チラ裏産物練習作   作:鳥語

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よくわからない出来になりました。


祭り行列

 

 かっかっかっ、と音が鳴る。

 かんからかんと、泥を蹴る。

 唐傘高下駄べろりと舌が、一つ目じろりと見下して、ゆらりゆらりと揺れている。

 紫色と黒紫と、のぺりべとりと怪しに怪し。

 赤いの湿り気。にょきりと伸びた先には下駄一つ。

 

「……」

 

 子供が一人夕暮れ時に。

 ふらりと現る可思議なそれは、ずうんと幼子上から下に。

 ぱちくり瞳は惑いに迷う。

 にたりと微笑み化生は身振るい、さらにとぐんと頭を逸らし、高く高くと巨大に似せて――どろりとした真紅を空けた。ぽちゃんと滴。

 ばさりと飛んで、ぱさりと跳ねて、ふわりと空へ。

 向こう側には化生の正体。妖怪変化の大主小主――それが雄叫び共として。

 

 どどんと、叫ぶ。

 溜めて溜めて、一気に吐き出し――現れた少女は必死と叫ぶ。

 

「うらめしやー!」

 

 可愛らしい声で空色髪を振り乱し、赤青違う片目をぱちくりと。

思い切り、思い切り。

必死になり過ぎ面白顔で、けほっと息切れむせ返り、何とか終えてがくりと肩を。

 

「…はふ、ふあ――はああ」

 

 子供の前で、上下と下げて。

 苦しい息を落ち着け、おそるおそるとその顔を覗き込む。そこにあるのは、どんな恐怖《もの》かと。

 

「……?」

 

 きょとんと、傾げた首。

 驚きより、当惑多し。狂言よりも、困惑で。

 現われた不思議の正体をじっと見つめて。

 

 それから。それから。

 

「あ、ああ――」

 

 何かを思い出したように声上げた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「どうすればいいんだろうねぇ」

 

 あれだけ渾身の力を込めて、最高のタイミングを見計らって、これなら失敗しようもないと確信して――それを行ったのに。

 あのお嬢ちゃんが放った言葉は。

 

「――『お姉ちゃん。道を教えて』だもん」

 

 遊びに来て迷ってしまったのだとか。

 このままじゃお母さんに怒られてしまうよう、なんてべそかいて、私のお腹に顔を押しつけて……おかげで服がべしゃべしゃになってしまった。

 あんまりに力強くしがみつかれた揺らされて……すっかり気分も雰囲気も吹き飛んで、ついついわたわたあわあわとしてしまって――お寺の方までその子を連れていってやり、住職さんに後のことまでお願いし、褒められ撫でられ、「お姉ちゃん、ありがとう」だなんて感謝までされてしまって。

 小さな子供の、綻ぶような可愛らしい笑顔――それが、ついさっきのわたしに向けられたもの。

 

「あちきは、何をしてるんだろうねぇ」

 

 大きな溜息と自嘲の言葉。

せっかくこうやって作った役調(・・)もこうやって独り言の時ぐらいにしか使えていない。お腹も心も満たされず、ただただ、からからに乾いたまんま、唐傘揺らしてうろついているだけ。

子供たちも、自分のことを変わったお姉ちゃんくらいにしか思っていないような気すらする。

 

――それでも、それでも……。

 

 ここまで条件が揃っていたのに、あんなことになってしまったと。

 

「……やっぱり、古臭いのかなぁ」 

 

 そう思って持ち上げたそれは、相も変わらず秋になると美味しそう。

色落ちもせず、欠けもせず――ずっとあのまま捨てられたままならば、こんなに色濃い姿では残っていられなかっただろう。もしかしたら、その色のせいで拾われなかったのかもしれないけれど、こうやって好き勝手出来ているのは、ずっとそのままだったからで。拾われない捨てられたものだったからで。

 

――……。

 

 流行らないし、古臭いし……恐くもなくて、ただただ滑稽。

 そんなものに、わたしは成って――まだまだ、そうしていくつもりで。

 けれど、お腹は空いたまま。このままでは飢え死にしてしまいそうなくらい。

 やはり、もっと落ち着いた――大物然とどっしり構えて、あんな子供ぐらいにやりと笑ってみせただけで震え上がってしまうような、そんな『驚き』という言葉を体現する妖怪でないと、今時生き残っていけないということなのか……前にあった空飛ぶ人間たちも全然驚いてはくれなかったし。

