モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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物語と答えの先で待つ者

 風の音。

 草木が揺れるけれど、それ以外の音は何も聞こえない。

 

 

 まるで時間が止まっているかのような、そんな不気味な感覚を感じた。

 静まり返った遺跡平原の土を踏む私達の足音が妙に大きく感じる。

 

「静かだね」

「静か過ぎる」

 私が言うと、アランは怪訝そうな声でそう言った。

 

 確かに彼の言う通り。生き物の命が芽吹く平原にしては静か過ぎる。

 周りには草食種のモンスターに食べられた後のような草が見えるから、アプトノスが居るとは思うんだけど、やっぱりその姿は見えなかった。

 

 

「ウェインが調べてた話によると、ここ最近何回か地震があったみたいだよ。関係あるかは分からないけど」

「地震……」

 シノアさんの言葉を聞いて、アランは顎に手を当てて考え込む。

 私も何か引っかかるような気がした。

 

「モガの村も地震が起きて、モンスター達の生態がおかしくなってたニャ」

 少し遠くを見ながら考えていると、ムツキがそんな事を言う。それで私も喉に引っかかっていた物が取れた気がして「あー」と間抜けな声が漏れた。

 

 

「地震が関係あるかは分からないが、頭の隅に置いておくに越した事はないな」

「分かんないわね。普通に地震とか関係なく、イビルジョーが居るからモンスター達が逃げちゃったって事じゃないの?」

 私達の話を聞きながら頭を抱えていたアザミちゃんは、口を尖らせながらそう言う。

 そんな彼女の肩を叩いたのはアキラさんだった。

 

「もしそうなら、というより……普通ならあるハズの物が見当たらないからアランちゃん達は怪訝に思ってるのよ」

「見当たらないもの……?」

「アプトノスの死体、ね」

 アキラさんがそう言うと、アザミちゃんは思い出したように手を叩く。

 彼の言う通り、やけに静かな遺跡平原はイビルジョーが現れたとは思えない程に綺麗で静かだった。

 

 

「そういう事も踏まえて、何が起きるか分からない。色々な可能性を踏まえ、理解していればいつかそれが役に立つ……かもしれない。でも、それが狩人ってものよ」

「知っておいても損はない、ですか」

 アザミちゃんがそう言うと、アキラさんはアランと二人を見比べて短く笑う。

 アランの師匠でアキラさんの妹さん、ヨゾラさんの口癖がこうやって広がっていくのが嬉しいのかもしれない。

 

 

「まぁ、考え過ぎるのもなんだけどね。私達の仕事はあくまで怒隻慧の討伐。それさえクリアしてしまえば、余計な事は考えなくて良いんだし」

「相変わらずドドブランゴみたいな物言いね」

「うっさい! てかドドブランゴ関係なくない?!」

「ドドブランゴは結構賢いぞ」

 アランの微妙にフォローになってないフォローを聞いて、シノアさんは口を尖らせてアキラさんはニヤニヤと口角を吊り上げた。

 

 パーティの雰囲気としては良いけれど、そろそろ気を引き締めないといけないと思う。

 

 

「あ」

 そう思った矢先、私達の行く道の先に一匹のモンスターが現れた。

 後脚だけでその身体を支えるその竜は、尻尾を振りながら口を開いて並んだ鋭い牙を私達に見せつける。

 

「クックルルゥ……ウォゥッ」

 夕焼け色の身体と頭の襟巻きが特徴的なモンスター。

 

 

 鳥竜種。ジャギィ。

 私にとって少し特別なモンスターが、そこには居た。

 

 

「ジャギィか……」

 怪訝そうな表情でそう言うアランに続いて、アザミちゃんが「一匹だけ?」と首を横に傾ける。

 ジャギィは本来ボスであるドスジャギィの元で群れを作って、複数で行動するモンスターだ。

 

 縄張りの偵察の為や食料調達の為に群れから離れる事はあるかもしれないけれど、一匹で行動してるのは珍しいかもしれない。

 

 

「グォゥッ」

 そんなはぐれジャギィは、威嚇するように私達の前に立ち塞がる。

 この先には行かせないと言いたげなようで、どこか懐かしいような不思議な感覚を感じた。

 

 

「倒しちゃう……?」

「それはダメよ。……多分」

 シノアさんの言葉にそう返すアザミちゃん。私は少し驚いたけれど、アザミちゃんは私を見るなり口を尖らせてそっぽを向いてしまう。

 

