もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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「さぁさ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!」

「最近巷で人気の、正体不明の旅の一座!! 川を越え、山を超え、はるばるマツヤ国にまでやってきたよ!」

「火を噴く大男、蛇と遊ぶ幼女! 空を駆ける天女に、怪力自慢に腕自慢!

 天上の調べを奏でる楽師に生きた花たちによる歌と踊りの数々!!

 観に来ないと、一生後悔すること間違いなし!! ――公演はこれから一週間続くよ!」

 

 華やかな格好の美貌の少年・少女たちが、愛嬌のある笑顔と共に香り高い花々を撒き散らす。

 領巾を艶やかに揺らしながら、扇情的な格好の美女たちが一糸乱れぬ舞を見せながら、行進する。

 半裸の男たちが逞しい上半身を晒しながら、巨大な剣で盾を打ち鳴らしながら、勇壮な奏楽を披露する。 

 

「公演場所は太陽神であるスーリヤ様の大神殿!」

 

 ひときわ派手な衣装に身を包んだ一座の団長が、天にも届けとばかりに声を張り上げて喧伝する。

 

「日輪の元には、祭司様も、戦士様も、商人も奴隷も、御構い無し! いざいざ、皆様、周辺諸国で喝采を欲しいままにした我らの舞台をご笑覧あれ!!」

 

 公演用の様々な小道具や大道具を詰め込んだ馬車の片隅に座り込みながら、日差しを遮るための幌の隙間から、こっそりと街並みを覗き見る。

 

「また、余所者か……」

「ねぇ、母上。僕、あの人たちの公演に行って見たいなぁ……」

「ダメですよ、坊や。身分の低いものたちと揃って鑑賞なんて、許しませんからね」

「へぇ……。ここんとこ、旅芸人たちはやってこなかったからなぁ。評判次第で行ってもいいか?」

「まあ、旅芸人ですって! ちょうどいい暇つぶしになりそうだわ!」

「それにしても、美人の多い集団だなぁ……。よし、これだけで行く価値ができたぞう!」

 

 芸人たちの呼び声に触発されて作業の手を止めた職人たちや、買い物帰りらしいご婦人たちが物珍しげにこちらを(正確にいえば、この馬車の所有者である旅の一座を)見つめているのがわかる。

 美しく着飾り、何人もの従者たちを引き連れた金持ちたちは、旅の雑技団という胡散臭い集団に排他的な視線を向けているが、俗に民衆と称される人々は、繰り返される退屈な日々を彩る娯楽の一つとして俺たちを歓迎しているようだった。

 

「――つかみはそこそこ……ってところかなぁ?」

「ふふふ! 兄君様……いえ、サヴィトリは我らの評判をご存じないと見えますね!」

 

 外へと向けていた視線を戻し、向かい合って座している少年へと視線を向ける。

 日よけ用の厚手の外套をすっぽりと被り、暗がりでじっとしているせいで陰気な印象を見る者に与えるが、目深に被られた頭巾の下から聞こえてくる声は小鳥の囀りのように軽やかだ。

 

「見ていて下さい、サヴィトリ! こんな辺境の都なんて、王都で喝采を浴び続けた我らであれば、一晩で観客の総動員数が倍になりますよ!」

「すごい自信だなぁ……」

「当然ですとも!」

 

 ――ふんす! と少年が鼻を鳴らす。

 よっぽど自信があるのだろう。それまで身を隠していた暗がりから身を乗り出して、少年は誇らしげに胸を張る。

 

「世を流離う正体不明の一座とは仮の姿、僕たちはドゥリヨーダナ陛下直属の隠密集団なんですから!」

 

 ばさり、と少年の被っていた頭巾の形が崩れ、只人ではありえない色彩の髪の毛が光を浴びて怪しく輝く。

 長毛の獣を思わせる、ふわふわとした頭髪は髪の毛というよりも鳥の羽毛を思わせる――というよりも、頭髪の一部は羽毛そのものであった。

 

 ブンブンと振り回している腕にはうっすらと鱗模様が浮かび、琥珀色の瞳にはやや大きめの瞳孔。

 頭部を飾る黄金を帯びた橙色の羽毛は、少年の興奮具合を指し示すようにぶわりと広がっている。

 

「人間相手の見世物? そんなの楽勝じゃん! と思っていた僕らの自負心を的確に打ち砕いたカルナ将軍! “貴様らには想像力がない!” と罵りながら、あらゆる最高の技芸を教え込んでくださったドゥリヨーダナ様! 彼らの鍛錬を乗り越えた僕らに怖いものなんてありません! 事実、これまであらゆる国家の民衆の心を鷲掴みにしてきましたから!!」

「はいはい。それは凄いね。ところで、君は幻術はあまり得意ではないから、公演の時間までもうちょっと身を隠しておこうね〜」

 

