モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

87 / 100
真実と答えの先に

 時が止まったようだった。

 風に靡く暗緑色の髪。青色に瞳に映るのは、半身を赤黒い光が包み込んだ竜。

 

 

 私と同じ色の瞳。

 

 

 見慣れた顔。

 

 

 でもその人が───お父さんがこんな場所に居るわけがない。

 だってお父さんは、私の目の前で怒隻慧に食べられてしまったのだから。

 

 その時の事は、今でも思い返そうと思えば簡単に脳裏に浮かんでしまう。

 見間違える筈もなく、お父さんは両足と義手の先端を残して怒隻慧に飲み込まれてしまった。

 

 

 

 その筈なのに。

 

 

 

「どうして……」

 そんな言葉が漏れる。

 

 

 

 目の前の光景こそが答えだからだ。

 そう言ったお父さんは、一度頭を掻いてからアキラさんを見下ろす。

 

「そんなに怒るなよアキラ。冷静さを失った時が、ハンターの最期だぞ」

 お父さんが身体を動かすと、防具が擦れる音と一緒に無機質な音が漏れた。

 

 その防具はアキラさんが言っていた、お父さんが怒隻慧に食べられた後に現れて何もせずに消えた人物が着ていたという防具と一緒の物だと思う。

 見慣れない姿。思い出すのはお父さんの義手の腕。もしかしてあの足防具は───

 

 

「どうしてだ……リーゲ───」

 手を伸ばして立ち上がろうとしたアキラさんを、怒隻慧の尻尾が弾き飛ばした。

 彼の身体は勢い良く地面を転がって、直ぐに反応して走ったシノアさんに受け止められてやっと止まる。

 

 

 そんな二人を横目で見ながら、お父さんはアキラさんに攻撃した怒隻慧の身体に手を伸ばした。

 危ない───なんて言葉が漏れそうになる。

 

 でも、目の前の光景こそが答えだ。

 そんな意味の分からない答えに納得もいかなければ、理解も出来ない。

 

 

 

「俺が怒隻慧を操っていた……なんて思ってるなら、それは少し違うな」

 怒隻慧の身体を撫でながら、お父さんはそんな事を言う。

 

 でもそれじゃ、言っている事とやっている事が無茶苦茶だ。

 

 

「……分からないな。ならどうして貴方が怒隻慧と居るんだ。怒隻慧を探しているなんて言っていた貴方が」

 怪訝そうな表情でアランがそう言う。

 

 アランも思う所があるみたいで、彼は音がなる程に強く手を握っていた。

 私は意味が分からなくて、現実味がなくて、ただ目の前の光景を眺めている事しか出来ない。

 

 

「嘘をついていたのか……」

 シノアさんに身体を支えられながら、アキラさんがそう言う。

 彼の左腕は怒隻慧に食い千切られていて、信じられない程の出血で地面を赤く染めていた。

 

 それでも、アキラさんは左腕を押さえながら立ち上がってお父さんを睨む。

 

 

「俺達を……騙していたのかぁ……っ!!」

「アキラさん……っ」

 叫んで膝をつくアキラさんを支えるシノアさん。

 倒れそうになる彼だけど、それでも真っ直ぐにお父さんを睨むアキラさんの表情は怒りで満ちていた。

 

 

「騙した? おいおい。俺は何度も言った筈だ。……俺は嘘をついていないってな」

 そんなお父さんの言葉の意味が分からない。

 

 

 だって、ならなんでお父さんはそこに居るの? 

 

 

 目の前の光景こそが答えだと言うなら、お父さんが怒隻慧を操っていたというのが答えになる。

 でも、お父さんは嘘をついていないなんて。そんなの全部矛盾してるよ。意味が分からない。

 

 

「あんたが怒隻慧を操って……俺の妹を殺した。アランの村を襲わせた……そうじゃないなら、どうしてあんたがそこに居る!!」

 表情を歪ませながら地面を叩いてそう言って、アキラさんはお父さんを指差して叫んだ。

 

 アキラさんがお父さんを襲う前に、お父さんは確かに「ライドオン」と、そう言おうとしたんだと思う。

 それはライダーがオトモン(モンスター)と想いを通わせて共に戦う時の言葉。お父さんが怒隻慧と絆を結んでいる証拠だ。

 

 

 それなのに、嘘をついていないなんて。

 お父さんが何を言っているのか分からない。

 

 

 

「何度も言わせるなよ、アキラ。……俺はなんて言ってた? なぁ、ミズキ」

 横目で私を見ながらお父さんはそう言う。

 