「どうせミズキが嫌がるでしょうし」

「アザミちゃん……」

 他にも理由はあるけれど、アザミちゃんが私の事を理解してくれているみたいに感じて少し嬉しかった。

 

 

 シノアさんは「でも、どうしよう?」と困った顔をするけれど、ジャギィがどうこうじゃなくてジャギィが此処に居る理由が問題なんだと思う。

 

 

 

「そもそもどうしてコイツがここに居ると思う? しかも一匹で」

 前に一歩踏み出しながら、アランがそんな事を言った。

 

 アキラさんもシノアさんも、アザミちゃんも首を横に傾ける。

 ムツキは目を細めていて、アランはそんな皆を見渡してから私と目を合わせた。

 

 

「餌を探している……?」

 いつかのことを思い出しながら、私はそう答える。

 

 すると思い出すのはモガの森での出来事。何度も驚かされた、不思議な体験の始まりの一ページ。

 

 

「ドスジャギィ……」

 ふと漏れた言葉に、アランは笑みを見せながら「その可能性が高い」と答えた。

 

「どういう事よ」

「群れやボスに何かがあった。それで群れがバラバラになったか、或いは群れの数が減ったかのどちらかだろう」

 群れの個体数が減ると、それは群れとしての機能を果たせなくなって個体はバラバラになってしまう。

 ただ、それだけならこのジャギィの様子はおかしいと思った。群れに属さないジャギィはとてもじゃないけど強い存在とはいえない。

 

 私達に対してこんなにも強気でいるという事は、多分群れはまだ機能しているんじゃないかな。

 そしてやっぱり思い出すのは、モガの森での事。脳裏にはあの時の不思議な体験が浮かんでくる。

 

 

「……あなたの群れのボスは、何処にいるの?」

 不思議と、無意識にそんな言葉が出てきた。私の言葉を聞いたアランは満足気な表情で、他の皆は不思議そうな表情をしている。

 

「ボスって、ドスジャギィの事?」

「うん。多分、この先にいると思うんだけど」

 アザミちゃんの質問にそう答えると、彼女は「なんで分かるの?」と再び問い掛けてきた。

 

 

「なんとなく……かな」

 ただ、私もどうしてそう思ったのか分からなかったし正直自信もない。

 でも何か確信めいたものを感じて、私は前を見る。

 

 絆石を握ってジャギィの瞳を見ると、そのジャギィは短く鳴いて周りを見渡した。

 

 

「さっきまであんな事言っておいて、なんとなくで良いの?」

「ハンターの勘って奴じゃない?」

 アザミちゃんとシノアさんが話している前で、ムツキは少し鼻を上に上げると眉間に皺を寄せる。

 どうかしたのかな? 不思議に思って聞こうとした寸前、ジャギィは走って平原の奥に進んでいってしまった。

 

 

「行っちゃったわよ?」

「付いていくか」

 アランが先頭を歩く。

 

 私はその後ろでムツキにならんで、彼に「どうかしたの?」と問い掛けた。

 

 

「なんか嗅いだ事のある匂いを感じるニャ」

「……怒隻慧?」

「いや、そうじゃないんだけどニャ」

 難しそうな表情をするムツキだけど、ムツキが感じてる匂いを私は感じる事も出来ないから一緒に悩む事も出来ない。

 なんの匂いかは気になるけれど、それがなんだとしても多分前に進めば答えは相手からやってくる。そんな気がした。

 

 

「この先は蔦の洞窟ね。ドスジャギィの巣になっているそうよ」

 蔦が生い茂り、日の光も届きにくい薄暗い空間。そういえばここ、来た事がある気がする。

 

 アレは確か───

 

 

「ニャ、誰だニャこんな所に特産キノコなんて置い───ぁぁぁあああああ!!!」

 蔦で出来た道を降りて地面を歩こうとした所で、ムツキが突然大声を出した。

 モンスターを見かけないとは言っても流石にその大声は危ないと思う。だけど、ムツキの異様な反応は気になった。

 

 

「……思い出したニャ」

「何を?」

「ねぇ、ちょっと……あれ」

 私が首を横に傾けていると、ムツキの横で口を押さえながらアザミちゃんが洞窟の奥を指差す。

 

 

 その先にいたのは、横たわっている一匹の竜だった。

 

 

 

「───ドスジャギィ」

 ジャギィの数倍もある体躯と、大きなエリマキが特徴的な群れのボス。ドスジャギィ。

 横たわっているドスジャギィは脚に怪我を負っているように見える。

 

