あの時の事は良く憶えている。
次元犯罪者、キリツグ・エミヤと未熟だった僕が死闘を繰り広げたのだから。
問われた言葉があった。
「時空管理局の正義で何を救える?」
投げかけられた問いがあった。
「犯罪者を生かしたとしよう。でも、そいつを生かした事で傷つく人は幾ら増えるだろう?」
彼の言い分は但しかった。
彼の言葉は何度も僕を揺さぶった。
だけど僕は……
キリツグ・エミヤと言う男の在り方を否定した。
それは、個人としてではなく……正義の味方を目指す者としてだ。
第一章 魔導師達の殺し合い
この事件はあるロストロギアが関わる悪夢だと言える。
ロストロギアの名は 聖杯。
純粋な魔力を集める器。
あらゆる奇跡を叶えると言う第97管理外世界に纏わる神器の名を持つ偽りの宝物。
当時、11歳だったボクの腕にそれが現れた。
令呪。聖杯が戦争に相応しい人材に施す魔の印。
「クロノ・ハラオウン執候生。貴方に聖杯戦争に参加。……聖杯の破壊、或いは封印を命じます」
母の冷たく響いた声は今でも憶えている。
その後、涙していた事も知っていた。
聖杯は管理局の魔導師達にとって関わりたくも無いロストロギアだ。
かつて、第97管理外世界には魔術師と言う非人道的な魔法使いがいた。
自分の魔導を極める為なら犠牲など表の世界に露見されぬ程度なら構わぬと言う悪魔達が存在していた。
今では、その魔術は神秘が薄れてその殆どが失われ、かつての魔術師の家系の者は魔導師として生きている者も多いが……今だにその呪われた仕来たりを遵守する者も少なくはない。
聖杯戦争に参加する魔導師は正にそう言う外道達が殆どなのだ。
そして、その戦争の性質状……参加者の生存率は著しく低い。
「はい。その為のボクです」
だけど、ボクはこの戦争に赴く事に迷いはなかった。
ボクは管理局の執務官を目指していたのだ。
こんなおかしなロストロギア、こんなおかしな戦い。
終わらせる事が……ボクのやるべき事だと思ったのだ。
そう、参加者も民間人にも犠牲を出さずに。
ただ、運が悪かったのは……いや、そのお陰で彼を呼べたのだから良かったのか?
兎に角、管理局は聖遺物を入手する事が出来なかった。
これは、ボクのサポーターであるトキオミ・トオサカのうっかりによるものらしかったが……。
いや、何も言わないでおこう。彼の名誉の為に。
「クロノくん。準備は良いかね?」
トキオミ二等海尉は分厚い魔道書を片手に宝石を溶かしたもので魔法陣を描いていた。
英霊の座との繋がりを良くする為だと彼は言っていたが……ここら辺の詳しい知識はボクには無い。
元魔術師は自身の研究や知識をやすやすと語りはしない。
秘密主義者で閉鎖的なのだ。ただ、必要な時に必要な量の情報を提供する……それだけだ。
「では、始めよう」
ーー同時刻、アインツベルンの古城
キリツグ・エミヤにとってアハト翁により齎された宝物は頭を抱えたくなる物だった。
最早、時代遅れである魔術を執行する事しか出来ないアインツベルンがこれ程の宝を見つけ出してくると言うのだからその執念には脱帽する。
宝としてみれば、元は第97管理外世界出身の魔術使いであるキリツグの目は奪われる。
この鞘は最早、人の域にある物ではなく魔術師達が言う魔法の領域にある物だ。
道具としても、限定的な条件はつくが、彼の騎士王を召喚出来ればとんでもない切り札となる。
しかし、その騎士王こそがキリツグ・エミヤにとっての悩みどころなのだ。
兵士或いは暗殺者たるキリツグと騎士である騎士王。
成果の為に手段を選ばぬ者と騎士道などと言う殺し合いにルールを求める者。
内面は兎も角、その在り方は違い過ぎる。
「ねえ、キリツグ。さっきからそのでばいすって言うの光ってない?」
「ん、ああ。有難うアイリ。ようやく届いたか」
キリツグがジッポライターの蓋を開けるとそこから薄い色彩の画面が宙に現れた。
科学と魔力の融合。魔導師の魔法。
キリツグの隣に立つ女性、アイリスフィールは今だにこの光景を魔術と同じ物だとは思えない。
「成る程。判明したのは、時計塔からはケイネス・エルメロイ・アーチボルト。ああ、こいつは知ってる厄介な奴だ。間桐は落伍者を無理矢理マスターに……あそこの老人も必死だな。時空管理局からはクロノ・ハラオウン。ふん、実力主義どもらしく少年兵か。そのサポートにトキオミ・トオサカ。ああ、魔術の発展の為に霊地を棄てた元セカンドオーナーの家系か」
「待ってキリツグ!この子、イリヤとそんな変わらない程幼いわ!」
「ああ、アイリは知らないんだったね。時空管理局って奴は実力社会でね。ある一定以上の能力と知識と本人の意思さへあれば、子供だって戦力に数える所なのさ」
そんな と口元をアイリスフィールは抑えた。
一児の母である彼女にとって子供とは守るべき存在であり、けして例えその子が望んでも戦場などに近づけるものではないのだ。
「勿論、そんな事は稀の話だし、このクロノと言う子供も魔力こそ多いけどそれだけだ。ただ、恐ろしいのが、こんな子供が才能も無いのに力を求めてあらゆる方面に手を伸ばしている事。これじゃあまるで……」
「キリツグ?」
アイリスフィールの呼びかけにハッとキリツグは顔を上げた。
どうやら思考が無駄な感傷に脱線しかけた様だ。
「兎に角、僕やこの世界の人間に比べれば管理局の魔導師さまは優しい方さ。なんせ、1人1人の意思を尊重している。対してこの97世界には子供を好んで殺戮マシーンに作り変える奴らだっているくらいだ」
キリツグは「魔導師さま」を酷く毛嫌いする様に言った。
魔導師や英雄。戦いを美化し、人を戦場に誘惑する存在。
キリツグ・エミヤにとってそれは……吐き気がする程嫌いなものである。
「さて、クロノ・ハラオウンの話はお終いにしよう。次は、聖堂教会からの……」
吹き荒れる魔力の渦。
今まで経験したことも無い形の無いそれが目の前の魔法陣に募る。
今にも意識が奪われそうで、リンカーコアは耐えられぬと悲鳴をあげる。
それでも、手を伸ばした。
その先にある何かを掴み取ろうと足掻く様に。
ただ、目の前の暴力的な魔力の奔流に意識を向けた。
そして……
「まったく。こんな力任せな召喚など……どんな魔術師かと思ったが」
そいつは目の前に現れた。
白髪の髪に褐色の肌。ベルカの軽鎧の様な出で立ちに不思議な形をした赤い外装。
腕を組んでふてぶてしく立っていたそいつは何か諦めた様に溜息をつき。
「召喚の声に従い参上した。私の様な役立たずを招いた物好きは君かねマスター?」
そう、告げた。