 

「はあぁ」

 

 深く深くため息が。心なしか傘の目玉も渇いてしまっている。

 無理もないだけれど。

 

――だって、ねぇ。

 

 良いことをして偉いねと褒められた。善いことをして『ありがとう』と感謝された。

 偉いねと頭を撫でられて、ご褒美だとお菓子を貰って……甘くて美味しい。

 

「これじゃあ、ダメだ」

 

 舌は満たされてもお腹はぜんぜん膨れやしない。

 あんな子供にまで舐められ……泣きつかれてしまうようでは全くもってだめなのだ。

こんなままじゃいつか本当に餓死してしまってもおかしくない。

 そう、現にお腹はこんなにもくぅくぅ鳴いているのだ。

 

「うぅぅ。お腹空いたよう……」

 

 ふらりと、身体が傾ぐ。ぐらりと、目玉が回る。

 もう三日……いや、まともには一週間も食べれていないだろうか。ちゃんと誰かを驚かせられたことなんて、ここ最近、まったくといってもいいほどにないのである。

 ほんの少しの驚き。一瞬の呆気にとられた間のようなもので、どうにかこうにか食いつないでいるだけ。

それもまた限界に近づいている。

 

――ああ、くらくらする……ぐわんぐわんする。

 

 もう、太陽の光を浴びただけで消滅してしまうそうな気すらしてくる。

 やっぱり先ほどの失敗が響いているのか。

 そうだ。あれだけ頑張って、周到に準備を重ねて……あんなにも盛大に失敗して。

がっかり多量に疲労も困憊。今度こそ今度こそと繋いでいた気持ちさえもすっかり萎えてしまう落ちようで――心の内まで空っぽだ。

 ただの傘にもどってしまいそうなくらい、ちょっと危ない加減の疲労感。

精神()すらも折れてしまいそうな。

 

――はらほろひれはれ~、なんて……。

 

 そんな言葉まで吐いてしまいそうな――そんな発想をしてるから、古臭いなんて笑われてしまうのか。けれど、そんなに古くさいものなんだから仕方ないじゃないか。

わけのわからない思考に、誰に向けるでもない煮えた腹の底。いつかのことを見返して、いつかの緑色に文句を浮かべて……そうやって何かで心に巡らせて、空腹を紛らわそうとする。

 恨み辛みに妬みに嫉み。

 らしくもない暗いものを栄養源として――まだ、消えたくはないなぁ、と。

 

 そうして、どうにか堪えていたところ。

 

「わたっ……」

 

 弛んでいた意識が、何かにぶつかった。

 柔らかな――温い温度の何か、

 

「おや……?」

 

 上がった低い声。どうやら誰かの背中。

 ぶつかったその人間はまったく微動だにもせず、こちらだけが尻もちついて。

 

「……大丈夫かい、お嬢さん?」

 

 それは、こちらを見おろした。

 ごく当たり前のものを見つめる目。

わたしを怖がりなんて少しもしない。転んだだけのお嬢さんだと。

 

――……。

 

 こんな暗がり人気なし。

鬼も蛇をも飛び出す道で、化け傘抱える私見つめて――まったく、動じもしない。

 

――……ああ。

 

 それが、とても情けない――昔はあんなに怖がってくれたのに。昔なら、わたしが化け物の表を張っていたというのに。

 今はただの、古くさい捨てられ傘で。

 昔の昔と同じ、置いていかれた失せもので。

 

「もうっ」

 

 なんだかむしゃくしゃして、苛々して。同じくらい寂しくて、ひもじくて。

 何だか自棄糞な、自暴自棄な気分が溢れて――誰でもいいからぶつけたくなって。

 

「驚きなさいよー!」

 

 手を差し出した人間に、思いっきり叫んで立ち上がった。

 ぶるんと傘を振りかざし、何にも考えず、ただただ力任せにいい加減。勢いよすぎて、目が回ってしまうくらいで――ぐらりと視界が回って、最後に残っていた体力も、何もかもが吹き飛んで。

 

 

 ぐるんと、夜がやってきて。

 

 

 

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…………

 

 

「……はあ、なるほどねぇ」

「ええ、そうなんですよ」

 

 遠くで声がした。

 誰かと誰かが話をしている声。

 

「そりゃなかなか難しい話だ」

「ええ、私たちもどう力になったものかと……」

 

