俺の彼女を紹介します   作:久生

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色々一人で抱え込む「彼女」と、ハムスターのようなハルくんの話


1、俺の彼女はリスに似ている。

 

 

 俺には一応、彼女がいる。

 幼い頃、初めて出会った日から、自由で大胆で危なっかしくて……。

 だから目が離せず、自分だけの世界を見ている。

 何処かつかみ所の無い女性が、俺の彼女……一応、今のところは。

 ……彼女が、俺に飽きてしまわなければ。

 

 彼女は俺の彼女だけど……俺は今でも心配だ。

 なんせ、つかみ所の無い人だから……ふっと何処かに行って、俺には予想も付かない何処かに隠れてしまいそうで。

 

 そんな風に、彼女は風のように自由で、捕らえ所がない。

 だけど……人一倍、人の心に敏感で優しくて。

 だから、相手を思って言葉を飲み込む癖がある。

 多分だけど、自分の予測できない言動で、周囲を傷つけるのを恐れているんだと思う。

 そんな気が……する。

 

 大胆で自由なのに臆病で……言葉を飲み込む時、ぷくっと頬を膨らませて押し黙る。

 そんな彼女は、動物に例えるなら……うん、リスに似ている。

 猫より警戒心が薄くて、けれど臆病で……何を考えているのか分からない。

 うん、やっぱりリスだ。しかも、まだ小さな子リス。

 現に今も、狭いアパートの中を、ちょこまかと走り回って……おっと。

 どうやら、台所で何か見つけたらしく、頬をぷくっとさせてこっちに来た。

 後ろ手に手を組んで、じっと何か言いたげに、こっちを見て……ふぅ、と、大きな溜息。

 

「もうっ、ハルくん。またコンビニのお弁当だけで生活してたでしょ?」

「たまたまだよ……昨日は、たまたま。夜勤だし、忙しかったから……」

「ふぅん、"昨日は"、ねぇ?」

 

 そう言って、にやりと、いつも他の人に見せる、オドオドとした様子とは違った、勝ち誇った笑み。

 俺にだけ、最近見せるようになったその顔で、ふんっ、と胸を反らして突き出して来た手に握られているのは。

 

「あ……」

「ハルくん? いくらお腹が空いてても、夜勤明けに"六食も"お弁当を食べるのは良くないよ?」

 

 弁当を買う度に貰っては、何となく捨てられなくてストックしていた、おしぼりや箸が、ぴったり六組。

 

「えっと……それは、ごめん」

「ん……」

 

 それに、どう応えていいのか分からなくて。

 とりあえず謝った俺の顔を、彼女はじっと見上げて首を傾げ……あ、まただ。

 

「ねぇ、何を考えたの?」

「えっ?」

「また……なにか、考えてた……だろ?」

 

 俯いて、何かを考え始めた彼女の額をつついて注意を促すと、困ったように首を傾げて、曖昧に微笑む。

 その頬が、ぷくっと膨らんだような気がして、そのほっぺたを軽く抓る。

 

「っ!?」

「言って、何でも……ちゃんと聞くから」

「本当、に……?」

「あぁ、大丈夫」

「本当にくだらないよ?」

「もっとくだらないメッセージ、いつも送り合ってるだろう?」

「そっ、か」

 

 そう言って、今度は嬉しそうに微笑む彼女の頬を指の背で撫でて、そこに溜まった言葉の続きを促す。

 でも……もう大分、俺に本音を見せて、甘えてくれていたと思ったのに……。

 

「まだ……足りなかったかな?」

「え?」

「ううん、こっちの話」

 

 そう、今は俺の話じゃなくて、彼女の話をしているんだ。

 とらえ所がなくて、我慢強くて、自分の心に鈍感な癖に、俺の目と同じかそれ以上に、人の心が見える彼女の話。

 

「あのね……」

「うん。なぁに?」

「その……、箸とか……ちゃんと、断って欲しいかな?」

「要らないって?」

「うん…人の好意って、中々断り辛いし……ハルくんはそいうの興味ないって分かってるけど……」

「けど?」

 

 彼女と一緒に首を傾げて促すと、視線を泳がせた後、むっと表情を引き締めて。

 手に持って、居心地悪そうにいじりまわしていた、おしぼりや箸の束をうちのいくつかを、裏返してみせた。

 

「こういうの……ちょっと、傷つく……かも?」

 

 そこには、可愛いキャラクターと、手書きの文字の入ったピンクの付箋が貼られていた。

 

「これは……付箋?」

「うん、そう。……おまけ付きの、ね?」

 

 顔を近づけようとした俺に気づいて突き出されたそれには、良く見ると、黒いボールペンの丸っこい文字と、携帯の物らしい電話番号。

 それと……。

 

「……。『LINEか電話、まってます』?」

「どうするの? 待ってるって……」

「はぁーっ……」

「……っ!」

 

 本気とも冗談とも付かないその言いぐさに、こちらを伺うように見上げる彼女の額にデコピンを一発。

 

「するわけ、ないだろう? 付箋にだって、今、気づいたのに……」

 

