もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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かつて本編の鬱具合に耐えられなくなった作者が、一発ネタとして書き上げた小ネタが続いたもの。
2017年3月の活動報告にて募集したへデラ様リクエスト『パーンダヴァ兄弟の長兄としてのカルナさん』を書いてみた――を、さらにプラスαしたものを発掘してきました。(そうそうこんな話も書いてたんですよね……)

【前提】
・クンティーママが未婚時代に好奇心を満たすためにマントラを唱えるところまで一緒(ここでは、クンティーはマントラの真の効果を知らなかった説採用)。
・スーリヤに生まれてくる子供に鎧を強請るまでも一緒。
・そのあと「未婚の身でバツイチだとバレたら、父に殺されちゃう! いつか迎えに行くのでそれまで養育して!(意訳)」と懇願。
・同じく母に棄てられた身のスーリヤ、我が子に同じような思いをさせたくないと、これを了承。
・神様の不思議パワーでクンティー未婚のまま、出産。スーリヤからの使者(本編におけるアディティナンダ)に生まれたてのカルナさん、渡す。(一旦、ここで親子の別れが発生)
・クンティーママがカルナさんを引き取れるようになるまで、保護者として頑張る(=原典における御者夫妻のポジションです)。

【注意事項】
・アディティナンダがアディティナンダ(カルナのお兄ちゃん)ではない。
・理由は、本編の語り部としてのアディティナンダはカルナさんと市井で暮らすことによって育まれた人格なので、環境が違えばまた別の人格になるから。
・そのため、名前も違いますのでご用心。(そもそも、アディティナンダという名すら本名じゃないけどね!)
・とはいえ、カルナさんを愛おしんでいるという大前提には変わりはないです。

ちなみに、本格的な文章で書いちゃうと、やっぱり作者が辛くなるので、ダイジェストです。

――ここまで読んで「いいよ!」とおっしゃって下さる方は、どうぞ。


へデラ様リクエスト『パーンダヴァ兄弟の長兄としてのカルナさん』IF

1 黄昏時、誰もいない部屋にて

 

 恐る恐る差し伸べた指先を、小さな、とても小さな手が握りしめる。

 ――きゅう、と握られた手のひらに、我知らず、大きく乙女は息を吐いた。

 

 紅葉のように小さい掌だというのに、その爪先に至るまで神々の威光を形と成した鎧に覆われている。

 あの、目を眩ませる輝きと共に降臨した神は、己との約定を守ってくれたのだと知り、大きな安堵と――そして、同じくらいの規模の罪悪感が胸を浸した。

 

 自分勝手かつ傲慢な聖仙の世話を任された、苦行にも匹敵する一年間。

 乙女の献身に満足した聖仙が彼女に授けたのは、想った神を自らの元へと降臨させるという真言であった。

 

 神を思いの儘にする、という真言の効果を試してみたかった。

 聖仙が己に授けた真言の真偽を確かめてみたかった、という思いもあった――だから、窓の外に輝く日輪を目にして、つい、口遊んでしまったのだ。

 

 ――そして、結果はこの通り。

 急遽設えた揺りかごの中で微睡む、高貴なる輝きに身を包んだ聖なる赤子。

 生まれてくる子に罪はなく、咎は全て好奇心で神を呼び出そうと目論んだ愚かな己に帰結する。

 

 ――相手が遍く万象を慈しむと謳われる太陽神であって、本当に良かった。

 流石の太陽神も地上にずっと縛られたままでいる事に対して、彼女に脅しめいた苦言を呈さずにはいられなかったけれど、身の程知らずにも「ただ、見て見たかった」という理由で己を地上に呼び出した愚かな小娘とその血族を寛大な心で見逃してくださった。

 

 その上、と乙女は回想する。

 未婚の娘が子供を孕むという醜聞に激怒する養父の姿が容易に思い起こせて、涙ながら「子供を己の手元で育てることができない」と訴えた己の懇願にも応えてくださった。

 

 刻限は、この日の夕暮れ。

 我が子の印として黄金の鎧とその耳飾りを――という約定は言葉通り果たされた。

 侍女も下男も、遊び相手の娘たちも全て下がらせて、この離宮にいるのは乙女と彼女の指先を握りしめる赤子だけ。

 

 ――と、そこに。

 小鳥が窓辺に降り立つよりも秘めやかに、朽葉が水面に触れるよりも密やかに。

 燐光のように淡い輝きは、部屋の主人たる彼女の気づかぬうちに、部屋の中へと忍び込む。

 

――……アナタが、クンティーですね

 

 ――微笑みひとつ浮かべずに、彼女の振り返った先で、太陽神からの最後の贈り物(シムラン)が佇んでいたのであった。

 

(*カルナさん生前ものでは非難されることの多いクンティーですが、現代のインドでの女性事情を考慮するだけ、未婚の娘が意に添わぬ出産に恐れおののき必死に隠そうとするのも宜なるかな、というものです*)

(*個人的にはクンティーさんがカルナさんを捨てたのは仕方ないと思っています。なので、彼女に罪があるとしたら、むしろその後の振る舞いかな、と*)

(*なにせ、古代仏教もかなり女性蔑視の考えが強いですが、ヒンディー教も負けてはいないレベルでひどい。何より、高位カーストから低位カーストへの扱いも結構ひどい*)

(*今でさえ、夫に先立たれた妻が焼死させられる儀式「サティ」や持参金が少ない花嫁を虐待して殺す事件があるくらいなので、神代となるばそれはいかほどのものであった事でしょうと思わずにはいられない*)

