「昔はよちよちとわっちの後ろを歩いてついてきていたのに、今となってはわっちがお嬢のお尻を追いかけることになるなんて……わっち悲しい、いやでもなんか興奮――」
「……朱華?」
「あっはいすみません」
現在地は迷宮都市オラリオの中央にある『大穴』の中、ダンジョンの50階層。【ロキ・ファミリア】のメンバーは到達階層更新のために遠征をしていた。49階層での激戦を乗り越え、今は
「ア、アイズさん!」
アイズと歩いていたところ、アイズを呼び止める声があった。振り向けば、そこにいたのは山吹色の髪を後ろに一つ束ねたエルフの少女、レフィーヤ。
「さ、先程は助けていただいて、ありがとうございました!いつもいつも足を引っ張ってしまって……その、すいませんっ!」
「……怪我は平気、レフィーヤ?」
アイズが尋ねると、レフィーヤがあたふたしながら問題ないと言い張った。なんでコイツこんなに緊張してるんだろうか?
「レフィーヤはそんなに緊張しなくてもいいと思うけどねぇ?いちいち気にしてたら下げる頭が足りなくなったりして……フッ」
「いや、面白くないですよ、朱華さん」
「あれ、なんかわっちにだけ冷たくない?」
レフィーヤはアイズに向き直る。申し訳なさそうな顔をしている。
ふむ、これではレフィーヤの精神が少し不安だ。
「……本当に、すいません。守られているだけじゃいけないのに、いつも私は……」
「……私は、大丈夫だよ」
そう言って俯いたレフィーヤにアイズは言葉をかけるも、彼女は顔を上げない。すると、アイズが躊躇うようにレフィーヤの頭に手を伸ばし、ゆっくりと手を頭に乗せた。
ピクリと肩を揺らすレフィーヤ。その頭をアイズは慣れない手つきで撫でた。
「大丈夫だから」
アイズの声で漸く顔を上げたレフィーヤの目には涙が溜まっていた。
滅茶苦茶からかいたくなる気持ちを抑えてしばらく見ていると、レフィーヤは頬を紅く染め、唐突に「も、持ちます!」と言ってアイズが手に持っていた天幕の布を取ってしまった。
「――アーイーズ!」
「おっ?」
「……ん」
そのときアイズに衝撃走る。背後からティオナがアイズに抱き着いてきた。
「ティオナ……」
「何やってるの?また朱華にセクハラされた?レフィーヤはへこんでアイズに慰めてもらってるの?」
「わっちはセクハラなんてしてないですぅ」
「べ、別に私はっ、慰めてほしいわけでは……!?」
レフィーヤがさっきより赤くなった。アイズが僅かに顔を緩める。きゃわわ。
「気にしない方がいいよ、レフィーヤ。
「わっちもそれが言いたかった」
「……うん」
「うっ……わ、わかりました」
レフィーヤが小さい体を縮こまらせた。その様子を見たティオナが可笑しそうにくすくすと笑う。
「……で、さ。アイズ、何であんな無茶したの?」
「わっちもそれが聞きたかった」
「朱華はちょっと黙ってて!」
「はーい」
怒られちゃった。てへぺろ。
しかし、アイズが単独で突貫した理由を問いただしたかったのは事実だ。彼女はどこか焦りを感じていたように思える。その焦る原因が知りたかった。
「……」
「あたし止めたのに。
いつも快活で明るいティオナの声音が少しだけ険しくなる。それに対して、アイズは表情の変化が乏しい顔に、先程のレフィーヤのように申し訳なさそうに影が差す。
「……ごめん」
「あたしも大概だと思うけどさ……アイズはもっと危なっかしいよ」
どこか寂しそうに小言を漏らすティオナ。アイズは抵抗せずに次第にぶーぶー文句を垂れるティオナに抱き着かれ続けていた。レフィーヤは羨ましそうに二人を見ている。
「おい、気持ち
「
すると、横から現れた脚がティオナを蹴りつけた。
いつの間にかそこにいたのは、
「ちょっと何すんの!?すっごい痛かったんだけどー!?」
「気色悪いって言ってんだろ。寒気がすんだよ、変なもんを見せるんじゃねー」
「そんなこと言ってっ、ど~せベートはアイズにちょっかい出したいだけでしょ、この
「なっ、てめっ……け、喧嘩売ってんのかっ!?」
何を隠そうこのオオカミ野郎、本人は気付かれないように振る舞っているつもりだがアイズ一筋なのがバレバレなのだっ!何かにつけてアイズに接触しようとするムッツリな悪い狼だ。
「やーい、図星ぃーっ!残念狼ぃーっ!!」