 片方はちょうどさっき聞いたよく知ったもの。もう片方はさっき聞いた知らないもの。

 遠い話をしていて、よくわからない。

 

「まあ、しかし……なら、ちょうどいいかもしれませんね」

「ちょうどいい?」

 

 悪戯めいた声と疑問の声。

 人を喰いそうな声と人の良さそうな声。

 

「今日は、そういうのにもってこいの日――なのだそうですよ」

「そう、なんですか」

 

 にわか知識をひけらかせた、何だか爺臭いものが。

 どこか遠くで鳴っていた。

 

 

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「うう、ん……」

 

 冷えた風が通り過ぎて、目が覚めた。

 背中にはごつごつとした硬い感触があって、お尻が地面についている。どうやらわたしは何かを背にして座り込むようにして眠っていたらしい。

ぼうっとした頭で瞼を開くと、なんだか知っている景色が見えた。

辺りに漂う火の玉と、独特の渇いた匂い。燻る線香が漂って――

 

――お墓……?

 

 命蓮寺にあるお墓……この前、騒動の種となった場所の近く。

 いつのまに帰ってきたのだろう。

 背中に感じた感触はどうやら墓石を背もたれにしていたからのようだ。どうりで寝苦しかった。

 

「……」

 

 なにやら寝言でつけるだけの悪態をついていた気がする。

「何が古くさいだ」「さでずむ……」「ナスおいしいじゃん!」なんてわけのわからないことを、空腹な夢の中で叫んでいた――気がする。

 何だか恥ずかしくなって、誰か聞いていないかと(そこらでぼうっとしている死体娘はどうでもいいとして)、きょろきょろと辺りを周りを見回して――

 

「おや、目覚めたかい。お嬢さん」

 

 ずんぐりとした、影が一つ。丸い頭とまあるい帽子。

 楕円の口がぽっかり開いて、ちろちろと真っ暗な穴から灯りが覗く。

 二つの目と一つの口。

 生き物の当たり前の形――だけれど、それは。

 

「……か、かぶ?」

 

 真っ白な野菜に穴開けて、ぼんやりと明るい何かわからないものをそこに入れ込んだような……かっちりとした黒の燕尾服に赤の蝶ネクタイ、にょっきり伸びたシルクハットがぴしっと空へ向かって立っていて――野菜の頭がその真ん中に。

 楕円に白い、うんとこしょっと引っこ抜けそうな野菜。

 

 それはそう。

 

「まったくもってその通り。見ての通りのカブ頭」

 

 くいっと帽子を押さえて、ぺこりと御辞儀をして。

 上から下まで黒ずくめ。お辞儀のために脇に挟んだステッキだけが銀。

ぼんやりと鬼火に照らされ、真っ白な顔部分だけが不気味に浮かび上がっている。

 妙な恐さをもった――根菜頭。

 

「呼び名とするなら蕪頭……まあ、多少古びていますので蕪爺とでもお呼びくだされば」

「あ、は、はい……わ、私は多々良小傘、で」

 

 自己紹介に自己紹介。

 まだ回っていない頭につられてこちらも慌てて頭を下げて。

 

「え、えっと……え?」

「まあ、お好きに呼び捨ててくだされば結構」

 

 混乱する私に丁寧にそう言い放つカブ頭。

「いやいやびっくりしました」と、口らしき半円状の穴をぐにゃりと歪め、顎に当てながら頷く。片手で手遊びするステッキが、持ち手を軸にくるくると回って、まるで火花でも散っているかのようにきらきらと銀色に。

 

「――……」

 

 それを行うへんなもの。妙ちくりんで、変梃な。

 これは……妖怪、なのだろうか。それすらも疑問に思ってしまうもの。

だってカブ、九十九髪でもなんでもない――食べて、しまえるもの。

保存されたまま忘れられてしまったのか。

 

「お加減はいかがですか、お嬢さん」

 

 のぞき込むように、その空洞の向こうが揺れる。

 蝋燭か何かのように、ぼんやりと。

 

「道端で倒れていたご様子で。勝手に運ばせてもらいましたが……宜しかったでしょうかね」

「え、あ、うん。ありがとう」

 

 どうやら、ここまで運んでくれたらしい。

 巫山戯た格好のわりに、結構紳士的――いや、だからこその正装なのだろうか。名は体を、姿は性質を表すということはよくあるものだ。

私と同じように(妖怪だから)

 

