もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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ちなみにこちら原典であるマハーバーラタにも記載のある太陽神の逸話だったりします。


<下>

 ――……昔の話をしよう。

 

 人間としての父親であるパーンドゥは、かつて鹿に変化した聖仙を射殺した咎で、女人との間に子が成せない呪いを受けていた。

 けれども、一家の長として、パーンドゥは祖霊を祀るための跡取りを切望した。

 その望みを叶えたのが、彼の第一夫人であったクンティーである。彼女は己が少女であった日に祝福として授かった真言(マントラ)により、任意の神々と交わることが可能であった。

 

 そうして、パーンドゥは、彼の望み通り、世に比類なき息子たちを手に入れた。

 

 法の神・ダルマ、風の神・ヴァーユ、そして神々の王である雷神・インドラ。

 人々の尊崇を集める三柱の偉大なる神々との間に子を儲けても、なお、パーンドゥは満足しなかったと伝えられる。

 

 けれども、クンティーは三男であるアルジュナを産み落として以降は、夫がどれほど懇願しても、その首を縦に振ることはなかった。

 

 ――そこで、パーンドゥはもう一人の妻――すなわち、第二夫人であるマードーリーに目をつけた。

 

 もともと、彼女は第一夫人であるクンティーのみが子を授かる姿に焦りを覚えていたという。

 そして、夫であるパーンドゥに頼み込み、さらなる子を欲していたパーンドゥはクンティーに命じて、真言(マントラ)を唱えさせた。

 

 そうして、マードーリーもまた、一度だけクンティーの有する真言(マントラ)の力により、神々と交わったのである。

 

 この時に彼女が交わりの相手として選んだ神は、医療の神であるアシュヴィン双神。

 双子の神々を父として生まれてきたのが、パーンダヴァの双子である、ナクラとサハデーヴァ。

 

 彼らこそ、太陽神・スーリヤを祖父に持つ、光り輝く太陽の係累たちであった。

 

 

「――さて、これからどうしよっか?」

「――ふむ。これからどうしようか?」

 

 鏡に映したようにそっくりな自分と並んで、そっくり同時に溜息をつく。

 

 ――朝焼け色の髪の毛に、同じ色の瞳を持つナクラ。

 ――夕焼け色の髪の毛に、同じ色の瞳を持つサハデーヴァ。

 

 便宜上、ナクラを兄だと彼らは主張しているが、鏡像のようにそっくりな二人の間には、どちらが兄でどちらが弟なのか、という瑣末なことなどどうでもいい。

 アシュヴィン双神の子供として生まれた彼らはそれぞれの得意不得意はありつつも、それぞれの不得手のところ、欠けたところを補うようにして、ただ――在った。

 

 神々の子・パーンダヴァの五兄弟の中、彼らは少々特殊な立場にあった。

 人としての父親であるパーンドゥとは血が繋がっておらず、義母であるクンティーとの間に血縁関係があるわけではない。

 母親であるクンティーを通じて繋がり合っている上の三人の兄たちとは違い、確固たる関係性を有さない二人は、パーンダヴァの中でも一種独特な立場にあった。

 

 ――とはいえ、彼らが家族を愛していなかったわけではない。

 

 誉れ高き、慕わしき夫人たる義母に、美しい妻。

 温厚で誠実、誰よりも正しい人である長兄。

 傲岸で粗暴ながら、肉親には心優しい二番目の兄。

 礼儀正しく、誰よりも優れた戦士である、三番目の兄。

 

 実母であるマードーリーを慕うように双子はクンティーを敬愛したし、唯一無二の同胞である三人の兄たちにも同様の愛を捧げ、家臣として、弟として忠実に仕えた。

 兄弟全員の妻として共有し合うことになった絶世の美姫であるドラウパティーにも、歳若いながらも夫として彼女の誉れある存在足らんと努力したし、事実、王妃との間には子宝にも恵まれた。

 