(*ちなみに、現在進行中の間章「クルクシェートラ前日譚」において、アディティナンダ記憶喪失ルートを辿った場合、インドにおける女性観を取り上げるつもりでした【ドラウパティー・ウッタラー姫にスポットが当たっていたのはそのため】*)

 

 

 

*******

 

2 赤子に捧げる母の祈り

 

――約定に従いて、赤子を受け取りにきました。さあ、その子供を渡しなさい

 

 表情一つ変えることなく、慇懃に物申した神からの贈り物に促され、乙女は赤子の手のひらからそっと指先を離した。

 途端、失われた温もりにスヤスヤと微睡んでいた赤子の表情がくしゃくしゃと歪む。

 寂しい、と全身で表現するようにむずかり始めた赤子の姿に、我知らず乙女のまろい頰に涙が滴り落ちていった。

 

「ああ、ああ! ごめんね。貴方を手放す、ダメな母親でごめんね。養父や臣民たちを恐れて貴方を手放してしまう、ひどい母親で……本当に、ごめんね……!」

 

 ――ボロボロと後から後から涙が零れ落ちていく。

 神の力によって、処女を喪失することなく生まれた赤子。腹に抱えていた期間など十月十日にも及ぶまい。

 

 この子を孕んでいた間中、ずっとずっと怖かった。

 誰かに見つかるかもしれないと、太陽神が約束を守ってくれないかもしれないと、ずっとずっと恐れていた。

 

 ――そんな状態で、母親としての自覚なんて宿せるものか。

 

 ああ、そうだとも!

 今日という日を迎えるまで、彼女はずっとずっと己の腹に宿ったものが怖かった。

 日が暮れると共に腹部が疼き、そうして生まれ落ちた赤子を見て感じた感情だって、喜びよりも、恐怖の方が優っていた。

 

 ああ、だけど、だけれども!

 恐る恐る彼女が差し伸べた指先を大事そうに握りしめた掌の暖かさよ! 震えるまなこで己を覗き込む母親へと向けられた赤子の無垢な微笑みよ! 

 かの神と同じ黄金の鎧に包まれながらも、他者を焼き尽くす激しさではなく、他者を暖めてくれる優しい熱を宿した赤子の手に己の指先を握り締められたときに感じた、切ないまでの愛しさよ!

 

 その全てが、全身が総毛立つまでに衝撃的で、魂に刻まれる位に電撃的であったのだ。

 

 流れる涙が赤子の頰へと滴り落ちる。

 ポタポタと降り注ぐそれの感触を不思議そうに感じながら、無垢な赤子は乙女へと手を伸ばす――その手を再び握り締めてくれると、愚かにも信じ切って。

 

「――ぁう」

「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい! だけど、待っていて……! いつの日になるかは判らないけれども、いつの日か――きっと!」

 

 震える声で、揺れる眼差しで、それでも生まれたばかりの赤子を揺るがされることなく見つめながら――乙女は、願う。

 いずれ、己は王女としてどこぞの男へと嫁に出されることになるだろう。

 そうして、その王の妻として役目を果たすことを願われるだろう――()()()()()

 

(わたし)妾は、母は、貴方のことを――迎えに行きますからね……!」

 

 断腸の思いで赤子を抱き上げ、窓辺にて静かに佇立していた太陽神からの使者へと赤子を――否、息子を渡す。

 触れていた指先が離れる刹那、ためらうように乙女の指先が息子へと追いすがりかけたが、硝子玉のような虚無の瞳に遮られる。

 

 そのまま、踵を返して、大きく設けられた窓辺へと向かう二人の姿を視線で追いかけながら、乙女は息子の将来が幸いたるものとなりますように、と祈った。

 

「妾の坊や、愚かな妾の好奇心を満たすために生まれてしまった小さな坊や。

 母と名乗るには烏滸がましい身の上ではあるけれど、妾の両手から去りゆく貴方に心からの祝福を願います。

 

 ――坊や、空の、大地の、天の、そして水にすむ生き物から貴方が安全でありますように。

 貴方の行く道に幸ありますように。そして、道すがら貴方に近づく人が、坊やに悪意なき人でありますように。

 

 貴方をあらゆる光の最勝者であるお父様が、至る所で保護してくださいますように。

 ――そして、ありとあらゆる神々が、幸不幸にかかわらず、貴方のことを守ってくださいますように……!」

 

 祈り終えると、機械的なまでに正確な動作で歩を進めていた太陽神の使者が動きを止め、わずかに乙女を振り返っていた。

 空虚な瞳に凝視され、心の臓を凍らせかけた乙女であったが、我が子を思う心根ゆえに臆することなく見つめ返した。

 

――……名は?

「え?」

いつまでも、坊や、では良くないでしょう。アナタは、この子供に何と名付けるのです?