 優しい言葉遣い。

 だけど、いつもの暖かい表情じゃない。

 

 

 なんだか怖い。

 

 

「……怒隻慧を、探してる?」

 震える手を押さえながら、私はお父さんが目的だと言っていた言葉を思い出して小さく言葉を漏らした。

 

 

「違うな」

 だけど、お父さんは首を横に振ってそう言う。

 

 

 いや、でも、お父さんは確かにそう言っていた。

 確かに少し言葉は違うかもしれないけど───

 

 

「俺はこう言っていた筈だ。……俺は怒隻慧の居場所を探してる、とな」

 静かな声で、お父さんは怒隻慧の脚を撫でながらそう言う。

 

 まるで私の頭を撫でる時みたいに優しく、その表情はいつものお父さんのものだった。

 

 

「居場所……か」

 短くそう漏らすアランは、どこか納得したかのようにため息を吐く。

 私はそんな彼とお父さんを見比べた。何を言ってるのか、分からない。

 

 

「あんたは怒隻慧を探してるんじゃなくて、怒隻慧の居場所───怒隻慧が生きていく場所を探していた訳だ」

 唐突にそう言うアランの言葉を聞いて、お父さんは満足げに笑う。

 

 そして「その通りだ」と短く答えた。

 

 

「お前達は俺が怒隻慧を操っていると言ったな? 確かにコイツは俺のオトモンだ。だがな、それは違う。ライダーってのはオトモンを操る存在じゃない。人と竜がお互いの手を取り合って生きる。……それがライダーだ。お前達なら分かるだろ?」

 お父さんは私とアランを見比べながらそう言う。

 

 

 

「でも、怒隻慧は密猟者を襲っていたって言ってたニャ。……それも、あんたは関係ないって言うのかニャ?」

 そして今度はムツキがそんな質問をした。

 

 こころなしかお父さんを強く睨んでるムツキは、いつもと違う表情でとても怒っているように見える。

 アランもアキラさんも、お父さんを知っている人は裏切られたのだとお父さんに怒りを覚えているように見えた。

 

 

 だけど私はよく分からなくて、言葉が出てこない。

 

 

 

「あぁ、関係ない。……俺は、元々怒隻慧の手綱なんて握ってないからな。勿論俺も密猟者に対して思う事はあったし、制裁を加える事もあったが。それでも俺はコイツを操って密猟者を襲った事なんて一度もない。コイツが勝手にやった事だ。……息が合うともいうか」

「屁理屈を……っ!! そんなものは、あんたがやったのと同じだ!! 罪をモンスターになすりつけるな。あんたは───あんたは俺達から大切な物を奪い続けた最低な奴だ!!」

 お父さんの言葉にアキラさんがそう叫ぶ。

 

 アキラさんの言葉の意味は分かる。言い分も分かる。

 だけど、それは何か違う気がした。お父さんが悪い事をしているっていうのは理解出来るけど、それは違うと思ってしまう。

 

 

「まるで……モンスターには意思がない。そういう意味に聞こえる言葉じゃねーか、アキラ。見損なったぞ」

 対するお父さんは、冷ややかな瞳でアキラさんを見ながらそう言った。

 

 

 そんなお父さんの言葉は正しく思えてしまう。

 

 

 その行動が正しいなんて思えない。

 だけど、その行動が怒隻慧の意思による判断なら───誰も攻める事なんて出来ない。

 

 

 

 だって怒隻慧もこの世界を生きる一匹のモンスター(生き物)に過ぎないのだから。

 

 

 

「話を変えようか。この遺跡平原にある古代の遺跡の話だ。……なぁ、お前達はこの遺跡をどう思う?」

「どうって……今そんな事になんの関係があるのよ」

「頭が硬いお前達に分かりやすく話してやろうってんだ。思う事を、お前達の答えを言えばいい」

 質問に怪訝そうに返すシノアさんの言葉に、お父さんは呆れたような口調でそう言った。

 

 

「……ここには大昔、大勢の人が住んでいたんじゃないかしら」

 そしてお父さんの質問に答えたのは、意外にもアザミちゃんだった。

 

「そうだ。……大昔に、な」

 お父さんはアザミちゃんの言葉に満足そうに頷く。

 でもシノアさんのいう通り、それが今なんの関係があるのか私には分からなかった。

 

 

「なら、どうして今ここに人々は住んでいない? それだけじゃない。この世界にはそれらしき遺跡が沢山ある。小さな集落じゃない。しっかりとした一つの文明が、いくつも……滅びたように消えている。どうしてだ?」

 その問いには誰も答えられない。

 

 

 どうして? 