 ――……ただ。

 パーンダヴァ、すなわちパーンドゥの子供達、として一纏めに括られる自分たちのあり方に対して、一歩引いたところがあったのも確かである。

 

 ……そして、彼らのその性質は、この時においても発揮されていた。

 

「どうやら、僕たちの大事な奥さんが泣いているようだね、(ナクラ)

「どうやら、僕たちの大事な兄さんが困っているようだな、(サハデーヴァ)

 

 少し離れたところで、長兄であるユディシュティラの不甲斐なさを責め立てられている。

 

 怨敵であるカウラヴァのドゥリーヨダナとカルナへの憎しみを語るドラウパティーの嘆声は、静まり返った森の中にはよく響いた。

 

 そして、彼女を慰めながら、長兄であるユディシュティラの失態を次兄が罵る声もする。

 嘆く妻をなんとか慰めようとしているのか、時折、カウラヴァとの間に戦を引き起こし、賭博場での失態を武働によって取り戻そうとしてるのは、いかにも生粋の戦士である彼らしい台詞であった。

 

 ――しかし。

 

『――そうは言うけどね、ビーマセーナ』

『……あの不滅の光輝を宿した、黄金の鎧を身につけたカルナ相手に、勝つ手段があるのかな?』

 

 いっそ冷徹なまでに静謐な長兄の一言により、それまで気炎を吐いていた次兄の口は、凍てついたように動きを止めた。

 数秒後には、常のごとく、傲岸で不敵な兄らしさを取り戻したものの、結局のところ、あの不自然な沈黙こそが、答えであったのだろう。

 

 ――ああ、そうだ。

 例え、荒ぶる神であるヴァーユの血を引く次兄であっても、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どんなに次兄が己の力を誇ろうが、あの光そのものを防具と成した鎧を身にまとっている以上、カルナの肉体に己の拳を届かせることも叶わない。

 

 何故ならば、あれはこの星を照らす太陽の輝き、神々の威光そのもの。

 たかが、星一つを包み込む大気ごときの力では、あの鎧を砕くことなど、敵うはずがない……と、いうことに。

 

「いつになったら、気づくのだろうかね、僕」

「いつになっても、気づけないと思うよ、僕」

 

 認めたくはなかったけど、もはや、認めずにはいられないだろう。

 兄たちは気づいていない振りをしてるが、あの輝く黄金の鎧を身に帯びた不遜な男は、自分たちと同じく、神々の系譜を受け継ぐ者だ。

 

 それも、かなり高位の――そう、それこそ無限の大女神・アディティの子である太陽神(スーリヤ)のように。

 

「さすがに、気づかぬ振りは、できないよねぇ」

「さすがに、気づけない振りも、無理だよなぁ」

 

 (ナクラ)(サハデーヴァ)は互いに顔を見合わせて、そっと溜息をつく。

 今までは、卑しい身分の男など……、とその実力を正当に評価することはなかった――が、さすがにあの光景を見せられてしまっては、最早、言い逃れもできるまい。

 

「本物の神霊だったね、それも、お爺様つながりの」

「本物の神霊だったよ、それも、太陽神つながりの――はてさて、困ったなぁ」

 

 輝く朱金の炎。さんざめく金髪の煌き。

 酔漢たちの曇った眼を開かせ、賭博場を蹂躙した、吠え猛る圧倒的な神威の発露。

 

 あそこまで赤裸々に己の素性を公開し、あの賭博場を引っ搔き回されてしまっては、太陽神にゆかりある者として、双子もまた無関係ではいられなかった。

 

 赤金を帯びた金色の髪に、煌々と燃え盛る朱金色の炎。

 雲ひとつない蒼天を思わせる碧眼に、艶やかな薄紅色の唇。

 性差や醸し出す雰囲気の違いこそあるものの、従兄弟の寵臣たるあの男に似た風貌の、()()()()()()()

 

 ――静と動。

 ――陽と隠。

 

