モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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モンスターとハンターの物語

 それはきっと、この世界のどこにでもある物語だ。

 

 この広大な世界で、竜と人が───生き物が混じり合う。

 当たり前の事。だけど、とても素敵な事。

 

 

 人と竜は相容れない。

 いつか、誰かがそう言った。

 

 

「愛してる」

 その人はとても優しくて、誠実で。

 

 だから傷付きやすくて、悲しい事も辛い事も沢山あったと思う。

 彼はそれでも前に進んだ。ただひたすら前を見ていたから、一度踏み外した道にだって戻ってこれたし。これまで歩いて来た道も歩き続ける事が出来る。

 

 

 そんな彼の答えがもう少しで見付かろうとしていた。

 

 

 

「……ア……ラン?」

 私は彼に沢山の答えを貰って、助けられて、導かれて───愛されて。

 だから今度は私が助ける。この物語の最後を見届けて、貰ったものを返したい。

 

 

 

 

 だけど───

 

 

 

 

「なんで……」

 ───だけど、彼は私を連れて行ってくれなかった。

 

 彼は優しいから。

 

 

 竜にも人にも、とても優しい人だから。

 

 

 最後の最後までその優しさを貫いたんだと思う。

 

 

 

 少し、悔しかった。

 

 

 

 

「……アラン。……アラン!」

 ベッドから跳び起きて、そのままの勢いで床に転がる。身体が上手く動かない。

 まだ私の身体はボロボロみたいだ。アランが私を置いていった理由もこれだと思う。

 

 私が弱いから。それがとても悔しい。

 

 

 

 日が昇る前に出発と言っていたけれど、既に日は登り切っていた。どれだけ寝ていたんだろう。こんな大切な時に。

 

「……っ、うぅ」

 だけど、身体を持ち上げようとしても腕が上がらない。そんな事も悔しくて、弱々しく床を叩いた。

 

 

「おはよう、ミズキちゃん」

 部屋の扉の前からそんな冷静な声が聞こえる。

 顔を持ち上げると、少し寂しそうな表情をしたウェインさんが立っていた。

 

 

「ウェインさん……。アランは……アランは?!」

「してやられたというか……。この泥棒猫にまんまとやられましたよ。……まぁ、こうなるとは思ってましたけど」

 呆れ顔でそう言うウェインさんは、縄で手を絞られたムツキを見下ろしながらそう言う。

 

 

 やっぱり置いていかれちゃったんだ。

 

 

 ムツキは知ってたのかな。

 

 

 

「ミズキ……怒ってるニャ?」

「……うん。怒ってる」

 ムツキの顔は見ずに言葉を漏らす。ゆっくりと立ち上がろうとしたけれど、また転んでしまった。

 

 

「アランさんが僕の指示を無視して行くとしても、ミズキちゃんの事は置いていくと思ってましたけどね。その身体じゃ、流石に戦えないでしょ」

 ウェインさんはそう言って、私の体を持ち上げてベットに運んでくれる。

 私は彼にされるがままにベットに寝転がる事しか出来なかった。身体が動かない。

 

 

 

「……アランの所に、行かな……くちゃ」

 口だけは達者に動かして、立とうとしてまたベッドから転がる。

 ウェインさんはそんな私を黙ってまたベッドの上に上げてくれた。

 

 

「もし行けるような体力が残っていても、僕が行かせませんよ」

「でも……アラン、が……っ!」

「もし本当にアランさんが向かった孤島に怒隻慧が居たとして、今から船や飛行船で向かっても辿り着いた時には全部終わってます。……もう僕達に何かをどうこうする事は出来ないんですよ!」

 彼の言う事は正しかった。

 

 アランがミカヅキと空を飛んでモガの森に向かったのなら、追い付く事なんて出来ない。

 

 

 

「一応船を出す予定ですが、知らせが来る時にはもう全てが終わった後。何もなければそれでよし。怒隻慧とアランさんが一人で戦って、彼が死んでいたらそれはそれです。もう僕達には───」

「一人じゃないよ」

 布団を強く握って、私は言葉を漏らす。

 

 

「……ミカヅキが居る。アランには、ミカヅキが居るから」

 悔しい気持ちはあった。だけど、アランは自分の答えを探す為に戦いに向かったんだと思う。

 

