幽鬼の中の愚連隊   作:かんづ始

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第2話

 元々、今回の【タンカスロン】は偶発的な野試合だった。両者供に願った邂逅ではない。喧嘩を売った、売られたと言う話が大きくなって済し崩し的に始まったのだ。

 事実上の学園同士の抗争だった。

 谷川奈鹿が在籍する畿内麻生高校と7TPを保有する鳥羽工業高校との野試合だ。勿論、公式戦車道とは関係が無い。

 互いに喧嘩は売られたが、互いが保有する戦車の車輌数以外を公開する間も無く試合が始まり、勝手に路面を荒らして勝手に勝利の雄叫びを挙げて勝手に引き揚げる。

 そんな粗野で粗暴で野蛮な競技だった。勝ったと言う名誉以外、何も手に入らない。それだけの暴力行為に本当の価値を見るか無為を感じるかは当人達以外には理解が出来ない世界だ。

 

 

※ ※ ※

 

 

 畿内麻生高校。戦車道部。

 暴力沙汰や素行不良等の不祥事が続発し、戦車道連盟の公式試合から永久に追放された過去を持つ。廃部は逃れたが、戦車は全て文科省預かりとなり、事実上の廃部だった。

 それから10年後に谷川奈鹿と言う、小指が一本足りない少女が入学してくる。

 谷川奈鹿。現在では失伝して継承者が居ない谷川流戦車道の直系の娘で、自分のルーツと戦車道が関係が有るとはつい最近まで露ほども知らなかった。

 そんな中、華族の血筋だった曽祖父が逝去。直系の長男或いは長女に戦車を遺すと遺言状に記されていた事から当時まだ小学生だった奈鹿は九二式重装甲車4輌を名義だけ引き継ぐ。それでも尚、戦車には興味が無かった。都合の良い遊び道具程度の認識で、嘗ての谷川流を知らずに育った。

 だが、中学に入ると状況は……否、戦車を視る眼が一転する。

 『谷川流戦車道口伝』と記されたファイル。……口伝。そう口伝なのだ。ファイルの中身は何も無い。封筒に空気しか入っていない。谷川流戦車道は確実に存在した。だが、その伝承は直弟子に口伝でのみ行われる。次代に継ぐ者が居なければ即座に失伝となる。

 其処で初めて……中学に入って初めて戦車と自分のルーツと繋がりを知る。

 ひょんな事から見つけた空っぽの封筒。恐らく、これが伝授を証明する証書だったのだろう。

 失われた谷川流の再興を誓う事は無かった。だが、知的好奇心から谷川流を追求し、その傍らで『戦車』を学んだ。

 興りは不明。教義も不明。系統も不明。 

 曽祖父と女の武道である戦車道との繋がりに鍵が有るのは直感する。だが、何もかも不明なのだ。

 故に、新しい谷川流を興してその実力を……正確には、『勝てない戦車で勝つ』方法を模索し始めた。

 彼女の衝動を強く推したのは、大洗女子なる戦車道部の高校全国大会優勝と言う事実だった。『勝てる戦車で勝つ』事を常套とする強豪相手に『勝てそうに無い戦車で結果的に勝てる』事を学んだ。

 戦車は魂すら通いかねない道具だ。それを操るのは魂が通う人間だ。そして智慧と言う武器を具えた生物だ。

 大洗女子の優勝は眩しかった。

 勉学を疎かにしてしまい、入学する高校はごく限られてしまい、偏差値が体温のように低い高校にしか入学できなかった……実際は、彼女の目論見通りだ。

 畿内麻生高校。

 戦車道が事実上の廃部になって久しい高校。

 そこに『現実として完全な廃部に至っていない』戦車道部が有る。

 この高校にはガレージもピットも有る。道具も揃っていた。戦車道が華やかだった時代に懇意にしてくれていた戦車関連の業者のリストも揃っている。これが、完全な廃部でない根拠だ。ただのスポーツとしての活動は認められている。戦車の返還届けの受理は難しい。公式活動永久停止。……公式活動でない【タンカスロン】なら文句は無いだろう。

 畿内麻生高校が有る学園艦で戦車が縦横に走り回る事が出来る練習場は少ない。大阪南部と呼ばれる地方をモチーフに町並みが『計画的に設計』された学園艦だ。重装甲で火力の高い大型戦車が走り回るには不利で不向きだ。奈鹿が『寄贈』した小型軽量で小回りが利く九二式重装甲車には然したる問題ではなかった。

 大洗女子が優勝して2年後。谷川奈鹿は高校生1年生としてこの学園艦に居る。それから更に1年が経過するまでに藤多鴫、名御々共衛と言う盟友と出会い、有志を募って戦車道部を再興した。新生谷川流戦車道の始祖がここに有る。

