モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

91 / 100
赫怒の隻眼と慧敏な竜

 彼女はこれを御守りと言っていた。

 確かにその通りで、これは御守りのような物なのだろう。

 

 絆石。

 ライダーが竜と絆を結び、生きていくための御守り。

 

 

 机の上には赤と青の二つの御守りが置いてあって、俺はその内の青くて欠けている絆石を手にした。

 

 

「借りるぞ、ミズキ。その代わりカルラの形見を置いていくから」

 ゆっくりと頭を撫でる。

 

 反応が薄い事を確認してから、毛布をかけてもう一度頭を撫でた。

 

 

「ミズキ、愛してる」

 そう言って、寝たままの彼女の唇を奪う。

 

 

 名残惜しくはない。ちゃんと帰ってくるという、誓いの口付けだ。

 

 

「……今のお前を行かせる訳にはいかないからな。……待っててくれ、決着は着ける」

 そう言って彼女に背中を向ける。

 

「良いのかニャ?」

 部屋の外に出ると、突然ムツキに話し掛けられた。

 俺は驚いて声を上げそうになるが、何とか口を押さえて黙り込む。

 

 

 こ、こいつ何時から此処に……。

 

 

「何を今更キョドッてんだニャ。そんな恥ずかしい事でもしてたのかニャ?」

「……ぅ」

「……。……だったら、責任を取れって事ニャ」

 そう言いながら、ムツキは大きめの鍵を一つ俺に手渡してきた。

 

 コレはミカヅキが入ってる檻の鍵か。

 本当に盗んできたのだから、大した奴である。

 

 

「まぁ、本当はあのギルドナイトが集会所を出て行く時には盗んでおいたんだけどニャ。直ぐに渡すのは違うと思ってたニャ」

「助かる。……お前、俺がミズキを置いていこうとしていたのに気が付いついていたのか?」

「今のミズキを連れて行こうとする奴なんか、ボクが認めないニャ。ミズキが朝弱い事はアランも知ってるから、日が昇る前に出発なんて言った時点でボクにはお見通しだニャ。でも、アレは……なんなんだニャ?」

 今朝からミズキの眼は、まるで怒隻慧のように赤黒く光っていた。

 どう考えても普通ではない。

 

 

「ミズキの中に怒隻慧が居るっていうのはなんとなく分かっていると思うが、アレはイビルジョーに見られる変化だな」

「……んニャ?」

 コレだけでは説明不足だったのか、ムツキは首を傾げて口を開く。

 

「イビルジョーが怒り食らうイビルジョーになるのは、老衰で体力を失った末に起こる食欲のリミッターの異常だ。まぁ、簡単に言えば死にそうなくらい弱ってるって事だな」

「だから、ミズキもそういう状態だって事かニャ……?」

 心配そうな声でそう言うムツキ。その通りだが、そこは安心してほしい。

 

 

「大丈夫だ。ミズキはまだ幼───若いからな。ゆっくり休めば直ぐに治る」

「今言い直したの、ミズキが聞いたら怒るニャ」

「はは……言わないでくれよ」

「無事に帰って来たら言わないでやるニャ」

 交渉が上手い奴だ。

 

 

「……絶対に、死ぬにゃ」

「……分かってる」

 そう言って、俺はムツキに背中を向けて歩き出す。

 

 

 貸家の倉庫にはシノアに頼んでおいたアイテムと、アザミに頼んで整備してもらった防具が並んでいた。

 そして俺はアイテム全部と、自分の武器。それとミズキの双剣の片割れを手に取る。

 

 

「……悪いなミズキ、借りて行くぞ」

 二年前、ミズキを怒隻慧から庇って負傷した腕は最近でやっと少しはまともに動かせるようになった。

 今なら二年前みたいに剣も触れるか。どちらにせよ手数は多い方がいい。

 

 ミズキには沢山借りてる事になるな。

 だからこそ、俺は必ず帰って来なければならない。

 