 

 その言葉に、乙女は暫し動きを止める。

 ふっくらと下唇に、先ほど息子に握りしめられた指先を押し当て――そうして、小さな声でささやき返した。

 

「――カルナ。妾の心を切り取ってしまったこの子を、妾はカルナと名付けましょう」

そうですか

 

 無感情に呟いた太陽神の使者に、いても立ってもいられなくなって、乙女は可憐な声と勇気を必死に振り絞る。

 

 ――そして、この勇気ある一声が、赤子の運命を大きく変動させる一手となった。

 

「そして、貴方の名前は太陽神からの贈り物(シムラン)よ! どうか、この子を人の子として育てて頂戴!!」

 

 シムラン、と名付けられた太陽神の使者が微かに目を見開いた。

 よくよく見れば、息子のそれと良く似た――だが、それよりも僅かに色の濃い、美しい夏の空と同じ色の目をしている、と娘は気づく。

 

 それに僅かばかりの親しみを感じた彼女は、なおも思い切って言葉を重ねた。

 

「――カルナのことを、よろしくね。妾の代わりに、この子のことを愛してあげて、大事にしてあげて」

愛する……ですか、わかりました。――それでは、クンティー……また、会う日まで

 

(*ちなみに、クンティーママさん、実はファインプレー。最後のセリフがなかったら、本編カルナさんも吃驚な非人間に育ってましたルートが爆誕する*)

(*なにせ、「もしカル」本編とは違い、カルナさんが人の間で暮らす前にアディティナンダ改めシムランに育てられてしまうので、カルナさんに人間的な情緒が芽生えない*)

(*そして、ここから始まる、託された子供を人の子らしく育てるためのシムラン奮闘記。スーリヤの自動人形からカルナの養い親として人間的になりながら、孤軍奮闘する毎日が続く*)

 

*******

 

3、最愛たるあなたへと捧ぐ愛の譜

 

“――坊や、空の、大地の、天の、そして水にすむ生き物から貴方が安全でありますように。

 貴方の行く道に幸ありますように。そして、道すがら貴方に近づく人が、坊やに悪意なき人でありますように。

 貴方をあらゆる光の最勝者であるお父様が、至る所で保護してくださいますように。

 ――そして、ありとあらゆる神々が、幸不幸にかかわらず、貴方のことを守ってくださいますように”……か

 

 ……ポツリ、と呟かれた一言に近くの木陰で槍を振るっていた少年の手が止まる。

 額に流れる汗を腕で拭い去りながら、少し離れた場所で夕食の支度に勤しんでいた養い親の方へと振り返る。

 

 無愛想な少年の欠落を埋めるように、表情豊かな人間のふりをするようになった養い親。

 そんな彼あるいは彼女にしては珍しく、何も考えてなさそうな、ぼうっとした表情を浮かべていた。

 

「――シムラン、それはどういう意味だ?」

俺が知る中で、最も愛を示す言葉、かな……? ――おいで、俺の小さなカルナ

 

 太陽の香りをたっぷりと吸い込んだ清潔な布を広げた養い親は、少年を己の腕の中へと招く。

 手にした槍を大地に突き立てて、大人しくその腕の中へと飛び込んでいった少年の汗を優しく拭いながら、シムランは囁いた。

 

――小さなカルナ。これはね、まだ赤ん坊だったお前にお前の母親が贈ってくれた言葉だよ

 

 母、という言葉に少年の薄い方がピクリと揺れる。

 物心つき始めた頃、シムランから己の父について教えてもらったが、母について語られたのはこれが初めてであった。

 

あの娘がお前の母親でいられた時間は本当に短かったけれど、その泡沫の様に短い時間にありったけの想いを込めて、お前の幸を祈ってくれたのだよ

 

 謳う様に、奏でる様に、シムランは慈愛のこもった言葉を紡ぐ。

 されるがままに背中を撫でられながら、少年はその頭を養い親の方へともたれ掛けた。

 

お前の父は己の纏う黄金の鎧とその耳飾りを。お前の母はお前の将来を寿ぐ祝いの言葉を。だから、己の身の上を決して恥じることはないよ、小さなカルナ

 

 旅の途中で立ち寄ったばかりの村で、父母の居ないことを村の悪餓鬼どもに揶揄されて以来、胸に刺さって居た棘がその言葉でするりと抜けていく。

 曲がりなりにも、万象の庇護者たる太陽神の子である己を巷間で育てているのは、別れ際の母の言葉があってのことだと――シムランは語る。

 人として育てて欲しい、という乙女の切なる願いは世俗を離れた神域においては育まれぬだろうと、そう判断したがためだ、とも。

 

 肩に乗せられた、形のいい頭をゆっくりと撫でながら、養い親はまだ見ぬ肉親を恋しがる少年へと慰撫する様に囁き続けた。

 

――いつか、お前の母がお前に見える時は来るだろう。それがいつになるかは分からないけれど、その時まで俺はお前と一緒にいるよ

「……そうか。では、母と父に恥じることのない人間にならなければ」

 

 ――そして、この養い親にも。

 胸中で呟かれた最後の誓文は誰に知られることもない――――けれども、ここに尊き誓いは立てられた。

 

(*誰も妬まず、誰も羨まず。報いてくれた相手に相応しい、恥じることのない己でありたい――やっぱり施しの英雄の道を進むカルナさん、まじカルナさん*)

(*本編だと「カルナの兄」を演じていますが、IFネタだと「カルナの親代わり」を担っていますので、本編に比べるとシムランさんの性格の方が淑やかである*)

(*ぶっちゃけ、本編以上にカルナさんに尽くします。なんたって、スーリヤからの我が子への最後の贈り物にして、クンティーに養育を一任されておりますので*)

 

4、あなたを呼ぶ声がした

 

 ――時が来たのだ、と彼女は悟った。

 絢爛たるハースティナプラを首都として抱くクル王国の王妃として、夫ともう一人の妃ともに森の中に隠遁して何年も経過した。

 