 相反するようでいて、不思議とどこかが重なり合う――()()()()()|()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人の規則に縛られぬ神の化身でありながら、温順しく、シャクニ王の吹っ掛けてきた賭博に応じるとは、双子も予想だにしなかったけど。

 

 ――弟を助けに来た、と少女は口にしていた。

 であれば、彼女のもたらす恩寵の対象となったのは、神々の子供である自分たち(パーンダヴァ)――ではなく、あの無口で無表情で何を考えているのかどうかもわからない、黄金の鎧を纏った男の方だったのだろう。

 

「それよりも、参ったね。ドラウパティーの慍りも嘆きも理解はできるけど」

「確かに、困っちゃうね。ビーマ兄上の憤りと恨みも理解を示せるのだけど」

 

 チラリ、と互いに目配せして、そっと肩を竦める。

 

「それ以上に、考えるべきことがあるんじゃ無いかなぁ?」

「それ以上に、心配するべきことはあると思うよねぇ?」

 

 ここは豊かな森で、豊かな水源に恵まれてもいる。

 推測でしかないが、一時の隠遁地として定めたこの森にいる限りは、食べるものや獲物には困らないだろう。

 

 ――()()()()()、という但し書きがつくのだけで。

 

「僕たち、大食らいだしねぇ」

「その上、人数も多いしねぇ」

 

 参った、と肩をすくめる。

 あの陰険な従兄弟が森の中に隠遁せよ、とかいう条件をつけたのは、それもあってのことだろう。

 かつての逃避行においては、バラモンに身をやつして、人々からの托鉢を得ることで糊口をしのいでいたが、今回のように、人里離れた森にまで追いやられてしまっては、かつてと同じ手段は使えない。

 

 地味に死活問題である、と双子は揃って溜息をついた。

 恨みつらみを込めて、長兄をなじりたい気分はわかる。自分たちだって、正直に言えば、なんて事してくれたんだと嫌味ぐらいはいってやりたい。

 次兄が代弁してくれているので、それを我慢しているだけなのと、それ以上にやるべきことがあるだろうと思ったからこそ、黙っているだけである。

 

 とは言え、二人も、この時間が、各々の内面を整理するために必要な時間であることは理解できるのだが……。

 

 けれども、もういい加減、切り替えてもいい頃合いだろうと、待ちぼうけをくらい続けている双子は思わずにはいられなかった。

 

「その上、豊穣神としての側面を持つ太陽神の加護がないとなると……」

「ちょっとどころか、とてもとても、幸先が不安とししか言えないねぇ」

 

 正直な話、それほどまでに自分たちの置かれている現状は、芳しく無いのだ。

 

 ――太古より受け継がれる伝説において、この様に語られている。

 

 かつて、ありとあらゆる生きとし生けるものが創造された際のことだ。

 梵天の手で生み出された者たちは、食べられる物がなかったがために、飢えに苦しんだ。

 その光景を天上より見た太陽は生類を憐れみ、行動した。

 太陽神はその光で水を吸い込み、そうして後、大地へと溶け込んだという。

 大地へと溶けた太陽は、夜毎月の光を浴び続けた結果――その身を地上における、一切の生類の食物へと変じさせた。

 

 こうして太陽は、地上における全ての生類の慈父と讃えられるようになったという。

 

「……積んでいるねぇ、僕たち。そう遠くないうちに餓死する羽目になるなんて」

「……僕たち、死ぬとしたら戦場かと思っていたけど、そうでもなさそうだねぇ」

 

 あの男が真に太陽神の子であるというのであれば――

 敵対し、相容れない立場にある自分たちが、太陽神の加護を得られるとは思えない。

 

 如何にドゥリーヨダナが神々に厭われているとは言え、それ以上に、カルナに対する愛情の方が強ければ、強敵を排することのできる確実な手法を取ることは間違いない。

 

 ――何せ、偏愛は神々の特徴の一つである。

 

