幽鬼の中の愚連隊   作:かんづ始

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第6話

「まあ、いいから食え!」

 レボー学園から態々やって来たメルローの話もそこそこに下校途中の串カツ屋【平賀屋】で『米や麦のジュース』で久闊を叙す事になった一同。この場に居るのは奈鹿、共衛、多鴫、飛酉そして美園。戦車道の部活が終わるまで校内で暇潰しを勝手にしてもらい、戦車道部の練習が終わるや否や、いつもの居残り練習は無しにして幹部級が珍客のメルローを引いて【平賀屋】まで来たのだ。

「遠慮するな! 私の奢りだ! 好きなだけ食え!」

 奈鹿が上機嫌でカウンターに轡を並べる幹部とメルローに言う。奈鹿以下、共衛、多鴫、飛酉は遠慮を見せない。美園はオレンジジュースを啜りながら時々、キャベツを串で突付く。呆れ顔のメルロー。メルローのような金髪ショートカットで人形のような美少女が彼女専用に仕立てたかのような制服を身に纏ったまま、串カツを手に持って『ぶどうのジュースが表面張力で保たれているほどになみなみと注がれたガラスコップ』を目前にしている様は一種の異様が漂う。

 店に来るまでの道中で、先輩達とメルローとの因縁話を聞かされた美園は昔から先輩方は先輩方だったので安心したやら呆れたやら。メルローも昔の話を穿り返されて顔が嫌そうに歪む。その顔を見るのが愉しくて仕方が無いと言った風に奈鹿は昔話を続けるのだ。メルローから強い反駁が無いところを見るに、その話の内容は殆ど真実なのだろう。

 だとすれば……。先輩達は初陣で【タンカスロン】の名門にたった1発も撃たせずに勝利したとなる。レボー学園の3輌のどれもが発砲せずに撃破された。飛酉の顔も綻んでいる。その話は事実なのだろう。何と言う出鱈目な話。しかも最後の決まり手は至近距離での6.5mm機銃の乱射だったのだ。呆れ返るか驚けばいいのか解らない。出鱈目なのは確かだった。

 メルローの顔色が険悪になるのも構わず、串カツ屋【平賀屋】に入るなり、カウンター席で横一列に並んで串カツを勧める奈鹿には美園は苦笑いしか出なかった。

 油煙が立ち込めてアルコールとソースの匂いが充満する串カツ屋で奈鹿、共衛、多鴫、飛酉が勝手に『ノンアルコールと思いたい飲料』や串カツを注文する。

「本当に、そのデリカシーの無さは前のまま……」

 メルローが『ぶどうジュース』片手に二度付け厳禁のソースにイカリングを沈める。

「デリカシーなんざぁ、日本橋の路地裏で売り捌いてきた」

 奈鹿が『麦ジュース』のジョッキを呷りながらけろっとした顔で言う。

「そう言う、お前こそ……今頃何しに来た?」

 突然の話の転換。美園の顔が強張る。最も聞きたかった事だ。メルローもただ、昔話をする為だけにレボー学園から来た訳ではないだろう。部活が終わるまで待ってくれやしないだろう。下校途中の買い食いに付き合ってはくれないだろう。

 空気の温度が変わったのは奈鹿の左隣に座るメルローだけではない。奈鹿の右隣に座る共衛、多鴫、飛酉も同じだ。飛酉の隣に座る、末席の美園でさえ雰囲気が醸す温度の変化に気が付いた。

「私は……貴女達に負けた。絶対に忘れられないような負け方をした……私達がたった1発も発砲しないうちに……発砲する距離が有ったのに機会が見出せなかった。だから、再戦を願う。今日はその為だけに来たのよ」

「…………」

 誰も何も言わなかった。この場合、美園は殆ど部外者なので口を挟む権利が無いと思っていた。

 奈鹿は紅しょうがを齧りながら視線を手元のジョッキに落としていたが、顔からは入店時の浮ついた色は消えていた。戦車に乗り込む時の顔付きになっている。

「戦車乗りが過去を挽回したくて挑戦状を叩きつけに来たんだ。誰も笑いやしないさ。勿論、その勝負は受けて立つ。『私もそうだろうだからな』」

 奈鹿は紅しょうがの串を皿に落とす。共衛も多鴫も飛酉もまるで試合に臨むかのような顔で手元のコップやジョッキを見つめている。

「苦労したんだろ? 『その名前を貰うのにどんなに苦労を重ねたのか』……だから、そんな切っ掛けとどうしようもない昔話をチャラにしたいんだろ?」

 奈鹿はそう言うとジョッキを大きく呷って大将におかわりを注文する。

「あら……知った風な口を利くのね」

「ああ。知った風さ……いつでも来やがれって言ったのは私だからな。その名前を貰うほどに腕を上げたんだろう? 見せてみろよ。この1年の成果をよ……言っておくが、今度はこっちも1輌じゃないぞ。4輌だ。どうしようもねぇクズの4輌が相手だ。ほらそこの……」