 それで立ち上がれないのか、私達を見付けても頭を持ち上げるだけで攻撃してこようとはして来なかった。

 周りのジャギィやジャギィノスは私達を睨んでいるけれど、同じく襲ってこようとはしてこない。ボスが怪我をしているから、きっと彼を守ろうとしているんだと思う。

 

 

 ふとモガの森でアランと見た光景を思い出した。あの時と、殆ど同じ。

 

 

 

「あのドスジャギィ……もしかして───」

 そんなジャギィ達の縄張りを見渡していると、私は思い出したようにある事に気がつく。

 

 ドスジャギィの傷。立ち上がれない原因になっている脚の傷じゃなくて、持ち上げた頭の左側。

 まるで何かに抉られたようにそのドスジャギィの左眼には傷跡が残っていて、痛々しくもその瞳からは光が失われていた。

 

 

 その傷はきっとここ最近についた物じゃなくて、ずっと昔に負った傷なんだと思う。そして、その傷は───

 

 

 

「あの時の……ジャギィだニャ」

「嘘……」

 ───私が付けた傷だ。

 

 

 

 ムツキが感じていた嗅いだ事のある匂い。

 それはきっと、このジャギィ───ドスジャギィの匂いだったんだと思う。

 

 バルバレにいた頃、私が自分の身勝手で傷付けたジャギィさんはそれでも私を守ってくれた。

 怒隻慧と始めて戦った時、私を助けてくれた事もある。

 

 そしてバルバレを離れる時私が見たのは、一匹のジャギィノスと番になっていたこのジャギィだった。

 

 

 

「あなた……なの?」

 手を伸ばす。

 

 きっとあの後、沢山頑張って群れを作ったんだ。

 あんなに小さかったジャギィが、こんなに大きくなって。群れを守るために怪我をしたんだと思う。

 

 だから群れの皆はあなたを守ってるんだよね。

 

 

 私が手を伸ばすと、周りのジャギィ達がドスジャギィとの間に割って入ってきた。

 きっとこのドスジャギィを助けたいんだよね。

 

 

 

「アラン……」

「助けるか?」

 私が振り向くと、彼はいつかのようにそう言う。

 

 あの時、私は命と向き合う覚悟なんて出来ていなかった。ただ目の前の命に同情して、気持ちのままにアランに助けを認めたんだと思う。

 その意味も深く考えず、感情のままに。

 

 

 それが良い事か悪い事かって事じゃなくて。

 

 

 目の前のいのちと向き合う覚悟が必要なんだ。

 

 

 

「見た感じ脚の傷の治りが悪い。おおかたコイツを襲った奴の牙でも刺さったままになってるんだろう」

「ねぇ、アラン」

 ドスジャギィの状態を観察してそう言うアランに、私は武器を突き出して言葉を漏らす。

 アランは目を丸くしていたけれど、私の目を真っ直ぐに見てゆっくりと頷いてくれた。

 

「……私に、やらせて欲しい」

 危ないなんて事は分かっている。そのくせこの行動になんの意味があるのかなんて、全く想像も付かない。

 

 

「……分かった」

 でもそう言って、アランは私の武器を受け取ってくれた。

 

 

「な、何する気よ」

「皆、私を信じて……絶対に武器を抜かないで欲しい」

 いつかの彼みたいな事を言って、私はドスジャギィの元にゆっくりと歩いていく。

 

 

「ウォゥッ」

 一匹が威嚇した。そこで私は止まる。

 

「……あなた達のリーダー助けたいの。お願い、通して」

「グゥゥ」

 私を睨む一匹のジャギィは、私とドスジャギィを見比べながら唸り声をあげた。

 ドスジャギィはそれに対して何かする訳でもなく、ただ黙って成り行きを見守っている。

 

 

「大丈夫。私は武器も持ってないよ。……あなた達のリーダーを傷付けたりしない。……ね?」

 手を上げながら、私はジャギィにそう語りかけた。この言葉が通じているのかは分からない。

 だけど、ジャギィは何度か私とドスジャギィを見比べてからゆっくりとその場から少し離れて行く。

 

 

「ど、どういう事よ。何したのよミズキ」

「ミズキちゃん……」

「アランちゃん、あなた何を教えたのよ」

「俺は大した事は教えていない。自分で考えて、自分で出したミズキの答えだ」

 私はドスジャギィに手を伸ばして、その鼻先にゆっくりと触れた。

 

 