「やーい、足が遅くてアイズに尻拭いさせた残念ムッツリ狼ぃーっ!!」
「クソ女にクソ狐ぇえええええええええ!?」
「あ、あの、三人とも、喧嘩は……!?」
すぐさま激闘、もとい激しい言い争いになる。それをレフィーヤが仲裁をしようとする。
「何やってるのよ……まぁ、聞かなくても見当はつくけど」
「……ティオネ」
ひとり輪の外で佇んでいるアイズの隣に、騒ぎを聞きつけたらしくティオナが歩いてきた。
「アイズ、団長が呼んでいたわ、行ってきなさい。あれは私がやっておくから」
「……ごめん」
「いいわよ。――ほら、あんた達、遊んでるなら野営の準備を手伝ってきなさい。それと朱華、団長が呼んでたわよ。まったく、古参なんだからこんなところで油売ってちゃ駄目でしょうが」
「ん?ああ、すまんね」
ティオネに言われて野営地の奥へ向かうアイズについていく。進んでいくと目の前に見えるのは一際大きな幕屋だ。その側には【ロキ・ファミリア】のエンブレム、
「フィン」
「ああ、来たかい、アイズ。朱華、君はここで僕らと話し合いをすることになっていたはずだけど?」
「ごめんごめん、少し若い衆と遊んでた」
「がははっ、お主は相変わらずじゃのう」
「ガレス……今は笑うな」
幕屋をくぐると円卓を囲む【ロキ・ファミリア】の首脳陣がいた。いや、わっちもなんだけどね。
「さて、前置きはいいだろう。なぜ呼び出されたかわかるかい、アイズ」
「……うん」
「なら話は早い。どうして前線維持の命令に背いたんだい?」
フィンは小さな外見ながら【ロキ・ファミリア】のダンジョン攻略において全指揮系統を任されている、団員達の長だ。フィンにとって、第一級冒険者であり幹部でもあるアイズが命令違反を犯したことは無視できない事だ。
「アイズ、君は強い。だからこそ組織の幹部でもある。内容の是非を問わず、君の行動は下の者に影響を与えるんだ。それを覚えてもらわないと困る」
「……」
「窮屈かい?今の立場は」
「……ううん、ごめんなさい」
アイズが少し動揺した。フィンの洞察は的確だったのだろう。
「まぁ、そう言ってやるな、フィン。アイズも
「それを言うなら、詠唱に手間取った私の落ち度もあるか」
ガレスとリヴェリアがアイズを擁護する。アイズが申し訳なさそうに眉を下げた。
「わっちも若者のお世話担当ながらアイズを強く止めなかったし、寧ろ加勢しちゃったしね」
ここぞとばかりに援護射撃。アイズがこちらを見たのでウインクをする。そっと一瞬で目を逸らされた。わっち悲しい。
それを見てか、フィンが苦笑した。それから言葉を続ける。
「アイズ、
「……わかり、ました」
「その顔を見ると、もうティオナ辺りに絞られたんだろう。行って構わないよ」
そう告げるフィンにアイズは頭を下げる。リヴェリア達にも感謝と謝罪を込めながら。
あれ、アイズたん?わっちには?ねぇねぇ。
アイズは幕屋の入口でこちらを一瞥して出て行ってしまった。
「ふぅ……」
「どうしたんよフィン?溜め息なんかしちゃってさ」
「……今のアイズは、周りが見えているかなと思ってね」
「ん~、少なくとも家族を見失うことはないと思う」
「そうか……」
フィンの懸念ももっともだ。今のアイズは走りっぱなしで前しか見ていないときがある。
冒険者になってから史上最速でLv.2へのランクアップを果たし、僅か5年ほどでLv.5に到達した天才女剣士、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。その実力は今の幹部の中でも古参の首脳陣に並ぶか、それを超えるほどだ。
それでもアイズはやっぱり見ていると心配になる。いつか一人で手の届かないところに行ってしまうんじゃないかってね。
「ふぅ……じゃあこれから今後の予定について話をしようか」
「カドモスの泉水だったっけ?ディアンケヒトさんのところからの
「ああ、そうだ。求められてる量が多めなのが少し厄介なんだ。だから少数精鋭で二組に分けて行こうと思っている」
一つ下の51階層に幾つかある『カドモスの泉』、そこから要求量の泉水を採取しなければならないとのことだ。
「メンバーの選抜は食事の後にしようか」
それで一旦首脳陣の話し合いはお開きになり、軽い食事をしてから