もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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没ルートの更新はここまでになります。
あとはまあ、番外編をちょっと挟んでそれで更新の終了を予定しております。
元々サイランドリー(ドラウパティー)中心に進めていく話だったので、彼女周辺の描写は本編と同じ感じだったりします


没ルート 記憶喪失編・6(←ココマデ!)

「嗚呼、糞ったれ! 一体どうして、俺が! こんな目に!!」

「嘆きたいのはこちらの方ですわ! それより、悪態をつく暇がありましたら、足をもっと早く動かして!!」

 

 ガチャン! 

 何か薄っぺらいものが粉々に割れたような音が、さほど離れていない距離から聞こえる。

 鼻をくすぐるのは、抱きかかえた女体から香る甘い甘い睡蓮の匂い。

 並みの男であれば、絶世の美女の纏うその芳香だけで陶然とした心地になるだろうが、文字どおり命がかかっている現状において、そんな気には全く慣れそうにない。

 

「――それでっ!? あの男から距離は取れた!?」

「まだですわ! ああもう、なんてしつこい殿方なのでしょう!!」

 

 ガチャン、ガチャン、と断続的に音が響く。

 それだけではない、ガチャガチャと金属同士が忙しなく擦れ合うような不快な響きも徐々に近づいてきている。あの野郎、さっきまでは武器なんて持ってなかったくせに……!

 

「……ああ!! もうあんなところに!」

 

 俺の肩越しに背後を警戒していた美女が悲鳴を上げる。

 ――不味いな。初手が不意打ちだったからそれなりの距離は稼げたものの、相手は生粋の武人。おまけに、地形の理はあちらさんにあるときた。もう、これだけの距離を詰めてきたのか。

 

 ――となると。

 布で包んだ美女の肢体に爪など立てないようにして片手で慎重に抱え直し、一時的に空けた方の手で精密な細工のなされた欄干をきつく握りしめる。

 

「ちょっと揺れるから、舌噛まないように! 踏ん張ってね!」

「わかりましたわ! ――きゃあ!」

 

 そうして、一時的に強化した筋力で持って、その手を軸にして、勢いよく欄干を飛び越えた。

 そのまま、重力に引かれて地上に真っ逆さま。それこそ、抱え込んだ女が悲鳴を上げるのも致し方ないことだ。

 惨憺たる惨状を想像したのか、肩に置かれていた女の爪が、ぎゅっと柔肉に食い込む。綺麗に鑢で磨かれた爪が食い込んで地味に痛い。

 

 びゅうびゅうと風が吹き抜ける中、一直線に地上へと堕ちていく。

 侵入者よけのために高くそびえ立つ壁も兼ねている高層階から飛び降りたのだ。只人であれば、それだけで自死にも至るだけの高さであるが故、相手の意表をつけたことは間違いない。

 

 ――これで、少しは距離を稼げたはずだ。

 

「――〜〜っ! いだぁ……!! 地味に痛い!!」

「だ、大丈夫、ですの……?」

 

 莫迦みたいに高く聳え立つ壁の上から飛び降りたのだ。当然のことながら、大地に降り立つというよりも、大地と激突する勢いで触れ合った二本の足裏からビリビリとした痛みが全身を駆け抜ける。

 

 ――でも、ここで痛みに悶えてばかりではいられない。

 悲鳴を上げる両足を黙殺して、美女の体を両手でしっかりと抱え直し、そのまま地を蹴った。

 

 宮廷内に設けられた将軍のためのお屋敷から、王の妻たちの住む後宮へと走る。

 とりあえず、目的はあのハチャメチャ姫君に割り当てられた区画に一刻も早く辿り着くことだ。そもそも、俺をあの将軍の元へと派遣したのはあのお姫様なのだから、当然のことながら窮地に陥った俺たちを庇護する準備はやってくれていると信じたい。

 

「これで、少しは距離を稼げたはず……! それにしても、俺は事件の前後関係がさっぱりわからないんだけど、君、一体どんな不興を買ったの?」

 

 抱え込む、というよりも抱きかかえている美女へと尋ねる。

 俺の魔力で編んだ一枚布で体を覆い、豊満な胸元で交差している彼女の手がぴくりと震える。あー、これ、絶対に面倒臭そうな事情が背景にあるな……。そんなことを頭の片隅で思いつつ、状況を理解しようと口火を切った。