 狩猟の砌に、聖仙の呪いを受けたパーンドゥとの間に子を儲けることは叶わなかった。

 しかし、もう一人の妻たるマードリーとともに、神々から子供を授かることによって、家督を継ぐ息子を熱望していた夫の願いを叶えてやることはできた。

 

 されど、その夫も、夫の寵を争ったマードリーも、もはやこの世には居ない。

 夫は呪いによって斃れ、その科を己のものと心を痛めたマードリーは炎の中へとその身を投じた。

 

 ――残されたのは、己と五人の子供たちだけ。

 

 王宮とは違い、この場に彼女の行動を制する者、罰するものはいない。息子たちは賢いけれども、人の世の常識に染まりきってはいない。

 

 ……そう、()()()()()()()

 決意して、彼女は精進潔斎の後、天高く万里を照らす太陽神へと乞い願う――どうか、妾の手から離れたあの子を、我が元へと。

 

 ――――果たして、祈りは届いた。

 

 息子たちを遠ざけ、粗布をまとい、一心に祈っていた彼女の前へと灼熱の光球が天を裂いて飛来する。

 眩さに目を眩ませる彼女の前で、軌跡を描いて降臨した光球は伸縮を繰り返し、徐々に一つの形へと収まっていく。

 

 大気に揺蕩う黄金の髪、蜂蜜色の肌、夏の空を思わせる紺碧の瞳。

 かつて垣間見た神の顔の面影を宿す、美しい人外。太陽神から末の息子へと与えられた最後の贈り物。

 

 ――そして、その腕には。

 

 陽光を浴びて透き通る純白の髪、光り輝く真白の肌、凛然と輝く蒼氷色の双眸。

 幼さの残る四肢に煌めくばかりの黄金の鎧をまとい、じっとこちらを見つめている、愛しい日輪の落とし子。

 

「俺を、いいえ――約束どおり、カルナのことを呼んでくれたのですね」

 

 ふわり、と微笑む人の感情を習得し始めたシムランと名付けた彼/彼女が涼やかな声を響かせる。

 

 その優しい声に促され、震える足を無理に動かして、腕の中の少年の頰へと手を伸ばす。

 知らないはずの女に涙目で見つめられ、困惑する少年の表情に胸にこみ上げて来るものがある――ああ、この子が。

 この子こそが、我が手より手放した、手放さずには居られなかった、妾の最初の子。

 

「……初めまして、坊や。あなたのお名前を伺ってもいいかしら?」

 

 そっと伸ばした指先が、まろい頰にそっと触れる。

 ピクリと体を強張らせた少年だが、養い親が女の挙動を制する様子を見せず、また不思議な慕わしさを感じたゆえにそっと目を閉ざした。

 

「――名は、カルナ。……貴女は?」

「……妾の名はクンティー。クルの先王・パーンドゥの妻にして、シムランの名付け親――そして……」

 

 ――すり、と子猫のように彼女の掌へと不器用に擦り寄る少年の姿に目頭が熱くなっていく。

 ポタポタとこぼれる涙を拭うこともせず、ありったけの愛情を込めて彼女は己の素性を明かしたのであった。

 

 そして、貴女の母親です――――と。

 

(*パーンドゥ死亡、マードリー後追い。クンティー、息子たちが長じるまで一家の家長に*)

(*正直、このタイミングしかないと思うんだよなぁ……。もし、仮にカルナさんにパーンダヴァの長兄としての未来を創るためには*)

(*まあ、流石に夫の認知しない子供を長男として家督を継がせるのは不味いだろうから、このルートの場合、カルナさんはパーンダヴァの長男だけど、王位継承権は次男坊のユディシュティラの方が高いということにしておきます*)

 

*******

 

5、神々の贈り物は身を偽る

 

「――と、言うわけで、こちらがお前たちの兄上です」

「「「は?」」」

 

 ぽかん、と口を開けた子供達の前で開き直った母親は胸を張る。

 その姿に嘆息したのは突如として現れた得体のしれない麗人で、片眉をあげたのは兄と紹介された、やや年嵩の少年であった。

 

「クンティー、それではいけません。見なさい、貴女の子らが困りきっています」

「でも、妾、他になんと紹介すればいいのか、わからないのですもの」

 

 おっとりと微笑みながら丸投げしてきた王妃の言葉に、麗人は軽く肩を竦める。

 母を同じくする三兄弟よりも幼い双子たちに至っては考えることを放棄してしまったのか、ぽかんと空を眺めている。

 それではいけない、と長子として自らを鼓舞したユディシュティラがまだ話の通じそうな麗人へと視線を送る。

 

 それに気づいた麗人は、淡々とした眼差しのまま、ユディシュティラへと語りかけた。

 

「ユディシュティラ。貴方の歳は幾つですか?」

 

 突然の質問に、面食らったユディシュティラであったが、それでも問いかけには実直に答える。

 そうして、彼の歳を聞いた麗人は少しばかり眉間の間の皺を深めると、やれやれと言わんばかりに首を振った。

 

「わかりました。それでは、お前たちが今のユディシュティラの年頃になったら、事情を全てお伝えしましょう」

「え!? 結局、教えてくれないのかよ!?」

 

 警戒心もたっぷりにカルナを睨みつけていたビーマが素っ頓狂な声をあげる。

 素直すぎる少年に、シムランと名乗った麗人はさも当然と言わんばかりの表情で重々しく首肯してみせた。

 

「今のお前たちに伝えたところで、理解できるとは思えません。……何より、子供にわかりやすく説明するのは面倒です」

 