「あなたなの?」

 左眼の傷。

 

 

 ドスジャギィがふと口を開けるのを見て、私はゆっくりと手を引き戻す。

 覚えてる訳ないかな。でも、私の気持ちは伝わってほしい。

 

 お守り(絆石)を強く握りながら、片方の目と視線を合わせた。ドスジャギィは小さく「クルル」と鳴く。

 その意味は分からないけれど、なんだか少し嬉しかった。

 

 

「脚に突き刺さってる牙があるだろ。それを抜いてやれ。変な加減は要らないから、思いっきりで良い」

 後ろで見ていたアランの言葉を聞いて、私はドスジャギィに「我慢してね」と声を掛けてゆっくりと足元に手を伸ばす。

 

 大きな牙が突き刺さった脚からは血がずっと垂れていたのか、小さな血の池が出来ていた。

 

 

「グォゥァッ!」

 私が傷口に少し触れると、ドスジャギィは少し大きな声で鳴いて私に牙を見せる。

 周りのジャギィ達も寄って来るけれど、私は手を伸ばして「待って」と真剣な表情で彼の瞳を見た。

 

 ゆっくりと。

 

 その手で牙を掴んで、一気に引き抜く。

 

 

 声にならないような悲鳴と大量の赤黒い血が漏れて、私は少し驚いてアランに助けを求めた。

 けれど、アランは「そのくらいならモンスターの回復力に任せておけば大丈夫だ」と優しい表情でそう言ってくれる。

 

 当のドスジャギィは少し苦しそうな表情をしているけれど、アランが大丈夫だと言ってくれたなら大丈夫。

 

 

「もう大丈夫だよ」

 そう言って、私はゆっくりと彼の鼻先に手を伸ばした。

 表情を痙攣らせる彼の口元に見える牙はとても鋭い。きっと、噛まれたら私の手なんて一瞬で食い千切られてしまうと思う。

 

 だけど、彼にどうしても伝えたい事があったから。

 

 

「……久し振りだね。私の事、覚えてる? そうじゃなくても……その眼の傷の事を謝らせて欲しい。どこかで、あなたはそんなに長生き出来ないって思ってた。でも生きていてくれた。こんなに立派な群れを作って、その群れを守っていてくれた。ごめんなさい。……そして、ありがとう」

 そう言ってから、私は彼や周りのジャギィ達を刺激しないようにゆっくりと立ち上がって後ろ向きに歩いた。

 

 目は逸らさない。姿勢は低く。

 

 

「よくやったな」

 アランのそんな言葉に笑顔を見せて、そんな私を彼は撫でてくれた。

 

 

 いつかのアランみたいに出来たかな。そんな事を思う。

 

 

 

「な、なんでドスジャギィを助けた訳?」

 そんなアザミちゃんの質問に、私は皆に「ゆっくり離れよう」と言ってから答えを考えた。

 考える間もなく答えは出てるんだけど、言い方によっては言い訳に聞こえるかもしれない。というか、言い訳なんだと思う。

 

 

「今、怒隻慧がこの遺跡平原の生態系を荒らしてるけれど。怒隻慧を倒した後ここの生態系は新しく作り変わっていくよね」

「突然難しい話が始まったわね……。それと今のになんの関係があるのよ」

 困惑するアザミちゃん。だけど、これはとても大切な前置きだ。

 

 私の()()()の、とっても大切な前置き。

 

 

「その時、またティガレックスやリオレウスみたいな大型のモンスターがここに縄張りを作ったら……大変じゃない?」

「それはそうだけど……だから───だから?」

 そう、だから。

 

 

「ジャギィの群れがここに居てくれた方が、私達からすると都合が良いよね?」

 私は満面の笑みでアザミちゃんにそう言って、彼女は「ミズキらしいわ……」頭を抑える。

 

 

「勿論、こんなのは言い訳なんだと思う。私はただ、とても個人的な理由でドスジャギィを助けたかっただけだよ。でも、言い訳でもなんでも……それがいのちと向き合うって事だから」

 人によっては違う答えが出てくるかもしれない。例えば怒隻慧を倒した後、このドスジャギィが逆に危ないっていう答えを出す人もいるかもしれない。

 

 

 

 ──自然に生きる生き物を、己が勝手に狩りと称して殺す事を……お前はどう思う? ──

 

 いつか、お父さんが言っていた事を思い出した。

 人は調整者気取りで生き物の命を奪ったり、助けたりする。

 