 

「俺はウッタラー姫に夜中叩き起こされて、キーチャカ将軍の屋敷で宴会が開かれるからお酒をもらってこいって命じられた。屋敷に到着したのはいいけどやけに人が少ないし、宴会場には誰もいないし、君は将軍に襲われているし……。咄嗟に手にしていた壺であの男の脳天をぶん殴ってしまったけど……」

 

 ――ちら、と美女を見やる。

 妖艶な美貌は屈辱と羞恥、それから忿怒で真っ赤に染まっていた。……よし、もう一押しってところか。

 

「――ひょっとして、同意の上だった?」

「無礼者っ!!」

 

 夜の帳を切り裂くような甲高い声。蓮華を思わせる切れ長の眼差しを吊り上げ、それまでおとなしく抱きしめられるに任せていた美女が腕の中で踠き――否、暴れ出す。

 

 危うく眼球を引っかかれそうになったので、慌てて地面へと下ろす。

 己を侮辱した男から離れられたことで、少しは冷静さを取り戻したのか、肩で大きく呼吸をしながら、美女はこちらを睨めつけた。

 

 俺の邪推は彼女の自尊心をいたく傷つけたらしい。

 しかも、人づてで聞いた話では人妻らしいし、であれば、今の俺の言葉は酷い侮辱としか受け止められないだろうて。

 

「と、殿方はいつもそう! 私(わたくし)の意思も、私の想いも、何もかも全て無視して、力づくで我が物にしようとする獣物ばかり!! 人の体をいやらしい目で見たり、好き勝手に睦言を囁いて!! 私の体ばかり蹂躙しようとしている癖に!! 私自身の意思なんてっ、誰一人として求めていない癖にっ!」

 

 まさしく、絶叫のような訴えであった。

 美しいという理由だけで男性の欲望の対象とされ続けてきた女であるからこその、悲痛な叫びだった。

 

「いつも、いつも、いつもそう!! 私が一体どのような非道を働いたというの!? 私は義母に、夫たちに、忠実に仕えているだけなのに……! 彼らの娘として、妻として、決して後ろ指を指されぬようにと…‥っ、そのように勤めを果たしてきたというのに……!!」

 

 蓮の花弁を連想させる切れ長の瞳から、ボロボロと涙が溢れだす。

 真珠のような水滴が――つぅ、とふっくらとした頰を伝い、雨滴のように地面へと滴り落ちた。

 

「あんな男の元になど、誰が好んでいくものですか!! あの男がどのような目で私のことを見ていたか、気づいていないと思って!? 妃殿下も妃殿下ですわ……! どれだけ嘆願しても、どれほど懇願しても、私をあの男の元へと向かわぬことを許さなかった……!! そのせいで、そのせいで、私、私は、危うく……っ!!」

 

 大きく震える肩に、荒くなっていく呼吸、興奮のあまり引きつった喉。

 ぐ、とキツくかみ締められた真紅の唇に、吊り上がった眦。

 

 ――屈辱、憤怒、悲嘆、激奮、悲哀……様々な感情で染まった美しい顔。

 

「悔しい……! あの方達があの卑怯者に騙されなどしなければ、この私も、このような恥辱を味わうことなど、なかったものを…‥っ!!」

 

 ――まあ、同性異性問わずに目を見張らずにはいられない美貌。しかも、一国の王妃すら負けを認めずにはいられない典雅さ・優美さの持ち主だ。侍女なんぞに身をやつしているとはいえ、彼女が高貴な身分の出身者であることは間違いない。

 

 であれば、己の意に反して、紳士を騙った粗野な男に力づくで犯されかけたという事実は屈辱でしかないだろう。

 

 だから、素直に謝罪することにした。

 

「……ごめん。今のは、無神経な言葉だった。君の事情もよく知らないまま、好き勝手言って、本当にごめんね」

「…………」

 

 涙は一向に止まらない。涙腺が決壊してしまったのだろうか。

 決して軟弱とは言い難い難いの大男に力づくで乱暴されかけていた時も、涙一つ溢さなかった気丈な彼女だというのに。そんな彼女の自尊心を、心を、俺は無造作に傷つけたのだ。