「でも、どうしてここが――」

「なあに、妖怪傘のお嬢さんといえば、命蓮寺のお墓にすんでいると小耳に挟むこともあったりなかったりと」

「どっち?」

 

 けたけたと悪戯っぽく笑うカブ頭。

 誤魔化しているのか。からかっているのか。

 一しきり笑った後、またさらに、にんまりと弓なりに顔を歪ませて。

 

「いやいやそれよりも――どうやらお腹がおすきのご様子で」

「……え?」

 

 どうして、それを知っているだろう。

 そう思えば、白手袋の人差し指がこちらに。

 わたしのお腹辺りを示して――ぐうと虫の声。

 

「……あ」

 

 とっさにお腹を押さえて……それでも構わず何度か鳴いて。

 思わず、きっとそのカブの方を睨み付けるが、けれど、そのカブ頭は「それに何やら寝言で呟いていましたので」とそのまま何事もないように話をつづける。

 気を使ってくれているのだろうか。

 

「せっかくですから、なす料理でも用意しようかと思ったのですが」

「いらないわよ!」

 

 嫌味のような言葉に、噛みつくように言った。

カブ頭は「そうですか?」なんて不思議そうに首を傾げる……なんだか、残念そうに。

 なんだろう、野菜仲間として思うところがあるのだろうか、というか本気だったのだろうか・

 

――わけがわからない……。

 

まず、この状況は何なのだろうか。

 なんでカブ、いや助けてくれたらしいのだけど……どうしてこの墓場に、そしてどうしてそんな親切をしたのだろう。いや、気紛れなのかもしれないけれど、これは偶然なのだろうか。それとも何か意図があって――いや、何のために。

 状況も状態も、正体も目的も。

 何もかもが不明のまま、近くにぬえでも飛んでるんじゃないかと見回してしまうくらい『わからない』ばかり。

 その真っ白なカブの内はいったいどうなっているのかと――。

 

 そこで――何かの音がした。

 ドンドンと、五月蝿く響く何かが――どこか近くで。

 

「まあ、確かに。在り物だけではお腹は膨れませんね」

 

 その音に意識をとられそうになったところに、そのカブが口を開く。

何気なく、ちょうどよいタイミング。ちょうどよく邪魔をする。

 

「驚かせなければ食べられない。驚かせられるからこそ――美味しく食べられる」

「……」

 にたにたと笑いながら、じっと私を見つめて、傘もすべてをじろりと眺めて。

 

「しかし、それをするにはいささか古くさすぎる――でしたかね」

「……っ!」

 

 むっとした。先ほどの怒りが蘇った、。

 なぜ、野菜風情にそんなことをいわれなければならないのか。気にしているのに、気にしているからこそ、他人に言われたくはないのに。

 

「いえいえ、貶すような意図はありません」

 

カブ頭は慌てたように両手を振った。

早とちりしないでくれと。

 

「ただね。伝統というのはやはり、そのままでは飽きられるものだ」

 

 己の頭を指して――意味は分からないけれど、真に迫る声で。

 

「ときには大がかり。新しい要素や変わった何かを取り入れて、日々奇異の目を刷新しなければ――」

 

 忘れられてしまう。そういおうとしていたのだろうか。

 けれど、それは中途で区切られて――大きな音が横切った。

 

「何……?」

 

 ちんどん、音が鳴る。やかましと、声が騒ぐ。

 ドンドンガヤガヤ。ガンガンドタドタ。ガチャガチャなって、バタバタ走って。

 どたばたどどん。どんがらがしゃん。

 

――これは……。 

 

 太鼓だろうか。金管だろうか。

いや、鐘や尺八、喇叭に木弦、よくよく耳を澄ませてみると、様々な音が入り混じって鳴っている。指揮をされているといった曲ではない。拍子も合わせもてんでない。

 ただただ、好き勝手に鳴らしているだけ。ひどく乱雑乱暴な、うるさいらんちき馬鹿騒ぎ。

 

「――おやおや、また暴れているようですねぇ」

「え……?」

 

 そのカブの頭は、それが何かを知っているようだった。

 どういうこと、と首をかしげると。 

 

「いやね、何やら昨今……九十九髪の赤ん坊がやたらめったら生まれているようでして」

「赤ん坊?」

「ええ、まだまだ生まれたばかり――生まれるには、いささか幼すぎるようなものばかりが」

 

 

