――相互に忌み嫌っていた神霊の一柱に祝福を授けられた後の心境は?
「――ん? ああ、そうだな……。正直なところ、最初はどんな祝福が授けられたのか分からなかったな。
まあ、しばらくしてから宮中の
気づいてからは、
――有効活用というと、具体的にはどのように?
「う〜〜む。つまり、相手が神霊であれ、魔性であれ、この祝福がある限り、わたしはわたし自身の意思以外に自我を左右される心配はないのだろう?
なので、神々以外の超常の生き物たち――
――……え?
「こう……護衛にはカルナをつけて、だな……。天女と聖仙との間に生まれた子供、夜叉の混ざり者、混血児の羅刹女やら、人間の血を引くはぐれ蛇族などをそっくりそのまま、我が国に貰い受けてきた!
本家の人外たちに劣るとはいえ、軽く只人を凌駕するこやつらの力、野に遊ばせておくにはもったいないと思ってな!」
…………。
「中にはこれを機にわたしの心を操ってやろうとした魔性の者たちもいたぞ?
だが、そこはさすがは太陽神の眷属からの祝福だな!
交渉の最中、わたしの心が奴らに左右されることはなど一度もなかったと言っておこう!
――最も、そうした輩はすぐさまカルナに殴られていたのだが……。
とはいえ、そのおかげで、我が国に優秀な間者と兵士たちが揃ったわけだ!」
……。
…………。
………………。
混乱する思考を整理するために、適当な鉄の棒を拾って、転がっていた木片に経緯を書き綴る。
ガリガリと木屑を生産しながら、書き出した内容を眺めて見る。…………つまり、こういうこと、かな?
1、ドゥリーヨダナ、精神干渉を防ぐ祝福を授かる。
2、それを盾に、人間と人外との、ありえないはずの交渉を各地で開始。
3、途中、いろいろとあったものの、
4、その結果、人外と人間の血を引く混成集団が完成。
5、ドゥリーヨダナ、彼らを臣下として雇い入れる。
わかりやすく、箇条書きにして纏めてみたのだが……正直に言おう、ナンダコレ。
いや、確かに、発想が凡人のそれを軽く凌駕していたのは知ってたよ!? じゃなきゃ、あの武術大会でぽっと出のカルナ相手に国一国を投資するような振る舞いはできないからね!? だけど、これはないだろう、これは!!
「――あ、頭が痛くなってきた……。まさか、神々からの祝福を本来とは違う用途で活用されるだなんて……」
「さもあらん! このドゥリーヨダナを常識の枠外に押し入れようなど愚の骨頂! 推し量るだけ無駄というもの!! たとえ、それが神々からの祝福であれ、一度与えられた以上、それすなわちこのわたしのもの! どう使うかなど、この悪王の勝手というものよ! ふははははは!!」
額を抱えて呻く俺を尻目に、上機嫌に哄笑するドゥリーヨダナ。
すっかり調子を取り戻したドゥリーヨダナの背後で涼しい風を送ってくれていた店員さん――ちなみに、先ほど俺ならぬ俺に溶かし殺されかけた羅刹女である――がうっとりとした表情を浮かべ、耳に心地よい声で語り出した。
「――ええ、本当に。人間の血を引く故に、一族の中でも持て余されていた私どもを受け入れていただき、国王陛下には感謝の言葉しかありません」
「多淫は天女の性とは言え、ねぇ……。流石に物心つくと色々な殿方の間を渡り歩く母と一緒に過ごすのは、ちょっときつかったし……正直、陛下から直々にお声がけ頂いた時は心底ホッとしたわ」
「まあ、我らは所詮、人と人ならざるものの合いの子。人肉を食う化外相手との間に生まれたのが運の尽き。どちらの者たちに受け入れられることなく無為に生を過ごす事にも飽きていたのでな。ついつい、このゆか……否、面白そうな国王陛下についてきたというわけよ」
「どうしても、己の片親の同族の肉を食えと勧められるのも苦しかったし……つい、口車に乗ってしまいましたぁ」
――上から順に、羅刹女、天女との間の子、夜叉の婚外児、蛇族の幼子の言葉である。
麗しい見目の女性、淫らな気配を漂わせる乙女、筋骨隆々の兵士、舌足らずの幼女。
おそらく精神年齢に合わせた人間の姿をとった彼らの言葉に、なるほど、と頷く。
確かに、半分ほど人間の血が混じっているのであれば、ドゥリーヨダナが配下として彼らを律する事に成功している事にも納得がいく。
そして、もう一人の俺に肉体の主導権を乗っ取られる前に感じた違和感にも。
彼らは、純粋な人間でも、純粋な人外にもなりきれない――半端な魔性。
