今日の商売を終えて帰宅しようとしたそのとき、ムッツリ商会の会員ではない人の声が聞こえてきた。
今まで部外者に見つからないように細心の注意を払ってきただけに、この状況は恐怖そのものだ。
どのような商売をしているのか、もし教師にバレてしまったら、俺は間違いなく退学処分となってしまう。
声が聞こえた方向に、恐る恐る振り返った。
「やっほー、ムッツリーニ君♪」
「…………っ!?く、工藤愛子……!」
「やだなー、そんなに驚かなくてもいいのに」
工藤は頬を膨らませて、少しいじけている様子だ。
この場にいるはずのない人に急に声をかけられたら、驚くに決まっているだろう。
「…………何故ここがわかった」
「えへへ、ボクの偵察力を舐めたらダメだよ」
そんなことを得意げに言われても困る。
だがこいつは確かにどことなく油断ならない面がある。
抜け目がなさそうというか、何とくなく隠密行動も得意そうだ。
俺としたことが、油断してしまったか。
「ムッツリーニ君はどんな写真を持っているのカナ~?」
「…………お、おい」
工藤が商品の写真を漁っている。
「瑞希ちゃんや美波ちゃんの写真だねっ。あと代表の写真もあるんだ。みんな水着姿で可愛いな」
感心しながら写真を眺めている。
何故そんなに熱心に見ているのか。
「でも、何度見てもボクの写真がないね」
心なしか、少し悲しそうに見える。
「ねぇ、ムッツリーニ君。ボクの写真って需要がないのカナ……?」
「…………っ!?ち、近い……っ」
工藤が俺の顔を覗き込んできた。
クリっとした大きな目が、至近距離で視界に入る。
このままの状態を保つと無性に恥ずかしくなるため、俺はつい目をそらしてしまった。
「ボク、魅力ない?」
「…………い、いや、そんなことは……」
いかん、何だか妙な雰囲気になってきた。
ドキドキしてきて、まともに受け答えができない。
「じゃあ、何でボクだけ写真がないのかな。代表とか他の娘の写真はたくさんあるのに」
言われてみると、今まで工藤に関する商品は扱ってこなかった。
そもそも、工藤のことを撮影した記憶がない。
意識して撮影を避けていた訳ではないのだが、結果的にこのようなことになってしまったのだ。
「あっ、わかった。ひょっとして、ボクの写真を他の男の子に見られたくないとか?」
「…………は?」
「ボクのあられもない姿を他の男の子に見られると、妬いちゃうんじゃないのカナ~?ムッツリーニ君ってば、そんな風に思っていてくれたんだね♪」
「…………バ、バカな。何を一人で納得している……っ!」
それだとまるで俺が工藤のことを好いているみたいじゃないか。
工藤は保健体育の点数で張り合ってくる敵であり、俺に鼻血を出させて気絶させようとする奴だ。
確かに気が合うところはあって、他の女子と比べると格段に会話の機会は多いが……。
って、俺としたことが、一体何を考えているんだ。
「…………か、からかうのは、よせ」
こいつはいつもそうじゃないか。
俺をからかって、その反応を楽しんでいるだけなんだ。
「……今のは本心なんだけどな」
工藤は俯いて何か呟いたが、声がか細く聞き取れなかった。
「結局、ボクの写真が売られることは今後もないのカナ?」
「…………断じてない」
理由はわからないが、工藤に限っては商品のための写真を撮ると、心の中にモヤモヤしたものが残る。
まさか、工藤の言うとおりなのか?
いや、そのような事実は確認されていない……っ!
「もーっ、ムッツリーニ君は頑固だよね。そんな態度ばかりとるんだったらこうだよっ(チラッ)」
「…………(ブシャァァアアアッ)」
元々短めに着こなされていたスカートの裾はめくれ上がり、健康的な太ももが露わとなった。
スパッツを着用しているとはいえ、相変わらず殺傷能力の高い光景だ。
「そうだ、この際だからボクの写真撮る?ムッツリーニ君が望むなら、どんな姿でも撮らせてあげるよ?」
「…………(ポタポタポタ)」
畳みかけるような攻撃、俺を本気で出血死させるつもりなのか?
「あはは、また鼻血出ちゃったね。ボクに一体ナニをさせるつもりだったのカナ~?」
妙に色っぽい表情をして、俺の耳元で囁いてくる。
そのせいで人にはとても言えないようなことが頭の中を駆け巡っているので、それをかき消して心を無にした。
「…………もう俺は帰る」
「あっ、待ってよ」
この場にいると間違いなく気絶するので、俺は荷物を持ってそそくさと逃げた。
「ムッツリーニ君、待ってっ」
工藤が珍しく大声で叫んだので、ビックリして立ち止まってしまった。
「もう辺りは暗いんだよ?ムッツリーニ君はこの中で女の子に一人で帰らせるような、薄情な人なのかな?」
「…………俺にどうしろと」
「決まってるじゃん、家まで送ってもらうんだよっ」
満面の笑みを浮かべる工藤。
こうして成り行きで一緒に帰ることとなった。
暗い夜道を男女二人きりで歩く。
ただの下校にも関わらず妙に意識してしまうのは、俺のようなモテない漢の悲しい性だ。
そうだ、これは一人の女子を家まで安全に送るミッションだと思えば余計なことを考えずに済む。
俺は使命を果たしているだけなんだ……っ。
「ねえムッツリーニ君、こうして二人で歩いていると……」
話しかけられたので工藤の方を見ると、片目つむっている。
「何だかカップルみたいだよねっ」
「…………!?」
意識しないと誓った途端にこれだ。
これはからかわれているだけだ。
俺みたいな人間が真に受けてはいけないパターンだろう。
「…………これ以上俺をからかうな」
さっき霧島に変なことを言われたせいで、今日は余計なことを意識してしまう。
「あはは、わかったから怒らないでよ。ムッツリーニ君ってば反応が面白いから、ついついこういうこと言っちゃうんだよね」
「…………俺なんかといても面白くないだろ」
俺は異性からモテないことを自覚しており、実際色恋沙汰とは無縁の学生生活を送っている。
女子を楽しませるようなスキルは、まったく持ち合わせていない。
「そんなことないよ。ムッツリーニ君とは気が合うし、保健体育の話なんかしているときは特に盛り上がるんだよねぇ」
工藤も俺と同じことを思っていたのか。
「だからさ、今度からも一緒に帰ろうよ。ボクは水泳部があるしムッツリーニ君は商売で帰りが遅くなるから、丁度良いよね?」
「…………勝手にしろ」
工藤の提案を否定しないのは、心のどこかでこの瞬間を何だかんだ楽しいと感じているからなのだろうか。
恥ずかしくて口には決して出せないが。
(えへへ、これでムッツリーニ君と下校デートできるねっ。今度は休日に買い物でも誘ってみようかな?)
「…………何一人で笑っている」
「えっ!?な、何でもないよ!あはは……」
こいつは何か企んでいるのだろうか。