 

 

 彼女が居なければ俺はここまで来れなかっただろう。

 怒隻慧のいのちと向き合うなんて考えもしなかった。

 

 

 

「必ず生きて帰ってくる」

 決着を付けよう。

 

 

 

「ミカヅキ」

 集会所の裏手にある檻で、ミカヅキはまるで分かっていたかのように目を開けて立っていた。

 

「ヴァゥ……」

「話が早くて助かる。……また、力を貸してくれるか?」

 檻の鍵に手を掛けながら、俺はミカヅキにそう語り掛ける。

 もしミズキと出会っていなかったら、ミカヅキとまたこうして語り合う事もなかった。

 

 俺の人生を変えてくれた、本当に大切な存在。

 

 

 

「行こう、ミカヅキ。募る話は空で良いだろう。誰かに見付かると面倒だ」

 そう言って、俺は勢いよく檻の扉を開く。

 

 側から見れば凶暴なモンスター(リオレウス亜種)を檻から解き放っているという、恐ろしい光景に見えるかもしれない。

 

 

 だから俺は急いで首に掛けてある絆石を掴み上げ、口を開いた。

 

 

「───ライドオン! リオレウス!!」

「───ヴォァゥ……ッ!!」

 竜の背中に乗る。

 

 

 ただそれだけの事だ。

 

 

 竜と絆を結び、共に生きる。

 そんな難しい事ではない。ただ、俺は大切な人の為に───

 

 

 

「り、リオレウスが……ッ?!」

 早起きの町人が驚いた声を上げた。

 

 だが、そんな事は関係ない。翼を広げれば町との距離は一瞬で開く。

 それ程までに人と竜は違う存在なんだ。人と竜は相入れない。それが、この世界の理なのだから。

 

 

 

「行くぞ、ミカヅキ」

 どこまでも高く。

 水平線に見える太陽が昇って、陸は一瞬で小さくなった。

 

 懐かしい感覚。

 カルラと戦った時よりも前。

 

 

 むしろ、俺達がカルラ達と一緒に暮らしていた時を思い出す。

 

 

 

「昔はよく……こうやって飛んだな」

 俺がライダーだった時。

 

 いつか世界中のモンスターと絆を結ぶんだと、この世界の理を何も分かっていなかったバカで無力な子供がそこには居た。

 

 

「なら俺は今……なんだ?」

 そんな言葉が自然と漏れて、ミカヅキは視線を持ち上げて俺を見る。

 

 

 人と竜は相入れない。

 そんな答えを突き付けられて、俺は狩人になった。

 

 

 いつか必ず怒隻慧を殺す。

 その先の答えを見ずに、復讐だけを見てただ前に進むだけだった。

 

 それをミズキが変えてくれたのに───

 

 

 

「───俺の答えが見つかっていない」

 ライダーを辞めて、復讐から一度目を背けて、今は狩人としていのちと向き合おうとしている。

 それなのに俺は今ミカヅキの背中に乗っているのだから、自分が何者なのか少し分からなくなった。

 

 

「ヴォァゥ……」

「でも、この先に答えがある筈だ」

 怒隻慧と正面から向き合う。

 

 正直なところ、こうして一人で戦う機会をずっと待っていたのかもしれない。

 その方が考える事も少なくて済む。ミズキには悪いが、これは初めから俺の問題だったんだ。

 

 

 

「ヴァゥ……ッ」

「いや、お前も居るな。……俺とお前で、決着を付けよう」

 全てはあの日から始まったのだと思う。

 

 

 生まれ故郷の記憶なんて殆どない。

 だから、俺の始まりはライダーの村───シウル村だ。

 

 

 あの日、俺達の村はあの竜に食い尽くされて。

 

 

 それからはもう失うばかりで、ミズキに出会うまでは復讐以外何も見えていなかったのだろう。

 

 

 

 ミカヅキが俺を攻撃した意味すら考えずに。

 

 