 

「ごめんね。今のは、君の誇りも心も踏みにじるような、酷い言葉だった」

「…………許しません」

 

 将軍に乱暴された際に引き裂かれた衣装の隙間から覗く柔肌。

 胸元で交差している両の拳が一度だけ震え、彼女の全身を覆う布に大きな皺が出来る。

 涙で潤んだ切れ長のまなこでありながら、青白い炎を灯して燃える苛烈な目つきであった。

 

「ただでは許してなどあげません。だから、だから……!」

「――守るよ、君のこと。さっきみたいに、あの将軍の手から。

 ――そう言う事情なら、俺のように何処の馬の骨とも知らぬ男のこと、信用してくれる?」

 

 がやがやと遠くから男たちの声が聞こえている。

 十中八九、あの将軍の関係者あるいは将軍本人なのかもしれない。楽師である俺だからこそきこえるだけで、まだ目の前の彼女の耳には聞こえていないだろうけど。

 

「貴方……、不思議……。本当に殿方なの? 私を見る目があまりにも……いえ、むしろ、貴方は……彼女に……」

 

 ――茫洋とした眼差し。

 遠くを見るような目つきで、彼女は俺のことを通して誰かの姿を思い起こしているようだった。夜闇を帯びた褐色の繊手が触れるか触れないかの距離で俺の頰をなぞっていく。

 

 誰のことを思い出しているのかは知らないが、今はそれどころではない。

 

「誰を思い起こしているかは知らないけど、時間がない。君の無実……、君がキーチャカ将軍に無理強いされかけたことを証明するためには、ここからは君が君自身の足で走らなきゃ」

「――っ! え、ええ、そうね」

 

 頰に近づいていた指先を軽く手の甲で払って、彼女の目を注視する。

 一言一言、言い含めるように告げた言の葉に刺激を受け、茫洋とした彼女の瞳に活力が注入されていく。

 

「――行こう。道案内と、いざって時の盾の代わりくらいは責任もって果たすから」

「……あの方に似ている貴方の言葉を信じますわ」

 

 彼女の背に軽く掌を合わせ、周囲の様子を見渡しながら、先へと促す。

 普段、侍女たちがあまり通ることのない道へと彼女を案内すれば、怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「君の話だと、王妃と将軍はグルだ。だったら、妃殿下の元に向かうのはまずい。――いく先を変更して、集会場へ向かおう」

「マツヤ王の集会場? ――まさか!」

「――この際、全部ぶちまけてしまおう! 誰よりも率先して法を守らねばならぬ王族でありながら、夫を持つ貞淑な夫人に乱暴するようなろくでなしがこの国の将軍閣下だってこと! これは誰が聞いたってあの暴漢が後ろ指さされたって仕方ない非道だからね!!」

 

 にこ、とぎこちなく笑ってやれば、彼女が口の端だけで微笑む。

 よかった。ちょっとした軽口でしかないけど、少しばかり彼女の心を軽くすることはできたみたいだ。

 

 

 ――走って、走って。

 俺はともかく、あまり丈夫そうではない体つきのご婦人にはかなりきつかろうと思ったのだが、意外とこの美女は逞しかった。

 ほぼ全力疾走で休みなしであったというのに、わずかな息切れのみであの距離を完走してのけた彼女の根性には惜しみなしに拍手するしかない。

 

 よし、あと少しだ――と、思ったのは、少しばかり早かった。

 

「よくも、この儂に恥をかかせてくれたな、この淫婦め!!」

 

 集会場へと足を踏み入れかけた、その矢先。

 物陰から飛び出してきた大男――つまり、彼女のことを襲ったキーチャカ将軍なのだが――が、思わず顔をしかめたくなる罵声とともにその太い足を蹴り上げる。

 

 まずい。これは、完全に頭に血が上っている。

 相手が非力な女であること、己が国王の義理の弟であることすらも脳からは消え去って、ただただ己を侮辱した女相手に鬱憤を晴らそうとしかしていない――と、瞬時に判断して。

 

「きゃあ!!」

 