 すっと持ち上げられたステッキがまっすぐと暗闇の向こうを指した。

そちらから近づいてくる音たちが、けたたましく姿を現して。

 

――あれは……。

 

 歩くたび音が鳴る。走るたび音が騒ぐ。

 かけ茶碗にかけ酒瓶。お皿に急須に湯呑みにちゃぶ台。

 穴の空いた太鼓が鳴って、埃を飛ばして箒が舞って、ざんばらばらと包丁まな板、トタントタンとチャンバラ気分でぶつかり合って。

 手足のみが生えたもの。目と口のみが蠢くもの。

 まだまだ、生まれたばかりだろう行列が騒がしく辺りを荒らし回って――行列と。

 

「全く騒がしいものですねぇ……生まれたばかりで仕方ないかもしれないですけど」

 

 そんな小さな行列が、墓場の道を荒らしている。

 周りを漂う人魂は迷惑そうにそれを避けて、寝不足なのか目に隈をつくった狼が吠えて追い払おうとしている――いや、まだ耳もないのもいるから効果は薄そうだが。

 隣のカブ頭も同じく、そのどんちゃん騒ぎ立てるちびっこ達を迷惑そうに見下ろしている。なんだか、畑を荒らす烏と案山子のようにもみえるけれど……そういってしまうにはたいへん滑稽な。

 

「さてさて、どうしたものやら」

 

 首を傾げるカブ頭。

 私もつられてそれを眺めていて。

 

「私も……」

 

 動き出したばかりの時はこんなものだったのか。

 そう考えれば可愛いものかもしれな――

 

「がーがー」

「ガガガッラガッシャン」

「ギギギ、キ――ギー」

 

 ――いのだけれど、騒音というにはちょっとうるさすぎる。

数も数、無数にひしめく古道具たちがもはや何かもわからないぐらい。

 硝子をひっかく音や鐘をかき鳴らす音。芯まで響く太い音がしたと思ったら耳障りにつんざくような金属音。

音と音がぶつかりあって混ざり合って、ほんとうに五月蝿いとしか言いようのない音。

 

「……」

「うるさい、ですねぇ」

 

 むっとした私の顔を察したのかカブ頭が同意するように頷く。

それに応えようと声を出そうとするのだが、やはりと周りの騒がしさにかき消されてしまう。このままでははなしもできないぐらい。

 

――どうだっていいけど。

 

初めて吸い込んだ空気に浮かれているのか。初めて歩きだした地面に酔っぱらっているのか。

 どうにも調子に乗っている。調子はずれに、わめき散らしている。

 騒音、喧騒、やかましじゃかまし。子どもだから仕方ない――にしても五月蝿すぎる。

 それに、何より。

 

――そんなに好き勝手にやって……。

 

そいつらは、私の場所を荒らし回っているのだ――それはもう、しゃくな話だ。こんなひよっこたちよりも、ずっと長く、散々苦労に苦労を重ねて生きてきたのだというのに……今生まれたばかりといった赤ん坊が、好き勝手に暴れまわって。

 あの里の子たちみたいに、私を怖がりもしないで。

 

「……やいやい、そこいくひよこたち!」

 

 こどもだから……こどもだからこそ。

 舐めれてばかりはいられない。

 

「ここを誰の縄張りだと思っているのよ」

 

 どんと下駄を踏み慣らし、行列向かって睨みを聞かす。

 よいと掲げた傘は練習通り、粋に息巻き型どおり。

 

「あちきは由緒正しき化け傘一妖……人驚かせたこと数知れず、魂消したこと人の数が如し」

 

 里で見た怖い顔した芝居のように。

 ぎろりと目を向き片足前に。

見栄を張って虚勢込めて。

 

「あちきは百戦練磨の夜の主――そんなあちきの前にして、何を調子にのって行列気取ってるってん、だい!」

 

 どんと思い切り地面を揺らすような勢いで踏む。

 ちょっと噛みかけて焦ったけれど、ちゃんと最後まで言い切れた。思いっきり傘を振って――ちょっと力を込め過ぎて弾幕まで飛び出してしまったけれど、近くの死体が食べてしまったのでセーフ。

 

「……」

 

 そんな私のちょっと頼りない見栄切りにでも、止まった騒音行列。

 ぴたりと止まって、目玉があるもはじっとこちらを見つめていて――

 

「わ、わかったならいいわよ」

 

 静かになったそいつらにふんと首をふってカブ頭に向き直る。

 