 

「……リーゲルさんが言っていた。あの日、村のモンスター達が暴れたのは───怖かったからなんだってな」

 絆石はモンスターを操る道具ではない。

 

 あの日、村で起きた事は単純な事だった。

 心と心を結ぶ絆石。それでリーゲルさんはモンスター達に人間の恐ろしさ、恐怖を植え込んだのだろう。

 

 

 

「……それでも、お前は俺を助けようとしてくれた」

 あの日ミカヅキは、そんな恐怖に打ち勝って俺を助けようとしてくれた。

 ミカヅキだけじゃない。サクラや、堆黒尾(イビルジョー)だって。

 

 俺達は確かに絆で結ばれていたし、今だってその絆は解けていないだろう。

 

 

 

「一度結んだ絆は絶対に切れない、か」

 ライダーとしての俺の師であり、憧れであり、父である人の言葉。

 彼の息子であるカルラはその言葉を最期に証明した。

 

 

 なら俺は? 

 

 

 

 俺は何だ? 

 

 

 

「……なぁ、ミカヅキ───」

 水平線の彼方に島が見え始める。

 

 長かったような短かったような。

 頭の中を整理して、ミカヅキに言葉を漏らして、俺の答えを導き出そうとした。

 

 だけど、答えは見つからない。

 

 

 あの先に答えがあるのか。なら、俺はそこまで前に進む。

 

 

 

「───ミカヅキ、本当に人と竜は相入れないのか?」

「……ヴォァゥ」

 分からない。

 

 

 答えはこの先にあるのか。

 

 

 

「……その答えがどちらだとしても、俺は前に進む。その為に怒隻慧のいのちと向き合う」

 それが、ミズキが俺にくれた答えだ。

 

 その先にあるものを見る為に───

 

 

 

「行くぞ、ミカヅキ!!」

「ヴォァァァゥッ!!」

 ───俺とミズキの、物語が始まった場所に。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 孤島。

 広大な森や海といった大自然を擁する狩場で、その島の海辺にあるモガの村の住人達からはモガの森と呼ばれている。

 

 

 何年も前にナバルデウスという古龍による大地震が起き、当時モガの村の専属ハンターだった狩人がコレを撃退。

 それ以降は豊かな土地という事もあり生態系が目紛しい場所だったが、特に大事が起きる事もなく専属ハンターは初心者のミズキが受け継いだ。

 

 それから三年。

 島に現れたイビルジョーにより生態系が狂いだして───

 

 

「───思えば、あの時から俺達の物語は始まっていたんだな」

 視界に広がる孤島を見下ろしながら、そんな言葉を漏らす。

 

 辿り着いた始まりの場所は、想像以上に静かだった。いや、静か過ぎる。

 

 

 村に近付くと、その理由が分かった。

 

 

「……誰も居ない?」

 海風の音だけが聞こえる。

 

 あのやたらうるさい受付嬢も、ミズキの実家のビストロ・モガの主人も、村長も誰も居ない。

 

 

「どうなっている……」

 嫌な空気に目を細めた。

 

 まさか間に合わなかったのか? 

 ミズキの言っていた通り、本当に怒隻慧がここに来て居たのなら───

 

 

 頭の中で赤が弾ける。そんな事があってたまるか。それでも、村には誰も居ない。

 

 

 

「降りるぞ!」

 空から村に誰も居ない事を確認してから、俺はミカヅキと村に降り立った。

 

 静か過ぎるが、それにしてはおかしい。

 

 

 

「……綺麗過ぎる」

 モンスターに襲われたとは思えない程に、村は被害という被害を受けていないように見える。

 強いて言うなら酒瓶や看板が倒れていたりするくらいか。

 

 

「ヴォァゥ……」

「一体何───っ?!」

 しかし、突然地面が揺れて俺は辺りを見渡した。

 

 揺れは短かったがとても強く、建物が大きく揺れる。

 

 

