このルート辿るとパーンダヴァ一行(特に、ドラウパティー)からの好感度が高くなりすぎるので、クルクシェートラが始まらないな…と思ったので没になったルートでした。せっかくなのでUPしておきます。
マツヤ王国編没ルート・予告編
「――ここはどこで、俺は一体誰だ……?」
乾いた風が吹き交う荒野で、神々しく煌めく金環を身に帯びた青年は、途方にくれる。
己が何者なのかすらわからない――けれど。
己の存在、己の意思、己が全てを引き換えにしても惜しくないほど、大事な子供のことだけは憶えていた。
「――爾は爾が思う以上に、その身に呪いを溜め込み過ぎた。その想いの根源が何かは敢えて聞かないでおくが――それもいつまで持つことやら。……いつか、とんでもないしっぺ返しがないとも限らん――ゆめゆめ、そのことを忘れるでないぞ」
赤褐色の前髪の合間から覗く、輝く赤瑪瑙の瞳が憐憫を帯びる。
暴風と波濤をその鋭利な刃のうちに閉じ込めた翡翠の斧が、不吉な未来を予想するようにぎらりと不穏に輝いた。
「――ふむ。暫し、この街にてその身を休めるとよかろう」
「嗚呼、うん。なんか、色々とありがとう――なんだかんだ言いつつ、助けてくれて」
「――ふん。短い間とはいえ、己が弟子として目をかけた男の肉親だ――そう、無下にすることなどできまいよ」
「――え?」
「あの莫迦弟子と無事に再会できたら、次はないとだけ伝えておけ。――では、さらばだ」
乾いた風が砂埃を巻き上げる。
思わず目を瞑ってしまった青年の前から、赤瑪瑙の双眸を持つ武芸者の姿はかき消えていた。
「まあまあ! とっても素敵な歌声だわ! わたくし、この方を王宮にお招きしたいわ!!」
「っえ、ええ!!」
「なんて美しい金の髪! きっとどこかの神様の縁者なのね! ――よろしいでしょう、お父様?」
朗らかな笑顔が印象的な雰囲気の王女が、無邪気に蜂蜜色の両手を握りしめる。
興奮した様子の姫君が声をかけた先にいたのは、宝玉でその身を装った好々爺――マツヤ国王。
皺の深い顔を笑みの形に歪め、老王が許諾の意思を伝えると、姫君は鈴のような笑声を響かせた。
「――先生、先生! 今日も来てくださったのね! ご紹介したい方がいらっしゃるの!! ――ほら、こちらがわたくしの先生なの! 挨拶してちょうだいな!」
「……初めまして、ブリハンナラ、と申します」
シャラリ、と目深に被られた薄衣が衣擦れの音を奏でる。
黄金飾りと豪奢な刺繍の施された分厚い面紗の奥では、星のない夜を思わせる瞳が逸らされることなく、青年のことを凝視していた。
「いや、気をしっかり保て、俺……! あんなおっかない殺気を出す女が早々いて堪るか……! 歴戦の勇士でさえ、ああも見事な殺意は出せないぞ……! なのに、なんで誰も気づかないんだ? ……もしや、幻術にでもかけられ――ふわっ!?」
「――……ふぅ、お静かに。下手に騒ぐと喉を裂きますよ?」
煌々と輝く真白の月が雲間に隠された僅かな隙を狙って、二つの影が一つになる。
耳にした者のを胸を掻き毟るような、低く艶を帯びた声音が耳朶へと吹き込まれた。ぎらりと鈍く輝く白金の短刀が、細い首筋をなぞっていく。
「――白々しい。私の顔に覚えがないというのですね」
「……申し訳ないけど、君のことなんか知らない。そんな事より、さっさと俺を解放してもらおうか」
ひっそりとした悲しみと嘆き、そして静かな怒りを宿した声が、夜のしじまに溶けていく。
憂いを帯びた横顔など知ったことではない、とばかりに、青年はきつく締め上げられた結び目を眼前へと差し出した。
「――アディティナンダ!」
「――カルナぁ!!」
戦車の外へと木っ端のように放り出された細い体が大地へと叩きつけられる――寸前に、真っ赤な炎を纏った黄金がその間に滑り込んだ。
担い手を失った戦車が限界を超えた速度に耐えきれず、大樹へと激突して破砕する。鉄の欠片が雨垂れのように降り注ぐ中、真紅の烈火がその全てを灰燼となした。
「いやだ、いやだ!! 何故、わたしが奴らに阿なければならんのだ!! この国は父上の国だ! わたしの国だ! それなのに、何故、叔父上の血を引いているわけでもない奴らに差し出さなければならんのだ!?」
「落ち着け、ドゥリーヨダナ!!」
「神も天も知ったことか……っ! この国は、わたしの国だ! わたしの創った、わたしが守ってきた、人間の国だ……!! それなのに、何故、奴らに献上しなければならない!? 誓約を破っておきながら、それが本音か――パーンダヴァ!!」
――絶叫が響く。――慟哭が劈く。――悲鳴が奔る。
豪奢な飾り布が金切り声をあげながら引き裂かれ、典雅な家財が悲痛な嘆声と共に砕け散る。
侍女たちが怯えて広間の隅に縮こまり、家臣たちは王の慍りを畏れて平伏するばかり。
「……本当に、彼は愚かで、憐れだね。他にも道はあっただろうに、ドゥリーヨダナは自分で自分の首を絞めることになった」
「…………」
「下手な我欲など、愚かでしかない野望も、くだらない意地も捨ててしまえばよかったものを。――それでも、君は、否。君たちは、彼につくというのかい?」
「――……そのような問いに答える必要があるのか。あの男がオレの助力を求めるのであれば、オレはそれに応じるのみだ」
「……度し難いほどの愚か者は、君もだったか」
憎々しげに睨みつけてくる男の視線を柳に風と流し、光り輝く鎧をまとった戦士は涼しい顔で微笑んだ。
「――……戦が、始まるね」
「そうだな」
「なぁ、カルナ。――お前は、お前は俺よりも先に死なないでね?」
「…………」
「だって、だって、お前は俺の弟なんだもの。弟が兄よりも先に死んでしまうだなんて、そんなことのは駄目だよ――絶対に」
「――……確証はできない。だが――」
誓いの言葉は誰に聞かれることなく――ただ、宵闇の彼方へと消えていった。
クルクシェートラ前哨譚・予告編