 さりげなく少年の姿が外に見えないように隠しつつ、脱げかけていた頭巾を少年の頭に再び被せることにする。

 途端、慌ててめくれた裾を直す少年に微笑ましさを覚えながらも、繊細な羽が傷つかぬようにと優しい手つきで髪を整えてやれば、蚊の鳴くような声で例の言葉を告げられた。

 

「あうぅぅ……。申し訳ありません、お手を煩わせてしまいました……」

「平気だよ、これくらい。小さい頃のカルナにもよくしてやったことだし」

 

 ポンポンと頭を撫でてやれば、目深に被った頭巾の下から見える頬っぺたが桜色に染まる。

 

「それにしても……混血児を放浪の見世物集団に仕立て上げ、周辺諸国の動向を探る間諜集団に仕立て上げるなんてなぁ……。あいつも中々、大胆なことを思いつくなぁ……」

 

 ――しかし、考えてみれば道理である。

 神々とまではいかずとも、魔性の者たちも尋常ならざる動態能力や人知を超えた力を振るう存在である。

 火や水を操り、反則的なまでの敏捷さ、卓越した怪力を誇り、幻術によって女神にも勝る美貌と人を惑わす色香を手に入れることができる彼らはその出自にさえ目をつぶってしまえば、優秀な間諜になれる。

 

「どうせ、人の中で暮らす分には浮いてしまうのだから良い方向に浮かせてしまえ! というのが、陛下の言い分でした。見せ物集団ということで、大分、人間たちの僕たちを見る目も変わりましたし……。それに、公演の準備をしている間なら、僕の羽も見せ物様の飾りだって納得してもらえるんですよ!」

「――そう、よかったな」

「そのうち、僕も姉さまたちのように幻術を取得するんです! サヴィトリのことだって、いつか騙し切ってみますからね!!」

 

 こんなにも稚い容姿の少年が、一度舞台に上がれば王都で人気の天才子役になるんだからなぁ……。

 俺はお世話係としてつけられた彼のことについて、通り名しか教えられていない。ドゥリーヨダナ曰く、一座の面々はいざという時のために素性を隠し通すために、お互いの本名を知らないままでいるらしい。

 

 そのため、ここでの俺は鼓舞者(サヴィトリ)だし、鳥妖の血を引くこの子はその特徴をとって(パクシャ)と呼ばれている。

 

 ――――なぜ、俺がここにいるのか?

 

 それは、酒場の一件以後、パラシュラーマの呪いのせいでまだカルナに近づくことのできない俺を哀れんだドゥリヨーダナによる、自称・粋な計らいの結果である。

 ドゥリーヨダナお抱えの間者集団に紛れて、諸国を漫遊することでカルナから離れることもでき、パーンダヴァを探しているドゥリヨーダナのためにもなる。

 その上、パラシュラーマのせいで、昨今の社会情勢に疎くなった俺の情報網を復活させるための一石二鳥ならぬ三鳥の取り組みだとあいつは笑っていたが、絶対、第二の理由が最も比重が重いよなぁ……。

 

 何せ、この中でパーンダヴァの王子様たちの顔を知っているのは俺しかいないし。

 

 完全に行方をくらましたパーンダヴァの人々を探すべく、ドゥリヨーダナ子飼いの間者たちは各地へと散らばっている。

 けれども、間者という役職上、文字通り雲上人であるパーンダヴァの面々の容貌を聞き知ってはいても、見知っている者の数は少ない。

 そのせいで、探し人の顔を知っているだけの技量を持つ間者も各地へと分散せざるを得ない。そのため、偶々空いた混血児たちの旅一座へと俺が配属されたわけだ。

 

「にしても……、自信ないなぁ……。人間の顔覚えるのって苦手なんだよね……」

「大丈夫ですよ、サヴィトリ! 陛下からも “あまりそいつに期待しないでいいぞ、むしろ、外貨を稼ぐことに注力してこい” と言われてますから!」

「よし決めた、絶対に思い出してやる」

 

 無邪気な顔のパクシャに言われた言葉に、内心で決意を固めたのであった。

 脳裏の片隅に、してやったりとニンマリ笑顔を浮かべているドゥリーヨダナの顔が浮かんだのだが、また腹立たしい。

 

 

 流石は、バーラタ一の都であるハースティナプラにて、一流の見世物集団として名を馳せていただけあった。

 連日連夜行われる公演は常に大盛況で、人の噂が人を呼び、神殿の大広間は大勢の観客たちが埋め尽くされた。

 一座の演技は娯楽に飢えた人々の心を鷲掴み、常よりも安い値段で売り出された立ち見席でさえ満員状態である。

 

 謎の旅一座の催しは王都の人々の関心の中心となった。

 老いも若きも、男も女も、高貴な者も卑しい身分の者たちも、誰もが一晩たりとて同じ演目のない一座の公演を楽しみにし、売りに出される公演券を我先にと買い求めた。

 