 アランは死にに行った訳じゃない。

 

 

 絶対にアランは死なない。

 

 

 そう思わないと、どうにかなりそうだった。

 

 

 

「……そうですね。それでは、僕はこのネコに然るべき懲罰を与えないといけないので……これで」

「え、マジかニャ。待つニャ。何する気ニャ。ミズキ助けてくれニャぁぁ!!」

 悲鳴をあげるムツキを連れて部屋から出ていくウェインさん。ごめんなさいムツキ。今身体が動かないから……。

 

 

「あー、それと。一応シノアさん達にミズキちゃんを監視させるんで。あの二人も同罪なので色々文句もありますが……これ以上問題を起こさないでくださいね」

 そう言って、ウェインさんはムツキを連れて部屋を後にする。

 

 

 遅れて数分。

 シノアさんとアザミちゃんが申し訳なさそうな表情で部屋に入ってきた。セージ君もその後から付いて来る。

 

 

 

「……ごめん、ミズキちゃん」

 座り込んでから、シノアさんは小さくそう言った。

 

「アイツがミズキちゃんの事を置いていくなんて思わなかった……」

「わ、私も……。二人分の武具整備させておいて一人で行くなんて……信じられないわよ」

 続いてアザミちゃんもそう言って、少しの間だけ部屋は沈黙に包まれる。セージ君も何かしら察しているのか、口を動かさない。

 

 

「……行かなきゃ」

 また、ベッドから崩れ落ちた。

 二人が私を支えてくれる。

 

 

「無理しないで」

「まさかそこまで身体がボロボロだなんて……。それに気が付いてたアイツは、やっぱりアンタの事が本当に大切なんでしょうね」

 だからこそ。

 

「だからこそ、ミズキちゃんにこれ以上をさせる訳にはいかない」

 真剣な表情でシノアさんはそう言った。

 アザミちゃんも同じ気持ちなのか、目を閉じて顔を逸らす。

 

 

 それでも。

 

 

「私は……」

 行かなきゃいけない。

 

 

「ミズキ……」

 アザミちゃんが心配そうな表情を見せた、その時だった。

 

 

「───ウォゥォォッ、ウォゥッウォゥッ」

 今この場所で、聞こえる筈のない声が木霊する。

 

 私もアザミちゃんも、シノアさんですら驚いて周りを見渡した。

 

 

「な、何よ今の?!」

「モンスターの……遠吠え?」

 窓を開けて部屋の外を見渡すアザミちゃんに、シノアさんは信じられないといった表情で声を漏らす。

 確かに今のはモンスターの鳴き声に聞こえた。それも、多分ジャギィの群れのボス───ドスジャギィの声だ。

 

 だけど、ここバルバレは移動するといっても正真正銘人々が暮らす町。

 

 沢山の人が住んでいるこの町にモンスターが現れるなんて考えられない。

 人と竜は相容れないから。私達もそうだけど、ジャギィ達だって人間の群れは怖い筈。

 

 

 なのに、どうして? 

 

 

 

「も、モンスターだぁ!」

 そして、町の方からそんな声が聞こえてくる。

 次々と聞こえる悲鳴にシノアさんは立ち上がって踵を返した。

 

 

「私が街を見て来るから、アザミちゃんはミズキちゃんと弟君をお願い!」

 言うが早いか、シノアさんは部屋から飛び出していく。

 

 一体何が起きているのか。全く分からない。

 

 

「このタイミングで何が起きてるってのよ……」

「アザミちゃん、私の事はいいからアザミちゃんも町の人を───」

「バカ! 今のアンタを置いて行ける訳ないでしょ。一人でアランを追いかけようなんて出来る訳もないけど、それでもアンタが無理するのは止めるわよ」

「アザミちゃん……」

 沢山の人に迷惑をかけているのかもしれない。

 

 

 もしかしたら、この気持ちもアランにとっては邪魔なのかもしれないなんて、そんな事を思った。

 

 

「セージも、このバカになんか言ってあげなさい」

 視線を逸らしながらそう言うアザミちゃん。

 

 だけどセージ君からの返事がなくて、彼女と私はセージ君のいる扉の近くに視線を動かす。

 

 

 そこにあったのは───

 

 