 それまで黙って聞いていたアルジュナは、もしかしなくても最後のセリフが本音だろうな、と内心で突っ込んだ。

 

(*流石に、幼い子供に事情を説明したところで理解も共感も抱かれないだろう――と問題先送り*)

(*特に、神の子であるパーンダヴァの兄弟たちって、父親と母親の片割れをなくしたばかりなので、クンティーに対して『母親』としての側面を求めるだろうと*)

(*そんな彼らに「母さんが子供だった頃に〜」と伝えても、ほかのまともな人間と触れ合ったことのない、ある種、情緒のかけた彼らのままでは、母親の不義に反感しか生まれないと思うので、ある程度成長してから説明します――と宣言。唯一、理性的な年長さんのユディシュティラだけは、別に事情を教えてもらえそう*)

 

 

*******

 

6、大人の都合と子供の事情

 

 それまで信じて居た世界がひっくり返るような出来事なんて、そうそう起こりはしない。

 けど、それと同じくらい、世の中に絶対と言える定義なんてそんなにありもしないのだということを、風神の誉れ高き息子であるビーマセーナは幼くして悟らざるを得なかった。

 

 ――正直なところ、ここ数日の出来事は驚きの連続だった。

 

 突如として、禁を破った父親が身罷り、双子の母親たるマードリー妃は炎の中に身を投じた。

 ――そして、祈りを捧げに場を離れた母親は、見知らぬ子供のその保護者だと名乗る謎めいた人物――それも男か女かもよくわからない――を連れて戻ってきた。

 

 思わず眼を見張るほどに、立派な黄金の鎧と耳飾り。

 色濃く人智の超越者の威容をこともなげに纏った白面の少年を指して、母は己らの兄だと宣ったが――そんなこと、到底受け入れられることではない。

 

 だって、己の兄はユディシュティラだけだ。

 己の弟はアルジュナと双子だけで、己の家族は母であるクンティーを含めた四人だけだったのだ。それなのに、何処の馬の骨の子かもわからぬぽっと出のヒョロヒョロもやし野郎なんて――兄弟としてなんか、認められようがないじゃないか。

 

 思慮深いアルジュナや理を重んじるユディシュティラとは違い、やや直情径行の気があるビーマにとって、カルナの存在は到底受け入れられようがなかった。

 

 それに、父が亡くなって悲しいのに、母親であるクンティーは離れて暮らして居たというカルナに、ここ最近ずっとべったりだった。

 彼女からしてみれば長らく離れて居た我が子との時間を少しでも埋めるための行為、手放さざるを得なかったことへの罪滅ぼしという意味合いがあってのことだとビーマも頭では理解しているが――それでも、寂しいものは寂しかったし、母親の関心を独り占めしているカルナの存在は妬ましかった。

 

 ……今日だって、そうだ。

 母親が森の奥に食べ物を集めに行く――華奢な彼女を森の獣たちから守るのは、ビーマたちのお勤めだったのに。

 

 森の奥をじっと未練がましく見つめ、ビーマは唇をへの字に曲げる。

 つい先ほど、朝方になって弓矢を手にしたカルナと共に森の奥へと消えて行った母親の後ろ姿を思い起こす。思い起こして、なんだよ、と胸奥で一人呟く。

 

 あんな、もやしみたいな男が、一端の戦士のように母上のことを守れる筈がない。

 がたいだって自分よりも軟弱だし、背は高いとはいえ痩せぎすだし、何よりも無愛想だ。母上がにっこり笑って「今日はよろしくね、カルナ」と声をかけたのに、あいつときたら顔色一つ変えずに「善処する」の一言だけで済ませやがった。

 

 自分だったら、母上から頼りにされたら嬉しくて、誇らしくて堪らなくなると言うのに……!!

 

 腹立たしさのあまり、地団駄を踏む。

 すると、巌のようだと称えられる己の両足が踏みしだいた後には大地が砕けて居た。その無残な様を見て、少しばかり溜飲を下げる。

 

 そうだ。自分はこんなにも強い力と神々に祝福された天性の肉体を持っている。

 いかに、あの自称長兄が見事な鎧をまとっていようと、その中身は外見同様に貧弱に違いない。

 

 であれば、いつの日か、己の方が強いのだと――己の方が母上に頼りにされるにふさわしい勇者だと目にもの見せてやろうじゃないか!

 

 そうと考えが決まれば、落ち込んでばかりだった気分が上昇する。

 

 ――それに、自分はパーンダヴァの次男坊なのだ。

 母親であるクンティーを侮辱する者がいれば、息子であるこのビーマこそがその憂いを払うためにいきり立とう。

 兄であるユディシュティラがどんなに不快に思っても理性で感情を抑えるのであれば、その分、自分が兄の代わりに怒ってやろう。

 アルジュナや双子が、身につけた武芸だけでは打ち勝てぬ強敵相手に挑むのであれば、己はこの怪力で持ってそいつを蹂躙してやろう。

 

 兄を援け、弟たちを守る。それこそ、あんなぽっと出の野郎なんかに負けてたまるか。

 

 ――――自分が、ビーマセーナこそが、家族を守るのだ。

 

 そうと決まったら、こんなところでじっとなんかして居られない。

 母上はカルナ一人で大丈夫だと仰ったが、あんな幽霊みたいな貧弱野郎に大事な母上を任せて居られるか。

 

 彼女の身に危機が迫らぬように、ビーマセーナが見張っておかなければ!