 有志。練度は低けれど士気は高し。この先走った士気の高さと使用する戦車が旧軍の物なので大洗女子と連合を組んで戦った事も有る知波単学園の指導を受けていると勘違いされ易いが、全く関係は無い。

 奈鹿にとって畿内麻生高校戦車道部は都合の良い存在だった。公式戦車道に邁進する高校に入学していたのでは『遠回りだ』。彼女の求める……今となっては彼女のドグマである、流派の創始と言う夢から遠くなる。【タンカスロン】と言う荒いだけの競技の中で自分が求める、自分だけの流派の礎を見付けたいのだ。公式部活動と言う柵に囚われていては自在な発想が制限される。先ずは思うままの戦車道を行う。その中から自分に必要な物を発掘して研磨する。

 それを早く行うには公式戦車道を行う高校では自由の度合いが狭かった。

 それ故、偏差値の低さばかりが目立ち、実態の無い戦車道部が軽んじられる畿内麻生高校は都合が良い。

 谷川奈鹿。彼女が後年に何と呼ばれるのかは未だ解らない。

 【タンカスロン】で磨いた腕前を戦車道連盟に認めさせるのはもう少し後の話だ。

 

 

※ ※ ※

 

 

「昨日は酷い目に遭ったとしか言えない試合でした」

 美園が戦車用のガレージで外した履帯を整備しながら思わず泣き言を漏らす。

 2年生の奈鹿が突然、試合の話を持ち込んできたのだ。本来の交渉や段取りはマネージャーである2年生の桂田飛酉(かつらだ ひゅう)やその後輩1名が話を纏めてくれる。なのに昨日の鳥羽工業との一戦は奈鹿が校舎裏で屯している宜しく無い風体の連中から話を持ちかけられて請け負ったのだ。出所がはっきりしない薄汚れた不揃いな札束が輪ゴムで丸く束ねられて「戦車道部に寄付する」との名目で『報酬』を前払いで受け取り、小競り合いの延長を丘の山間部で繰り広げた。

 不良のメンツの為に借り出されるとは、70年代の青年漫画のような展開だ。

 王基美園。1年生。中学時代に戦車道を履修していた事から戦車道部に入部。高校に入ってからは特に熱意が無かった戦車道から離れるべく畿内麻生高校に入学するが、実は強襲戦車競技が行われていると聞いて少しばかり興味を持ったのが始まりで気が付けばマネージャーで2年生の桂田飛酉にスカウトされていた。戦車に特別な思いは無かったが、だからと言って中学時分の戦車道の成績は底辺と言う訳ではなく、及第点以上の成績を残している。自分勝手な乗員との連携が取れなくて、車長を務めるのに骨が折れて懲りたのだ。

 その美園が戦車道が無いと思っていた畿内麻生高校に入学したのは何かの因縁を感じる。

 我が強い2年生達に振り回されて不満と文句を言いながらでも、こうして学校指定のジャージ姿で九二式重装甲車の整備に明け暮れている。彼女はそんな自分の唇の端に小さな笑みが浮かんでいるのに気が付いていない。

 戦車のガレージに鎮座する4輌の九二式重装甲車。それぞれが念入りに泥をを落とされて要所を分解されて整備されている。畿内麻生高校戦車道部は全部で17人だ。部長で隊長の谷川奈鹿が廃部取り下げを嘆願して再興した戦車道部は勿論、3年生が居ない。17人全員が戦車に乗っている訳ではない。

 マネージャーが2人居る。部長の奈鹿車にお決まりの二人が搭乗し、副隊長を任された美園は有志で構成された2年生や1年生に指示を出す。

 不良高校の便利の良い部分で、実力が有れば学年は関係無く一目置かれる。戦車道を齧っていても経験の浅い有志の部員からすれば美園の腕前は感嘆に値する。

 技量も経験も凸凹な戦車道部。部活として活動している以上、様々な制約がある。それを巧く運営しなければ折角の戦車道部も陽の目を見ずに埋没する。2人居るマネージャーの1人、2年生の桂田飛酉が居なければまともに予算会議に顔を出せないほど人格的に問題が有る面子ばかりだ。美園の気苦労は絶えない。

 マネージャーの桂田飛酉は高校に入ってから戦車に憧れて入部したものの、身長が178cmと高く、九二式重装甲車の狭い車内では何処のポジションでも長身が邪魔をして指揮も操縦も砲撃もスムーズに全く行えなかった。どうしても戦車道に関わる活動がしたいと食い下がり、マネージャーとして在籍している。また戦車に対する憧憬から、戦車の知識も部の内部では詳しい方で、作戦会議の参謀や整備なども手掛ける。実戦に参加できないのが本当に残念な逸材だった。