「おねーちゃん、なんか居るよ」

「ウォゥッ」

 ───扉を頭で押し開けて、セージ君の前に立つジャギィの姿だった。

 

 

「セージ!!」

 目を見開いて、アザミちゃんは床を蹴る。

 ジャギィとセージ君の間に入って、強くジャギィを睨み付けた。

 

 

「ウォゥッ」

 それに対して、ジャギィは鳴き声を上げてアザミちゃんを威嚇する。

 

 今アザミちゃんは武器もなければ防具もない。

 武具があればジャギィの一匹くらい、アザミちゃん程のハンターなら大した事はないけれども。

 

 そうでないなら、ジャギィは私達人間よりも全長も大きくて力も強い。

 牙も爪も鋭く瞬発力だってあるのがモンスターだ。

 

 

「……っ。な、何よ」

 今のままじゃ、アザミちゃんが危ない。

 

 

 私は咄嗟に周りを見渡して何か使えそうなものを探す。

 だけど視界に入ったのは、枕元に置いてあった赤い絆石だけだった。

 

 

「カルラさんの……」

 本当はアランが持っている筈のカルラさんの形見の絆石。それが置いてある代わりに、私がアランに貰った青色の欠けた絆石が失くなっている。

 多分アランがミカヅキと飛ぶ為に持っていったんだろうけれど、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 

 

「一か八かだけど……」

 どうしてジャギィがバルバレに現れてしまったのか分からない。だから、今は───

 

 

「───あなた達の目的を教えて!」

 カルラさんの絆石を握って、私は大きくそう叫んだ。

 

 アザミちゃんを睨んでいたジャギィは私をゆっくりと見て、その頭を横に傾ける。

 

 

 

「クックルゥルゥゥ……ウォゥッ」

 そして、その瞳は真っ直ぐに私の目を見てゆっくりと近付いてきた。

 

 

「み、ミズキ……っ!」

「大丈夫だよアザミちゃん」

 なんの確証もないけれど、強くそう言う。

 

 遂にジャギィは私の目の前まで来て、その鼻先を私に向けた。

 匂いを嗅いでいるのか、何度か頭を揺らしてから、ジャギィは鋭い牙の並ぶ顎を開いて一度鳴く。

 

 

「……着いてこい?」

 自分でもよく分からないけれど、不思議とそんな言葉が漏れた。ジャギィは肯定するように首を縦にふる。

 

 まだ身体はボロボロだけど、今なら動ける気がした。

 いや、今動かないといけない気がしたんだと思う。

 

 

 

「ミズキ……?」

「……アザミちゃん、ごめんね。シノアさんにも謝っておいて欲しい」

 アザミちゃんが開いた窓に手を掛けて、私はそう言った。

 

「ミズキ……ッ?! ちょ、待ちなさ───」

 彼女の言葉を聞く前に、私は立ち上がって絆石を握ったまま窓を飛び越える。

 そのまま貸家の倉庫まで走って、着いて来てくれたジャギィの背中に防具を乗せた。

 

「……剣がない?」

 ただ、私の双剣の片割れが見当たらない。

 盾と剣の二つで双剣なんだけど、剣がなくて盾だけがそこに置いてある。

 

 理由を考えている暇はなくて、私は盾を拾ってさらに地面を蹴った。

 

 

 

 町はジャギィが沢山居てパニック状態になっている。どうしてこんな事になっているのか、ちゃんとした理由は分からない。

 だけど、今は前に進むしかないと思った。この先どうしたらいいのかも分からない。だけど、止まっちゃいけない。前に進むしかない。

 

 

「ミズキちゃん?!」

 町の端で、シノアさんが驚いた表情で私に視線を向ける。

 

 

「……まさかとは思うけど、これミズキちゃんの仕業とかじゃないよね」

「……私もよく分からないです。だけど! 今は前に進むしかないと思うから!」

「今更行ったって、もうどうしようもない。大人しく待ってるしかないんだよ。それに、今のミズキちゃんを無理させる訳にはいかない!」

「それでも!!」

 叫んだ。

 

 目一杯。

 

 

 初めてシノアさんに反論したかもしれない。

 

 

 

「ミズキちゃん……?」

「それでも私は……アランが好きだから。アランが大好きだから。アランが大切だから!!」

 何度も同じ事を言って、シノアさんの目を真っ直ぐに見る。

 