 

 大地を踏みしめ、大気を蹴る――ふわり、と突風が彼の小さな体躯を浮かばせる。

 風神の子に相応しく、生まれながらに大気を操ることのできるビーマセーナは森の奥へと消えて行った母の行方を求めて、空を舞った。

 

(*パーンダヴァの五兄弟の中で最も情が深いのはビーマだと思うのです。身内に最も優しいのも*)

(*理性と秩序の体現者たるパーンダヴァにおいて、感情表現の激しいビーマ。三国志における張飛ポジション。愛嬌のある乱暴者、と言った感じ*)

(*なので、このルートではパーンダヴァの子供達の中では最もカルナに対して当たりが強いです*)

 

*******

 

7、かつて少女だった貴方に

 

「――やっぱり、今のままでは困ると思うの」

「そうでしょうね」

 

 ふっくらとした頰に華奢な手を当て、月すら陰る妙齢の貴婦人は愁眉を深める。

 それに向かい合うようにして草はらの上に座り込む花も恥じらう麗人は、貴婦人の言葉に深々と首肯した。

 

「だって、貴方――とっても綺麗な殿方? なのですもの」

 

 贈り物(シムラン)、と名付けた人の姿を取った麗人を見つめる。

 見れば見るほど美しい顔かたちをしていると、美しいものを見慣れた王妃である彼女でも、うっとりと見とれてしまう。

 中性的な容貌の美女にも、華奢な優男にも見えるシムランの容姿は、光輝の神である太陽神によって造られただけあって、超常の美を誇っているのだ。

 

 それは、肉欲を掻き立てる類の美しさではない。

 晴れ渡った夜空に輝く満月や夕焼け色に染まった空を目にした際、思わず感嘆のため息を零してしまう自然の醸し出す絶景を目にした時。

 自然の創り上げる言葉に尽くせぬ絶景を目にした瞬間に、人間の胸を満たす感動の方が近しいだろう。

 

 けれども、そんな美青年にも見える相手が未亡人の側に控えて居たらどう思われるだろう?

 無論、シムランの素性を天の神々に所縁ある者と公表すればいいだろう。寄る辺をなくした王妃を守る為に、天より遣わされた使者だとすればいい。

 

 だけど、それでも口さがない者たちはいるものだ。

 目を見張るような容姿の青年と喪に服す﨟たけた年頃の先王妃の組み合わせに、邪推する者も一定数いるだろう。

 

 例え、複数の神々と交わることになったとしても――クンティーの愛する男はただ一人。

 愛する男の熱望であったからこそ、畏れはしても愛しては居ない男神たちに体を許したのだ。

 

 無論、生まれてきた子供達は愛しいけれど、男として愛したのは彼だけだと胸を張って宣言できる。

 そこまで愛した彼との間に子をなすことは出来なかったけれど、せめて、心だけは彼を裏切りたくない。

 

 まだ何も知らぬ処女だった頃に、好奇心に負けて真言に手を出してしまったことを負い目に持つからこそ、なおのこと。

 

 そう、切々と訴える王妃の姿に、シムランはひっそりと溜息をつく。

 

 正直なところ、親の愛ならばともかく、男女の愛について、彼/彼女にはよく分からぬ。

 生殖機能を与えられて居ないこの肉体が他者の情欲を掻き立てることはあっても、彼/彼女自身を他者に肉欲に掻き立てることはなかった。

 

 ――けれど、彼女の憂うこともよく理解できる。

 それゆえ、シムランは人間社会において恙無くカルナを養うために選択して居た男性という性別を今一度、切り替えることとした。

 

 もとより、己は形持たぬ者。

 男でもなく、女でもない――太陽神によって造られ、哀れな王女と息子を護るための人形だ。

 

「――――ふっ、ぅ、ん!」

 

 突如として風が渦巻き、熱が光となって放出される。

 蝶の鱗粉のように舞い散る朱金の燐光、篝火のように燃え盛る黄金の焔が、シムランの周囲を華やかに彩る。

 

 あまりの眩さに目がくらんだクンティーが再び目を開けた時、そこには一人の乙女の姿があった。

 

「……どうです? これならば、アナタの名誉もアナタの評判も守ることができましょう?」

 

 豪奢な輝きを放つ黄金の髪、夏空と同じ紺碧の瞳。

 甘やかな色合いの蜂蜜色の肌に、緩やかな曲線を描くまろみを帯びた肉体。 

 職人が丹精込めて拵えた人形を思わせる黄金比の美貌に、惜しげも無く誇らしげな表情を浮かべた乙女の姿に、本当は娘も欲しかったクンティーの心がキュンと疼いた。

 

「――あらあら、まあまあ。シムランったら……」

 

 幼い頃から王女として育てられ、長じて後はパーンドゥの妻として恋敵たるマードリーと競い合ったクンティー。

 おまけに、幼少の砌、子のいない親族のもとに養子に出された時期も悪かった。

 いかに王女とはいえ、母親の膝元で甘えたい年頃に、親元から引き離されたという過去もある。

 今は母である彼女とて、かつては幼気な少女であり、母親の庇護を求める幼子であったのだ。

 

 ……そんなわけで、彼女は心許すことのできる同性の存在に飢えていた。

 

 そこに登場したのが、シムランである。

 最初こそ、完璧な人外という感じで、あまりにも恐れ多くてとっつきにくかったのだが、再会して以降のシムランは違った。

 クンティーの求めに応じて太陽神から遣わされたということもあって、クンティーに優しいし、不器用ながらも人のような思いやりを持って接してくれる――好感を抱くなと言われる方が難しいだろう。

 

 ちょっと困ったのは、シムランが男であったことだけど――それも今、解決してしまった。

 

「――なんだか、妾……いけない趣味に目覚めてしまいそう……」

 

 男だったら浮気になっちゃうけど、女同士ならば甘えてもいいかしら?