 奈鹿はジョッキを持った手で末席の美園を指す。

「あいつはウチのホープでエースだ。私を倒しても今度はあいつが私の屈辱を晴らす為に立ち上がる。後続は育ちつつある。簡単に悪夢から覚めると思うなよ」

 突然、話に引き摺り出された美園はオレンジジュースの入ったコップを口につけたまま咽た。

「な、な……何故私が!」

 美園は非難の声を挙げたが、メルローの剣呑な視線に射竦められて動けなくなった。今、確実にこの人物に敵認定されたと美園は思った。忌々しく、まるで自分の爪を齧って引き千切るような勢いでロースカツを齧るメルロー。なみなみと注がれたコップの『ぶどうジュース』を一気に飲み干す。

「お前が態々畿内麻生に来た時から解ってたさ。自分の目で敵情視察だろ。自分達に土を付けた連中が1年経ってクソみてぇな試合をしていたらさっさと学園艦に帰っていただろうよ」

 奈鹿が全長30cm近いアスパラガスの串を齧りながら言う。共衛も多鴫もその言葉に同意していたのか全く口を挟まずに黙々と串カツを齧る。

「桂田先輩……あの2人、あのままで大丈夫ですか?」

 美園が自分の左隣で鶉ウインナーを齧っていた飛酉のそばで耳打ちする。

「ああ、大丈夫よ。美園ちゃん。隊長もメルローさんもあれはあれで愉しいはずだから」

 飛酉は美園の不安を払拭させるべく、できるだけ優しい笑顔で未来の隊長を見る。

「それに……あんなに愉しそうな隊長なんて見た事が無いでしょう?」

「は、はい……」

「なんだかんだであの2人は同じレベルの人達なの。正々堂々と勝負しないと気が済まない相手だとお互いを認め合ったの。だからもう突然殴りあったりしないわよ」

 美園は苦笑いで応えるしかない。お互いを認め合っていない間柄なら今直ぐにでも殴り合いでカタを付けそうな言い方だったからだ。ガレージ前で殴り合いを展開したような気がするけど、あれはあの人達にとっては挨拶代わりで殴り合いの範疇には入らないのだろうか?

 唯、食べるだけの機械と化していた共衛が不意にメルローに声を掛ける。

「でさあ、ウチは九二式重装甲車が4輌だけど……そっちは何をどれくらい出すのさ? ウチと堂々と勝負して黒星を帳消しにしたいのならまさかそれ以上出してこないよね? 1年前はあんた達はたった1輌に3輌が寄って集って1発も発砲せずに負けたんだからさあ……」

 メルローを挑発する台詞。更に多鴫が追い討ちをかける。

「デコイの完成度は高かったけどそれだけだ……」

 メルローは一気に顔を真っ赤にさせて『ぶどうジュース』を呷り、おかわりを大将に求める。

「我がレボー学園『有志』戦車道部は姑息な真似はしないと決めたの! 此方も4輌を用意するわ! 今度は絶対に負けない!」

 奈鹿の口元が凄惨に歪む。

「ほう! ほうほうほう! その言葉に偽りは無いな? 二言は無いな? 嘘ではないな?」

「当たり前よ! 同じ数で必ず叩き潰してあげるわ!」

 その台詞を聞いて奈鹿の口元は大きく吊り上る。共衛が小さく肩を震わせる。多鴫も顔を、表情を隠すように強張らせて『お米のジュース』が入ったコップに口を運ぶ。

 奈鹿は制服のポケットからICレコーダーを取り出した。

「くくく……今の台詞は録音させてもらった。これで吠え面かいたらどうなるかな?」

 奈鹿の笑顔が邪悪に歪む。メルローのその台詞を聞きたくてこの食事の席を開いたと言わんばかりの勝利宣言に似ている。言質を取ったからには、取られたからにはメルローは逃げられない。勝負の条件を変えられない。今更ながらに嵌められた! と言う顔になるが、それを直ぐに掻き消すメルロー。勝負する気概に溢れているのは事実なのだ。

「ウチは九二式を4輌しか出さない。つーか、出せない。それだけしか無いからな。さあさあさあ、そちらはどう出るかな?」

 奈鹿が畳み掛けるように挑発を上乗せする。この台詞の中にブラフが幾つも仕込まれている。メルローは4輌しか出せなくなった。その4輌をどのような車輌で編成するか無限に広がる。対戦車に特化したAMR35ZT4を4輌揃えて一気に勝負に出ても側面を叩かれれば対応の仕様が無い。旋回砲塔を搭載したAMR35やR35を交えても、その編成が悩みどころだ。速射の利くAMR35を多くするか、火力にモノを言わせたR35を多くするか、そもそも試合のフィールドの状況はどのような場所か? それに引き換え、畿内麻生高校戦車道部は視察の上では確かに九二式重装甲車が4輌しか無い。どこの試合会場でもこれ以上の数は確認できないし、編成に頭を捻る事も無い。『無い袖は振れない』のだ。

