やっちまった男の英雄譚   作:ノストラダムスン

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始まりの大嘘

 人間には、やらなきゃ良かったって事が、人生に必ずある。

 

 それは例えば中二病を発病する事だったり、彼氏持ちの女の子に「あの子俺に気があるんじゃね!?」と一人で興奮して告白して玉砕したり、酒飲んで運転して事故を起こしたり。まあそういう、なんと言うか、人生の落とし穴みたいなものに引っかかる事が、どうしようもなくあるのだ。

 

 俺にも、そういう経験がある。やっちまった、というヤツだ。

 

 それを語るにあたって、まずは俺の事をある程度話さねばならないだろう。

 

 俺はいわゆる転生者だった。2016年に二十歳を迎えた大学生。転生のきっかけは覚えていないが、まあトラックに轢かれたか何かしたのだろう。とにかく2016年のある日、俺は過去へ転生してしまった。

 時代はよく分からない。ものすごく古い時代だったと思う。魔術や魔物といった神秘的な概念が当たり前の時代だった。みんな違和感なくそれらを受け入れていた、そんな時代だった。

 

 俺は一町民の息子として生まれ、そうして育った。転生者にしては地味だったというか、驚くほど何もなかった。家は金持ちでも貧乏でもなく、よって平凡な――現代を生きた俺からすればいささか退屈だったが――人生を歩んでいた。

 正直、そこで30歳を越えたあたりでは、すでに自分が転生者だった事などほとんど忘れかけていたほどだ。

 

 まあ、それならそれで良かった。地味な話だが仕方ない。特殊な能力とか、そういった類はなかったのだから。代わりに平穏な生活を得ていたとも言える。そのまま生きて、そのまま死ぬ。そうなる定めだった。

 

 

 ところが、だ。ある日俺は、まったく唐突としか言いようもないほど突然に、ものすごく余計な事を閃いてしまった。冒頭で言った、やらなきゃ良かった事ってのはまさにコレだ。

 その時は「おお、俺天才じゃね!?」と思ったんだ。ちょっとした悪戯心だった。

 

 その天才的な閃きと言うのが、俺自身の自伝を残す事だった。いや、分かる。「大した事してないヤツが自伝を残してどうするの?」と思ったんだろう? ああ、その通りだ。俺自身、その閃きに至った時ですらそう思っていた。

 

 俺の人生をありのまま記したところで意味はない。それは俺も理解していたさ。

 

 しかし同時に、俺は知っていたんだ。未来――2016年時点では、過去を確認する術はない事を。

 それはつまり、俺の転生した時代で何を書こうが、のちの人がその真偽を確認する事はできない、という事に他ならない。

 それに思い至った時、俺は自身が転生者であるという自覚を取り戻し、そしてあろう事か、こう思ってしまった。

 

 

「俺の名を、英雄として後世に残したい」と。

 

 

 俺の行動は早かった。高価な魔術式の記録媒体を財産を叩いて買い、そこに物語を書いた。名前は当時の俺のものを使ったが、もちろんそこに書かれた英雄は俺自身ではない。

 俺が、「こんな英雄がカッコイイ」と妄想した存在、それをあたかもその時代に実在したかのように書き記したのだ。

 

 自伝とは言っても、俺が書いた、という意味では自伝だが、実際は「第三者の記録」という形式だ。英雄《俺》の活躍を記そうとした名もなき存在による記録、という体で物語は進んでいく。

 

 正直文才があるわけではなかったが、適当でよかった。どうせ分かりはしないし、逆に素人が一生懸命書き残した感が出ていいかもしれない。

 

 とにかく「敵が出てきてみんな困ってるから英雄《俺》がドーンと活躍してハッピーエンド! みんな幸せ!」でオーケーだった。

 それだけではつまらないので色々と苦難が襲うのだが、もちろん力と知恵で万事解決して大団円になる。

 

 最終的には、海を干上がらせたり、人類絶滅クラスの隕石を落としたり、時を止めたりする最強最悪の魔術師が現れるのだが、そいつと英雄《俺》が相討ちして終わる。世界に平和が訪れたものの、物語の書き手を除いて、その英雄を記憶している者は誰もいないのだった……という筋書きだ。

 

 そうしないと、同時代の文献や記録に俺の名が一度も出てこない不自然が起こるから仕方ない。

 

 もちろんこんなモノを書いていると知られた日には間違いなく気が狂ったと思われてしまうので、『この記録は然るべき時まで封印しておく』という文をラストに書き添えた後、タイムカプセルに入れて地下深くに埋めた。

 