 ここ暫く、夫の急死に始まり、マードリーが後追いしたことで、五人もの(+一人)子供の面倒を一手に任されるようになったクンティー。

 

 葬式の準備に、子供らの世話にと、本人も気づいていないところで精神的、肉体的にも、大分疲弊していた。

 

 思わず、慎ましやかではあるけれど、女性的な膨らみを帯びたシムランの胸元へと飛び込めば、お日様の香りが包み込んでくれる。

 少し戸惑ったようだけど、よしよしと頭を撫でてくれる暖かい掌を堪能して、クンティーはこっそり「妾、悪くない」と心の中で呟いた。

 子供のように己のことを甘やかしてくれるシムランがいけない、とクンティーはこっそり唇を尖らせた。

 

(*原典を読んだ限り、クンティーって頼りになる同性の助言者、あるいは庇護者がいないんですよね。幼い頃に親戚のおじさんの元に養子に出されるし、パーンドゥの妻だったマードリーは恋敵だし、ガンダーリーは息子の政敵の母親だし……。つくづく、同性に恵まれないクンティー。だから、カルナを孕んだ時にパニクって川にポーイしちゃったのも、頼りになる(女性目線の)相談相手がいなかったから、とも言える*)

(*しかも、パーンダヴァ寄りの有力者って、皆んなが皆んな、男ばかりなんですよ。そりゃあ、自分の恥になるようなことなんて、言い出せないわ。所詮、彼女は男性社会に翻弄される女【夫の頼みで他所の神と子供をつくる・長男が全財産をすったせいで親戚の男のうちに居候、etc…】なので*)

(*この後、回復したクンティーとシムラン、悪知恵を振り絞ってカルナの出生秘話を拵える*)

(*シムランをクンティーの侍女と言うことにし、ユディシュティラ誕生前に真言の威力を試すために己の侍女=シムランにカルナを産ませた……と言うことに*)

(*そのため、ここでのシムランの偽りの身分は王妃の侍女兼カルナの生みの親。養育権は王妃にあるとはいえ、母親が侍女だからと言う理由をつけて、王位継承権はユディシュティラよりも下に*)

(*本編アディティナンダは己以外にカルナの頼りになる庇護者がいないため、人間社会に優位に働く人間の男に擬態している。だが、この小ネタではクンティーという信用できる後ろ盾がいるため、ここでは女性に擬態している*)

 

*******

 

8、世界線こそ異なれど

 

 夭折した叔父の遺児にあたる従兄弟たち。

 そんな彼らが、近々王都にやってくるらしい……という話を、廷臣たちの噂話から聞き知ったドゥリーヨダナは果たしてどうしたものか、と考え込まずにはいられなかった。

 

 なにせ、伝え聞く従兄弟たちの話は、どれも呪われた子として扱われ続けてきた彼にとって眉根をしかめずにはいられない話ばかりである。

 ただでさえ神々に嫌われている彼からしてみれば、自身の身の近くに正真正銘の神の子が存在することにあるという話だけでも、襲いくる不穏な将来を見越して頭を抱えずにはいられなかったのだ。

 

 ――美しさと貞淑さで完璧な王妃としてその名を轟かせた先王妃・クンティー。

 彼女ともう一人の妻が、亡き夫の熱望に応えて産み落とした息子たちは全部で五人、いずれも名高い神々の落とし子だ。

 

「……いや、六人だったか」

 

 つい最近、聞いたばかりの新情報を思い起こして、認識を改める。

 父の手の者が先王の遺児を王宮に迎え入れるにあたって遣わした使者たち曰く、パーンダヴァの子供達は全部で六人いるらしい。

 

「――マントラの効力を試すために、自分の侍女を実験台に使ったとの話だが……気の毒なものだな」

 

 伝え聞いた話を思い起こして、見ず知らずの長兄とやらをせせら嗤う。

 

 ……ああ、全くもって可哀想に。

 母親が名もなき侍女ではなく、己自身の腹を使って孕んでさえ居てくれたら、この世のありとあらゆる富貴はそいつのものだったのに、と。

 

 だが、まあ……いけ好かない従兄弟たちの中で、唯一とっかかりがありそうなのは、この長兄だろうな、と賢しい頭が高速回転する。

 

 真実、従兄弟どもが神々の落とし胤であるというのなら、恐らく呪われた子である己とは相いることなど出来ないだろう。

 なにせ、クンティー王妃の血族には、あのクリシュナがいる。

 そして、己が彼を厭うように、あの神童は己のことを厭っている。

 

 であれば、悪徳王子として厭われている己が為すべきことなど、ただ一つ。

 

「――この長男とやらをこっちに取り込んでおくか」

 

 そう言って邪悪に微笑んだ王子の表情は、成る程巷の噂に違わぬ悪逆ぶりであった――が、その目論見は近々出会った当の従兄弟本人の口から粉々に打ち砕かれてしまうのであった。

 

(*生き残るために必死なドゥリーヨダナさん。所感ですが、パーンダヴァの王子たちがやってくる直後って、下手したら尊き神々の子供の前にこんな邪悪の化身を晒すなんて……という理由で殺されてしまいかねないのですよね*)