 思わず心の底で「貧乏臭いとは怖いもの知らずね」と呟くメルロー。

 メルローはレボー学園『有志』戦車道部の隊長を勤めているが、正式には司令官兼任だ。1日に何試合も行われる大規模な【タンカスロン】の試合で複数の小隊を各試合会場に投入し、戦績や戦況の推移を纏めて後続への資料とする。故に司令官兼隊長の名前である『メルロー』の名前を授かった。

 そのメルローが直々に指揮を振るう試合は久し振りだ。居心地のいい椅子にも座り飽きた。彼女自身が望んだ高見だというのに、実際に座ってみれば退屈極まりない。《メルロー》の名前を貰ってふんぞり返るまでの道程の方が遥かに面白かった。遣り甲斐が有った。そして畿内麻生高校という聞いた事も無い連中に負けた雪辱を晴らす事をモチベーションに闘争心を鼓舞させている方が余程、自分らしかった。畿内麻生高校戦車道部のたった1輌の九二式重装甲車に3輌もの戦力が、幾重もの罠が通用せず、とうとうたったの1発も発砲せずに負けを喫したのは耐える事や忍ぶ事などを押し付けられた悔しさだった。仲間からの遠慮の無い嘲笑に忍辱の鎧を着て、只管、【タンカスロン】での試合に勝ち続けた。悔しさと嘲笑を纏めて跳ね返すには戦車乗りとしてだけでなく戦術家としても部内での政治家としても成長する必要が有った。

 そして彼女は再戦の為の挑戦状を叩き付けた。拍子抜けな事に、畿内麻生高校戦車道部の連中は部活の全てや気風や性分までも包み隠さずメルローに晒した。敵かもしれないと言う危惧感は皆無だった。今日の放課後の下校に到るまで、九二式重装甲車をガレージに格納して、その後のミーティングや反省会にも同席させてくれた。普通は部外者には秘密のはずの練習メニューや試合スケジュールまで見せてくれた。全員の更衣が終わるまで校内の一部を廻ってみたが、そこかしこで奈鹿のように粗暴な連中が屯していて自分が異物である事を認識させられた。

 奈鹿は全てを見せた。見せてくれた。見せ付けてくれた。

 その上で挑戦状を受け取り、再戦を快諾してくれた。ここで引き下がってはメルローの戦車乗りとして……そして女としての株が下がる。奈鹿は既に悟っていたのだろう。メルローが挑戦状を携えてくる事を。それがいつであっても奈鹿はメルローに対して同じ出迎えをしただろう。立ち話程度で直ぐに済む再戦の取り付けを『奈鹿は態と後回しにして』、自分達の全てを見せてくれた。先手を打って相手の心理を揺さぶる心算だったメルローは完全に奈鹿に飲み込まれた。唯の偶然ならそれで良し。計算したとあってはそれはそれで良し。今更どうしようもない。

 挑戦状を叩き付けた。

 挑戦状は受理された。

 後は神のみぞ知る。

 唯、神に行方を問う前に自分達は全てを以って試合に臨む。そうでなければ奈鹿に応えた事にならない。そうでなければ過去の自分が許さない。

 そもそも全力を尽くそうともしない人間の為に人智を超えた何かを与えてくれるほどに神様は暇じゃない。全知全能と仕事の鬼は必ずしも一致しない。捧げる物や喜捨如何で都合の良い何かが得られるのなら、人類は戦車を捨てている。

 奈鹿はICレコーダーに言質を記録したが、それが無くても正々堂々と勝負しただろうし、してくれるだろう。その証拠に敵情視察と解っていながら戦車道の部活を視察しても何も言わなかった。諸々の弱点が洗い出される反省会にも同席させたくれた。嫌がらせの範疇としてメルローは畿内麻生高校戦車道部を間近で視察していたが、その件に関しても奈鹿は何も咎めなかった。

 部外者に内情やドクトリンが知れ渡ってしまうのは戦略上で実に不利だ。それを理解しているのかしていないのか、メルローを邪険に扱う真似はしなかったのだ。奈鹿だけではない。彼女以下、部員全員がメルローに好意的だった。桂田飛酉とか言う見上げるように背の高い少女は今日の練習は訓令を元にした乱戦形式で乗員の連携と体力の底上げを狙った練習だと解説してくれた。気が弱そうな王基美園と言う1年生は戦車道部だけでなく学園自体の気風や風潮も説明してくれた。メルローの学園では信じられない光景だった。レボー学園自体が旧BC高校と旧自由学園が統合した折にそのトラブルから逃れる為に旧式の学園艦を買い取り、旧BC学園から独立した系列の一つで、学園艦の内外全てが敵に見えたものだ。隙有らば政治的に自分達を占有して勢力の拡大に利用する魑魅魍魎に見えていた。その背景が有ったからこそ、折角、有志だけで復活した戦車道部もあらゆる情報を隠蔽し、あらゆる形式の視察も断ってきた。

