やっちまった男の英雄譚 作:ノストラダムスン
「なるほど……スキルも宝具もなし、ですか……」
「少なくとも、今の状態ではな。お前が俺のステータスを見れない理由は分からないが……それと、敬語を使わなくとも構わんぞ。
今の我々の関係は、マスターとサーヴァントなのだからな」
「い、いえ、そういうわけには…………」
寝て起きた雁夜がなんか唐突に他人行儀なんだけど……。俺はぐいぐい距離を詰めているというのに。正直、原作で雁夜が敬語で話すのを見た事がなかった……気がするから、もの凄い違和感がある。
フフン。まあ、伝説の英雄ハルメアス様を前にすれば、致し方なき事か。
なにしろ俺は、世界で一番有名なスーパウルトラ最強の大英雄なのだからな! 強靭にして無敵、そして最強ォ!
……まあ、そういう設定にしたんだから当たり前なんだけどね。「ぼくのかんがえた最強のサーヴァント」で俺TUEEEEとか恥を知れという話だ。
おまけに最悪なのは、何を間違ったか現状は俺YOEEEEな事である。なんも良いトコないな。
いや、そんな事考えてる場合じゃなかった。
「かつては旅から旅への放浪者だった。ついて来てくれた友を除けば、長く同じ人と触れ合う機会はごく僅か。故に、できる限り、人とは俺お前の関係で親しく接するように心がけている。お前もそうしてくれ」
「なるほど……。分かった、そうしよう」
「感謝する」
うんうん、やっぱりこうじゃないと。ケイネス陣営ほど堅苦しくなくてもいいけれども、遠坂陣営ほどへり下らなくてもいい。ま、あれは自業自得と言うか、望んでやっているフシもあるが。
切嗣? 論外だよ。嫌いじゃないけどさ。
「しかし、英霊である事の長所がほとんどなくなっているという事だろ? かなりアンフェアと言うか……もしかして、俺の能力不足か?」
ハッ、と思い至ったように絶望的な表情を浮かべる雁夜の言を、笑いながら否定する。どんなマスターに呼ばれても、英霊はスキルと宝具を持って現界するものだ。
なぜ俺が持っていないのかは疑問だが、さすがにコレは反則と聖杯に判断されたか、俺が純粋なるハルメアスでないからか、そんな所だろう。
どっちも十分あり得るが、さて。
「少なくとも、お前の責でない事だけは断言しておこう。どの道、宝具になりそうな物なんぞ、何の対策もせずに地球で使うには危険すぎるモノばかりだ」
「な、なるほど……。『
「…………あ、ああ、そうだな。かつては太陽を取り戻す手段があったが、今では失われた技術だ。太陽光のない地上がどの程度保つのかは分からないが……数年かそこらで滅んでしまうだろう」
あーあーありましたねぇそんな
さらにぶっちゃけるなら、かの世界的大作からのパクリである。時代を越えた盗作である。当然、この世界では俺の方が原典だ。恥を知った方がいいぞ俺。
「まあ、あまり悲観的にならずとも良い。宝具でこそないが、コイツも戻って来てくれたのだ」
言い、腰に差してある一本の「刀」をポンポンと叩く。先ほど、雁夜を起こしに行く途中で、目の前の窓を砕き割って飛んできたものだ。
すわ敵襲か!? と相当にビビったが、そのまま壁に突き刺さって止まった。それでよくよく調べてみれば、かつてハルメアスがこの極東の地で手に入れた(という設定の)刀だった、というわけだ。
もちろん、そんな古い時代に「日本刀」など存在していなかったのは自明だが、問題ない。ここにあるコレはいわば、伝説の再現品なのだ。
『ハルメアスについての記録』に書かれる、ハルメアスが極東――すなわち日本列島で手に入れた剣。妖怪「牛鬼」に命を狙われた時、虚空より飛来して牛鬼の眉間を貫き、ハルメアスを救った一振り。
それを、安土桃山時代の刀匠、村正が、南蛮より伝えられたその伝説にならって打ち上げた刀。それがこの名刀、「
現代では、島根の出雲大社に、同じく名刀である「正宗」と共に納められているはずのモノ。
しかし、『ハルメアスについての記録』が世界中に広まった影響か、はたまたこの「村正」が主人の帰還と勘違いしたのか、コイツは健気にも、はるばる県境を越えて飛んできたというわけだ。
ちなみに、俺が召喚された直後くらいからショーケースをぶち壊して飛んで来ていたらしく、さっきテレビをつけた時にはすでに騒ぎになっていた。
具体的には「出雲大社で展示されていた『村正』が何者かに盗まれた」というニュースと、「島根県の空で相次いで『刀に似た飛行物体』の目撃報告があった」というニュースが同時にやっていた。
もしネットが普及していたらお祭り騒ぎだったに違いない。ワハハーイ。