 

「……ミズキちゃんがそうまでして、それでも行くって言う気持ちは分かった」

「シノアさん……」

「でも、ね。……それでも」

 シノアさんは真っ直ぐに私を見た。私と同じ言葉を漏らして、歩いてくる。

 

 

「───それでも、私はギルドナイトなんだ。それ以前に私はハンターだから。町をモンスターが襲っているのなら、その対処をしなきゃいけない。そして……私もあなたの事が大切だから、行かせる訳にはいかないの」

 それが彼女の答えだった。

 

 

 きっと彼女は正しい。間違っているのは私かもしれない。

 

 

 でも。彼女が言う通り、それでも───

 

 

 

「───それでも、私は!!」

「───ウォゥォォアアアアッ!!」

 突然、私の声と同時に野太い声が町に響き渡る。竜の遠吠え。

 

 

「何……?」

 驚いてあたりを見渡すシノアさんだけど、私も驚いていた。

 少しだけ考えれば分かる事だけど、状況が状況だけにそこまで頭が回らない。

 

 

「ウォゥッ!!」

 そうして、その遠吠えの主は私達の前にゆっくりと現れる。

 

 

 ジャギィよりも一回り大きな身体に、特徴的な襟巻き。その竜の左眼には消えない傷が残っていた。

 

 

「ドスジャギィ……っ」

 舌を鳴らすシノアさんと私の間に入ったドスジャギィは、私の目を真っ直ぐに見てから姿勢を落とす。

 

 

「乗れ……って事?」

 手に握った赤色の絆石が少しだけ光っていた。

 ゆっくりと唾液を飲んで、私はその背中に跨る。いつか誰かがやっていたように。

 

 

 

「ちょ、ミズキちゃん?!」

「ごめんなさいシノアさん。……私は、行きます!」

 私が彼女の目を真っ直ぐに見てそう言うと、ドスジャギィは一気に地面を蹴った。振り落とされないようにその身体に抱き着く。

 

 

 周りのジャギィ達も、私とドスジャギィに着いてきた。

 

 

 一瞬で町から離れてしまって、ドスジャギィはそれでも真っ直ぐに走っていく。

 

 

 

「どこに行こうとしてるの……?」

 そんな問いの答えは、直ぐに分かった。

 

 町を出てから少し走ると、遺跡平原が見えてくる。その先は海で、私とドスジャギィとその群れは海岸沿いをゆっくりと進んだ。

 

 でもまさか、ドスジャギィが泳いでモガの村まで運んでくれるなんて事はないと思うけど。

 それに、付いて来てしまったけれどジャギィ達の目的が私には分からない。

 

 このまま巣に持ち帰られて襲われたら、今の私に対抗出来るだろうか。答えは考えなくても分かる。

 

 

 

「ウォゥッ」

 先頭を歩くジャギィが短く鳴いた。

 

 

 海岸沿い岩肌の岸辺。

 金髪の男の人が視界に映る。

 

 こんな場所に人が居る事にも驚いたし、ジャギィ達がその人の所に私を連れて来てくれたという事にも驚いた。

 

 

 でもそれ以上に───

 

 

「……嘘。……カルラさん?」

「やぁ、久しぶりだね」

 ───そこに居た人物に驚いた。

 

 

 持ってきた赤い色の絆石を握り締める。

 

 

 

 アランの親友であり、家族であり、同じ村で育って同じ夢を見た人物。

 でもその夢は、二人の道は何処かでズレてしまって。ぶつかり合って、もう二度と会えなくなったと思っていた。

 

 怒隻慧から私達を逃がす為に戦って、命を落としたと思われていたカルラさんが、そこにはしっかりと立っている。

 

 

 

「……足がある。幽霊じゃない?」

「おいおい寝惚けてるのか? それとも僕は実は死んでいたりするのかな」

 皮肉めいた言葉を漏らすカルラさんは片腕(・・)を持ち上げて「やれやれ」と言葉を漏らした。

 

 彼の左腕は肩から先が無くなっていて、それで少しだけアキラさんの事を思い出して胸が苦しくなる。

 

 

 だけど、彼は生きていてくれた。

 ウェインさんはその無くなった肩から先だけが見つかったと言っていて、大切な絆石だってその場所に落ちていて。

 