 まあ実際にこんなドラマチックな事あるわけないので、後世の人間は馬鹿馬鹿しいおとぎ話だと思うだろうが、少なくともこんな物語にされるほど素晴らしい英雄がいたかもしれない、という期待を与える事はできる。

 うまくいけば、ちょっとは尊敬されたりなどするかもしれない。そんな未来を思い描いて、俺はその物語を封印したのだった…………。

 

 

 

 とまあ、これが俺の転生の記録である。「なんだバカな事やったなぁ」と思ったそこのあなたは賢い。

 「ちょっと俺もやってみたいかも……」と思ったそこのあなた。先達としての助言である。

 

 絶対にやめた方がいい。でないと、俺のような悲劇を味わう羽目になる。

 

 

 

 

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天――」

 

 感触がある。成功する、という、言葉には言い表せない感覚。死した英霊たちを現世に呼び寄せる魔法陣から、前触れのように稲妻が迸った。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 

 急激に吸い取られていく魔力。それを補うように身体中の刻印虫が暴れまわり、雁夜の肉体を貪り喰らう。激痛と形容する事すら生ぬるい、死に迫るほどの苦痛。

 

 しかし、その代償の意味は確かにあった。薄れゆく意識と視界の先に、先ほどまでは存在していなかった何者かが立っているのが見える。

 

「せ、成功した……!」

 

 どうにか言葉にできたのは、それだけ。未だ戦いの場にすら立っていないにも関わらず、雁夜の身体はぴくりともできないほどに消耗していた。

 床に手を付け、どうにか立ち上がろうとし、失敗する。胸を打ちつけるように倒れ伏し、雁夜はそのまま動けなくなった。

 

「ふむ……どうにか召喚には成功したようじゃが……」

 

 後ろでニヤニヤと様子を見ていた臓硯がこちらへ近づいてくる。倒れ伏す雁夜の横に立ち、呼び出した英霊をねめつける様に見上げた。

 

「こやつからは、何の力も感じられん。そこいらの三流魔術師の方がマシではないか」

 

 その言葉に、雁夜の思考が一瞬白く染まる。まさか、失敗したのか。否、確かに召喚はできている。ならば、なぜ…………。

 

「……なるほど。確かに、今の俺は一般人とそう変わらんようだ。ヤツめ、死してなお我が身を呪うか」

 

 その時、自らを値踏みするような臓硯に構わず、雁夜のサーヴァントが口を開いた。深く、力強く、しかし優しさを内包した声だ。例えるなら、父。雁夜にとっての父は、表向きの話ではあるが、忌々しい事に臓硯である。しかしこの英霊からは、そんな歪で鬱々とした想いが付け入る隙もない、紛れもない「父」が感じられる。

 

 臓硯に「三流魔術師以下」と評されたサーヴァントが、ゆっくりと膝を折って雁夜に近づく。そして労わるように雁夜の顔に手をやり、ひきつったまま動かなくなった部分を優しく撫でた。

 

「我がマスターよ。お前のその身には復讐と後悔、そして慈愛が渦巻いている。此度の聖杯を得る事で、その歪みから救われるならば手を貸そう。名は何と言う?」

 

 その声には、逆らえない、逆らう気を起こさせない何かがあった。不思議と力が沸いてくる。知らず、雁夜は身体を起こし、己のサーヴァントと目線を合わせていた。

 

「雁夜……間桐、雁夜だ。この戦争で、俺はどうしても聖杯を手に入れなければならない。残された時間は、そう多くないんだ。サーヴァント、お前の名前も聞かせてくれ」

 

 口を開くのも、つらくない。冷たい身体の奥にほのかな火が灯ったように、指先にまで暖かさが満ちていく。間違いなく、この男のおかげだ。魔術を使っているようには見えないが、確かにそれを感じる。

 

 雁夜の言葉に、男は少しだけ言葉を選ぶように沈黙した。

 

「望んで俺を呼びだしたのではないのか? 召喚には触媒を使うものと思っていたが」

 

 いや、俺はバーサーカーのサーヴァントを選んだから、と言いかけ、その異常に気が付いた。

 目の前の男、どう見てもバーサーカーではない。しかもどういうわけか、マスターに与えられるサーヴァントのステータスを見る能力が機能していない。靄がかかっていると言うより、初めから完全に情報がシャットアウトされているようだ。

 

 会話ができるのならば狂化のスキルランクが低いのでは、とも思ったが、それを確認する事もできない。

 

「いや……俺はバーサーカーを呼ぶつもりだったんだ。臓硯がランスロット卿を呼び出す触媒を用意したはずだ」

「なるほど……すまないが、俺はそのランスロット卿なる人物ではない。加えて言えば、バーサーカーでもない」

 