本当、もう、どうしようか。魔術の秘匿とかどうするんだろう。このまま俺が現界しているだけで、あちこちからトラブルが舞い込んでくる気がする。
まあとにかく。結末がどうなるにせよ、コイツは聖杯戦争が終わったら元の場所へ返さねばならないものだ。今頃出雲大社は大騒ぎしているだろうし。
「雁夜。一応頼んでおきたい。まず問題ないとは思うが、もし俺が座に帰る時、コイツが動こうとしなかったら、お前が出雲の社に返しに行ってくれ。近くに置いておくだけでいい。後は勝手に帰るはずだ」
人目につかない夜が望ましいな。言いつつ、柄を握り、鞘から抜き放つ。少し古くはあるが、見事に鍛えられた刀身が、差し込む陽光を浴びて輝いた。
日本では「魔刀」「妖刀」と言われ、あまり良いイメージを持たれていないが、こうして再び俺を救わんと飛んで来てくれたのだ。
義理堅い不良、といった感じで、これはこれで可愛いではないか。
「それまで命があればの話、だけどな」
「案ずるな、我がマスターよ。俺がついている」
俺がついてたってどうにかなるもんとも思えないが、一応こう言っておく。泰然自若にして威風堂々。英雄とはそうでなければならない。偽物ならばなおさら。
苦笑する雁夜を横目に、刃に指を滑らせる。冷たい。死神の鎌が「命を刈り取る形」であるなら、これは「人を斬る」事に特化した形状なのだろう。鉄の塊でもあるので、もちろん殴るのにも使えるが。
思いつつ、興味深げに刀を矯めつ眇めつする雁夜に目をやる。やはりこいつも男の子か。分かる。分かるぞその気持ちは。
「それは宝具……では、ないのか。いや、現代にあるものだから……」
「宝具の現物、と言えばその通りだが、厳密には、コレは実際に俺が手に入れた剣ではない。神秘の薄れた時代にあって、『村正』なる男が大した人物だった事は間違いないがな」
もっと厳密に言えば、実際に手に入れた武器なんてないけどね。それに正直、やっぱり男は刀だぜ、くらいのノリで物語に登場させたから、あんまり思い入れはないんだ。すまない。
とは言え、こうして伝説通りに飛んで来たのだから、村正という男はやはり、類稀なる才能の持ち主であったのだろう。
「とにかく、これで最低限の武装は手に入った。今の俺のステータスでは、戦わずして勝つ――無手勝流が望ましいのは事実だが、逃げてばかりではどうにもならん。戦いとはそういうものだ。
それと、雁夜。お前は休息をしっかり取れ」
「ああ、分かった。……ありがとう、ハルメアス」
「良い。あの娘のためでもある」
雁夜は良くも悪くも人間的だからなぁ。完璧な善人とはいかないが、それでもものすごくマトモに見える。
あくまで相対的に見て、ではあるが。なにしろ今回の聖杯戦争はマスターが軒並みその、アレだからな。
ウェイバー君が最優、次点で雁夜。大穴でケイネス先生……くらいだろう。正直、雁夜とケイネス先生だってかなり怪しいもんだが、それ以外は完全に修羅の国の住人しかいないからな。相対的にマシに見える。
時臣もまあギリギリ……いや、桜ちゃんの事があるからな。やはり修羅道だろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて、俺は部屋で控えてるよ」
「承知した。俺は街の様子を観察しに行くとしよう。お前も、何かあったらすぐに呼べ」
本来であれば、サーヴァントがマスターから離れるのは危険なんだが、どうせアサシンは監視しているだけだ。いざとなれば令呪もある……と言うかそもそも、気配遮断を持つアサシンなんぞ、俺に感知できるわけがない。
仕掛けられたら、終わりだ。残念ながら。
それなら敢えて傍にいる必要はない。臓硯も言っていた通り、俺からはサーヴァントらしい力など感じられず、雁夜曰くステータスも見えないらしい。
ならば、そもそもサーヴァントたる俺が雁夜と離れた事自体、バレるはずがない。自分の貧弱さに感謝する事になるとは思わなかったが、これはこれで幸運だ。
まあ、ステータスの上では、その幸運もE-なんだけどね。ツイてない事が起こるかもしれない。気を付けて行こう。
「ニャー」
あ、黒猫が目の前を…………。
「王よ。いよいよ、残るクラスはキャスターのみとなりました。数日後には、サーヴァント同士がぶつかる戦闘も起こるでしょう」
「ふん……時臣。この
「必ずや、ご満足頂けるものと…………」
ならば良い、と鼻を鳴らし、ギルガメッシュは酒を喉へ流し込んだ。絶世の美酒を黄金の杯で呷る、天上の贅を味わいながら、その表情はお世辞にも愉しげではない。