 その飛酉が部長である奈鹿とガレージの端でファイルを覗き込みながら今後のスケジュールを確認している。その付近の資材に腰を掛けて多鴫がスキットルを呷り、ガレージの出入り口付近で共衛が携帯電話で大きな笑顔で小さな声で話をしている。1号車の整備だけはいつもこんな感じなので遅れてしまう。部活の時間内に戦車の整備が終わった例が無い。……そう。部活の時間内には、だ。美園は知っている。部活が終わってからが奈鹿達が本当に部活をする時間なのだ。

 この戦車道部に備えられている九二式重装甲車の出所は奈鹿に由縁する者だと言う事は部員なら誰でも知っている。奈鹿が新しい戦車道の流派を興す志も知っている。そして……【タンカスロン】ではレギュレーションを無視した改造を一切行わない信念も知っている。新しい流派を興した時になってその実力はレギュレーション無視の改造であったのならば到底戦車道の一派として轡を並べられないからだ。【タンカスロン】に於いては半分自殺行為だ。魔改造が罷り通る世界で公式戦車道と同じレギュレーションで初志を貫徹するのは困難が付き纏う。その困難に自分から飛び込む男気に惚れて奈鹿の呼び掛けに応えて入部した部員も多い。

 予定通りに整備が終わった班から未だ整備中の車輌の整備を手伝う。連携を養うのに少なくともこの整備と言う訓練は外せない。技術だけではない。横の連携を強くするのが要だと奈鹿は重要視している。愛想の悪い多鴫でも操縦に関しては部内でも随一の実力を持つので操縦に関する指導は誰もが慕う。少々、口数が少ないのが難点だ。口も尻も軽い共衛も砲撃に付いては誰も追いつけないレベルで指導も丁寧だ。同性を性的に好む傾向が強くボディタッチやスキンシップが多いのが難点だ。我等が部長の奈鹿の作戦立案は根底では間違えていない。戦車と数に差が有り過ぎて悔しい涙を流す事は有るが、次代の隊長を目指す1年生からは休み時間でも遠慮無く質問を聴いて的確に砕いて解り易いように指導している。少々、がさつで喧嘩腰な口調が難点だ。

 あの3人に何が有ったのだろう?

 誰も奈鹿、多鴫、共衛が出会った話を聞いた事が無い。

 

 

※ ※ ※

 

 

 1年前以上前。奈鹿が入学し2ヶ月が経過した。

 戦車道部廃部取り下げの申請は想像通り、予定通りに苦しい条件が付いた。公式の試合には一切参加できない上に先代が文科省に取り上げられた戦車の返還は絶望だった。これで心置きなく、『入学と同時に叩きつけるように寄贈した』車輌が使える。元々、【タンカスロン】しか想定していない部活をする心算だ。戦車道の庇護が受けられる公式活動は考えていない。

 車輌は九二式重装甲車が4輌。部員は総勢1名。戦車道を志す物からすればそれだけで絶望する条件が揃っているが、最初から全てが整った環境は必要ない。彼女の大願には不必要だ。自力で作りたい流派だ。失伝した正統な谷川流の再興は念頭に無い。

 少なくともあと2人必要だ。部活を始めるに当たって最低部員数は条件に入っていなかった。部と言うより同好会扱いからのスタートだ。実績さえ作ればセールスポイントのネタになる。車輌1輌を稼動させされる人員が揃わないと当面の目標である【タンカスロン】に出場できない。豆戦車扱いの九二式重装甲車は1人や2人で扱える代物ではない。3人の力が必要だ。整備に関してはグラウンドの端に放置されていた各運動部の物置となっていた戦車用のガレージを整理すれば良い。廃部取り下げ願いが受理されたのだ。占拠している荷物は運動部の連中に引き取らせれば良い。