 そう言われても、頭に浮かぶのはモンスターに襲われたとかそんな安直な答えばかり。

 でもそれは、きっとお父さんの問い掛けの答えとしては不適切なんだと思う。

 

 それじゃ、その答えは? 

 

 

 

「その昔、戦争があったという言い伝えがある。その戦争が何だったとか、どんな内容だったとか、何と何が戦ったとか……そういう細かい事は分からん。だが、ある文献にはこんな言葉が残されていた───竜大戦」

 竜大戦。

 その言葉にどんな意味が込められているのか。

 

 

 

「まるで、その戦争に竜が……モンスターが関わっていたみたいな言い方だ。古代文明は今の文明より遥かに栄えた文明だったという話もある。そんな文明を持った人間達は竜の怒りを買って、人々と竜の間で戦争が起きた……なんておとぎ話も聞いた事があるな」

「そんなバカな事がある訳がない」

 お父さんの言葉を力強く否定するアラン。

 

 

 確かにアランのいう通り、そんなバカな事がある訳がない。それは私も同じ気持ちだ。

 

 

「確かにバカな話だ。そもそも竜大戦なんてのはおとぎ話だ。人と人が戦争をしていたって言われた方がまだ納得できる。そもそも、あったかも分からない、世迷い言だ。……だがなぁ、実際にそんな事が起きたって不思議じゃないだろう? 竜も───モンスターも、俺達人間と同じだ。この世界に生きている生き物だ。この世界で必死に生きている。生きる為に考えて、前に進む。俺達とモンスターに違いなんてありゃしない。モンスターだってな、考えて、生きてるんだ。……いつか人間が行き過ぎれば、竜が徒党を組んで俺達人間を滅ぼそうとする。そんな事があっても、なんらおかしくないだろう?」

 そう語ったお父さんは怒隻慧を撫でながら、私達を順番に見比べる。

 

 

 竜が徒党を組んで人間を滅ぼそうとするなんて言われても、私には理解が出来なかった。

 

 

 

 ただ、私が理解出来たのはそこじゃなくて。

 

 怒隻慧がお父さんの意思じゃなくて自らの意思で動いていたという事。

 お父さんは、本当に嘘は言っていなかったんだと思う。

 

 

 

「ライダーって言っても、オトモンの全てが分かる訳じゃない。コイツが何を思って行動してるのか、俺だって全て理解してる訳じゃない。……ただコイツは、お前達が怒隻慧と呼ぶこのイビルジョーはな、昔は人間が大好きだったんだよ」

 そう言うお父さんに向けて、怒隻慧は自らの頭を擦り付ける。

 

 相変わらず半身が赤黒い光に包まれている怒隻慧だけど、お父さんに撫でられるその姿はなんだがとても気持ちが良さそうだった。

 きっと、お父さんと怒隻慧は絆で結ばれているんだと思う。

 

 

 

「だが、コイツは人間に裏切られた。村の奴らはコイツを受け入れなかった。あまつさえ、コイツを殺そうとした。……人と竜は相容れない。コイツにそれを叩き込んだのは他でもない、俺達人間だ」

 きっと、それは怒隻慧にあった事。

 

 

 アランの生まれ故郷。そして、私が産まれる筈だった村。お父さんが住んでいた村。

 怒隻慧が初めて現れたのは、その場所だった。

 

 

 その村はライダーの村じゃなかったから、きっとお父さんのオトモンであるイビルジョーと共に生きていく事は出来なかったんだと思う。

 恐ろしいモンスターだ。怖いモンスターだ。そうやって、イビルジョーを排除しようとした人達も居たかもしれない。

 

 

 

「アイツらは、コイツを殺そうとした。その時コイツが何を思ったか、俺にだって分からない。だが、世界を憎むには充分だろう? 人間を憎むには充分だろう?」

 ───だから、戦う。

 

 

「俺が悪じゃないとは言わない。だがな、これはコイツの意思だ。俺達人間の過ちを償わせる為に戦う。……俺はただ、コイツの手伝いをしてるだけなんだよ。モンスターだって意思があるんだ。生きているんだ。それを俺達人間は、この世界の支配者のつもりで命を奪う。間引き? 生態系の調整? 危険だから? そんな事しなくても、この世界は自然に回るんだ。支配者のつもりか、調整者のつもりか。違う。この世界の支配者は俺達人間なんかじゃない。この世界はモンスターの世界だ。……だからよ、お前らは邪魔をするな。コイツの復讐の……邪魔をするな!」