それは、さぞかし……生きるのが苦しかった事だろう、と胸中で小さく呟く。
片親が神であれば兎も角、そうではない以上、彼らはカルナやパーンダヴァの王子達と違って、人の世界で生きることは難しい。
また、人間とは違う倫理観、価値観を共有している人外達相手に半端に人の心を持ったまま暮らす事も肌に合わぬと感じることもあることだろう。
「僕は父親が羅刹だったんですけど、それが村のみんなにバレてしまって……。
母親と一緒に荒野に追い出され、途方にくれていた時に拾っていただいたんです」
周囲の声に触発されてか、朴訥とした容姿の少年が訥々と語り出す。
しかし、なんでもないことのように語ってはいるが、聞き様によってはかなり重たい内容だなぁ……。
「おかげで、老後の母にも良い生活をさせてやれて……ドゥリーヨダナ殿下……じゃなかった、陛下には感謝の言葉しかありません!」
にこり、と微笑んで、感謝の言葉を口にした少年の反応に、ドゥリーヨダナの哄笑が途絶える。
おやおや、これはこれは……。なんとなく微笑ましい気持ちになって、静かに傾聴の姿勢をとることにする。
「わかるわ〜、その気持ち。うちはあんたのことの逆でね、母が蛇の一族だったのよ。だけど、ある日、父親に正体がバレてしまって……、拒絶された母は逆上して父を殺しちゃうし……。母方の親戚に引き取られたんだけど、どうしても馴染めなかったのよねぇ……」
「人に紛れて暮らしていても、ちょっときついのよねぇ……。あたしも水霊の母と聖仙の父から生まれたんだけど、侍女として勤めていた屋敷の主人に横恋慕されちゃってねぇ……。しかも、奥方様の息子と義理の兄弟にも求婚されて、あの時ばかりは我が身に流れる人外の血を呪わずにはいられなかったわ……」
「愛って、冷める時は一瞬なのよねぇ……」
俺のことをそっちのけで身の上話に興じる混血の子供達。しみじみと含蓄深いことを語るあたり、彼らもなかんか苦労しているようだ。
しかも、陛下呼びではなくて殿下と呼んでいる者たちもいるってことは、かなり前から企んでいたことだったのかぁ……。
それにしても、こいつら……。
先ほど、神霊に殺されかけたっていうのに本当に度胸があるな――ではなくて。
「……なんだ。近年稀に見る絶賛振りじゃないか、国王陛下」
「〜〜! ち、が、う!! わたしはそんな心温まる理由で貴様たちを引き取ったのではないぞ! 人を超えたその力が活用されずにいるのは勿体無いと思ったが故の、そう!
わたしの野心故の行いなのだ! 断じて、誰かから賞賛されたかったが為の振る舞いではない!!」
先ほどまで俺をやり込めて上機嫌だったドゥリーヨダナが、顔を真っ赤にしながら反論する。
そういやこいつ、カルナと最初に接触した夜にも同じようなことを言っていたなぁ……。
思い起こすと、なんだかほっこりとした気分になって、ドゥリーヨダナに生暖かい視線を送ってしまう。
それを目撃したドゥリーヨダナがますます顔を真っ赤に染め上げるものだから、種族の垣根の隔てない笑声が店内を満たす。
「……あの、そういう訳なので、アディティナンダ様」
もみくちゃにされるドゥリーヨダナを微笑ましい気持ちで見守っていたら、そっと袖を引かれて耳打ちされる。
――ふわり、と野に咲く可憐な花と清らかな水の香りが鼻腔をくすぐった。
「貴方様が我々のことを懸念されるお気持ちは重々承知しております。
ですが、我らが陛下のお側にある事をお許し願いたいのです」
「…………」
きゅ、と縦長に伸びた瞳孔は言葉よりも雄弁に彼女の真の姿を物語っている。
じっと黙って見つめていれば、人外と人の間の子たる美しい女の容貌をした女将は口早に言い募る。
「……化け物にもなりきれず、かと言って純正の人でもない。
そんな我々にドゥリーヨダナ様は“役に立つ”だの“人材の無駄遣い”だの口では好き勝手言いながらも、居場所を与えてくださいました」
「…………」
「口では強がっておりますが、ここにおります者共は基本的には捨て子なのです……。ですから、どうか……! ご不快だとは重々承知の上で、申します……! 我々がこのお方と共にあることを……お目溢し下さいまし……!!」
必死になっている彼女の姿に、どうしたものかと肩をすくめる。
世界の秩序を担い、管理者を自負する神霊としての
――しかし、俺は。
人にも神にもなりきれない、半端者たるこの俺は一体どうするべきなのだろう?