 ブツブツと呟きながら戦車道部設立に関する書面を見ながら校舎の廊下を歩いていると不意に声を掛けられた。

「あ、あの!」

「?」

 ノッポ。やや伸びたベリーショートがところどころ寝癖のように跳ねる長身の1年生が居た。

「戦車道、始めるんですよね! 入部したいのですが!」

 無理矢理勇気を振り絞った必死の形相でその少女は言った。幼い顔の割りに長身。一目で解った。

――――あ、駄目だ。背が高過ぎる

「あんた、『何が出来る?』」

 一応尋ねてみる。今現在では貴重な有志だ。何処で戦車道の話を聞きつけたかは知らないが、気力は充分だった。

「整備とデータ整理を浅く広く!」

 声の覇気だけは認める。鼓膜が破れそうな大声が昼休みの廊下に響き渡る。

「……遠慮するな。言ってみな。『戦車に乗りたいです』ってな」

「え……あの……このタッパですよ……乗れるわけが……」

 奈鹿は悪そうな顔で唇の端を吊り上げて右手を差し出して握手を求める。咄嗟に少女も右手を差し出して握手する。

「そうだな。『苦労したんだよな』。戦車に憧れる人間の手だ」

「え?」

 奈鹿は握手した手を柔らかく握りながら言う。肉刺や胼胝の感触が有る。チラッと視線を向ければ生傷も見える。指先の爪が深爪で爪の間に油汚れが見える。

「戦車が好きだけど戦車に乗れないから諦めようと戦車道の無いこの学校に来たけど……『ウチの話』を聞いたから気が変わった。と言うところか?」

 少女の制服――紺色のブレザーに灰色のスカート。白いシャツ。赤銅色のリボンタイが同学年の1年生であることを知らせている――を上から下まで粘液質に見回す。

「ようこそ戦車道部へ。あんたの入部を認める。生徒会の役員に入部届けを貰ってからサインしな。私は普通科1年3組。谷川奈鹿。暫定部長だ」

「あ、え、あ、私は、普通科1年1組の桂田飛酉です!」

「さて。仮入部の段階で悪いが、少し力を貸してくれないか?」

「……はい?」

「部員集めだ……ウチは発足したばかりでね。部員が居ない。九二式重装甲車4輌をまともに動かせるだけの数は欲しい」

 奈鹿は軽く飛酉に絶望しかねない一言を擲つ。

「九二式……」

 飛酉の顔が白くなる。このままポロポロと涙を零しそうだ。

 九二式重装甲車と聴いて理解したらしい。狭過ぎる。口調から察するに九二式重装甲車しか保有していないのを察する。

 奈鹿としてもこれで引き下がって、高校での戦車の道は諦めて公式戦車道が有る大学にでも進んでくれと全くの他人事で思っていた。

 貴重な部員だったが今回は諦めるか。

 そう思っていた。

「戦車に関われるなら何でも良いです! 乗れなくても! この身長ならオープントップでもないと無理なのは解っています! でも……戦車を触っていたいんです」

 台詞の後ろ半分は泣き声だった。

「…………野良試合に出るのも難しいけど……グラウンドを走り回るくらいならいつでも言ってくれ。マネージャーで良いのなら幾らでも席は空いてる。今は即戦力が欲しいんだ。解ってくれ」

 期待を持たせて冷たく突き放したのにそれでも入部を諦めない飛酉の目を見て考えを改めた。コイツは『戦車を捨てる覚悟』を捨てやがった、と。打算で考えれば、整備に関して一日の長が見られた掌の感触は惜しい。喉から手が出るほど欲しい。整備できると言う意味での即戦力は戦車の乗員と同じくらいに必要な人材だ。ここまでコテンパンにしてやったのにまだ食い下がるとは見上げた物だ。

「放課後。第1部室棟の一番端。8号室に来な」

 奈鹿は踵を返して掌をヒラヒラと振りながら飛酉を取り残してその場をスタスタと去る。

 ……放課後に指定した部室で奈鹿を待っていたのは……。

「誰が酔っ払いを連れて来いと言った……」

 奈鹿の人相の悪い顔が一層険しくなる。肩を小さく震わせて怒りを抑える。ロッカーの列に挟まれた折りたたみテーブルに腰掛けて左頬に縦一文字の縫合跡を拵えた異様に鋭い目つきの少女が居た。腰近くまであるポニーテールがふわりと揺れて、自分の存在を強く唱える。

 無造作に右手にしたスキットルを呷る。その振る舞いは既に出来上がった酔っ払いそのもの。反抗的な据わった眼。意志の強そうな唇が引き絞られる。

「あー……此方、普通科1年8組の藤多鴫さん……そのぅ……操縦手を希望らしいです」

 今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうな奈鹿と多鴫のガンの飛ばし合いに辛うじて割って入る飛酉。

「で、コイツはなんで操縦したがるんだ? 砲手じゃ駄目か? 戦車道を齧った事が有るのか?」

 奈鹿は多鴫と云う名らしい少女から眼を離さずに飛酉に尋ねる。

「実家が土建屋さんで……庭で重機を動かして遊んでいたそうです」

「へぇ……」

 操縦に関しては戦車と重機は割りと共通点が多い。身長も奈鹿より少し高いくらいで問題無い。だが、態度が気に喰わない。黙っていてもコイツは奈鹿を目の仇のように睨んでくる。そして時折、呷るスキットルだ。印象は最悪だった。