否、実際に、ギルガメッシュは退屈だった。目の前に傅くこの男も、そこらの有象無象よりは礼と言うものを弁えてはいるが、それはギルガメッシュにとっては当然払われるべき敬意であり、何も思うところはない。
臣としてはともかく、人として、この時臣という男に見るべき価値はない。生前より人間というものを測り続けてきた英雄王としての結論であり、故に、ただひたすらに退屈だった。
「……………………」
こういう気分の時は、やはりアレに限る。ここで時臣の真面目くさった顔を眺めて酒を飲んでいるよりずっといい。
ギルガメッシュは時臣を下がらせ、「
そして丁寧な所作で、無数の財宝を収めた宝物庫から、一冊の本を取り出した。全体に黒く、表紙に奇怪な模様が描かれた古書。高度な魔術によって編まれたソレは、表紙と裏表紙の間の空間が一種の異空間と化している。
千ページだろうが万ページだろうがこの一冊に収められる特殊な魔道具で、これを持っていたからこそ、かの英雄の友は、その活躍を余す事なく記す事ができたのだ。
本の題名を『ハルメアスについての記録』。聖書以上に世界に普及し、数多の英雄、数多の人間に読み継がれて来たからこそ、この原典は宝具となった。
ギルガメッシュにとっては、乖離剣、天の鎖と並ぶ価値を持つ宝具である。
所有するだけで全スキルのランクが一つ上がる効果や、知名度補正にブーストがかかる効果も確かに強力だが、この宝具の本当の価値はそんな所にはない。
これが「原典」であるという事。英雄ハルメアスの友によって直接記された、もっとも純粋にハルメアスを描いた物である事。それがこの宝具の真価なのだ。
人類最高峰の知能を持つギルガメッシュにかかれば、膨大な記録であるこの一冊であっても、すべて暗記する事ができる。ましてや若かりし時から毎日のように読み耽った本なのだ。
ハルメアスという単語が何ページにどれだけ出てきたかも思い出せるし、八文字指定されればそれが何ページのどのようなエピソードで出てきたものかまで思い出せる。
つまり、実際に手に取って読まずとも、脳内で一ページ目から順に文字を追って行けるのだ。
それでも、ギルガメッシュはいちいち宝物庫から取り出し、読み終わればまた宝物庫に納める。それはそのままこの一冊へ示す愛の形であり、初めてこの本を手に取った若き日から、老いて没するその日まで、憧れ続けた大英雄への敬意でもあった。
「ハルメアス……我が運命に値する者よ。お前は今どこにいる。なぜ、
ギルガメッシュは、己の治世に、己が王である時代にこの書が見つかった事を、偶然とは考えていない。それは書の最後、『この記録は然るべき時まで封印しておく』という一文に明らかだ。
すなわち、
ギルガメッシュはそう確信していた。後の世の誰でもない、自分こそが選ばれし者。
神も悪魔も人間も、全てがハルメアスの名を忘却していた世界において、ハルメアスの友が託した記録を始めに繋いだ英雄王。
だからこそ、己の生涯の中で、夢の中でさえその姿を現さなかった事が、ギルガメッシュの心残りであった。
「いい加減、待ち草臥れるというものだ。こうして現世に降り立った機会に、
そう零し、先ほどより少しだけ機嫌良く杯を傾ける。思い付きではあったが、存外に良案ではないか、と思い至った。
聖杯などに興味はなく、ただ己の財宝を雑種共が勝手に奪い合う不敬を誅するために来ただけだったが。
我自身が聖杯を使うならば、それは正当な所有者の行使する正当な権利。我の敷いた法は守られ、生前の未練であったハルメアスとの邂逅も果たせる。一石二鳥というものだ。
未だ、そのハルメアスが現代に召喚された事を知らぬ英雄王は、そんな事を考えながら、『ハルメアスについての記録』に目を落とすのだった。
「
・島根県の出雲大社に納められている太刀。ハルメアスの極東での伝説になぞらえて、刀匠である村正によって作られた。主人公の妄想が図らずも形になった稀有な例。
・ハルメアスの危機、あるいは危機感に反応して自動的に判断し、対処する。
・コレ一本で自動攻撃、自動防御が可能な便利なアイテム。ただ、そうは言っても耐久値は普通の刀並みなので、まともに防いだら折れたり曲がったりする。
自動攻撃、自動防御はハルメアスが所有する時のみに発揮される。素人が持っても「切れ味の悪い刀」、達人が持っても「よく切れる刀」止まり。ハルメアス専用装備。
・刀であり、犬でもある。主人の元へ一直線。敵は眉間をぶっ刺して殺す。あるいは斬る。
・日本における「牛鬼」の伝説がモチーフ。