流して蒼火竜砲を背に戻しながら、背中の剣を抜いて火炎弾に怯むアオアシラに肉薄した。
「……はぁぁっ!」
息を吐くと同時に、アオアシラの左足に剣を叩き付ける。
背や腕と違い皮のみに守られた足は、切れ味も相まって簡単に肉まで刃が届いた。
「グォォォォッ!!」
吹き出す鮮血も気にせず、アオアシラは右腕を大きく振り上げて前方を切り裂く。
斬りつけた後直ぐに背後に回ったが、背後まで届く風圧がその威力を物語っていた。
首が飛ぶ訳だ。
アオアシラが目標を失って背後を振り向く間に、蒼火竜砲に火炎弾を装填する。
振り向いたその顔に火炎弾を一発だけ残し叩き込めば、アオアシラはまた大きく怯んだ。
「……はぁぁっ!」
その隙に肉薄。さっき斬りつけた左足にもう一度片手剣を叩き込む。
斬り下げ、切り上げ、斬り払い───その動作の最後に残して置いた火炎弾を叩き込み、その反動を殺さず利用し右足を軸に回転切り。
「グォォォォッ?!?!」
血の匂いと肉が焼ける匂いと共に悲痛の鳴き声を上げるアオアシラは、痛みに耐え切れずに地面を転がった。
「あ、圧倒的過ぎニャ……」
集中的に同じ場所を攻撃したんだ、立ち上がるのにも時間が掛かるだろう。
俺はその間に剣に会心の刃薬を塗り、アオアシラを始末する準備を整えた。
元は双剣だが、もう一本しか無いんだ。片手剣として使ったって問題はないだろう。
「…………殺す」
蒼火竜砲を背負い、戒めを握って呪いの様に口にする。
そうでもしなければ、俺は狩り人になれない。
俺はもう乗り人じゃないんだ。モンスターは、殺さなきゃいけない。
人と竜は、相容れない。
「…………殺───っ?!」
しかし、決意に時間が掛かって。その結果は良かったのか、悪かったのか。
「クモォォ」
「クウォォ」
倒れるアオアシラを庇うように、その場には小さなアオアシラが二匹立っていた。
小さなとは言うが、体長はざっと二メートル程だろう。成体の半分程とはいえ、油断出来る相手ではない。
「…………退け」
だから、二匹を睨み付けてそう口にする。
立ち上がろうと体長は二メートル。頭にこの剣が届けは、幼い幼体は簡単にその命を落とすだろう。
…………殺せば良い。
ギルドに許される限り、狩り人はモンスターを殺す。
殺さなければならない。
「クウォォ!」
「クモォォ!」
「……グ、ォォゥオオ」
二匹のアオアシラに、まるで逃げろと言うように必死に鳴き声を上げるアオアシラ。
親子なのか、仲間なのか。とにかくその三匹には絆が存在するのだろう。
それを切り裂く権利が……俺にあるだろうか。
アイツの事を思い出す。
どんな絆だって、自然は切り裂く。
俺達だって自然だ。
「ニャ、もう良いんじゃないかニャー?」
安全だと判断したのか、降りて来て隣に立つムツキはそう言う。
「……次はこいつ達が村の農場を襲うかもしれないぞ」
「ニャ……みゃぅ」
そうだ、これは命のやり取りなんだ。
殺らなければ、殺られる。
「ニャ…………ミズキだったら、きっと見逃すニャ」
「…………そうか」
「そうニャ」
「……俺はあいつみたいに、バカじゃない」
「ニャ……」
弾を込め、狙いを定める。
三匹か───三発で良いな。
密林に鳴り響いた銃声は、きっと周りのモンスターにも聞こえただろう。
大きな音が三回、この島の森に鳴り響いた。
◆ ◆ ◆
よく洗った米を、鍋へ。
強火で沸騰させ米を煮たら、弱火で三十分。
これが普通のお粥の作り方らしい。
クエストから帰って来てスパイスさんにハチミツを渡すと、ムツキがそうやってお粥の準備をし出した。
ミズキはというと、風邪が辛いのかまた眠っている。
「……手伝う事は? 火を見ておいてやろうか?」
「アランは触るにゃ。鍋ごと燃やされてたまるかニャ」
こいつ。
「この時にちょーっとだけ塩を入れておくとちょっとした味付けになるんですニャー」
「ニャー!」
そう言いながら厨房に入ってきたスパイスさん。
俺だけ何もしないのも悪いだろう、彼に何か仕事があるか聞いてみよう。
「俺は何をすれば良い?」
「……ニャ、えーと、ですニャ」
なぜ口籠る。
「ほいほーい! コックさん、今日のまかないはなんですかー!」