 周りには敵だらけ。

 自分達で防衛するしかない。

 統合したBC自由学園でさえ学園内部で意思の統一は進んでおらず、今でも一部を除いて反目しあっている。謂わば、親の姿を見て育った子供のような物で、あの親のようには成りたくない感情が強かった。それがそのままレボー学園の気風や土壌として根付いている。故にレボー学園は人里離れた地図に無い村落のように目立ってはいない。そんな中で学園の発揚の為に『有志』戦車道部が部の地位向上を狙って様々な対外試合に参戦し、豆戦車や軽戦車で苦戦を強いられる中、【タンカスロン】に電撃的に参戦して連戦連勝を飾った。只管、部の地位向上を願って……その最中に出会ったのが畿内麻生高校戦車道部だった。

 神様は少々悪戯が好きなのかもしれない。

 畿内麻生高校と試合をして惨敗を喫した。それがあったからこそ彼女は臥薪嘗胆の思いで切磋琢磨し、2年生の身分でありながら『有志』戦車道部を率いる地位と権利とメルローの名前を授かった。畿内麻生高校戦車道部に勝利していればいつもの勝利の一つだと、データに蓄積してお仕舞いだっただろう。

 神様の粋な悪戯に感謝だ。

 ……そして、この愛すべき馬鹿供はなんと憎たらしいのだろう。

 体温のように偏差値が低い学校と聞いていた畿内麻生高校自体が素晴らしい校風だ。何時、何処に居ても退屈をしないほどに暴力と背徳が渦巻いている。トイレや教科の準備室前を通ると殆どの確率で煙草の臭いがして、男女のまぐわいの独特の呼吸が聞こえる。

 誰もが何かに怯え、何かを押さえ付けようとするレボー学園とのギャップに驚いた。母校のレボー学園が卑屈に心が歪んだ小心者の集団にしか見えない。

 なるほど、この様な校風ならば奈鹿のような自由でオープンな人間や人材には困らないだろう。皮肉ではなく、本当の意味で畿内麻生高校が羨ましい。魑魅魍魎じみた連中が跋扈し権力闘争に明け暮れる殺伐としたイメージは欠片も無い。それは奈鹿と拳をぶつける度に思う。殴り合って理解する不器用な人種だけの吹き溜まりなのだ。奈鹿のように『解り易い愛すべき馬鹿』など幾らでも居る。畿内麻生高校とは……否、この学園艦自体が猥雑と混沌と人情で形成された人生の縮図なのだと理解した。

 現に……女子高生が下校途中の買い食いで串カツ屋で『米や麦のジュース』で本日の労を労うなどここでしか見られないだろう。そしてそれがさも当たり前のような雰囲気の店内。女子高生の一団は彼女達だけだが、この帰宅時で混雑する店内に有っても、奈鹿達は全く浮いていない。店に入るなり奈鹿が「取り合えずナマ!」と大将に声を掛けたときは未成年であるメルローは心底度肝を抜かれた。禿げ上がった老年の小太りな大将も大将で、笑顔で人数分のジョッキをカウンターに並べた。「ノンアルだから遠慮するな!」と奈鹿は満面の笑みで言っていたが、それはメルローを担ぐ為に言っていたのではないかと勘繰っていた……実際にビールを模したノンアルコール飲料だったのだが、共衛とか言う確か砲手の少女の横に座る多鴫と言う少女だけは眉目を寄せて何杯も『芋と麹のジュース』を飲んでいたが、あれは絶対に『本物』だと思っている。

 こんな奴等に負けたからこそ眼が覚めたとでも言おうか。

 自分達だけの視野狭窄の世界に有る学園艦に引き篭もり、【タンカスロン】に逃げて戦車道部だけで名を挙げると言う驕り。猥雑と混沌が混じる住宅街しかないような古ぼけた学園艦に敵情視察に来て良かったと思っている。同じ殺伐でもレボー学園とは質のベクトルが違う。レボー学園は恐怖自体を恐れる。故に虚勢を張って権力闘争に明け暮れて未だに混乱が続く。権力争いに巻き込まれるのを恐れて旧BC高校から独立したのに今度は学園艦の内部で恐怖を紛らわせる為の闘争が続く。いかなる部外者の立ち入りも厳しく制限する学園艦だ。権力が集中する生徒会は闇討ちを恐れて恐怖政治すら行えない。中央の政治機関でさえこの体たらく。自分達が発揚させて少しでも明るい光をレボー学園に差し込めさせる事ができればと願っていたが、気が付けば自分達も同じ穴の狢だった。『有志』戦車道部の名が泣く。