 もう会えないと思っていたのに、彼は生きている。それがとても嬉しかった。

 

 

 

「おいおい泣くなよ」

「……だって。……私、どうしたら良いか分からなくて。アランに置いてかれて……私、一人で───」

 泣き崩れる私の頭を、彼はゆっくりと片手で撫でてくれる。けれど、直ぐに「泣いている場合じゃないだろう」と私の身体を引っ張り上げた。

 

 

「君がここに来たっていうのは、そういう事だ。……アランの所に行くんだろ?」

 私の背後を見て、ゆっくりとカルラさんはそう言う。

 

 

「ドスジャギィさん達が村に来たのは……カルラさんが呼んでくれたからなの?」

 私がそう聞くと、カルラさんは近付いてきたジャギィを足で小突きながら「寄るな。分かったから寄るな」と声を漏らした。

 

 そしてカルラさんは、どこか遠い所を見ながらこう続ける。

 

 

「どうなんだろうな」

 ハッキリとしない答えに、私は首を横に傾けた。

 

 

「君なら分かってると思うが、ライダーはオトモンを操ってる訳じゃない。そうしたのはコイツらだし、僕はそもそも今ライダーじゃないしね。……僕はただ、君が来るかもなと思ってここで待ってただけだよ」

 私の持っている絆石を見ながら、カルラさんはそう語る。

 

 確かにそうだと思った。

 だけど、一つだけ違うとも思う。

 

 

「でも、こんな物がなくたってカルラさんはライダーだと思います」

 赤い絆石を差し出しながら、私はそう言った。カルラさんは少しだけ驚いた顔をしたけど「そうかもね」と小さく漏らす。

 

 

「───ライドオン、リオレイア!」

 受け取った絆石を持ち上げて、声を上げると途端に空気がなびいた。

 海の水を弾くような風圧を立てながら、海岸に降り立つ桜色の竜。

 

 リオレイア亜種は、一度カルラさんに頭を擦り付けてから腰を低くする。

 

 

「……連れて行ってくれるんですか?」

「その為にここまで来たんだろ? ほら、乗る前にそいつらにお礼を言っておけよ」

 カルラさんはドスジャギィ達に視線と顎を向けてから、一足先にリオレイアの背中に乗った。

 私は振り向いてドスジャギィさんの前までゆっくりと歩く。

 

 

「……私ね、これまで沢山のいのちと関わってきた。楽しい事も、嬉しい事も、嫌な事も、悲しい事も沢山あった。……でもね、それ全部大切な物語(思い出)だと思う」

 片目の傷に手を伸ばしながら、私はゆっくりとそう言った。ドスジャギィさんは小さく首を縦に振る。

 

 

「大切だから……守りたいんだ。だから、ここまで連れてきてくれてありがとう。生きていてくれてありがとう」

 伝えてから、ドスジャギィさんに背中を向けた。

 

 

 人と竜は相容れない。

 もう二度と会う事はないかもしれないし、次に会う時は敵かもしれない。

 

 私もドスジャギィも、お互いの知らない所で命を落とすかもしれない。

 それが人と竜の関係なんだと思う。

 

 

 それが分かっているのか、ドスジャギィさんも一度大きくないてから群れを連れて森の奥に消えていった。

 

 

 

「……良かったのか? 君なら、望めばライダーにもなれるかもしれないぞ?」

「それでも、私はハンターになりたいんです。……大切な人に教えてもらって、導いてもらったこの道を大切にしたいから」

「そうか」

 短く答えて、カルラさんは手を伸ばしてくれる。その手を取った次の瞬間、背後から大きな声が聞こえてきた。

 

 

「待ってくれニャァァ!!」

 聞き慣れたメラルーの声。振り向くと、黒い毛並みの私の大切な家族が走ってくる姿が見える。

 それと一緒に走ってくる、一人のギルドナイトの男性の姿も。

 

 

「……げ、ギルドナイト」

 カルラさんもギルドナイトだったよね? 