「あなたもありがとう。私はそろそろいくから」

 

 そういってきびすを返す。

 何か話そうとしてきた気もするがもういいや、と。

 

 歩き出そうとしたところに。

 

「おやおや、これは驚いた」

 

 

 そんな声がした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 音を鳴らす行列の中、いつの間にやら先頭に押し上げられて、どんどんぱちぱちとのし上がって夜の道を道を行く。

 墓を通って、お寺を横切って、川を渡って、泉を回り込んで――ぞろぞろ、がやがやと大きな夜行となって。

 

 

「――このお祭りは、あなたが主催なのかしら」

 

 そんな熱で浮いた私の前に、一人の少女が立っていた。

 とても気品があって、もの凄く尊大で――すごく強そうな、紅い瞳の少女。酔っぱらった頭では思い出せないのだけど、どこか……お寺でみた新聞で見たような。

 

「なかなか面白いことをやっているから勝手に混ぜてもらっているわよ――ちょうど、妹がお祭りというものにはまっているの」

 

 ちょうどいい催しごとだ、と。

 少女はご機嫌麗しく微笑んで――いつの間にか、現れた銀色の髪をした女の人が何かを手渡してくれた。

 どうやら、お酒――それもわいん、といってだろうか。

 

「お礼よ」

 

 そういって、彼女は去っていった。

 最後に残していったその視線の先を辿れば、九十九髪の群に混じって一際背の高い一本足……あれは、里の外れに現れる化け案山子だろうか。人とみればすぐに飛びかかるような単純な存在であるはずのそれが、ぴしっと縦列に隊列を組んで、夜行に参加している。

 よく見れば、その一番前には一本の一際大きな焦げた案山子――を持った少女。小さな、ちょうどさっきこちらにきた青色の髪をした少女と、よく似た背格好と姿に金色の髪。

 少女はぶんぶんと、その焦げた案山子を振りながらその群の先頭を行く。

 あの少女に従って、案山子たちは動いているのだろうか――そう思ったところに、その隣を駆けていく少女の形をしたナニカが目に入った。列から外れた案山子に四角い茶色いものをぶつけて再び列へと叩き戻し、けらけら笑う。

 ぶつけて石には何やら文字が刻まれていて……砕けてしまってはっきりとは見えないが『住』という文字だけが。

 

――……。

 

 そのすぐ隣の地面では、うねうねと、何やら無数の管のような影が蠢いている。 

 

――なんだろう、あれ。

 

 くるくると、蓄音機のようなものが回って心地よい音を吐き出している。手回し式、けれどよく見ればその本体自体から手が伸びて、そのレバーを回している。音を出している場所にもよく見れば舌と歯が――つまりは、それはその妖怪の声ということなのだろう。元になっただろうもの通り、それはきれいな音色。

 それに耳を澄ますと、すぐそこで、何かを振り回すような音が聞こえた。そちらを向けば、真っ暗な小屋のようなものから手が飛び出して、刀を振り回している。

 時折、眺め回すようにそれを翳し、飛び出す舌でべろんべろんとなめ回す。

 そして、そんなよそ見をしているから小石に躓き転んでしまう。

 

「わっ!」

 

 こちらに飛んできたそれ。

 それを隣からにゅっと伸びた手が受け止めた。

 掴みとったそれ――鋭い刀を慣れた様子で眺める作務衣の青年。

 うんうんと頷きながらその刀を眺め、その材質、反りの具合、刀の種別と刃紋、作成過程などをゆるゆる語りながら、懐から取り出した石――あれは砥石だろうか――でその刀の最善の研ぎをめざし始める。――身体に植わっている植木はいったい何の妖怪なのだろうか。

 その隣に並んでいるのは、あれは中華系の妖怪だろうか。周りの妖怪たちが珍しいのか。手に持った巻物にメモをとり続けている。よく見れば、指先がそのまま筆の形となっていて、身体の内側から染み出すように、その墨はつきることがない。

 そしてまた、その隣に、うねうねぬめりと照かる、無数の線が渦巻いて。

 

「それは私のものよ!」

「わきゃっ!」

「そんなとこ転んでもお菓子の気配はないわよ」

 

 一際騒がしい三人組の声。

 そちらを向けば、桃色の髪をした少女が囲まれて……可愛らしい姿のその顔はのぺらとつるん。何もないかと思えば、ぱっと手を翳す度、違う目と口が現れる。その度ぼろぼろと落ちた何かがころころと転がって――あれはお菓子だろうか。それを狙って小さな妖精たちが群がっているのが見えた――その間に一人だけ背の高い影。