 『米や麦のジュース』の所為なのか、本当に『本物』なのか、唯の場酔いなのか、奈鹿達は賑やかに飲み食いを続ける。到底、女子高生の買い食いのレベルではない。多鴫とか言う操縦手の目は完全に据わって黙り込んでいる。確かに、未成年が串カツ屋でノンアルコールを飲みながら騒いではいけないと言う法律は無い。条例は有るだろうが、ここではそれが無いのか機能していないのか。

 結局、この日は午後9時近くまで飲んで食べていただけだった。お開きと成ってもメルローはぽつねんと独り、定期便に乗って帰るだけだと思っていた。

「なあ、メルロー。お前、いつ帰るんだ? 今日は泊まっていけ。この辺は物騒だ。何が出るか解らんぞ」

 奈鹿が店を出るなりメルローに話しかける。

「何が物騒よ。今ここが一番物騒よ」

 その言葉に目が据わったままの多鴫が「違いない」と応える。

「私は明日も学校よ。これでも優等生で通っているの。遅刻するわけには行かないわ」

「そうか……残念だな。試合スケジュールをこれから組もうかと思っていたんだけどな……」

 奈鹿が心底残念そうな顔をする。

「え! 何? 今頃その話するの? もっと早くその話をしましょうよ! それからフライの店で食べれば良かったじゃないの!」

 真っ赤な顔で抗議するメルロー。それに対して奈鹿は……。

「フライじゃねぇ! 串カツだ!」

 と応え、更に血圧を上げたメルローが殴りかからんばかりの勢いで奈鹿に寄り、「どっちでもいいわよ!」と怒鳴る。

「違う違う違うー。違うんだなー」

「……同じではない」

 共衛も多鴫も『串カツはフライ』発言を暴言と看做して否定する。

「いいか! フライの方が歴史は古いかも知れんが、串カツは我々畿内麻生高校学園艦のソウルフードでその地位は絶対なんだ! いいか、そもそも……」

 奈鹿が反駁の声を挙げている最中に共衛が口を挟む。

「えー。なんでよー。違うよー。違う違う。この学園艦のソウルフード足りえる物はコナモンでしょ! お好み焼きやたこ焼きでご飯を食べる以上の幸せが有るの? 無いでしょ? それにねー、コナモンって言うのは……」

 その共衛の台詞を鋭く遮って多鴫が珍しく大声ではっきりと喋る。

「お前達は何も解っていない! 高架下のホルモン屋で一杯引っ掛けるのが正当な畿内麻生高校学園艦の流儀だ! それを理解していなかったとは嘆かわしいぞ!」

「んだと! テメェら! 構えろ! 掛かって来い!」

「あー、隊長でも操縦手でも許せないー!」

「お前らがそんな分からず屋だったとは……」

 突然始まった三竦みの喧嘩にぽかんとするメルロー。飛酉も美園も慣れたもので、隊長の襟首を掴まえている2人を引き剥がしに掛かる。飛酉と美園は何度、この諍いに巻き込まれて場の収拾が付かなくなったのか覚えていないので、兎に角今は客人の前でこれ以上の失礼を見せない事に専念した。

「あー、メルローさん、すみません。いつもの事なんですよー。みんな我が強いと言うか何と言うか……」

 完全に毒気を抜かれたメルローは肩を落として食後以上の倦怠感に襲われた。

――――なんなの……この人達……

――――本当にこんなのに私達は負けたの?

 最早、世の中の理不尽を恨む気力も沸かないメルロー。本当に……本当に、この学園艦は素晴らしい。一人の個性が主張しているのに誰も叩かない。まるで皆が皆、自分達の主張を発すると同時に隣人の主張も聞き入れる耳を持っているかのようだ。この3人の喧嘩ですら互いを認める温かみを感じる。軒先が当たるほどの距離で犇き合うように住宅やアパートが並んでいるが、それでも誰も深刻に悩んで考えたりしている雰囲気は感じられない。畿内麻生高校に来るまでにヤクザ同士の喧嘩を見たが、住民や生徒もそれしきの路上のトラブルで肝を潰している人間は誰も居なかった。寧ろ、駆けつけた警官の方がヤクザ以上の風体でメルローは酷く驚いた。

 もう色々と面倒臭い事を考えるのが馬鹿らしくなって笑いしか出てこない。

 基本的な人種のレベルで違うとさえ錯覚する。

「あー。メルロー、悪いが、試合はそちらで決めてくれてくれ」

「それじゃ、私がここまで出張って試合申し込みをしに来た意味が無いでしょ? 話し合いで互いの意見のオチどころを探さないと公平じゃないわよ!」

 思わずメルローも声を荒げる。

「何を言ってるんだ、お前は」

「ん?」

 奈鹿が呆れ顔を作る。

「私達は客人をもてなすと言う栄誉を貰ったんだ。今度はそちらの言い分を此方が黙って呑む番だろう? 客と出迎えの優位性ってヤツだ。押しかけてきたからいつでもそっちが優位だと思っていたら間違いだぞ。此方は出迎えると言う大きな仕事をさせてもらったんだ……お前が来て、飯を食べて、此方はそちらの言い分を出来るだけ聞き入れる。それに何の不満が有るんだ?」

 フレンドリーとかオープンとかフリーダムなどと言う洒落た概念をブチ抜いた発言にメルローは言葉を失う。

――――若しかして……

――――自分達が騒ぎたい大義名分が欲しいだけなんじゃないの?