 彼女の肩を強く押して、将軍から距離を取らせ、その間に飛び込んだ。

 集会場の出入り口となっていた垂れ幕がうまい具合に彼女を受け止めてくれたから、傷自体は負っていないはずだ。まあ、咄嗟のことすぎて意表を突かれた彼女が悲鳴を上げる自体にはなってしまったけど、こればかりは大目に見てもらいたい。

 

 ――かは、と掠れた咳をする。

 しまったなぁ……。あんな太い足に勢いよく蹴られでもしたら、大痣か酷くて骨折になるかもと思って彼女を受け止めたけど、肝心の俺も結構いいところに打ち込まれちゃったみたいだ。

 

 蹴り飛ばされた脇腹を軽くさする。

 まあ、人間を模して形作られたこの俺の器だからこそ、負傷とも言えない手傷で済んだけど、この威力の蹴りをご婦人相手に打ち込もうとしたわけ? やっぱ、ウッタラー王女の言った通りの外道のようだな、あの将軍閣下。

 

 蹴り飛ばされた勢いで軽く吹っ飛んで、壁に叩きつけられちゃったけど、そこはご愛嬌。

 だって、俺、戦士じゃないんだもん。受け身を上手く取れなかくったって仕方ないよね? 誰ともなしに言い訳して、必死に垂れ幕の向こう側へと目を凝らす。

 

 約束どおり、彼女のことは無事に集会場に送り届けられたみたいだ。

 

 引きちぎられた垂れ幕越しに、最高級の楽器を思わせる彼女の美声と頭に血が上りきった将軍の聞くに耐えないダミ声が聞こえてくる。

 信頼する義弟の横暴に狼狽しきった国王の声、将軍の不始末にさざめく群臣たちの囁き声。どうやら、全体的に人妻に手を出そうとした将軍を責め立てる声の方が大きいようだ。

 

 ――よかった、と胸中で独り言ちる。

 

 少なくとも、これで当面の間は彼女の身の安全は保障されるだろう。……だけど。

 

『わたくし、わたくし、叔父様が大嫌い。わたくしやお母様の侍女に手を出すし、その癖して女を己の快楽のための道具としか見ていない!! 父上の戦車の御者を任されているのに、父上が老齢であることをいいことに己が王であるかのように振舞って好き放題! 母上がお優しいのを盾に威張りくさっているし、そのうち、父上を廃嫡して、己が王だと名乗り出すのではないかしら!!』

 

 ウッタラー姫の鬱憤が込められた叫びが、脳内を木霊する。

 ――思えば、あのお姫様は皆が讃える王国の守護者である叔父に対して実に的を射た意見を述べていた訳だ。

 

 そう思えば、素直に安堵していられないのではなかろうか。

 

 ……だってそうだろう。少なくとも、彼女の主人である王妃は彼女自身にその気がないこと、そして夫を持つ身であることを知っていたわけだ。

 それなのに、邪恋している弟の元へと彼女を遣わした――それって、再度、キーチャカ将軍が彼女の身を狙った場合、誰も後ろ盾になってくれないという事実が確約されているわけで。

 

 そして何より、自分に大恥をかかせた女に対して、あの将軍閣下はただでは済ますまい、と逆恨みするような性格だろう。何せ、抵抗して逃げ出した女をこんなところまで追いかけて、挙句には暴力を躊躇わずに行使したのだ――その可能性は、かなり高い。

 

 あー、もう駄目だ。

 ただでさえ、パラシュの持っていた神器に脳天をかち割られかけ、損傷していた器だ。だいぶ傷は修復されてきたのだけれど、悪い感じに勢いよく蹴られたことと後頭部を壁に打ち付けたことが遠因で頭がクラクラしてきた。

 

 よろめきつつ、壁を支えにその場から立ち上がる。

 襲われたはずの人妻が宦官とは言え男性とともにいたところを目撃されるのは、あまり聴衆に良い影響を与えるとは考え難い。

 

 まだまだ集会場は紛糾の一途を辿りそうだし、ここら辺でこの場からおさらばするとしようか。

 集会場の喧騒から離れて、壁伝いに歩き出す。

 ふらつく足を必死に動かして、大きく肩で息をしながら、自嘲する。

 

 嗚呼もう、名前を思い出せないということは俺自身の力を大きく削いでいるようだ。

 