 毎晩、舞台の上で、扇情的な衣装の踊り子、可愛らしい子役たち、怪力自慢の男らが脚光浴びる。

 しかしながら、華やかな舞台の陰では、裏方と称する者たちはマツヤ王国の内情を探ることに余念がなかった。

 

 幻惑の術を得意とする羅刹の末裔、敏捷さを誇る夜叉の眷属、男を籠絡することに長けた天女の係累たち。彼らが影に日向に収集してきた情報は少しづつ、そして確実に、よそ者にはわかりにくいこの国の内情を浮き彫りにして行った。

 

 マツヤの王であるヴィラータ国王は老年に差し掛かり、政治は王妃の弟である将軍に任されていること。

 この将軍が中々自己顕示欲が強い人物であり、最近では老年の王を差し置くような振る舞いが多いこと。

 ヴィラータ王には一人の娘と息子がおり、王女にふさわしい結婚相手を求めていること。

 そして、その娘の夫には――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「決まりですね。ここの王様は表面上はどう取り繕っても、親パーンダヴァであることは疑いようがないです」

 

 重々しく頷いた。

 年端もいかぬ少年の言であるというのに、周囲からは(パクシャ)の判断に同意するような声ばかりが上がるのがなんともまた面白い。

 階級制度で雁字搦めになった世間においては絶対にみられぬ光景であろう。

 

「しかし、毎年、マツヤから送られてくる友好の証の品々を思い出してみろ。内心、煙たく思っているドゥリヨーダナ陛下相手にあそこまでするだろうか?」

「単純に、二枚舌なのでは?」

「……いや、そうではないだろう。街の噂やこれまでの治世の評判を鑑みるに、ヴィラータ王はそのようなお人柄ではない」

 

 賑やかな舞台裏で、人と化生の間の子たちが真剣な表情で話し合っている。

 その姿を少し離れた場所で見守りながら、じっと彼らの話に耳を澄ます。ついでに、話に混ざろうとしていた(パクシャ)が彼らの邪魔にならないように、膝の上に乗せておいた。

 

「差出人と贈り人が異なるのではないかな?」

「どういうことです?」

 

 喧々諤々と意見を述べ合う彼らの熱意に押され、思わず口を滑らす。

 それを目敏く聞き咎めたのが、膝の上の(パクシャ)であった。不思議そうに、純真そのものの表情で俺を見上げてくる少年の頭髪を手持ち無沙汰に撫でながら、確証はないけれど……と前置きを述べた上で話を続ける。

 

「だって、そうだろ? 王様はドゥリヨーダナが嫌い。曲がったことも嫌い」

 

 噂に聞いていた王の人柄を一つ一つ思い出しながら、訥々と意見を述べる。

 

「追放されて行方知らずのパーンダヴァの王子を娘婿に迎えたいと公言するような王だぞ? わざわざ嫌いな相手に阿るようなことをするとは思えない。――だったら、もう一人いるんじゃないか?」

「……もう一人? それはつまり……」

 

 むむ、と考え込んだ少年の髪の毛を優しく撫でる。

 あー、それにしても、見た目は全然違うけど、触るとすべすべな感触ってカルナに凄くそっくり。元気にしているかなぁ、あの子……。

 

「なるほど、わかったぞ! キーチャカ将軍だ!!」

「王妃の弟、そうか……! ヴィラータ王はご高齢で、政治の場からは退かれている……!  であれば、ドゥリヨーダナ陛下に誼を通じたいと思っているのは、国王ではなく、実権を掌握している将軍の方か!」

 

 それから先はとんとん拍子に話が進んでいき、俺が口を挟む合間もなかった。

 一座の中でも美貌を誇る天女の係累たちを中心にして、将軍と接触してみようという方針が決定された。

 噂によれば、将軍は無類の女好きということ――程なくして、将軍の口利きという形で謎の旅一座は王宮での公演を許されたので、どうやら噂は事実であったようだ。

 

 

 贅を凝らした装飾品の数々、山海の珍味の積まれた満漢全席。

 馥郁たる香りを漂わせる舶来の酒精、あちこちで焚かれた典雅な香木の匂い。

 脂の乗った筋肉美を誇る勇猛な戦士たちに、彼らにしなだれかかる婀娜っぽい化粧を施した女官たち。

 

 美しく着飾った王妃と王女、見事な衣服を身にまとう国王とその息子――それら全てを差し置いて、俺の目は一点にクギ付けになった。

 

「………………あれ、は?」

 

 人波をかき分けて、無数にそびえる柱の間をすり抜けて、闇に溶け込もうとしていた相手の姿を追う。

 壁一面に蓮の花が描かれた廊下の曲がり角、そのまま、姿を晦まそうとしていた相手の後ろ姿へと手を伸ばす。

 

「待った、君は……!」

 

 パシリ、と乾いた音を立てて長袖の衣を纏った手首を捉えることに成功する。

 ほっと一息ついて、相手の容貌を確かめるべく、持ち上がった俺の視線を捕らえたのは――――

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