 でも私は、調整者なんて難しい考え方じゃなくて───私も、私達もこの世界に生きる生き物達の一部なんだと思いたい。

 この世界の自然の一部として、その中で自分の選択といのちと向き合いたい。

 

 

「殺さないのも、殺すのも、間違いじゃない。ただその自分の選択に───答えに、ちゃんと向き合わないといけない。私はそう思うんだ」

 きっと、それは間違っていなくて。でも、私の答えも間違ってはいないんだ。

 

 

 自分で考えて出したその答えと、しっかりと向きき合うのが大切なんだと思う。それが、いのちと向き合うという事だから。

 

 

「だから、アザミちゃんがドスジャギィは倒さないといけないって思うなら……その答えは間違ってない」

 私がそう言うと、アザミちゃんは余所見をして少し頭を掻いた。ちょっとズルい言い方だったかもしれない。

 

「……あたしはそこまで考えれないし、ミズキがそう言った後にドスジャギィを殺せる訳ないじゃない」

 頬を膨らませてそう言うアザミちゃんに、私は「ありがとう」と伝える。

 

 

 アキラさんもシノアさんも不満はないようで、私達はとりあえずその場を離れようとドスジャギィ達に背中を向けた。

 

 

 ここの生態系を守る為にも、そしてなによりその先にある答えを知る為にも。怒隻慧を倒す。

 

 

「ウォゥッ」

 ふと、背後からドスジャギィの鳴き声がした。

 

 

「大丈───」

 大丈夫だよ。怒隻慧は私達が倒すから。

 そう言おうと振り向いた瞬間、洞窟の出口で空気が震える。

 

 

 

「───クッククククク、グォゥァァァアアアアッ!!!」

 聞き間違える訳がない。

 

 何度も聞いて、耳に残る音。その鳴き声を聞いて、沢山の事を思い出して身体が震えた。

 

 

「怒隻慧……」

 アランがそう言って、皆が目を合わせる。

 遠くはない。むしろ近いくらいだ。

 

 

「こっちに気が付いてるなんて事……あると思う?」

「さあな。だが、アイツならありえる」

 シノアさんの言葉に、アランは低い声でそう答える。

 

 これまで何度も戦って分かった事は、怒隻慧が異常なまでに知能が高い事だ。

 遺跡平原で初めて怒隻慧を見付けた時は人の死体を使って私達を騙したし、地形や状況の判断が早過ぎる。

 

 

 でもそれは、怒隻慧を操っているライダーが居るからなのかもしれない。むしろ、その方が納得がいくような気もした。

 

 

「選択肢は二つね。ここで待ち構えるか、こちらから出向くか」

 鳴き声がした方角を見ながらアキラさんはそう言って、私を横目で見る。

 

 私に決めろといっているようで、なんだか少し意外だった。

 

 

「ここで戦うのは危ないと思う。狭いし、ジャギィ達が……邪魔してくるかもしれない」

「それも言い訳?」

「あはは。でも、間違ってないでしょ?」

 私がそう言うと、アザミちゃんは「もう全部ミズキに任せるわよ」と笑う。

 

 

 狭くて危ないのは事実だけど、勿論それは怒隻慧がここで戦う場合相手も同じだ。

 それに縄張り意識の強いジャギィがこの場所を守ろうとして怒隻慧に攻撃してくれる可能性もある。

 

 だけど、私はここから離れるという選択をした。正しいのか、間違っているのかは分からない。

 

 それでも、どちらにせよ前に進むしかないから。

 

 

「アラン……」

「それがお前の答えなら、その道に進めばいい。安心しろ、狭くて危ないってのは同意見だ」

 そう言って苦笑するアランに少し頬を膨らませると、アランは「拗ねるな」と頭を撫でてくれる。

 

 違う道もあるかもしれないけれど。でも、間違ってはいない。

 だったら私は真っ直ぐに進むだけだ。

 

 一度振り向いて洞窟の奥に座り込んでいるドスジャギィを見てから、私は前に進んで洞窟を後にする。

 

 

 決着を着けるんだ。前に進むために。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 平地。

 風通しが良くて、遠くまで匂いを感じる。

 

 

 近くに海があるからか、塩の匂いがしてなんだか気持ちが落ち着いた。

 海の近くで過ごしている事が多かったからかもしれない。緊張はしてるけれど、どこか安心している自分がいる。

 

 

「来たか」

 人が一人立っていた。

 

 