 その時だ。誰もが意表を衝かれる登場を成したのが、確か普通科1年5組の名御々共衛とか云う少女だった。あっけらかんとした笑顔と全く場の空気を読まない軽い口調で「どーもどーも!」と部室のドアを開けるなり言い放つ。自分から挨拶を振っておきながら左手にした携帯電話で通話の続きであろう会話をレシーバーの向こうの人物と始める。何をしたいのか全く理解に困る。挨拶をしたいのか電話で通話したいのかどちらかにしろと怒鳴りたくなる。

 同性を好む事を全く隠し立てしない共衛はそれだけで噂や名前だけは奈鹿も知っている。……意外だったのだ。戦車と接点が無さそうな奴がここのドアを開けた。

「…………」

「…………」

 完全に毒気を抜かれた奈鹿と多鴫はお互いの顔を見て舌打ちしながら顔を逸らす。

「職員室前の掲示板見たんだけどさぁ、戦車道やるって? 仲間に入れてよ! 中学ん時に少しやってたからちょっとは使えるよー。いやー、戦車道が有ると思っていたら廃部してたんだねー、この学校。でも運が良いや! 今年から復活だってねー」

 何から何まで言葉に重量を感じない女だ。無口が来たかと思うと今度はそれを埋めるように喋り捲る五月蝿い奴が来た。奈鹿は小さく肩を震わせて飛酉に刺し殺すような視線を向ける。

「あ、その……手書きのポスターを1枚だけ貼ったんですけど……いけませんでしたか?」

 飛酉は竦みあがって小さく反駁する。

「……あー。ま、いいや。入部届け、出してくれ」

 奈鹿がそれぞれから入部届けの書類を集めて学年と名前だけ確認して折り畳んで、まだ薄いルーズリーフのポケットに差し込む。

「明日の放課後、西第2演習場に来い。実践でどの程度の技量か見てやる。担当に希望は有るか? ……ああ、酔っ払いは操縦専門だったな。お前、共衛? お前は?」

「砲手」

 即答する共衛。興味を持つ奈鹿。

「ほう。中学ん時にやってたと言ったな。砲手だったのか?」

「ちょっとね」

 共衛は何がおかしいのかえへへと笑いながら言う。それも、未だ通話の途中を中断しての会話だった。何かと携帯電話で通話している。人と話をする時くらい、此方に集中して欲しいものだ。そういう意味では共衛に対する印象も最悪だった。

 その日は結局、これ以上、誰も部室には来なかった。明らかな宣伝不足と自助努力の欠如だった。部員が集まらなかった事に必要以上に飛酉は責任を感じていた。

 翌日。放課後。西第2演習場。演習場と言う名の大型グラウンドでそこには嘗て、畿内麻生高校で戦車道が華やかだった頃に使われていた戦車道部専用練習場が広がっていた。今までは多目的グラウンドとして使われていたので戦車道部が活動するのにも手入れと整備が必要かと思っていたのに、奈鹿は思わず首を傾げてしまうほどに整備されていた。

「あ、姉さん? お金ぇー、何とかなんないかな?」

「あー、姉さん。久し振りー。ちょっと片付けて欲しいのがさぁ」

「姉さん、どう? 元気? ちょっと聴いて欲しい事があるんだけど」

 先ほどから奈鹿の後ろで共衛が何度も電話を切っては掛け直して「姉さん」と言う人と話をしている。

 好天。奈鹿が操縦する九二式重装甲車の車体に張り付いた共衛と多鴫。それと開放したままの車長席に座らせてもらっている飛酉。その面子で演習場に来たのだ。

 使用の許可は下りている。発砲の許可も下りている。予算が無いので弾薬も燃料も少々ケチらないといけないのが辛い。

「状況は良く解らんが、まあ、許可は有るし……よーし、お前ら、練習やるぞ!」

 学校指定のジャージ姿の部員達が降り立って今、だ。目を張るように整備されている戦車道の練習場に不可解な思いを抱く。生徒会がこんな弱小クラブにそこまで気を廻してくれるとは思えない。生徒会からのサポートが無ければこんなに早く整備が行き届くはずが無いのだ。

「多鴫。お前が先にやれ。これだけ広ければ何処にもぶつける心配が無いから好きなだけ走ってみろ」

 奈鹿が、青いジャージ姿でもスキットルを呷っている多鴫に先発させる。重機で鍛えた腕前とやらを視てみたいのだ。

 スキットルをジャージの尻ポケットに突っ込んで操縦席に収まる。何分でエンジンを掛けて走り出すのかを調べる為に左手首のダイバーズウォッチのクロノグラフを作動させる。

「……!」

――――早い!