 実際、神々の子である自分たちに与えられて来た、過剰なまでの加護を見る限り、その推測は決して間違っていない。

 

 常に正しい道を啓示という形で示される長男・ユディシュティラ。

 生まれながらに怪力と頑健な肉体を有していた次男・ビーマセーナ。

 神々に愛され、あらゆるものを授かり続ける、三男・アルジュナ。

 

 太陽神の係累たる自分たちが許しの祈りでも捧げるべきだろうか、そんなことを考えていた。

 ……そこへ、聞き慣れた涼やかな声がかけられた。

 

「――二人とも、このようなところに居たのですか」

 

 噂をすれば影、とでもいうべきなのだろうか。

 獣のようなしなやかな動きで、足音一つ立てずに、現れ出たのは、三男のアルジュナであった。

 

「アルジュナ兄様! 一体全体、どこにまで、足を運ばれて居たの?」

「アルジュナ兄様! 兄王様達のお話はもう少し、続くみたいだよ?」

「――そうか。それよりも、お前たち」

 

 揃ってその場から飛び上がり、口々に現状を伝えれば、一つ上の兄は眦を緩めて、苦笑する。

 追放の身として身につけた粗布に目をやった兄は、痛ましそうに表情を歪める。

 兄の形のいい唇が動いて、弟達へのいたわりの言葉を告げる。

 

「あれから、だいぶ歩いたことだし、疲れただろう。

 ――とあるお方からいただいたものだ、さあ」

 

 そうして、零落した王族には相応しくない、豪奢な壺を二人へと差し出した。

 

 はて、これは一体どういう意味だろう?

 ――と二人揃って首を傾げ、そうして、その壺を覗き込んで、絶句した。

 

「兄様、これって、一体……!?」

「兄様、一体、これをどうやって」

 

 何もかもを奪われた自分たちだったが、王宮の外に出る際に、兄が後生大事に小さな壺を抱えて居た。

 それは二人とも既知の事実だったが、まさか、このような奇跡が起こるとは。

 言葉も出ないほどに驚いている双子を見てどう思ったのかは不明だが、兄は依然として、哀れな弟たちに対して、優しい口調でそっと囁いた。

 

「――兄上たちとドラウパティーの分は気にしなくてもいい。

 我々全員が一度に口にしたところで、尽きぬだけの恵みはある――()()()()()()()()()()()

「――兄様、これは……」

 

 あまりのことに、最早、うめき声しか出ない。

 あまりにも信じがたい光景に、双子は目を疑わずにはいられなかった。

 

 ――それも、そうだろう。

 差し出された小さな壺、どこかで目にしたことのある飾りの施された壺の中には、山海の珍味をはじめとする、ありとあらゆる類の食料がぎっしりと詰められて居たのだから。

 

「兄様、これを、これを一体どうやって……!? これも、授かりものなの?」

「――ある意味では、そうなのだろうな」

 

 神々の寵愛に奢ることも、ひけらかすことのない兄は、一言だけそう呟くと――ひどく、ひどく、悲しげに微笑んだ。

 

 聞きたいこと、知りたいことは山ほどあった。

 ――――けれども、それ以上に。

 

 授かりものを披露した時の兄の表情が、あまりにも哀しげであったこと。

 それを理由に、双子はそれ以上、兄に対して質問を投げかけることを躊躇してしまったのであった。

 

 

 ――その後。

 一日に数度、食事の時に無尽蔵に食物を生み出す神秘の壷は、長兄ユディシュティラの判断により、一行の妻であるドラウパティーの預かりとなった。

 

 彼女は夫達の期待に応えて、貞淑な妻としての務めを立派に果たし、小壺から生じる食材を用いての調理を行なった。

 こうして、とある神の祝福が込められた小さな壺は、哀れなパーンダヴァたちに、彼らが飢えることのない量の日々の糧を供給したのだと伝えられている。

 

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