「それは違うよ……っ!」

 お父さんの言葉に、私は大声でそう叫んだ。

 

 

 ここに来て初めて目を見開いてお父さんが驚く。

 

 

 私は一歩前に出て、力強くお父さんを───リーゲルさんを睨んだ。

 

 

 

「確かに、モンスターだってこの世界の生き物だよ。皆、それぞれ意思があってこの世界で必死に生きてる生き物だよ。でも、この世界の支配者なんかじゃない!」

「ミズキ……。ならお前は、この世界の支配者が人間だとでも言うのか? 確かに、人間は力を付けた。強大な古龍にすら立ち向かう力を手に入れた。だからといって、この世界の───」

「それも違うよ!!」

 大声で叫ぶ。また、お父さんは驚いて目を見開いた。

 

 

「人間だって同じだよ。お父さん、さっき自分で言ったじゃん。人間もモンスターも同じだって。……この世界に支配者なんていない。私達も、竜も、他の生物だって、ただこの世界で必死に生きてるだけの生き物だよ!」

 それが私の答えだから。

 

 

 

 ──自然に生きる生き物を、己が勝手に狩りと称して殺す事を……お前はどう思う?──

 

 いつかお父さんが私達に語りかけてきたそんな言葉。

 

 

 その質問に私の大切な人は、私の師匠は、私に進む道を教えてくれた人はこう答えた。

 

 

 

「人間も、自然。私達はなんにも特別なんかじゃない」

「それが、お前の答えか」

 これが私の答え。

 

 

 

「人間は行き過ぎてるとは思わないか?」

「思わない。……お父さん言ってたよね。生き物や自然は、人間が手を加えなくても勝手に廻るって。もし本当に私達人間が行き過ぎちゃったなら、それは自然が勝手に修正してくれる。それこそ、お父さんが言ってたみたいに人と竜が戦争をする事になるかもしれない」

「なら───」

「でも今はそんな事になってない」

 お父さんの眼をしっかりと見て、私は真っ直ぐにそう答える。

 

 

 

「自分達が間違ってないなんて、そんな事は分からないから言えないよ。でも分からなくても、自分達が決めた道に責任を持って進んでいくしかない。分からないから、前に進んでいくしかない。……だから、私達は今ここにいる!」

 お父さんが正しいのかもしれない。

 

 いつかアランが言っていた通り、怒隻慧こそがこの世界の恒常性───この星の意思とでも言える物なのかもしれない。

 

 

 でも私達は、そうじゃないと信じたいから───前に進みたいからここに居るんだ。

 

 

 

「それが、過ちだとしてもか?」

「もしそうだったとしても。それでも───」

 きっと私達が間違っているなら、私達は今日ここで死ぬ。それでも───

 

 

 

「───それでも、どんな結果でも関係ない。私達がここに居るのは、私達が狩人(モンスターハンター)だから!!」

 この世界の自然の一部として、必死に生きる生き物として。私達は前に進む為にここに居るんだ。

 

 それがモンスターハンターだから。

 

 

 

「……お前の気持ちは分かった。全員が同じ気持ちだっていうのも、見れば分かる」

 お父さんは目を閉じて、腕を持ち上げながらそんな言葉を漏らす。

 怒隻慧は姿勢を低くして、そんなお父さんに寄り添った。

 

 

「俺もコイツも、まさか人間を全て滅ぼそうなんて思っちゃいない。だが、もしも自然が───この世界がそう廻るのなら、それも仕方がないだろう。……ならば構えろ。ここに居るのは世界を滅ぼす魔王でも、世界を救う勇者でもない。モンスターと、ハンター。ただそれだけの……物語だ」

 お父さんの右手の防具が光りだす。

 

 

 お父さんの言う通り。これはただの、モンスターとハンターの物語。だから私達は───

 

 

 

「───ライドオン。イビルジョー!!」

「───グォゥァァァァアアアアア!!」

 竜が咆哮を上げ、空気が震えた。

 

 

 何度も見た赤黒い光はどこか綺麗で、私は一瞬目を閉じる。

 

 

 

「来るわよ!!」

「ムツキ君! アキラさんをお願い!」

「ガッテンニャ!」

 沢山の事があった。

 

 

 お父さんに言いたい事は沢山ある。だけど、だから、終わらせるんだ。

 