「…………ふぅ〜〜っ」

 

 ひんやりとする石壁に身を預けて、大きく息をする。

 嗚呼、不味いな。このまま倒れたら、どんなに楽なんだろう……とさえ、思えてきた。

 

 ずるずると体が己の意思に反して、その場に崩れ落ちていく。

 炯炯と輝く松明の輝きが薄ぼんやりとしていく視界で明滅する――そんな無様な俺の前に。

 

 黒々とした影法師が覆い被さった……のを最後の記憶とし、俺の意識は奥底へと沈んだのであった。

 

「……っく、なんというこ……してくれたの! これじゃあ、あのキー……カめが怪死したことは、すぐさま周辺諸国に知れ渡る!!」

「そう……だよ! ……の憂慮する通りだよ! そうなれば、当然、あのいやら……ドゥリー……ナも……たちのことを感づくに決まってる!!」

 

 ウトウトとした微睡みの中、誰ぞが喧々囂々と言い争っている声が聞こえる。

 ところどころ重要な箇所は聞こえないが、それでも、彼らの声が緊迫感に満ちたものであることは語るまでもなく明白であった。

 

「――はん! そもそも、ハナからあんな誓いなど守る気なんぞなかったんだ! 寧ろ、あの野郎がのこのこ顔を出してくれるとなりゃ、それこそ願ったり叶ったりじゃないか!!」

「あ、に……え!!」

「誰が聞いているかも分からないんだ! もっと、声を潜めて……!」

 

 よく似た響きの二人分の囁き声に、やや粗暴な気配を感じさせる男の憤った声。

 どこかで聞いたことがあるような、それでいて無いような……? 夢うつつの状態でそんなことを思う。けれども、それも一瞬のこと。

 

 ――すぐさま、眠りの神の腕に掴まれて、再び俺の意識は奥底へと沈んでいく。

 

 

「……キーチャカ将軍の死を受けて、周辺諸国が攻め込んできたようだ」

「兄上、それは……!」

「深く考えるまでもなく、我らが親愛なる従兄弟殿の策略だろうね……。けれども、起ってしまったことはもはや――……もない」

 

 深く、重く、密やかに――誰かが嘆息する。

 悲哀に悲嘆、失望と憂慮、あまりのことに嘆かずにはいられない、と言外に語るように。

 そして、その憂いを晴らすように、一際、明るく陽気な声が朗々と響き渡る。

 

「心配めさるな、兄者。――はどのような相手であれ恐れることはない! 奴らがこの国の境を越えた瞬間、あの不埒者の将軍と同じ目に合わせてやろうじゃないか!」

「そうは言うけどね、――マセーナ。何もあの将軍をあのように無残な姿で殺す必要はなかったのではないかな? 彼の両手両足、そして頭部を、まるで亀が甲羅にこもるように、肉体に埋め込む必要はなかったと――は思わずにはいられないのだけれども」

 

 夕闇の彼方から木霊するような不思議な響きを宿した、玲瓏たる声音。

 嘆きと憂いの籠もった麗しい美声に非難され、姿の見えないもう一人はたじろいだようだった。

「なんだよ! 兄者もあの男が俺たちの――――にしでかしたことを見過ごせばよかったとでも……――のか!?」

「……それも宜なるかな。無論、――も愛しい…………ティーにあのような恥辱を与えた不埒者は許されるべきではないと思っているよ? それでも、お前のしでかしたことはやりすぎだったと――としては苦言を呈さずにはいられない」

 

 ふぅ、と枕元で騒いでいる片割れが溜息を零す。

 半分眠っているような状態の俺だが、その声の主がじっとこちらを凝視していることは感じ取れた。

 

「――それにしても、鼓舞者……サヴィトリ、か。全くもって困ったな。サヴィトリ、とは彼の――神の別名じゃないか」

 

 ――さらり、と長衣が擦れ合う音がした。

 玲瓏たる美声、明朗たる声音、そして最後に――優艶なる響きを宿した低い、声。

 

「兄上、私に考えがあります。発言をお許しいただけますか?」

「ほぅ……。それは一体何かな、――。是非とも、知勇兼備の勇者であるお前の妙案を聞きかせてほしい」 

 

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