 私達にその眼光を向け、赤黒い光に半身を包んだ竜。

 その目の前で、イビルジョーの体色と同じ色の装備を身に纏った人物が私達に背中を向けて立っている。

 

 

「……そういう答えを出したんだな」

 振り向いたその人物は、どこか悲しげな声をフルフェイスの防具の下から漏らした。

 何処かで聞いた事のある声にも聞こえる。暖かくて、優しい声な気がした。

 

 

 

「誰……なんですか?」

 私達を知っているような口振りに、私の口からはそんな言葉が漏れる。

 

 これまで何度か怒隻慧と戦ってきた。

 今ならどれも大切な経験だと言い切れる。だけど、やっぱり良い思い出かと言われると首を横に振るしかない。

 

 

「俺が誰だろうと、お前達には関係ない。お前達は自分で見付け、自分で歩いてきた選択と答えに責任を持って前に進む。……その先に俺という人間が居ただけの事だ」

 そんな戦いの先に待っていた人物は、そう言って右手を持ち上げた。

 

「ならば戦え。それがモンスターとハンターの正しいあり方だろう。俺はただ、ここに居るに過ぎない。……ライドオン、イビル───」

「貴様がぁぁあああ!!!」

 怒号が轟く。

 

 ライダーとしてイビルジョーの背中に乗ろうとしたその声を遮ったのはアキラさんだった。

 彼は地面を蹴って一気に怒隻慧とその人物に肉薄する。前に出た怒隻慧がその大口を開けるけれど、アキラさんは武器も構えずにそのまま走った。

 

 

「アキラさん!!」

 刹那、血飛沫が舞う。

 

 アキラさんの左腕を怒隻慧の牙が噛みちぎった。

 だけどアキラさんはそんな事を気にも留めないで前に進む。

 

「───何?!」

 そして、左腕はくれてやるとでも言わんばかりの勢いで怒隻慧の側に立って居た人物をタックルで押し倒した。

 

 

 その人だけじゃなくて、私達も驚愕する。左腕を犠牲にしてまで一人で前に出るなんて誰も思ってもいなかったから。

 

 

「お前が殺したんだ!! お前が俺の妹を───沢山の人を殺した!! リーゲルさんやアランの村の皆を!! アランやミズキの大切な人達を殺したんだ!!」

 怒号を上げながら、アキラさんは胸元から小さな鉄の塊を取り出した。

 

 銃。

 シノアさんやウェインさん、アキラさんが所属するギルドナイトが使う小さなボウガンみたいな物だって聞いた事がある。

 モンスターには殆どダメージも与えられないけれど、人間は簡単に殺せるくらいの殺傷能力がある武器だ。

 

 ──でも私はね、怒隻慧の他にも許せない奴が出来たのよ。あの時渓流にいたイビルジョー装備の男──

 ユクモ村でアキラさんが言っていた事を思い出す。もしかして彼は───

 

 

「怒隻慧は討伐する。だがな、お前は殺す。罪を償え!! その顔面を拝ませろ。額に鉛玉を打ち込んでやる!!」

 それを口に咥えてから、アキラさんはフルフェイスの防具を片手で掴んで無理矢理外してそれを投げ捨て銃を頭に突き付けた。

 

 

 引き金を引けばその人物の命はない。

 怒隻慧もその事が分かっているのか、アキラさんを止めようと身体を反転させようとする。だけど、多分間に合わない。

 

 

 これが終われば後は怒隻慧を討伐するだけだ。

 怒隻慧を操っていた人がどんな人だったのかは少し気になったけれど、そんな事を気にする余裕はない。

 

 だから、私達は言われた通り自分で見付けて自分で歩いてきた選択と答えに責任を持って前に進む。それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ───そう思っていた。

 

 

 

「……どう……して」

 一向に引き金が引かれないかと思えば、アキラさんは目を見開いて固まってしまう。

 

 そんな彼を押し倒して起き上がった人物の顔に、私は見覚えがあった。いや、忘れる訳がない。忘れられる訳がない。

 

 

 

「どうして……なんだ───」

 暗緑色の髪に私と同じ蒼色の瞳。

 

「そりゃ、お前……目の前の光景こそが答えだからだよ。……アキラ」

 アキラさんを見下ろすその人物は、不敵に笑いながらその顔を持ち上げる。

 

 

「───リーゲル……さん」

「───お父……さん?」

 それが、そこにいた人物の名前。私達と怒隻慧を巡る物語の最後に現れた人物だった。




黒幕(?)登場です。

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