――――駄目……根っからの祭り好き民族じゃないの!

「はあ……解ったわよ……段取りは此方で揃えるわ。どんな試合会場でも文句は言わないでよね」

「そりゃあ、当たり前だ。何しろ、『羽目を外させてくれる口実を与えてくれた恩人』の為だからな」

 言葉の端々に飽く迄も上位に立つ目線で反応する奈鹿に小癪な思いをするメルロー。奈鹿の唇の端がニヤニヤと笑っているのが余計に腹立たしい。嫌味や皮肉を組み込んで返答する奈鹿なのに、不思議と嫌悪するほどの腹立たしさは感じない。この雑多で猥雑な横丁の雰囲気が奈鹿を普通の人間……この学園艦では普通の人間として映し出している。同じ人を小馬鹿にしたような顔でも試合会場だと確実に殴り合いに発展しているだろう。

「もういいわ……後でメールを送る。じゃあね」

 メルローがどんな表情をして良いのか解らない、複雑な面持ちで踵を返すと更に呼び止める声がする。

「あー。待ちなよー」

「?」

「タクシーを呼んだからさー、もうちょっとだけここで待っていたら?」

 共衛が携帯電話を耳に当てながらメルローを呼び止めた。

「おい、それ、普通のタクシーなんだろうな?」

 奈鹿が共衛の脇を突付きながら言う。

「普通だよ。前みたいに黒いハイエースじゃないよー」

「お前の普通はタガが外れてるから困るんだよ」

――――あ……

――――そうだ……そうなんだ……

 ふと、メルローの小さな違和感が解消される。

 彼女は敵情視察を大前提に畿内麻生高校の学園艦に降り立ち、敵の中を独りで偵察している気分で居た。実際にその通りなのだ。それでも警戒に警戒を重ねつつ『完全な勝者』を振舞いながら奈鹿達と接してきた。それが、メルローの小さな違和感の正体だった。本当に小さな違和感。誰一人として、メルローを殲滅すべき敵として認識していないのだ。敵中を独りで警戒して歩くメルローに対して誰も心の底からの敵意を向けていない。学園内も学園外も、奈鹿達だけではない。威力偵察をイメージしてレボー学園の制服で乗り込んだが、それも肩透かしを食らうほどに誰も意識に止めなかった。精々、他校の生徒が見学に来た、程度の軽い認識だった。1年生で副隊長だという王基美園だけは少し神経を尖らせていたのが解ったが、今ではその注視も解いて奈鹿達と笑顔で会話している。見上げるようにノッポな桂田飛酉とか言うマネージャーのメルローに対する物腰が柔らかいから態度を軟化させたのだろうか。

 まるで、何処にも敵など居ないような雰囲気。奈鹿達……彼女達なりに和気藹々とメルローを出迎えて、最後までその人を食った態度を崩さなかった。否、態度を崩さなかったのではない。そのような気風なのだろう。

 これから試合をするべき対戦相手として挑発を兼ねてやってきたが、何も得る物は無かった。与えてくれる物の方が多いくらいだ。如何に自分達の学園艦が視野狭窄で世間知らずなのかを思い知らされる。

 敢えて、得る物が有ったと言うのなら……それは、勝敗抜きで戦いたい相手を初めて見つけた事だろう。唯の勝敗のデータとして記録するだけの対戦相手ではない。試合の度に記念写真を是非とも残したい。そんな相手だ。

 それは小さくとも大きな成果。小さくとも大きな『ライバル』だろう。

 絶対にコイツらには負けたくない。絶対にコイツら以外で勝ち誇りたくない。

 レボー学園『有志』戦車道部の司令官兼隊長として非情になりきれない自分に自嘲する。

 喧々囂々としている奈鹿達の脇をタクシーがすり抜けて手を挙げた共衛の前で止まる。

「さ、乗んなよ。あ、運転手さん。支払いはタクシー券で……さ、乗って」

 共衛がメルローを急かす。共衛がタクシー券の束を取り出してメルローに渡す。

「こ、これは多いですわ……」

「何言ってんのよー。荷物取ったり、定期便の発着場に行ったりでこれから移動の繰り返しでしょう? 使いなさい。さ、遠慮はいらないよ」

 共衛がウインクをしながらさも気楽に言う。

「え、でも、此方の経費で後日に落ちますし……その……」

「あー、それならまたこの学園艦に来なさいよー。待ってるから。その時に使った分を払ってくれたらいいよ」

 共衛は空かさずメルローの右手を取ってタクシー券の束を渡す。困り顔を崩せないメルローをタクシーに押し込んで「運転手さん、出して」と言ってドアを閉める。いつまでも眉を八の字にしたメルローがウインドウから見えていたが共衛がサムズアップすると観念したのかメルローも車内で運転手に行き先を告げた。