「だって……」

「だって、じゃない」

 

 むっ、と目を眇めてみせると、付箋と箸やおしぼりを両手で持ったまま、何度か瞬きをして俺を見る。

 と思えば、くしゃっと顔を歪ませて笑って、手の中のそれらをバラバラと床に落として、俺の頬をつついて来る。

 

「ハルくん、むくれてる」

「むくれて……ないっ」

「そっ、か」

「あっ……」

 

 ツンツンと頬をつついた指が、不意に頭の上に伸びて、俺の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。

 急なことに避け損ねて、仕方なく撫でられたままになっていると、不意に、彼女の頭が、ぼすっと、俺の胸に当たった。

 何となく、彼女の真似をして髪を撫でると、頭の上の小さな手の動きが、少しだけ鈍くなった。

 

「……ハルくん」

「……なぁに?」

「ごめんね」

「何が?」

「ちゃんと、信じてあげられなくて……」

「はぁーっ……」

「!?」

 

 わざと大げさに溜息を吐けば、首の下にある頭がびくんと大きく震える。

 

「ふふっ……」

 

 それに笑って、頭の上の手を首に回して……もう一方の手を背中に乗せて抱きしめると、一瞬強ばった後に、ふと力が抜ける。

 首に添えた手からは、熱と、少しだけ早い鼓動。

 

「君の心臓……びっくりしてる」

「そりゃあ……するよ」

「まだ……こういうのは苦手?」

「……まだ、慣れないだけ」

「そうか……。じゃあ、俺と同じだね」

「……っ」

 

 そうしてくっついていると、段々穏やかになって行く彼女の鼓動が、触れ合った身体や手から伝わって来て、その音も温かさも心地よくて――。

「ちょっとハルくん!?」

「ん……。へっ……?」

 

 耳元で、少し大きな声で呼ばれて目を開けると。

 いつの間にか、少し抱き込むようにくっついてしまっていた彼女が、じと目でこっちを見上げていた。

 

「今……少し寝てたでしょ?」

「……寝てないよ。……多分」

「多分?」

「うーんと……きっと? それとも……恐らく、かな?」

「ハルくん……」

 

 その澄んだ目に映る、少し眠たげに目を細めた自分が気まずくて、首の後ろを掻きながら目を逸らす。

 すると、視線の端で、彼女が困ったように眉を下げたのが見えた。

 

「きっと……疲れてるんだね。時間が不規則な仕事だから……」

「そんなことないよ、大丈夫」

「それ、いつも私が言ってる台詞だよね?」

「そう、だっけ?」

「そうだよ。それでハルくんは、『俺の前では強がらないで』って言うんだよ」

「つよがってなんか……ない」

「それは、私の台詞」

「だってそれは……君が無理ばかりするから」

「今のハルくんもでしょ?」

「フッ……」

「フフッ……」

 

 そうやって見つめ合って、どちらとも無く笑いだして。

 それを切っ掛けに互いに離れた。

 

 彼女は床に落とした割り箸やおしぼりを拾って、例の付箋に指を掛けて俺を見るから。

 俺はそれを彼女の手から奪って、剥がした何枚かのソレを丸めてゴミ箱に放り込んだ。

 

「……よしっ」

「あ……。私、晩ご飯作るね……」

「うん。……あ」

「え?」

「――、いつも、ありがとう」

「!?」

「あ……。顔、真っ赤」

「もうっ!」

 

 それに目に見えて安堵したと思ったら。

 今度は真っ赤になって、見えない尻尾を逆立てて頬を膨らませて。

 またパタパタと、元気な小リスのように走り出した背中を見送って。

 

 ……少し考えてから、彼女の料理を手伝うことにして、その背中を追って、台所に入る。

 

「ハルくん、座ってていいんだよ?」

「ううん、手伝うよ。……いや、手伝いたい気分なんだ」

「じゃあ……お願いしようかな?」

「うん……」

 

 そうして、エプロンを付け始めた背中を何となく眺めていたら、ふと彼女が振り返って、小首を傾げ、急にクスクスと笑い出した。

 

「何? 俺、何処か……おかしかった?」

「うぅん、違うよ。ハルくんは全然おかしくないんだけどさ……」

 

 言葉を切って、それでも、未だ喉の奥にかみ殺し損ねた笑いが残ったまま。

 こちらを振り返った彼女は、まるでとっておきの秘密でも教えるようにして言った。

 

「ハルくんってさ、何だかハムスターみたいだなって思って」

「ハム……スター……?」

「ほら、お箸の袋とか、おしぼりとか、まるでハムスターの巣材みたいな物ばかり集めるし、あったかくなると直ぐ眠くなっちゃうし」

「そう……かな……?」

「そうだよ」

「はぁー……」

 

 俺には、彼女が居る。

 素直じゃなくて、優しくて。

 臆病な小リスに似ている彼女が言うことには。

 

「……そうなんだろうな。君が、そう言うなら」

 

 俺は、ハムスターに似ているらしい。

 つまりは……。

 俺と彼女は小さなげっ歯類同士で。

 一応、釣り合ってはいるってこと、なのか……?

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