 拾い上げたお菓子をぽいっと上へと放り投げてから口に入れる……すると、ふわっと煙が現れて、そこに美しい子女たちが映りだしてまた行列へと加わっていく。

 その子女たちは、同じ顔の者もいればきらきらどこか輝いている気がするのもいて――

 

 何やら奇声を上げて走り去っていったのは、いつか九尾を追い回していた妖怪だろうか。片手には何やらどす黒い液体を持っていて、たまにそれを口に含んではげふっと気持ち悪そうに吐き出している。

 端から見れば、はた迷惑――それを、隣から容赦なくぶんなぐったのは筋骨隆々の……上半身の裸に何やらひらひらとした一枚だけの布をつけた妖怪。かっきりとした軍帽を被って、鋭い目がぎらぎらと輝く――どこか戦場の雰囲気を持つ妖怪で。

 

「わたしの歌をきけー!」

「わたしの歌をきけー!!」

 

 いつの間にか混ざっているあれは……響子とミスティア。何といっただろう、確か、あのぱんくばんどとかいうもののメンバーで、いつもうるさい……その真後ろにいる真っ暗い大きな影がいる。

 なぜかはっきりとは見えないのだが、そこから延びる丸い何か――大筒のようなものから花火を打ち出して空を飾り、上機嫌そうに笑んでいる。

 隣にはまた、てかりと黒光るウネウネとした触手の群れが――

 

「ええと……」

 

 大物小物。業物曲者。

 わけのわからないくらいに集まって。

 

「えっと……」

 

 有象無象に一騎当千。魑魅魍魎と無双が並び。

 名の通り過ぎた幻想がこれでもかというぐらいに並んで騒ぎ、暴れに揃って百鬼の夜行と後ろにいっぱい。

 

「……」

 

 その先頭を行く私。

 百鬼の妖引き連れ化け傘。

 

 不相応に、大きな行列が――私の後ろで。

 やはりあんな誘いにのったのが悪かったのか。

 お腹が空いてるからといって、あんな。

 

――――

 

 

「――お腹、空いてるんでしょう?」

 

 私に感じ入ったのだろう、後ろに並ぶ器物たち――ただ懐いただけかもしれないけれど。

 それを指してカブが言う。

 

「なら、食べに……かっ食らいにとね」

 

 その行列を指さして、里まで続く道を指し。

 

「人の驚き、恐怖に嘆き……首を傾げて、落っことしたほっぺの朱を。そんなものを踊り喰いに」

 

 私が歩くとついてくる器物達。誘われ出てきた妖精亡霊。

 

「ここは幻想花咲く場所だ――血の気の多きに祭り好き」

 

 勝手に飛び出してくるのはいつものこと。

 異変があれば顔を突っ込む物好き化け物。

 

「篝火上げれば寄ってくる。拍子を鳴らせば踊りだし、酒を回せば飛びついて――行列並べば、御輿が走るやも、とね」

 

 

――

 

 そんな誘いに冗談交じりにで歩いていたら――いつの間にやら、影は増えていた。

 器物の数も、そして、その騒音に引き寄せられたのだろう亡霊や妖精たち。

 大妖怪に大亡霊に、大妖獣に。

 

「あ、はは」

 

 恐ろしくて怖ろしい。

 あまりにびっくり仰天、魂消え驚天動地に震え。

 竜頭蛇尾ならぬ、蛇の頭に龍の尻尾が群雲付き。

 予想などしていない大事――天地を揺るがす大名行列。

 

「はははっ」

 

 笑うしかない。笑っていることしかできない。

 恐ろしさの果てで――振り切れて、なんだかもう愉しく《・・・》なってきて。やめとけばよかったと思ったけれど、もはや引き返せなくて。

 

「ああ、もう――」

 

 ぐびりと、さっきもらった瓶を煽る。

 苦くて酸っぱく、ちょっと甘い……妙なお酒の熱さが胸に満ち、熱暴走を通り越す。

 御神酒で敷居が下がるなら、妖怪垣根も妖酒で突っ切れるだろう――そんな開き直りで

 

「みんな揃って、あちきの後ろについてきな!」

 