 そして走り出すタクシー。

「メルローさん、愉しんでいただけたでしょうか?」

 飛酉がタクシーの小さくなるリアを見ながら独りごちる。

「さあな。『偶々、晩飯を一緒に食べただけだ』。同席した人間が何を考えてるかなんて知らないね」

 奈鹿はメルローとの邂逅を反芻する風でもなくいつものぶっきらぼうな口調で言う。

「さあ、帰ろ帰ろ。試合の段取りはアイツらが勝手にしてくれるさ。どちらがどのようにセッティングしても勝てば問題ないんだ。私達は条件が揃わないと勝てない戦車道を作りたいんじゃない。どんな条件でも勝てる要素が有る戦車道を作りたいんだ」

「そうだねー。相手のセッティングで此方が勝ったらそれはそれで面白いしねー。接待ゴルフじゃないんだから、勝ちたいよね」

 共衛も奈鹿に賛同する。

「…………今日は飯が美味かった。それだけで十分じゃないか?」

 多鴫がスキットルを呷りながら言う。多鴫は本当に串カツが美味かったことしか評価していない口調だったので美園は思わず苦笑する。

「さあ、お前ら。早く帰ってマスかいて寝るぞ」

 奈鹿は踵を返し、通学鞄や体操服が詰まったバッグを肩に掛けて歩き出す。彼女の言葉の端には先ほどまでメルローと食事を愉しんでいた余韻は無い。

 

    ※ ※ ※

 

「うーむ。これは……」

 翌日。昼休み。幾つか有るプロムナードを模した学園内のベンチに座って、学食で温めたコンビニ弁当を食べながら奈鹿は飛酉が提示した九二式重装甲車の改修費用を見て頭を捻っていた。厳密には、手に入り難い部品が意外に多かったのに参っていた。1945年8月15日までに製造されていた記録が有る戦車を量産できる工場を建てた方が早いとも思えた。少なくとも九二式重装甲車を量産できる設備が整った工場が必要だ。市場に出回っている部品は僅少。

 共衛のコネで時間を掛ければ手に入るが、欲しい時に欲しいだけ手に入らないのが難点だったのだ。部品を外注で個別に製造してくれる業者なら幾らでも居るが、新品その物の戦車を作り上げる業者は極少で探すのも難儀だし、注文しても手元に新車が届くまで何年も掛かってしまう。未だ暫くは谷川家寄贈の九二式重装甲車を騙し騙し使うしかないと思考を保留した。その保留案も飛酉が一晩で概算を弾き出してくれたから何とかなったのだ。昨夜はメルローとの『懇親会』で飲んで食べたのに、その後に飛酉は働いてくれた。陰で縦横無尽、八面六臂に働いてくれる飛酉に感謝だ。

 新車の金額一覧や現在の戦力での必要な補強部品が羅列された書類を膝に置きながらコンビニ弁当を掻き込む。

 卒業するまでに何としても4輌の九二式重装甲車を揃えて後輩に引き継いでやりたい。寄贈した九二式重装甲車と入れ替えで配置したい。古い九二式重装甲車は谷川家が再び引き取る形で『処分』させてもらう。勿論、本当にスクラップにするのではない。奈鹿が大学か短大に進みながら新・谷川流を興すべく、その土台として働いてもらうのだ。

――――脆そうな部分から交換パーツを取り寄せるか……

――――どうしようもないな……

――――レボー学園との再戦では絶対に4輌が必要だ!

――――アイツらとヤるのには……万全でないとな

 新車と交換部品の金額を算出するタイミングとしては丁度良かったのかもしれない。自分達の戦車の脆い部品を知らずにレボー学園と試合をすると思わぬ負荷を掛けてしまい戦車の寿命が更に短くなる。今日の部活は全ての時間を注ぎ込んで抜き打ちの車輌の整備だ。主な目的は在庫の予備パーツと交換する事だが、何時間も延々と整備に打ち込むのもまた練習だ。少々の故障ならその場で整備できないと戦車乗りとしては失格だ。嘗ての戦車乗りは優秀な整備士で優秀な斥候だったと言う。戦車に乗るしか能が無いヤツは早々に脱落する。戦場では不測の事態の方が圧倒的に多い。戦車道の試合もそれに準ずる。教えられた事しか出来ないのでは、唯の『駒』でしかない。教えられた事を基本に自分で何が出来るのか判断できる『優秀な駒』になる気概が必要だ。その為には様々な抜き打ちや予定外を実行する。これもまた畿内麻生高校戦車道部の特徴だと言えた。

 

   ※ ※ ※

 