 ものの10秒ほどでエンジンがかかる。九二式重装甲車の車体がギシッと揺れたと思ったら低速から走り出し、カタログスペック通りの数値でフルスピードに達する。砂煙を上げながら快速を見せる九二式重装甲車。蛇行やドリフトも披露するが偶然では見せない腕前を見せる。フルブレーキからの信地旋回も鮮やかに見せる。短距離ダッシュから180度回転。多鴫と言う少女の操縦に関する腕前が解った。何処でそれを覚えたのかは今は関係の無い事項だ。

 更に……。

「おい! 何を……!」

 荒地走破練習用の盛り土の小山……凸部分目掛けて猛然と走り出したかと思うと右履帯がその山の上に全速力で乗り上げて軽い車体が大きく左側に傾いてしまう。右履帯が地面から離れて左履帯の外側で地面を削りながら片輪走行をする。今にも転倒しそうな車体。流石の奈鹿も驚愕の余り声が出ない。危険だ。『片輪を取られた』。車体が横転したら負傷に繋がる!

「止めろ! 多鴫! 止めろ!」

 奈鹿は飛酉が携えていた無線機で九二式重装甲車の車内に呼びかける。指示専用に搭載した無線機だ。音声は車内にスピーカーで聞こえているはずだ。

「!?」

――――まさか!

 九二式重装甲車の右片輪を大きく地面から離した不安定なはずの車体は真っ直ぐ直進したかと思うとそのまま軽い蛇行や少々のドリフトを見せる。

――――態と『片足』を離しやがったな!

 存分に走り回ると九二式重装甲車は奈鹿の目前20mの位置で右履帯を地面についてゆっくりと制動した。

 ちらりとクロノグラフを見る。あの危険な走行を15分以上も続けていた。まともに走っていたのは最初の10分だけだった。

 ハッチから多鴫が這い出ると、早くもスキットルを呷る。

「おいっ! てめぇ!」

 奈鹿が大股で多鴫に歩み寄る。文句の一つ二つをぶつけてやる心算だった。その言葉を制する発言をしたのは多鴫の方だった。

「左側の転輪は全部交換対象。右側履帯は音がおかしい。ピンを止め直した方が良いかも……」

「え?」

 呆気に取られる奈鹿。何を言い出すのかと思えば……。

「奈鹿さん! これが終わったら転輪と履帯の整備をしましょう!」

 飛酉が打音検査用の金槌で履帯の各部を叩きながら大声で伝える。

「右の履帯はピンの周辺が磨耗しています! 今直ぐに壊れる事は有りませんが、早い交換が必要みたいです!」

 整備には一日の長が有りそうな飛酉が言うのだ。素直に聞き入れる。それに今回は飛酉と云う少女の整備の腕前も見たかったのだ。丁度いい機会だ。

「あーあー。解った解った! 次! 共衛!」

 奈鹿は振り向いて共衛を呼ぶ。共衛はまだ「姉さん」とやらと通話をしており電話を切ってまたコールして話をしだす。

「お前は何人姉妹なんだよ! さっさと乗れ!」

 奈鹿でなくとも感情的に怒鳴ってしまうだろう。共衛は「また電話するね」と言うと携帯電話をジャージの上着のポケットに携帯電話を仕舞って九二式重装甲車に近づく。

「あー」

 何やら残念そうな声を挙げる共衛。

「この13mmは……スコープは無倍でサイクルレートは遅いし、実用速射は7発が限度で指切り連射だとセミオートみたいで弾幕が張れないんだよねー。大弾倉差すと左右角と俯角が付け難いし、標的が空を飛んでくれない戦車道だと大きな仰角は余り使えないしー。折角の対空照尺も無意味っぽい。それに……」

「ブツブツ言ってねぇでさっさと乗れ!」

 中々不満が止まらない共衛の尻を思わず蹴飛ばしてしまう奈鹿。

「へえへえ。了解了解。それじゃー行きますか」

 奈鹿が操縦席に乗り込んで車体の向きを変えて移動し、射点に着く。

「口ほどの腕前を見せてくれよ。お譲ちゃん。先ずは300m先の……あの標的用のドラム缶が見えるな? あれを撃て」

 奈鹿は300m向こうの小さな標的であるドラム缶を蔀窓を開けて指を指す。双眼鏡でドラム缶を覗く。チラっと右隣で13mm機関砲の15発入り小弾倉をスムーズに差す共衛を視る。

――――ほう。確かに使い慣れているな。荒々しさが無い。中学時分は機関砲が専門だったのか?