 地震。

 いや、ナバルデウスか。

 

 

 

「───んミャミャミャミャミャ?! リオレウスミャァァ!!」

 聞き覚えのある懐かしい声。

 

 振り向いた先で───ピンクのアイルーが泡を吹いて倒れていた。

 

 

「……モモナ?!」

 俺は直ぐにそのアイルーに駆け寄って彼女を抱き上げる。

 村の農場を見てくれている双子のアイルーの一匹。モモナはミズキの大切な友達だ。

 

 

「……怪我はないか。ミカヅキを見て驚かせてしまったな。ミカヅキ、少しだけ離れてくれ」

 俺がそう言うと、ミカヅキは少しだけ後退して鼻息を鳴らす。

 

「……みゃ、アラン……? どうしてこんな所にいるみゃ」

 そして目を回していたモモナをなんとか起こそうと思っていた矢先、双子のもう一匹───ミミナが現れて首を横に傾けながらそんな言葉を漏らした。

 

 

「ミミナ、無事だったか」

「……なぜか……モモナが無事じゃないけど、みゃ。それに……そのリオレウスを見るに、私はアランの方が心配みゃ」

 冷静にそう言うモモナは俺の前まで歩いてきてモモナを引っ叩く。相変わらずの扱いだ。

 

 

「ミャ?! ミャ?! スネークサーモン?!」

「起きろみゃ」

「ギミャァァ!! リオレウスゥゥ!!」

「落ち着けみゃ」

 ……相変わらずの扱いだ。

 

 

「あのリオレウスは俺のオトモ───友達だ。それより状況を教えてくれ。なんで誰も居ない」

「いきなり一人で帰ってくるなりモンスターが友達とか意味の分からん事を言うし、こっちも突然で色々大変なんだミ───痛いミャミミナァァ!!」

「……私達も、モンスターのジェニーと友達みゃ」

「ミャ、そうだったミャ」

「ミミナ……」

「みゃ?」

 なんてない会話だったが、そんな当たり前の会話がミズキの原点のこの場所で聞けたのが嬉しい。

 

 早く、この場所にちゃんと帰って来ないとな。

 

 

「……この島にまたナバルデウスが来て、あと……モガの森もなんだか大変なモンスターが暴れてるって……ハンターさんが言ってたみゃ。ハンターさんはとりあえず……ナバルデウスを追い払うって……海の底に行っちゃって……森のモンスターは後回しになっちゃうから、村の皆は避難してる最中みゃ」

 ミミナが簡略的に、今のモガの村の状態を教えてくれる。

 

 疑っていた訳ではないが、本当に孤島にナバルデウスが来ているとはな。

 つまり、森で暴れているというモンスターはやはり怒隻慧か。

 

 

 村の専属ハンターはナバルデウスの撃退に向かい、村の人達は避難済み。

 

 

 なら、俺のやる事は一つだ。

 

 

 

「……俺は森にいってその暴れているモンスターを倒してくる。村の皆には絶対に森に入るなと伝えてくれ」

「……みゃ、一人で行くのみゃ?」

「そういえば、ミズキやムツキはどこミャ?」

 首を横に傾ける二匹に寄り添って、俺は両手で彼女達を撫でる。

 

 ミズキの大切な家族。そんな彼女達にとってもミズキは大切な存在なんだ。

 

 

 

「ミズキの大切な場所を───あいつが帰ってくる場所を守りに来たんだ、お前達は村人達を守ってくれ」

「……みゃ、なんとなくは察したみゃ。任せるみゃ」

 頼もしいな。

 

 

「よし、行くぞミカヅキ!」

「ヴォァゥ」

 彼女達に背を向けて、俺はミカヅキの背中に乗る。怒隻慧はモガの森か。

 

 

「ミャ、アラン!」

 ミカヅキが翼を広げた所で、唐突にモモナが声を上げた。振り向くと、彼女はどうも心配そうな表情をしている。

 

 