 

「ミズキ」

「アラン。……行こう」

 瞳を開ける。視界から色は消えた。

 あるのはただ、真っ直ぐな赤い線だけ。

 

 私の進みたい道。

 

 

 

「ブレスだ!」

 お父さんが言うよりも先に、怒隻慧は頭を持ち上げて口内から赤黒い光を漏らす。

 怒隻慧の半身を包む光と同じ物。直撃したらタダじゃ済まない。

 

「させないわよ……っ!」

 一番に走ったのはアザミちゃんだった。

 彼女は怒隻慧の懐に潜り込みながら、怒隻慧の放つ光とは違う赤黒い色の太刀を振り上げる。

 

 

 二つ名モンスター。黒炎王の素材で作られた太刀が、弧を描くように怒隻慧の腹部を切り裂いた。

 その刃は高熱を放って怒隻慧の肉を焼く。怯んだ怒隻慧の頭に、跳躍したシノアさんが大剣を叩き付けた。

 

「グォゥァ?!」

「───まだぁ!!」

 地面に叩きつけた怒隻慧の頭に、シノアさんは横に大きく振り回した大剣を叩き付ける。

 仰け反る怒隻慧の正面で、私はシノアさんと位置を入れ替えた。

 

 

「大きいの行くから、隙を作って!」

 そう言うシノアさんは大剣を一度背負って、まるで獣のような覇気を纏う。

 私と同じ獣宿しだ。けれどシノアさんのは一撃に特化しているから、その大きな攻撃を当てる為の隙を作る。

 

 

 アザミちゃんとアイコンタクトを取りながら、私は怒隻慧の左脚に片手剣を叩きつけた。

 同時にアランの放った銃弾が横腹に突き刺さる。

 

 私達がそうやって注意を引き付けていふ間に、アザミちゃんは怒隻慧の懐から抜け出した。

 

 久しぶりの連携だけど、アザミちゃんとは昨日まで一緒に狩りをしていたかのように息が合う。

 アザミちゃんはアランとムツキ以外では一番一緒に狩場に行った仲だから、昨日今日の調整でもなんの問題もなさそうだ。

 

 

「こっちよ!」

 私達が攻撃している隙に怒隻慧の正面に回り込んだアザミちゃんは、太刀を突き出して構える。

 眼前の敵を無視する筈もなく、怒隻慧はその大顎を開いてアザミちゃんに襲いかかった。

 

 

 ───刹那。

 

 

「───はぁぁっ!!」

 怒隻慧の牙がアザミちゃんを捉えようとした瞬間、彼女はその牙をいなして太刀を振り下ろす。

 

 カウンター。

 切り裂かれた左脚から血飛沫が舞った。更にアランが引き金を引く。

 

 

 バランスを崩す怒隻慧からアザミちゃんが離れると同時に、彼女が付けた傷口に銃弾が突き刺さった。

 銃弾は突き刺さったまま火花を散らして、爆炎を上げながら破裂する。徹甲榴弾だ。

 

 

 

「───グィォァァァッ?!」

 左足を徹底的に狙った甲斐もあって、怒隻慧は悲鳴を上げながら地面に膝をつく。

 上に乗っているお父さんはバランスを保ちながらも、怒隻慧に何か命令をする事はなかった。

 

 何かを狙っているのか。それとも、お父さんは怒隻慧を信じているのか。

 

 

「───そこだぁぁあああ!!」

 そして私達が作った()に、シノアさんは大剣を地面に引きずりながら怒隻慧に肉薄する。

 振り上げられた大剣は岩盤を巻き込んで、それらと一緒に怒隻慧の身体に叩き付けられた。

 

 竜の巨体が少し浮く程の衝撃が走る。

 

 

 そのまま怒隻慧が地面を転がっていくんじゃないかと思ったけど、怒隻慧は太い脚で地面を抉って姿勢を維持した。

 流石に今の攻撃だけで倒れるなんて事はないと思うけれど、ダメージは与えられた筈。甘い相手じゃないなんて事は分かってる。

 

 

 手の震えは止まらない。

 

 

 だけど、あの日と違って私の手は動いていた。

 今なら手を伸ばす事が出来る。私は答えを貰ったから。

 

 

 

「なるほどな……」

 小さくお父さんが呟いた。

 

 

「私、沢山お父さんに言いたい事があるの」

 正直な話。お父さんが生きていてくれて私は嬉しい。

 お父さんが怒隻慧のライダーだったって事よりも、生きていてくれた事の方が大きく感じる。

 