 放課後に一斉に九二式重装甲車の整備に掛かる部員達。本日は奈鹿とて例外に漏れず、学校指定のジャージに着替えて工具箱を手元に愛車の周りを整備している。このガレージには砲塔を吊り下げることが十分に可能なクレーンが有るので作業効率は悪くは無い。口にLEDライトを銜えて車体下部に潜り込む多鴫。車体の底は唯の鉄板に等しい平面。そこに刻まれた瑕の度合いや位置をチェックしているのだ。共衛は機関砲のマウントを分解して入念に油を差す。

 この場所で飛酉には是非とも居てもらいたいのだが、後輩のマネージャーを連れて部室で試算を繰り返している。金に糸目はつけない。取り扱い業者を見付けたいだけだ。個人だけの財力勝負ならサンダース大付属とも張り合えると自負している共衛のコネと伝だが、金の力だけではどうしようもない事実を突きつけられるとマネージャーとしては歯痒いばかりだ。飛酉の責任ではない。それでも彼女は何かしらの責任感に突き動かされている。ネットで検索できる範囲の業者が駄目ならば自分の足で東奔西走、南船北馬でオフライン営業を続ける業者を探すのみだ。今まで……谷川家で延々と九二式重装甲車が維持されてきたのだ。何処かに何かの手掛かりが有るはずだ。奈鹿も自宅の倉庫を漁って文献や書籍や故人のファイルを覗いたが何も掴めなかった。絶対に『何かが有る』。奈鹿は繰り返しそう言う。嘗ての谷川流が九二式重装甲車を主軸に活動していたのは事実だ。1輌ならまだしも4輌も後生大事に護ってきたのだ。

「先輩……少し休みましょう」

「え、あ……うん。そうだね」

 後輩のマネージャーに声を掛けられるまでずっとノートPCのモニターに齧りついていた飛酉が、隈を拵えた目を眠そうに撫でながら大きく溜息を吐く。霞み始めていた目に目薬を差す。部室に勝手に持ち込んだ電気ケトルで湯を沸かして2人分のコーヒーをマグカップに作る後輩のマネージャー。ゆくゆくはこの可愛い後輩に戦車道部の運営に関するノウハウを託すのだ。その時の隊長と巧く折り合いがつく事を願う。優秀な人材が集う事を願う。

「!」

 後輩からコーヒーの入ったマグカップを手渡された時だ。ノートPCの画面端にメール着信の報せが入る。直ぐに体を向き直してメールを開く。共衛の伝で業者探しを依頼していたのでその情報が入ったのだと期待が高まる。

「…………」

 文面に目を走らせる。

「これは……!」

 飛酉は立ち上がって部室を飛び出た。

「あ、先輩!」

 後輩の声も聞こえていないようだ。

 飛酉は真っ直ぐに戦車を格納しているガレージに走り込み、メールの内容を前置きも無しに奈鹿の背後から大声で喋る。

「レボー学園から入電! 試合会場と日時が決まりました!」

「ほう! 早いな! それで場所は? 日時は? それと、当日の天気は?」

 飛酉は興奮気味にメール本文で覚えた要点を伝える。

「あー。メルローの奴、大分はしゃいでるな……その試合当日まで全員過剰メニューで練習だな」

 奈鹿は態々過剰と言う言葉を使っていながら口元はニヤニヤと笑っている。それを見た飛酉は奈鹿も同じく心の中ではしゃぐ自身を抑えられないんだと解釈した。

 飛酉もやれやれと思いながらも、発注できる業者探しに戻った。在庫の交換パーツは多ければ多い方が良い。愛すべき隊長が公式戦車道のレギュレーションで【タンカスロン】に臨みたいと願っている間はこの悩みから開放されそうに無い。

「そうなのー。試合の日程がねー」

 共衛も顔が綻ぶ。多鴫も無言で頷く。美園は早くも肩に力が入っているような奈鹿を見て微笑んでしまう。他の部員にしても新しい試合が決まったと言うだけでそわそわしだした。試合が決まって腕を捲って摩らない戦車乗りは居ない。少なくとも負ける心算で試合に参加する不届き者は畿内麻生高校戦車道部には存在しないし必要ない。

 部員全員が心の中でカウントダウンを始めたように士気が掲揚する。離れている飛酉にさえその熱気が伝わったのだ。全員が一つの目標の為に心も技も高める崇高な意思。ここには学力も偏差値も貧富も入り込む余地は無い。

 さあ、とばかりに飛酉は眠気を払って部室に入る。部活が終わるまでは後輩と業者探しだ。部活が終わった後、自分は奈鹿をサポートするべく作戦参謀の桂田飛酉と成るのだ。

 

 

 

この時、未だ誰も当日の災害のような出来事を想像しようが無かった。畿内麻生高校に落ち度が有った訳ではなく、ほんの小さな諍いが元で大きく発展してしまった悲劇だった。誰もが胸を躍らせる大切な試合が蹂躙される結果となろうとは……未だ、誰も、想像すら出来なかった。

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