 

 

「置いてかないでくれニャ……っ」

「ムツキ……。それに、ウェインさん?」

 ムツキに着いて走ってきたウェインさんは、私の前で倒れてしまった。運動は苦手みたい。

 

 

「……し、死ぬ。やぁ……ミズキちゃん」

 本当に死にそうな表情で手を挙げるウェインさん。どうも私も止めに来たようには見えない。

 

 

 

「僕を捕まえに来たのか、彼女を止めに来たのか。……どちらにせよ、今の君には無理そうだけどね」

「……僕はミズキちゃんを止めに来ただけで、態々死人を捕まえに来る程暇人じゃないですよ。まぁ、見ての通りの様なのでそれも無理ですがね」

 仰向けに倒れたままカルラさんを見上げるウェインさんに、カルラさんは「態々そのネコを連れてきてかい?」と意地悪そうに答える。

 

 

「ついでに海に捨ててしまおうと思って連れてきただけなので、欲しかったらあげますよ」

 視線を逸らしながらそう言ったウェインさんは、溜息を吐いてから「ミズキちゃん」と言葉を漏らした。

 

 

「行くなら行くで、アランさんの事頼みますね」

「……はい! ムツキの事連れて来てくれてありがとうございます」

「いまコイツ、ボクの事を海に捨てるって言ってたけどニャ……」

 ウェインさんはどこかの誰かと一緒で恥ずかしがり屋さんだから。

 

 

「行こうか」

「ここまで来たら行くしかなさそうだニャ……」

「うん。……アランの所に」

 リオレイア亜種(サクラ)の背中に乗って、広げられた翼は私達を空へと運ぶ。

 座り込んで手を振るウェインさんは一瞬で小さくなって、私達は空を駆けた。

 

 

 

 これまで沢山出会ってきた物語(いのち)が繋がっていく。

 この物語()の最後にあるものを見に行くんだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 静かな島に、海。

 空から見た村には誰もいなくて、ムツキは眉間に皺を寄せる。

 

 

「村には降りなくて良いのか?」

「大丈夫です。モガの森───島の中央まで行ってください。多分、村の皆は避難したんだと思う」

 ナバルデウスまで来ているかもしれないなら、なおさらだ。

 

 どうあれ、村に誰もいないという事は怒隻慧はやっぱりここに来たという事だと思う。

 

 

 

「お父さん……」

 私の答えは───

 

 

 

「そうだな……って、どうしたサクラ?」

 突然サクラは翼を翻して、高度を落とし始めた。

 何か感じたのか、羽ばたかせる翼は早い。

 

 

 

「降りるニャ?」

「何か居るの……?」

 そのまま私達は、モガの森の山岳地帯に続く丘まで降りる。着地したサクラは私達を下ろして直ぐに、その場にあった大きな瓦礫まで歩いた。

 

「サクラ?」

「……あれ?」

「ミズキ、どうかしたかニャ?」

 なんなのかと不思議に思うカルラさんの横で、私は別の意味で首を横に傾ける。

 

「こんな所に瓦礫なんてあったかな?」

 最後に来たのはもう四年以上も前の事だけど、私の記憶にはこの場所にこんな瓦礫は無かった。

 勿論、四年も経てば地形は変わる。だけど、サクラがこの瓦礫を気にしているのがなんだか気になった。

 

 

「お、おいサクラ?!」

「ヴォゥァアアア!!」

 かと思えば、当然サクラは瓦礫目掛けてブレスを放つ。

 

 瓦礫は木っ端微塵になって、その中から蒼い何かが見えた。その何かは、瓦礫の下に埋まっていたのか瓦礫がなくなった途端翼を開く。

 

 

 

「嘘……」

 その何かは───

 

 

 

「ミカヅキか……」

 ───リオレウス亜種。ミカヅキ。

 

 アランのオトモンだ。

 

 

 

「ニャ、どうしてこんな所にミカヅキが埋まってるんだニャ?!」

「アラン……」

 無意識に地面を蹴ってミカヅキの元に向かう。

 

 ミカヅキは一瞬私を睨んだけど、何処かに向かおうと足を引きずった。

 アランはここには居ない。ミカヅキが行こうとしている所に居る。

 

 

「……ヴォァァ」

 だけど、ミカヅキはその場に倒れてしまってそれ以上動けそうにはなかった。

 

 きっとアランと一緒に戦っていたんだと思う。

 

 

「分かったよミカヅキ。そっちにアランが居るんだね」

 倒れてしまったミカヅキの身体に触れながら、私はミカヅキが向かおうとしていた方角に視線を向けた。

 

 