 

 あの時、私が手を伸ばせなかったから。もう二度と話す事とできないと思っていた。

 

 

 だけど、今こうしてお父さんは目の前に居る。

 

 

 お父さんのお陰で沢山の人と巡り会えた。とても素敵な体験が出来たと思う。───これまでの事。

 

 そうしてアランと出会って、私は自分の道を見つけられた。その先にあと一歩進みたい。───これからの事。

 

 

 お父さんと怒隻慧の事も知りたい。───今の事。

 

 

 

 全部話したい。

 

 

 

 だから───

 

 

「───だから、勝つよ。私は……あなた達に勝つ」

 息を止める。掌で右手の剣を回して逆手に持った。地面を蹴る。

 

 赤い線に沿って、怒隻慧の懐に入りながら身体を捻った。

 回転しながら両手の剣で脚を切り裂いて、回転が終わると同時にその勢いのまま逆手に持った剣で切り上げる。

 

 そうして血飛沫を上げた傷口に、私は切り上げた剣の先を逆手のまま突き刺した。

 肉を抉る。防具が赤く染まるのも気にせずに目一杯に剣を抉ると、怒隻慧は悲鳴を上げながらその脚を持ち上げる。

 

 

 持っていかれないように剣を順手で引き抜いて息を吐いた。

 同時に盾を持ち上げて姿勢を落とす。振り下ろされた脚を持ち上げた盾で受け流しながら右足を軸に身体を一回転。

 

 回転斬りを当ててから、私は一度後ろに跳んだ。左右からシノアさんとアザミちゃんが怒隻慧を挟み込むように回り込む。

 

 

 だけど、そんな二人を無視して怒隻慧は私に牙を向けた。

 視界を赤が覆い尽くす。息を飲み込んだその時、私の脇を通り過ぎたアランが怒隻慧の頭を踏みつけた。

 

 

「───させるか!」

 そうして跳躍したアランは怒隻慧の頭に銃弾を叩きつけて、私から注意をそらす。

 

 

 今度はアランに牙を向け大口を開く怒隻慧。

 空中に浮いて動かないアランに噛み付こうと頭を持ち上げた怒隻慧の口に銃口を向けて、アランは静かに引き金を引いた。

 

 ライトボウガンが火を上げる。

 怒隻慧の牙を銃弾が吹き飛ばして、さらに発射の反動でアランは攻撃の範囲外に着地した。

 

 

 流石アラン。こんな時だけど凄いと思ってしまう。

 

 

 

 血反吐を漏らしながらも追撃しようとする怒隻慧を、大剣と太刀が左右から襲って巨体が怯んだ。

 

 

「行け、ミズキ!」

 ボウガンの弾をリロードしながらアランが叫ぶ。私は地面を蹴って助走を付けて、姿勢を落とした怒隻慧の脚を踏んで跳躍した。

 

 怒隻慧の横腹を片手剣で斬り付ける。その横腹を蹴って更に高く跳んだ。

 

 

 お父さんと目が合う。

 

 

 

「私達は、もう止まらない……っ!」

「そうか。……だがコイツも、前に進みたいようだぞ」

 そう言うお父さんの身体を黒い靄が包み込んだ。

 

 違う、これは───

 

 

 

「皆離れて!!!」

 着地して、私は目一杯叫ぶ。

 

 

 

 赤黒い光が包み込む右半身。その逆側、左半身を黒煙が包み込んで、その黒は一気に視界に広がった。

 

 

 

 ───ックククククク……ッ! 

 

 

 

 不気味な()。これまで何度も聞いたソレは、きっと怒隻慧の───

 

 

 

「───グォゥァァゥァァァアアアアアッ!!!」

 咆哮と共に黒が散る。

 

 

 

 極限化モンスター。本来は感染した個体の身体を酷使して破滅に追いやる筈の狂竜ウイルスを克服したモンスターの総称だ。

 

 私達人間にも厄介な狂竜ウイルスを撒き散らすどころか、身体の一部が非常に硬質化する事もある。

 並大抵のモンスターですら古龍級生物と同等の危険度に跳ね上がるのに、相手は怒隻慧───イビルジョー(古龍級生物)だ。

 

 危険度なんて想像も出来ない。

 

 

 

「前に進むんだろう。そう簡単には終わらない。さぁ……本当の狩りを始めろ」

「……っ」

 それでも、私達は前に進む。

 

 

 

 

 

 狩人である為に。




読了ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。