 姉さん気分で思い切り叫んだ。酔っぱらって誤魔化して自棄糞気分で歩き出した。

 お祭り御輿は無礼講、誰も後のことなんか考えていないのだ。おあとの祭りも呑んで忘れろ。祭りの後は野と山どこか。襤褸雑巾と捨てられたなら今度はコウモリ傘のお化けと生まれ変わればいなんて気分で。

 

まあ、お腹いっぱいなら(みんな驚かせたなら)幸せだ。

そう、傘を振り上げて――私は久しぶりの食事に笑う。

 走り出した行列は日の出までは消えぬもの――それまでは、きっと生きていられると。

 

 

 せめて、食べれるだけ食べておこう、と私は傘をぶん回した。

 どうか明日はじゃじゃ振り夜を続けてお願いします、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇おまけ◇◆◇

 

 

 

「あら、わけのわからない催しが開かれているかと思えば……」

 

 ぐらりと揺れた空間。

 ぱっくりと裂けた空の中から、一匹の少女が顔を出した。

 手には扇。表情の半分以上をそれで覆いながらも、なぜだかその向こうで微笑んでいる、というのが透けて見える――怪しさ満載で。

 

「あなたの仕業だったのね」

 

 ちょうど列を離れていた蕪頭の男は、そちらに一瞬振り向いてから、何もなかったというようにまた、その行列へと視線を戻す。

 にたりと――蕪の向こうで何かが笑い。

 

「いえいえ」

 

 くるくるとステッキが回る。

 胡散臭い声音が跳ねる。

 

「これは勝手に成ったもの」

 

 両手を広げて長さを示し、誇るように、おどけるように。大げさな仕草で、調子にのった楽しげ声で。

 

「積み上げた幻想が、線とつながり流れとなって――これまた大きな形となった」

 

 くるりくるりと銀色が回る。

 愉しそうにそれを眺めるそれは、まるで、何か懐かしいものを見つめる翁のような、古びてしまった何かであるようで。

 おなじく萎びた蕪の頭。似合いの頭が愉しそうに。

 

「そうでしょう、紫の賢者さん。先を引くのは、いつだって今の住人――若い古いの寄り集まってが祭りというもの。笑っているのはいつだって今そこにいる者たち」

 

 語った言葉は、若く古びて。

 子供のような姿にも、翁のような声音にも、ぶれにぶれて姿が欠けて。

 

「……そうね」

 

 その不思議な光景を、大して気にした様子もなく受け止めて――幻想の住人は笑う。

 

「神人妖と混ざりあうのが祭りというもの――曖昧模糊で混沌と。何が紛れ込んでもわからない」

 

 そういうものだと。

 そういうことだと。

 

 当たり前だと受け入れる。

 

「貴方も、その灯りに惹かれたわけのわからないなのかしら?」

 

 そう、私たちはそういう存在なのだ。

 ここは、そういう場所なのだ。

 

 身体半分、どこにあるのか見通せない少女はそう問いて。

 

「――さて、ねぇ」

 

 けらけらと蕪笑い。

 げらげらと蕪は微笑み。

 

「まあ、こんな道楽。こんなふざけた祭り()なら飛んで入らにゃ損々とね」

 

 おどけて弾ませ。ふざけてのろけて。

 くるくると、ステッキ回して投げ捨てて。

 

「異変も異変……ただただ歩く妖怪縁者の行列だ」

 

 投げたそれは空へと溶けた。

 夜の闇にふわりと消えた。

 

「こいつに、驚かないのはいないでしょう――お菓子(驚き)が溢れて、みんなで分けないと」

 

 そういうのが祭りの醍醐味でしょう。

 

 

 

 そう残して――何かは消えた。

 ふわりと風に溶けたのか。ゆらりと闇に解けたのか。

 

「ふふ、そうね」

 

 残された少女はにこりと笑って――

 

「随分危険な……そしてこの上なく平和な百鬼夜行ですこと」

 

 

 残ったその行列をぼんやりと。

 響くその残響をのんぼりと。

 

 

「こんなものも、たまには悪くないわ」

 

 

 誰かの悪戯が驚きとなった行列を――ゆっくりと、眺めていた。

 

 

 

 

――――

 

「……けれど、あのカブ頭……原典気取ってそれらしく見せた、ということなのかもしれないけれど――」

 

 

「ハロウィンというのはもう、とっくの昔に終わっていますのよ」

 

 

「まったく、時代遅れなお年寄りですこと」

 





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