仕事を貰おうとしていると、お店の方からそんな声が聞こえた。
このハイテンションな声は、聞き慣れたあの受付嬢だろう。
「あー、えーと、あの子のまかない様にエビフライ揚げておいて欲しいですニャ。フライヤーの油、さっき火を消したばかりだからまだそのまま行けると思いますニャ」
「……分かった」
簡単な仕事だが、請け負ったからには働こう。
「温度が低そうだったら、油に火を付けて上げれば良いですニャー」
そう言うとスパイスさんはハチミツの処理に取り掛かった。
食用にするには、外で取ってきたハチミツは不純物が多いからな。
純金と同じ値段で取引されるモガハニー、どんな味がするのだろうか。
さてと、そんなことより俺の仕事は揚げ物だ。火を付けた油にエビを入れるだけだが。
辺りを見渡すと、油らしき液体が詰まった箱が視界に入る。用意してあったエビをその油に沈めると、音と泡を立てながらその肉が調理されるのが眼に映った。
「ふっ……これくらいは朝飯前だ」
「ところでこれは晩飯。晩飯前ですニャ」
「…………」
さて、エビが揚がって来るまで時間がある。
ここで俺は一つの疑問に思い当たった。この肉厚のエビが冷めかかった油でしっかり調理出来るのか?
導き出した答えは否だった。
ならば、火の温度を上げるしかない。丁度良いところに松明があって、俺はそれを手に取る。
温度を上げるには油に火をつけろと言っていたな。
「…………熱いな」
目の前の油は、燃え上がった。
まるで怪鳥の吐くブレスの様に立ち上がる火柱。天井にまで届きそうなその火を見れば火力が足りている事は一目瞭然だった。
「……完璧だな」
「ハンターさん何してるんですかぁぁ?! ちょ、スタッフ! スタッフーーー!」
「「ニャーーー?!」」
今日の俺の晩飯が黒焦げの何かになったのは……言う必要はないだろう。
◇ ◇ ◇
甘い香りで眼が覚めた。
お日様と間違いそうな程部屋の明かりが眩しいのは、私がずっと寝ていたからかな。
外はもう星空が出ていて、自分がどれだけ寝ていたのか納得するのに少し時間が掛かってしまった。
「おはよぉ?」
「寝過ぎニャ。そんなに寝るくらいだったらもう少し大きくなるニャ」
酷い。
「おはようですニャ。さっそく、ご飯の時間ですニャ。昨日から何も食べてないですからニャー」
そう言うお父さんの手にはお粥が握られている。
ぅ……私お粥嫌いなんだってぇ。
味薄いし、噛み応えがない。病人だからお粥なのは分かるんだけど……エビフライが食べたい。
そう思うとふと変な匂いがして、辺りを見渡す。うーん───焦げ臭い?
部屋の隅っこで、何故かアランは悲しい目をしながら何かを食べていた。
アラン、もしかしてまたやったの……?
「……こっちを見るな」
酷い。
「うー……私お粥嫌い」
せめてハチミツを混ぜたりしたら、食べられるんだけどね。
今農場の巣箱はアオアシラさんに壊されて使えないから、そんな贅沢は言えないみたい。
「そう言うと思ったニャ」
「?」
私の嘆きを聞くと、待ってましたと言わんばかりにムツキは後ろに隠していた瓶を持ち上げる。
透き通った黄金色の液体は、揺れる瓶の中で必要以上に揺さ振られる事もなくトロリとした食感が見た目だけでも伝わってきた。
まさしく、ハチミツ。モガの村の特産品でもあるモガハニー。
「ハチミツ粥!」
懐かしいなぁ。子供の頃大好きで、ムツキに初めて会った時も弱っていたムツキにハチミツ粥を作ってあげたんだっけ。
今はその逆なんだね。ふふっ、なんだか不思議な感じ。
「ほら、あーんしてあげるから待ってるニャ」
そう言いながらムツキは、お粥にハチミツをスプーンで垂らす。
その後少しだけ混ぜてから、そのスプーンでお粥を掬った。
混ぜ過ぎると、ハチミツがお米を絡めちゃって食感が悪くなるの。ムツキは覚えてたんだね。
「あ、あーんは良いよぉ……。この歳で、恥ずかしい……」
私、一応十五歳です。十五歳なんです。
「黙って口開けるニャ。バカのくせに風邪なんて引いて、もぅ」
「酷い」
でも、言われてしまっては逆らえません。
だって優しい優しいお兄さんのムツキの命令だからね。
「お願いします」