 そうか……と、雁夜は落胆した声を出してしまう。すぐにその無礼に気が付き、あわてて謝罪した。こちらの都合で呼び出して、狙ったサーヴァントでなかったからがっかりするなど、英霊にしてみればひどい侮辱だろう。結局、責任は雁夜自身にあるのだ。

 

 この英霊は心優しい性格のようで、気にするな、と手を振る。まるで現代人のような仕草だった。しかし、そんな軽快な動作すら、彼がすると威厳のようなものが漂う気がする。

 いつの時代のどんな英霊なのかは、よく分からない。

 

 

 とりあえず打ち解けた雰囲気の雁夜とサーヴァントを見て、ただでさえ苛立っていた様子の臓硯が、

 

「触媒を用意してさえ望みの英霊を呼び出せず、代わりのサーヴァントは貧弱。やはりキサマなんぞにわずかでも時間を費やしたのが間違いであったわ。落伍者は落伍者らしく、無意味な生の果てに無意味に死ねばよかったものを」

 

 と吐き捨てた。その言い様に怒鳴りかけた雁夜を、男は優しく制止する。そして、それは申し訳なかった、と臓硯に頭を下げる己のサーヴァントを見て、なお怒りが募った。

 

 たとえどのような英霊であれ、人々に認められた英雄なのだ。断じて臓硯のごとき外道が軽んじて良い相手ではない。一発ぶんなぐってやろうかと拳を固め、しばらくの後、力を抜いた。

 

 無意味な事だ。あの妖怪は、そんな物理的な手段ではどうにもならない。嘲笑われ、余計な労力を払う事になるだけだ。今雁夜は万全の状態ではなく、またそうであっても、やはり意味がない。

 

 本当に腹が立つ爺だと思う。それの思惑どおりに動く自分自身も。

 

 

 

 それから二言三言、言いたい放題言ってから臓硯は蔵を出た。憤懣やるかたない心持ちの雁夜だったが、気遣うような視線を向ける男に我に返り、深呼吸する。そうだ、ヤツのような存在にいちいち心を乱してはならない。その怒りや絶望といった感情を、あの化け物は何より喜ぶのだ。

 

 感情のままに反発する事は、あの爺に娯楽を提供しているのと同じだ。それに気付き、頭が急激に冷えていく。

 

 高ぶりが収まると、ごたごたで確認していなかった事があるのにようやく思い至った。

 

「そうだ。まだお前の名前を聞いてなかったな……俺の知っている英雄だといいんだが」

 

 そう言うと、ハッハッハ、と低い声で笑う男。愚問だ、と言いたげでもあり、どうかなぁ、と誤魔化しているようでもある。

 

「こちらへ来て間もない。俺が現世にどう伝わっているのか分からないが、名乗らせてもらおう」

 

 スッ、と手を差し出される。一瞬の後、ああ、握手か、と思い至り、それに応じた。大きな手だ。ゴツゴツしていて、皮膚は厚く、至るところに深浅問わず、無数の傷が刻まれている。

 

「我が名はハルメアス。此度は――――のクラスにて現界した」

 

 え、今何のクラスだと言った?

 

 そう問うたつもりだった。しかし、実際に口から出たのは、言葉にすらなっていないうめくような音のみ。のどが引き攣るように動作不良を起こし、息すら止まりそうになる。

 

 この男、何と名乗ったか。まさかハルメアスと名乗ったのでは。否、馬鹿な。そんなハズはない。あれは歴史的、科学的、魔術的な見地から、間違いなく創作だと断定されたのではなかったか。古い伝承が誤ったまま連綿と伝わってしまった末の、歴史における奇跡の虚作ではなかったのか。

 

「……嘘だ。あれは、あれは創作のハズだ。先人たちの盛大な悪戯のハズだ。だってそうでなければ……いや、あり得ないだろう。頼む。本当の名を教えてくれ」

 

 めまいがする。ハルメアス。そんな者が実在したわけがない。

 どういう事だ、と混乱する頭に答えるように、脳内に閃きがあった。

 

 そう言えば爺が言っていた。「英霊として召喚される者には、架空の人物も含まれる」と。ならば、ハルメアスという何者かが召喚されるという事も、あり得ないとは…………。

 

「なるほど。俺はそういう類として認識されているわけか。当然と言えば当然だが……しかし、俺は確かに実在した者だ。俺のいた時代のすべては、この世界から失われているようだがな」

 

 しかし、英雄は答える。ハルメアスは実在したのだと。

 おとぎ話の住人であるはずの存在……いや、しかし……。

 

 召喚に際しての疲労、刻印虫による肉体の限界、そして未曾有の混乱。結局雁夜は明確な答えを出せぬまま、崩れ落ちるように失神した。

 


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