「行こう、ムツキ。カルラさん」

「……うニャ」

「サクラ、ミカヅキの事を頼む。僕は彼女達を」

 サクラを置いて、私達は真っ直ぐに歩く。

 

 

 

 向かったのは島の反対側。海に面した入江で、丁度そこは私とアランが始めて会った場所だった。

 

 

 

 沢山の事を思い出す。

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 

 モンスターはこの世の理だ。

 人と分かり合う事なんて決して無くて、モンスターにとって人は食べ物か邪魔者かでしかない。

 

 そう思っていたし、今だって私はそう思っている。

 

 

 そんな中で、モンスターと素敵な関わり方をする人達も居る事を知った。

 だけど、私は自分が選んだ道を大切にしたいから。貴方とは別の道を歩いて。

 

 でも何処かでその道は繋がると思う。

 

 

 

「怒隻慧……」

 私達が始めて出会ったその場所で、中央にポツンとその竜は立っていた。

 

 まるで私達を待っていたかのように。

 真っ直ぐに私達を見ながら、立っている。

 

 

 

 そしてその足元には、人間の腕が落ちていた。

 

 

 蒼いモンスターの甲殻を装備した、人の右腕。

 私の双剣の片割れもそこに落ちている。

 

 

 

「そんにゃ……」

「遅かったか」

 なんだか力が抜けた。

 

 

 だけど私はその場に倒れこんだりはしなくて、ゆっくりと歩いていく。

 

 

「お、おい!」

「ミズキ、待つニャ!」

 声は聞こえなかった。

 

 

 

 

「アランはあなたを殺せなかったんだね……」

 人と竜は相容れない。

 

 

 

 

「私達はね、ここで出会ったんだ」

 怒隻慧の前まで歩いて、転がっていた双剣の片割れを拾う。

 

 直ぐそばにあった人の右手は、見間違えようのないアランの腕だった。

 私の頭を沢山撫でてくれた手。抱きしめてくれた腕。

 

 

 

「沢山、色んな経験をした」

 双剣を構える。

 

 

「色んな事を教わった」

 瞳を閉じた。そこでやっと、自分が泣いている事に気がつく。

 

 

 

「私ね、あなたには感謝してるんだよ。あなたがお父さんと生きてくれたから、私はアランに会えたから」

 それはきっと、この世界のどこにでもある物語だ。

 

 この広大な世界で、竜と人が───生き物が混じり合う。

 当たり前の事。だけど、とても素敵な事。

 

 

 人と竜は相容れない。

 いつか、誰かがそう言った。

 

 

 

 きっとその言葉を言った人は、そうじゃない事に気が付けたんだと思う。

 それが彼の答え。

 

 

 

 だけど、私の答えは違うから。

 

 

 

「───だから、私はあなたを倒す!! ハンターとして!!」

 瞳を開いた。視界から色が消える。

 

 

「グォゥァァァァアアアアアア!!!!」

 竜の咆哮が驚いた。

 

 

 

 

 それはきっと、この世界のどこにでもある物語。

 

 

 後の世の人達は、いつかの荒々しくも眩しかった数世紀を振り返りこう語ったという。

 

 大地が、空が、そして何よりもそこに住まう人々が、最も生きる力に満ち溢れていた時代だったと。

 

 世界は、今よりもはるかに単純にできていた。

 すなわち、狩るか、狩られるか。

 

 明日の糧をえるため、己の力量を試すため。

 

 またあるいは富と名声を手にするため。

 

 人々はこの地に集う。

 

 彼らの一様に熱っぽい、そしていくばくかの憧憬を孕んだ視線の先にあるのは。

 

 決して手の届かぬ紺碧の空を自由に駆け巡る

 力と生命の象徴───飛竜達。

 

 鋼鉄の剣の擦れる音、大砲に篭められた火薬のにおいに包まれながら、彼らはいつものように命を賭した戦いの場へと赴く。

 

 

 

 モンスターハンターの世界。

 

 

 

 

 

「私はあなたを───」

 これは───

 

 

 

 

「───倒したよ」

「───グオゥァァ」

 いのちの灯火が一つ消えた。

 

 

 

「ありがとう……。さようなら」

 ───モンスターとハンターの物語。




2日後にエピローグを更新します。これにて完結です。

読了ありがとうございました。

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