「モモナ……?」

「なんとなく……なんとなくだけどミャ。行かないで欲しいって……思うミャ。森の方から凄い怖い空気が流れてくるミャ。行ったら帰ってこれなくなるような……そんな───」

「大丈夫だ」

 強く、そう言った。

 

 

 自分に言い聞かせるように。

 

 

 

「全て終わらせて、ここに帰ってくる。その為にここに来た」

 目を瞑ってそう言って、俺はミカヅキに「森まで行くぞ」と伝える。

 広げた翼が起こした風が、二匹の毛並みをなびかせた。

 

 手を繋いで心配そうにしている二匹に片手を上げて行ってくると伝える。

 

 

 

 もう一度空から村を見た。

 

 ここに来たのがもう四年前か。

 自然と溢れる笑みをしまう。この大切な場所を守る為に。

 

 

「行くぞ、ミカヅキ」

 なんとなくだが、何処に行けば良いのか分かる気がする。

 

 アイツが俺を呼んでいるのか、なんて馬鹿な事を思った。

 

 

 空から森に入る。

 綺麗な川と草原が広がり、自然に飲み込まれるような感覚が身体に広がった。

 

 

 沢山の生命が溢れる場所。

 しかし、どうもモンスターの姿が見えない。

 

 

「アイツが居るなら、何処かに隠れていて当然か。……あれは」

 ふと視界に赤が入って、俺とミカヅキは高度を落として地面に降りる。

 

 

 

 そこにあったのは───

 

 

 

「……リオレウス」

 空の王たる一対の翼。火の竜と呼ばれる赤色の甲殻を持った竜が、それとは別の赤を身体中から流しながら息絶えようと地面に横たわっていた。

 

 ───空の王。火竜リオレウス。

 

 

 何者かに襲われたのだろう。

 身体中に傷を負い、地面を赤く塗り潰す程の鮮血を漏らす竜の命の灯は、今にも消えそうな程にか細い。

 

 

「……ヴォァ……ゥ」

 けれど、しっかりとその命を燃やそうとしていた。

 

 

「……無理をするな」

 そんなリオレウスに、俺はミカヅキから降りて手を伸ばしながらそんな言葉を漏らす。

 リオレウスはそんな俺を見て脚を持ち上げたが、立ち上がる事は出来ずに荒い息を吐いた。

 

 

 見た限りそこそこ歳を重ねた個体だろう。

 そして、この孤島でのリオレウスの立場を考えるに、俺はこの個体が何者か思い出した。

 

 

 

「……お前、あの時のリオレウスか」

 四年前。俺がこの島に来てミズキと出会って間もない頃を思い出す。

 

 ミズキが仲良く遊んでいたダイミョウザザミを襲い、彼女にとって大きな一歩を踏み出すキッカケになったのがリオレウスというモンスターだった。

 そのリオレウスとミズキは一度戦って、その後彼女は火竜の子育てに直面して命と向き合うという事に少しずつ歩いて行く事になる。

 

 堆黒尾の討伐戦で力を貸してくれたのもその火竜だったか。

 

 

 この島に他にリオレウスが居たとしても、あの時の子供でそれは若い個体だ。

 つまりこの個体は、あの時子育てをしていたリオレウスという事になる。

 

 

 

「……ミズキが聞いたら悲しむだろうな」

 だからこそ、これ以上被害を増やすわけにはいかない。

 

 

「ヴォ……ァ……ゥァァ」

 翼で地面を押してでも立ち上がろうとするリオレウス。

 

 実質的にはこの島を支配していたのはこのリオレウスの筈だ。

 その意地もあるんだろう。突然来た余所者に負けて悔しいのかもしれない。

 

 

 しかし、その命はもう限界だった。

 俺にはそのくらい分かってしまう。

 

 ライダーだったからか、ハンターだからか。

 これまで沢山のいのちと関わってきたからか。

 

 