そんなことを思って、首を振る。いや、あるいは――。
人でも神でもないからこそ、半端者であるからこそ、こんな風な答えを提示してもいいのかもしれない。
フゥ、と小さく溜息をつく。
瞳の奥底に哀願と畏怖を湛えてこちらを見やる女将に、できるだけ優しい声と表情を心がけて向き合った。
「――わかった、いいよ」
「……あ……」
「ただし、ドゥリーヨダナとカルナに手を出すようなら、その時は容赦はしないから。
そして、俺の前で魔性としての本性を露わにするような振る舞いをしないと誓うのであれば、目は瞑っといてあげる」
「ありがとう、ございます……っ!」
震える声と小刻みに揺れる肩。
心底嬉しそうに、また感謝の意を込めて紡がれた言の葉に、神霊としてはあるまじき事ながら、これで良かったのだと思ってしまった。
「女将! カルナ将軍の兄君はなんて……?」
「大丈夫? 怖いこと、されていたりしない?」
「えぇ、えぇ、大丈夫よ……。なぁんにも、心配することなんて、ないのですからね……」
その身を翻して仲間達の方へと駆け寄った女将の元に店員や兵士に身をやつした混血児たちが群がる。
興奮する者達を宥めながらも、嬉しさと安堵を抑えきれぬという姿を晒しながら、女将と呼ばれた女が仲間達に説明を施せば、わぁっ……! と歓声が上がった。
「存外、慈悲深いのだな、兄上殿」
「――それがお前が選んだ道であり、カルナが善しとみなしたことであれば、俺は何も言わないよ」
「……そうか、感謝する」
その様子を見るともなしに見つめていれば、隣に二つの杯を手にしたドゥリーヨダナが腰を下ろす。
冷え切った盃に注がれた冷酒を一気に飲み干せば、隣にいるドゥリーヨダナが静かに口を開いた。
「――なぁ、兄上殿」
「なんだい、ドゥリーヨダナ」
「あなたの目には、わたしの創り上げた国は――どうだった?」
――ふい、とドゥリーヨダナを流し見る。
普段のどこか取り繕ったような道化じみた表情も、芝居掛かった大仰な仕草も見受けられない。透き通った湖水のように清らかな静謐さを宿した横顔であった。
嗚呼、もう! この子もこの子で面倒臭い子供だなぁ、全く!!
ぐい、ともたれかけていた姿勢を正して、驚いたように目を見開く新王陛下の髪の毛をぐしゃぐしゃと撫で混ぜる。
「ぐちゃぐちゃのごちゃごちゃで、いろいろな物と者に溢れてて、善い物も悪い物に満ちていて、一言ではなんとも形容しがたい!
人がいて、人ならざる者もいて、
ドゥリーヨダナの頰に両手を添えて、顔を近づけて、キラキラと輝く黒水晶の双眸を覗き込む。
嗚呼、この双眸をこんなにも近くで見たのはいつ以来なのだろう。宝石のように、時には刃のように、輝きを放つそれを美しいと思える俺が居て、それだけでとても心が満たされた。
「今よりも大きく、あるいは今よりももっと賑やかに、華やかになっていくのだろう、と! 今を生きている人間の力強さや可能性、生きる力の逞しさを感じさせてくれる――
「……!!」
絶対に聴き逃されないように、面と向かって、大音声で言い放つ。
ドゥリーヨダナの褐色の肌が徐々に紅く染まっていき、ウロウロと両眼があちこちを彷徨い出す。それでも、目をそらすことなく、頰を抑えている力を緩めることなく待っていれば、とうとう観念したように、ドゥリーヨダナの肩から力が抜ける。
「…………兄上殿……」
「なんだい、ドゥリーヨダナ?」
「あなたは……、恥ずかしい人だな――だが……」
――くしゃり、とドゥリーヨダナの表情から余計な力が抜けていく。
恥ずかしげにあちこちを彷徨っていた眼差しが俺の視線と合わされば、いつになく毒気の抜けた柔らかな表情を湛えたドゥリーヨダナの姿がそこにあった。
――ありがとう、と。
いつものどこか皮肉っぽい表情ではなく、稚い無邪気な子供のような素直な面持ちで。
俺が出会ってから初めて見る――優しく、柔らかな、邪気の抜けた笑顔を浮かべて、ドゥリーヨダナは小さく囁いたのであった。