 鼻歌交じりで無倍スコープを覗いた共衛が「撃つよー」と言うと奈鹿の返事を待たずに5発ほどの指切り連射を見せる。

「…………チッ」

 思わず舌打ちする奈鹿。300m先のドラム缶どころかその近辺に着弾すら認められない。所詮中学生レベルの戦車道経験者か。口だけだな……。そんな軽蔑が一斉に脳内に横溢する。

「次は?」

 能天気な笑顔を奈鹿に見せる共衛。

「もっと遠くを狙う?」

「……何?」

 まさかと思い、双眼鏡でその右隣遥か後方600mの位置に置いてある標的用のドラム缶が半分に千切られたようになって吹き飛んでいる。

「え……」

 絶句する奈鹿。試射無し……否、たった1発の曳光弾で試射を終えて残りの4発を600m向こうのドラム缶に命中させたのだ。

「私さー。中学ん時、TKSに乗ってたんだよねー。20mmのアレなんだけど。アレって砲手が車長も兼任するじゃん? 二人乗りじゃん? 私、人を使う柄じゃないのよねー。20mmクラス以下ならセミでもフルでも負けない自身が有ったんだけど……馬鹿だから車長も兼任なんて無理が有ったのよ。だからいつも指揮が遅れちゃってさー、そんで白旗なのよねー。あーあ、『誰かが代わりに指揮と連絡を取ってくれたら楽なのになー』」

 ニヤニヤする顔で共衛は左横に座る、言葉を失った奈鹿を見た。

「は、はは……はははっ! 凄ぇな! お前、凄ぇな!」

 奈鹿は双眼鏡を再び覗いてその言葉を漸く捻り出した。

「機関砲は任せる! 車長は私だ! 扱き使ってやるから覚悟しろ!」

「お任せを。ボス」

「だけどな、シスコンも好い加減にしろよ。そろそろ殴りたくなってきた」

「? ……私、一人っ子だけど?」

 小首を傾げる共衛。腑に落ちない顔の奈鹿。

「え……姉さん姉さんって携帯で話してたろ?」

「あ、あー。アレね。まあ色々有ってねー」

 誤魔化すように視線を逸らせて言葉尻を濁す共衛。

 奈鹿の手足となる決定的瞬間だった。そしてその瞬間から数日後に、共衛と多鴫の謎めいた部分が判明する。

 共衛は嘗てキルレシオ1対3を誇るエースだったが、所属する戦車道部の士気と練度が低く、彼女一人がどんなに奮戦しても戦車道の公式試合では勝てずじまいで嫌気が差していた。進学して新しく戦車道を始めようとしても学力が足りず偏差値の低い畿内麻生高校に仕方なく入学し、そこで戦車道部廃部撤回の報せを受けてもう一度挑戦したくなった。

 多鴫は……典型的なスリル中毒だった。危ない事なら何でも、博打に値する事柄なら何でも首を突っ込んでアドレナリンを噴出させたがる静かな問題児だった。戦車道の経験は無い。新しいスリルを開拓したくて畿内麻生高校戦車道部の門戸を叩いただけの少女だった。無免許で公道を自動車やバイクで走り回って何度も警察の追跡を巻くのに快感を覚えていた。自宅で重機を危険な乗り回し方をしたので禁止令が出て燻っていた時に掲示板のポスターを見て咄嗟に入部したのだ。

 戦車に関する技術云々は2人とも適正が有っただけの天然だ。それは否定できない。2人のパーソナルな部分が更に解明されるのは更に1ヶ月以上も後だった。

 桂田飛酉は大変良い仕事した。良い仕事をしてくれる。彼女が居なければ誰もまともにマネージングが行えないところだ。整備士としても高校生の水準以上で、畿内麻生高校戦車道部黎明期で尤も優れた作戦参謀としても奈鹿をサポートした。彼女を試合に参加させることが物理的に不可能なのが本当に悔やまれる。

 4輌のうち1輌の九二式重装甲車の乗員と割り当てが決まった。こうして戦車道部は起動した。

 

 

 

これらのエピソードを1年後に入部してくる王基美園には未だ話していない。部員乗員の昔話を聞いたところで戦車に関する腕前が上がる事は無い。そして、それを態々広める理由も無い。

 

 

※ ※ ※

 

 