「ヴォ……ァァ」

「もう良いんだ」

 リオレウスの頭を撫でながら、俺は優しくそう語りかけた。

 持ち上げられた頭はゆっくりと地面に落ちて、リオレウスは瞳を閉じる。

 

 

 荒かった息も次第に落ち着いて、その吐息は少しずつ小さくなった。

 

 

 

 ───そして、消える。

 

 

 

「ヴォァゥ……」

「……あまり良い気持ちにはならないな。行くぞ、ミカヅキ。これ以上アイツの好き勝手にはさせな───」

 言い掛けた途端、空気が震えた。

 

 

 

「───グォゥァァァァアアアアア!!!」

 聞き間違えようのない鳴き声。

 俺達の物語に関わり続けた竜の咆哮。

 

 やはり、ここに居る。

 

 

「飛べ、ミカヅキ!!」

 俺は反射的にミカヅキの背中に乗ってそう叫んだ。

 

 間髪入れずに羽ばたいたミカヅキの身体は一瞬で地面から離れる。

 そして、その離れた地面を赤黒い何かが抉り取った。

 

 リオレウスの死体と地面が混じる。

 回避が一瞬でも遅れていたら、俺もあの場所で肉塊になっていただろう。

 

 

「囮だった……なんて事はないだろうな!」

 ミカヅキの背中に乗ったまま、俺はライトボウガンをブレスで抉れた地面に向けた。

 

 地面が揺れる。

 周りの木々をなぎ倒しながら、暗緑色の巨体がその姿を現した。

 

 

 引き金を引く。同時に放たれたミカヅキのブレスが地面を焼いて、怯んだ竜の背中に弾丸が突き刺さった。

 

 

「グォゥァァァァアアアアアッ!!」

 身体の右半身に赤黒い光を纏うイビルジョー。

 

 怒隻慧は、俺達の攻撃を受けてから横に振った首を持ち上げる。

 

 

 目があった気がした。

 赤黒く光る瞳が真っ直ぐに俺を見る。

 

 

 背中にリーゲルさんは居ない。

 正真正銘、俺達と怒隻慧だけがここに居た。

 

 

 

「確かに、物語の始まりはリーゲルさんだったのかもしれない」

 彼が言っていた、怒隻慧がこうなった理由。

 

 関係がないとは言えない。だが、やはり俺とこの竜の物語が始まったのはそこじゃないだろう。

 リーゲルさんがどうだとか、村のオトモン達に彼がした事だとかも関係ない。

 

 

 ───ただ俺は、この竜に全てを奪われた。

 

 

 それで得る物があったかもしれない。

 俺が今ここにいるのも、ある意味ではこの竜に関わったからだろう。

 

 

 だからこそ───

 

 

「───だからこそ、終わらせる。……決着を付けるぞ!!」

 引き金を引くと同時に、怒隻慧はその大口を開いて身体中から黒い靄を漏らした。

 ブレスじゃない。狂竜ウイルスか。

 

 気付くが先か、怒隻慧を中心に森を黒が覆っていく。

 

 

 ミカヅキは少し高度を取って、森を包み込む狂竜ウイルスから離れた。

 

 

「気を付けろ。来るぞ……」

「ヴォァゥ……」

 ミカヅキを狂竜ウイルスに感染させるのが目的なら、もっと引き付けてからウイルスを拡散させるだろう。

 なら、怒隻慧の狙いは───

 

 

「───ブレスだ! 避けろ!!」

 暗黒の中で一瞬赤黒い光が漏れ、ほぼ同時に光が放たれた。

 

 龍属性エネルギーのブレス。

 紙一重で交わせたが、当たれば俺もミカヅキもタダでは済まない。

 

 

「狂竜ウイルスを完全に支配した上に、視界を遮る為だけにそれを使ったつもりだろうが───ミカヅキ、ブレスだ!」

 俺の指示で、ミカヅキは迷う事なく火球を放つ。

 

