リヴェリアが見ていたモノは、樹林をへし折りながら現れた。先程の芋虫より一回り大きく上半身が人間の女のような四本腕のモンスター。体が黄緑なのは相変わらず、下半身は芋虫だ。どす黒く膨張した腹部には大量の腐食液が混じっているのだろう。
それを見た団員達は沈黙してしまう。静寂がしばらく続く。
突如、無数の光が弾けて爆発音が響く。遠くから見た程度だが、あのモンスターが出した虹色に光る粉塵が爆発したのだと思われる。それも、粉塵の一粒一粒が、だ。
コイツはまずい。
「総員、拠点を破棄して最小限に物資をまとめろ!撤退だ!」
「朱華!?あのモンスターを放っていくのか!?」
「落ち着けリヴェリア、らしくない。フィンならきっとこう考える」
あのモンスターは全員で立ち向かうには今の物資は足りない。長時間の戦闘は不可能だ。被害も最小限に抑えたい。ベートではないが、数名を除いて他の団員は足手まといだ。彼らの逃げる時間も必要だ。
でもリヴェリアの考える通り、芋虫女のモンスターを放っておいてはオラリオ最強の一角の名が廃る。他ならない自分達がそれを許せない。
それなら、被害を最小限に抑えつつ芋虫女のモンスターを撃破する方法は一つ。
「アイズに単独であのモンスターを討伐させる」
「っ!?……我々は、あの子にあんなことを言ったのにな」
「そうだな……」
この指示は、十数時間前にフィンがアイズに告げた言葉とはかけ離れている。今頃あのオチビはアイズに詫びの言葉でも言っているんじゃないだろうか。
ベート達がこちらに向かってくるのが見える。その中に、やはりアイズはいない。
「おーい、誰か
「朱華、それほど疲弊していたのか?」
「まあ、ただの準備だよ」
「は?」
おっかさんの間抜け声。激レアだ。リヴェリアファンクラブの皆さんに是非見てもらいたい。
少しするとサポーターの
「プハァッ……ほ~ら、急いだ急いだ!腐食液が爆発の風圧で飛んでくるかもしれないよ!」
団員たちが準備を進める手を速める。あともう少しすれば終わるだろう。
その間にベートやラウル達が拠点に到着した。
「副団長、朱華さん!団長からの指示っす!速やかに拠点を破棄、アイズさんが時間を稼いでいる間に最小限の物資だけ持ってこの場から離脱するっす!」
「もうやってるっす!」
「ええ!?なんでっすか!?」
「ふざけてねぇでさっさと動きやがれっ、キツネ野郎!」
ベートはイライラしているのか、いつもより少し口調が荒い。いつもと違うのはベートだけでなく、ティオネやティオナの表情も少し暗い。レフィーヤは目尻に涙を浮かべている。
「……偶然、今回はアイズだったんよ」
「……クソッ」
「私は……私は、いつも……」
「……物資の準備は終わったようだ。今私達がするべき最善の手は、時間を稼いでいるアイズのためにも早く退避をすることだ」
「うん……」
リヴェリアの言葉で、ベート達は団員たちを率いて退避を始める。
「よし、我々も行くぞ」
「あ~、ごめん。おっかさん、わっちは少し残る」
「誰がおっかさんだ……って、そうではなく、何を考えているんだ?」
「いや、ね?何かあったらアレっしょ?」
嫌な予感というのはしないが、これも万が一の保険程度だ。
もし、あのモンスターがアイズでも倒しきれない程の力を有していたら。もし、アイズがあのモンスターを倒した後に、
まず無いとは思うが、油断ならないのがダンジョンというものだ。こんな
「朱華、何をしているんだ?」
「おお、来たかフィン。なぁに、ちょっとした野暮用だよ」
「……わかった。アイズは君に任せた。ある程度距離を取ったら信号を出す」
「りょーかいっ」
フィンはそう言って皆のところに走って行った。
フィンは言わずとも分かっていた。伊達に長い時間寝食を共にし、互いに切磋琢磨してきたわけではない。
少し遠くにいるアイズを見やる。
縦横無尽にモンスターの周囲を動き回って攪乱しているが、あの芋虫女のモンスターに死角はないようで、アイズがどこにいてもその長く平たい腕で執拗に彼女を追いかけまわしている。
一瞬、アイズが風を纏って一段と速く動き、モンスターの背後に回り込んだ。すると、モンスターの後ろ頭に生えていた触手のような管が伸びて、アイズに向けて腐食液を射出した。回避を惜しんだのか、アイズはそれを斬り払って、芋虫女の懐から離れた。
それは悪手だ。
芋虫女は体をひねり、遠心力を利用して二つの腕を振るう。アイズはそれを受け止めて弾き飛ばされてしまう。そうすると、モンスターの腕からかなり大量に虹色に光る粒子が発散さ
れた。
しかし、それは意味をなさない。
アイズが風の鎧を開放し、芋虫女の虹色爆弾を風で吹き飛ばす。アイズを中心に盛大に爆発が起こる。
オチビの奴、やっぱりよく見ている。オラリオ一の智慧によって誰が一番アイツの相手に適しているのか判断したのだろう。
爆発が収まり、やがて、信号が打ち上がる。撤退は完了した、
アイズが強風を纏う。それからはもう一方的な蹂躙。
全ての足を斬り、芋虫女の体の動きを奪う。そのままソイツの体を駆け上がり、腕を斬り落とした。器官が狂ったのか、それは爆粉を撒き散らしながら落下する。芋虫女は為す術もなく爆発に巻き込まれた。
宙を舞いそれを俯瞰するアイズの姿は、さながら
次で終わらせるのだろう。愛剣《デスペレート》を手に、こちらに向かって連続で宙返りをして、一枚岩に足を着ける。
アイズは嵐のように強力な乱気流で身を包んだ。そして。
「リル・ラファーガ」
いつだったか
アイズは豪風の螺旋を成し、一本の矢となってモンスターを貫かんと神速の勢いで芋虫女に肉薄する。ソイツの平たい腕の盾など、紙も同然。
「【
銀の矢はモンスターを貫通した。
「【アーラ】」
視界が切り替わる。
真後ろには、体に大穴を開けられて一瞬硬直するモンスター。
それを気にせず、前にいる成長を見守ってきた少女の手を取る。
芋虫女の体が膨張し始めた。
「お疲れ様、アイズ。さあ、みんなのところに帰ろう」
「……うん」
「【
本日三回目の転移。結構体に痛みが走るけれど、この分なら
モンスターの膨張が最高潮に達する。
「【アーラ】」