(*正直な感想ですが、カルナと出会う前のドゥリーヨダナって下手すれば暗殺の危機に直面して居ても可笑しくないなぁ……と*)

(*でも、この後、取り込もうとしたカルナの前で自分の目論見全部丸裸にされて、なんか色々と打ちのめされて――でも、最終的には竹馬の友になるんだよ!*)

 

 

*******

 

9、世界線が異なればこそ

 

「シムラン、シムラン、シムラン……か」

 

 うふふ、と愛らしい容姿の少年が幸福そうに微笑む。

 紅顔の美少年という表現が相応しい、目にした者を虜にする愛らしさを惜しげも無く晒す黄金の腰布を巻いた少年。

 

 神獣である牛たちが午後の午睡にまどろむ中、そんな彼らの立派な体躯に身を預け、少年は一人微笑む。

 世界の秩序を司るヴィシュヌの代行者として地上に降誕し、幼少ながらも人々を苦しめる悪鬼羅刹・邪竜の類をことも投げに退けてきた少年。

 

 人でありながらも、神の視点を持って生まれてきた少年。

 そんな彼にとって、己の親族の元に遣わされた同類の存在は諸手を挙げて歓迎する相手であった。

 

 同じヴィシュヌの代行者であっても、神よりも人に近しいバララーマ。

 ナラとナーラーヤナとして、開闢の時より連れだった、魂の半身たるアルジュナ。

 

 転生の折に人として生誕することを選んだ彼らは、少年にとって地上で最も愛すべき存在だ。

 己という存在と魂に最も近しく、けれども、人であることを選んだ以上――同時に遠い存在でもある。

 

 大好きだし、彼らのことが愛しいけれど――彼らは庇護するべき対象で、己が導くべき相手であった。

 

 人々を浮世から救済する導き手として己を定義づけた後年の彼ならば兎も角、今の彼の精神は丁度、人と神との間に存在していた。

 それゆえに、己と同格あるいは同じ立ち位置の誰かと交流を深めてみたいと――思うこととて、あったのだ。

 別の世界線の彼が、長じて後にきっぱりと諦めざるを得なかったその可能性を、未熟な少年時代の終焉とともに捨て去った夢を、掴める立場に彼はあった。

 

「楽しみだ。嗚呼、楽しみだなぁ……」

 

 人の世に降り立った、純正の神とは一体どんな性格をしているのだろう?

 絶対者たる立場と引き換えにしてまで地上に降臨したのだ。

 きっと、己と同じ重大な使命と役目を担ってのことに違いない。

 彼は己の使命を手伝ってくれるだろうか? 己は彼の使命を手伝ってあげられるだろうか? ――嗚呼、本当に……

 

「早く会ってみたいなぁ……彼らに」

 

 今はまだ見ぬ半身と自らと同じ立場の同族との出会い。

 それはきっと、さぞかし心躍る出来事になるに違いないと夢想し――牛飼いの神童は、そっと星辰を宿した眼差しを伏せたのであった。

 

(*ちなみに、本編も『月下の邂逅』を迎えるまでは結構同じ心持ちであった――と語れば、その後の失望がどのようなものであったか計りしれよう*)

(*クリシュナって、晩年に差し掛かる頃はもう殆ど人間の精神じゃなくなっているけど、幼い頃はまだ人間ぽいんですよ。なので、幼少期はきっとこんな感じだったに違いないと想像して書きました*)

(*ここでのクリシュナはカルナがパーンダヴァ陣営にいるので、彼らと語り合う機会が多い。そして、本編とは違い、完全に世俗化していないシムラン状態であれば、超越者を美化している彼のお眼鏡にも叶って、それなりに仲良しになると思うよ?*)

(*一番大事なのは、アルジュナだけどな!!*)

 




 あー、書いた書いた!!(ちょっと、スッキリした!)

 この小ネタのその後の大まかな流れとしては、

 1、双子は同じ太陽神の系譜を継ぐものとして比較的早くカルナに懐く。
 2、ユディシュティラは礼儀として母の言葉通りにカルナに接するが、ビーマは警戒心MAXで近寄らないし、アルジュナも当たり障りのない態度で接する。
 3、ちょっとぎこちないままに、原典通り二人と六人でクルの都へ。叔父の国王に歓待される。
 4、ある種、閉じていたパーンダヴァ一家の世界にドゥリーヨダナやクリシュナ、といった個性豊かな面々が登場し、どんどんと開けていく。

 そこで、呪いの子のレッテルを貼られて苦しんでいたドゥリーヨダナがカルナのエアークラッシャーの振りに救われたり、自らの力のほどを知らずにカウラヴァの兄弟を痛めつけていたビーマがカルナにお灸を据えられて百王子達に謝罪して和解したり、知らず知らずのうちに「理想の王子像」を押し付けられて溺死しかけていたアルジュナがカルナのささなひと言をきっかけに爆発して、血で血を洗う兄弟喧嘩をする羽目になったりとか、きっと色々あるんだよ!
 人間社会で侍女として暮らしていくうちにだんだん感受性が豊かになったシムランは、どんな大騒ぎが発生しても基本「あらあら」で済ませちゃうクンティーの代わりに、ユディシュティラと一緒になって東西奔走し、問題解決に走り回るドタバタホームコメディが始まるんだよ!! ――まで、想像した。

 お付き合いいただきありがとうございました! 本編ができたら、また下げますのでご了承ください!!


 そして、想像したからこそ思う――――どうして本編こうならないんだ!!
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