「おい。美園」

 不意に美園は声を掛けられて、後ろを振り向いた。敬愛すべき先輩の奈鹿がクリップボードを片手に背後で立って居る。

「整備が終わったらちょっと来てくれ。昨日の野試合で消耗した部品の数が知りたい。今、車長連中に声を掛けている。いつ試合が舞い込んでも万全でありたいからな」

「はい! 解りました! 直ぐに整備を終わらせます」

 陽は傾いている。もう直ぐこの学園艦も夜の時間帯になる。あらゆる学科が犇く共学の畿内麻生高校の一日が終わる。部活に邁進する生徒はまだまだ序の口の時間帯だ。その時間帯こそ、2年生の幹部が今後の運営や方針を話し合い『勝てない戦車で勝つ』方法を考えて、次代に遺せる大切な物を研鑽するのだ。

 戦車道部に対する優遇と支援が篤い理由を美園は未だ知らない。生徒会が何故、潤滑に暗躍してくれるのか。金食い虫のはずの戦車道部が【タンカスロン】しか参戦していないのに予算が潤沢でその割りに『勝てる戦車』を揃えないのか。それはきっと美園は未だ知ってはいけない領分の話なのだ。2年生の幹部達と片を並べて強い信頼を結んだ時に知るかもしれない。知らされるかもしれない。知らされないかもしれない。

 今は素直に戦車に乗って泥臭くも青春を謳歌している事を喜ぼう。

 王基美園。彼女もまた、【タンカスロン】に魅せられた一人なのだから。

 

 

 

 3日後。

「整備は矢張り大切ですね」

「ああ……」

 美園は自分の右手側に立つ隊長を見た。いつもながら、左の小指が欠けていると言うのは無言の圧力を感じさせる。どうみても渡世人の落とし前しか連想させないからだ。他の部員達は誰も隊長で部長の奈鹿に小指が欠けている理由を聞かない。幹部である共衛や多鴫なら何か知っているかもしれないが、奈鹿とは違った意味で幹部2人にも奈鹿の小指に関して質問し難かった。第一、唯の事故や怪我で欠損しただけかもしれない。興味本位でそんな失礼な質問をぶつけるわけにはいかない。

 曇天の空の下、小高い丘の上から見下ろす。草原や田畑、湿原が小さな試合会場に圧縮されている。民家などの建物も見えるが立ち退き済みで誰も住んでいない物件ばかりだ。

 学園艦が寄港するたびに部員達は戦車と供に陸に降りて草チームを探す。学園艦そのものが試合会場になる事は皆無だ。

 今回も【タンカスロン】のチームや試合会場を大急ぎで探していたらこの試合のエントリーの空きが見つかった。

 ……条件が酷かった。

 【タンカスロン】に於いてまともな条件が少ないのは解り切っていた事。それでも尚、酷いと言わざるを得ない。

 4チームがバトルロイヤル形式で殲滅戦を行うのだ。数も練度も底辺の弱小チームだけが集まれば時折開催される形式。珍しくは無い。

 ルール無用の勝負事の世界に情けも無用だ。この規模の……追加された今回限りのレギュレーションで各チーム最低1輌から最大5輌まで参戦可能と決められている。

「……胴元が居る」

 美園の背後でスキットルを呷りながら多鴫がぽつりと呟く。博打の勘に関しては多鴫の『嗅覚』は信用に足る。それは薄々感じていた。どこかの誰かがこの試合を金蔓になるショウとして観戦させている。少女のたわいも無い遊戯に大人が裏で糸を引いて金儲けを企む。

 実にキナ臭い話だ。

 それでも貴重な試合の機会を提供してくれる。この試合会場ですら最初から客の大入りを予想して飲食物の露店や仮設トイレまで出張っている。自分達がエントリーした試合は本日行われる3試合のうちの1試合目で前座扱いだと言うのも理解している。主催者は『派手な花火』で客の心を掴んで賭場を開き、次回への布石とする心算だろう。

 よろしい。ならば試合だ。

 赤いパーカーにジーンズパンツ姿の奈鹿は振り返って各車の乗員を見た。

「…………」

 ドイツもコイツも一癖もふた癖も有る扱い辛い連中。そして信頼に足る連中。

 大きく息を吸う。

「さあ! 手前ぇら! 小便は済ませたか? 腹拵えは? 存分に食い散らかすぞ!」

 奈鹿は整列する九二式重装甲車の前で思い思いのスタイルでリラックスする乗員達に発破を嗾ける。見慣れた愛すべきクソったれ供も一斉に呼応する。

「パーティやろうぜ! 皆の衆!」

 凄惨で壮絶な笑みを浮かべた奈鹿。彼女の笑顔が悪そうな人相であればあるほど、乗員達の期待も高まった。

 

 

 そして……試合開始30分前。

 刻々と試合開始の時間は近付いていく。

 

 

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