 絆石は竜を操る道具ではない。

 竜と心を通わせる物だ。俺の意思も、策もミカヅキには伝わっている。

 

 

 火球は黒にぶつかって、炎はそれを包み込むように一瞬で広がった。

 爆発が起きる。周り一帯の黒が吹き飛んだ。轟音と火炎が広がる。

 

 

 

「制御して便利に使っているつもりだったんだろうが、狂竜ウイルスは小さな粉塵みたいな物だ。それが分かっていなかったようだな……」

 粉塵爆発。

 空気中に浮遊している粉塵が燃焼し、燃焼が継続して爆発的に伝播する現象だ。

 

 聞く所によればテオ・テスカトルと呼ばれる古龍は、自ら発生させた粉塵を燃焼させて爆発を起こすという。

 それの真似事をしたつもりだが、上手くいったようだ。

 

 

 勿論ミカヅキの火力と、周りに仲間が居ない事が前提の攻撃だが。

 今の俺ならそれが出来る。

 

 

 

「……ヴォァゥ」

 しかし、怒隻慧もそこまで甘くはない。

 

 爆煙が晴れていく中で、その中心から赤黒い光が漏れた。

 全身を震わせる怒隻慧は、半身を赤黒い光に、もう半身を黒い靄で包み込んでその不気味な身体を持ち上げる。

 

 

 極限化モンスター。

 本来身体を過酷し絶命に至らしめる狂竜ウイルスによる死を克服し、強靭な肉体を手に入れた個体の総称だ。

 

 狂竜ウイルスをここまで自分の物として制御し、自ら極限化を起こす。

 通常では考えられない力だが、それこそが怒隻慧を怒隻慧たらしめる力なのかもしれない。

 

 

 

「……グォゥァァ」

 ゆっくりと頭を持ち上げる怒隻慧に恐怖すら感じた。

 あの爆発を極限化で耐えたのか。だが、流石に無傷ではいられなかったのだろう。

 

 それでも平然と立ち、その赤黒い眼光を俺達に向ける怒隻慧からは何か強い意思を感じた。

 

 

 

「お前はなんなんだ」

 ミカヅキの背中からボウガンの銃口を向けながら、そんな言葉が漏れる。

 

 その答えを探しにきた。

 

 

 

 お前との全てを終わらせる為に。

 

 

 

 それでも、なんでだろうな。

 

 簡単に終わって欲しくはないと、心のどこかでそんな事を思っている。

 

 

 

 俺が終わらせたいのは、お前との全てじゃないのかもしれない。

 

 

 

 この復習と、因縁と。

 大切な誰かを守る為に、大切な時間と場所を守る為に。

 

 

 

 この物語を終わらせる為に。

 

 

 

「……まだ分からない。だから───だからこそ、お前を殺す」

 言いながら引き金を引いた。弾丸は硬化した身体に弾かれて地面を抉る。

 

 頭を持ち上げた怒隻慧の口から光が漏れて、ミカヅキは翼を翻して旋回した。

 光が放たれる。旋回で回避するミカヅキを追い込むように首を捻った怒隻慧の口から放たれるブレスが空気を薙ぎ払った。

 

 長距離放射型の攻撃は距離を離せば離す程回避が困難になる。

 ブレスの射程外に出ればこちらの攻撃が効力を失い、近付き過ぎれば接近戦では図体で勝る怒隻慧の方が有利だ。

 

 しかし、後手に回るしかないようにも見えるが活路はある。

 ブレスを避けられる距離かつ接近戦に持ち込まれない距離を保てば良いだけだ。

 

 

 勿論ミカヅキだけでは出来ないだろう。

 

 

 だが、ここには俺も居るんだ。俺とお前なら、どこまでだって飛べる。

 

 

 

「……やるぞミカヅキ。俺達で怒隻慧を倒す!」

「……ヴォァァアアアウ!!」

「グォゥァァァァアアアアアアアッ!!!」

 最後の戦いが幕を開けた。




最終決戦です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。