「うニャ。ふー、ふー」
スプーンの上のお粥を息で冷ましてくれるムツキ。
「ほら、あーんニャ」
言われるがままに、目を瞑って口を開く。
そして口にスプーンが入ったのを感触で確かめてから、口を閉じた。
途端に広がるハチミツの匂いを感じながら、私はハチミツ粥を口の中で転がす。
瞬間、お米本来の味を邪魔しないハチミツの風味が広がって、柔らかいお米の食感は体調が悪い今の私でも苦もなく噛むことが出来た。
噛む度に広がるお米の味とハチミツの風味。優しい食感が喉を通る度に、重かった身体が少しずつ軽くなって行く気がする。
「美味しいニャ?」
「うん、ありがとぅムツキ」
本当に優しいムツキ。ハチミツ粥も美味しいし、私は幸せ者です。
しかし、一つだけ疑問が。
「そういえば、このハチミツどうしたの? 農場の巣箱はまだ使えないんだよね?」
「ハチミツはアランと取りに行ったニャ」
「取りに?!」
森のハチミツがある場所には、あのモンスターが居たりする。
見た目はちょっと可愛いんだけど、とっても危ないあのモンスター。
「くまー! って襲われなかった?」
「いや、くまーってなんだニャ。言いたい事は分かるけどそんな可愛い鳴き方する生き物この世に居ないニャ」
あれ、そうだっけ。
「勿論、居たニャ。でもアランがやっつけたニャ」
「アランもハチミツ取りに行ってくれたの?!」
「……まぁ、な」
焦げた何かを食べながら、悲しい表情で返事をするアラン。
ねぇ、あなたはなんでそんな物を食べてるの……。
「……やっつけた?」
って、事は。狩ったんだよね。
きっとアランはあの怖い時みたいになって、アオアシラを殺したんだと思う。
悪い事じゃないし、ハンターとしても普通の事。
私はアランの事を勘違いしてるだけなのかもしれないけど……。
アランは、本当はモンスターを殺したくなんてないんだと思う。
じゃないと、あんな表情はしないと思うから。
だからね、私……アランにはモンスターを殺して欲しくない。
けどやっぱり、それは私の思い込みかもしれないし勘違いかもしれないよね。
「凄かったニャ。アオアシラ相手に危なげもなく全く時間も掛からずに倒したニャ。流石に二匹増えた時はどうしようかと思ったけどニャー」
二匹増えた……?
もしかして、アオアシラの家族の事かな。
私が知っているアオアシラの個体が、最近子供を連れてるのを見かけたんだよね……。
その子供達も、倒しちゃったのかな。倒した、よね。
「三匹にペイント弾を射ってその場は逃がしてやったんだけどニャー。ペイント弾があるから当分は村に近付いても丸分かりニャ!」
───へ、ペイント弾? 逃がした。
「あ、アラン……?」
「三匹も相手してられないだろ。……勘違いするな、俺はお前みたいな甘い考えで見逃した訳じゃない」
もぅ、そんな事言われなくても分かってますよーだ。
ふふっ。
「ムツキ、アランも…………ありがとね」
二人にお礼を言います。
なんだか分からないけど、今とっても気分が良いんだよね。
うん、風邪も治ったし。明日から頑張ろう!
「明日からまた特訓するぞー!」
「「病人は寝てろ」ニャ」
え、息ピッタシ?!
なんて、私が寝てる間に色々あったみたいです。
明日は私も、そんな素敵な体験に立ち会いたいなって。そう思ったんだ。
謎 の 飯 テ ロ 要 素 。
モガの村に居る間にやっておきたかったんですよね。
アランのボウガンですが、装填数と反動が普通の蒼火竜砲と違ったりします。
おいおい装備の事も後書きで説明する時が……来るかもしれません。
今回の言い訳。
熊は子育てします←
モンハンの世界の蜂ですが、なんで攻撃してこないのでしょうね。ハンターが屈強過ぎて気にしてないだけなのか? ならオトモはどうなるって話ですが。
なので、こんな謎の解釈に。都合の良い蜂さん達ですが、一匹が一生の内に集める蜜はスプーン一杯分らしいです。そこ、虫の死骸捨てない。
不定期なので、またお会い出来る日がいつかは分かりませんがまたお付き合い頂けると幸せに思います。
厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。